週間一位も達成しました。皆様いつもありがとうございます。
私がそいつを見た第一印象は「つまんなさそうな奴」。
真面目でお行儀がよくて、勉強でも困った様子はなくて運動もできる絵に書いたような優等生。
自分とは真逆の存在に思うところは色々とあったが、そんな満たされた奴と始めて会った印象が「つまらなさそう」だったのは私にもよく分からない。
世の中には顔を合わすだけで反りが合わない人間がいる。それがたまたま同じ学年の優等生様だったってだけのことなのだろうと私はそれ以上そいつの事を考えることは無かった。
そんな第一印象は一年経っても更新される事はなく――もとより話す機会もないので当たり前なのだが――逆に私は優等生とは真逆のレッテルを貼られたまま青春を謳歌していた。
学力に翳りが見えた私は、好きだった音楽に逃げるようになった。
バイトしてギターを買って、それなりに滑らかに弾けるようになったからと動画を上げてちょっとだけ再生される。そんな他人にとっては意味の無い青春だった。夢や将来設計なんて関係の無い、高校生の青春。
私がそのバイトに応募したのは欲しいCDがあったから。
それに音楽ライブの設営バイトなら音楽に触れることも出来るだろうという甘い期待もあった。教師から課せられた課題や補習を頭の片隅に追いやって一般的な動きやすい服装について調べたりして来る夏休みに心を踊らせていたのだ。
そんな私の考えが甘かったと分かったのは初日に集まった顔触れの厳つさを目の当たりにした時だった。
支給された作業用の手袋とスタッフ用のTシャツを着けて割り振られた作業をこなすこと4時間。早々に私は体力の限界を迎えていた。
ひーこら言って作業する私とは違い、周りは屈強なおばさんかやけに手際のいいお姉さんしかおらず場違いなところに来てしまったと呑気にバイトを決めた過去の自分に恨み言を漏らしながら、最後の方はほぼ気力だけで動いていたような気がする。
意地で割り振られたノルマをこなした後配られた弁当に口をつけることも出来ずぐったりとしていると、周りのおばちゃん連中から構い倒された。
デリカシーのないおばちゃん達の猛攻は疲れきった体にはボクサーのパンチよりもよく効いた。普段は若い奴が周囲に居ないからと言われても弄られる側はたまったものでは無いのだ。
「牧さん、倒れてた人に無茶させたらダメですよ。」
胃に何も入っていないのに込み上げるものを感じ始めた頃、救いの手が差し伸べられた。視線を向けると意外な事にあの優等生だった。
隣でばしばし私の背中を叩いていたおばちゃんが牧と言うらしい事を新たな知識としてインプットしながら救世主の声に耳を傾ける。
そいつは元々伝令として走り回ってきた帰りらしく会社の人間からの言葉を皆に伝えると、前に置いてあった昼飯を取りに離れていった。
おばちゃん連中はちょっとデレデレしながら仕事に戻って行った。私は安寧を取り戻した。
もしかして私が死んでた間も歩き回っていたのだろうか。意外とタフだな。と益体もないことを考えながら、助けてもらったのに優等生の名前を覚えていないことを思い出してどうしようか考えていると、
「お疲れ様。お昼食べないと身体もたないよ?」
食事を終えたおばさん連中が移動を始めたのを逆行するように隣に座ったそいつは事も無げにそう言ってひょいひょいと弁当箱の中身を平らげていく。
…やっぱこいつ苦手だ。お礼も言う必要ない。
食欲無い事と吐きそうになってる事を雑に告げて座っていることが堪えきれなくなり、ベンチに倒れ伏す。午後の作業を思うと憂鬱だった。
今食ったら吐くよなぁと隣の気配がなくなって、ぼんやりと滲んだ視界を眺めていると急に視界の大半を肌色が占領した。
「はい塩飴。あとはスポーツドリンクぐらいは飲んだ方がいいよ。現場の責任者には俺から言っておくからちょっと横になってれば?」
