郡カズキは英雄である   作:真の柿の種(偽)

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 負けは無い。
 これから訪れる結末がどうあれ、少年にとっての敗北は存在しない。

『また明日ね!』
『うん、また明日』

 昨日の光景が目に浮かぶ。
 眩しくなるような憧憬が捨てがたくて、手を伸ばせば瞬時に気づく。それがいわゆる幻覚の類なのだと。

「走馬灯か――――これっッッ!?」

 滅びを予期する炎球を切り払えば、不可視の位置から飛んでくる絶対の死突。
 体制を空中で崩せば、容赦のよの字も見せない集中砲火が少年へ殺到した。
 ふと、命を感じさせる美しさが、結晶となって姿を表す。
 右手に結晶を柄ごと纏わせ、その効力を高める。精々がライフル程度の射程なのが、許容値を振り切る勢いで性能は底上げされる。糸のような鋭く細い光線も、薙ぎ払う波の如き光柱へ強化したのだ。
 不恰好にも横へ薙ぎ、死を欲する殺意の大半を消しとばす。
 ただ不恰好なのは見栄えだけでない。しっかりと打ち落としかねた殺意達は、やはり遠慮なく少年を包みこむ。
 厭な空気を左目に感じて、身を逸らせば首諸共潰さんとする尾の一撃。尾先は食い込みメキリとゾブリと、忌避する音が体内でこれでもかと響く。
 それでも動けるのはこの体のすごいところ。振り解くように尾を槍で切り飛ばし、その反動で集団から離れていく。
 マトモに食らったのは今回初めてだが、その一つ一つは凄惨を極め、戦意の殆どを剥離させられた。戦闘が不可能と見越せる範囲まで、肉体は痛めつけられてシェイクされた。

「あぐっ、げ、っぼっ、いっ、、」 

 受け身なんて上等は今の身体では期待できない。地上を跳ねて、根を跳ね返って、摩擦に制止されてようやく無様に止まる。
 二度も重ねて言うが負けは無い。そんな未来がどうでなく、負け惜しみがこうでなく、そも進み選ぶべき選択肢には存在しない。
 背負うモノは戦友達の命。掲げるのは前任者のチカラ。こんなシチュエーションで負けるなんて、末代を超えて宇宙の果てまでの恥だ。なら敗北など考えるだけ無駄。そんなリソースは全身へ回せ。そんな無駄を続ける慢心を持つから、だからお前はこうして這い蹲っている。
 世界がどうとか、人類がこうだとか、小難しい事を考えられるほど大人ではない。
 けれど胸の内に宿る恐ろしさに、無条件で従えるほど子供ではなくなってしまった。逃げ出したいと願う内側も、それ以上の責任感と使命感に圧されて押し込まれている。
 そうさせたのはコイツらであり、花のような少女達でもある。どちらにせよ罪づくりの天才なのは間違いない。前者は災害的な話で、後者はまあ、察してくれれば幸いだ。

「――――ハッ、……っあ、どうしよ、しにたくないな……」

 恐怖は携えている。そんなの当然の話だ。小学生の身に、完全無欠の戦士としての様相を求められても困る。
 不思議な力に補助を受けて、切れ目の入った首を上げる。
 毒で潰された半顔は溶けて、視界もろとも醜く歪む。首元へ食らった一撃が不味い部分に触れたのか、耳鳴りに聴力は支配されている。ジクジクとした痛みは血管から全身へ加速度的に回って、けれど毒に蝕まれている初めての感覚に、それが毒なのだとは気づかなかった。機械的なデザインの長槍を握る指は、それぞれひしゃげて三百六十度を指刺し尽くす。あとこれはついでだが、右足は三十秒前に根元から持ってかれた。
 足が無いとこんなにもバランスを崩しやすい。立っているのは愚か、寝返りも打てない。これでは日課の昼寝もできない。どうしてくれようかこの敵対者どもは。

「しにたく、ない……うばわれるのは………………もっといやだ、な……」

 根元にある願い、或いは欲望はそれだ。それに起因する怒りの過程で、少年はこうしてカラフルな地べたに四体を投げ出している。
 その方がカッコ良いと信じて飛び出した挙句、こんなズタボロでは面目も立たない。でもしょうがないじゃないか。抑え切れずとも構わないではないか。こちとら小学生だぞ。
 それに色恋沙汰とは、きっとそれくらいの活力を生み出すのだから。

