第三回ヒヨリミコロシアム投稿作品

参加作品共通テーマ「こころ」

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大切な人のため、僕は罪を犯した。その人が面会にやってきて、僕は留置所の担当官と共に面会室へ向かう。

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二人ともう一人

 牢屋のイメージは錆びた鉄格子だった。しかし留置所のそれは白く塗られていて、清潔感はあるがそれ故にとても無機質であった。

 

 牢の扉が静かに開けられたのは午後の二時頃だった。顔を上げるとここに入る際、担当官だと紹介された三井という四十代くらいの男が扉の前に立っていた。

 

「三十三番、面会だ」

 

 僕は何も言葉を返さずに立ち上がった。三井に手錠をされて牢を出され、面会室まで向かう。汚れの無い白色の道すがら、僕の背中をぴったりと付いてくる彼に声を掛けた。手錠を掛けられている最中から気になっていたのだ。

 

「何か言いたそうですが、なんですか?」

 

「私語は慎め」

 

「それは規則ですか? 決められたルールに背くのは忍びないですか?」

 

 返答はなかったが図星と言わんばかりに三井の眉が寄った。これほど分かりやすい相手は初めてかもしれない。今日まで対した話をした訳ではないが、不思議と彼に好感を抱いた。だから勝手に続けることにした。

 

「ルールは守るべき、それには同意します。でも、ルールを絶対にしてはいけませんよ。それじゃあロボットと変わらない」

 

「……私語は慎め」

 

 同じ事を繰り返す三井を少しだけ嘲るような笑みを見せて、僕は口を閉ざした。

 

 面会室に到着する。ここも白が基調の小さな部屋だ。目の前には僕が座る用のパイプ椅子が置かれ、部屋の隅には三井たち担当官が使う机がある。パイプ椅子の先で部屋は透明なアクリル板で半分に仕切られ、その向こうに女性が座っている。面会と聞いた時から予想通りであり、同時に望んでいた相手であった。

 

「そこに座れ」

 

 三井に促されてパイプ椅子に座る。正面にいる彼女は少し痩せた様子だった。ゆったりとした水色のワンピースがよく似合っていた。だけどそんな簡単な言葉が今は口から出てこなかった。

 

 しばらく沈黙が続いたが、先にそれを破ったのは彼女だった。

 

「ちょっと、痩せた?」

 

 つい吹き出してしまった。

 

「どうしたの?」

 

「いや、ごめん。同じ事を思ったから」

 

「ああ……、しばらく病院食だったから」

 

 彼女の口角がピクピクと動いた。笑顔を見せようとして失敗したのだろう。幼い頃からの付き合いだ。まだ表情を作れなくても彼女の心は手に取るように分かる。

 

「もう、僕達は会わない方がいい」

 

 伝えなければいけなかった重たい言葉は意外とすんなり口から出た。

 

「どうして?」

 

 彼女は首を傾げた。口角は相変わらず震えている。無表情で彼女は優しく微笑んでいる。

 

「僕はもう犯罪者だ――」

 

「でも、私のヒーローだよ」

 

 僕の言うことなど分かっているみたいに、彼女は言葉を重ねてきた。そして唇を一層震わせた。

 

 二週間前、彼女は強姦された。犯人は大学に進んだ彼女と同じゼミの金持ちで、高卒で社会に出た僕が事の次第を知ったのは事件の次の日であった。病院のベッドで無表情のまま天井を見上げる彼女を見たその日のうちに、僕はあの男を壊した。

 

 殺したのではない。壊したのだ。殺すという言葉は、人に対して使う言葉なのだから。

 

「ヒーローなんて綺麗なものじゃない。僕は人を殺したと思っていないんだ。七十億体もいるロボットの一体を壊したくらいの気持ちしかない」

 

 すると当然とでも言うように彼女は力強く頷いた。

 

「君は正しいよ。君が壊したのは人間なんかじゃない」

 

「ただこの世界はそれが罪になるんだ」

 

 この世界は七十億のロボットが闊歩する世界だ。幼い頃に両親を事故で失って、心を閉じた僕の目に世界はそう見えた。人間は僕だけで、周りからもらえる優しさとか体温とかは残酷なくらい冷え切っていた。

 

 両親を失って三年経った頃、僕は彼女と出会った。僕と同じで早くに両親を失っていた彼女はやたらと僕に絡んできた。最初は鬱陶しかったが、同じ境遇の中でも笑顔を絶やさなかった彼女を、いつしか僕は目で追うようになり、一緒にいる時間が何よりにも代え難い特別なものに変わった。

 

 僕は彼女だけ、僕以外の人間だと信じることができるようになっていた。

 

 だからこそ、僕は彼女を遠ざけなければいけなかった。

 

「犯罪者と関係を持つことはデメリットしかない。君まで周りに疎まれる必要はないんだ」

 

 彼女は強情に首を振った。

 

「犯罪者とか関係ない。私が君と一緒にいたいだけ。疎まれても構わない」

 

「理解出来ないな。僕を哀れだと思っているのかい? それとも自己満足かな?」

 

「ちょっとはそういう気持ちもあると思う。私も人間だし。でも、それが主じゃないのは確かだよ」

 

 僕の境遇を知る彼女は「人間だし」の部分を強調するような喋り方だった。

 

「人間? 君が?」

 

 明らかな嘲笑を彼女に見せた。見えないナイフが自分に刺さったような感覚があった。だが僕は口を閉じなかった。

 

「そう感じていた時期はあった。でも今日会って確信した。君もロボットだ。七十億いる中の一体だ」

 

