郡カズキは英雄である   作:真の柿の種(偽)

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実はこの二次小説のテーマは、かの神曲『蒼穹』のエッセンシャルを抽出しようと頑張って書いてますた


必ずそこへ

 沢山の心が、作っては消されてきた。

 戦うために作られて、作り物とも知らされぬまま戦わされて。

 信じていた道しるべですら虚構と知る由もないまま、命の果てまで戦い抜いて。

 最後に空虚まみれな真実だけを押し付けられて、道具のように使いつぶされて消える。

 端的に言えば、彼らはずっと裏切られてきた。

 人だと誤認させて、人と同じように暮らさせて、果てに絶望を土産として底へと落とさせる。そんな繰り返しばっかりだった。誰一人の時として、使い潰す真似をやめることはなかった。

 何日も。何週間も。何ヵ月も。何年も。何十年も。何百年も。

 全ては人類最後の生存権を守るため、人は人の心を道具と見做して磨り潰していく。

 あまりにもあんまりな扱いだ。己に植え付けられた善性に従って、心に従ったまま人を守るために働き続けて、賞賛もされずに消えていく。時に罵倒を、時には侮蔑をぶつけられながら、せめての拠り所すら与えられずに命を散らしていく。

 痛みに耐えながら敵を倒して、与えられる成果がこの絶望か。何も彼らは私利私欲のために戦っていたわけじゃない。短い生の中で見つけた希望のために、その時々に守りたいと決意したもののために、その命を使っても後悔しないと信じていただけだ。

 だからこんな結末達は、あんまりだった。

 あまりにも、ひどい。

 無辜の罪を浴びせられて、後ろ手に縛られて、目を隠されて、恐怖をこらえながら撃たれて散っていた。

 敵に同化されかけて、それでも敵を倒し切って帰ってこようとすれば、味方であるはずの少女に首を折られていた。

 戦闘中に樹海化が不慮に解けて、民衆へ姿を晒してしまえば、秘密保持のために処理された。

 世界の真実を知ったのなら、自意識を消されて、文字通りの兵器へとなり果てさせられた。

 時には、人同士の派閥争いの道具として、本来守るべき人をその手に掛けさせて、証拠をなくすために人格ごと死なされた。

 これで、ここまでされて憎まないなんて無理だ。あの膨大が過ぎる憎しみにも納得してしまう。だから憎しみの器は生まれてしまったのだ。怨念を、憎しみを蓄積していけば、大いなる怪物にだって成り果てる。

 人類が、いつまでも同じことを続けているから。

 

 

「――――――――ぁ」

 

 目が覚めたのだとは自覚が遅れて、一瞬だけ呆けた声が漏れる。

 天井は白い。清潔を思わせる色を、おそらくだがこの目は捉えているのだろう。電灯らしき物体に明かりが灯らず、外からのカーテンもできるだけ閉め切られて若干の薄暗さを感じる。意識を沈黙させて眠りこけていた自分への配慮だろうか。

 多少の隙間から覗ける日差しで、今が少なくとも午前にあたる時間帯なのだと気がつけた。

 

「……病院?」

 

 そう当たりがつけば、白い枕の肌触りと白い布団の重みが懐かしく思えてくる。郡カズキが郡カズキですらない――何者でもない存在だった頃。同じような構造をした白い室内で、同じような色と質をした寝具の上で、透明な存在は本当の意味で産声を上げていたのだったか。

 

 ――わからない。おぼえて、いない。

 ――貴方は、誰?

 ――なにも。……これって、だれでもないって……こと……か。

 ――…………なら、貴方の中で答えが出るまでの間は、こう名乗りなさい。

 

 そうして得たのが、『郡カズキ』という記号。

 

 ――ソウシでもいいのよ。もちろんカズキでも。

 ――……どっちでもいい。

 ――…………そう。

 

 姓を与えられて、この器に相応しいとされる名を教えてくれた。

 覚えのある感覚を五感が少しづつ運んできて、一部の機能に支障が出ている事実も気にならないほど、懐古の情が湧いてくる。

 

「もしかしたら、あの時と同じ部屋だったりしてな」

「ええそうよ」

「そうか……――――ちっ、景さん……?」

「他の子たちは無事よ。全部貴方のおかげ」

 

