それはさておき2ヶ月も放置して申し訳ありませんでした。
バイトのシフトを眺めていると、見慣れない名前が1人追加されていた。店長から増員の話は聞いておらず夏は忙しいから厨房を増やすのだろうかと思いながらも新人なら自分の初めての後輩になるのだしと思い、先輩たちに聞いてみることにした。
「あぁ、ランキング荒らしちゃん今年も来るのか。」
「太客増える機会になるけど取り合い酷くなるからキッついよなー。」
私の質問を聞いているのかいないのか、知っている人間だけで盛り上がって、しまいには直接会って確認した方が面白いからとろくな情報を得られなかった。分かったのは、夏休みだけ入る凄腕のキャストらしいという事と結構酷いあだ名で呼ばれてるのにあまり悪く言う人が居ないということだろうか。
年齢も顔立ちも性格もよく分からない人ではあるが、メイド喫茶の仕事は個人でやることの方が多いので会えばわかるよな、と自分を納得させてシフトが被る日まで気にしない事にした。勤続半年、社会にでたらスルースキルが必要なのだと私は理解し始めていた。
「今年もよろしくお願いします。」
「「「よろしくー」」」
ぽかんと呆気に取られる私を置き去りに、夏の顔合わせは和やかな雰囲気で進行していた。
「驚いたみたいで何より。」
1人の先輩がそう言ってニヤニヤしているのを見て、ようやく私も現状を理解した。男だ。男の子が居る。
黒髪に健康的な肌、夏服なのにきっちりととめられた学校の制服シャツのボタンは彼の人柄の一面を表しているかのようで、真夏でまだまだ暑いはずなのに男子1人居るだけでどこか清涼感を感じさせる。DKだ。清楚系の男子高校生が居る。
メイド喫茶に男の子が居る事にも驚きだが、こんな所にバイトに来て大丈夫なのか?店長の親戚とか?にしたって執事喫茶の方で働けばいいのでは?
私の脳内を様々な疑問が巡っては答えを出せずにエラーを起こす。行き着く答えは全て本人に聞け、である。
「では諸君。本日も一日頑張っていきましょう。何かあればバックヤードか電話で呼んで欲しい。基本伝票整理してるから静かに入ってきてね。」
では解散。という店長の言葉を聞いて皆ゾロゾロと動き出す。例の男の子――アサヒ君は店長に連れられていき、見えなくなった途端先輩たちの空気が弛緩したのが感じ取れた。メイド服を着ていない時は割とみんな動きにキレがないが、多少カッコつけたい気持ちもあるのか今日の緩み方の落差は一段とすごい気がする。
しかしあの子もメイド服に着替えて接客するのだろうか。店長の趣味を考えるとありえない話ではないが、女装男子はジャンルとしてはちょっとニッチな気もする。私は別に嫌いではないけれど。
背丈がそれなりにあって筋肉質な男子が女装して恥ずかしそうにする姿はサブカル界隈では探せばそれなりにあるジャンルである。はてさてメイド喫茶にそれを求める客はいるのだろうか。
着替えの間にそんな益体のないことを考えつつも、いつもより気持ち丁寧にメイド服のシワを伸ばしてさっさと着替えて出ていくと、アサヒ君は執事服に着替えて既にテーブルクロスの点検やらメニュー表の確認を行っていた。着替えなんかの支度は男性の方が早く済むことを失念していた私は予想外のエンカウントに虚を突かれつつも、取り敢えず開店準備を手伝いながら自己紹介と挨拶をする事にした。
「よろしくお願いします。先輩。」
にっこりと微笑む彼のそんな当たり前の言葉に自分の口角が上がるのを無理やり抑えて作った笑顔が歪だったかどうかは彼のみぞ知るところである。
「奥様、お久しゅうございます。お身体の方は大丈夫でしたか?今年は例年よりも暑いですから。暑いのは苦手だと仰っていたでしょう?ハーブティーには身体に籠った熱を和らげてくれるものもあるんですよ。」
「お帰りなさいませお嬢様。なんなりとお申し付けください。季節の菓子からちょっと特別なお料理までなんでもございますよ。」