ほぼ無理矢理口に押し込まれた塩飴を舐めながら、絶妙にこちらの自尊心を煽ってくる発言を聞き流す。
本当は反論したいけど飴が邪魔すぎる。
もごもごとしているとそれを了承ととったのか、注意を二三個口にするとそいつはさっさと現場に戻って行った。
回復した後は骨組みではなくダンボールなどの細かい物資の整理に回されたのだが、時折見掛けるそいつは余裕そうな感じでおばちゃん達に混じって暑い中作業を進めていた。
気に食わなかったが、なんとなくおばさん連中が可愛がっていた理由がわかった気がした。
その後余りにも大変だった一日目を乗り切り、それ以降のバイトはバックれてやろうかとも思ったのだが男に負けるというのはプライドが許さず、結局その後もちゃんとバイトには出向いて行った。
その度に何かと縁があるのか初日の事でペアと認識されたのか、物販や巡回やと何かと一緒に居る時間が増えた。
そうなると当然話をする機会も増える訳で、私の中にあった苦手意識は次の日には無くなっていた。
「へぇ、好きなアーティストが出るんだ。」
「私も知らなかったんだが、どうも2日目のシークレットゲストで来るらしくて。物販で欲しいCDも出るから買いそびれなくなったしで万々歳だわ。」
スタッフに話を通して元々買うつもりでいたCDを一枚、個人的に購入する用にと取り置いて貰う約束をしたのでライブの記念として買っていくつもりだ。まぁ、結局後になって豪華版なりも買うことになるだろうが思い出というのは大切だからそこは見ないふりである。
苦手だ何だと言っていた割に仲良くなって、友人のように趣味の話をするというのはどうなのかと思わないでもないが、何かとうるさい年の離れたおばはん達よりは隣で素直に話を聞いてくれる優等生様である。男が近くにいるだけで清涼剤になるという事もあるが。
どうせバイトの間くらいしか話をする事もないだろう。不良と優等生が学校で関わる機会など碌に無いのだし今くらいはいいだろう。ひと夏の恋ならぬ5日限りの友情である。
熱中症喚起の看板を掲げながら二人で巡回をする。初日の反省を活かしてか新たに支給されたキャップとタオルを着けて周っているのだが、やはり暑いものは暑い。
「そういやバイト、初日に何人かバックれたんだってな。」
タオルで汗を拭いながらふとそんなことを思い出した。昼時におばちゃん達がグッズ欲しさのミーハーや根性無しの大学生が毎度何人かバックれるのだと話していた。
ミーハー連中は二日目まで頑張ればタオルとキャップも貰えたのに勿体ないことしたなぁとそんなことを思ったのを思い出したのだ。
昨日ベッドで同じことを考えていた自分のことは棚に上げまくりだった。
「あぁ、そういえば何人かチャラチャラしたのが居なくなってたね。仕事してる時にナンパとかされて困ってたから個人的にはありがたいけどさ。」
そう言って腰に提げていた水筒から水分補給をする姿を見て、その言葉に内心納得していた。
人好きのする顔に大人しそうな雰囲気、なるほど声の一つや二つ掛けられても仕方ないのかもしれない。実際はかなり大雑把で気の強い性格だが、そうと知っていても声を掛けたくなる女は居るだろう。
今も水を飲み下す度に上下する喉仏がやけに色っぽくて私も目を奪われる。
「ん、疲れた?看板持つの代わろうか?」
いや、やっぱり色っぽくない。生意気だこいつ。
初日と違い、会場を解体する最終日までの間は余程の天気でもない限りは会場のスタッフとして半日と人の多い昼時に働けば残りは好きにしてもいい。午前に頑張れば午後が、午後に頑張れば午前が丸々自由になるのである。私は聞きたいアーティストの時にフリーになりたくて大体午前に入れていたが、たまたま優等生とは時間帯が被っていた。
袖振り合うも何とかってことで、ライブの初日に帰ろうとしていた所を誘って午後のライブを観ていくように言ったのだが、他のバイトがあるからと断られてしまった。
