そして、明治になって裁判所がつくられたら、その農家の人の力を借りて、尊正暗殺に加担した人物(代官)を訴えて、殺人罪で有罪をもぎ取りました。
その後、藤乃さんは京都に戻ったとされています。
そして、その時かくまった農家にはお礼として、藤乃さんから送られた硯が残っているそうです。
次の日、日本中に整備されたばかりの電話が、尊正の別荘に鳴り響いた。
そして、その鯨を退かすのに軍隊が使われることになった。
名目としては、この大地震(鯨が起こしたもので、自然災害ではないが…)の復興支援のため、出来たばかりの陸軍と海軍が動くことになったのだ。
鯨は鯨でこんなことを言っている。
「私は息子を人質に取られてここに来た。使者としての手紙を渡すから、母になるもの。もしくはなったばかりの者をここへ連れて来い。痛みを知らぬ男などと交渉出来るか!」
鯨は人間の言葉をしゃべった。
しゃべるというより、鯨から音が聞こえている感覚ではあったが、こちらから話しかけると、
「貴様ではない。同じ母となら話をする。」
と、聞こえてくるばかりだった。
尊正は心配だったが、藤乃に相談した。
「まだ体調が安定してるから、私が行きます。」
まぁ、この女性なら言うだろうと思ったことだった。
港町の妊婦や母親はたくさんいただろうが、こんなことを頼めるのは権力者の身内以外いないということも藤乃は分かっているし、その鯨に会ってみたかったらしい。
尊正は鯨との交渉で、なんとか輿の担ぎ手は男性で武装させることを了解させた。
鯨と藤乃の謁見が始まり、藤乃は鯨から手紙を受け取った。
対して鯨は娘を返してほしいと言ってきた。
藤乃は出発直前に、尊正から、あの逆さまになっていた男から受け取ったという、小さな巻き貝を渡されていたので、それを見せた。
見せた拍子に、巻き貝から小さな鯨みたいなのが出てきた。
「ママ!」
「坊や!」
白鯨は大口を開けた。
武装した男たちが吹っ飛ばされ、海にゴロゴロ転げた。
藤乃の輿は動かなかった。
「私は息子を返してもらいにきた。息子を返してもらおう。」
「どうぞ。」
藤乃は腕を伸ばす。
「動けないのか?」
「なにか…苦しい。」
「そうか。なら」
白鯨が潮を吹く。
鯨の頭の上に住んでいる住民(モノ)が降りてきて、藤乃の輿を取り囲む。
藤乃の巻き貝を受け取るとじわりじわりとモノたちが藤乃の輿に近づく。
「おやめなさい!」
白鯨がまた口を開ける。
今度はモノどもが海にゴロゴロ転げた。
「彼女はこれから地獄を見て天国に上がるから、水先案内をしなさい。」
モノたちは雄叫びをあげながら、丁寧に輿を担ぐと、揺れもなく尊正のところに戻した。
藤乃は本当に赤ちゃんを産むため、産屋に入った。
「さて、これからどうするつもりだ?」
尊正は白鯨に聞く。
子どもを返してもらったら、この尊正と藤乃夫妻に仲良くしてもらったことを聞いた白鯨は尊正ならと、話を聞いてくれるようになった。
「どいてもらわないと、この港町の人々が困る。」
「その書状の返事を持っていかないと私は帰れないのだ。なんとかしなさい。」
「…脅しではないが、こちらに陸軍と海軍の軍艦が向かっている。どかなければ殺されるぞ。」
「そんな人が造ったもので私が殺せるかしら?それと、仮にその陸軍が到着したら、あなたの別荘で指揮を取るのでしょ?」
「まぁ、そうだ。…さっき連絡があった。」
「藤乃さんはどうしたの?」
「別荘は広いから…」
「だけど、男の人がウロウロソワソワしていたら彼女も気が気じゃないはず。彼女は人の上に立ち、人の心配が出来る人だから絶対気にする。」
「どうするつもりだ?」
「私の実力を見せつけてあげれば、陸軍も海軍も逃げ帰って、それと同時に返信が届くでしょ?」
「ペリーと同じことをするつもりか?」
「いいえ。私はあなたたち港町の人たちのためにもここを退くわけにはいかないわ。」
「なぜ?」