「あぁ先生お久しぶりです。はい、今年もこちらで厄介になってまして。ええ。ええ。またお話を聞かせてください。店内は冷房も効いていますし今日は温かい飲み物と焼き菓子をお持ちしましょうか。」
くるくるころころとアサヒ君が表情を変え言葉を変えて接客をしている。その様子から新規の客と面識のある客とで対応を変えているのだろう事はよく分かる。実際呼び方一つ取っても呼ばれたお客さん達は満更ではなさそうな雰囲気である。
とはいえこれは異常だ。
まずここはメイド喫茶であり、執事服を着た男性が接客をしていることに騒がれていないどころか当たり前のように受け入れられて指名が入ることでワンストライク。
次にメイド喫茶に普段では考えられない数の女性客が来客している事実でツーストライク。
そして今日からバイトに入った彼が常連と接するように行動していることでワンナウト、バッター交代である。
確かに今日は大型ルーキーが来ると話は聞いていた。それが男性だとは知らなかったが、先輩たちが去年の夏も働いていた子が来る以外の情報を出さなかった理由が性別の事と思っていたから納得もいった。
実際滅茶苦茶ビックリしたし、店長は何を考えているのかとあの社交的な変態の思考を改めて疑ったりもした。でもまさか二段オチとは思わなんだ。
今日から一時的とはいえ自分よりも下が出来るのだと調子こいていた自分を叱りつけたい気分だ。あとバイトが男の子だと分かって侮っていた自分も。
このメイド喫茶は歩合制である。基本給こそあるが、お客さんがお金を落としてくれないと稼ぐのには向いていない額に思われる。とはいえ少なくない回数指名から溢れてしまった客の相手をする事もあり、新人だから指名がないからと歩合給を貰えない事はほぼ無いのが現実である。
しかしそれだけに数字というのは明確な力関係の指標になるのだ。先輩後輩なんのその。数字が出せるやつが偉い、それがこのメイド喫茶なのである。
何が言いたいのかと言うと、初めてできた後輩に初日で敗北を喫した私の肩身は限りなく狭いということである!
「先輩、大丈夫ですか?お口に合いませんでしたか?」
「ん、いや、美味しい。お世辞抜きでかなり美味しい。」
彼の働きぶりを見ていたという事は私のシフトも彼と被っているということであり、当然こうして彼の昼休憩が私のそれと重なる事も予見できる話であった。
このバイトには賄いもついている。
なんのかんのと言えどもここはメイド喫茶。オムライスやナポリタンの材料は置いてあるので、賄いとして各自ある程度自由に使っても良い事になっており、そして料理番は気分のノった人か、1番のペーペーが作ることになっている。
「ナポリタンは少し自信があるんです。違うバイト先で教えてもらって。」
先程は初日で負けたと言ったが、売上云々が分かるのは次の日である。店長がウキウキしながら日々のランキング表を作ってはバックヤードに貼り出すのである。
つまり現時点では彼のランキングは存在しないのと変わらないである。それ即ち明らかに格下の私相手であっても彼は文句一つ言わず今日知り合ったばかりの女のために手料理を振る舞わなければならないのである。
正直二つの意味で美味しいイベントではあるのだが、今はそうとも言ってられない。どうにも尻の収まりが悪いのだ。肩身が狭いばかりか申し訳なさから気まずすぎて息が詰まりそうである。
くそっ、しかし美味いなこのナポリタン。
「元々卵は後で半熟の目玉焼きを落とす派だったんですけど、バイト先で美味しいナポリタンを食べてからはもっぱらスクランブルエッグを下に敷く方が美味しく感じるようになりまして。」
少し失礼かなと思うくらいジロジロと視線を向けているのに気づいていないのか彼――アサヒ君は気にした風もなくナポリタンを消費しながら雑談を続けている。それに適当な相槌をうちながら詰まりかけたナポリタンをお茶で流す。
