貴方は貞操観念のおかしな世界にいる▼   作:菊池 徳野

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主人公が出てこない回って珍しい気がする。


せかいはそれをあいとよぶんだぜ

悩む事が嫌いな私は短絡的に行動を起こす事が多々ある。ガキの頃は説明が面倒だと手が出るようなクソガキであったし、今でも取り敢えず何かしそうになると気持ちを落ち着けるために音楽に逃避する。

それでなくとも家にいる時は年がら年中ギターを触っているし、外にいる時はそれがイヤホンに変わるので音楽がストッパーになっているかは甚だ疑問だが。

 

「急に教室に連れ込んで何なんです!?」

「何なんだってのは私のセリフなんだよ…。」

 

だから廊下で暇そうにしていたあいつの妹の首根っこ捕まえて空き教室に連れ込んだのも突発的な行動だった。解決できるかは置いておいて、解決方法が目の前を通ったら手が出るのはもはや野生の獣が本能に従うのと同じくらいどうしようもない事だった。

 

何故こんなことをしたのか。当たり前のようにあいつ関連なのだが、取り敢えず時系列を追って理由を纏めよう。

 

――俺が金を稼いでるのは両親が居ないからだよ。

――だから特別進路を考えてるとかは無いかな。

 

と私が進路の参考に聞いたら何気ない表情でそんな事を口にされ、何を言うでもなく形だけの愛想笑いを返すのが精一杯だったのが約10分前。

雑談が終わったとばかりに用事があるからと帰るあいつを引き留めずに見送って、1人唸って知恵熱が出そうになったのが5分前。

そして廊下を歩いていた暇そうなあいつの妹の首根っこ捕まえて空き教室に引っ張りこんだのが今である。

 

実に分かりやすい衝動性に溢れた行動理由だと自分でも思う。実に頭が働いていない。

こいつがあれの妹なのは入学の時から知っていた。他人を避けているあいつがいきなり誰かと登下校で一緒にいるのを見かけるようになるのだから、それくらいはアホな私でも分かる。特に学校だとあいつの近くにいることが多いので自然と面識もあったしな。

ただあいつと一緒にいる時に一度ガンつけられた事があってから面倒だからと話をしたことは無い。

 

初めての会話が呼び出しよりも直接的な空き教室への連れ込みである。警戒しない方が珍しいだろう。余談だがあいつは珍しい側の人間である。

 

当然のように警戒心むき出しでこちらの出方を伺っているあいつの妹には悪いが、色々と聞きたい時に目の前をちょうどいい奴が通ったから拉致させてもらっただけなので大人しくしてもらいたい。とりあえずここは先輩としての権力を利用して話を聞き出すことにしよう。不躾だが時間を取らせるのもお互い良くない。

まずは家族構成からだよな?

 

「お前、兄貴と2人で暮らしてんのか?」

「…違いますけど。」

 

無理矢理連れ込んだにも関わらず会話をしてくれるらしいことに少し感心した。躾られてるのか兄貴に迷惑かけたくないのか知らないが私としてはありがたい。初対面の印象もあってもう少し噛み付いてくるタイプだと思っていただけに肩透かしではあるが。

 

しかし2人暮らしじゃないなら祖父母と住んでんのか。あるいは施設とかだろうか?身近に親が居ない奴が居ないからよく分からないけどそれくらいしか思いつかない。

 

「親居ねぇってあいつから聞いたんだが、おま…」

「兄さんがそう言ったんですか?」

 

話の腰を折られるのは好きじゃない。自然と眉間に皺が寄る。

余計な問答はしたくないがこのまま無視して先輩の権力を振りかざして一方的に聞いても話が進みそうにないので軽く首肯して応える。頑固そうな雰囲気はあいつと似ている気がする。何か言いたそうにしているがその辺は私の与り知らないことなのでスルーする。

 

「…家は三人家族です。父と兄と私の。」

「あ?」

 

父親健在じゃないか。数十分前の記憶にある、あっけらかんと言っていた雰囲気からして嘘ついていた感じはしないが兄妹で食い違いが起きているのはどういうことだろうか?