「…………うばって、やる……」

 命を奪う。奴等の尊厳を串刺しにするもよし。奴等の遺体を炙って遊ぶもよし。細胞残らず分解させるまで消しとばすもよし。
 だって考えてみろ。なんでこっちは奪われる一方なんだ。あっちは奪って、奪って奪って、奪って奪って奪って、奪って奪って奪って奪って奪って奪って奪って奪って奪って奪って奪って奪って奪って奪って奪って奪って奪って奪って奪って――――過去からの怨念は受け入れる――――そうして人類が瀬戸際に立たされているのも、コイツらが、()()()()()()()()()()()が奪った結果だ。
 最近読んだハンムラビ法典の有名な一節。目には目を、歯には歯を。報いがどうたらこうたら、なんてのも教科書だかに書いてあった。それに従うのなら、コイツらが奪った分だけこっちも奪って良いのだ。
 何より、命のやり取りをしているのに、奪って批判されるのもおかしな話。もしそうならこの場にコイツらは来ていない。コイツらに知性があるのかは、果たして謎だが。

「……わしお、みのわ、のぎ…………ゆうき」

 守りたい存在を思い浮かべれば、自然と身体は動き出す。
 正直痛い。すごく痛い。ビリビリと突き刺さる痛覚が、肌の内側に食い込んで痛い。こんなボロ切れみたいな様相なのに、痛覚はしっかりと仕事をこなす。偉いぞ我が肉体よ。
 あと少しだけ持たせれば一等賞だ。

「おれの、いばしょ…………いえに……、かえりたい、なぁ……」

 泣きだすくらいに恋しくなる。逃げ出したいと欲している。あの喫茶店にはもう誰もいなくなる。あそこでカレーを作る者も、誰もいない。作っていた少年も、もう二度とあの厨房には入れない。
 桜のような笑顔も、もう――――――――もう、無駄口を叩く余裕も注ぎ込む。どうせこと切れる肉体だと実感している。途方も無い恐怖は燃料として使おう。幸いな事に、前任者から引き継いだこの力は、自身の存在を笑えるくらいに消化する。しかも気張れば威力の上がる音声認証な槍までついている。すごいハイテクだ。
 全身燃やして、否。全身から命を吸ったような結晶に包まれれば、足の代わりも出来上がる。結晶に覆われるひしゃげた両腕で、機械槍を天へ突き立てるように掲げた。
 その結晶は槍を包み、その槍は真ん中から二つに割れ、許容を超えたエネルギーに紫電が弾けて漏出を始める。

「そうしさん、かずきさん、◼️◼️◼️」

 抵抗だとかそんなの今更。勢揃いする三つの金色の巨影と、()()()()()が動きの気配を見せる。でももう、遅過ぎた。回避も防御も間に合わない。

「おれは、ここにいた」

 間に合わせないだけの存在が、この一射には込められている――――!!

「たしかに、ここに……いたんだよ…………!!」

 最期の示唆。彼がそこにいた、終の証明。
 その輝きを今、解き放つ。

「無に、……帰れッッ!!!!」

 流星の如き速度で、壁のような密度で、碧の奔流が巨影を飲み込み――――全てを消しとばす。二つの悪魔は根幹を砕かれ、黄金の悪意はこの世界から去れり。
 有言実行。彼の言葉は現実となり、一条の輝きは勝利の祝砲となった。
 視界は美しい結晶に包まれて、視界は眼孔ごと罅割れていく。

 ――――楽園、その名に違わない店にしてみせたかった。

 その場に残ったと言えるのは、半ばからへし折れた機械槍のみ。砕け飛び散った欠片はバラバラに、そこにあった魂はまるで大気に溶け込むように、そこにいた存在の気配は跡形もなく消え去った。
 誰もそこにいない。ナニモそこに存在しない。存在と言えるモノはいなくなったから、当たり前のような静寂が戦場に訪れる。
 それを目の当たりにした三人の少女は、絶望に浸る。
 それを聞かされた少年の恩師は、悲しみに暮れる。
 それを知らずに帰りを待つ少女には、空虚が灯る。
 ああ――――なんて無様な結末。悲劇で終わるこの光景はまさしく敗北なのか。
 いいや、それは違う。
 戦ったのは誰か、少年だ。少年の願いはなんだ、奪われないことだ。では彼が奪われた存在はあるのか、何処にもない。この世界は一時的にでも確と保たれて、願った通りに仮初の季節を巡らせていく。
 ならこの結果は勝利に他ならない。この偽りの維持こそ、少年が守りたかった世界。この世界の残酷な真実を知ってもなお、偽りのヴェールを汚させたくなかったと、その想いを汲む者はきっといない。人知れず独りで知った事実を共に背負う者もいない。最期の彼はどこまでも孤独の中にいた。けれどそれでも構わない。
 我儘な願望。戦友を、片想いを守り通した彼の姿は、きっと勝者以外に何と称する。