息が詰まるってがっついてるって意味じゃないんだよなぁと頭の中で緊張している自分にツッコミを入れて少しだけ落ち着かせ、先輩風を吹かさずかつ年頃の男子の気に障らない話題を脳内で検索をかける。
自分とさほど歳が変わらないとはいえ正直深く接したことの無いタイプの男子なのでちょっとばかり不安なのだ。それに午前中の接客を見ている限り見たままの性格とは思わない方がいいだろう。意外と腹黒くて処女を馬鹿にするような、同性の友達を自分の引き立て役にするような、最悪そんなタイプの可能性だってあるのだ。
こういうのは男性慣れしてる先輩達が切り込み隊長やればいいのに…いや、去年してるから何も知らない私を面白がって同じシフトに回されたんだろうな。たぶん。
「去年も来てたみたいだけど、どうしてここに来たの?」
引き抜かれて来たということは何となく聞いているが、細かい事は先輩達が教えてくれなかったのであまり知らない。
「元々店長の知り合いがやってる執事喫茶でバイトしてて、なんで目に付いたのか知らないですけど接客中にいきなり『(`✧∀✧´)君にはメイド服が似合う!』と言われまして…。」
「へー。」
驚きは少ない。だって店長だもの。そのくらいは平気でやる人だし、なんならメイド服持って突撃かまして職質受けるくらいはしそうだ。
アサヒ君の口に付いたケチャップソースが口紅みたいでちょっとエロいなーというアホな思考を
「俺としても前の職場はあんまり肌に合ってなかったのでバイト辞めるにしても別のところ探すつもりでして。」
「渡りに舟だったんだ。」
「まぁ、それが引き抜きだって知ったのは帰る時間にメイド服持って襲撃受けた時なんですけども。」
「まじかよ店長。」
「マジです。」
フェチズムここに極まれり。いつか痴女で捕まる日も近いなとバイト先消滅の可能性を胸に留め置いておく。
「メイド服は断りましたけど実際俺にはメイド喫茶の方が向いてたみたいです。稼がせてもらっているので店長には感謝してますし、人を見る目についても信用してます。」
「警察に通報はしなかったの?」
「いや、まぁ。驚いてする暇がなかったのもありますけど、あぁいうマニアックなタイプの知り合いも居たのでつい。」
どんな知り合いか気にはなったがそこまで踏み込むのは失礼だろう。いやしかし話してる限りだと普通にいい子だな。
「してもらってばっかも悪いし私洗い物くらいするよ。」
「…じゃあお願いしますね。ありがとうございます先輩。」
返ってくる反応も別に普通の域を出ない。いや、ちょっと気遣われたかな?なんにせよまともそうな新人で安心した。
アサヒ君はそのまま休むわけでもなく指名があったのかフロアに戻っていく。
それを見送って、私は皿を洗いながら今日限りになるであろう男の子の手料理の味を思い出してちょっと惜しいような気持ちになった。
実際は昼が被る度に賄い当番を代わってくれて先輩たちからシフト変更要求が来るようになるのだが、このときの私はまだ知らない。
ちょっとベッドに縛り付けられておりましたが私は元気です。
入院とか色々ありましたが命に別状はなく執筆の方も続けられそうです。エタったんじゃないかと心配させてしまった方には申し訳ありませんでした。今日からまた更新再開しますのでお付き合いいただけると幸いです。
ストーリーの方はリハビリ含め今回の箸休めのバイト回を挟んで次から水着回(仮)です。ひと夏の思い出といえば海かなぁと思いまして。
夏のイベントといえばこれ!みたいなところありますよね。
完結後の話になりますが没案や流れ的に書けない話や設定とかって需要ありますか?
-
何でも読むよ!
-
読むか分からない
-
活動報告で書けば?
-
要らない
-
お話系だけ欲しい