郡カズキは英雄である   作:真の柿の種(偽)

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 絡みつく。耳に残る。
 貴女のゆるぎない声が――――浅い眠りの中で、響き続けては奮い立つ勇気をくれた。
 その『声』はかつて、どうしようもないくらい『どこにもいない』者を救ったこと。
 それを、貴方は知っていましたか?


この場所に未練を想う前に

 二色が混合した流星は黒雲を引き裂き、球体のような腹へと目掛けて飛び込んでいく。

 ルガーランスは敵の肉を穿――――つことなく、暗黒の障壁と鍔迫り合う。

 

「ぐっ、ううぅ……っ!!」

『――――』

「うおおおおぉぉォォォオオッッ!!!!」

 

 ぶつかり合うエネルギーは行き場を無くした端から弾けた。槍と障壁が挟み込む空間は金切り声を上げて、青白い閃光が発露させる。反発し合う力は雷となり、大気の焦げた臭いが鼻を突く。

 十を超えた展開が、再び繰り広げられる。

 

『――、――』

「ぐくっっ……!!!!」

『――――ッ! っ!』

 

 冗談みたいな熱威が全身を叩いて、それすらも余波の一端でしかない。

 

「――――え?」

 

 突然にアビエイターの腹部に蠢いた醜悪の顔を見て、真っ先に浮かんだのは『何故?』の二文字だった。

 だってコイツは勇者部のみんなが倒していた。そう、()()()()()()()。なのにどうして、ロードランナーの顔が、アビエイターから浮き出てきている――――!?

 

「っ!?」

『――――!!』

 

 その顔は、言葉にならない悪意を言紡いだ。

 地獄の顕現と見間違う灼熱は集約されて、前方へ――――つまりカズキへと向けて放たれた。

 回避は間に合わないと即座の判断。左腕を迷いなく炎熱の砲撃へ晒す。

 

「うっ、ぐっっ、あっっっぁぁ!?!!」

 

 攻めを盤石にするべく残していたニヒトの力を迷い一つなく、惜しみなく使ってもまるですり抜けるように全身を焦がしていく。

 障壁を軋ませていた槍は、炎の勢いに身体ごと圧し流されてしまい、吶喊へ力を注ぎ、一番に守りを棄てていた右腕は炎に舐めとられて()()()()。槍ごと、ザインの力を纏ったハズの体はいとも簡単に消し飛んだ。

 吹き飛ばされる勢いに身を任せて、急ぎ射程から距離を取った。

 

「っ、なんて怪物……っ」

『――、――、――、――』

「こんなっ、何度も喰らってやれないぞ……!!」

 

 身体を咳き込むように揺らす様子は、戦いが始まってから何度か見受けた動作。

 感情を持ち合わせているのは知っていた。攻めてきたフェストゥムの全てが、人に敵愾の感情を抱いていることも肌で感じている。相対してきたアザゼル型達にも憎しみの心が確かにあり、敵を害するための悪意も持ち合わせていた。そうなのだ、フェストゥムとは――――人と同じで心と感情を持った存在なのだ。

 そうしてアビエイターと相対して、似たような感想を抱き、そしてそれ以上だ。

 

「……愉しそうだな、お前」

『――っ! っ――!!』

「命を消すことが、そんなに笑えるのか」

 

 この敵は、今までで一番の悪辣さを持ち合わせている。カズキが痛みに呻く姿を見て、その無様を心底から嬉しそうに嘲笑っているのだ。

 幼子が虫の四肢を毟り取る、透明感すら持ち合わせたようなおぞましさを感じる。やはりこの個体も他の例に漏れず、人間とは相容れない存在なのだ。

 

「だったら、壊してみろ――――!!」

『――?? ――――!!!!』

 

 結晶が右腕部へと発生し、右腕ごとルガーランスを再構成する暇も待たずに跳び発つ。

 咄嗟に敵から放たれる紫の電撃を、同質の紫電をぶつけて反らし、減速することなく右腕は突き出され――――紅い結晶の内から白く美しい長槍は咲き、まっすぐに伸ばされた長槍が叩き込まれる。