 そうして、春は再びやってくる。
 世界をその場凌ぎでも救った。その代償に、一人の少女は少年を待ち続ける。
 それがどうした。
 だって重要度が違う。世界という大きな枠組みなんかより、小娘一人を犠牲にする方が安上がりだ。しかも少女には何の危害も無い。ただ待ち続けるだけだ。雨の日も風の日も雪の日も、春も夏も秋も冬も、ずっと一人で待ち続ける()()だ。
 それだけで済むなら、こんなにも正解な選択肢はあるまい。


「いつ帰ってくるのかな……」

 青く着色された甘い飲み物は、あまり体に良くないかもしれない味。でも爽やか後味は、見たこともない南国を想起させる。グラスは普段あまり見かけなくて、常夏の島なんかにピッタリな形。
 いつもならスパイスの香りも足されて、私の食欲を刺激するのだが、今はそんな気配も無い。そもそも()()()自体が一年前の出来事だ。けれど未だに昨日のように思い出せる。

「もう、中学生になっちゃったよ」

 ほとんど毎日夕方はここでこれを飲んで、彼の作ったカレーを食べて、そんな日々。

「また明日って、言ったのに……」

 あまり賢くないと自負する私でも、流石に理解している。
 事情があるのだ。私には言えないほどの、深くて大きな事情が。間違っても何も言わずに別れるほど、浅い関係でなかったと信じたい。
 少なくともこの店の鍵を預けてくれるくらいには、信じてくれているのだから。

「友奈ちゃん、もうこんな時間だけど……」
「うん……でも、もうちょっとだけ……」

 嗜めるような声に、間延びした声で答える。いつもより溌溂では無いとの自覚はしても、ここでは無理して取り繕うのに抵抗がある。

『楽園だからね、心休める場所として存分に使ってくれな』

 そんな、何気ない彼の言葉が私の心に居座って、自分自身を甘くさせる。

「それは昨日も聞いたわ」
「うん……でも、もうちょっとだけ……」

 毎日こんな調子だ。放課後は決まって、この空き家へやってくる。
 管理する人は誰もいない。彼がいなくなる前日まで使われていた形跡があるのに、ポツンと彼だけが消えたみたいに、この『喫茶楽園』は残されていた。
 置き手紙も無い。荒らされたりなどの事件性の気配も無い。なら外で何かあったのかと思えば、四国中を巡っても音沙汰どころか足跡さえ見つからない。
 まるで彼は初めからどこにもいなかったように、私の前から姿を消した。

「友奈ちゃんそろそろ……」
「……うん、そうだね」

 これ以上親友を待たせるのも心に悪い。今度こそ私は東郷さんの声に従って、グラスを片付ける。
 私以外が使った痕跡もない厨房には、彼の愛用していたスパイスの数々が、使われるのを今か今かと待ち侘びている。そんな彼等に負けじと私だって待っている。あの味はそうそうに忘れられないのだ。
 ふと、軽く視界が滲む。きっとこれはあれだ、蛇口から跳ねた水が目に入ったのだ。この店には足繁く通っている。今更そんなことで泣くものか。だって彼がいなくなってからも欠かさず通って、そうして彼がいない喪失感を、じんわりと受け取って、帰り道が、どうしようもなく、苦しくて――――

「あ、あれっ?」

 水道水とは別の雫が、シンクを叩く音が酷くうるさい。

「あ、はは……我ながら大袈裟だなぁ……待ってれば、いつか……いつ、か……」

 約束だ。些細だろうと、違えた覚えの無い日々に嘘は存在しない。
 だから待ってる。ずっと待ってる。
 楽園で待ってる。彼の帰りを待ってる。
 待ってるだけは辛いけど、耐えられないほどじゃない。約束を破る程度の存在にしかならなかったと考えても、待っていれる。
 ああ、でも、やっぱり吐露したい想いだって存在する。