 動揺の頭で一先ず勇者部の安否を知り、息を一つ入れた。

 度肝を引っこ抜かれた気分だが、それもすぐさま沈静化していくのは、目前まで似た状況を思い出していたこともあるのだろう。不思議な納得感が先へと出てきているのだ。

 

「よく寝ていたわね。…………お疲れ様」

「……? …………?」

「そんな顔して……ありがとうカズキ」

 

 労われることなど、彼女には齎した覚えがない。

 むしろ最近ではその真反対。露骨に避けるような生活をしていたり、彼女が望まないであろう行動をとってしまったりと、毛嫌われる行動しか事欠かない。

 本気で疑問しか浮かばなかった。だって、いの一番に褒められるべきは、どう見積もろうとカズキではないのだから。

 

「この世界を守ってくれてありがとう」

 

 表情は、これっぽっちも読み取れない。顔色も、少したりとて窺えない。

 色彩はぼやけて、風景はぼやけて、輪郭には薄めのモザイクが覆っている。

 本心から言ってくれているのか、社交にしかすぎないお礼なのかさえも、声色だけでは何一つ伝わらない。

 

「…………頑張ったのは、俺じゃないです」

「他の子たちと同じくらいに頑張っていたわ。……いいえ、やっぱりカズキが一番に頑張っていたわね」

「……やめてください。……俺は、大して力になれなかった」

 

 きっと、カズキがいようといまいと、似たような結果にはなっていたことだろう。勇者部の五人が団結して、強大な敵の数々を退ける。そんな、神話の一節のように語られるだけの、可憐で巨大な勇気があの五人には備わっている。

 カズキがいても変わらなかったことは多いだろう。しかし同じくらいに、カズキがいたのに出来なかったことも多い。

 

「あんな痛みを負わせるべきじゃなかった。俺が……!!」

「……貴方はやれるだけのことをやったわ」

「でもっ……それ、でも……!」

 

 肉の千切れる音を、しかと聞いたはずだ。骨の砕ける瞬間を、確かに感じたはずだ。焼ける感覚も、抉られる不快も、肺へ血が入り込む絶望も、五体が欠ける恐怖も、光を失うことによる途方もない不安も。死の気配を明確に肌で感じられる状況へ身を置く怯えも。

 その全て。カズキが戦えていたのならその全てが起こりえない。

 戦いを生き抜いた達成感は確かにある。みんなが生きていることへの喜びもある。けれども数々の歓びを凌駕するのは、圧倒的なまでの無力感だった。

 

「……みんなを、あんな、目に…………っ!!」

「……カズキ」

「…………すみません、取り乱しました」

「いいのよ、気にしていないわ」

「っ…………――――そう、ですよね」

 

 平静な声色はブレることがない。当たり前だろう。郡千景にとって郡カズキなんて存在は、きっと取るに足らない存在なのだ。冷静さを揺さぶれるほどに、自分は千景の心に在れてはいない。今更な事実確認を心中で早々に切り上げる。

 何故なら郡千景にとって郡カズキとは、その個体自体を重要視して見るべき存在ではないのだから。

 彼女が見ているのは、郡カズキの器を通して見つめる背中は――――。

 

「……なんにせよこれで一段落ついたのだから、しばらく体を休めて――」

「嘘、ですよね」

「――……何が?」

 

 やけにとぼけた反応だ。この戦いの、そしてこの世界の真実を知っているであろう千景にとって、やはりこの事実は隠したがる内容らしい。

 だがカズキに対して隠そうとするのは、意味がないのだ。

 

「今回が最後の戦いって、嘘なんですよね」

「……どうしてそう思ったの?」

「知ったから。……いや、これは……思い出した、か」

 

 ザインとニヒト――この力を行使するたび補充されていく知識へと、初めて違和感を覚えたのは二回目の変質を終えてからだ。

 武器の使い方をなぜ初めから知っていたように扱えていたのか。バーテックス=フェストゥムとフェストゥムの違い。初見であるはずのアザゼル型についての情報。微睡みのさなかで見せてもらった島を懐かしむ心。存在と虚無の力を同時に行使することを――――無条件で信頼していた実感。

 戦いを経るごとに記憶にないはずの知識と感覚だけが、経験を欠いて補充されていく。

 

「まだまだ敵はいる。……少なくとも、アザゼル型はまだ数体いるんですよね……?」

「……そうよ」

「なら、まだ戦いは続く」

 

