貴方は貞操観念のおかしな世界にいる▼   作:菊池 徳野

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皆さんから再開を祝うコメントを多数いただきありがたい限りです。

なのに更新遅くて申し訳ない。そして海もまだ行かない。


のうがりかいをこばむ

この世の女にとって、虚無を背負うタイミングはいつだか分かるだろうか?

 

「じゃあ、試着してみるから悪いけどちょっと待っててくれ。」

 

色々と思い浮かぶタイミングはあるだろう。しかしこの瞬間だけは誰もかれも同意してくれると思う。

 

「できるだけ早く出てきてくれ…。」

 

試着室の周囲に居る他の男性客から刺さる視線に気付かないふりをして心を平常に保とうとするが、喉から絞り出てきたのは小さな命乞いだった。水着を選んではい終わり、お疲れ様でした〜。なんていう展開になると思っていた数分前までの自分に誰か現実を教えてやってくれ。

 

似合うかどうか確認するのに他人の意見が欲しいって言う以上、直接見るのは(おまえ)だぞ?って。

 

試着室に張り付いていると不審に見られるが、この場を離れる訳にもいかず、じゃあどうすればいいのかと考えて、せめてもの抵抗とばかりに試着室が並ぶ方に背を向けて視線を逸らす事にした。

 

男の買い物に付き合うにしても、水着と下着売り場には近づくべきでは無い。そんな教訓を胸に刻みつつ、いたたまれなくなった私は現実逃避を開始した。

 

 

 

 

「マジ最悪」

 

ギラリと光る太陽を避けるように待ち合わせ場所に指定された広場の時計が見える日陰に避難して、忌々しくも高すぎる空を見ていたら不意に言葉が零れた。

 

余りにも暑すぎて人通りも疎らになっている中、何故生身のまま外で待機する羽目になったのか。

元気の有り余っている子供の頃ならいざ知らず。

暑い、怠い、乗り気じゃない。三拍子揃ったこの後荷物持ちを任されるだろう身としては、気分など盛り上がる訳もない。

 

何故クソ暑い中わざわざ街に繰り出さねばならないのか。家でギター弾いてた方が絶対良かった。親父の言葉に乗せられてんじゃねぇバカ。

と、今私の頭の中では押しとどめていた本心ががなり立ててギターをかき鳴らしている。

 

男の子を待たせないようにという父親の発言を真に受けて30分早く来たのが間違いだったのだ。せめて10分前行動にすべきだったと今朝の自分を呪い始めた頃になって、ようやく待ち合わせの相手がやってきた。

 

「悪い、遅れた。」

「おう。後で飲みもん奢りね。」

 

時計の傍でキョロキョロと周囲を見渡している姿が見えたので、日陰から見えるように手を振ってやる。トークアプリに連絡は入れたがこれだけ太陽が眩しいと影の中は見づらいだろうという気遣いである。

 

私の寛大な心に感謝しろと内心思いはしたが、実際のところは遅れたと言われたが、本来の待ち合わせ時間より少し早いくらいだったので、言葉には出さずに流しておく。

それに私が炎天下の中待っていた事に違いは無いので取り敢えず調子に乗るくらい許されて然るべき、そうあるべき。

 

「それで、行くのはデパートでいいか?」

「んー、取り敢えずは…かな。」

 

それにしても昨日は急に電話が来て驚いてしまった。私達の関係は友人*1とはいえ、あまりこまめに互いに連絡を取るタイプではないし、ましてや急に来た連絡が水着選びの同行依頼だと言われれば電話口で変な声のひとつも出るというものである。

 

昨晩父親にからかわれた事を思い出して、目の前で涼し気な顔をしている元優等生にじとっ、とした視線を向ける。視線だけでお前のせいだぞと言わないのは、私に残されたゴマ粒程度のプライドである。

 

黙っていれば箱入り息子か深窓の令息かと思ってしまうような大人しい姿に若干目を焼かれる。ダルい気持ちを抑えきれない私と違って、必要以上に汗もかかず平気そうにしている様子に何だか自分がみみっちい存在のような気さえしてくる始末である。

いつものシャツにジーンズと、日除けの為のキャップと薄手のジャケットというヤンチャな感じなので、並んで歩いて平気だろうか、という余計な不安まで顔を出す。

 

「暑いしさっさと移動しよう。流石に2年連続で熱中症になるのはヤだし。」

 

こいつと関わることになった去年の夏のことを思い出して一層げんなりとするが、それを顔に出さないようにして、風も少ないし歩いていた方が楽だろう、と適当な理由をつけてさっさと移動を開始する。

 

男の水着買いに行くのにどこ行けばいいかなんてわかんないし、こういうのは間口が広い所に行けばなんかあるだろう。

 

しかし、どうにも行先について煮え切らない感じだったが不満でもあるのだろうか。もしや人に付き合わせておいてそんな性格の悪いこと無いよな?と思いつつ、ちらりと表情を窺うと、いつもの澄まし顔ではなく何となく申し訳なさげな雰囲気を漂わせていた。

 

どうやら昨日の電話口での悩みというのは、強ち嘘では無いらしい。

 

「子供の時以来全く買ったことないからなぁ。ネットで買うよりはデパートでフェアかなんかしてるの買った方が安全だと、思う。」

「…まぁ、そっか。割と変なの多いしね。」

 

勿論男の水着事情など知る由もないが。頼られた以上弱みは見せたくないという悲しい女の性である。

 