「何でそんなこと言うの? 私は本当に君のことを――」

 

「それだよ!」

 

 語気を強めて彼女の言葉を遮った。これ以上は聞くに堪えない。彼女の言葉は僕にとって都合が良すぎる。負けるわけにはいかなかった。

 

「君はもう僕のことばかり考えている。どうして自分のことを考えないんだ。自分にとって最良の選択を考えれば、ここに来るべきではないことくらい分かるだろ? 自分のことを顧みず、他人を優先しかしないなんて、ロボットと何が違うんだ!」

 

 すると彼女も眉を釣り上げた。椅子から飛び上がるように立ち上がって前にある狭い机を両手で叩いた。そう言えば、彼女の怒った顔を見るのは初めてだった。

 

「大切な人の事を思って何がいけないの? さっきからロボットみたいな事を言っているのは君じゃない。メリットとかデメリットとか、そんな損得で私は動いてない。それくらい自分で決められる。だから私はここにいるんだから!」

 

 先程まで光を感じなかった彼女の双眸がうっすら輝いたように見えた。涙を溜めた彼女がそうしたように僕も椅子から立ち上がった。

 

「これ以上は平行線だ。もう君とは話すことはないよ。さようなら」

 

 僕は彼女に背を向けて面会室の扉に向かう。扉の近くにいた三井は勝手な行動をする僕を何故か止めなかった。扉に手をかけ開きかけたタイミングで彼女の声が背中から飛んできた。

 

「また、会いに来るから。君に断られたって。何度でも。……さようならなんて絶対言わないから」

 

 少しだけ手が止まった。しかし僕は彼女の言葉に何も返さず、そのまま扉を押し開けて面会室を出た。扉を閉めて、開かないように体で抑えた僕は、誰にも聞こえないように呟いた。

 

「僕だって、言いたいわけがないじゃないか」

 

 

 

 

 

 その日の夜のことだった。留置所の牢には基本的に複数の収容者が入れられるが、僕の場合は他に収容者はおらず僕一人であった。灯りも全て消えた静かな夜を過ごしていると、ふと足音が聞こえた。少しずつそれは近付いてきて、しばらくすると僕の牢を眩しい懐中電灯の光が照らした。

 

「誰です?」

 

 目を細めながら懐中電灯の方を見るが、光にくらんだ目では人影を写すのが精一杯だった。

 

「三井だ」

 

「え、三井さん?」

 

 聞こえてきた声は間違いなく三井のものだった。しかし、彼といま彼がしている行動が全くイコールで繋がらなかった。

 

「三井さん、あなたがしていることはルール違反では?」

 

「ああ、バレたらペナルティがあるだろうな。だが、そのリスクを冒してでも、私は君と話したくなった。それだけだ」

 

 今の僕は多分、狐につままれたような顔をしていることだろう。それから僕は吹き出すようにして笑った。

 

「何か、用でしょうか?」

 

「伝言と、私から伝えたいことがある。先に伝えたいことを話す」

 

「どうぞ」

 

「君は確かに犯罪者だ。だが悪人ではない。それだけは間違いない」

 

 三井の言い方はルールに縛られていた頃と同じような、確信に満ちたものだった。

 

「警察関係者が言うべき事ではないですね」

 

「そうだろうな。だが何が正しくて何が間違っているかくらい自分で決める。君は信じてくれないだろうが、私だって人間だ」

 

 笑い声が漏れそうになって咄嗟に口を押さえた。僕と彼女の面会がここまで彼に影響したことが可笑しくてたまらなくて、同時に何故か嬉しくもあった。

 

「そうですね。今のあなたには、少しだけ温かさを感じます。微かにですが」

 

「……最後に伝言だ。面会したあの子から、『私のしつこさはよく知っているでしょ?』とのことだ」

 

 伝言相手は分かっていたが、内容は少し斜め上であった。確かに彼女のしつこさは昔の絡みで十分に知っているが、こういう時は謝罪とかそういう言葉が来るものだと予想していた。

 

「なんですかそれ?」

 

「知るか。私は伝えてくれと言われただけだからな。まぁただ、彼女は笑ってそう言っていた。とても素敵な笑顔だったぞ」

 

 流石に驚きを隠せなかった。

 

「笑えたんですか? 彼女は」

 

「ああ、お前と口喧嘩したのが良い薬になったのかもしれんな。怒りだって表情を作るもんだ」

 

 どうして気が付かなかったのだろう。怒った顔の彼女を見るのが初めてだったからだろうか。恥ずかしい話をすれば、少し見惚れてしまっていたかもしれない。

 

 しかし参った。この展開はとてもまずかった。

 

「つまり僕は、また彼女を救ってしまったことになるんですかね」

 

「まあ、そうだろうな」

 

「じゃあ彼女は、また僕に絡んでくるでしょうね。わざわざ宣言するくらいだから」

 

「だろうな。ならば会って自分の言いたい事を言えばいい。今日みたいに口喧嘩するのもいいだろう。お前みたいな事を言うなら、言いたい事も言えないのではそれこそロボットだ」

 

 僕は暗闇の中で天を仰ぐ。不思議と口角は上がってしまった。先の展開が見えてしまってうんざりしたのだ。これは負け戦だ。僕がいつ根を上げるかの簡単な闘い。だって前例があるのだから。

 

「三井さん」

 

「何だ?」

 

 他人は彼だけだったから、僕は彼に縋った。

 

「彼女と次に面会した時、最初に何を言えば良いでしょうか?」

 

「そんなの決まっている。今日の事を謝れ。人間として当然だろう?」

 


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