「もし好きな時に戻れるとしたら、いつがいい?」
*
「なんでェ、学校の宿題か?」
「うん! 身近な大人にインタビューしてきなさいって宿題なの!」
「良かったら楠さんも協力してください!」
昼下がりの喫茶ポアロのほどよい賑わいのなかで、元気な子どもたちの声はよく溶け込んでいる。
楠と少年探偵団はコナンを通して既知の仲だ。子どもたちは最初こそその風体に怖気づいていたものの、今ではすっかり楠に馴染んでいた。
偶然居合わせた彼らの突然のインタビューに、カウンター席に肘をたてていた楠はふむ、と考える。
「戻れるなら、ねェ……」
「やっぱり楠さんは、現役のとき?」
そう面白そうに問うコナンの顔には、かすかなからかいの色があり。基本的に年寄り扱いされることを嫌う楠へのあてつけだろうか、その言葉ににこりと笑った楠は即座にでこぴんをお見舞いした。
「いってー!」
「ガキが生意気言いやがる。おうおめェら、ほかのやつらにもインタビューはしてみたのか? たとえばそこの胡散臭そうな若造とか」
「それは僕のことではありませんよね?」
若干頬をひきつらせた安室はそれでも笑顔を保つ。誰が胡散臭そうな若造だ、と視線で語る安室に、自分のことだとよくわかってんじゃねェかと楠もまた視線を返した。
そんな無言の会話に気づくはずもなく、安室の兄ちゃんにはもう聞いたぞ、と元太が元気よく言う。光彦と歩美も大きく頷いた。
「安室さんは小学生のころ、ですよね?」
「幼馴染さんと釣りに行ったりして遊んでたんだってー!」
ほう、と楠が意味ありげな視線を安室に飛ばすと、何かおかしいですかとでも言わんばかりに安室はにっこりと笑った。
「童心に返るのもいいかと思いまして。それで、楠さんは戻るならいつがいいんですか?」
僕も興味あります、と珈琲のおかわりを差し出す見知った他人に、そうさなァ、と楠は少しだけ遠い目をする。
もともと未練たらしく過去を語る性質ではない。思い出は思い出として懐かしむが、それは過ぎ去ったからこそ美しく見えるもの。いまさらやり直したいと思えるほど感傷的な人間ではなかった。
けれど、もし。もう一度、その時に戻って、やり直すことができるのなら。
「……教え子だな」
「え?」
「おいちゃん、ちっとだけ先生みたいなことをしたことがあってな。その時に戻って、あの問題児どもの性根をもっぺん叩きなおすのもいいかもしれねェなァ」
楠の視界の端で、誰かの肩がぴくりと揺れる。
「えー楠さん先生だったんだ!」
「ということは警察学校の先生ですか? すごいです!」
「どんなこと教えてたんだ!?」
わいわいと騒ぐ子どもたちに笑いながら、楠の脳裏には桜の花が舞う。いや、あの時に戻ったところで自分が教えられることなど何も変わらず、彼らの行く末に変化などないだろう。
散った桜は二度と戻らず、結局は枝に残った者たちが足掻くしかない。らしくもねェことを言っちまった、と楠は内心で自嘲した。あの時になど戻る必要はない。戻っても意味はないのだ。
視界の端の金糸は、仕事に戻るふりをしてするりと楠の視線を避けた。楠からはその背中しか見えず、どんな表情をしているのかはわからない。
「……楠さん」
何かを感じ取ったのだろうか、少し真摯な色を瞳にのせたコナンが、何げない様子で問いかける。
「その問題児さんたちを教えるの、楽しかったんだ?」
だから戻りたいんだよね、と付け足され、楠はわずかに目を見開く。そしてすぐに眦を緩め、そうかもなァと頷いて視線を浮かせた。
「楽しかったよ」
その日々は、確かに輝いていたのだ。
不可能とわかっているからこその。
「やり直したい」でなく、ただただ「楽しかった」それだけです。