貴方は貞操観念のおかしな世界にいる▼   作:菊池 徳野

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初めてのお客さん視点となります。


はじめてのおしごと

その日は金曜日で、ようやく仕事が終わって1週間の疲れを癒そうと1人呑みをした帰りだった。

名前も知らない店主や客と言葉を交わし、家で誰も待っていてくれないと即席の同志と女やもめを嘆いていた。

店主からは給仕をしている旦那さんの手を経て乾き物の差し入れを貰った。実に嫌味なばばあである。

 

珍しく土曜に出社する予定もなかった為、しこたま呑んで風俗でも行ってみようかなぁと気が大きくなった私は普段は寄り付かない通りを歩いていたのだが、結局なんだか怖くなってコンビニで買った水を片手に公園のベンチで酔いを覚ましていた。

 

彼と出会ったのはそんなタイミングであった。

 

明らかに成人はしていないだろう年齢の男子がこんな夜更けにあまり治安のよろしく無さそうな公園で1人手持ち無沙汰に座っていた。

はて不良だろうかと頭を悩ませたが、どうにもそんな雰囲気はない。彼の纏うどこか落ち着いた雰囲気や流行とはどことなく違ったファッションを見て、遊んでいるタイプでは無さそうだと思ったのである。

 

もしや家出息子というやつではなかろうかと思い当たった。親と喧嘩でもしたのかはたまた特別事情があるのか。なんにしてもこんな危ない所に居させるのは良心が咎める様な存在だと脳が処理していた、そんな折。

彼と目が合った。

 

咄嗟に顔を伏せてしまった。マズイという感情が脳を支配する。別段なにかやらかした訳では無いが、おそらく10以上年齢の離れたおばさんである自分が年頃の男子を見つめていたなど事案である。少なくとも気持ち悪がられるくらいのことは覚悟せねばならない。

違うんだ私は青少年の身を案じていただけなのだと自分に言い訳するが、残念ながら私の理性は有罪判決を下していた。

 

しかも何やらその彼がこちらに歩いてくるではないか。嘘だろホント。やめてくれよ。私が何をしたって言うんだ。乙女座の私の運勢は1位なんじゃなかったのかよ。久しぶりに土日が休みになって、抱えていた案件も目処が立ってようやくマトモな休日が送れると思っていたのにこれはあんまりじゃない?

 

「ねぇおネーサン。今俺の事見てたよね?」

 

ビクッと身体が震える。恐る恐る声の方に顔を向けるとやはり先程見ていた彼がそこにいた。

何を言われるのか分からずにごにょごにょと言葉を濁しながら、視線はそれはもう綺麗なバタフライを披露していた。

 

遠目にも気づいていたけど結構な美少年だなとか、少し開いた襟元から見える鎖骨がエロイなとか、動いてる唇を見ただけでエッチだと感じたのは初めてかもしれないなとか、もはや自分を擁護できない思考がぼろぼろとこぼれ落ちていた。

 

「ホ別本番はなし。3万って言いたいとこだけど、お金ないなら1万でもいいよ?」

 

どうかな?と笑顔を向ける彼の姿を見て、私は何がなにやら分からなくなっていた。

ホベツホンバンナシ。ホ別本番ハナシ…。ほべ…ハッ!?

 

私が混乱して目を白黒とさせていると、彼は隣に座って身を寄せてきた。

 

「俺を買わない?酷いことしないなら、ある程度のリクエストなら聞いてあげるけど?」

 

にこにことした明るい笑顔と売春の誘いというアンバランスな状況に私の頭はより混乱していたが、本能は正直にYESの選択を取ろうとしていた。

元々風俗に行こうとしていたので多少なりムラムラしていたところにこの美少年である。1人の女として彼と一晩過ごすのは全然ウェルカムであったし、本番こそないものの言葉の通りであればかなりいい思いが出来そうだ。

 

「それは、嬉しいけど…君は未成年でしょう?ダメだよ、お家に帰らないと。それにここは治安も良くないし…」

 

彼から視線を外して、蚊の鳴くような声であったがそう彼に告げる。口から出た言葉を聞いて、私は自分のことを思ったよりも理性的で淑女だったんだなぁとどこか他人事のように思っていた。

現役のDK、あるいはDCとそういうことができるチャンスをむざむざ逃すのか!?女の風上にも置けねぇふてえ女郎め!!と私の中の処女が喚いていたが、公衆道徳には勝てなかった。

 

「おネーサン優しいね。」

 

そう言って隣で彼が立ち上がるのを感じて、私は安心半分残念半分の心持ちでじっと自分が手に持っていた水のボトルを見つめていた。

…嘘である。残念100%の濃縮還元具合で先程淑女ぶって彼に言葉をかけた己を呪い殺そうとしていた。

 

だって声だけでもいい子な感じするし、見た目は私の好みだし、何より隣からしていたいい匂いが離れた瞬間後悔が雪崩のごとく押し寄せてきたのだ。私だっていい思いしたいもの!

そうやって悶々としていると不意に手を取られた。ボトルが転がる音を耳にしながらも私は驚きから彼の顔を見遣る。

 

「独りの夜は寂しいから、おネーサンみたいな優しい人に温めて欲しいな。」

 

取られた左手の薬指を撫でながら、困ったように眉根を寄せる彼の姿と前かがみになったことでハッキリと視界を占領した艶っぽい鎖骨に私の中の淑女とやらは裸足で逃げ出してしまったらしい。

 

気付いた時には私は彼と2人で近くにあったラブホテルの部屋に入っていた。

 

ラブホなんて初めて来たなぁ。と呑気に口にして部屋を物色している彼を見つめて入口で立ち尽くす。

もはや言い訳はきかない。私は未成年と買春をしたのだ。

 

「おネーサンもこっちおいで。びっくりするくらいベッドふかふかだよ。」

 

先程見たしおらしさはどこへ行ったのか、割と強引に腕を引かれてベッドの方まで誘導される。男性にエスコートされる日が来るとは思わなかったので先程からの出来事も合わせて私は既に目が回りそうになっていた。

 

ぼすりと音を立ててベッドに腰掛けるが、その想像以上の柔らかさに体勢を崩してしまい部屋の天井が私の視界を埋めつくした。

私は起き上がらずにその体勢のまま暫く天井とにらめっこしたままベッドの冷たさに身を浸す。よく考えてみれば今日はかなりお酒を入れているので、このまま眠ったら気持ちいいだろうなぁと現実逃避しながら私の横に腰掛けた彼の方に視線を向けた。

 

で、半裸の彼に驚いて思わず起き上がった。

 

「おネーサンお酒飲んでるのに急に動いたら危ないよ。」

 

ほら。と言って驚いて硬直している私をもう一度ベッドに転がすと満足気に笑って、その唇を私に押し付けてきた。

 

その後の事は正直碌に覚えていないが、次の日目を覚ましたら美少年の腕の中だった事は二日酔いの頭痛を吹き飛ばす衝撃だった事をここに記す。




性的なあれこれは書いてはみたのですが、あまりぱっとしなかったので省略致しました。

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