郡カズキは英雄である   作:真の柿の種(偽)

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誤字脱字多いなぁと知ってるのに、「はよ投稿してぇなああもうどうにかなれーっ!!」って投稿ボタン押してる


感じてるのに

 白槍を深く突き刺し、紅を越えた赤い熱を宿す五指が罅を入れ――――ザインとニヒトの力は紅色となって、翡翠の双四角推を蝕んでいく。

 引きずり出した敵のコアだった破片は、爽快に飛び散り、黄金の巨躯は粒子へと散り散りに溶けた。命だった面影を思わせる美しさを描いて、冷獄の悪魔は命の儚さをカズキへと教えてくれていた。

 涼し気なその光景が、返り血を浴びて紅潮した頬と伴って、ドクドクと脈打っては昂る心を冷ましてくれる。不確定に揺れていく世界は、勝敗が決したことを示して、その事実が心をより涼やかに癒した。

 

「……」

 

 ――――賭した命の割合が多いほど、血潮とはよく煮える。

 カズキは戦いの喜悦を好む人格ではなかったハズだ。元より生温い空気が染みついたこの世界で、概ねの人間は柔和に育つ。そういった仕組みになっているのだろう。

 なのに自分は、敵と争うたび、死闘を潜り抜けるたび、否が応にも逸る本能がどこかで育つ。

 日常では顔を見せないその心は、その世界を目にするたび鮮やかに、尖り鋭く。

 

「……熱い」

 

 敵を抉った左手のように赤熱化して、より戦いに適した自分が補充されていく。

 根幹となる自分という存在が行方不明だったから、補うように新しい自分が方へと流し込まれている。

 まるで溶けたシリコンを流し込んでいるように、真壁一騎の中身を潤していくのだ。

 戦うことへの疑問は少ない。

 戦うことが得意になっていく郡カズキへも、嫌悪はそこまで生まれない。

 戦いが終わった後にどうなるかの疑問は、ちっとも考えないようになった。先が短いなら、未来に思いを馳せることはどこまでも無意味。

 

「…………喉、乾くな」

 

 グラスいっぱいに注いだ、水道水が飲みたい。ジュースなどではなくていい。どうせ味などとは、もうカズキは縁が遠いのだから。

 灼ける感覚が残った左手を眺めていれば、根の大地が凍り尽くした有様をそのままに、世界が平和を彩る箱庭へと戻っていく。

 カラフルな世界は敵や自分のワームスフィアに抉られて、カズキの砲撃で焼き払われてもいる。敵の力で大地は凍結し砕かれてもいて、きっとこのまま樹海化が解ければ、元の世界へと甚大な被害が出てしまう。

 派手に戦ったものだと感心しつつ、右腕に結晶で繋がれた白槍を空へと掲げた。

 覆った範囲は、目算で町が一つの距離。

 

「……やってみるか」

 

 割れる槍は普段の用途とは違い、倒すための暴虐を果たすのとは違う使い方。

 この間と道理と原理は同じ。みんなを助けた時と同じことを、同じように行うだけだ。

 足元を広がっていく、翡翠の絨毯。

 広がりを見せる翡翠の結晶が、覆う命の形を知覚していく。感じた所感は、触れた命の数々が欠けている、だ。

 樹海化の仕組みとは、世界の在り方を曖昧にしているのだ。シュレディンガーの猫のように、右にも左にも事実が確定していない世界へと漂わせているんだ。きっと樹海のヴェールをこのまま拭ってしまえば、傷ついた樹海の状態を確定させて、そこに在った命へとその結果を張り付けてしまう。

 だから壊れた今の状態の内に元へ戻してしまえば、()()()()()()()()()()()

 そうさせないため、自分を糧に、命の形を復元していく。

 

「……――――」

 

 静かに佇み、自分の命をザインへと通して、増幅された力を他の大勢へと流し込む。その様子はとても静かなものだ。小鳥がいたのなら、いつまでも羽を休めていられるほどに、ずっと静かだ。