 明日か、明後日か、それとも数カ月先かは不明だが、カズキに備えられた英雄の力はまだ必要だ。

 守るために。戦い続けるために。

 

「千景さん」

「……なに?」

「聞きたいことが、山ほどあるんです」

 

 戦って、敵を倒して、戦って、敵を倒して。

 幾度も続く道の未来には、きっと答えが待っている。

 

「それは後よ」

「えっ」

「顔が土気色。……体調を整えて、まずはそれからね」

 

 

 絶好調まっしぐらな勇者部御一行(一人欠員)が、元気のある足取りで、されどもゆっくりと廊下を歩く。

 

「いやはや、これがラストを全然覚えてないのよねー」

 

 歩幅を約一名に合わせて、ゆったりのんびりを極めた速度を維持し続ける。

 

「お姉ちゃんも? 私も全然覚えてないや」

「私も全然! 気絶しちゃったからかなぁ〜」

「仕方っ、ないわ、友奈ちゃん……。それほど、激っしい……戦い、だったも、の……っ!」

「喋りながらにはまだ早いんじゃないかな東郷さん!?」

 

 ()()()の扱いにはまだ慣れていないのだろう。車椅子卒業を果たしたばかりの彼女だ、人間何でもかんでもをすぐさま完ぺきにこなせるようにはできていない。しかし何かと器用な彼女なら、それも時間の問題だとは思う。

 私たちの機嫌がすこぶる好調なのは、戦いが終わったからでもある。

 そして何より、東郷さんが()()()()()()()()()()()()()でもあるのだ。

 

「ふっ……はっ…………つっ」

「無理しないのよ東郷」

「しょう、ち、、して……います……っっ」

「承知してなさそうな返事ね」

 

 呆れたような声の夏凜ちゃんだが、その声も浮足立ってはいる。なんだかんだで優しい夏凜ちゃんだ、すまし顔のフリをして絶対に東郷さんから目を離さないようにしているのがその証拠。きっと少しでも転びそうな予兆を見せたのなら、鍛え上げられた反射神経をフル活用して助け舟へ入るだろう。

 とはいえ、それはこの場にいる全員に共通して言えることだが。

 

「でも、満開ってすごいんですね」

「だねっ! 東郷さんの足まで治っちゃうなんて!!」

「神樹様からご褒美も兼ねたパワーアップ? みたいな感じかしら」

「傷も全部治ってましたし、良いこと尽くしです!」

「…………ま、治ったのなら良かったわね」

 

 戦いが終わった直後の私たちは、それはもう酷い有様だったそうだと夏凜ちゃんは言った。息なんて絶え絶えどころか絶え切っていて、満開で神樹様の力が体に滞在していなかったら、そのまま命を落としていたらしい。

 私たちはその瞬間を覚えてはいないが、やっぱり神樹様は人を助けてくれる偉大な存在なのだと再認識するには十分すぎる報酬だ。

 なんせ東郷さんの足が治ったのだ。

 

「リハビリ一緒に頑張ろうねっ!」

「!! ええっっ、もちろっん、よ! ゆうな……っっちゃん!!!!」

「おーおー、燃えてますな~」

「この分なら杖まで進むのに時間はかからなそうね」

 

 そんなこんなで、私たちは郡くんのお見舞いに行くのだった――――――――行ったのだったが。

 

「来てくれたところ悪いのだけれど」

 

 血走った目でゼーハーと深い呼吸を繰り返す東郷さんを見て、彼女は言い直した。

 

「……本当に、来てくれたところ申し訳ないのだけれど、今日は遠慮してもらえないかしら」

「千景……? アンタがなんで」

「カズキに会いに来てくれたのね」

 

 それぞれの手にぶら下げられていたビニール袋。その中にはお菓子とジュースが詰め込まれている。本当なら郡くんの様子を見て、元気そうならその場で祝勝会と行きたかったところだが。

 扉の前に立つ、学校でたまに見かける先輩は、それを阻止しようとしているらしい。

 

「彼は今眠っているわ」

「たっ、体調が優れないんですか……?」

「…………敵から受けた傷ではないから、そこは安心して」

「敵って……――――やっぱりアンタ、あの時の……」

「その話は今度」

 