 

「今度は……!」

『――――!!』

 

 眼前で暗黒の波動が爆ぜ、再び尋常の埒を外れた極熱が全身へ降りかから()()()()

 紫電が荒々しく迸った左手を起点に、極寒の領域が広がって、敵の灼熱を抑えつけていく。敵から得て間もない力だ、習熟なんて目ではないほどに使いこなせていないが、無軌道に周りへ振り撒くだけならいつでも行使できる。凍り付いたフィールドこそ獄冷の悪魔が支配する世界なら、その世界を再現できる力を得た自分は、敵の力を大きく阻害することが出来る。

 あとはぶつかり合うだけ。

 

「もうさせない!」

『!? ――!』

「あとはっっ、こじ、開けるだけだぁぁぁああああ!!!!」

 

 凍結の力は敵の防壁にすら作用し、強靭の象徴となっていた壁へ脆弱を付与し、訪れたその罅を見逃さない。

 槍が障壁を貫き、その先にある黄金の肉を突き刺し、その身体を引き裂き――――――――脳の奥で、弾けるような鋭い痛み。

 

「ぁ――――――――、っっっっ!??? ぁっ、があああああああああ!!!???」

 

 視界が赤く染まって、暗く染まっていく。視力が、ザインとニヒトへ代わっていれば一時的に凌げていたそれが、とうとう非日常の中でも奪われた。アビエイターの姿もきっとこの瞳は、もう二度と世界を映すことはなくなってしまった。

 肩から、腕から、背中から、全身から結晶が皮膚を裂いて浮き出てくる。外側だけではない。内からも、筋肉、骨、血管のあらゆる所へ散り散りに、鋭利な結晶が生まれて全身を刺し尽くす。

 アクティビオンで誤魔化していたもの全部が、一気に噴き出したようだった。

 

「同化、現象……! いま、か…………っ!! ッ、ァァアア――――!!!!」

 

 敵から剥がされる前に背後へ作り出したワームスフィア。そして、刃先を見せる紫の同化アンカー。

 勢いよく射出されたソレを――――自分諸共突き刺し、敵にカズキの体を張り付けて。

 

「うっ、ごぉっ!?」

『――!?!?』

 

 これをもう二本、自分ごと深く、突き刺した。

 

「いっっ!? ぐっ……これ、なら……ぁっ!!」

『ッ――、――ッッ――――!!!!』

 

 敵の姿を視認する必要も無いよう、物理的に敵へと密着させる。

 ルガーランスの機構を全開に、そうして体内に直接ザインの力を浴びせる。この戦いはそれで終わるのだ。

 燃え尽きる前に、終わらせなければならないのだから。

 

「――――っ!!」

 

 ルガーランスが開き切る直前、アビエイターの腕がザインの身体ごとカズキを鷲掴んだ。握り潰そうと力が込められて、全身の骨が軋みんで悲鳴をあげている。

 そうして敵に直接触れて、流れ込んでくる憎しみの汚濁。

 力づくに潰して、あわよくば同化して取り込もうとしている。引き剥がそうなどとは露とも考えず、とにかくカズキの存在を認めないように、消し去らんと敵には更に力が入る。

 

「消すことしか知らないんだな、お前!!」

『――、――――――!!!!!!!!』

 

 骨の鳴る音が聞こえない。肉の潰れる感覚は遠い。敵の発する悪意だけが、どれほどにでも感じ取れている。

 だから敵と一つになり無に帰す――――調和させる、存在の力。

 記憶に強く残るその言葉を、カズキ(一騎)は静かにそらんじた。

 

「『俺は、お前だ』」

『――――!!!!!!!!!!!』

 