 掲げた槍から立ち昇る清々しい金の柱は、清廉な雰囲気をより幻想的に見せて、戦場だったとは思えないほどに厳かで静かな世界だった。

 ――――ふよふよと、どこからか頭へ乗ってきた牛鬼に気が付かないくらい、集中していた。

 静寂を破裂させたのは、結晶の割れる音。

 

「――っ…………これで、いいかな」

 

 凍り付いて砕けた根も無く、紫電に焼かれて炭の欠片となった根の断片もない。眼下に広がる世界は、荒れ果てたさっきとはまるで違う。

 つまり元通りだ。命を使った甲斐はあった。

 

「…………あれ、お前牛鬼か? …………え、なんで?」

 ――? ――!

「……わるい、今ジャーキー持ってない」

 ――!?

 

 知らないうちに頭頂部に憑いていた精霊が、卑しくも愕然とした雰囲気を出している。三好に詰められてしまう悪状況へ戻るので、この後にも牛鬼の欲するおやつは献上できない。また今度に期待してもらおう。

 アザゼル型との戦いの後では、疲れた表情を隠せる気がしない。システムとの接続を切ってしまえば、膝から崩れ落ちる確信しかない。

 補助がある今のうちに、せめて車椅子の上で気絶しよう。

 樹海が解けた後どうするかは、さて、どうとでもなるのだと信じたい。

 

 

 毎朝の恒例と化した、アクティビオン投与を済ませている際のこと。

 

『――――カズキ、貴方』

『? ……寝癖でも付いてましたか?』

『…………これかけていきなさい』

『えっと……わかりました』

 

 指示されたとおりに付けた眼鏡には度が入っておらず、そも視力など皆無となったも同然なカズキには必要じゃない。では理由に尚更に首を捻るが、深くは聞かない。千景がそうしろと言ったのなら、そうするの方が良いことなのだろう。

 牛鬼に指を吸われながら、そんな事を言われた朝だった。

 

「あら、おはようカズキ、千景」

「お二人とも、おはようございますっ」

「おはようございます、先輩、犬吠埼」

「おはよう」

「一緒に登校なんてめず…………あら、イメチェン?」

「どうかしら犬吠埼さん達。前からカズキには似合うと思っていたの」

「……らしいです」

 

 眼鏡もそうだが、アザゼル型の一体――クロウラー――を同化してからだろうか。もしくは、七月七日の契機が続いていただけなのだろうか。カズキは様々な変化に襲われている。

 

「……ま、確かに似合ってるわよネ。なんかムカつくけど」

「はぁ、そうですか」

 

 似合っているにせよ似合ってないにせよ、鏡で顔を見れないのだが。だからなのか、自己の容姿のあれこれが恐ろしくどうでも良かった。

 

「……………………ケチ付けて、どう――――なりたいの?

「いますぐあやまっておねえちゃん……!!」

「じょじょじっジョーダンですともごめんなさいでした!! 冗談だから怒らないでぇ!!」

 

 先輩が凄い勢いで頭を下げている風圧を感じた。雰囲気の位置関係的に、後ろで車椅子を押してくれる千景が怒っているらしい。千景が怒るのは中々に珍しい、よりは一度も見たことがない。

 是非ともその様子を窺いたいと、振り向こうと力を籠めれば――全身に染み付いた途方もない疲労感が、表へと顔を出す。

 

「っカズキ!」

「わっ」

『!?』

 

 肩を掴まれて、背もたれへ無理矢理押し込まれる。

 一つ年上の少女とは思えない強さだったと感じたのは、それほどにカズキが弱り切っている証拠だろうか。

 

「……何をしてるの」

「いや……ちょっと振り向こうかと」

「無理しない方がいいんじゃないの~?」

「無理なんて、そんなこと……」

 

 動ける前提の認識が、まだ体には馴染んでいたのだろう。しかしちょっと後ろへ首を向けようとしただけで、驚くように大きな声を出されるとは思わなかった。

 

「カズキ」

「は、はい」

「大人しくしてて」

「……でも」

「異論は受け付けない」

「…………分かりました」

 

 そうして任せるがままに、千景の手で押される車椅子に揺られ、犬吠埼姉妹と校舎へ入っていく。

 ここ最近――――一番に大きな変化と言えば、生活の補助を千景へ任せざるを得なくなったところだろうか。

 

 

『もう少し! もう一押し!!』

『わっしーーーーーー!!』

 

 その掛け声に応えられるのだろうか。

 構える弓には、御役目へ対する私の使命感が添えられている。番える矢には、ここ一番の気合を乗せている。

 狙いは違うことなく、敵の急所を見舞うことだろう。そうして鎮花の儀が始まり、戦いは私達の勝利で終わる――――終わらせられる?

