カイドウ♀になった話 作:ぼほの
ホールケーキ城のとある個室。
そこで私とビッグマムは机を挟んで向かい合っていた。
その机上には彼女にしては少量のお菓子が並んでおり、容量の多いティーポットが中心に置かれ、手前にはまだ中身を入れられていないティーカップが小皿の上に乗っていた。
私は適当なお菓子を手に取り、口にしながら部屋を見渡す。
部屋の壁や床、天井に至るまで所々ヒビが入っており、何か強い衝撃でもかかればあっという間に崩れてしまいそうだった。
窓ガラスも割れていたのだがペロスペローが飴で直してくれたので、部屋の中で唯一そこだけが綺麗だ。しかし目線を下げて見ると、割れた窓ガラスの破片が僅かであるが散らばっていた。
照明も壊れていて、時間が夜なのもあって真っ暗だ。
「何でおれが……照明なんかに…」
そのため、代わりに太陽プロメテウスが照明となっている。
彼は出来る限り熱を出さないようにしているそうだが、火なのでそうはいかずちょっぴり暑い。
どう考えても客人を迎える状態じゃない。しかし、この部屋をこんな惨状にしたのは他でもない私―――いや、
そもそもこの部屋は客人用の部屋で、決して相談室などでは無い。こういった話し合いは本来玉座の間でやるものだ。
しかし彼女の玉座の間というべき場所は瓦礫がいっぱいで、とてもじゃないが話し合いが出来そうにない。そのため、この城で一番マシな部屋でこうして対面しているのだ。
「悪いね。こんな部屋しか用意出来なくて」
「いえ、十分ですよ」
本当に。
むしろ部屋を用意出来た事自体に驚きだ。
あと少しでも戦いが長引いていれば、この城も倒壊し、下手したら島が沈んでいたのかもしれない。
そうなれば部屋の用意するどころの話では無い。恐らく、適当な島を攻めてそこをお客様相談室にしていただろう。
そっちの方が快適そうだと思いつつ、私はビッグマムに笑いかけると、彼女もそれに応えるように笑った。
え、怖。
私はなんとなく雰囲気で微笑んだだけなのだが、彼女のこの笑みは何なのだろうか。笑顔とは本来明るくて負の面のない感情なのだが、こうも理由の分からない笑顔を向けられると不気味である。
もしや街が破壊された事を恨んでいるのだろうか。
しかし彼女は食いわずらい関連の破壊には、記憶を失っているからなのか寛容だ。というより、興味が湧かず気にも留めようとしない。
だからこそ、今のように首都が破壊されても何事も無かったかのように顔を合わせられているのだ。
「で、カイドウ。お前はおれに用事があって来たんだろう?」
彼女はそう上機嫌に問う。
私はティーカップに紅茶を注ぎ、角砂糖を一粒入れて答える。
「ええ。少し相談事を。これは、貴女にしか言えないことなんです」
「!へぇ…」
それを聞いた彼女はより一層笑みを深める。
しかしその笑みは純粋なものではなく、何処か悪どさを感じた。
私は言葉を続ける前に紅茶の水面を見た。
そこには私の顔が映っており、その表情は不安そうだった。
「実は―――」
そこまで口に出すと言葉が詰まった。
ああ、口に出すのが恐ろしい。それと同時に恥ずかしい。
本気で悩んでいることなのに、それを口にするのを脳が拒む。
あの子が私のことを嫌っているなんて信じられるだろうか。いや私がそうさせたのだが。いやでもあれは不本意で。いや私が不本意だろうとなんだろうと、ヤマトが私を嫌っているという事実が恐ろしい。
それにこんな事で悩んでいるのを打ち明けるなんて、小恥ずかしくてたまらない。急激に顔が赤くなるのを感じる。なんというか、これを言ったら四皇としての威厳が終わる気がする。
しかし、さっきまであんなに言う気満々だったのに、今更どうしたんだ私の口よ。何ためにここに来たんだ。こうもしなければ悩みは解消されないかも知れないのだぞ!
そうだ。打ち明けなきゃ、解決なんて出来っこない!
やるんだ。言うんだ!