「私っ、いつまで、待ってれば、っいい、のかなぁ……」

 先に外へ出てもらった東郷さんには見せられない。こんな顔を見せちゃ心配させるだけだ。
 だから頑張れ私。どうせその内ひょっこりと戻ってくる。出会った時もそんな感じだった筈だ。だから、このくらいの寂しさなんてことない。
 それに私は、今日から勇者なんだから。

「勇者は泣いちゃダメだよね……うん!」

 頬を叩いて気合いを入れ直す。
 明日から勇者部の一員として、精一杯頑張ろう。
 グラスを綺麗に元の位置へ戻して、いつでも彼が帰ってきても良いようにしておく。汚くしてたら怒られちゃうもの。そしたらカレーだって作ってくれなくなってしまうかも。それはいただけません。なので日々綺麗を保っているのでした。

「お待たせ東郷さん!」
「……ええ、行きましょうか」

 元気溌溂な笑顔! 元気が出ると言ってくれた、私の自慢の一つ。桜が咲くみたいなんて、ちょっとキザな言い回しが照れ臭かったけど、とても心がホッとする嬉しさが込み上げた。そんな自慢話。
 それを繕う日々が、果たしてどれくらい続くのか。
 私は極力考えないようにしていた。


「此処が『喫茶楽園』、か………………」

 手描きのぐちゃぐちゃな地図を頼りに、やっとこさ辿り着けた念願の場所。なんだこれ。一番分かりやすい目印が海岸沿いってなんだ。この辺には海岸沿いが多過ぎるのだが。
 思ったように動けないのは分かるが、それにしたってこの出来は論外。なんてノンデリカシー全開にして苦言を呈しても、彼女にはちっとも効かないのだろう。それどころかクスクスと楽しげな笑みを深めるだけに終わると予想。彼女が楽しんでくれるのならピエロになるのもやぶさかではないが、今回の件については無しだ。

「やっと着いた……」

 話を聞いてからずっと、いてもたってもいられなかった。
 自分の失われたルーツ。自分の前の自分。それを見つけ出したいなら大人達から此処へ行けと言われて、ホイホイノコノコやってきた一人の少年。
 髪は長く、セミロングを浅い部分で括って、遠目に見れば女性と勘違いされそうな雰囲気。けれど少年だ。
 穏やかそうな面持ち通りに、重い歓喜を練り込めた静かな叫びを辺りへ撒き散らす。

「此処に、俺の記憶が眠ってる…………」

 そう聞かされれば期待は過剰に膨らむ。それを知って彼等はこの場所を教えてくれたのだろうか。暴走だって予測の範疇だと、彼等は本気で予見しているのだろうか。
 狭っ苦しい檻のような場を出れば、もう彼は自由である。小難しい事情なんざ知るかと、少年は好き放題にする気満々である。

「これから始まる……前の俺に、出会う旅が……」

 これはそう言った話。
 他の誰かに似た、誰でもない者が、そこにいるのかと問いかけ続けられる。友から、世界から、運命から、常に問いかけ続けられる。そういった旅路が彼を待つ。
 存在の証は胸の内に。虚無の自己はこの身そのもの。
 対極を擁する彼が、英雄二人へ追い付くための物語。

「まずは……前の俺が通う予定だった学校か」

 其処へ帰ると言えるような居場所は存在しない。
 まだ彼は――――真壁一騎は、そこにいない。


郡   の章
さよなら蒼き日々よ


 ――――たぞ! 魔王っ!!

「もう少し……」

 

 聞こえてくる軽快な声は良く通る。一時的に間借りしたキッチンにもその声は響いて、小さな劇場会は佳境に入ったことを知らせてくれた。

 こっちもそろそろ佳境に入るところだ。本当なら大和撫子にも力を借りれば、もっと早く作り終えて、種類も増やせたはずなのだが仕方ない。大和撫子は大和撫子(過激派)なのであって、クッキーなんて横文字の入るものはあんまり作りたがらない。そのくせパソコンの技術に関しては、知り合いの内で群を抜いてトップなのだから、その線引きがよく分からない。

 

「……よし」

 

