貴方は貞操観念のおかしな世界にいる▼   作:菊池 徳野

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周囲の人視点は話が盛り込める代わりに字数が増えがちになります。


おとなのせかい

最近兄さんの様子がおかしい。

 

以前と比べて服の趣味が変わった。土日に出かける時に荷物を持って出かけるようになった。

そしてちょっと怖い人と仲良くするようになった。

 

特に思い出されるのは一緒に行った夏祭りの時。女の人と仲良さげに並んで歩く兄さんの後ろ姿である。

私には恋人だと言われても納得出来てしまうような距離感に思えた。

 

兄さんが夜遅くまで勉強しているのも知っているし、母さんの誕生日に花を買ってきたのも知っている。ご飯だって美味しいし、他の家事だって頑張ってくれている。家での兄さんは相変わらず私の知る兄さんのままだ。

そうやって昔と変わらない兄さんだと感じる反面、ちょっとした変化が目に入るとなんかモヤモヤする。兄さんの世界を私が全て把握しているなんてことは無いのだからちょっとした変化くらいあって当然ということは分かっている。

でもやっぱり気になる。

 

兄さんは『おともだち』から貰った最近お気に入りのCDを聞いては優しい顔をするようになった。

この間の夏祭りでは、怖い雰囲気の女の人と仲良そうにしていたし、帰り際には違う女の人と2人きりで親しげだった。デートなんじゃないかって思ったけど、兄さんは『クラスのおともだち』と遊んでただけだって言う。

 

無意味な嘘を言うような人じゃないのは知っている。でも私の兄さんが居なくなってしまうような気がして不安になってしまうのだ。

 

兄さんが明るくなったのは嬉しい。母さんの事で泣きそうな兄さんを見てきた私からすれば兄さんが笑っていてくれるだけでも万々歳だという気持ちもある。

父さんの事もあって家だと色々難しいだろうから学校で息抜き出来るならそれでも良かった。

 

ただちょっと仲良くなる相手が予想外だった。

 

「男の子は男の子と遊ぶものじゃないの!?」

 

コップの中身を飲み干してそう喚く。

目の前の友人はキョトンと目を丸くした後得心がいったと言わんばかりの顔をして、

「なるほど。唯華は男の子は男の子と恋愛してればいいって人か。」

「ち・が・う・よ!」

 

私の鬱屈とした不安を何も分かってくれない友人につい怒鳴ってしまうが、通りがかった店員さんから睨まれたので声を落として話を続ける。

 

「別に不良みたいな人と付き合わなくてもいいじゃないって言ってるの。」

「えっ、お兄さん彼女できたの?」

「違う!」

 

さっきから分かっててからかってるのかただマイペースなだけなのか。先程貰ってきたアイスを乗せてコーラフロートを作っている友人の本心は読めない。

相談する相手を間違ったような気がしてきたが、それでも恋愛ごとに関して相談できる相手なんてそうはいないし、その中でも彼氏のいるこの友人の方が私よりも恋愛事では上手なので文句は言えない。

 

「でも私も男子から相談されたりするし、唯華だって男子と仲良く話したりしてるじゃん。」

「それはそうかもしれないけど…。」

 

友達に貴賤や優劣の差なんてものは無い。そんなことは知っている。

でも優等生で通っている兄さんが不良とつるむなんてと思ってしまう私がいるのも事実なのだ。それに誰と会うためか知らないまま、めかしこむ兄さんを見ているのはあまり精神衛生上よろしくない。

 

「男女問わず付き合いたくて構ってアピールしてくる人もいるから唯華の心配も分かるけどね。」

「せめて兄さんが何をしてるか分かればいいんだけど…。」

 

いくら悩んでも答えは出ない。兄さんに聞いてもはぐらかされるし父さんは何にも知らないし。

兄さんが夜の街で春を売ってるかもしれない疑惑もぬぐい切れていないし、なんなら疑惑は深まる一方である。そのうえ変な恋人を外に作っているかもしれないとなれば不安になるのも仕方ない。

