貴方は貞操観念のおかしな世界にいる▼   作:菊池 徳野

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唯一舞子さんだけちゃんとしたお話が無かったので今回は舞子さんとのお話です。


おとうさんといっしょ

「あ゛ー、最高だわ。」

 

荒れた喉が傷まない程度にぽつりと呟く。仕事の無理が祟って身体を壊して休みを棒に振るなどいつぶりだろうか。普段なら、一人寂しく世界を呪って過ごすのが今日はちょっと違う。

熱でぼんやりとした視界を閉ざせば、最後に使った記憶さえあやふやな包丁がリズム良く何かを切る音が耳に届く。時たま聞こえる鼻歌も安心感を与えてくれる。

 

おでこに貼られた冷却シートの感触や枕元に置かれたスポーツドリンクの入ったストロー付きの水筒など、ちょっとした人の温かみを感じられるこれらに風邪で心もやられたのか、少し涙が出そうになる。

 

「舞子さん、ご飯出来ましたよ〜。お熱上がってきたみたいですけど、大丈夫ですか?」

「ん、平気だよ。」

 

そう言って冷却シート越しに当てられた手は、料理で水を使っていたのもあって冷たくて気持ちいい。口では大丈夫と言いはするがもう少し触れ合っていたいという願望はある。離れていく手を名残惜しみながらも顔には出さない。

 

「起き上がって自分で食べられそうですか?」

「…ちょっと難しいかも。」

 

身体がダル重いというのは嘘ではないが、無理矢理体を動かすくらいの無茶は普段でもしているので出来なくはない。でもどうせなら甘えたいと思ってしまうのは悪いことではないだろう。たとえお天道様が許さなくてもアサヒ様が許してくれるのだから無罪放免、完全勝利である。

 

「でしたらお粥作ったので食べさせてあげましょうね。食欲はありますか?」

「うん、ありがと。」

 

予想通りに事が運ぶ。勿論彼も知っていて甘やかしてくれているのだろうけれど、少しだけ童心にかえったような心地になる。普段のプレイもいいけれどこういうシンプルな子供扱いもいいな…。

 

あーん、と言われるがままに口を開けてスプーンを受け入れる。出汁の味とほのかな塩気があまり無かった食欲を刺激する。とろりとするのは卵だろうか、小口ネギが少し食感を出していて包丁の音の正体はこれだったのかとボケた頭でそう考える。

惜しむらくは熱でしょぼしょぼとしている視界のせいで彼の表情がよく分からない事だろうか。枕元に置いてあるメガネをかけるだけの気力も無いのでこればかりは仕方ないが。

 

「お粥、まだありますけどおかわりしますか?」

「だいじょうぶ…。」

「じゃあお薬飲んで横になりましょうか。」

 

いくら彼の手料理とはいえ熱でグロッキーの身体では受け付けられる量は限られる。申し訳ないというこちらの気持ちをくんでくれたのか気にしていないのか、皿洗いのために離れるからと数回髪を撫でてからキッチンへと引っ込んでいく。

ここで行かないで欲しいと言えばそのまま隣に居てくれるのだろうかと益体の無いことを考えるが、考えている間にいなくなってしまった。普段「パパ、パパ」と甘えているのに弱って思考が幼児退行している方が自制が利いているというのは我がことながら笑えてしまう。

目を開けているのも辛くなってきて、少しだけ目を閉じる。それでも考えるのは彼の事だ。

 

本当は今日は夜に彼とお楽しみをする予定だったのだ。今日があるから頑張れると思って仕事で無茶をしてきたのだが結局無理が祟ってこの有様である。

前にお金が要るのだとボヤいていた姿を覚えていたのでドタキャンするのは憚られたのだが、風邪をうつすのも悪いと思い泣く泣くキャンセルをしたのが今朝の話。

意気消沈しつつもお大事にという社交辞令のメールに気を持ち直して、メールを保存して氷枕を取り出し布団を被って転がっていたのだが、「今から行きます」という彼からのメールが届き意味がわからずボケーっと携帯の画面を眺めている間にインターホンが鳴ったのが昼前の事である。

 

お見舞いに来てくれた事は素直に嬉しかったが、風邪をうつしても悪いからと追い返そうとした。しかし彼の方も何やら家に居づらい事情があるので良ければ置いて欲しいと言うし、迷惑なら帰ると寂しそうに言われたら断る度胸は私にはなかった。

