Muv-luv BreakThrow 技術チートで変える未来   作:あるすとろめりあ改

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52『空を泳ぐ大鯨』 1989.12.16

1989年12月16日

インド ニューデリー陸軍基地 基地司令官室

 

 

 

「総員、傾注!ラダビノッド基地副司令に敬礼っ!」

 

 

 紅、橙、白、黒と四色が入り混じった、文字通り異色混然たる軍服を纏った軍人達が、それとは対照的に寸分の遅延も無く演武の如く揃った動きで洗練された敬礼動作を見せる。

 和服、それも神職や貴族の装いとしての狩衣などをモデルとした、他国のそれに例を見ない斯衛軍独特の姿を彩っていた。

 

 日本帝国斯衛軍。

 それは、かつて日ノ本をその武力と智謀を持って支配していた武家と幕府を祖とする日本独自の独立武装組織である。

 正規軍である日本帝国軍とは別組織かつ別命令系統を有する彼等であったが、その国際的な扱いは同列という些か奇妙な存在だった。

 

 

「うむ。楽にしてくれ」

「休め!」

 

 

 それに応対するラダビノッド副司令も、応礼しながら十二名の干城(かんじょう)たちの姿を見定めるように視線を流す。

 彼等の立ち振る舞いはまさしく武人と称するに相応しく、鋭く獅子の如き視線が自身に突き刺ささるのを肌でひしひしと感じた。

 1年間という、短いようでいて精神(こころ)と命を擦り減らす長い期間、ほぼ毎日を戦いに投じてきたというのに、未だにその瞳には闘志と覇気が爛々と輝いていた。

 それは、パウル・ラダビノッドが軍人として培ってきた約30年の中でもまことに稀有なものであり、それだけでも彼等が精鋭であることの証左とも言えた。

 

 

「まず先日の件であるが、任期満了を目前としながらのスクランブルにもかかわらず、何ら躊躇なく応じ、我が軍の危機を救ってくれたことを深く感謝する」

 

 

 スティール中隊をはじめとした、このニューデリー陸軍基地に駐在している日本帝国斯衛軍(インペリアル・ロイヤル・ガード)および日本帝国陸軍(インペリアル・アーミー)の衛士や兵員らは日本帝国から派遣された部隊であり、指揮命令権こそインド陸軍に譲渡されていたものの、これを拒否する権限も持ち合わせている。

 故に、日本だけでなく米軍や豪軍など海外国軍からこのインドに派遣された部隊は他にもあったが、スクランブルをはじめとする致死性の高い危険な任務への受領率は低いという実情がつきまとっていた。

 しかし日本は、とりわけ斯衛軍のスクランブル任務受領回数が突出しており、この1年弱で実に128件にも達し、その影響は計り知れなかった。

 

 

「それは、あの戦闘に限った話ではない。貴官らがこのインドの地に駐留して以来、その卓越した戦闘技術によって救われた我がインド陸軍兵士の命は決して少なくない。そして、その一つ一つの戦果が、我らが守るべきこの国の民、銃後の家族たちの明日を繋いできたという事実を、我々は決して忘れることはないだろう」

 

 

 零れ落ちそうな一つの命が掬い上げられたとして、そこで完結する訳ではないのだ。

 その救われた者がやがて優れた衛士になるかもしれない。

 指揮官や教官、もしかしたら人の親になるかもしれない。

 そうやって喪われる筈だった命の糸が未来へと繋がり、また誰かの命を繋ぎ止め、そして新たな命を紡ぐ可能性を見出してくれるかもしれない。

 人類史とはそも、その繰り返しにより折り重ねられてきたものであり、そしてその連綿はこれからも絶やしてはいけないのだから。

 

 

「本日をもって、貴官らのインドでの任は解かれる。だが、BETAとの戦いには未だ終わりが訪れることはない。このインドの地で成し遂げた以上の武功を、貴官らが故国日本で挙げることを我々は期待している。スティール中隊の、ひいては帝国斯衛軍、そして日本帝国軍のさらなる発展と邁進を、インドの地から祈念する。以上、解散」

「ラダビノッド副司令、身に余るお言葉、心して拝聴いたしました──このインドの地で得た戦訓は、必ずや我らが未来の糧となりましょう。心より御礼申し上げます。我々からも、副司令並びにインド軍の皆様の武運長久があらんことを、遥か日本の地より願っております」

