貴方は貞操観念のおかしな世界にいる▼   作:菊池 徳野

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この作品のジャンルは『現代/恋愛』です。


ねむれないひはつづく

授業をサボるのは久しぶりだ。

 

屋上だったり空き教室だったり、今日みたいな雨の日は体育倉庫で時間を潰す。以前は誰かが持ち込んでいた雑誌を読んだりしていたが、今は正直そんな気にはなれないので持ってきたスマホにイヤホンを刺して音楽を流す。

お気に入りのナンバーが脳にじわりと染み込んでくると雨音や薄ら寒さなど気にならなくなっていく。音楽が私を嫌なことから切り離してくれるけど、今回ばかりはそうはいかない。でも集中する手助けにはなってくれる。

 

悩むことは嫌いだ。解決しなくてもいいのなら全部投げ出してギターでも触ってた方が性に合ってる。

 

――いや、でもなぁ…。

 

悶々として寝れなくなるくらいなら解決したいという気持ちもあるのだ。それに悩む事と悩まされることは別物だということを私は今回初めて知った。放置してもどうにもならないなら悩む他ない。

こういう時頭が悪いのは損だ。特に優等生のために頭を悩ませているとなると眉間に寄る皺も二割増になる。

 

たかが4ヶ月、されど4ヶ月。短い期間しか知らない相手のくせにどうにもインパクトが強すぎる。

 

昨日目撃したあいつと知らないおばさんが居たママ活か売春かの現場もそうだが、それ以外だって印象がありすぎる。

ついこの間まで続いた告白騒動も隣で四苦八苦してたのを見ていたが中々面白い見世物だった。最終的に私も駆り出されて恋人紛いの事までさせられて、あれは大変だった。実に楽しい女友達みたいな奴だから、私も笑ってたんだけど。

 

――金とかスリルとか足りない感じはしなかったんだけどなぁ。

 

ブランドとか気にしてる感じじゃなかったけど案外私服に金掛けてるのか、私は男物はわかんないしなぁ。それにスリルよりも平穏とかの方が好きそうだ。どっかじじ臭いとこあるし女振り回すよりも犬でも連れ歩いてる方がよっぽど似合ってる。

振り回されてる私のセリフじゃないけど、あいつだって私と同じで単純なんだ。猫かぶりだけど一皮剥いだら親しみやすさだってある。

 

私の中のあいつは悪いやつじゃない。ひょんな事から知り合ったけれどウマは合う。あまり口にはしないが友達だって認めるのも吝かじゃない。

危険な事してるなら止めてやった方がいい。

 

胸の中のモヤモヤの原因を突き止めようと授業までサボって悩んでたが、答えが出たような気がする。

 

「あ?私もしかして悩む必要ないんじゃないか?」

 

ダチが心配だからヤキモキしてるんだ。ならあいつに一言言ってやれば解決する。実に単純な話である。

…無駄に体育倉庫で時間使った。最近は授業出てたから生徒指導からも文句言われてなかったのにまたなんか言われるかもしれない。

 

「…なんか腹たってきたな。」

 

結局私は2限目の最初に間に合うように教室に戻って雨で遅れたと授業を受けることにした。あいつには放課後時間貰うように言って放課後までは特に話しもしなかった。

何て言うべきか考えてて時間が過ぎたわけじゃない。

 

 

 

 

「お前ママ活してるのか?」

 

結局変に難しい言葉を並べるよりも直接聞くに限る。他に人が居ないのは調べておいたから大丈夫の筈だ。

 

「誰かから何か言われた?」

「止せよ。私が人から何か言われたところで信じると思うか?昨日駅の裏通りで知らないおばさんとキスしてたの見たぞ。」

「…せめて言い訳の余地を残してくれ。」

 

明らかに年上のスーツ姿のおばさんだった。親子ほど離れてる感じはなかったが親子ならキスなんてしないだろう。

ああいう事をしてる奴が居るってのは知っていたがまさか優等生のこいつがしてるとは思ってもみなかった、ただそれだけなのだ。

全面的に降参だとでも言いたいのか、先程まで張り詰めていた雰囲気を普段のものに戻す。

 

「そんなに金がいるのか?」

「まぁ、そんなところ。本当は高校辞めて仕事したい気持ちもあるけど高校中退は何かと就職大変だから。効率いいんだ、こういうの。」

 

恐る恐るそう聞けば思わぬ返答にギョッとした。

学校では楽しそうにしてたように見えたがそうでもなかったのだろうか。しかしそんなに切羽詰っているとは、いつぞやのバイト戦士だという予想は割と当たっていたのかもしれない。

しかしこういう事を話してこいつは大丈夫なんだろうか。

 

「こういうのって聞いても良かったのか?」

「君本当にいい子だよね。なんで不良やってんの?」

 

ピキっときた。人が心配してやってんのになんだその言い草は!やっぱお前可愛くねー。あとやりたくて不良してるんじゃないから。

ぐっと口からついて出てきそうになる言葉を飲み込んでじっと睨みつける。

 

「ごめん。心配してくれてるのに変なこと言った。色々いっぱいいっぱいなんだ。」

 

