箸休め回ってやつですね。
貴方は17歳になった。
あまり知らない3年生を見送り、桜の雨の下先輩として新入生を迎えた。
進級の時に何時もあった母からの祝いの言葉が無いことで、貴方の胸には未だに色濃い母親の陰があるのだと一人涙を流した。春の陽気に影が指すのを感じながら、しかし貴方は誰かに弱音を吐くことだけはしなかった。
「進級の御祝いにどうかなって…。物が増えるのもどうかと思って。」
それでも晩に義妹が買ってきたというケーキを食べる頃にはいつもの調子を取り戻していた。
春が過ぎ新しいクラスに馴染んだ頃、梅雨の半ばが貴方の誕生日であった。
この頃になると義父と貴方との関係に暗黙の了解が形成されており、誕生日の祝いも晩の食事も義妹と二人だけで済ませ、ケーキも2人分だけで済ます事に何の遠慮も無くなっていた。
貴方にとって会話を交わさない同居人の存在は、ふと目で探してしまう居ないはずの母と比較して、あまりにも対照的で笑ってしまうほど希薄になりつつあった。
季節が一つ移り変わるというのはそれだけの時間が経過したという事でもあったのだ。
とはいえ時の流れは悪いことばかりを運ぶ訳ではなく、こつこつ稼いだお金は7桁の大台を記録していた。
来年になれば車の免許も取っておこうか、資格試験の費用は別に分けて置いておこうか、貴方の将来設計はより具体性を増していた。
複雑な家庭事情の貴方は、皆より早く進路相談の機会が設けられた。カウンセリングと生徒の調査を兼ねた形だけのものであったが、久しぶりに大人の優しさに触れたような気がした。
貴方は就職をする事とできれば違う土地に行きたいことを生徒指導を兼任している学年主任に相談し、3年目を最低限の単位を取る代わりに自由に行動する許可をもぎ取った。
ついでに三者面談など保護者が必要な事は無理になったと伝えておいた。
「相談事があれば何時でも言いなさい。私と話すことで思いつくことや教えてあげられることがあるかもしれないから。」
と言って心配してくれる主任の言葉を貴方は粛々と聞き入れている風を装いながら、自分のしている本業について考えて冷や汗を流すという場面もあったが概ね問題なく切り抜けることが出来た。
その他に体育祭など行事が挟まりつつも貴方は平和な日々を送っていた。
貴方は困惑していた。
夏服に袖を通してしばらくして夏休みが近づいた頃、今晩の献立を考えていた貴方の手元に一通の手紙が届いた。
机に入れられていたせいで、下校時に机の中身を確認して初めて気づいた為貴方は慌てて呼び出されていた空き教室へと足を進めた。
貴方は自分がモテることをあまり意識していなかった。
バレンタインに義理チョコを期待されている事など思い付きもしなかったし、貴方の隣の席がそれなりに人気になっていることを気付きもしなかった。
売春に手を出しているのに誰かと付き合うのは不義理だと考えていた貴方は、ラブレターを貰ったとて断る以外の選択肢を用意していなかった。
夏休みが近づき学園祭も控えたこの時期、彼氏彼女欲しさに告白が横行している事実は周知の事実であったが、自分の身に降りかかるとは思ってもみなかったのだ。
出会って五秒でラブレターを突き返して即お断りという恋に恋する年代の同級生の心をぽっきりとへし折りながら、貴方は学生の間に恋愛する余裕が無いと手短に伝えて早々に家路に着いた。
相手の女子はクラスでも人気のある子であったが貴方にとっては一目置くまでもない肩書きであった。はいそれまーでーよ。
告白というイベントのおかげで夏休みの存在を思い出した貴方は長期のバイトを探すことにした。
探してみれば飲食やサービス業は夏休みに向けて臨時バイトを募集しており、映像撮影や男子学生限定のハウスキーパーのようなちょっときな臭いバイトも見つけることができた。
そのうち来る修学旅行の旅費について義父に頼るのではなく自分で出せるなら売春で貯めた分以外から補充したかったのだ。
結局貴方はライブのステージ設営のバイトとチェーン店の飲食のバイトに応募し、面接と書類審査を経て無事バイトに合格した。
決め手は金額と賄い・昼食支給の言葉であったが、クラスメイトが去年は良かったというのを話していたのも後押しした。
そして夏休みが始まり8月の頭、ステージ設営の場で貴方は学校の不良娘とばったり出会うことになる。
貴方は惚れた腫れたの色恋沙汰に疎い。
同年代から見た主人公についても触れておこうという試み。