 

 

 新庄中隊長もラダビノッド副司令の言葉を一つ一つ噛みしめる様にして胸に胸に刻み込み、最大限の敬意と返礼の辞を送った。

 

 

「総員、ラダビノッド副司令へ敬礼! 直れ! 退室!」

 

 

 

同日

インド ニューデリー陸軍基地 第8会議室

 

 

 

「さて、諸君らも知っての通りだが、我々は任期満了に伴い本国より帰還命令を受領した」

 

 

 新庄中隊長の響く声と共に、大型ディスプレイにはインド亜大陸の広大な地図が投影される。

 これから始まるのは、我々スティール中隊の日本への帰国行程に関するブリーフィングだろう。

 ────その事実を認識した瞬間、この基地に着任する

までの過酷な道のりを思い出してしまった。 

 

 ヴィシャカパトナムの港に降り立ち、ニューデリーを目指したあの日から…………

 インドにも、高速道路や幹線道路と称される道幅の広い陸路は確かに存在する。

 しかし、それは舗装もままならず砂塵が舞う国道であり、対向車線を悠々と逆走してくる牛やラクダの群れを避けながら牛歩で進み、そして幾度となく行く手を阻む州境の検問所という、数々の苦難。

 更に、戦術機が12機とその兵装や整備用の予備パーツ等の物資、食糧や日用品まで大量の荷物を抱えての行軍であり、衛士だけでなく整備員などのスタッフを含めて約50名での巨大なキャラバンは、1日に200kmも進むのがやっとだった。

 補給のためにいくつもの軍事拠点を経由し、ニューデリーの基地にたどり着いた時、出発から実に3週間もの日々が過ぎ去っていた。

 そして、それを乗り越えたとしても……その次には景色の代わり映えしない長大な海を一ヶ月近く航行する必要がある。

 

 正直言って、その記憶を反芻するだけで気が滅入り溜め息が漏れてしまう。

 

 

「まあ、その気持ちは痛いほど分かる。だが今は俺の話を聞いてくれ、な?」

 

 

 新庄中隊長の苦笑交じりの声に、恐る恐る周りを見渡す。

 そこには、絶望に打ちひしがれ土気色になった仲間たちの顔が並んでいた。

 恐らく、というか確実に私も似たような表情になっているだろう。

 さっきまでのラダビノッド副司令に見せていた精悍な顔はどこに置いてきたのだ、という有り様ではあるが……

 

 あの2カ月にも亘る地獄の行軍を、もう一度…………その事実が、我々の闘志をいとも容易くへし折っていた。

 そんな我々の不遜な態度を、同じ地獄を味わった中隊長が咎めることはない。

 いや、できなかったのだろう。

 我々と同様に、彼の顔にもまた、あの旅の記憶が苦々しく浮かんでいるのが見て取れた。

 

 

「まず、我々は明朝、○肆○○(午前4時)よりここニューデリー基地を出立しアーグラ近郊にある補給基地を目指す」

 

 

 新庄中隊長の言葉と共に、ディスプレイに最初の行程が線で示される。

 まずは200kmほどの道のり。

 ここはまだ、首都ニューデリーにも近く、比較的整備された道路が続く。

 

 

「ついでシブプリ、グナを経由してボパールまでの平原を抜けていく。この間には軍事基地が殆ど存在しない為、最悪は野営することになるから覚悟しておけ」

 

 

 ────そう。ここから始まるのだ。

 検問地獄と、車道を悠々と横断する獣畜生共が織りなす〝無秩序サファリパーク〟が。

 日本であれば半日もかからずに踏破できる距離に、3日……いや、4日は費やすことになるだろう。

 それは、我々が嫌というほど味わった経験則から、容易に導き出せる。

 

 

「そしてナーグプル基地を目指して一気に南下。知っての通りデカン高原の高温多湿で過酷な環境を進むことになる────」

 

 

 中隊長の口からは、最早「覚悟しろ」と喝を入れる余裕すら窺えなかった。

 さらにその先、ヴィシャカパトナムへ向かう区間となる自然公園や保護区が連なる道は、最早サファリパークどころか動物園の檻の中を這い進むようなもの。

 昼夜を問わず鳴り響く喧騒、刻一刻と変化する無秩序な光景……

 不謹慎な話だが、BETAの方がまだ秩序的な動きで可愛げがあると、本気で思えてしまうほどだ。

 