 フレームが悲鳴を叫ぶほど力を注ぎ、ルガーランスの機構は無理矢理にこじ開けられた。

 流れ込む感情の奔流。憎しみ、恨み、悪意、残虐性。喜悦、悲哀、怒号、快楽。同化されていく虚無感すらも、敵からの祝福として受け入れる。拒絶することなく、アビエイターから流れ込む全てを受け入れた。喰らわれる感覚にすら、反発する心は生ませず、ただ心を無にして身を任せた。

 自分の方へとなだれ込んでくる全てを、溶けた境界線は拒みはしない。ただただ己の心に調和させていく。

 そして、自分と相手との違いが分からないくらいに境が消えていくのなら。

 

「『お前は――――――――俺だ』!!!!!!」

 

 相手もまた、自分という存在を調和させて、その存在を無へと溶かしている。

 穏やかな色をした翡翠の結晶が、アビエイターの全身を覆い尽くす。そして自分も同じく、アビエイターと同じ翡翠の華が包み込んだ。この時点で勝負は決したとみるべきか――――いいや、まだだ。

 

「――――っ!!」

 

 敵の命を、あらん限りの力を込めて此方側へと引き寄せる。槍を握る手は、これまで以上により強く。

 探る――――探る、探る、探る。カズキとアビエイターの溶けあった結晶の中で、自分の形を探りだし、強くその形を思い出す。敵の命の形を浮き彫りにして、命の心臓部以外を削ぎ落とした形を現実にさせようとする。

 落下していく瞬間の中でだって、カズキは探し続ける。敵も同様に、存在を喰らわんと探し続ける。コアだけを捉える。命を捕らえる。無へと還すために。憎しみを溶かすために。カズキも、アビエイターも、相手より先に、存在を確立させようと命をぶつけ合う。

 この戦いは、己の中へ、敵の全てを調和させた方が勝利を手に――――!!

 

「っっ――――――――うおおぉぉぉおぉぉぉぉっっっっ!!!!」

 

 翡翠は散華する。

 アビエイターの金色は何処にもいない。郡カズキはその形を保ったままでいられている。そして右手に繋がった槍の先には、身の丈を超える敵のコア。

 

「…………還りな」

 

 力強く脈動し、周囲へ暴熱を撒き散らしているそのコアが、カズキの力で包み込まれていく。

 細かな結晶がコアを包み込み、結晶は槍を伝わり、カズキの両腕へと伝播する。

 そして、飛び散った。

 

「……お前たちの、いるべき、無に」

 

 熱い液体が噴き出しては零れている。重大な欠落を、喪失からくる倦怠が教えてくれる。これはもう倒れ込むまで、そう時間は掛からないだろう。

 倒れこむ前に地へ、樹海へとザインの力を流し込んだ。手で扱うのが今までだった力だ。しかしカズキの身体に順応しきったザルヴァートルの力は既に、右側だろうと左側だろうと、ともすれば手を用いずとも扱うことに対する差異は無い。もう既にカズキの身体は、そこまで出来上がっていた。

 足元を中心として、荒れ果てた樹海には美しい命の翡翠色が敷き詰められていく。

 腕の傷を治す余裕も無い。修復が済んだことを実感して、安心の中でカズキは意識を手放した。

 

 

 ワームによって穴が開き、熱線に抉られ、電撃に焼かれ、凍り付いて砕けた根の大地。敵の攻撃を躱し、防げば余波が生まれる。それと同じくらい、カズキの力の余波もこの世界を削っていた。

 いつか――――三百年前にも見た、人知を超越した戦い。敵は同一の悪魔であり、世界を単体で絶望に染め上げられる強大そのもの。そして存在の力と虚無の力を擁するのは、かの日とは違って小さな少年の身一つ。だけど、両者がぶつかり合う力の大きさに変わりはない。

 過去とは少しだけ――――されど深い相違はあった。

 アザゼル型と類される存在達は、撃退しかできないのが通例とされていた。昔は言うまでもなく、現在だってそうだ。大赦内では、アザゼル型のそのどれもが撃破することが困難だとされてきていた。