 

『――っ』

 

 外したら。中っても敵に有効打を与えられなかったら。この手を震えて怯えさせるのは、主にその二つだけだ。たった二つ。たったのそれだけの不安を乗り越えてさえしまえば、一秒後に私達は勝利の凱旋を味わっているのだ。

 そう、これを決めれば私達の勝ち。決められさえすれば勝ち、なら、もしも決められなかったら。

 銀は持ち前の根性を見せつけて、敵の力を大きく削いだ。そのっちは常人には無い発想で以って、機転を利かせた展開を彩り続けた。

 ――――一騎さんは、たった一人で敵の大群を殲滅し、挙句に『アザゼル型』という明らかな上位存在を撤退まで追い込んで見せた。

 三人の頑張りは偉大なものだ。大快挙と呼んでも異論は出ない。そんな大きな功績を――私一人が左右できてしまう。

 重圧が肩を重たく掴む。惧れが手首へ絡みつく。敵を確かに認識しているハズなのに、黒く蠢いた霞が視界を邪魔している。

 

『――――』

 

 討て。撃て。とにかく射て。

 何がどうなろうと、私が動かなければ『外した』でも『中てた』でも、そのどちらの結果も生まれない。ただ、己が勝手に抱く恐れに呑み込まれて機を逸した、などという常在戦場の風上にも置けない結果に終わる。それは、御役目を授かった勇者として相応しいのか。鷲尾家長女として胸を張れるのだろうか。

 それ以上に逡巡する時間も消えていく。このままでは友の頑張りを、無駄に出来てしまう。

 銀の奮戦で崩した体制が、持ち直されていく。そのっちの閃きが、無に帰していく。

 

 ――ああもう、どうにでもなれ。

 

 やぶれかぶれのまま、番えた矢を解き放とうと――――

 

『お、ち着け。鷲尾』

 

 ――震えに圧され切るまえに、私よりも大きな手が肩を叩く。

 

『かず、き、君』

『だい、じょうぶだ。き負わず、撃って、みろ……あれ? 弓、だから、撃つんじゃなく、て……射るんだっけ』

 

 全身を支配して硬直させていた恐れが、状況にそぐわない天然感のある声一つでどこにもなくなる。全身を血だらけにして、手は焼き爛れて、私達が相手にしていた以上の敵を打倒した後にここまで来てくれていた。

 肩一つを叩いてくれるだけで、芯からの震えを一蹴してくれた。

 

『俺も手伝う、から、鷲尾は、中てるだけ』

『――――』

『急所っ、とか……難しい話は、忘れよう。とにっか、く、一番中てやすい、ところに……頼めるか?』

 

 首肯はしない。その代わりとして、番える動作をもう一度見せつけた。

 彼が綺麗だと褒めてくれたように、普段以上の流麗を意識して、背後の彼へ魅せつけるようにして――――或いは魅了できたなら、それはどれほど――――敵を見据えた。

 力が溢れる。自分の勇者としてだけではない。勇者になったからか、鋭敏化した感覚がこの力の正体をかなり確かな精度で、自分の中に流れるモノとは別種なのだと結論付けている。一騎君は、勇者ではないのだ。信仰対象である神樹様は別として、不可思議な存在は信用には値しないのが大抵なのだろう。

 しかし怖くなどない。むしろその逆だ。

 どこまでも、なによりも、肩に置かれた手がどれだけ傷だらけだろうと私は厭うことはなく、ただただ心を強く勇気づけてくれる。

 

『やっちまえ須美ィーーー!!』

『わっしがんばれーーーっ!!』

『だってさ、鷲尾』

 

 後を押す激励だってあるのだ。

 これで何もできないようなら、私は私が許せなくなる。

 みんなの友達なのだと、笑って自称することすらできなくなる――――!!