どうにも面倒なことになりそうな気がしてならない。ここ1年で鍛えられた私のセンサーがそう言っている。

あいつ本当に面倒事にしか関わってねぇな。

 

「失礼ですけど先輩、私達の家族構成なんか聞いて何考えてるんですか?」

 

動揺が落ち着いたのかそんなことを言ってくる妹に舌打ちが出る。ギッとこちらを睨みつけてくる視線の強さにあいつと同じ雰囲気を感じて嫌な記憶が蘇る。こちらが問い詰めているという状況も似ていて眉間の皺が深くなる。

まだまだ中学生と変わらない1年生に気圧されるつもりは無いが、あの時同様角の立たない言い方は思いつかない。夜の仕事で金を稼ぐ理由について聞ければ早いのだろうが、事情を知らない時に面倒でしかない。金に困ってる理由が家族にあるのか聞けたらそれで良かったのだが、中々面倒くさい。

 

「…あいつ夜も色々してるだろ?なんかそこまで追い込まれることがあるのかと思ってな。」

 

要領を得ないあやふやな言い方だがこれなら問題ないだろう。そこまで困窮してるんなら手助けの一つでも出来ればと思った、ただそれだけと警戒心を解きにかかる。

本人に直接聞いて事情も知らずに訳知り顔で声かけるとこの間みたいに怒ってくるかもしれないし、誰にも頼らず交友関係断ち切ってシャットアウトくらいの事はしてきそうなので慎重にいきたいという思惑もある。

 

「そういう事ですか。でも、それなら兄さんに聞いたらいいじゃないですか。()()()ですよね?」

 

目論見通り警戒は多少解かれたが返事自体はNOのままである。聞いたら答えてくれるなら後輩無理矢理連れ込んだりしないだろとは言っても無駄だろうか。私自身突発的にやったことなので説得力は欠けらも無いと思うので口にはしないが。

なんにせよ事情を聞くまで退くつもりはないので正直に言う他ないだろう。

 

「あいつよく分からないまま踏み込むとキレるから怖ぇんだよ…。」

「先輩本当に兄さんのお友達ですよね?なんで友達やってるんです?」

「成り行きだよ!!」

 

出会った当初の『なんだコイツ』という評価が、つい最近『なんなんだコイツ』にランクアップするくらいには関わってきたが、未だに連んでいる理由は私にも分からない。話しやすいとか勉強みてもらっているとか色々あるが、あいつ本人に対しての理解度自体は1年経っても変わらない気がする。好物がチーズケーキだって知ったくらいの進展である。

 

今日だって進路相談の参考になればいいと思ってなんで金稼いでるのか聞いただけだったのに、突然親がいないから金が必要になったとか言い出すし。一年の頃忌引で休んでたのは母親が死んだからとか平気で言うし。その頃私達知り合ってないだろぉ!?

 

「兄さんマイペースだから…。」

 

私の言葉に思い当たる節があるのか妹から向けられる視線が急に優しくなる。

 

同情すんな!兄妹揃って人の神経逆撫でするのやめろ!

 

後輩ということで多少なり敬意が見え隠れする分こいつの方が可愛げがあるが、根本的な部分は変わらない。天然ってやつなのかもしれないがやっぱり私にはこの兄妹は合わねぇ。

 

「で、あいつが売春してまで金稼いでる理由教えてくれよ。」

 

 

 

 

「今なんて、」

「あ?」

「今、売春って言ったんですか?」

 

やばいミスった。というかやっぱり知らなかったのかこいつ。去年まで中学生だった妹に変なところ真面目なあいつが喋ってるはず無いとは思っていたが口が滑った。

 

「お前知らなかったのか。」

 

夜の仕事について大した反応が無いから知ってるのかもしれないと思ったのが拙かった。とはいえこの状態から誤魔化す訳にもいかない。

言葉を選ぶとか難しいことは苦手なんだが元々この話に持っていくつもりだった体で話を続けるしかない。

 

「兄さん、日曜はカフェでバイトしてるって。」

「まぁ、嘘ではないな。私が見たのは土曜だったし。」

「見たんですか!?」

「全部は知らねぇよ。ただ知らねぇ女とホテルから出てきたから…。」

 

あいつも嘘をつかない範囲で誤魔化してたらしい。アルバイト自体を息抜きみたいに思っていると聞いたことはあったが、売春より効率よく稼げるバイトなんてあるはずないし、元々売春のカムフラージュだったんだろうと今思う。遅すぎたが。

青い顔して放心しているこいつには悪いが現実と向き合ってもらうしかないだろう。せめてもの情けとしてあいつが相手の女を手玉に取っていることは黙っててやるべきだろう、今のこいつに兄がスケコマシだと聞かせるのは酷だ。

 

「それは今はいい、兄貴に直接聞け。お前が衝撃受ける程にそんな事しなさそうなあいつがそういう事して金を稼ぐ理由に心当たりは無いか?」

 

