あたしは赤紫が好きだ。それがあたしとお姉ちゃんの色だったから。お母さん譲りらしい色は住んでいる町では珍しくて大変なこともあったけど、あたしはお姉ちゃんとお揃いなこの色が大好きだった。
色々言われて心が苦しくなったとしても、お姉ちゃんやお父さんが苦しみを取り除いてくれたから嫌いにならないでいた。もしも二人がいなかったらとっくの昔に赤紫を嫌いになり、髪も目も隠して普通に生きようとしていただろう。
お父さんは色の話をする度に自分の髪の毛をつまんで寂しそうな顔をしていた。お父さんの色が嫌いなわけじゃないから、そんな顔をしなくてもいいのに。あたしは本気でそう思い、お姉ちゃんにそう言ったらお姉ちゃんは何故か苦笑いしていた。
お父さんの気持ちが知りたくて時々自分の髪をつまんでみるものの、あたしはあたしでしかないから理由はわからなかった。本人に聞くのが一番早いのだけれど、いざ聞こうとすると何だかんだ邪魔が入って結局聞けずに終わっていた。
今も時間を見てはお父さんに理由を尋ねているけれど、答えが返ってきたことは一度もない。今もベッドで寝ているのをゆっさゆっさと揺さぶってみるけれど、反応らしい反応は返ってこない。あくまでも無言を貫くお父さんにわざとらしく頬を膨らませる。
……少しだけでもいいから、何か話して欲しいなあ。そう口に出してみても、あたしの声に答える人は誰もいない。少し埃っぽくなった気のする部屋で、あたしは一人髪をつまむ。
今日も、寂しい顔の理由はわかりそうにない。
――Dye/Black――
あたしは可愛いものが好きだ。元々お姉ちゃんが可愛いもの好きで、それらに囲まれているうちに自然と好きになっていった。その中でもお姉ちゃんのニンフィアは特別だ。あたしのパートナーもかなり可愛いと思うけど、まだまだ勝てそうにない。
少しでもお姉ちゃんに近づきたくて、ずっとずっと髪型や服装をお姉ちゃんに似せてきた。町のジムリーダーでもあるお姉ちゃんは休みの日以外は大抵仕事着だったけど、仕事ということを感じさせないくらい可愛い恰好をしていた。
シックなリボンで結ばれたハーフツインに、可愛いながらも大人らしさを出した服。風に揺れるフリルが目を引く服装はゴスロリというものだとお姉ちゃんに教えて貰った。毎回同じ服を着ているわけではないらしいけど、可愛い服装であることには変わりない。
あの日もお姉ちゃんはジムに出るためいつもの恰好をして、パートナーのニンフィアと一緒に出かけていった。あたしはお父さんと一緒に見送りをして、マホミルと遊んだりバトルの練習をしたりしながらお姉ちゃんが帰るのを待っていた。
でも、お姉ちゃんはいつまで経っても帰ってこなかった。お父さんもソファに寝そべって、もう少ししたら夕飯の用意をすると言ったきり起きてこなかった。何もなかったのはあたしとマホミルだけ。一人きりじゃないはずなのに、何だか家にいるのが怖くなった。
いくら声をかけても起きないお父さんに、遅くなる連絡もなければ帰ってくる気配もないお姉ちゃん。明らかにいつもとは違う事態にあたしは混乱し、誰かに助けを求めようと外に飛び出た。
「……え?」
扉を開けた瞬間、目に飛び込んできたのは「地獄」だった。
「誰か、誰かいませんか!? あの子が目を覚まさないんです!」「ねえっ、ぴかちゃんが起きないの! どうして!?」「彼が帰ってこないの!」「さっき、彼女が倒れて――」「誰でもいいから警察を呼べ!」「あれ、電話が繋がらない?」「一体、何が起こって――」
町を埋めつくす悲鳴に怒号。声に声が重なって、誰が何を言っているのかなんてまともに聞き取れやしない。ただ叫ぶ人の顔が、声が、町に「何か」が起こっていることを教えてくれている。
これじゃあ、あたしがいくら必死に助けを求めたところで事態が好転することはないだろう。だって、町全体が助けを求めているのだから。
お姉ちゃんはジムリーダーとして町の対応をしているから帰ってこなかったのか。連絡がなかったのも、対応に忙しすぎて連絡する暇がなかったから。よかった。お父さんは寝たままだけど、お姉ちゃんは無事だったんだ。
あれだけ濃かった少しだけ不安が薄くなる。あたしも手伝いたいけど、行ったところで足手まといになる未来しか思い浮かばない。マホミルと一緒に大人しく家にいよう、と踵を返しかけた時。