 

『――――討ちます』

 

 言った二秒後に、前言の実行を確認した。

 一騎君の力が編み込まれた一矢は、敵を貫いた――――どころか大穴を空けて。

 射った本人である自分が言うのもなんだが、矢と言うよりは強大な砲撃のようだった。放った際の痺れが、痛いくらいに手へ残った。一騎君が槍の出力を出鱈目に底上げしているのは知っていたが、なるほど槍だけではなく他の物にも適用されるのだろう。本当に出鱈目な存在で驚いてしまう。

 

『流石、だな』

『当然です……って一騎君!』

『な、なんだよ』

 

 それよりもだ。

 

『大怪我してるんだから喋らない! 傷に障るでしょう!?』

『え、ご、ごめん』

『もうっ、だから喋らないの!』

 

 無茶や無謀に関しては学習能力の低い彼が、私の怒ったとおりに押し黙るまで、そこそこ時間がかかった。

 

 

 暫くの期間は戦いから離れられていた。アザゼル型は敵の持つ駒の中でも一際大きな戦力だったろうが、それを短い間に二体も倒せたのだ。次の尖兵を選ぶには時間がかかるのだろうと、カズキは勝手に当たりを付ける。

 

「…………っ…………」

 

 うつらうつらと、決して浅くはない舟を漕ぐ。この感覚にも慣れたものだ。

 

「衣装はどうする?」

「作るにしてもデザインは誰に仕立ててもらいましょうか」

 

 本当に自分は陸上で息をしているのだろうか。今勇者部で行われている話し合いは、実は全部夢。本当は海の中ででも漂って、意識が全部溶けているのではないかと思えてしまう。

 クロウラーを倒して三日経つが、起きている時間よりも寝ている時間の方が長いような気がする。

 

「勇者役は? 無論、アタシがやってもいいけどっ!」

「え? 友奈じゃなかったの?」

「私も、てっきり友奈さんだとばかり思ってました」

「むしろ友奈ちゃん以外に適役がいないような……」

「えへへ~、みんなありがとー!」

 

 本来であれば学校も休んでいたかった。むしろそれが許される程度には、そこそこの重病人の様子を呈していると思う。

 

「犬吠埼さんは……いいとこ、魔王で充分ね」

「またかー……いいけどさ」

 

 それでもカズキを、こうして彼女らの輪へ居させてくれているのは勇者部の気遣いだろう。

 そして、()()()()()ことを知っている千景さんは、この輪を眺めるのが好きなカズキをここにいさせてくれている。

 今際の際が近いことを隠したくも、彼女らと過ごす日常を見ていたい。そんな我儘を叶えてくれようと、学校でも千景はサポートを尽くしてくれるのだ。

 

「カズキは何かやりたい役割とかないー?」

「…………すぅ……」

「コイツ寝てるわよ」

「カズキ君、疲れが溜まってるのかしら」

「最近は眠ってばっかりだけど……大丈夫なのかな」

 

 感謝しかないのだ。千景だけには留まらず、東郷美森、三好夏凜、犬吠埼風、犬吠埼樹、そして――――結城友奈。

 自分と言う明らかな不穏分子を受け入れてくれたことに、心から。

 

「ほほーう? イタズラ絵画展開催って訳ね」

「……犬吠埼さん?」

「まずは瞼にパッチリおめめを書いてー、それからそれから……」

「――――い ぬ ぼ う ざ き さ ん ? ?」

「風先輩、そこまでにしておいたほうが……」

「ほんでねほんでねっ、額に……肉か人か犬か、どれを書いちゃおうかしら……!」

「 い ぬ ぼ う ざ き さ ん ? ? ? 」

 

 心が温かくなる場所。

 この日常が、自分の帰る場所だったら、それほどに嬉しいことはない。

 

