貴方は貞操観念のおかしな世界にいる▼   作:菊池 徳野

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難産でした。色々書いてたらいつもより長くなりましたが、前回が短かったのでごめんしてください。

いつもコメント評価誤字報告ありがとうございます。


ベビーカステラをひとつ

どうしてこうなったのか、私はこの1時間程頭の中でこの11文字を踊らせていた。

 

 

 

 

明るく大人しく一定の規律を守りちょっとした愚痴を零してテストが無くなればいいと世界を呪う。私はそんなどこにでもいるような女子高生である。

放課後の時間が取りたいからとほかの委員会に参加する代わりにクラス委員になったくらいしか特徴のない女で、1番大きな悩みがなかなか背が伸びないことという実に平凡な女である。

 

その日は真夏日が続いて外に出歩かず本を読み漁って5日目であった。父から健康のために出かけたらどうかと言われること3日、母に弟と二人でオセロでもする気か?と肌の白さを笑われること2日。いい加減どこか出歩かないと夏バテしそうだと思い始めた頃であった。

なお母は弟と父からデリカシーがないと白い目で見られて晩酌の機会を減らされていた。私は気付かないふりをした。

 

普段はあまり活躍しない通話アプリが仕事をしたのはそんな時だった。

曰く、

「振られて傷心中の友人を焚きつけるのに協力して欲しい!」

ということだった。

 

送り主はクラスの変わり者で比較的活動的なグループに所属している友人からだった。本の趣味が合い、1年からの付き合いということもあって私の友人の中では珍しいタイプの相手である。

しかし慰めるでは無く焚きつけるとはどういう意図なのだろうか。具体的な内容が送られていないので何を協力するのかと問えば、どうにも委員長の名前を使ってクラスの男の子を縁日に誘って欲しいと言うことであった。

振られた相手が誘えたならベストだし、そうでないなら他の子でもいい。男が全滅なら普通に遊んで励ましてやりたいとのことであった。

 

どことなく友人自身も男子と交流を持ちたいのだろう事が透けて見える提案ではあったが、私に協力を要請する気持ちも分からないでは無い。

 

私は学校では割と品行方正な方で通っている。猫を被っている訳だが、確かに彼女達のように「遊んでいます。」というタイプから親しくない男子に声をかけると波風が立つこともあるだろう。

自分にお鉢が回ってきた理由はあまり喜べる内容ではないが、それなりの大義名分と逃げ道を作れた上で男の子と縁日で遊べるというのは天秤に掛けずとも魅力的な提案であった。

 

クラスメイトとして交流を深めるというのは悪くない提案であったし、縁日も学校にポスターが貼られていたようなものだったので誘いやすい雰囲気でもあった。そのため私は早速アプリのクラスメイトの知っているアカウントにお誘いを送って回った。

反応はまちまちであり、大体の男の子達には断られてしまった。女子も行けたら行くというような反応も多く、中には彼氏と行くからムリというなんとも性格の悪い返信があったりもした。

 

男子グループをひとつくらい誘えたらいいと楽観視していたが、下手したら男子は全滅かもしれないと若干諦めかけていると意外な人から参加の返信がきた。

噂のお相手からである。

 

私よりも余程委員長やった方がいいんじゃないかという程の優等生なので、結構お堅いタイプだと思っていただけに軽い感じの返信が来て少し肩透かしを食らった気分だった。とはいえ学校で親しくしている訳では無いので意外とノリのいいタイプなのかもしれない。

近寄り難い雰囲気がある訳では無いが、ちょっと手を伸ばすのは躊躇がいる。高嶺の花というのとは少し違うタイプの男子というのが私のイメージだった。

今回協力したのもそんな彼に勇気をだして告白した彼女に対する賞賛の気持ちがあっての事だったのは言うまでもない。5秒と待たずに振られたらしいが、そこは実行した事に拍手を送りたいところである。

 

まさかの結果に謎に上がったテンションのまま、やったぜ大金星とちょっとふざけたセリフを友人に送ると、そちらもテンションが上がっているのが分かるような文章が送られてきた。

最終的に男子は3人ほど、女子は友人のグループと私を抜いて4人ほど参加する事になった。

 

待ち合わせの場所と時間を全員に送り、私は次の日曜日の予定を夕飯の用意をしている父に告げてその間の平穏を無事確保することに成功した。

あまり話したことの無い相手とどう会話を繋げたものかと思案しては文字の海に沈む、縁日までの時間は何事もなくそうやって流れて行った。

 

 

 

 

縁日当日、私は一応主催という立場もあって空がまだ明るい間に縁日の会場へと足を運んでいた。

途中見かけた担任にクラスメイトと遊ぶ事を伝えて、何かを察したのか監視役として頑張れよとエールとたこ焼きをくれた先生にお礼を言って出店の種類を見て回った。

 

おおよそ予想通りではあったが、普段あまり見かけないケバブやタピオカの店を見つけてもし話題に困ったらこの話をしようと心のやることボードにメモを取ったりして、一頻り回った後待ち合わせ場所で待機することに決めた。