 ミトンをしっかりと両手に付けて、オーブンから甘く香ばしいそれらを取り出した。

 先ほどからお菓子の良い匂いを漂わせていたが、今のでその幸せな香りはより強く伝わっただろうか。

 東郷のものに続いて、小さな声援が複数木霊した。無邪気な声を受けて、両耳が大変微笑ましい。頬は勝手に吊り上がって、皿の準備も効率化が進むものだ。

 

「上手く焼けた」

 

 渾身の出来で良かった。これぐらいしかできないのだから、せめて喜んでくれると嬉しい。

 

 

「風先輩、流石に食べ過ぎじゃないですか?」

「うどんは女子力を上げるってなんべん言わせんのよ」

 

 俗説なのかどうかは知らないが、だからと言って数喰らえば比例して上昇するとも思えない。小食の類でもある東郷が、勇者部女子力筆頭な訳だが、それを考えれば察したりも出来ないのだろうか。うどんにはそれほどの魔力が詰まっているのか。

 積み重なった空の器は、見る者に苦笑いの祝福を与える。カズキもそうだが、他の面々も曖昧な笑みを浮かべて言葉に困っている。食べ盛りの体を持つカズキでも、二杯三杯もケロリと食べ尽くすのは難しい。腹に溜まるうどんとくればなおさらだ。食欲も緩やかに軽減していく。

 

「……俺の肉も、食べますか?」

「食べる! さっすが雰囲気イケメンは気が利くわね~!」

「雰囲気……」

 

 まばたきの刹那に搔っ攫われる、大きな牛肉が六枚ほど。占めて税込み三百円分のトッピングだ。別段自分がイケメンなのだと思いあがっていた訳でもないが、この扱いにはどこか釈然としない。

 しかし昨日大成功と相成った人形劇の立役者だ。勇者パンチやらの痛みを一手に引き受けて、グダグダながらもスタンディングオぺレーションを生み出した陰の功労者に、これぐらいの報酬は喜んで差し出そう。

 

「これだけ食べても、お姉ちゃんはカズキ先輩より女子力低い……」

「ぐっ、言うようになったじゃない樹……っ!」

「そもそも女子力の定義ってなんだろう?」

 

 結城の呟きへ静かに首肯した。

 

「遠目で見れば女の子だし、家事レベルも高いし……なんでそんなに女子力高いのよぅ……」

「いや、俺は別に……」

 

 褒められるようなことでもない。褒められているのかは不明だがそれはそれとして。ただそれぐらいしかやることが無かっただけで、誰かのために出来るようになった先輩とは違う。

 

「先輩の方が凄いです。俺なんかよりもずっと、その……立派、だと思います」

「陰気なところが玉に瑕だから、トータルでアタシの勝ちね!!」

「風先輩、全然聞いてないね……」

「……」

「おお姉ちゃんがごめんなさいカズキ先輩……!」

「……別に、気にしてないよ犬吠埼」

 

 最後の一口を食べ終えて、出汁も全て飲み干す。ここかめやの味は好きだが、わざわざ再現しようとも思わない。きっとこの味は、この店で食べるから意味があるのであって、外で味わうのは何かが違いそうだ。それに再現できたとて、喫茶店で食べるには和に寄り過ぎている。

 日本有数のうどんに特化した地域だという四国だが、今や日本どころか世界にとってのソウルフードだと言っても過言ではない。昔に世界が狭まった無情な現実は、うどんを実質的に世界進出させていた。もしくはうどんそのものに、世界をそうさせるだけのポテンシャルが秘められているのかもしれない。

 

「じゃあ、俺は先に……」

「帰るの早くない?」

「やることがあるので」

 

 丁度食べた分の料金を、机に置いて立ち上がった。

 昨日は掃除をサボった日だから、早めに戻って済ませておきたい。

 

「んー。文化祭の出し物考えときなさいよ~?」

「また明日ね郡くん!」

「宿題忘れずにね」

「お、お疲れ様ですカズキ先輩!」

「ああ、また明日」

 

 そうして仮の寝床へ戻るため、アスファルトの感触を踏みしめて行く。

 夕焼けに導かれる帰り道の中で、言葉に出来ない寂しさに覆われた。

 ――拝啓、俺に名字を貸してくれた保護者様。俺は、勇者部で平和に過ごせています。

 

 

 耳を塞ぎたくなる嫌な音。注意をこれでもかと引かせるために、あえて不快な音階が使われている。そうでなくては警報たり得ない。

 平和だったこの世界は、この音を聞いた日から一変した。

 