実際横になっているだけであくせくと甲斐甲斐しく面倒をDKに看てもらえる環境は最高であった。私が元気なら手のひとつでも出したのに、と歯がゆく思う程度には彼は手厚く看病してくれた。

 

白衣の天使というワードが何度脳裏を過ぎったことか。次のプレイはお医者さんごっこかなぁとアホなことを考えながら、しかし顔にも声にも出さずに我慢してはよしよしされて今に至る。

 

先程から聞こえていた水の流れる音が止んだので、それに合わせて私も目を開ける。だるさや疲れとは違う、瞼の重さが心地よかったが近くに彼が居てくれることを確認する方が大事であった。

 

「洗い物終わりましたからこの後は傍に居るので何かあったら言ってくださいね。」

 

布巾で手についた水を拭いながら私の視線に気づいて寄ってきてくれる彼の姿に動悸とは違った胸の高鳴りを感じつつ、隣の椅子に腰掛ける彼を視界に収める。

風邪で頭が働かないこともあり、いつもより緩やかな時間を彼と共有している事がどこかくすぐったくて、沈黙が苦にならない時間の大切さを噛み締める。恋人、夫婦、誰かと一緒になるのもいいかもしれないと彼といると思ってしまう。結婚願望ってこういう事を言うのかもしれない。

 

「何も言わずに出ていったりしませんから、寝ちゃっても大丈夫ですよ。」

 

元から少し眠たかったこともあり、温くなってきた氷枕を取り替えて崩れていた掛け布団を直されて、優しい声で囁かれたらおやすみ3秒。私は夢の世界に沈められた。

 

 

 

 

「ん…。」

 

目を開けて彼の姿を探す…いない。

 

どれほどの間寝ていたのか辺りはうっすらと暗くなっていて、カーテンの隙間からは夜景がちらと顔を覗かせている。

もしや昼の記憶は夢だったのかもしれないと考えながら汗で張り付いた服が気持ち悪くてのそのそと身体を起こす。どうやら熱はだいぶ引いたらしくふらついたり頭痛がするような事はない。これなら明日には快復しているだろうと思える程度のだるさしか無かった。

 

喉の渇きを潤そうと枕元の水筒に手を伸ばすと1枚の紙――彼の書置きがあるのが目に止まった。

 

『お夕飯の買い物に行ってきます。』

 

以前来た時に教えてもらった場所から鍵を借りることや体調が良くなったからと動き回らないようになど、ちょこちょこと書かれていたが何より目を引いたのは

『寂しかったら電話してきてください。』

という一文である。

 

もしや彼はプレイとか無関係に私の事を幼女か何かだと勘違いしてないか?と少しだけ大人としての矜恃が鎌首をもたげたが、じゃあその心配が嬉しくなかったかと言われると脳内会議で嬉しいが大半を占めるのを私は理解していた。

結局、私はそっと書置きを裏返して現実から目を背けることにして、これからはちょっとくらい大人として接する機会を増やそうと心に決めた。

 

何にせよ彼がいない理由は分かったので当初の目的通り着替えに戻る。私が寝ている間に片付けなどもしてくれたのか小綺麗になっている部屋をうろつきながら着ていたパジャマを脱ぎ散らかして行く。後で怒られるだろうかと思いながらも、それはそれでヨシ!とポジティブに考えることにして換えの服を見繕う。

一人暮らしにパジャマなど枚数を用意しているはずもなく、Tシャツにルームウェアの下というだらしのないコーディネートをして風呂に入るべきか悩んでいると、不意に玄関のドアが開く。

 

「ただいまー…帰りました。舞子さん起きてますかー?」

 

玄関口から私のいるところは死角になっているので見えていないのだろう。まだ寝ていると思っているのか普段よりも少しだけトーンを下げた声で私に話しかけてくる。なんと返事をしたものかと思いながら思案していると電気がついた。

 

「あ、はい。おかえりなさい。」

 

マヌケな返答である。

彼と目が合ったので取り敢えず返事をする。手には近くのスーパーの袋がぶら下がっており、書置きの通り買い物に出ていたのだというのがひと目で分かった。

私がそんなことを考えて彼を見ていると、彼も私の方を見ていたのか目が合った。はて?なんで何も言ってくれないのかと頭の中をはてなで埋めていると、スーパーの袋なんてどうでもいいと言わんばかりに足元に落としてこちらに向かって突進してきた。