うがー!と髪を掻いて机に顔を突っ伏す。

 

「落ち着きなよ。お兄さんなら大丈夫だって。不良ってこの間夏祭りに居た人でしょ?あの人なら平気平気。」

「なんで芳佳が大丈夫だって言えるのさ。」

 

人が頭を悩ませているのに無責任じゃないのかと私が睨むが、芳佳には聞いた様子もなく

「えー…恋愛戦闘力ぅですかねぇ。」

と遠くを見るような眼をしてよく分からない事を言い始めた。お巫山戯が入るのはいつもの事だが、出来れば真面目に答えて欲しい。

 

「真面目に答えたら唯華ちゃんたぶん死んじゃうからね?ぼかして答えてるのは戦闘力くそざこの唯華に対する私なりの優しさだから。」

「今はそんな優しさいらない!」

「…落ち着け私。今感情のままに口を滑らしたらきっと凄い面白いけど目の前にいるのは友達、友達だ。」

 

真面目に聞いてみるがどうやら本当に話してくれる気はないようだ。結局相談してもなんにも解決しないじゃない。ドリンクバー代程度ではこの程度の見返りしかなくても仕方ないけど、糸口くらいは欲しかった。文字通り私の気晴らしに付き合わせているのだからそれだけでも感謝するべきなのだが。

 

ただでさえ兄さんの疑惑と最近の変化を考えると色々と納得がいくこともある。急に変わったアクセサリーの趣味も、兄さんの服から女の人の香りがするのも。兄さんの言う『おともだち』だって、所謂せ、セフレって意味なら嘘でもないわけだし。

 

私の頭の中で兄さんを信じたい私とイケナイ事してると疑う私が、不良の男になっちゃったと言う新しい私の主張に同調を始めている中、不憫なものを見るようにしながら妙なことを口走った。

 

「そんなに気になるのならお兄さん尾行したら色々分かると思うよ。」

 

その言葉に私が目を丸くしていると、以前日曜日に兄さんを見かけた時に色々と目撃したと言うことを教えてくれた。何を見たかは言えないが、どうしても知りたいならと。

 

「私の口から言うのは憚られるけど、一応ね。私は止めておいた方がいいと思ってるからね。」

 

やはり持つべきものはアクティブな友達である。どうすればいいか分からずに手探りでいるよりもやることが定められた方が幾分か動きやすいというもの。

兄さんには悪いけど私は本気である。兄さんが心配故の行動なのだからきっと許してくれるだろう。

 

「ありがとう芳佳!」

「おう。骨は拾ってやる。」

 

私は差し出されたおかわりのドリンクを芳佳から受け取ってのどに流し込む。いやにいろんな味のするオレンジジュースだったが今の私には然程気にならなかった。

 

 

 

 

「それじゃあ行ってきます。」

「行ってらっしゃい。」

 

…よし。

兄さんが出かけたのを確かめて、急いで私も服を着替えて外に出る。

遠目に見える兄さんの背中を追いかけて一定の距離を取って付いていく。

 

私の家から駅まではほぼ一本道なので、家の周囲に日曜の朝で人通りがそれほどなくても兄さんに気づかれる様子は無い。

いつもはお昼すぎに出掛けて行くのだが、今日は数日前からお昼は要らないと聞いていたので尾行のチャンスと思って付いてきたのだ。芳佳から聞いた日も朝から出かけていた筈なので兄さんの秘密を探るなら今日がベストと思ってのことだった。

 

駅に近づくにつれ人混みができてからはさらに余裕をもって兄さんに近づきつつ尾行することができた。電車に乗ってしまえば降りる兄さんに付いていくだけなので見失いさえしなければ大丈夫である。

こういう時兄さんの買ったチケットを調べなくてもカードひとつで付いていけるのはありがたい。電子化さまさまである。

 

