互いに愛し合っているのだが、片方は英雄過ぎる真面目さのせいで、片方は素直に想いを口にしないツンデレ過ぎて何もかも噛み合わない夫婦だった。それがあんまりだったから、一人の男がお節介をするお話。
「……いやぁ、噛み合わねぇこの二人」
目の前で繰り広げられる痴話喧嘩もとい、夫婦喧嘩を眺めながら俺はふと呟く。片方は、この国で英雄と言えばこの男と有名であり本人もその期待に応えていく為益々、人々に英雄視されていく卑屈で陰険で、馬鹿真面目で朴念仁なドラゴンスレイヤーで俺の友人のジークフリートであり、その顔は相変わらず真顔だ。いや、愛してるって言うなら笑顔の一つくらい浮かべろってアドバイスしたよな??
そしてもう片方は無愛想が過ぎる愛する旦那へとこれでもかと文句を告げている我らがお嬢様のクリームヒルト様だ。普段は綺麗すぎて、周りをビビらせている顔を赤くしながら、胸中に溜め込んでいた想いを赤裸々にぶつけていた。夫の事が大好きで愛しまくってる癖に、いざ目の前にすると全然素直に口に出せないお嬢様を説得するのは大変でしたよ全く……
「だ か ら!何度言えば良いの!?残されるかもしれない側の気持ちも考えなさいよ!!」
「……すまない」
「謝って欲しい訳じゃないの!!」
うん。これ、大丈夫???
「ねぇ、少し良いかしら?」
「はい。何でしょうかクリームヒルト様」
いつも通り仕事をしていると突然、背後に立っていたお嬢様に話しかけられた。はて、何かやらかしてしまっただろう?と考えながら首を捻っているとお嬢様が、周りに人が居ないのを確認している素振りを見せると同時に、俺の直感が囁いた。あ、これ、めんどくさいやつだと。
「……あ、自分仕事を思い出したので」
「貴方の仕事が無いのは確認済よ。それより、彼に関して相談があるから顔を貸しなさい」
残念逃げ道は既に塞がれていた。諦めてお嬢様の背中について行く。あー、今度は何をしたジークフリート。お前のせいで俺の平穏な従者生活は崩れたんだからな。マジで殴らせろ。あ、でも竜の血で硬いから俺の拳が死ぬわ。こんちくしょう、英雄が。
そんな暴言を心の中で反芻させているうちに、お嬢様の自室に到着し、共に部屋に入る。俺が部屋に入るとカチャリと鍵が閉められて此処は完全な密室となった。普通なら、こんなに美しい方と一緒の部屋になれば嬉しい筈だが、俺の心にそんな感情は一切ない。
「ねぇ、あの人に私の考えは伝えてくれたのよね?」
「は、はい!勿論です!!」
「……そう。なら、やっぱり私はあの人に愛されていないのでしょうね。本当に……本当に英雄的行動ばかり……えぇ、それが彼の美点であり素晴らしいところだと理解しています。ですけど!!もう少し、自分の身を顧みたらどうなのよ!!毎回、毎回、無理難題ばっかり手助けして!!名前すら知らない人を助けてばかり!!私の事は、どうでも良い訳?身近な人を放置して英雄とは笑わせてくれますね本当!!!!」
もはや見慣れたお嬢様の怒髪天状態。はぁぁぁ……俺の進言無視したなジークフリートのやつ。頼むから、妻であるお嬢様の事を少しは見てやってくれ。接してやってくれよジークフリート。そうじゃないと、お嬢様がお怒りになる度に発せられるオーラだけで俺の胃が逝ってしまうって。
「たまーに私に接してきたと思ったら、貴方とか他の従者に話してやって欲しいって頼まれたからですって!!そう言うのは、せめて言わないか隠しておく事じゃないの?義務的に接しられても何も嬉しくないわ!!」
「そ、それでもジークフリート様は本心では愛していると……」
「それを示しなさいよ!!今日は、久しぶりに出掛ける約束を取り付けたと言うのに頼まれたからって理由だけで魔獣退治に行ってしまって……そんな行動ばかり見せる人からどうやって愛を感じれば良いの??教えて??ねぇ??」
うぐっ……目に光がない状態で睨まないでくださいお嬢様。と言うかその、多分、予想だけどお嬢様、「すまない」って言って行こうとするジークフリートに「行きたいのなら行ってしまえば?」みたいな態度取りましたよね?そんでそれを素直に受けて出ていったよねジークフリートのやつ。あかん、胃が死ぬ……痛い……
ジークフリートとクリームヒルト様が結婚してからというものこの手の愚痴を散々聞かされていた俺はとうとう胃の限界を察知して、ハイリスクハイリターンな提案を気が付いたら投げていた。
「分かりましたお嬢様。もう、全部ぶつけましょうその気持ち。自分が場所を用意して、ジークフリートを連れてきますんで」
「だから!!……へ?」
ポカーンって間抜け顔で固まるお嬢様。その顔、大変愛らしいのでジークフリートに見せてあげると効果的だと思いますよ。暫く固まったかと思うと、綺麗な白い肌を真っ赤にして再起動するお嬢様。
「な、な、な、何言ってるの!?貴方!?」