 

「風邪ひいてる人がなんて格好してるんですか!」

 

そう言われて今の自分の格好を思い出す。手元に抱き込むように持った着替えたちが私に着替えろと主張してくる。寝るのに邪魔だからとブラを着けなかったせいで私の姿はパンイチである。自室とはいえ高校生に見せつける格好ではない。

早く着替えてくれと言う彼に背を向けるように回れ右させられる。裸ならいつも見てるのに。

 

「えっと、下着も着替えたいから見られてると流石に恥ずかしいかなーなんて…。」

 

姿は見えないが、彼の動きが止まったのが分かった。普段のプレイからして何を恥ずかしがることがあるのかと言われると思っていたので彼のこの反応は少し意外だった。

蚊の鳴くような声で「台所にいます…。」と言うと落とした袋を手に取って素早く台所に逃げていってしまった。

 

その予想外の反応に虚をつかれて暫くボケっと台所の方を眺めて、彼が照れていたのでは無いかという結論が出た。

 

「えっ、かわいい…。」

 

プレイの間は優しいパパ。お金が絡んでないと愛想はいいけどどこか冷めた印象の大人びた子供という印象があったのでこのギャップは少々クるものがある。

これが所謂ギャップ萌えってやつなんだなぁと噛み締めてから予定通りに着替えて脱ぎ散らかして転がっていた衣服も含めて洗濯カゴまで持っていく。

 

思わぬ発見からエネルギーを得た私はもはやちょっと喉が痛い程度の不調しか感じない程度に元気になっていた。

 

「アサヒくん。」

「…刃物使ってる時に声掛けるのやめてくださいねー。」

 

台所の彼にそっと近づいて声をかける。もしかしたらもう一度可愛い姿を見られるのではないかと思っての行動だったのだが、多少の呆れと共にポイッと台所から追い出されてしまった。

つれないなぁ…。でもそんな所もいい。

 

その後は何事も無かったかのように時間は流れ、ある程度快復したからと一緒に食卓を囲んで夕食を済ませた。

ちなみにメニューは食べやすくて消化しやすいからと餡掛けうどんを作ってくれた。こういうちょっとした優しさと家庭的な姿にキュンときた事は言うまでもない。後10年若ければ猛アプローチのひとつでもしただろう。

 

元の予定通り泊まっていくと言うのでお風呂に誘ったのだがタオルで拭くだけにして朝入れとちょっと冷めた目で言われ、泣く泣く従う事になった。彼は不意打ちでしか討ち取れないという事は理解した。

 

風呂上がりの彼にちょっと興奮しながらも2人でベッドに寝ようと誘いをかける。脳裏には多少ピンクなことも浮かんでいたが、いつも通り添い寝して貰えないかという相談のつもりだった。

 

「風邪うつると嫌なのでソファでいいです。」

 

バッサリである。つれない態度も嫌いじゃないけどここまでバッサリ言われるとちょっと辛い。

およおよと泣き真似をして神は死んだ、お天道様は見てたと嘆いてベッドに転がって寝る準備を始める。こうやって冗談に付き合ってくれるだけ上等だと思いながらも人肌恋しいなー、と内心ボヤく。

 

「しょうがないなぁ。」

 

勢いのまま掛け布団を下敷きにしてしまったのを面倒だと思いながら寝る準備をしていると、コロンと転がされて布団を剥ぎ取られる。

私がギョッとして固まっている内に氷枕はのけられてどことなく冷たい枕が頭の下に差し込まれる。あれよあれよと仰向けにベッドに寝かされてふわりと布団が掛けられる。

 

「寝るまでは隣に居てあげますから、ほら。」

 

仕方がないと昼間のように隣に腰を下ろす彼に今度は別の意味で身体が固くなる。顔に血が集まってくるのは熱のせいではないだろう。

 

そういう所!そういう所だぞ!

 

彼の顔を見て寝たいと言うわがままを通すために明るいままでも寝られる!と電気を消すか押し問答するのはまた別の話。




幼児服というか赤ちゃん服着た女性のプレイを初めて知ったのは『地獄先生ぬ〜べ〜』の濡れ女の回です。今思い返してもあの漫画えっちすぎるのよ。

流石に直接の描写しすぎると赤ちゃんプレイはR-18なのでマイルドなお話にしました。が、結構勢いで書いたので荒削りな感じは否めません。

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