 

神社の鳥居前というのは待ち合わせには最適だろうと入口よりも奥まった場所にある鳥居の下に陣取ってぼおっと縁日の景色を眺める。祭囃子に太鼓の音、こういう非日常の景色を眺めるのは案外退屈しない。

そうしてぼんやりしているとさほど時間を置かずに友人グループがやってきた。どうやら彼女らは依頼した側として一番に来るつもりだったらしい。私の到着が早すぎると文句を言いながらも改めて感謝を述べてくる友人に私もおどけて男子の浴衣や甚平姿を見に来ただけだからと笑っておいた。

 

異性が居ないとそういった多少下世話な話の方が盛り上がるもので、その後ちらほら集まってきた女子も含めておよそ30分程私たちはひと夏の思い出というものについて熱く語った。最後の方は性癖の暴露大会の様相を呈していたが、クラスの男子が一人現れると途端に皆しゃんと背筋を伸ばして夏休みの課題が終わったかどうかという話題にシフトしてみせた。

実に分かりやすい変わり身加減に私は吹き出した。

 

男子が1人やってくるとバラバラと人が集まり始め、その後10分もすれば集合時間の前だというのに飛び入りの人も含めて殆どみんな集合していた。意外と皆楽しみにしていたのかもしれないと思っていたが、飛び入りの女子は件の彼が来るという噂を聞いて来たらしいことを友人から聞いてちょっと微妙な気分になった。

 

そうして待っていると来ていないのは噂の彼一人だけになった。

普段真面目な人だけに珍しいなと私は呑気に考えていたが、一方で振られたのだという彼女はしきりに時計を眺めてはそわそわと落ち着かない様子であった。

 

彼は集合時間の5分前にやってきた。予想外の爆弾と一緒に。

 

「ごめん、岡野先生に捕まってて遅くなった。」

 

という言葉に対して、女子の視線は彼の隣に多少気まずそうに立っている人間に向けられた。男子が大変だったねーと言っている中私の内心は色々と大変だった。

 

担任に捕まっていたところで一緒になったということはデートしていたという訳ではないのだろう。というか何かやらかして担任に絞られていた彼女を引っ張ってきたと考えて間違いなさそうだ。

しかし私の後方で顔色を赤にも青にも取れぬ色に変化させている本日の主役が不良を伴って現れた彼に対してどういう感情を向けているのか手に取るように分かるだけに私も内心穏やかでは居られない。隣にいた友人が視線でこちらに「聞いてないけど!?」と訴えかけてきているのも私の胃により負担をかけていた。

私だって知らないよ!連絡した時は行けたら行くって返ってきたから断り文句だと思ってたさ!

 

なんにせよこのままではマズいと飛び入り参加を歓迎するように言葉を並べ、縁日巡りを開始した。

 

 

 

 

突然の不良娘の登場にビビりつつも私は固まっている友人達に代わって、少しでも情報を引き出そうと果敢に彼に話しかけることにした。

 

「三島さんと仲良かったなんて知らなかったよ。」

 

歩きながらそうやって不良娘と一緒にいた理由を探るように話を聞けば、少し前にあった野外ライブフェスのバイトで仲良くなった事を告げられた。私はあまり興味がなかったが、弟がテレビで放送されているのを見て2日目に見に行っていたのを覚えていたため猛暑の中働いていたという彼らを少し尊敬した。

男の子には大変だったでしょと在り来りな労いの言葉をかけると、何故か三島さんの方が歯切れの悪そうな反応を返してきた。

 

「初日に倒れたのこいつの方だから居心地悪いみたい。」

「やっぱり熱中症?大変だったねぇ。」

 

三島さんを間に挟んで彼とキャッチボールを交わす。三島さんは「あぁ。」とか「おぉ。」とか雑な相槌を返してくるだけだが、特別不機嫌な感じになっている様子はないので私は少しほっとしながらちらりと周囲の様子を確認する。

 

もはや一部がお通夜状態なのはどうしようもなかったのでスルーするとして、他は楽しげに話に花を咲かせていたり男女ペアが出来つつあったりと概ね縁日を楽しんでいるようだ。

飛び入りの女子達は目的の彼に絡みに行こうとしながらも彼と仲良さげに話をする三島さんの壁に挑めずヤキモキしていたが、それに関しては私から何か出来る事はないので頑張って欲しい。

 

普段なら友人のグループが率先して射的なり金魚すくいなりをやろうと提案するのだろうが、そういった余裕は無いらしく実に大人しい縁日巡りとなっていた。

 

 

 

 

結局特別大きなイベントも起きることなくクラスでの縁日巡りはつい先程解散となった。正しくは耐えられなくなった彼女を気遣ったグループが抜けたので各々で縁日を楽しむことになったのだが、結果は余り変わらないのでいいだろう。

 

まぁ確かに好きな人が自分とは違う女と親しげにデートしている姿を見せつけられるというのは精神的に来るものがあるだろう。それが自分とは違う人種の人間ともなれば心が折れるのも分かる。

知ってか知らずか彼も告白した彼女に対して何か反応を返す訳でもなく、かき氷を食べて舌の色が変わったことにはしゃいでいたりして縁日を楽しんでいたのもキツかったのだろう。

 

だが何故みんな私を置いていったのか。カップルと私という3人組など誰も幸せにならないと思わないのか!