 実際、過去の英雄達でも深手を負わせるのが関の山。命を賭してぶつかり切れば、相打ちには出来ただろう瞬間もいくつかあった。だが敵はそれを嫌い、巧みに機を図って撤退していく。そして傷が癒えれば再び襲撃を仕掛けるのだ。寿命というリミットがあるのか怪しいフェストゥムを相手にするには、私達人類はどうしても命が足りていなかった。

 それをカズキと勇者部の少女達は倒し切ったのだ。

 ロードランナー。クローラー。アビエイター。三百年と続く絶対不変だった前提が覆されたことで、大赦は今、()()()てんてこ舞いらしい。

 これ以上ない戦果へ素直に喜ぶ者達。これからの戦いへ更に備える者達。カズキの戦果が気に喰わない者達。未来へと希望を憶えた者達、など。中でも一際大きく声を荒げるのは、ザインとニヒトをモノにしつつあるカズキへ、不安と危惧が増していく者達だろうか。

 恐れているのだ。必要以上に力を増した彼が、反旗を翻すのではないかと――――そんなこと、ある訳がないのに。

 

「……カズキ」

 

 流血の勢いは弱まっている。蛇口を占めたように、流れ出る血はもう殆どない。身体を流れていた水分は、ここから殆どが抜けていったようだった。

 しかし滓のように残った命は、まだ少しづつ零れ堕ちている。その断面を塞ぐように、腕の傷に手を当てた。

 

「……痛かった、でしょうね」

 

 言葉は返ってこない。うつぶせのまま、頻度の少ない痙攣を繰り返す。意識の一片すら保ててはいないのは、苦痛から逃れるための安全措置が働いている可能性も濃い。

 多量の出血によるショックだ。私の中に在る『薬』の力を用いたなら、後遺症もなく癒せるだろう。

 でも、削った命は戻せない。

 力を使うだけで命を燃やす代物。その日をその場限りでも繋ぎ、命を投げ打つことを前提として力を振るう。永い消耗戦を続かせるために力を扱う者は、『電池』とも言い換えても遜色がない。それがファフナーであり、そのあまりに惨い在り方をより濃くしたのがザルヴァートルモデルと言えよう。

『ザイン』も『ニヒト』もあまりに大きな力。人が扱うにはあまりにも大きくて、背負うだけで摩耗していくような重たい力だ。一つとての支払いも無しに扱えるわけがない。

 払う対価はなんなのか。受け止めるのが、果たしてどんな代償なのか。

 

「……」

 

 横たわる彼を見ても、分からないだなんて口が裂けても言えやしない。

 傷口へ『薬』の力が流れて、血だまりに沈む断面を結晶が覆い、弾ける。

 見るに堪えない無残な断面は、傷一つない肌へと癒された。でも、だけど――――。

 

「……? …………う、そ」

 

 喪失は戻らない。

 あったはずの腕は、どこにもなくなってしまったままだ。

 

「っ……! ッ!! ……、……っ!!!! なんで!?」

 

 もう一度力を使っても、まるでその状態こそが健常そのものと体現しているかのように、両腕は喪われたまま。

 諦めずにもう一度力を使った。けれど、三度目の同化結晶がカズキを覆っても、奪われたものは戻ってこない。

 

「…………だめ……っ」

 

 もう一度、試した。

 もう一度、力を注いだ。

 もう一度、今まで惜しんでいたことも忘れて、贅沢なくらいに力を使った。

 もう一度、何度も、『増幅』すら兼ね合わせて、執拗なくらいに取り乱して、力を使い続けていた。

 結局、難しい話ではない。――――近藤さんの『薬』の力が及ばないのは、カズキの存在が私の手には届かない所へ行ってしまったからだ。両腕の喪失は、目に見える形で存在が置き換わったことの証左だ。もうカズキの両腕はカズキのモノではなくなったのだから、治して戻る(モノ)はどこにもないのだ。

 

「お願い、返して……!」

 

 ()()()()()()。そんなことは分かっている。

 

「これ以上は…………!!」

 