「私の存在を認めさせないと、あなたたちは訳もなく逃げ出したか、化け物に騙されたと勘違いされるわ。だから、私は表世界のためだけじゃなく、あなたたちのためにも戦う。」
「………。」
なにも言い返せなかった。
実際、赤い着色がついた次の日から、騙されていると誹謗中傷が酷かったのは事実だ。
だったら、鯨は実際にいることを見せて、我々の誹謗中傷を収めようとしたのだ。
1日たち、藤乃は産屋から出てこない。
代わりに陸軍の先陣が別荘に到着して、応接間に司令部を構えた。
なんと最新式の榴弾砲を動かしているというのだ。
海軍も軍船を5隻も出して、「救助」に来てくれるらしい。
荷台や食べ物よりも、大砲と砲弾が多い変わった救助隊である。
次の日、なにやら産屋でバタバタしているが、「男に出来ることはない。」
と尊正は追い出され、別荘も出来ればいないで欲しいと言われるしまつなので、あの高台に来ていた。
高台には、スーツを着た新聞記者から、和装で片手の撮影機材を持つユーチューバーまでさまざまな人がいた。
この鯨の戦いが現実だと分からせて、我々が狂ったのではないと証明させるためだ。
知り合いの新聞記者が話しかけてきてくれた。
「尊正さん、なにかこれから起こることでお話ししておきたいことがあれば話していただけますか?」
「………。」
他の人たちもとても注目している。
「…私が望むのは、これから起こることが現実であることをみなさんに受け止めてほしい。これから起ることは真実であり、現実であり、これからの人間の分岐点に当たるはず。だから、見てほしい。
そして、この鯨を信じてほしい。
そして、我々港町の人間は本当のことを言っているから、誹謗中傷をやめてほしい。とりあえず、以上…」
その時、ボゥー!ボゥー!
と蒸気の警笛が聞こえた。
みんなでそちらを見ると、四隻の軍艦が日本の旗を掲げて一列に並び、湾を縦断している。
鯨は海を向いているから、鯨に横っ腹を見せている形だ。
距離も場所も我々に砲撃が当たる訳はなさそうな位置だ。
軍艦の方針が全て港の方を向いている。
もしや、と、時計を見る。
9時30分を回ったところだ。
進んでいる一番前の軍艦の砲身から煙が出る。
その後ろ、その後ろ、その後ろの軍艦の砲身からも白い煙が出る。
そして、鯨に、白い光が当たる。
それが束になって4回。
そして、爆音!
4回連続で爆音が響く。
一斉発射だから、その四つの音のうち一回も数回に分かれて聞こえる。
また、軍艦から煙が出て、光が鯨に集まり、爆音が響く。
「これなら、鯨は実在するが、軍艦が勝って、手紙も渡さず…」
尊正がそう独り言を言っていたとき、鯨の頭の上あたりに光が集まり、光が一直線に、進んでいる2隻目の主砲の少し上あたりを飛んで、光自体は海に落ちた。
水柱が立ち、軍艦を揺らし、波打ち際が大波にさらされた。
2隻目の主砲はさっきまで白い煙だったのが、黒い煙があがっている。
「なっ…」
「なんだ?」
記者やユーチューバーがザワザワし始める。
また鯨の頭が光る。
光が打ち出される。
今度は最後尾についていた軍艦のこれまた船尾に光が直撃、しかも、その光は船体を貫くと、海に落ちてまた大波を起こした。
4隻目は黒煙を上げて、港町に背を向ける形になると、沖に向けて動き始めた。
3隻の艦隊はその場で向きを180度変えて元来た方へ引き返し始め、逃げ出した4隻目を隠す動きを始めた。
3隻目が先頭になる訳だが、また鯨の光が2番目の軍艦を襲った。
さっきは船の前方にある主砲が狙われたが、今度は後方の主砲が狙われた。
2番目軍艦も沖に向けて逃げ始めた。
その時、さっきから砲撃の準備をしていたさっきまで先頭を走っていた軍艦の、主砲。
たしか、横幅が32センチある砲弾を打ち出すことが出来る主砲であると聞いていたが、それが鯨に向かって打った。
あまりの打ち出す強さに、船が反動で進行方向がずれるほどだ。