優等生としてしか見てなかったが案外バイト戦士らしい。男ってのは何かと入り用になるらしいし、意外と普通の男子高生なのかもしれない。
ライブの二日目も一緒にバイトをした後は結局午前で帰ってしまったので、同年代が居ない中誰と話すでもなくライブを楽しんでいると不意に肩を叩かれた。
「バイト早上がりだったから来てみた。」
すわ喧嘩でも売られたのかと身構えて振り返ると、ここ数日で見慣れた顔がそこにはあった。
思わぬ登場に勿論驚きはしたが、特に驚いたのはイヤに大人っぽいそいつの私服姿にであった。
ファッション雑誌に載ってたページから飛び出してきたんじゃないかというアホみたいな感想しか浮かばないが、少なくともここ数日よく見かけたようなTシャツにジーンズといった動きやすそうなものではなかった。
汗を拭う時にちらりと見える腹筋よりも、どちらかと言えば露出が少なく襟元から見える鎖骨にフェチズムを感じるような服装。と言うとなんか変態っぽいので心の中だけで自重した。
急なことにどぎまぎとしてしまって、結局その後お目当てのアーティストが出てくるまでの間は隣が気になって碌に歌が耳に入ってこなくて単純な自分を心底アホだと思っていたが。
けれどやっぱり歌の力ってのは凄くて、腹に響く歌声が聞こえる頃には動揺なんてどこにもなかった。
「なんか凄かったな。俺あんまり音楽聞かないけど凄かったよ!」
自分が好きなものを褒められるのは嬉しい。何故か得意になりながら、頭いい奴でも歌の感想は私とあんまり変わりないんだなとどうでもいいことを考えていた。
その後は待ち合わせがあるからとそいつは帰ってしまったが、私は何と言うでもなく「また明日。」と別れを告げていた。
私の中の優等生のイメージという壁はその時には完全にとっぱらわれていた。
友人関係とも知り合いとも言えぬなんとも微妙な関係が、同じ苦労と音楽を通じて仲良くなった存在との関係が、これっきりになるのはちょっと残念な気さえしたのだ。
「良かったら聴いてよ。そんで、また感想聞かせて。」
バイトの最終日、あとは帰るだけになったタイミングで私は2枚買ったCDの片方をそいつに差し出した。
なんでもない気まぐれだと言いはしたが、同じものを好きになって欲しいというそれは確かな私のわがままだった。
ちょっと驚いたような顔をしたそいつは、パッと嬉しそうな表情を浮かべるとありがとう、と言い私の手からCDを受け取って「また学校で」と一言告げて帰って行った。
せっかく稼いだバイト代が少し減った事よりも、その一言が聞けたことの方が大きい気がして私は一人ご機嫌で家路に就いたのだった。
玄関を開けると野菜と牛乳の甘い匂いが鼻をくすぐる。今日の晩御飯はシチューだろうかと貴方は空腹をより一層強く感じながら、期待を膨らませる。
今日も義父は帰りが遅いので晩は二人で済ませる事になっていたが、待っていてくれた事が嬉しくてつい頬が綻ぶ。
「兄さんおかえりなさい。晩御飯できてるけど、シャワーが先の方がいい?」
「ただいま唯華。そうするよ。ありがとうな、これお土産。」
「CD?いいの?」
とてとてと寄ってくる義妹に感謝を述べてから、貴方は袋に入ったCDを手渡した。バイト仲間から勧められた先日直に聴いたアーティストのCDである。
「俺はもう1枚あるからいいんだよ。」
そう言って貴方はカバンにしまっていたむき身のCDを取り出して、シャワーの前に部屋に置きに行くことにした。
「間違って買っちゃったの?」
当然の疑問が投げ掛けられたが、貴方はなんと答えたものかと思案して
「んー、色々嬉しいことがあったんだ。」
結局何も答えないことに決めた。あの音楽に情熱を燃やす不良娘の話をするのは食卓に着いてからでも良いと考えての事だった。
貴方はひと夏の出会いを噛み締めていた。
今回はちょっと変則的な書き方にしてみました。変かな?どうかな?
若さゆえの理不尽な思考や単純なバカっぽさが書けていたら嬉しいなぁ。