貴方は貞操観念のおかしな世界にいる▼   作:菊池 徳野

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コメントでの三島株の暴落と特殊需要の増加が激しくて笑ってしまう。


貴方は売春が悪い事だと知っている▼

貴方は今、最大のピンチに直面している。

 

『悪い、お前の妹に売春してるの喋っちまった。』

「軽いッ!!」

 

咄嗟の事に、貴方は己のキャラも忘れてスマホを投げ捨てた。

 

連絡先を交換してから全くと言っていいほど使っていなかった連絡アプリに三島の文字が踊っていた時点で嫌な予感はしていた。そしてその予感の通り端的に用件と謝罪の言葉が並んだそのメッセージを貴方は頭の痛い思いで読み、結果として匙を投げた。間違えた携帯を投げた。

 

ここ数ヶ月、貴方はストレスや環境の変化で気が緩んでいるかもしれないと考えており、もしかしたら三島以外の誰かにもバレるかもしれないから気を引き締めようと生活をしていた。そうでなくても何時でも義妹に売春がバレる可能性があることは常に気にしていたのだ。

 

それゆえ動揺こそしたが今更バレたところで貴方の覚悟は変わらない。突然義妹にバレたと言われても貴方のすることは決まっていた。

ただいつシミュレーションしても義妹の反応だけは予想が出来ず、受け入れてくれるのか、拒絶されるのか、はたまた義父にバレて追い出されるのが早まるのか。定まらないが故に貴方はその全ての可能性を受け入れるだけの覚悟をしていた。

 

ソファに投げたスマホを拾い上げ、いつもと変わりない行動をとって気持ちを鎮めていく。今はひとまず夕食の用意に戻るべきだろう。煮物も味噌汁もいつも通りに仕上げていく。何の因果か今日は義妹のリクエストした献立だったのはなんとも言えないが。

 

「…ただいま。」

「おかえり。もうすぐご飯できるからちょっと待っててな。」

 

お互い平静を装う。義妹の思い詰めた表情や青白い顔を見ればそれが虚勢であることはわかりきっていたが、貴方はそれに触れないように食事の用意をすすめた。義妹の方も少なからず異変のあるだろう貴方のことに触れようとはせず、配膳に盛り付けにと普段通り動いてくれる。それが染み付いたルーチンをこなしているだけである事はお互い理解していた。それでも場を整える事を優先したかった。

 

「ご飯の後で話したいことがあるんだ。」

 

義妹が席に着いたのを見計らって貴方はそう声を掛けた。食事の間に話すようなことでは無いし、それでも誤魔化すつもりはない事を伝えておくべきだと貴方は判断した故の発言だった。

何かに怯えるようにびくりと身体を動かした義妹を目で確認して、貴方はいただきますと手を合わせた。明確な返事こそ無かったが、義妹もそれに続くように手を合わせた。

 

何時になく静かな食事の時間が流れる。義父の帰宅時間との兼ね合いで長くは話し合いの時間は取れないなと考える貴方の考えを知ってか知らずか、お互いいつもよりも手早く食事を済ませる。

 

料理の味は少し濃いような薄いようなふわふわとした記憶しかなかった。

 

 

 

 

「…何から話そうか。」

 

それはあくまで前置きに過ぎなかったが、その戸惑いが貴方になかった訳ではない。売春の事実確認だけをしてはいおしまいとはいかない以上、貴方の考えを伝える必要が出てくる。それは所謂大人の話し合いというものなのだ。そしてそれが貴方と義父が義妹から極力遠ざけてきた事であったが故の躊躇であった。

 

「兄さんの口から本当の事を聞きたい。」

「…そうだな。唯華も高校生だもんな。」

 

覚悟をしているという訳では無いのだろう。ただただ全てを知りたいという意地の様なものが義妹の口調からは感じられた。それはあくまで勢いの物で、考えが纏まっているような雰囲気は感じられなかった。

しかし貴方はそれを理解しながらそれでも全てをできるだけそのまま話す事を決めた。それが家族愛だと貴方は信じていた。

 

「唯華が三島から聞いた売春の事実は嘘じゃない。日曜以外の夜間の外出は殆どがその関係だった。」

 

端的に結論を述べるのが貴方のやり方だった。具体的には衣服の買取などもあったが売春の延長にあるものだったので説明は省く事にした。

元より売春を疑う要素はあったのだからと顔を青くしたまま黙っている義妹を気にしないようにして貴方は言葉を続けた。

 

「当然父さんはこの事を知らないし、俺も自分から誰かに話したことは無い。金が必要だったと言ってしまえばそこまでだが褒められた事ではないのは理解してる。」

「なんで?」

 

義妹の口から疑問の言葉が漏れる。

一瞬貴方はその言葉の意味を計りかねたが、気にせず言葉を続ける。

 