打ち出された弾は見事に鯨の額より少し下の口あたりに当たった。
鯨が咆哮する。
口を大きく開けて。
尊正の目が大きくなった。
あの母鯨が咆哮したということはなにもかも吹き飛ばすかもしれない。
しかも今度は藤乃がいないから、本気だ。
尊正は聞こえるはずもないが、後ろの軍艦に叫ぶ。
「逃げろ!殺されるぞ!」
その声か、はたまた鯨の咆哮か。
後ろの軍艦に向かって不思議な空間が進んでいく。
地が割れ、海が割れ、空気の砲弾のようなものがその32センチ砲を吹き飛ばす。
根本から抉り出し、32センチ砲が宙に舞った。
一人のユーチューバーがそれをしっかりと映してしまった。
日本国営のプロパガンダに使おうと思っていたテレビ局のカメラもそれを映してしまった。
最悪なことに、生放送で。
鯨は空に向かって叫ぶ。
雲が今度は裂けて、消し飛んだ。
体を仰け反らせて、空に向かって叫んだ訳だから、身体を元に戻しつつ、3番艦の方向をわざわざ向き直った。
3番艦は攻撃を辞めた。
元来た方へ全力で戻っていった。他の2.4番艦も遠くへ逃げたが、主砲をえぐられた1番艦はまだ砲弾の届くであろう距離にいた。
鯨は1番艦も見ているであろうが、特になにもせず、見守っていた。
それどころか、なんと、我々の方を見ているようだった。
「………。」
「………。」
「………。」
誰もしゃべらない。
尊正はみんなを安心させようとこんなことを言った。
「大丈夫。おそらく、鯨には私が見えているはずだ。」
鯨を太陽が照らす。
本来なら夕日が照らすほうが良いのだが、艦隊が沈められたのが…
いや、そうでもない。
鯨の身体が爆発していく。
先程の攻撃を食らったかのように。
今度は山の方からなにから、またさっきのような爆発音が聞こえた。
「…陸軍の大砲?」
山の向こう。我々にも見えないところから、砲撃している。
別荘とは違う方向だ。
だが、位置的に、我々の至近距離を砲弾が飛んでいく。
鯨に次々と着弾しているから、砲撃はされないだろうが、勘違いされたら、一貫の終わりだ。
「みんな、この高台から…」
尊正が叫ぶと同時か、少し早いくらいに、次々と人々が高台から走り降りていく。
もちろん実況中継されている。
陸軍が勘違いで砲撃していると思われる。
「鯨が!」
鯨はまた伸びをすると、向きを山の方に向ける。
「高台を降りるな!鯨が攻撃する!」
今度はまた高台に向かって人々は走る。
もちろん、実況中継されている。
「鯨が!」
その時、実況中継を見ていた人類は絶望した。
もう、「この鯨には勝てない」と本能が言った。
鯨は海を泳ぐように、ヒレを動かす。
すると、身体がふわりと浮き、尾ヒレを動かして、山に向かって進んだ。
「奴は、動けないはずじゃ…」
尊正は鯨のいた自分の家を見る。
よく凝らして見る。
「いた…吸血鬼…」
自分が愛用していた椅子に腰掛けて、棒のようなものを拭いている。
足を組み、なにか飲んでいる。
鯨は山に前進すると、山の上を通過して、反対側を見渡す。
なるほど、陸軍の大砲の部隊が見える。
すると、鯨はぐるりと上下逆さまになった。
そして、人間は驚いた。
「鯨の背中に町がある。」
「いや、違う、あれは船の司令所や砲台にも見える。」
中継している人々は口々に叫ぶ。
「…あれは、鯨じゃない。鯨のフリをした船だ。」
「えっ?」
たしかにそんなような要素はあった。
鯨と話す時、口が動かないのは船の裂け目だったからで、違うところに拡声器でもあったんじゃないか。
そして、船の裂け目から空気圧で攻撃すればさも、口からなにか空気圧を発射した感じにもなるし、藤乃を運んだ連中が頭の上にいたのも船員だったからだとなる。
それなら、あの使者の使者…あの巻き貝の中にいた子どもは…まぁ、船員のうち誰かの子供だろう。
兎にも角にも、鯨船は、横転した形で砲撃を始めた。
と、言っても一発撃っただけで、すぐ引き返して、元の屋敷の瓦礫の上にフワリと降りた。