貴方は貞操観念のおかしな世界にいる▼   作:菊池 徳野

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虫が元気に飛び回る季節に嫌気がさしてきた今日この頃いかがお過ごしでしょうか。
作者は暑さで死にそうになりながら夜行性の生き物と化しています。


貴方は順風満帆な現実を信じて疑わない▼

貴方は着々と逃げ切るための準備をしている。

 

あの話し合い以降よく難しい顔をしている義妹を餌付けしながら、貴方は夏休みを目前にして大体の家事を義妹に叩き込むことに成功した。

下着の洗い方から料理の隠し味まで細かく仕込んだ貴方は義妹に免許皆伝を言い渡した。その際「ピェ」という謎の鳴き声と共に義妹は沈黙してしまい、首を傾げるという一幕もあったが大きな問題ではなかった。

 

そうした家庭でのあれこれと同時進行して、覚悟を決めておよそひと月で貴方はガチ恋勢のリストを半分程に減らす事に成功していた。時に真正面から、時に脅すように交渉を重ね、貴方は何人かの初恋をへし折って回った。

場合によっては家の都合で高校を出たら県外に行かなければならないという嘘ではないが限りなく誤解されるような言い回しも使って撃退した。

 

まるでどこかに嫁に出されるのか売られるのかとでも言わんばかりの発言であるが、その実身バレを防ぐために地元から逃げる算段がついたという話である。なお君を守る!駆け落ちしてでも一緒になりたい!と言ってきた人にはシンプルに「そこまで好きになれない」と切り捨てて帰ってきた。大の大人が泣き崩れる姿を今の貴方ならマネするくらい余裕であろう。

 

ガチ恋勢の熱量をこれ以上上げないために外泊をする時は安全な変態達に優先して声を掛けていたのだが、その結果として潜在的なガチ恋勢を生産していることを貴方は理解していない。貴方のガチ恋勢リストから人数が減ったことに満足している場合では無いのだが、こうした地雷は処理しなければならなくなってからしか分からないものである。

 

さて実際はどうであれ、表向きは仕事も家庭も順調になった貴方は次に解決しなければならない問題に向き合う事にした。

 

三島のことである。

 

致し方ない事故と言うには三島の私情が入り過ぎており、絶縁してまで拒絶するべき問題と言うには学校内での三島の存在は捨てがたいというなんとも処遇の難しい事件の沙汰についてである。

何より本人も反省しておりメール以外にも改めて謝罪を貰っている。とはいえ罰に何を与えるべきかは悩みどころであり、現在のところ『何かあれば手伝ってもらう。』というかなり曖昧な言葉で済ませてしまっている。

 

とはいえもうひと月近く宙ぶらりんにしているため、そろそろ何か形にしたいと考えていた。というのも時たま思い出したかのようにしょぼんとして気を使う三島の姿を見て貴方の罪悪感が刺激されるのだ。何故迷惑を被った側が罪悪感を覚えなければならないのかと憤慨する程若くない貴方は落とし所を探している。

 

「夏休みのバイトぉ?」

 

日常の会話をする時は普段通りな辺り、本当に反省しているのか分からない女、三島とはそういう人間である。

 

「バイト先が人員募集してるから良かったらどうかと思って。飲食の経験あるんだろ?」

 

学業を疎かにして時間があった分、三島はバイト経験が豊富である。金食い虫の音楽用品の費用を稼ぐのにバイトを入れては金を稼ぎ、貯金をせずにものを買う、そんな即物的な思考の持ち主なのである。

 

「私髪色これだしなぁ…。染めるのダルいんだけど。」

「あぁ、それは平気だと思う。ミヤさん…店長も色抜いて染めてるし個人営業の店だから。」

 

思い浮かぶのはへらりと笑った綺麗な顔に色落ちした髪の持ち主である。今はグレーだか青だかに染めてから抜いたのだとか言っていただろうか。

去年と違い恋人が居ない独り身の店長は夏休みを真面目に書き入れ時として利用しようと考えたらしく、今年はそれなりに張り切っているらしい。

 

「まぁそれならいいよ。どうせギターいじってるかバイトしてるかだったし。」

「一応三島は受験生なんだからちょっとくらい勉強しなよ。」

 

貴方が面倒を見ているおかげか三島は最近成績をそれなりに伸ばしており、共通試験を受ける意味があるレベルに達していた。それもあって少々家族からのせっつきがウザイのだとつい先日聞いたばかりだったのだが、本人のモチベーションの程はギター弄りのそれよりも低いらしい。

 

「課題燃えねぇかな。」

「別に課題をやろうがやるまいが俺は気にしないけど受験期なのに生徒指導室に入り浸る方が面倒だと思うけどな。」

 

貴方がそう言うと三島は眉間に皺を寄せて嫌そうな顔をした。ちくりと突かれたくない所を突かれた時の三島の反応はこの1年変わっていない。

 

「それに、俺としても三島が手伝ってくれると凄く助かるんだけどな。」

 

飴と鞭とはまた違うが、貴方はそれなりに面倒な友人の扱いを心得ていた。追い込み漁のような選択肢を狭めるやり方が万人に受けるとは思わないが、三島にはそれが良く効いたし貴方としても都合が良かった。

 

「…面接で落とされたら知らねぇからな。」

 

ぶっきらぼうにそう言う素直ではない所を見て、貴方はそれもまた彼女の可愛さのひとつであると最近思い始めていた。

ここだけ見ると思考回路がまるでダメンズに引っかかる大学生のような気もするが、貴方はあくまでもこの世界の貞操観念に引っ張られてはいないため、三島はある程度構われた後に何も言わずにサヨナラされる事になる。依存させるだけさせてポイする様はさながらメンヘラ製造機と呼んで差し障りないだろう。

 

「助かるよ。ありがとう三島。」

 

この年代の人間には難しい事だが、感謝や好意というのは言葉にした方が何倍も喜ばれるということを貴方は知っている。

気になる異性に頼られ他には見せないであろう笑顔を向けられた三島の心中は推して知るべしである。

 

宙に浮いていた三島の処遇も決まり、バイトでお世話になっている店長への恩返しもできる。一石二鳥な良い案が浮かんだと貴方はご満悦であった。

三島が店長とくっつけば三鳥だな、などという恐ろしい事を考えているとは貴方以外には知る由もないことである。

 

お礼に夏休みの課題の面倒を見ることを約束して、お詫びにお礼をするのはどうかと三島と議論を交わす。

 

貴方は最近物事が上手く行きすぎて怖いくらいだと気持ちが弾んでいる。




本当に上手く進んでるのかはお察しの通りです。
また夏がやってくる…。
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