 ぴしゃりと風先輩を遮って、一刻も早く会話を終わらせようとしている。

 

「怪我はないけれど疲れているのは本当。だから、一秒でも長く寝かせてあげたいのよ」

「あのあのっ、一目見るのも」

「駄目よ結城さん」

「あれっ、私の名前……」

 

 一瞬だけやってしまったと言いたげな顔を作るが、すぐさま顔色は元へ戻る。即ち、誰かを慮るだけの顔。

 姉が風邪を引いた弟を看病している。そんな感想が浮かんだのだった。

 

「……聞きたいことで答えられる範疇でなら、後日に改めて何でも答えるわ。だから今日のところは出直してくれないかしら」

「……絶対よ?」

「ええ、また学校でね犬吠埼さん」

 

 そう言い切るとくるりと踵を返して、病室へと入っていく。

 開ける所作も、踏み出す足も、どれもが気づかいに満ちていることから、郡くんを休ませたいというのは真実なのだと察するには簡単すぎた。

 

「誰よ、あの女」

「夏凜ってば嫉妬してるの?」

「誰が誰によ」

「夏凜が。カズキに」

「誰がっ、誰によ…………っ!?」

 

 大きな声はご法度な施設で、尚且つ絶賛熟睡中であろう存在を思いやってか、静かに激昂する器用な夏凜ちゃん。

 

「郡千景、アタシのクラスメイトよ」

「そ。貴女のクラスメイトが大赦の人間だったわけね。…………郡……?」

「どうかしましたか夏凜さん?」

「いや……ちょっと、名前が引っかかって…………郡……こおり……ちかげ……」

 

 私たちは怪我無く終われた。

 日常を守り通して、平穏を維持できた。瀬戸際にあった未来を取り戻して、挙句東郷さんの足までが戻ってくるなんて快挙。

 誰一人失うものはなかった。何一つ削れた大切もなかった。それどころか夏凜ちゃんという友達もできて、勇者部の絆はより深まったに違いない。発端こそ人類滅亡だなんてとんでもない出来事だったけど、それ以上に得るものは大きく、多かった。

 それはきっと郡くんも同じと願いたい。いいや、きっとおんなじだ。

 突然現れた非日常は、安心と安寧の笑顔で終われると信じ切っている。

 

「――――不適格」

「何の話?」

 

 痛い未来はもう来ない。いつも通りを暮らす毎日が、この先にある。

 

「『郡千景は不適格者』って、大赦で聞いたわ」

「ちょっと夏凜……それ、どういう意味よ」

「知らないわよ。私も耳に挟んだだけだし……」

 

 きっと、そのはずだ。

 

 

 痛みを与える虚無の力。ザルヴァートル:システム・ニヒト。このニヒトとは、Nicht、ドイツ語で否定を意味するのだという。一体でも多くの敵を倒すために、憎しみの怨念を振り撒き続ける。冷静なる獰猛な支配欲は、効率良く敵を消し去る算段を弾き出す。いつの日か敵と呼べる存在を、全て消し去るまで振るわれ続けるのだ。

 人類が生み出した、人類救済の切り札、その一つ。

 

「それが貴方の左半身に宿る力」

「……」

 

 痛みを調和する存在の力。ザルヴァートル:システム・ザイン。このザインとは、Sein、ドイツ語で存在を意味するのだという。一人でも多くの味方を助けるために、その存在味方へとを分け与える。どこまでもこの手は届くのだという万能感に、底なしとも思える救済意識は、常にその身を前線へと身を置こうとさせている。いつの日か誰しもを救済するべく、清廉な力を奮い続ける。

 人類が生み出した、人類救済の切り札、その一つ。

 

「右に宿るのは、白い方ね」

「どっちも、途方もないくらい大きな力なのは……分かります」

「そうね……正しく使わなければ、カズキ自身を壊してしまうもの」

 

 在り方はやはり真逆でありながらも、目指す地点はどちらも同様に救世を目指して形作られたのだ。それがこの力、ザインとニヒトのコンセプト。

 されど使い方を違えれば、神樹諸共この残された世界を喰らえてしまう。実際にそうなりかけたことが一度あったのだ。

 

「だったらなおさら……どうして、俺にこの力が宿ってるんですか?」

「……受け継がせたのよ」

「…………誰が?」

「私達が」

 