歩きながら、沈黙が心地よい関係などということも無いので適当な話題を探す。天気の話は忘れたいほどなので却下として、異性と話すとなるとまぁ、結局服か趣味の事になるのは私の対人経験値の低さゆえである。

 

「しかし、お前なら適当な雑誌に載ってる水着買えばそれでなんとかなるだろうに。」

「いやいや、水着はマネキン買いするにはちょっと博打すぎるだろ。布一枚でセンス全て決まるのは流石になぁ。」

 

そういうものか。と、一応納得しておく。

 

海やプールに行く機会に恵まれなかったと言っていたし、比較対象が無いのなら不安にもなるのだろう。うちの高校はプールの授業が無くなって久しいからスク水って訳にもいかないとなると、こういうことにもなるのも仕方ないかもしれない。

確かにただ遊びに行くだけなのに、どぎついブーメランパンツ履いて来たりしたらそれこそこいつが妹に刺されかねない。

 

「三島の出掛ける用の服ってなんだかんだ初めて見たけど、センスいいな。パンク系?って言うのか知らんけど似合ってる。」

「あ?えー…いや、そういうのは逆じゃね?」

 

ニーサンニーサン喧しい後輩が昼メロみたいな展開を起こす姿が容易に想像できることにげんなりとしていると、突然服装を褒められた。

安物のシャツと在り来りなジーンズを着た女を褒める器量に若干戦慄しつつ、そういう相手の装いを褒めるのはどちらかと言えば女子がデートの時にするものだろうとツッコミを入れる。

 

「そうか?シンプルな格好が似合う人って割と少ないと思うけどな。」

 

若干話が噛み合ってない気がするが、こいつの天然な部分を気にしていたら痛い目を見るのは身に染みているのでぐっと言葉を飲み込む。

マイペースなのはいつも通りだと気を取り直してこっちからも服装について言及する。ちょっと大人っぽすぎるというか古臭いというか…。

 

「あぁ、これ?死んだ父親のお下がりだからな。俺、流行とか分かんないから母さんの好みだった服を着てるんだよ。」

「…………だからイメージに合わない服着てたのか。」

 

色々と言いたいことを飲み込みすぎて喉に詰まらせながらも、当たり障りのない言葉を返す。こいつの家庭環境を考えたら、私の方から触れるには色々と重すぎる。

よく分からない英字の書かれたTシャツを二束三文で買ってくる家の父親のそれをありがたみもなく着ている私とは事情が違いすぎる

 

「色合わせくらいは出来なくないけど、自分の事となるとセンスに自信は無いなぁ。普段だって面倒くさいからマネキン買いする為に運動して体格合わせてるくらいだし。」

「私の知らない努力の方向性だ。」

「というか服のセンスに自信あったら、今日とか三島にお願いしてないしな。」

 

何となく年頃の男は流行と服のコーディネートに煩いものだと思っていただけに、結構驚きである。

 

「じゃあ、クラスの男子に相談してもよかったんじゃないか?」

「いやぁ、流石に今の時期に水着選ぶってデートか火遊びかって話になるだろ?みんな受験生だし、変に目立ちたくなくってさ。」

「…今私と居るとこ見られてもあんま変わんなくない?」

 

それの何が違うのかと首を捻るが、自分から聞いて根掘り葉掘り腹を探られるのとただ見られて噂が巡るのとは違うらしい。同じじゃないのか?分っかんねー。

 

 

 

…ま、三島。

 

「着てみたけど、今開けて大丈夫か?」

「悪い、ちょっと待って。」

 

もはや精神を過去に飛ばしてしまっていたが、現実ではそこまで時間は経っていない、はずである。

 

心の準備の時間を貰って、変なリアクションを取らないように頬をむにむにと揉んで意識を集中させる。見るのは所詮布である。下着じゃない。

 

「おっけー、もういいよ。」

 

最低限周囲の様子だけ確認してから声を掛ける。できる限り平気そうな顔をして視線を変に動かさないように心構えを万全にする。

この後昼飯食って帰るわけだし、変な空気にするのは避けたいのが本音だ。

 

「どうかな?特に変なところはないと思うんだけど。」

 

……は。

 

「早く閉めろぉ!!」

 

小声で声を荒らげるという器用な事をしながら、目の前に飛び込んできた肌色を振り払う。

綺麗に出た腰骨に、決して主張しすぎない腹筋。引き締まった腰周りに健康的な肌色。そして露出した上半身…。

 

ボケが!なんで上も脱いだんだよぉ!下だけで良かったじゃん!わー脚綺麗だなーくらいで終わると思ってたんだよこっちはさぁ!!

 

「刺激が強いから上は着て。」

「お、おう。」

 

自分でも驚くほど無機質な声が出る。一周まわって冷静なんてことは無く、ただただ動揺しているだけである。

 

なんでこいつこんなに無防備なんだよ!?

*1
大目に見て




おまけ《回想最後の削った会話部分》

「それに三島と付き合ってる噂はもうあるから今更だろ。」
「は?」
「人の噂も七十五日って言うしな。夏休み挟めば皆気にしなくなるって。」
「は?」

そこには背中に宇宙を背負う三島の姿が…。という、クラスメイトの噂話を違う方向で気にしない二人という図を書くつもりでしたが、そうなると話が長くなると思ったのでカット!

完結後の話になりますが没案や流れ的に書けない話や設定とかって需要ありますか?

  • 何でも読むよ!
  • 読むか分からない
  • 活動報告で書けば?
  • 要らない
  • お話系だけ欲しい
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