男性専用車両に乗らず普通車両で電車に揺られる兄さんの姿を端の方から観察し、気づかれていなさそうなことを確認してから少し休憩する。少し周囲を見る余裕ができると、兄さんの向かいにスマホを構えたお姉さんが目に入った。普通にスマホを使っているよりも明らかに兄さんの方にカメラを向けている。たぶん盗撮だ。

兄さんは気にしていないのか気づいていないのかイヤホンで音楽を聞いているし、なんなら目を瞑っているように見える。尾行している以上忠告するわけにもいかず歯がゆい気持ちでその様子を見ることしかできず、後で兄さんに注意しようと心の隅に書き留めるだけに留めた。

 

電車が止まり、また移動を始めた兄さんを追って私も移動する。

後ろから付いていくと駅の建物の入口まで移動したところで兄さんが足を止めたので慌てて私も近くに隠れる。何やら周囲を見回し始めたので何か探しているらしい。暫く様子を伺っていると、どうやら髪色の淡い人に反応しているらしく、どうにも視線がそういう人達に向いているように見える。

 

淡い髪色の人には心当たりがある。あの不良みたいな女の人だ。

もしかしてやっぱりデートだったのだろうか。今日は荷物が少ないと思っていたのだがそういうことなのかもしれない。

私の脳内に不良に肩を抱かれながらも満更そうでも無い表情の兄さんの姿が幻視される。

 

「アサヒちゃんおまたせ。」

 

ぐるぐると頭の中でギャル化した兄さんはアリかナシか論争が繰り広げられる中、兄さんの居た方から女性の声が聞こえてきた。

…知らない人だ。というかアサヒとは兄さんの事だろうか?あだ名かな?

 

「ミヤさん、ちゃんは止めてくださいって言ってるじゃないですか。今日はどこ行くんです?」

「アサヒちゃんが居るから今日はあっちの方まで行きたいな。」

 

予想外にも知らない女性が登場した事で少し出遅れてしまったが、腕を組んで移動する二人の背中を慌てて追いかける。同性のような親しさに嫌な予想が現実味を帯びてくる。

 

あまり近づくとバレてしまうので会話は殆ど聞き取れなかったが、時々「店」「足りない」「好き」「ご飯」などといった単語が耳に入ってくる。…もしかして、アサヒというのは兄さんの源氏名なのではないだろうか。

これはもしかすると芳佳から渡された本にあった「同伴出勤」というやつかもしれない!

 

気の置けない仲なのが何となく分かるほど親しげに話す二人とは逆に、私は自分の閃きに次第に指先の感覚が無くなっていくような気がする。兄さんが夜の街で働いているかもしれない。思考に目を覆われる感覚を覚えるとともに周囲の雑踏も遠のいたような気がする。

 

くらくらとする視界を無視して尾行を続けるが、正直既に泣きたくなっている。

 

あまりちゃんとは見えないが、女性の方は母さんより若い。でも兄さんより余程大人な人でとてもおしゃれな人。ちょっと身近には居ないタイプの女性だ。

兄さんが腕を組むなどという行為を許すような相手…それこそ家族の様に親しい相手なのだろう。胸にぽっかり穴が空いたような感じがして、視界が涙で滲んだ。

 

兄さんの左側はいつも私の居場所だった。そこに今は知らない女性がいる。その事が何故かとても悲しくて、どうしようもなく嫌なことに思えて私はつい立ち止まってしまう。

 

彼女さん、なのだろうか。この人が兄さんの新しい帰る場所なのだろうか。

ポロポロと零れる涙が足元に染みを作っていく。止まれ止まれと念じていても一向に涙は引いていかない。

他の人の迷惑を考えて道の端に寄ることはできるのに兄さんの背中が遠のいていくのを見ても私の足は前には進まない。

 

もう尾行をする理由もなくなった。気分が落ち着いたら家に帰ろう。父さんは心配するかもしれないけど友達と喧嘩になったって言えば深くは聞かないでくれるだろう。

ぐしぐしと涙を拭って前を見ると人の顔が目の前にあった。

 