 達と、複数形で言うのなら、大赦がそうしたのだと受け取ってもよいのだろうか。それとも他にいるのかと可能性を少し探っても、思い当たる対象はやはり大赦に落ち着くのだ。

 

「どうして、俺だったんですか」

「貴方しかいなかったからよ」

「……なんで」

「少し雑な言い方になるけれど、ハッキリ言うなら消去法」

 

 ざっくばらんに、千景は語り始める。

 

「貴方しか適任者は考えられなかった」

 

 聞きたかったのはそこだけではない。物事には何にだって原因が存在する。因果とも呼べる要因が、カズキでなくてはならなかった理由が存在しているはずなのだ。

 カズキが聞きたかったのは、その理由。

 生き残った人類の数は、最盛期と比べれば確かに激減しているのだろう。しかしそれでも何百分の一よりも、遥かに膨大な内の一人だったカズキが選ばれるに値する理由。

 それを聞ければ、また一つ己を知れる一助になるかと思ったのだ。

 

「貴方が、真壁一騎になれる唯一無二の存在だから」

「……マカベカズキって、記憶をなくす前の俺なんじゃないんですか?」

「それは……………………っ……」

「?」

 

 あまりにも不自然な沈黙を、苦痛と共に噛み締めて、改めて千景は口を開いた。

 

「なんて、言えばいいのか……難しいわね」

 

 言葉を選んでいるのは、自分でもそう言ったように複雑なだけなのか。

 はたまた、どう確信に触れないように話せるかを吟味している、とか。

 

「ぁ――――、貴方の、力は、両方とも、……その名前と一緒に受け継がれてきたの」

「なる、ほど……?」

 

 確認作業のつもりだった。力を使うたびに明かされていく知識の数々(メモリージングというらしい)は、少しづつ見知らぬ知見を広げていって、それに伴う記憶の混乱も散見されていた。聞けば楽園で無性にキッチンを使いたくなったのも、元を辿れば解放された知識と経験の混濁による衝動なのだと。

 それらを一つ一つ整理してくれていたのだろう。疑問を少しづつ解氷していき、カズキのメンタルケアも兼ての行動だったとカズキは予想した。

 

「ただ名を継ぐだけには留まらない……ザルヴァートルモデルの力を扱うにはより強くて、深い結びつきが必要」

「…………」

「適任は、英雄の因子を持って産まれた貴方しかいなかったの」

 

 選ばれた理由には、まだ些かの不可解な点もあるが、しかし納得できる範疇には収まっている。前々から言われていたこともあり、きっと不明瞭な部分があるのは明かすにはまだ機が早いからだということも分かる。無駄に疑問を増やさないようにしようとしているのは、意図してのことなのだろう。

 

「……ザルヴァートル()()()?」

 

 シリーズ等の語感に近い意味合いを感じたが、これは口を滑らしたとみてもよいのだろうか。

 それとも前置きとしての結論か。

 

「……カズキのシステムが、勇者システムとは違うと知っていた?」

「そう……ですよね」

「勇者システムは神樹から供給された力で作り上げられた代物。けれどカズキの持っているのは、製造元からして全くの別物」

 

 どうりで、フォーマットからして違うはずだ。そも人類存亡を賭した瀬戸際に、わざわざ文字化けするような欠陥が起こりえるのがおかしいと思っていた。カズキの端末だけ、『樹海化警報』ではなく『SOLOMON』の赤い文字な理由もこれで説明がつく。

 要するに別機種なのだ。同様の機能でも、デザインや操作性に違いが出てくるのは当然だったのだ。

 

「この力はやっぱり神樹のモノじゃなかった」

 

 ニヒトを制御しきれないのもこれまた納得の話。

 

「そうよ。ザルヴァートルモデル――――ファフナーの力は、神樹由来とは無関係の力」

 

 ファフナー。ファフナー。ファフナー。

 なにかしらの造語だろうか。けど。

 

「戦士が敵と戦うための力。そして、島を守ために生み出された、竜人の力」

「――――ファフナー」

「その最たるモノが、カズキの中には宿っている」

「……俺の他にも、その、ファフナーの力を使える人がいるんですか?」

()使()()()のはカズキだけね」

 

 その呼称こそが相応しいのだと、自分ではない存在が知っていた。

 

「ファフナー・ザルヴァートルモデル。かつての英雄が奮った、救済の力」

 