「こんな事態になっても一向にジムリーダーが現場に出てない、なんてことありえるのか? まさか、町の現状を見て逃げ出したんじゃ……」
脳を埋めつくす声の中で、これだけが妙にはっきりと聞き取れた。色々あったとしても、この町が好きなお姉ちゃんが逃げ出すなんてありえない。お姉ちゃんの覚悟も何も知らない声に怒りが湧いたものの、最優するのはそこじゃない。
――現場に出てない? 違う、出てないんじゃない。出られないんだ。お姉ちゃんに、何かあったんだ。そう確信すると同時に、あたしは走り出した。
目指すはこの町のジム――ヴィエルジムだ。
「お姉ちゃん!」
勢いよく扉を開けると、そこには町の惨状を小型化したような光景が広がっていた。皆が混乱に陥る中、唯一冷静に近かったスタッフがあたしに声をかける。恰好や元々似ているのもあって、あたしの言う「お姉ちゃん」が誰かすぐに気が付いたらしい。
顔面蒼白なスタッフに連れて来られた先にいたのは、
「お姉ちゃん……?」
あたしを見て悲しそうな顔をするニンフィアと、横になったままぴくりとも動かないお姉ちゃんだった。
あたしは白が嫌いだ。お姉ちゃんやお父さん、それに皆の大切な存在を奪った相手を連想させるから。直接その現場を見たわけじゃない。犯人が自供したわけでもない。他の人が勝手にそう言っているだけだ。
心のどこかではわかっているのに、結局はその言葉を信じてしまっている。そうじゃなかったら、きっとあたしは今のあたしになっていない。直接見たことのない相手をここまで憎んではいない。
あたしは黒が好きで、嫌いだ。あの日からずっと身に纏っている色ではあるけれど、色々なことを考えてしまうから。
二人が動かなくなってしまった日から、あたしはあれほど好きだった赤紫を手放した。他ではあまり見たことがないこの色は、見たくないことも聞きたくないことも簡単に引き寄せてしまうから。それが嫌で嫌で、たまらなかった。
苦しくて苦しくてたまらない心をどうにかしてくれていた二人は、あれからずっと人形のように動かない。あたし一人で苦しさをどうにかするのは無理があった。マホミルやニンフィアの助けがあっても、あたしが赤紫で居続けるのには限界があった。
赤紫を手放して他の色に染まることを決めた時、真っ先にお父さんの色である黒を選んだ。あの時は無意識だったけど、今思うと少しでも繋がりを残しておきたかったのかもしれない。黒一色の髪は慣れるに慣れなくて、結局赤のメッシュを入れてしまったけど。
そこまで見ている人はあまりいないだろうということで、目はそのままにしておいた。単純にコンタクトを入れるのが怖かった、というのもある。カラーにしろそうでないにしろ、コンタクトを入れて生活している人は勇者だと思う。
髪に合わせて服の色も変えた。今のあたしの服を見て暗い、怖い、喪服みたいだと言う人がいる。失礼な話だと怒りを覚える半面、その通りだと納得している自分がいる。二人はいなくなったわけじゃない。でも、「生きている」と思い続けるには難しいものがあった。
誰も迎えてくれない玄関先。掃除をしても次に帰ると埃が溜まっている部屋。ベッドの上で目覚める気配のない二人。彼らの声はとっくの昔に忘れてしまった。目の色も写真を見ないと思い出せない。
このままだと、あたしは二人のことを完全に忘れてしまう。生きたまま死ぬなんて、そんな悲しいことにはさせたくない。だからこそ、あたしはあそこにいる。慈しみの目で全てを受け入れる、優しいあの人がいる場所に。
鏡の前に立ち、恰好をチェックする。ハーフツインにゴスロリ。あの時のお姉ちゃんとは色違いの格好で、とても可愛い。ジトっとした目付きだけはあまり可愛くないけど、いつの間にかこうなってしまったのだから仕方がない。何故か直そうにも直らないし。
あの日とは違い、進化したマホイップとニンフィアが傍で小さく鳴く。頷いてから二匹をモンスターボールに戻し、部屋を出る。玄関に向かう途中、お姉ちゃんやお父さんにも忘れず声をかけておく。二人からはいつも通り、無言しか返ってこない。
寂しいけど、それでいい。これは、あたしがやりたくてやっているんだから。
「さあ、行こうか」
今日こそ犯人を、皆が背負った悲しみをこの地方からなくすために。皆が皆、大切な人と再び笑い合える日が来るように。
あたしの名前はルミエ。ゼレル団幹部の一人であり、お姉ちゃんが好きだった町――ヴィエルシティのジムリーダーだ。