「す、すいません! あれ、おかしいなぁ……」

 

 結城のスマホが原因だと周りが注目する後ろで、東郷とカズキのスマホからも全く同じ音が鳴り響いている。

 近くで聞けば聞くほど、嫌な予感が止まらない。焦燥を逸らせて、端末を持つ手からは汗がにじんでくる。

 ――――これより来るナニカの存在を、直感が予期している。

 

「これは……?」

「……樹海化」

 

 アラートを知らせる派手な赤文字が、点滅して異常事態なのだと過剰に伝えてくる。

 ――――仮初の平和は終わったのだと、持ち主への主張を続けている。

 

「あははー、やっと止まり……」

「……え?」

 

 止まったのは警報だけではない。愕然と動きを止めるだけじゃない。

 時刻を示す秒針が止まっているのが、何よりの証左。

 手持無沙汰に教科書を捲ろうとしていたクラスメイト。風に流されようとしている木の葉。空を滑空しようとしている鳥。その全ては、動作を終えられずに停まっている。世界丸ごと止まったように、まるで気持ち悪くらい精巧なトリックアートを見せられている。そんな気色悪い風景から取り残された例外が、三人。

 

「なんだよ……これ」

「……」

「みんな、止まってる……?」

 

 それぞれが驚きを噛み砕く前に、その波がやってきた。

 

「俺、他の人達見にっ……………」

 

 足が縫い付けられて、その視線の先から剝がれない。

 

「……カズキ君?」

「東郷さん……あれ……」

 

 遠方から押し寄せるカラフルな波。幻想的で心奪われそうなほど美しいそれは、まごうことなく幻想の象徴だ。これまで相対することの無かった、非日常の集約だ。

 そんな波が、自分達から日常を攫おうとやってきた。

 

「東郷さんっ!!」

「友奈ちゃん……っ!」

 

 あれが何なのかは分からない。カズキではアレに対する知識が無い。アレに出くわした経験が無い。アレに触れた実感が無い。

 一つ分かるのは、今までの暮らしはもう二度と戻ってこない。安寧の期間は没収されて、一度記憶に焼き付いたこの景色は、カズキ達を非日常に捕まえて離してくれないだろう。その確信は強く根付かされた。

 波が校舎を覆い尽くす時、無意識に体が動いた。

 

「――っ!!」

 

 彼女らを守る。()()()()()()と、知らない自分が叫んでいた。

 そうして花々のような色彩は世界を包みこんで――――

 

「…………――――」

 

 ――――気づけば、異形が目の前にあった。

 

『あなたは』

 

 自問する自分すらあやふやなまま、一年の月日は流れた。

 

『そこ に 』

 

 その答えを得られるだけの自分は、未だにいない。

 

『いますか』

 

 波長の合わないラジオのような、ノイズ混じりの問いかけだった。

 しなやかなフォルムは、どこか艶めかしさを感じさせる。各所の丸く曲がったような部位は、色気と同時に内臓のような生理的嫌悪を呼び起こす。頭頂部(?)には千切れた布のようなモノを張り付けて、それが優美さを加速させていた。そのフォーカスした一つ一つが、美しく麗しく輝いた()()()。砕けばさぞ綺麗に散って消えるのだろう。

 神々しさすら感じる圧巻に、吞まれていたのは事実だ。

 

「……」

 

 答えられないほどに混乱していたのだろう。気が付けば場面どころか世界が転換しているのだ。屋内から屋外へ。晴天から色の混ざったオーロラみたいな空へ。コンクリ造りだった校舎は、カラフルな根に変わり果てている。こんなのは混乱しない方が無理だ。()()()その問いかけには答えられなかった。

 言い訳は、これで充分だろう。

 

「……!?」

 

 尻尾のような部位から、小型化した分身のようなものがこちらへ飛来してくる。

 未知との遭遇ではあるが、友好的とは思えない。速度が殺人的とか、飛んで来たものが自分と同じ大きさだったとか、状況を読み取って出てきた結論ではないが、人の形を成している自分は問答無用でこう結論付けた。 

 コレは人の敵だ、と。

 

「ぅわあっ!?!!」

 