無意識に噛んでいた唇を離し、なんとか言葉を続ける。
「―――その、娘が、反抗期なんです」
「………………は?」
困惑するビッグマムを置いて、私は口を動かす。
「ですから、その……子育てを、教えてくれませんか?あの、コツを。その、反抗期になった時のを……です」
そうたどたどしく聞き、彼女の反応を伺う。
彼女は目を丸くしており、口も半開きだった。鳩が豆鉄砲を食らったような顔とはこんな顔のことを言うのだろう。
私はそんな彼女の反応を見るのが耐えきれず、つい窓へ目を逸らした。
窓の奥には人々がせっせと街の復興工事を行っており、皆家が無くなったばかりだというのに滅気ずに力を合わせていた。
少し見方を変えると、今度はその窓ガラスに写った私が目に入る。そこには角の生えた身長6mあまりの巨女が写っており、案の定と言うべきか顔は真っ赤に燃えていた。
そんな自分も見てられず、最終的には壁に入ったヒビの溝を見ることにした。
「…ハ」
そんなふうに目を泳がせていると彼女は小刻みに震え出す。
「……ハ…ハハ」
それはだんだんと勢いを増していき
「ハハ……マママ」
だんだんと膨らんでいき
「ハ〜ハハハハマママママママママママママ!!!!!」
最後には爆発した。
涙流して笑うビッグマムに、今度は私が豆鉄砲を食らったような顔をすることになった。
あの一連の流れに、一体何処にそんな笑いどころが…?
彼女が突然笑いだしたことに驚きながら困惑する私に、彼女は満面の笑みを浮かべながら
「ハ〜ハハマママママ!!な〜んだそんなことか!いやぁおれはてっきり………ハハハ、良いだろう!教えてやるよ!!」
「!!!…本当ですか!?」
あまりに良い返事だったのでつい席を立ってしまう。
それによって机が激しく揺れ、紅茶が僅かに溢れたが知った事ではない。
「ああ、本当だよ!昔からの好だ!教えてやろうじゃねぇか」
「ありがとうございます!!」
「いやぁ良いよ。ほら、まずは席に座りな」
「はい!」
私は彼女の言うとおりに椅子に座る。
今の私は『四皇』カイドウでは無い。彼女の言葉を有無を言わずに聞くイエスマンである。いやウーマンか。
もはや私に四皇の威厳など無い。あるのは育児へ探求心のみである。
「で、娘が反抗期だって話だったね。まず質問するが、何故子供は反抗すると思う?」
「え」
突然の質問に不意に声が出た。
どうして反抗するのか、少し考え推測する。
「自分の要求を聞いてくれないから、ですか?」
「ああ、そうさ。自分のやりたい事をやらせてくれないから、やって欲しいことをやってくれないから、あいつらは怒るのさ。カイドウ、心当たりはあるかい?」
「…………」
心当たり…か。確かに、ある。
しかし私は別に否定したわけじゃない。というより、こっちが否定されたというか。
夕飯が出来たのでヤマトを呼びに行ったら、自分はおでんだと啖呵を切られて、あまりにショックでやけ酒した。それが昨日の話。
私が原因とは思えないような…。
ひょっとして、私があの子をヤマトと呼んだことが、彼女を否定した事になったのだろうか?
だとしたら、なんて理不尽なのだろう。
私はハァと溜息を吐き出し、ビッグマムの問いに答える。
「……ありますね」
「ハハハ……ならそいつを叶えちまいな。だが全部お前がやるなよ。あくまで補助する程度にだ」
「それはどうして…?」
「1から10までやっちまったら、何でも他人にやらせたがる駄目な奴になっちまうからだよ」
おお、流石数十人の子供を産み育てた女。説得力が違う。
そう感心する反面、私には疑問があった。
それは本当に望みを叶えて良いのだろうか、というもの。
ヤマトは光月おでんになることを望んでいる。それを補助しても良いのだろうか。
というか、私の補助を望んでいるのだろうか。自分はおでんなのだから支援など要らんと一蹴されそうな気がする。
そもそも彼女の考えるおでん像とは一体どんなものなのだろうか。
彼女はおでんの処刑現場に居たはずだから、その時に彼の行った行為を見ているはず。それに、
恐らく彼女はおでんを『人々を救済した英雄』だと思っているだろう。
ということは、もしそれを叶えるのならば、私は彼女に人々を救うよう誘導すれば良いのだろうか。
いや、これは違う気がする。
助けるのならワノ国の住人だが、彼らは私達によって傷付けられた人達だ。それを私の娘であるヤマトに助けさせるのは、それはマッチポンプでは無いだろうか。
そもそも英雄は作るものでは無く生まれるもの。この案は却下だ却下。
ではどうするか。
頭をひねってみるが、中々思いつかない。
そもそもの話、本当にあの子の望みを叶えていいのかどうかも分からないのだ。
もしどうにかして叶えたとして、その後ヤマトはどうなる?