あいつの事情が誰かにバレるリスク自体は元からあったのだし、ここは開き直って話を進める。後で文句言われるかもしれないがそれはその時になんとかするしか無いだろう。

なんであいつの事で私が弱み握られたみたいになってるのかはこの際気づかなかったことにしておこう。

 

「私達、血が繋がってなくて。父さんが兄さんには高校を出たら家も出て行ってもらうって言ったのがたぶん理由です。」

「は?」

 

今度はこちらが放心する側になる。ちょっと昼ドラなんて目じゃないくらい凄い事情飛び出してこなかった?両親どころか頼れる大人自体居ないとか聞いてない。

 

理解が追いつかず頭が痛むが、取り敢えず先を促す。

他人から見たら女二人が間抜け面晒して向かい合ってるのはさぞ滑稽に映ることだろうが、当事者としてはそんな事考えている余裕はない。取り敢えず情報だけでも聞き出しておきたい。

 

「血の繋がってない兄さんをずっと置いておけるだけの余裕が無いからって、私は反対してるんですけど聞いて貰えなくて。」

 

私の理解が追いつかなくても内容は頭に入っていく。完全に聞くだけの機械と化した私を気にすることなく言葉を続ける妹。こいつも溜まっていたものがあったのか動揺からか此方が内容を受け止めているかを気に掛ける余裕もないらしい。ただ私の知らない事情だけが積み上がっていく。

 

「母さんが死んでから父さんおかしくて、でも兄さんは何も言ってくれないし外でバイトしてるのだって私最近までどんなことしてるのか知らなくて、結局本当は何してるのか今まで知らなくて。それで、」

 

時系列は合っているのだろうが如何せん感情が入り過ぎていて、正直こいつの勢いに飲まれそうになる。不安や焦燥感といったものに突き動かされて喋っているのだろう。目の焦点が合ってないような気がする。

あいつも変態達の手綱を握ることよりも身近な妹のケアの方優先してやれよ可愛がってんじゃねぇのかよ、私がなんでこいつのケアまでしなきゃならねぇんだよふざけんなよ。

 

「おい、しっかりしろ。こっち見てちゃんと話せ。」

 

できるだけ冷静を装う。パニックでも起こされた日にはカツアゲ現場とでも思われて私は1発アウトだ。自分の過去の素行の悪さに別の意味で頭が痛くなるが元々痛いので気にすることでもない。

 

「…兄さんがお金を貯めているのは家を出た後生きていくのにお金がいるからだって聞きました。」

「そうか。わかった。ありがとうな。」

「いえ。」

 

要約するとそういう事らしい。過程があまりにも重いが一人暮らしの準備に金が掛かるっていうのは理解出来る。

…私ひとりで処理できない分はあいつにその都度聞いて処理していこう。

 

兎に角事情は分かったのでこいつをここに留めておく理由はもうない。何か余計なことを思いつく前に帰してやるのがお互いの為だろうと思い解放してやれば、若干ふらふらしていたがそのまま帰っていったので取り敢えずいいだろう。

私も帰り支度をして足早に家に帰って部屋まで直行する。悩むにしても明日に投げるにしても頭にあるもやもやをギターを触って少しでもスッキリさせたかったのだ。

 

あいつのせいでギターを触る時間は増えたが、あいつのおかげで勉強が多少できるようになってギターを触ってもいい時間も増えた。本当になんとも言えない奴である。

 

 

 

 

ふと、あいつが周りを避けてるのは全部捨ててどこかでやり直したいからじゃないかと思い付いた。そうなるとアサヒなんて偽名使ってるのもストーカー対策ってだけではないのかもしれない。それに気づいたからって私にどうこうなる訳では無いけれど。

 

いつか突然居なくなりそうだ、などという表現は漫画やゲームのそれだと思っていたがどうやらそういう訳ではないらしい。居なくなる未来と居なくならない未来について、ギターの音に変な想像がついてまわる。

 

世界はそれを愛と呼ぶんだぜ、と叫ぶロックは私にはまだ早かった。




『居なくなって初めて気づく大切なもの』ってのはよく使われるフレーズですが実際は『居なくなるかもしれない』っていう段階で物事が動くことの方が多い気がします。

義妹視点がないので後書きで失礼しますが、途中にあった強調とかは不良娘に対する義妹からの牽制です。兄の彼女とかいわんよなぁ?おぉん?みたいな。言われた本人気づいてないですけどね。

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