 

びっくりするくらい誰に誘われることも無く、示し合わせたように散開していくので離脱するタイミングを見失った私にも非はあるが、それでも友人は私に声をかけてくれても良かったと思う。お前は私が一人で来てたの知ってただろうに。

 

「じゃ解散するみたいだし、私も行くわ。」

「付き合ってくれてありがとな。また学校で。」

 

もうどうにでもなぁれ!と頭の中で杖を振っていると、2人も解散することにしたらしい。目の前で起きている出来事に呆気に取られている私を置き去りにして用事があるからと爆弾娘は去っていった。

必然、私と彼の二人がその場に取り残された。

 

「委員長はどうする?俺は花火終わるまでいるつもりだけど。」

 

元より予定というものなど無いのでどうする事もないのだが、一人で縁日を回るのもどうかと思ってはいたので友人のグループに合流しようかと思っていたところだった。というか二人が別れなかったらそそくさと退散するつもりだったので特別予定などあるはずもない。

 

「じゃあさ花火、一緒に見ていかない?」

 

ちらりと時計を確認すると確かにあと20分程で花火が上がる時間だった。私は悩むことなく了承した。

友人の言葉を忘れたわけでも彼との急接近を目論んだわけでもなく、ただクラスの男子からのお誘いを断れるほど私は人生経験を重ねていなかったが故の了承であった。私は考えるのをやめた。

 

取り敢えず飲み物と彼はケバブを私はクレープを買って神社の適当なところに座って花火を待つことにして、そうしてようやく落ち着いたところで、私は改めて彼の姿を観察した。

藍染めの甚平というのは夏祭りの定番だが、同年代の男子のこういった姿を隣で見る機会はこれが初めてだった。普段よりもざっくりと胸の方まで開いた襟元は、自然と彼の首から流れるように続く白い肌が強調されており、手元の団扇で少し隠れているのも相まってとても扇情的に見えた。

意外と鍛えているのかちらりと見える腹筋や二の腕は引き締まっており、何かイケナイ物でも見ている気分になってしまう。

 

「部活は辞めちゃったけど走ったりはしてるし、バイトも体力使うからなぁ。」

 

そう言いながら花火の開始の放送に耳を傾ける彼の脚は確かに引き締まっている。そういや告白したという彼女は脚フェチだと言っていたが、なるほどと思ってしまう程度には魅力的だった。踏まれたいと言い出す奴がいるのも頷ける。

 

そうこう考えている内に花火が上がる時間になる。

柳に連発、スターマインに絵柄の変わり種。ドーン!という腹に響くような爆音と空に煌めく銀の星の美しさに、私は目を奪われた。ちらりと隣を見れば彼も穏やかな表情で空を見つめており、花火の光に照らされる大人っぽい彼の姿を目に焼き付けてから私も再び空に視線を戻した。

縁日の花火なので花火大会ほど本格的なものでは無いがそれでも十分なほどであり、締めの三尺玉がぼやけて消えるまで私はじっと空を見つめていた。

 

「そろそろ帰ろうか。」

 

協賛や花火の終了のアナウンスが聞こえたところで彼の口から解散の提案がされる。もう花火は終わったはずなのにもう少しだけここに居たいと後ろ髪を引かれる思いを振り払い、そうしようかと言葉を返す。

 

「委員長あの…「兄さん!」」

「…妹さん?」

「あー…うん。ごめん委員長、俺帰らないとだから。今日はありがとう。気をつけて帰ってね。」

 

それじゃあと言って困ったように笑う彼は先程見かけたような大人の雰囲気などどこにもなく、人好きのする容姿の好青年そのものであった。

 

私も帰ろう。女子の妄想にあるひと夏の思い出とはいかなかったけれど、それでもまぁ…私にしては上等な思い出だと思う。

惚れた腫れたがあった訳でもなし、件の彼女には花火を見た事は許してもらうとしよう。

 

しかし彼の妹さんは割合過保護なようだ。今も女と二人きりになるなんてと何やら声を荒らげている。

へらりと笑って手を振ってみればなんとも言えない表情で威嚇された。彼はその頭を撫でてからこちらに手を振り返してくる。

 

こちらに背を向ける彼らを見送って、何となく屋台の方に足を伸ばす。弟に何かお土産でも買っていこう。

 

彼のことを思い出して、私はベビーカステラをひとつ買うことにした。




普通の同級生の視点ということで、透明感を意識して書いてみました。
恋慕や色眼鏡をできるだけ排除してこの世界の男性として見た貴方の姿が書けていれば嬉しいところ。

ご指摘ご意見お待ちしております。次回からはいつものノリに戻ります。

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