 咄嗟に近くに在った根へ身を隠せば、腹の底まで響いて来るあり得ない振動。爆発の轟音が空気をビリリ痺れさせて、鼓膜を痛いくらいに刺激する。これまで感じたことの無い痛みに、思わず耳を抑えてしゃがみこんでしまう。

 

「なんだよこれっっ!!」

 

 ふと、胸元へ入れていたスマホが震えていることに気づけた。こんなオカシナ体験の最中に、今更スマホなんて些事に気を取られるなんてそうあるまい。けれどこのスマホは、この非日常の口火を切った存在だったことをカズキは確と覚えている。

 迷うことなく電源を入れた。

 

「なんっ! …………これは!?」

 

 勇者部へ無理矢理入れられて早々に、これまた無理矢理入れられていたアプリが勝手に起動している。それどころか全く知らない画面を映して、よく分からない情報が羅列されている。やめてくれ。こっちは右も左も分からず殺されそうになっているのだ。こんな微細な情報群を一気に叩き込まれては、混乱を深めて取り返しのつかないことになりかねない。

 幸か不幸か、運動神経抜群なカズキは動体視力も優れている。流れていく文字列を律儀に追えてしまう。

『竜人』、『ウルドの泉』、『竜宮島』、『虚無』、『存在』、『コア』、『Alvis』、『楽園計画』、『皆城』、『ザルヴァートル計画』、『フェストゥム』。初耳初見の単語だらけで理解なんてできる訳が無い。アイコンからして押せば詳細でも出てくるのだろうが、出てくるたびに片っ端から『添削』の二文字に上書きされていく。よりにもよってこんな時に、なんなのだこのアプリは。見せるつもりが無いなら出てくるな。

 そうして浮き出て消えてを繰り返して、『CROSSING』のアイコンだけが残った。

 

「クロッ、……シング……? うぉっ!?!?」

 

 そのアイコンが赤く、血のように点滅を続ける。点滅は人の目を強く引く。この状況下で勝手に起動して、こうなったのならそうしろってことだろう。

 嫌な予感は止まらない。けれども、ここでもたつく方が、もっと嫌な結果になりそうだと背後の轟音が物語る。

 まだいなくなる訳にはいかない。果たすべき事柄があるのなら、例えここにいるのか定かでない何者かでも、いなくならない可能性に賭けるしか選択肢は許されていなかった。

 だから、これはカズキにとって――――希望だった。

 

「――ッッ!!!!」

 

 意を決してアイコンに触れた指から、戸惑う暇無く()()()()()()感覚がある。

 

「っ!! っ――ぐぁぁぁあああ!!????!」

 

 バチリと、神経に直接高電圧を通したような、全身へ突き刺さる激痛。カズキの神経と、他のナニカが無理やり繋げられる感覚。

 そうして畳みかけるように、内から咲いて出てくる翡翠の結晶。

 全身へ花が咲いたように、肉を無理やり割って出てくる痛み。同時に意識が暗く、自我と呼べる部分が仄かに薄れていく恐怖。

 消えている。いるかいないか、よく分からなかった自分が、残滓のように前任者の椅子へ縋りついていた自分が、確実に消えていっている。

 

「――――ぁ」

 

 怖い。恐い。怖い。恐い。消えていくことが、なによりもそれだけが恐怖だったのに、そんな恐怖さえも溶かしていく。安心感さえ浮かび始める。

 全身からまばらに生えた結晶は、気が付けば密度を増している。きっとこの綺麗な結晶の数だけ、自分と言える部分が喪われているのだろう。

 瀬戸際だということも忘れて、虚ろにされた瞳は空を見上げる。

 そこにあったのは、いろんな色をぶちまけて混ぜ込んだ、暗く陰ったオーロラのような空。

 

 ――――あなたは、そこにいる?

 

 命を吸い取る結晶に塗れながら、拳を硬く握った。

 

 ――――それとも、いなくなりたい?

