貴方は男子高校生である。
夏休みの楽しみ方がちゃんと締めたそうめんを啜りながら甲子園を観る事というおじさん臭い貴方であるが、貴方は男子高校生で貴方のスマホには学友である高校生のアドレスがいくらか入っている。
8月も中頃になり太陽が殺人光線をばらまく日が続いている。そんな中貴方のスマホに連絡が来た。
送り主はクラスの委員長であり、文面は色々と書いてあったが要約すると「今度の日曜にクラスの人と縁日に行きませんか。」ということであった。その内容に若干違和感を感じはしたが、貴方は些事であるとそれ以上は考えなかった。
縁日の日は普段なら夜のバイトが入っているのだが、店長がバカンスに行くからと貴方は暫くの暇を出されている事を思い出す。さらに義妹に声をかけてみれば、同様に友達から縁日のお誘いを貰っているとの返事があった。
少しの逡巡の結果、今週日曜の義父の夕飯は外食かインスタントに決まった。
早い話が参加することに決めたのだ。
連絡をくれたクラスメイトに参加の旨を伝え、貴方はガランとした部屋とは逆に物の増えたクローゼットから甚平を取り出して虫食いなどがないか確認した。
元の世界で女性が浴衣を着て縁日に出かけたように男性は甚平を着て参加することをクラスの女生徒達から望まれていることを確信していた貴方はサイズ合わせの為に袖を通して少し眉を顰めた。
昨年は部屋着としてしか袖を通す機会がなかったので余り気にしなかったが、17になり貴方の背が伸びたこともあってか甚平は少し丈が心もとなくなっていた。
この世界基準ではこのままだと多少センシティブな服装であることを理解していた貴方は、やはりこの甚平は部屋着として使い一着新調することに決めた。
リビングで溶けたように転がりながらアニメの再放送を見ている義妹に買い出しに行く事を伝えて、貴方はちょっと張り切って猛暑の中出かけて行った。
そうして当日、貴方は義妹と共に予定より少し早く縁日に出かけ、得意のヨーヨー吊りで5つほど水風船を吊り上げたりして軽く遊んでから、義妹と水風船を友人達に渡す。
義妹は花火を見たら帰るつもりらしいのでその頃に待ち合わせをして、貴方は義妹と別れ一人クラスメイトとの待ち合わせ場所へと足を進めることにした。
薄墨色の空と隙間から漏れる夕焼けのコントラストを背にたまに見かけたベビーカステラの屋台で衝動買いをしながら縁日の屋台の隙間をするすると抜けていると、貴方は巡回に駆り出されたであろう自身の担任とそれに捕まっている生徒の姿を見かけた。
せっかくの縁日に不憫だなぁと二つの意味でそちらを見ていると担任と目が合ったので会釈を返しておいた。その時よく見えていなかった生徒が先日バイトで仲良くなった不良娘であることに気がついた。
それならばと助け舟のひとつでも出そうと貴方は担任の教師に挨拶をして近寄ると、世間話の間にクラスの皆で遊びに来たことと不良娘とバイトで仲良くなったことを告げた。
今日の参加者の中に彼女の名前はなかったが、そうやって二つ一緒に言えば信じてくれないかという多少雑な『言いくるめ』であった。
教師は意外そうな顔をした後に色々と思案するように数秒沈黙して、「ハンコはあげるからバイトの申請届は夏休み明けにちゃんと出すように。」と他にも何か言いたそうにしながらも不良娘にそう言って、それなりの時間には帰るよう貴方達に注意をして見回り業務へと戻って行った。
それが『言いくるめ』よりも優等生という『信用』でもぎ取った温情であることを貴方はよく理解していた。
「災難だったな。」
「ありがと、助かったよ。せっかく遊びに来たのに岡先に捕まって説教受けるとかホント意味わかんないし。」
二人で並んで歩きながらそんな風に他愛ない話をする。
どうせなら本当にクラスの遊びに参加すればいいと提案して、貴方は改めてクラスメイト達が居るであろう集合場所に向かうことにした。
貴方は縁日を楽しみにしている。
少し長めの箸休め。
次の話が終わったらまた夜のお仕事に戻るはず。