 英雄二人の名は――――。

 

「『一騎と』――――『総士の』、力ですか」

「――…………これまではザインかニヒトか……誰もがどちらかしか扱えなかった」

 

 そして、同じ時代に二人として英雄を継げる存在は生まれず、間に合わせの戦いを続けていくしかなかった。

 磨り減らされると知ってはいても、希望を繋げるために消耗を受け入れるしかなかったのだ。

 産声を上げたのはそんな折だ。

 

「皆城さんと真壁さんの――――二人の力を一人で扱える唯一無二の存在が生まれた」

「それが、俺?」

「…………事情も説明せずに戦場へ送り出して、子供に似合わない重荷を背負わせて、痛みばかりを背負わせて、…………本当にごめんなさい」

 

 不思議なことをいう。今の物言いでは、まるで千景が自分よりも年を食ったかのようではないか。

 悔恨など湧かない。なにせ右も左もわからない状態の赤ん坊と差がないところを、進むべき方へと誘導してくれた恩がある。野垂れ死んでもおかしくないカズキを引き取り、家へ住まわせてくれてさえもいる。冗談を抜いても、郡カズキが生きていられるのが誰のおかげなのか、一日だって忘れたことはない。

 

「けど貴方が、貴方だけが……っ! ……私たちの希望なの」

 

 罪悪の呵責に潰されそうな心のままに吐き出された、か細い悲鳴。

 静かな叫びを受けて、郡カズキがどうするかなんて決まっていた。

 

「分かっています」

「…………」

「戦いが続く限り、俺は戦います」

 

 もしくはその吐露を聞かずとも、既に決めていたことだ。

 戦い続けて、守り続けて、救いを続ける。

 

「千景さんが俺を希望だと信じてくれるなら、俺もその未来を信じたいです」

 

 その瞳は何も見据えてはいない。

 状況に流されて、言われるがままに決意を固めて。

 歪んでぼやけた視界の中で、盲目に戦う理由だけを求めている。

 自分が何者だったのかも、果たそうと決めていた約束も、本当はどうでもいいのかもしれない。

 戦って、戦って、戦って、戦って戦って戦って戦って戦って。

 戦い抜いて命を使い切れば、そうすれば、きっと――――戦い続ければ。

 

「平和に辿り着いてみせる」

 

 

 今の時代だけでは足りない。このままでは敗北は近い。

 かといって不足を補おうとしても、失われた力の源はとうの昔に奪われていて、やはりどう見ても希望の未来へはたどり着けない。取り戻そうにも敵の力は幾年を重ねるごとに強大になっていき、か細い勝機すらも生まれる余地も許されない。それが今、彼を中心として取り巻く状況だ。

 

「一番必要だった力」

 

 取り戻すことはもうできない。現在から巻き返しを試みるには、どうしても状況は行き詰っている。

 未来はほとんどが行き止まり。現在は足踏みを続けることで精一杯。だとしたら、答えは過去にある。

 そのための力を、彼は手にしてくれた。

 戦い続けることを、選んでくれた。

 

「……」

 

 この島を綺麗だと感じてくれたから、この島が生まれた本当の意味は誰よりも彼へ届けたい。

 だというのに、私たちの誰もが彼を戦いへと駆り立てている。戦うなとは、誰も口にはできない。

 平和を守るために強くなれと、平和を勝ち取るために戦えと、送り出すことだけが私たちにできる唯一の祝福なのだとしたら。

 

「……いつか、この島に帰っておいで」

 

 行きつく先で散っていく命を、想像することは実に簡単だ。誰が真っ先に消えていくのかなんて、前線に立ち続ける戦士や英雄と相場も決まっている。

 ただ、せめて、魂は島の大気へと帰ってきてくれたなら。

 故郷で眠ることさえも難しいかもしれないが、ここが彼の揺りかごだ。この島から命を貰い、命を島へ還す運命にある同胞として、私は島で待ち続ける。現在を書き換えても、未来を変えても、過去を改変しても、私はここで待ち続ける。

 

「『おかえり』って、いつか言わせてね――――カズキ」

 

 島は、彼の帰る場所。

 数々の戦士が眠るその島へと、英雄はいつか必ず。




目下のタスクは勇者部のメンタルをボロッボロにすること目指して頑張ります。特に友奈
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