 

 歯を食い縛る音が、自分から鳴り始めた。

 

 ――――選んで、カズキ。

 

 正直な話、このままいなくなるのも悪くはない。どうにもこの世界の平和に馴染めないカズキだ、居心地の悪い場所にいつづけることも無い。それが辛いのならなおさらだ。

 でも、あの空を見て、嫌だと望んだ自分がいた。

 いたいか、いたくないか。その二択にはまだまだ答えは出せない。人生経験一年の自分は、もっと様々なことを学んでからその問いかけに答えればよい。

 だから、それまでの間にいなくなるのは()()

 

「俺は、ここにいるのか、まだ分からない、けど……いなくなるのは嫌だ」

 ――――それも一つの選択だよ。

 

 どっちつかずでも、曖昧でも、カズキは確かに選んだ。

 そして今この瞬間に掴み取るのだ。

 

「俺の命は、まだ――」

 

 希望の力。かつて、この世界がまだ西暦だった時代を祝福した、人類救済の力。その片割れが今ここに形を成す。

 

「――ここに、ある」

 

 結晶が赤く、血をまぶされたように灯る。一目見れば近寄りがたい、不吉を予感するほどに美しい輝き。

 けれどこれはそう悪くない。力が高まったことを色はこれでもかと指し示し、周りの景色すらも紅の結晶が支配する。

 そんな赤色から避けるように、黄金の異形が距離を取った。

 まるで怯えているかのように、人類の敵対者がその再臨を見守る。

 

「う、、おおおおおおぉぉ!!!!!」

 

 いつの間にか右手には、一本の純白。やたらと手に馴染む硬質な手触り。メルヘンな世界には似つかわしくない、武骨な機械槍。

 それを思いっきり上へと掲げれば、結晶の悉くは消し飛んでいく。

 その中心で、カズキはいた。

 

『――――』

 

 水色に輝かせた双眼で、己の敵を睨みつける。

 左手に握っていた端末を見る必要などない。そこに映し出されたこの力の名称を、『ザルヴァートル:システム・――――

 

「――――ザイン」

 

 と。

 それが、カズキの選んだ力であり、現在(いま)を未来へと続かせるための希望だった。

 過去、多くの犠牲たちによって勝ち取られ、保たれていた仮初の平和。それらを幾度失ってでも平和を求め続けたのは、果たして何のためだったのか。その理由を覚えている者は、果たしているのだろうか。

 未知の希望が、新たなる戦いと共に訪れた時、この箱庭の、最後の時間が始まった。

 全てが終わって、絶望と犠牲の果てに、それでも彼らはきっとこう言うのだろう。

 ――此処は、楽園だったのだと。

 

 

『……()()()()、です。えっと……よろしく、お願いします』

 

 そう言って、ぎこちなさそうに一礼をする、()()()()()()

 瓜二つで、名前の響きも同じ。その衝撃を食らわせられれば、髪型や苗字の違いなんて気にも留めなかった。

 

『カズ、き……一騎(カズキ)、くん……?』

『な、名前呼び……どうした? えっと……』

 

 まるで何て呼べばよいのか迷っているような、呼び名を探しているような戸惑いなど、目に入らなかった。

 よろめくように進めば、クラスメイト達の机にぶつかり、更によろめく。

 幽鬼のような足取りで、徐々に近づいていく。

 

『友奈ちゃん……?』

 

 進む一歩一歩には、現実感が薄い。忽然と、風に溶けて消えたような彼が、こうしてまたも風に吹かれてやってきたような。

 私と日常の中で交わした、小さな約束を果たしに帰ってきてくれたと思って()()

 

『……一騎くんだよね……!?』

『ああ……そうか』

 

 何かに気付いたような彼は、目を下に伏せて顔を合わせてくれない。その動きが、歓喜以上の焦りを助長させた。

 

『俺、記憶喪失なんだ』

『――――え?』

『一年前に突然産まれたみたいに、それまでの記憶が無い』

 

 足元が崩落した。冗談でも何でもない。私の世界は、そこで大きく崩れ去った。そんな感覚に私は支配された。

 

『もし、知り合い()()()なら……ごめん』

『う、そ――…………ッ!!』

 

 私が待っていた人は、もういない。

 私が『楽園』で帰りを待つ理由は、もう、どこにもない。




 ルガーランスをブッ刺すのは大物であるほど見応えがある
 せや! ルガーランスオリ主に持たせる二次創作作ったろ!
 せや! 程よい大型の敵が出るとこにルガーランス放り込んだろ!
 せや! ザインとかの力だけ放り投げて敵は異形の類にしたろ! 
 せや! マクロスとかマヴラブとかだと設定の把握レベル怪しいし、知ってる作品で好きなように暴れたろ!
 そんな徹夜テンション

 初期配置が目の前なのはほら、神様って基本ゴミじゃん? 力試しとか言って理不尽なことするじゃん?
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