 

「…………あれ、続きは?」

 

 誰かが、呆然とそう呟いた。

 ディスプレイに表示された帰還ルートは、ナーグプル基地で途切れたままだ。

 本来ならそこからヴィシャカパトナムの軍港へと続くはずだが、何時まで待ってもその線が引かれる様子はない。

 

 それに対して新庄中隊長は、ディスプレイに視線を移し眺める様にして我々に背を向けながら、後頭部を掻く様な仕草をしてみせる。

 

 

「あー…………ひとまず、ここで私から言えるのはナーグプル基地までの道程だけだ。ここから先については、何時まで基地で待機になるのか、そしてそこからどの様な経路にて帰還するのか、伝えられていない」

「はぁ…………っ?」

 

 

 疑問と疑念に満ちた低い怨嗟の積もった声が、留める間も無く腹から勝手に湧き出して来てしまった。

 いや、そこから何も決まっていないというのは……どういうことだ?

 

 

「……以上、解散! 明朝、○肆○○(午前4時)出立は変わらん! それまでに荷物を纏めておけッ!」

 

 

 新庄中隊長は一方的にそう吐き捨てると、まるで逃げるように会議室を後にしてしまう。

 

 やり場のない怒りが右の拳に集まって硬い岩の様に凝縮される。

 だが、壁に叩きつける訳にも、ここにいる誰かに殴り掛かる訳にもいかない。

 ────だから、その全神経を集中させた拳を、思いきり左の掌で受け止めた。

 

 パァンッ!

 

 空気が裂けるような乾いた音。

 じんと痺れる掌の痛みだけが、やけに現実的だった。

 

 

「…………痛い」

 

 

 至極当前な感想を漏らして俯いてみせるが、誰もこちらに声を掛けるどころか視線をやる気配すらなかった。

 

 

 

 

 

 

1989年12月23日

インド ナーグプル空軍基地

 

 

「よし…………総員、これより大休止!」

 

 

 新庄中隊長の号令が、乾いた空気に虚しく響く。

 ニューデリーを発ってから実に一週間。

 舗装もままならない道を800km以上も潜り抜けて、我々スティール中隊はようやくナーグプル空軍基地へとたどり着いた。

 だが、その顔に安堵の色はない。

 誰もが埃にまみれ、死人のように生気のない目で虚空を見つめている。

 整備員に至っては、トラックから降り立った瞬間に糸が切れたようにアスファルトへ倒れ込み、大の字になって天を仰いでいる者までいる始末だ。

 

 

「澪月ぃ〜!」

「わ…………っ!」

 

 

 そんな光景に少し打ちひしがれていると、突然背後から私に抱き着いてくる者がいた。

 振り解ける様にその腕の内側に掌を滑り込ませる様にしながら振り替えると、同中隊の新見佳那子少尉の姿が。

 彼女とは、任官前までは武家としての絡みは殆ど無かったが、このインドに赴いてからというもの、驚くほど急速にその距離間が詰められ親しき友人となっていた。

 同じ釜の飯を喰った仲、というやつか。

 

 

「佳那子……暑い……」

「本っ、当に暑いよねぇ! もう死んじゃいそうだよおっ!!」

「そうじゃなくて……」

「あー……もうこのまま嚮烏に乗って日本に帰りたいよぉ〜……」

「戦術機の航続距離は精々数百キロ程度だから、そんなことしたら海に堕ちちゃうよ?」

「そうだけどぉ〜、そうじゃなくてさぁ〜……!」

 

 

 なんて、生産性のない悪ふざけが、身体の桶に疲労の汚水が満杯になった今は身に染みる。

 こういったやり取りは、幼い頃から訓練校に入るまでの頃に想像していた厳格な帝国斯衛軍の姿とは真逆と言って良い程に違っていたが……

 しかし、決して居心地の悪さなどは微塵も感じられなかった。

 

 

「あぁ、疲れた……もう一寸も動けねぇ……」

「俺もだぁ…………あー、インドの空も綺麗だねぇ……」

「本当だな……おー、クジラが空を飛んでるぜ……」

 

 

 …………ついに頭がおかしくなった者まで現れたか。

 

 