「……いや過保護かい」

「分かるよ夏凜ちゃん、郡家の二人を見てると微笑ましくなってくるよね!」

 

 そう()()()()、嬉しい。

 どうせ()()()()の域を出ないが。

 

 

 放課後を知らせるチャイムが鳴り――――頬を噛みつかれて目を覚ます。

 目覚ましのアラームは、大抵がけたたましいものと思ってはいたが、これはなんとも言い難い。

 

「……んむぅ…………あれ、牛鬼ぃ……?」

 ~♪♪

「……もしかして、起こしてくれたのか?」

 ――! ~♪~♪

 

 そのとおりだと言いたいのか、全く関係なしに齧りたいだけなのかは不明だが、聞いた途端に甘噛みの速度は加速した。何故だ。

 スマホからアラームが鳴り響く前に、セットしていた目覚ましを切っておいた。ほっぺたをモニュモニュと咀嚼されて目を覚ますのは、なるほど確かに新感覚だ。涎まみれになる欠点を除けば、うるさくないしそこまで不快でもないしで、割とアリなのかもしれない。

 保健室のベッドから起き上がろうとして、すぐに力尽きる。ついでに眠気もこみ上げてくる。

 すぐさま腹筋が吊りそうになって、バタリとベッドへ倒れ込んだ。

 

「……千景さんが来るまで、このままか」

 

 この有様ではすぐ傍にある車椅子にも移れまい。自分の思うように移動もままならないのが、こうも困ることだとは思ってもみなかった。

 

「……――――東郷も、『羽佐間も』、こんな風に感じてたのかな」

 

 ――――ともあれ。

 

「暇だ」

 

 千景が来てくれるまでもう少しかかるだろう。ちょうどよく話し相手に辛うじてはなりそうなケダモノを、いつまでも吸い付いてくる頬から引き剥がした。引き剥がしても短い手を伸ばしてきて、隙を見ては再び噛みついてきそうな雰囲気だ。確かに精霊には懐かれていたが、もしかしたら美味しそうな匂いが漂っていたからなのかもしれない。だって食いつき方がビーフジャーキーと遜色がない。カズキの肌はジャーキー味。

 

「なあ牛鬼」

 ――?

「よかったら車椅子に移る手伝いとか……」

 ! ――!!

「…………ごめん、お前には無理か」

 ――!?

 

 胸を張るような仕草で自信満々だったが、あまりにサイズ差が有り過ぎる。歩けなくなってからの短期間でカズキの体重も相当減ったが、スマホ以上の大きさを持ち上げている覚えのない牛鬼では、支えきれずに押し潰されてしまうだろう。食肉へ加工してしまうのは、少しだけ心が痛むかもしれない。

 

「要所要所で色々助かるけどな……肝心なところがなぁ……」

 ――! ――!!

「助けてくれようとしてるのは分かるけど」

 

 朝に顔を洗う時や、喉が渇いたら飲み物とコップを冷蔵庫から持って来てくれたり、靴を履く際も手伝ってくれていた。千景さんと同じくらい甲斐甲斐しくしてくれた。

 

「風呂と着替えとトイレの時だけ、お前って頑なに近寄らないよな」

 ……!!

「いや……千景さんには絶対に任せちゃダメだろ」

 ……、……。

 

『それはそうですね』とでも言いたげな雰囲気だった。なにやらこの化生は、男女間の機微にある程度の理解を持っているらしい。妖怪崩れのくせに生意気だ。

 

「座れる場所さえあれば、俺も何とか自分で頑張れるからさ」

 ――? ――!

「分かってるよ、無理はしない。でも自分でできる内はなるべく人の手を借りたくないんだ」

 ……――――!

