貴方は貞操観念のおかしな世界にいる▼   作:菊池 徳野

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義妹視点。
視点に若さを出せていれば幸い。


あにはそんなひとじゃない

私の兄さんは真面目な人だ。

 

勉強も部活も色々頑張って結果を残しているし、あんまり遊びらしい遊びをしている所を見たことがない。

でも友達とカラオケに行ったりテレビを見て笑ったりしてるから頭が固い人ってわけじゃない。

 

母さんを見てても思うけど、どことなく育ちの良さを感じる。全体的に優しい感じがするというか、物腰が柔らかい?何かと丁寧?とかそんな感じ。

本人たちの性格は結構大雑把なところがあるけれど、それでも人に対する優しさみたいなのが透けて見える。

 

道徳心がちゃんと育ってるとでも言うのだろうか。懐の深さを感じることが多い。

 

なんの話だっけ。

 

そう。兄さんの話。

 

家事も出来て顔も良くて優しくて…絵に描いたようなお兄ちゃん。

何となく他所の家とは違うんだろうな、とは思ってる。家庭環境が変わっているからって訳ではないと思う。

 

まぁ何が言いたいのかと言うと、私は兄さんにとても懐いているし色んな意味で信頼しているということである。

ちょっと大人っぽい兄さんは私にとって憧れの男性だったし、父さんとはまた違った大人だと思っていた。

 

その印象が間違いではなかったと気づいたのは母さんが亡くなった時。

 

まず父さんが乱心した。正直今でも父の考えは理解できないしそれを納得した兄さんの気持ちも理解できない。

泣き崩れてどうしようもなくなる訳でもなく、ただ父さんは兄さんを拒絶した。

私には愛だとかはまだまだ分からないけれど、それでも父さんの行動は家族に対する裏切りだと思った。家族になってもうすぐ7年。2人とも小学生だった頃から考えても私だってもう中学生だし兄さんも高校生だ。

7年というのはとても長い時間だ。その時間を共にしてきた以上、それは家族なんじゃないだろうか。

 

私は血の繋がりは重要じゃないと思ってる。

他所に男を作って蒸発しようとした母よりも、私の家族なのは父さんと母さんと兄さん、その想いに躊躇いはないし3人の中に優劣なんてない。

でも父さんは違ったらしい。私と母さんは家族で、兄さんはそうじゃない。

 

納得出来ないし、父さんの事が少しだけ嫌いになった。

兄さんは「男はいつか婿に行くのだし、家族としての別れが少し早くなったみたいなものだから。」と無理矢理納得したみたいだったけど、私にはそんな理不尽考えられない。

 

母さんの遺産を兄さん1人に渡さなかったことも父さんへの反発に拍車を掛けた。

2人は同意の上だからと言っていたが、兄さんが父さんのわがままを聞き入れただけなんじゃないかとすら私は疑っている。兄さんを家から追い出すつもりの人が母さんの家族として振る舞うのはクズだって、そう言っても父さんも兄さんも何も言ってくれない。

 

決まったことを粛々と受け入れるだけの子供。それが私の立ち位置だった。大人の話し合いには入れて貰えない。そんな自分の無力さが嫌いだった。

 

兄さんは部活を辞めた。大会で団体だったけど1年でも結果を出せたんだと喜んでいたのに。

兄さんの部屋からは物が減った。無駄に大きいクッションも揃えてた漫画も。部屋の隅に大事そうに置かれた母さんの形見を見かけて目の奥が熱くなった。

 

家に帰ると兄さんが居るようになった。母さんに代わって仕事に出た父さんの負担が減るように家事は兄さんがするんだって。

あまり気にしていなかったけど、兄さんは父さんと同じくらい料理が上手い。「2年の間に唯華も覚えないとね。」と言う兄さんの言葉が凄く悲しくて、久しぶりに兄さんに抱きついてしまった。嫌なことがあったりすると抱きつくのは小学校で卒業したつもりだったのだが、やっぱり私はまだまだ子供のままらしい。

昔のように頭を撫でるでもなく宥めるでもなく、困ったようにごめんと言われてあぁもうどうしようもないのだなとその時ようやく理解した。

 