十中八九、私のもとから離れるだろう。それは嫌だ。出来れば寿命が尽きるまで離れないでほしい。
いやまぁ、いつか親離れもとい子離れをしなければならないのだろうが、それでもせめて大人になってからにしてほしい。
ヤマトの今の年齢は8歳。どれだけ早く巣立ちするとしても、まだ12年は早い。
私はうーんと唸る。
仕方ない。ビッグマムに聞くことにしよう。しかし詳細まで話すのは内部情報の喋りすぎなので、少しぼかしておくことにしよう。
「その、リンリン」
「なんだい?」
「質問なのですが、もしその願いが、私に不都合が生じる場合はどうすれば良いのでしょうか?」
「ああ…!簡単だよ」
そう言うと彼女はにこやかな笑みを浮かべてくる。
「そんなもの……しつけちまえば良いんだよ!」
そんな事を穏やかじゃない雰囲気で言ってくる。
やはり歴戦の母親のような事言っていようと彼女は海賊。最後は暴力で落ち着くってわけか。
私はそんな事を悟り、全く口に付けていなかった紅茶を一気飲みする。角砂糖を一粒入れただけなのに、その紅茶は甘ったるく感じた。
私は空になったティーカップを小皿に置き、席を立つ。
「ありがとうございます、リンリン。中々良いことを聞けました」
「おや?もう出るのかい?」
「もう……ってほどでも無いんですけどね」
このホールケーキアイランドに来てから戦闘も合わせて5時間以上経っている。十分滞在しただろう。
その証拠に窓から外を見てみると、地平線の奥が僅かに赤くなっていた。
「それではリンリン。また」
その言葉を最後に、私は彼女のもとを離れた。
◇◇◇
部屋の扉を出たすぐそこには、手を組んで壁によりかかったキングが待っていた。
「おや、キング。待たせましたか?」
「いや、さっき来たところだ。ところでカイドウさん、ビッグマムと何を話していたんだ?」
「ふむ……秘密です」
「………………そうか」
キングよ、申し訳ない。
君の上司が子育てに悩んでいるなんて伝えたくなかったんだ。
そう心の中で謝罪していると、私は彼に聞きたい事があったのを思い出す。
「そういえばキング。貴方はずっと何か言いたそうにしてましたよね?あれは何だったのですか?」
「!…気付いてたのか。あれは……いや、何でも無い」
そんなキングの返答にむっとする。
私は「キング」と彼の名を呼び
「部下に隠し事されて良い気分になる上司は居ませんよ。どんなくだらない事でも構いません。言ってみてください」
と、ついさっき部下に隠し事をした上司が言う。
しかしそんな私にキングは困惑する事無く、自虐的な顔―――覆面で見えないが雰囲気で分かる―――で言う。
「いや、俺はあんたの意図が分からず、ずっと暴れてる鬼姫を放置していて良いのかと問いかけたかっただけだ」
「………………………え?」
キングのきっぱりとした言葉に、私は目を丸くする。
なにそれ私知らない。
「暴れてる……のですか?ヤマトは」
「…………え?」
今度は私の震えた言葉に、キングは目を丸くした。
言葉のキャッチボールが出来ていない。お互いに投げられてるボールの正体が分かっていないような奇妙な状態だ。
沈黙が流れる。
体感で言うなら2、30分はくだらないが、実際は1分もあるかどうかといったところだろう。それでも会話中に発生した沈黙にしては長い方だ。
そして、その沈黙を破ったのは私だった。
私は少量の汗を掻きながらキングに問う。
「キング。私の聞き間違いだったかも知れませんので、もう一度言ってくれませんか?」
「あ、ああ。俺はあんたの意図が分からず、暴れているお嬢を放置しても良いのかと―――「ストップ」……おう」
私は彼の言葉を聞いて、頭を抱える。
何ということだ…。ヤマトは暴れているのか!
それは一大事だ。こんな事をしてる場合じゃない…!
それを知っていれば直ぐにそれの対処に向かってたのに…!!
ああ!もう!どうしてッ…!!!
「ど、ど…ッ」
「……ど?」
「どうしてそんな大事な事を教えてくれなかったんですかぁぁぁぁあああああああああ!!!!!!」
私はすぐにホールケーキ城から飛び出し、人獣型になる。
そして私の持ちうる最速で鬼ヶ島へ向かった。
その余波でホールケーキ城は一部崩れてしまい、島中に轟音が響き渡った。それにビッグマムは少し苛立ち、住民達は恐怖に震えた。
そしてその原因が消えた方向を見るキングは、何か理不尽極まりない目にあったかのようだった。
相談しに行ってまさか5話かかるとは……。
感想・評価よろしくおねがいします。