 

 何かを言いたげにしていたが、その意志表示の動作を見せる前にその精霊はどこともなく消え去った。

 代わりに保健室の扉を開いて顔を見せたのは、その精霊の主だった。

 

「ありゃりゃ? 起きてたんだね」

「……千景さんは?」

「いの一番に千景先輩かぁ……」

「……ご、ごめん……そんなつもりじゃなくて」

 

 やってしまった。結城はカズキの様子を見に来てくれたのだろうに、まるで落胆したような態度はあんまりだ。失礼という語句の意味を余すことなく表してしまっている。

 

「あっ、違うの責めたかったんじゃなくて」

「……本当に、ごめんな」

「……先輩のことが大好きなんだなぁ~って、思っただけだよ?」

「…………好きとは、ちょっと違うな」

 

 男女間の話をしているのではないと分かる。仲の良い姉弟を見るようだと、嬉しそうに結城の目は語っていたが。

 

「恩義……かな」

「恩、ですかぁ」

「ああ。……俺の命を全部使っても、返し切れないくらいの大恩がある」

 

 けれど郡カズキが自分で決められる範疇を用いて恩を返すには、必ずと言っていいほど限界がある。記憶も無い。住所も千景から貰い、生産的な特技があったりもしない自分では、価値のある何かで返礼することも出来やしない。

 自分の匙加減を自由に使えるのだなんて、精々が命くらいだ。

 

「一生を使ってでも恩を返す。……結城との約束に並ぶくらい、俺にとって大事なことなんだ」

「……」

 

 それに千景の望む未来を自分も共に望んで進めば、その道程で自分の過去を取り戻せる。乃木は『ちーちゃんのために戦ってみれば、きっと見つかるんよ~』と、確かにそう言った。千景は『戦い抜いた先に、貴方の過去はきっとある』と、確かにそう言っていた。

 自分もそれを信じている。郡カズキへいの一番に手を差し伸べてくれたのだから、信じる以外などの選択があるものか。

 

「……」

「……」

「……」

「……?」

 

 相槌でも何でも、結城からのアクションを待っていたのだが黙り込んでしまった。カズキも知らぬ間に、何か不躾なことでも言ってしまっただろうか。

 

「……ど、どうした」

「……いやー、驚いちゃった」

 

 照れくさそうに頭を掻く姿は、いわゆるあざといってやつなのかもしれない。東郷あたりに見せたら大喜びしそうだ。

 

「だって、それって、千景先輩と同じくらい――――…………」

「……結城?」

「…………ううん、約束のことを覚えてくれてたんだなって、嬉しくなっちゃった」

 

 忘れることなど絶対無い。

 

 ――真壁一騎(記憶)を、必ず取り戻す。

 ――本当……?

 ――……約束する。絶対に、いつか必ず真壁一騎として、結城にただいまって言うよ。

 

 郡カズキが真壁一騎の席を勝手に座っているのなら、必ずや果たすべき約束だ。

 記憶も、過去も、帰る場所も全部を取り戻すのだ。

 

「待っててくれ」

「うん。……私、――――」

 

 開かれた窓から差し込む風は止み、揺られていたカーテン揺られていたままの形で制止する。世界の時間は止まるとは、そういうことだ。

 

「結城」

 

 言葉の先は聞けず、笑顔だけをそのままに樹海化の波がどんどんと迫ってくる。

 

「……いってきま

 

 言いかけた言葉を止める。どうにも郡カズキは、過ぎた贅沢を口にしようとしていたようだ。

 だって、結城友奈へその言葉を言えるのは、唯一無二の一人だけだ。

 郡カズキが口にして良いモノではない。

 

「――――馬鹿か、俺は」

 

 枕元にあったスマホの画面を、手慣れた様子で操作した。

 接続による神経を侵される痛みはまだする。いや、神経へ直接伝わる痛みだからこそ、この痛みは最後の変質の時までの付き合いになるのかもしれない。

 

「どこにも、いばしょなんてないのに」

「――カズキっ!」

 

 視界がクリアになった頃には急いだ様子の千景が、止まったままの保健室へと駆け込んできた。

 その口が言葉を紡ぐ前に、先回りして言わせないようにした。

 

「いってらっ「やめてください」……え?」

 

 勘違いしそうになってしまう。

 

「……カズキ……?」

「言わなくて大丈夫です」

 

 そんな奢侈を、郡カズキに向けたものではないとしても、今はやめて欲しかった。

 