「クジラぁ? …………やばい、俺にもクジラが見えてきたわ……」

「おいおい、とうとうイっちまったかぁ? ……やべぇ、俺にも見えるじゃん」

「いいなー、あのクジラは空を自由に飛べてさぁ……おーい、クジラさんよー、どうせなら日本まで乗っけてってくれよぉ……」

 

 

 マズいな、整備員どころか過酷で厳しい訓練を突破してきた筈の衛士までもが完全に錯乱状態になっている。

 まさか、BETAとの戦闘によるストレスではなくこの様な形で彼らの精神が侵されていくとは……

 

 

「…………ねぇ、澪月ぃ?」

「ん?」

「あのクジラ……こっちに近付いてきてるよぉ…………?」

「佳那子まで──────は?」

 

 

 佳那子の言葉に釣られる様にして空を見上げると、確かに紺碧の空の中を悠々と泳ぐ様に、純白の鯨の如く巨大な丸みを帯びた影が此方へ迫って来ているのが目に映った。

 そんなバカなと目を擦ってみても、それは消えない。

 寧ろその影はどんどん巨大になっていき…………

 

 

「ぁ…………違う、クジラじゃない」

 

 

 やがて、その純白の影は鮮明で巨大な姿を現す。正体は、ほとんど全貌が明らかになった今でも判別できない、全くの新型超大型輸送機だった。

 なぜ我々がアレを鯨と見紛うたのか?

 それは、あまりにも飛行音が静寂で、航空機独特のジェット噴射音やプロペラの駆動音が聞こえず、そして常識を疑うような巨体だったからだ。

 まだ数千メートルの距離があるため飽くまでも推測だが、噂に聞くAn-225 ムリヤに準ずる巨体だろう。

 しかも驚いたことに、その機体の側面には日本帝国軍の所属を示す赤い日の丸が刻まれていた。

 あんな機体、日本に存在するはずが────否。

 そういった類のものを、突然に拵えては舟の玩具かと言わんばかりに空の海に浮かべ、こちらに寄越してくる存在が、身内にいたことを直ぐに思い浮かべざるを得なかった。

 

 

「お、おい……クジラが、落っこちてくるぞ?!」

「違ぇ……違ぇよ、アレは輸送機だ……バカみてぇにデッカい輸送機が、着陸するんだよ……っ!」

 

 

 その言葉の通り、正体不明の巨大輸送機は腹から悠々とランディング・ギアを展開しつつ、ゆったりと高度を落としていく。

 そしてそれは余りにも鮮やかで、優しく、悠々と……まるでこの空と地には重力なんて存在しないと主張せんばかりに、ほとんど音も出さずに柔らかく着陸してみせてしまう。

 

 

「凄ぇ……なんだよアレ?! あんなのウチにあったのかよ!」

「いや、本当に凄いな…………コイツぁ、70m以上はあるぞ? 米軍のB747やC-5輸送機と同格だ」

 

 

 さっきまで屍か亡者の様に呆然自失としていた男共は、急に水を得た魚の如く跳ね起きたかと思えば、その巨大輸送機に向かって駆け出していく。

 気持ちは分からないでないが、何とも現金なものだ。

 

 

「おお、来たか」 

「新庄大尉……あの輸送機は?」

 

 

 私を始めとした中隊員達が皆、驚愕したり呆然としている中で、新庄中隊長のみがまるで見慣れた機体でも眺める様にその輸送機に手を翳していた。

 その態度からしても、彼はあの機体の正体を知っているのだろう。

 おおよその出自は想像に難くないが、聞かずには居られなかった。

 

 

「アレはYJC-2 戦略輸送機。帝国にとって今後の大陸派兵における戦略の要となる超大型輸送機だ」

「…………」

「まだ仮で便宜上の愛称ではあるが、内地ではシロナガスクジラなんて言われている」

 

 

 確かに、我々もあれを遠距離から一瞥しただけで鯨が大空を泳いでいる様に見えたのだから、相応しい名であると言わざるを得ないだろう。

 そうやって思考にふけていると、新庄中隊長は私の肩に軽く手を置き、そしてニヤリと嫌らしい笑みを浮かべつつ囁やく様にして語り掛けてくる。

 

 

「ちなみに、アレを開発・設計したのは例の須和技師だそうだ」

 

 

 だから、それは言われずともわかっている。

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