「なんかもう自分に愚痴をぶつけるくらいなら、直接言ってしまいましょう。どうせ、ジークフリート様のことですから、今夜頃には帰ってくるでしょうから明日、絶対予定を入れるなって言い聞かせるんで。では、失礼しますね」
「まっ、待って!!」
「嫌です」
鍵を開けて部屋を出て行く。何やら背後から声をかけられている気がするけど、無視して仕事しながら時間を潰していると夜になり予想通り、ジークフリートが戻ってきたと連絡が入ったので彼の部屋に突撃した。
「邪魔するぞーー!!!!」
「!?……どうした?」
汚れを落としたばかりのジークフリートが上半身全裸で立っていた。けっ、完璧な肉体美してやがって猫背をどうにかしろ。適当に椅子を取り、どかっと座り睨みつける。
「こんな姿ですまない。何やら苛立っている様だが、俺に何か用だろうか?」
「用事だぁ?あるに決まってんだろ!!お前、今日、うちのお嬢様に外出誘われてた癖に討伐に行ったろ??そのせいで、俺が愚痴を散々聞かされたんだぞ!!お前、本当いい加減にしろよ??」
「そうなのか。クリームヒルトも、行きたければ行けばいいと言っていたから気にしていないと思っていたのだが」
「予想通りかよ……あーもう、この夫婦は……」
机に肘をつき頭を抱える。全く素直にならないお嬢様と、言葉通りにしか受け取らないジークフリート。この二人の噛み合わなさ加減が本当に凄いよ……
「とりあえず、明日。お前とクリームヒルト様で話をする場を俺が用意するから、絶対来い。何があっても来い。誰かに何かを頼まれても行くな。良いな?」
「……善処しよう」
「確約しろ!!目を逸らすな、俺を見ろ。あのなぁ、ジークフリート。俺だってお前の英雄らしい行動は嫌いじゃない。尊敬だってしてるよ。けど、一回で良いから身近な人間も見てくれ。頼むよ」
このままだと場所を用意しても、また何かしらの理由で来なそうなジークフリートの顔を見ながら真剣に頼み込む。従者としてお嬢様の辛そうな顔を見るのは好ましくないんだ。俺の胃のためでもあるけど。ジークフリートと目が合う。暫くの間、無言で見つめ合った後彼が頷いた。
「分かった。彼女と話をしよう」
「本当か!……はぁ、頼むぜ本当に」
とりあえず一安心と体勢を崩して、机に項垂れる。それを疲れていると受け取ったのかジークフリートに寝ていくか?と提案されたが、断り明日俺の部屋に来る様に伝え、部屋を出た。俺が貸し出せる場所なんて、自室しかない。お嬢様をそこに招くのは心痛むが、致し方ない。可能な限り部屋を綺麗にしよう。そして、迎えた当日。初めは、ずっと無言の二人だったが、俺が部屋を出て行こうとするとお嬢様がそれを止めた。
「待って。お願いだから、二人っきりにしないで」
「……はい」
そう言うところですよ。あと、ジークフリート。嫉妬の感情を俺にぶつけるくらいなら素直に言え。そんな感じでお嬢様がゆっくりと自分の想いを口にしたのだが、この朴念仁が朴念仁過ぎて冒頭の結果となったのだ。
「……ねぇ、ジークフリート」
「なんだ?」
「私は貴方を愛しているの。心の底から、貴方を。私には貴方の代わりなんて居ないの。ねぇ、ジークフリート。貴方は、私を愛しているの?」
おぉ……珍しくお嬢様が素直に想いを口にした!散々、お怒りになって落ち着いたのだろうか。さてと、分かってるんだろうな?ジークフリート。奴の方を見ると一度俺を見て黙って頷いた。信じているからな?
「……すまない。俺は無辜の人々を優先する。助けを求める声を、願いを俺は無視出来ない」
その言葉を聞いてお嬢様の顔が絶望へと染まる。だが、英雄はまだ口を動かしていた。
「だが、俺はお前のその想いを嬉しいと感じている。俺は、君に愛されているとは思っていなかった」
……この朴念仁。マジか。そもそも、大前提としてお嬢様に愛されている事を自覚していなかったのか!?いや確かに、お嬢様は面倒なぐらいに自分の想いを口にださない人だが、態度で分かる部分だってあるだろう??
「俺も想いを伝えよう。クリームヒルト、俺は君を愛している。誰よりも君の強さを信じているし、先程彼を頼る姿を見て、つまらない嫉妬心を抱くぐらいには、俺は君を愛している」
「な……え……本当に?」
「あぁ。俺は嘘を吐くのが得意ではない事を君はよく知っているだろう」
そう言ってジークフリートはお嬢様を抱きしめる。彼の腕の中で固まるお嬢様は、ゆっくりとその手を愛する男の背中に回す。はぁ……これで漸く愚痴を聞かずに済むな。本当に、素直に感情をぶつけ合えばそれで解決するってのにこのお二人は。
─数日後─
「ねぇ、聞いてくれる?これ、彼がくれたのよ。ふふっ、柄にもなく露店で買ってきたんだって」
「……はい」
確かに愚痴は聞かなくなった。代わりに、砂糖を吐きたい気分にさせられるなど誰が思ったことか。綺麗な首飾りを見せて、はしゃぐお嬢様を見ながら俺は今日も砂糖を吐くのだった。おのれ、ジークフリートめ……まぁ、推しが幸せならそれで良いか。
この夫婦好き。