兄さんはとてもいい人だと思う。理不尽にも文句を言わず、でもバイトをして抗って。だからって誰かに八つ当たりしたりしない。

いつか私も兄さんみたいな大人になるんだろうか。

 

兄さんは金土日はあまり家に居ないようにしている。父さんと顔を合わせない為だって、そう言ってた。

兄さんは父さんのことを名前で呼ぶようになった。父さんは兄さんのことを名前で呼ばなくなった。

 

金曜日の父さんと二人だけの晩ご飯は少し虚しい。

思い出せないほど久しぶりの2人だけのご飯は、週末の疲れもあってあまり美味しくなかった。

兄さんは遅くなると言って出かけてしまった。遅くなると言って出かける日はバイトの日だ。特に日曜は賄いが出るからと家事を済ませたあとは家から居なくなってしまう。

 

そんな風にぎこちなくなってしまった我が家だが、それでも私と兄さんとの兄妹仲はいいと思う。

この先どうなったとしても私は兄さんの妹だし、もしも兄さんが困っていたら一も二もなく手を差し伸べるつもりだった。

 

 

 

 

兄さんが朝帰りした。

 

遅くなるといつも言いはするが深夜を回ることがないので、私はリビングで時間を潰して待っているのだが、あまりにも帰ってこないので心配になって徹夜してしまった。

深夜バイトを始めたのかもしれないと後で聞いておかねばならないとぽやぽやしだした頭で考えながら、どうしようもなくねむかったので日が上り出した頃になって自分の部屋に戻ってしまった。

 

するとベッドに潜り込んだかどうかというタイミングで玄関の鍵が開く音がした。何となく起きあがっておかえりと言うのも気恥ずかしくなったので目を瞑ったまま耳を澄ませていると、兄さんはお風呂に入らずに階段を上りそのまま自室のベッドに寝転がったらしかった。

綺麗好きな兄さんにしては珍しいなと思いつつも、何故か胸騒ぎがして寝付けなかったので、兄さんが寝付いただろうタイミングを見計らってかなり時間を置いてからそっと下に下りていった。

 

その後の衝撃はなんと言えばいいのか、私には分からない。

結局降りたところで何をすればいいか分からずに、とりあえず追い炊きすればいいからとお風呂をそのままにしてたよなぁと思って脱衣場に入った私の鼻腔をよく知らない匂いが通って行った。

はてな。新しい洗剤にするとか言ってたっけ?

先程までの眠気もどこへやら。完全に徹夜テンションでぐるぐると回転を始めた脳は早々に匂いの元を見つけてしまった。

 

兄の服から知らない匂いがしてる。兄ノ服カラ知ラナイ匂イガシテル。

よく見れば洗濯カゴの衣服が2種類ある。1つは分かる。パジャマに着替えたんだろう。ナラモウヒトツハ?

 

人は唐突に閃くと身体に電流が走るのだという事を私は初めて知った。

 

私は動揺を抑えながらゆっくりと音を立てないように兄の部屋に向かった。自分の予想が外れていればいいのにと思いながらも探究心には勝てなかった。

私は決死の覚悟でドアを音を立てないように開いて、全てを悟った。

その日から、私は寝不足に悩まされている。

ベッドに潜ったとしてもどうしても想像が止まらないのだ。今日も兄さんは誰かに抱かれてきたんじゃないか、いやまさかそんな、でもお触り程度なら有り得るんじゃないか。もしや他所に帰れる場所を作ったんじゃないだろうか。

 

私は確かに子供だった。いやそれでも私は兄さんの味方であることに変わりはない。

だから兄さん、その手元にある少し高そうな時計はなんですか?

 

「おはよう唯華。まだ眠そうだけど大丈夫?顔洗ってきた?」

 

どうしてそんな、困った表情で携帯の画面を見てるんですか?

 

「ちょっと夜更かししちゃっただけだから大丈夫だよ。」

 

部屋に置いてあるチャラチャラしたアクセサリーはなんですか?

 

「あんまり夜更かしすると背が伸びなくなるから程々にね。」

 

そう言ってにこにこと笑う兄さんはいつもの兄さんで、でも決定的にどこかが違う。

 

休日の兄からは私の知らないシャンプーの匂いがしている。




なお妄想の9割は当たっている模様。

誤字脱字報告、評価コメントありがとうございます。

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