普段はもう少し余裕があるんだけどなぁ、とそう言って溜息を吐く姿からは疲れのようなものが見えた。優等生やってバイトやって夜はおばさんの相手やって、疲れるのも仕方ないことなのかもしれない。

最近は学校でも色々と問題事に手を焼いていたし注意力が不足してたと言うが、確かに一年間やっていたというのが本当ならよく隠し通せていたと思う。

 

補導や巡回が厳しい夏休みは数を減らし、夜間のバイトが必要だと学校や親には説明を入れ、多少いかがわしい噂が立っても良いように執事喫茶でバイトをして…と。少し聞いただけでも予防線を何重にも引いていたらしい。

 

「そういう訳で俺としては学校や他の生徒にバレると困るんだけど?」

「…でも、そういう危ない事は止めた方がいい。」

 

目撃した衝撃と衝動のままに問い詰めているとはいえ、私の目的は最初から変わらない。

秘密を知ったから何かして欲しいとかそういうのは無い。それならと正義感だけで邪魔する程私だって綺麗な人間じゃない。

 

「困ったなぁ。リスクを承知でお金稼ぎしてるってのは理由にならない?」

「ダメだ。」

 

一層声のトーンを落として否定する。こいつには危ない事はして欲しくない。脅して止まるようなタイプじゃないのはこの数週間でよく知っているが、それでも私が説得できる可能性があるならやるしか無かった。

 

「なら、どうやってお金稼げって言うのさ。」

 

声を張り上げるでもなく思い詰めた風でもなく、ただただ平坦に事実を突きつけるような冷めた声。あまり聞かない攻撃的なこいつの一面。

 

「代わりが用意出来ないなら止めないでよ。俺の住まいも食事も誰も補償してくれないくせに頑張る邪魔してこないでくれ。」

 

本心なのだろう。そう思わされるだけの重みを言葉から感じる。明確な拒絶の言葉に少しだけたじろいでしまう。

それだけの覚悟を持った言葉だった。私はそれに何も応えられない。

 

「やっぱり友達なんか作るんじゃなかった。」

「…ごめん。」

「謝られるくらいなら友達にこんな事言わせないで欲しかったかな。」

 

少し涙が出そうになる。友達じゃないと言われるのはやはり堪える。

でもこう言うってことは100%の拒絶という訳では無い筈だから、退けない部分に私が踏み込みすぎたって話。今回ばかりは私の方が退くしか無いのだろう。

全く昔からデリカシーの無さだけはピカイチだ。

 

「でも、危なくないのか?無理矢理とかって話聞くし…。」

「まぁこれでも鍛えてるから。相手してるのは歳上ばっかりだし君より筋力無いよ。それに本番はお断りしてるから。」

 

危なくないとは言わない辺りがこいつの線引きなのだろう。それにまぁ、確かに私よりはこいつの方が体力も筋力も上なのは確かだ。悔しいけどバイトの時のことを思うと納得する他ない。

…でも態々引き合いに出さなくても良くねぇ?デリカシーってもんが無いんじゃないか?

 

「それに大体組み敷くのは俺の方だしね。最悪逃げる事はできるようにしてあるし、一応客の持ち物に刃物が無いかも確認してるから。」

「えっ。」

 

今組み敷くって言ったか?それは所謂騎乗位ってやつか?でも本番はしてないって言うし、好き放題されてるって訳じゃないのか?

ちょっと困惑しつつも確かにこいつなら良いようにされるよりは上から何かとしている方が想像出来る。そういや昨日見かけたのもこいつから近づいてたような気が、

 

「興味あるならしてあげようか?」

 

ひゅっと喉から空気が漏れる。そういう姿を想像をしていたのも合わさって、ちょっとどころじゃないくらいイメージが膨れ上がる。

言葉が出ずにあわあわしているとガッと腕を掴まれて壁際に追い込まれて顔が近づく。なんかいい匂いする!

 

「い、いらない。」

 

情けない声が出る。人払いしてある事実が脳裏に過ぎる。

変に色っぽい奴だと思ったことはあったが、実際目の前でやられるとドキドキしてしまう。これは毒だ。

 

「それは良かった。未成年とエッチなことは出来ないからねぇ。」

 

お前が言うのかよとか助かったとか色々と言葉が浮かぶが腰が抜けてそれどころでは無かった。腕が離されてようやく身体が自由になる。確かにこれなら無理矢理どうこうされるなんて事は無いかもしれない。

 

「…もうお嫁に行けない。」

 

男相手に完敗を喫した女のなんと惨めなことか。口でも力でも勝てないとはなんと情けない。

熱くなった顔を冷ますのも兼ねて両手で顔を覆う。雨のおかげでしっかりとは顔が見えないだろう事が救いだろうか。

 

「三島は可愛いから大丈夫だよ。」

 

ホントにこいつ嫌い!!

 

結局家に帰ってから男優位のプレイを調べてしまってより解像度の上がった妄想に悩まされることをこの時の私は知る由もなかった。




傍から見てると完全に恋する乙女なのに自覚が無いだけでみんなの玩具になるのホント可哀想。
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