「人が生きていくのには金がいる。特に後ろ盾の無い未成年が1人で生きていくのは日本では難しい。誰かに頼れない以上お金を使って無理をするしかないんだ。」

「そうじゃない!」

 

貴方は今後の展望を踏まえた説明を試みたが、義妹の知りたかったこととは違ったらしい。理性的に解決法を提示することがこの世界の女性には効果的だと思っていた貴方にとって、それは小さいながらも誤算であった。

 

「私は、なんで兄さんばっかり我慢しないといけないのかが知りたいの。」

 

その言葉に貴方はぐっと言葉を詰まらせる。それは義父と話し合った日に貴方が受け入れた覚悟の内容そのものであった。義妹に聞かせたくなかった大人の話し合いの根幹であったのだ。

 

数拍置いて、貴方は口を開いた。

 

「…大人の言葉に子供が反抗するというのは難しい事だというのは唯華は分かるか?」

 

努めて落ち着いて言葉を紡ぐ。小さく返事をして頷く義妹の目を見るようにして貴方は言葉を続けた。

 

「父さんを俺が説得するのはとても難しい。周りの大人を巻き込んでもいいとするなら話は別だが、俺はそれはしないと決めた。」

「どうして?」

「…父さんが弱い人だからだ。」

 

説明になっていないと思いながらもそこで一度言葉を区切る。父親を悪く娘に話すのは意外と神経を使うらしく、貴方は背筋に嫌な汗が流れるのを感じていた。

義妹は言葉が続くことを察してかじっと貴方の目を見て静かに座っている。覚悟は決めた。

 

「母さんが死んで父さんがおかしくなったのは唯華も感じているだろう?」

「…うん。」

「父さんは母さんが死んだストレスで心が限界なんだ。もうストレスに対するキャパシティが少ない。心が荒んでるっていうのが近いかもしれない。」

 

心の壊れた人間というのが厄介であることを貴方は前世の知識として持っていた。壊れかけの人間とは違い、壊れた人間というのは周りからできることが無い程に手遅れな存在になる。義父の場合であれば最悪自死や他人とのコミュニケーションをとる事への拒絶反応による社会生活を送ることが出来なくなるなど、想像に難くない。

 

「俺や唯華はある程度折り合いがついてるけど、父さんはそれに時間が掛かる。家族としてそんな父さんにストレスを押し付けるのは気が引けた。できることならストレスから離してやりたいって思ったんだ。」

 

そのストレスが貴方であると言われても、貴方にとって義父は家族で母の好いた相手であった。気弱で内向的で、でも優しいそんな父を貴方は好いていたのである。

 

「そんなの、変だよ。」

「俺も父さんもそんなこと分かってる。でも俺はそれを受け入れても良いと思ったし、父さんは泣いて謝ってくれた。折角生きてる間にできる親孝行が見つかったんだから、俺はそれでいい。」

 

貴方は世間のそれとはズレた変わった子供であった。かなり大人びていたし、感性は少しどころか妙であり、やけに達観していると思えば、感情は人一倍表現した。そんな歪な貴方でも母親の前ではただの子供であった。喜び笑い時に照れて、年相応の顔を見せた。

 

貴方の父は、そんな子供の貴方であるから許容できたのだ。

 

祈りが喜びしか知らぬモノから生まれないように、疑心暗鬼や違和感は歪なものからしか生まれないのである。近くにあるものに目を向けた時、歪な貴方が目に付いた。そんな当たり前の事であったのだ。

 

義妹は泣いている。結局彼女は終わった話に首を突っ込んだだけだったのである。全ては貴方が家族が良くあれるようにと考えた末に出した結論ありきの不幸だったのだ。

彼女がそれを聞いたところで全ては終わっていた話なのである。

 

「父さんが帰ってくる前にお風呂入っておいで。何かあったらいつでも部屋においで、気持ちの整理くらいなら手伝えると思うから。」

 

貴方はそう言って食器を片付けるために台所に向かった。貯めたお金やこれからの事については少し間を置いてから話した方が良いだろう。そして何よりこう言っておけば義妹は義父よりも貴方に相談をしてくるだろうという算段が貴方の腹にはあった。

 

義父に少しでも売春のことがバレたら貴方は終わりである。いくら綺麗事を並べたところで社会的に死ぬのは貴方であるし、下手をしなくても全員不幸に一直線である。売春に手を染めた理由は比較的楽に大金が狙えると踏んだ故である。弁明の余地などない。

 

いかなる理由があったとしても売春は悪い事だと貴方は知っていた。




主人公と義父の取り決めや内心のあれこれはもっとながーいのですが触りということで控えております。いつか書く義父視点もそうですが、主人公の内心についてはまた別のキャラとの絡みで出していこうと思います。

あと主人公は義父のことを名前で呼びますが、義妹と話す時には父さんと呼びます。義妹への配慮()ってやつです。

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