「お嬢ちゃん大丈夫?貸してあげるからハンカチ使いなさいな。」

 

ぎょっとして距離を取ろうとするが、頬に当てられた手の感触に身動きできなくなる。綺麗な女の人、兄さんの彼女さん。

 

「唯華!?どうして泣いてるんだ、何があった?」

「アサヒちゃんの知り合い?」

「妹です。」

 

彼女さんに付いてきた兄さんにもバレた。私の頭の中では怒られるんじゃないかという考えが占め始める。

びっくりして引っ込んだ筈の涙がまた滲んでくる。もはや何がどうなっているのか分からなくなってきた。

 

「アサヒちゃん、やっぱり今日の買い出し中止してお店行こっか。妹ちゃん落ち着ける所の方がいいでしょ?」

「すみませんミヤさん。唯華、ほら。」

 

されるがまま流されるがまま、びゃあびゃあ泣きながら兄さんの左手に掴まって歩く。その隣を彼女さんが歩くペースを合わせて付き添ってくれるのが申し訳なかったが、いつもの居場所が返ってきたみたいで少しだけ嬉しかった。

 

 

 

 

「カフェの店長さん?」

「そうよ。アサヒちゃんは店員さん。お兄ちゃんから聞いてなかった?」

 

知らない。というか兄は普段のバイトの事について何も話してくれないので、賄いが出るという事しか知らなかった。

彼女さん改め店長さんの話を聞けば、どうやら兄さんは夜間のアルバイトをこの店でしているらしい。学生を雇ってくれるところが少ない中賄いまで出してくれるこの店は天国のようだと兄さんが続ける。

裏で制服に着替えてきた兄さんの姿は少し新鮮で、でもとてもよく似合っていた。

 

「お兄ちゃんを心配して付いてきたなんて良い妹さんじゃない。」

「俺には勿体ないくらい優しい子ですよ。心配かけたくなくて秘密にしてたんですけど逆効果だったかぁ。」

 

ごめんな、と言いながら頭を撫でられてされるがままになる。最近スキンシップが足りてなかったので私としては願ったりかなったりである。

 

「どうせなら今日はお兄ちゃんの仕事ぶりを見ていけばいいわ。」

「ミヤさんと話して決めたんだ。せっかくだしご飯食べていくといいよ。お代は給料から出してもらうからさ。」

 

私の頭を撫ででくれるのは優しくてお人好しで頼りになる、いつもの兄さんだった。私はそれが申し訳なくて、でもとても嬉しくて。変に疑ってしまった店長さんにも悪いことをしてしまったと、色んな思いを言葉にしようとして結局、

 

「…ごめんね兄さん。」

 

この一言がどんな意味を持ってるのか兄さんには殆ど伝わっていないだろう。店長さんにはもっと。

私は子供だから。気持ちに整理が付くまでは大人の2人に甘えさせてもらおう。

 

「しかしミヤさんを彼女だと思ってたとはなぁ。」

「綺麗な人だったし、凄く仲良さそうだったから。」

 

2人の同性のような距離感で接する姿は恋人のそれだと誤解しても仕方ないと思うんだけど、兄さん意外と鈍いのかな?

 

「あぁそういえば唯華も気をつけなよ。ミヤさんの恋愛対象女の子だから狙われかねないよ。」

「ふえ!?」

 

予想外の言葉に喉から変な声が出る。

可愛らしい雰囲気の人だと思っていたけどそういう理由だったのかと納得すると同時、まさか兄さんではなく自分の身の心配をしなければいけない事になるとは思わなかったという動揺が脳を揺さぶってくる。

 

その後食べたご飯の味は正直覚えていないし、後日兄さんと父さんとの間で今日の事について話し合いがあったらしいが、それについても私はよく知らない。

 

ただこの日、私は大人の世界は複雑だという事を学んだ。

芳佳は爆笑してた。




義妹視点再び。
「ニーサンニーサン」と書いてて思った以上に考えてて自分で驚きました。
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