「慰めで言ってくれるのも分かりますけど……いらないです」

「…………どう、して、そんな……こと」

「もったいないですから」

 

 自分に言うのでなく、彼へいう時のために取っておいて欲しい。

 

「ちゃんと言うべき人が帰って来た時に言ってあげてください」

「――――」

「真壁一騎じゃない俺は、その言葉を受け取りたくない」

「――――ちがう」

 

 そうしてやっとこさ、待ち望んだ波がカズキを戦場へと誘う。

 

「ちがっ、違う……!」

「…………」

「真壁さんじゃないっ! 私はっ、貴方に――――」

 

 ああ、よかった。最後の言葉は何も聞こえず、神樹の意志は戦いの渦中へとカズキを誘ってくれた。

 花の津波が視界を退いて――――目の前には、黄金の巨躯が浮かび、嗤った。

 人の仕草を真似ただけでは表現できない醜悪さは、憎しみを学び尽くした証。血走り、ギョロリと敵となる郡カズキを認識して、再び嘲笑う。

 感情を読み取るまでもなく、動作の逐一からは悪意が探れてしまう。アザゼル型であるのは間違いなく、これまで相対してきた存在ともまた一線を画す規模を感じ取った。

 

「…………二体分、くらいか」

 

 これまで戦ったアザゼル型は、単体でこの箱庭程度ならおつりが出る程の余裕さで滅ぼせる。それが二体分は集約した力の濃度を感じ取った。

 波長として似ていたのは、ロードランナーだ。アレが二体分となれば、これまでにない激戦になるのは必至。

 

「だからどうした」

『――――!!』

 

 戦って敵を倒す。それは、自分が真壁一騎の席に座っていることを許されるための絶対条件だ。

 つまり、これこそが郡カズキ。

 どんな敵も打倒する。英雄だったらきっとそうしたのだ。だからそのために、郡カズキはここにいる。

 

『――あな、た――は――――ここ――に――――い――ます――――か――――?』

「ああ、俺はここにいる……!」

 

 赤く加熱された左手に、ワームを纏った紫電が絡まる。右手を紅の結晶が覆い、身の丈を超える機械仕掛けの白槍の柄と手とを繋ぎ留める。

 敵は暗い雲のようなフィールドを纏う。一見すれば霧か何かとも見えなくもないが、あの雲は全てをワームで形成されている。樹海内を広がり続けるフィールドをどうにかしなくては、満足に戦うことは出来ないだろう。球体のような体から伸びた四肢からは、頼りないと言った要素は見受けられない。殴り合ったりなどの近接戦闘の線も油断してはならないだろう。

 一見しての戦術予測は終わりだ。

 武装の確認は問題なし。クローラーから得た新たな力は、その場その場で扱い方を覚えていけばいい。

 

「ここにいるぞ!!」

『――――、ッ!!』

 

 敵は『アザゼル型C型種・アビエイター』

 史上最強の敵を目の前にして、この力を継いだ意味を、郡カズキが存在する理由を、戦いの中で示す時だ。

 暗黒の嵐を引き裂き、一気にアビエイターの目の前へ躍り出る。

 白磁の長槍と黄金の剛腕がぶつかり合い、互いのフィールドは余波で掻き消えた。

 

「おおおおおおおっアアああああああ、あああああああ!!!!!!」

 

 この日から――――郡カズキは、今まで住んでいた家には戻らなくなる。

 この先もずっと、郡千景が待つ家に、郡カズキは永遠に戻らない。




 戦っていけば砕け散るだろう。
 戦っていけば取り戻せるだろう。
 そう信じて戦いを続けてここまで来た。でも。
 命が尽きるまで戦っては、取り戻しても意味が無い――――?
 取り戻しても、命が尽きるまで戦うから意味が無い――――?
 日常の中では動けないから、思考ばかりを回す日々。そうしてやっぱり思い至る。
 矛盾しているのかどうかも分からない。
 だって、ずっとその二つを信じて戦い続けていたから、今更その二つの願いが迎合してしまうだなんて思い至ったところでどうすればいい。
 ――――ずっと、裏切られて、騙され続けていたのなら。
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