 治したところで意味は薄い。そんなことは知っている。

 

「もうカズキに痛みを与えないで……!!!!」

 

 でも、少しぐらいは安寧があってもいいはずだ。せめて、戦い以外は日常を過ごせてもいいはずだ。

 短くても、僅かな間でも、平和な時間を感じさせてあげたい。それはカズキの望みでもあった。そして、私がせめてと望んだ想い。

 

「お願い……――――真壁さん……っ」

 

 ほんの僅かなそれすらも叶わない段階まで、状況は進んできている。だからカズキが()()()()のは、予定調和ですらあったのだろう。それすら、心の何処かで理解していた。

 

「もうカズキを、奪わないであげて…………!!!!」

 

 納得しない心が、無意味に力を使わせる。

 一人孤独に戦っていた彼が、命を酷く使っては削れていく。

 カズキの命が擦り減るごとに、希望ある未来へ近づいている。乃木さんが垣間見て、島のみんなが欲して、私が夢に見て、三百年もの間を待ち焦がれた路へと向かっているのだ。

 彼は希望の導きだ。彼が命を使えば使うほど、未来への路は開かれていく。

 彼の生は、英雄そのものだ。敵と戦い、味方を救い、平和を守り、暗夜航路を灯りとなって先導していく。

 彼が戦う(消えていく)から、私は、私達は、この終わりへ向かうだけの箱庭は、終わりを乗り越える希望へ向かっているのだ。

 戦う背中を見るだけの日々は、罪悪感だらけのこれまでだった。

 けど今は――――――――途方もない吐き気が、ふとした時に湧き上がる。

 

 

「――――へ?」

「……結城さんも来てたのね」

 

 急に現れたように、突然千景先輩がそこにはいた。

 

「…………、……」

「……郡、くん?」

「ええ、よく寝ているわよね」

「…………あれ?」

 

 そしてまた急に画面が切り替わったように、郡くんは深い眠りについていた。

 

「うーん?」

「今日はもう眠ったままでしょう。……結城さんは部室へ行ってらっしゃい」

「え……でも……」

 

 寝息は乱れてリズム感とは程遠く、不健康と思えるくらい不規則。肌の色は血色悪く、白い。心なしか黒いハズの髪色も、薄く灰に濁って見えるのは気のせいだろうか。

 おまけに被された布団には、どこかに強烈な違和感を覚える。

 布団を被せたにしては、腕の厚みが――――

 

「もう行きなさい。カズキのことは私が見てるから」

「…………分かりました」

「犬吠埼さんによろしく伝えてちょうだい」

 

 後ろ髪を引かれる思いのまま、その場から立ち去った。

 保健室を出る直前まで目に映るのは、命が失せたような寝顔を懸命に見つめる千景先輩。

 見送る覚悟とも取れるその瞳の色が、どことない不安を掻き立てた。

 

 

 不思議な場所にいた。

 根は澄んだ翡翠。そして樹木のように成長が進むにつれて、色がより濃く強く変わっていくのだろう。

 薄暗いかと思えば、それ以上の紅い絢爛が雪のように降り注ぐ。綺羅艶やかな雪は落ち葉。幹はしっかりとして、膨らむ結晶は広がる枝のよう。

 幻想的な光景は神話的で、ある種の林にも思えた。

 

「多くの心を感じる」

「多くの心が、ここへ帰ってきた」

「……いろんな命が、ここにあった」

「私達が奪った命も、私達が奪われた命も、ここに集って力は育つ」

 

 見覚えのある少女がそこにはいた。

 彼女は、優しかった。生まれる前からこの島を見守り、生まれてからも島を守るために痛みに耐えて尽力を続けた。けれどそれは、戦いの中では足を引き摺るものだ。だから非情に徹して、冷徹に強張る仮面を張り付けた。少女にとっては家族と言える島民がいなくなっても、戦士たちが島を守るためにいなくなっても、決して人前では泣こうとはしなかった。

『皆城織姫』とは――――――――そう、らしい。

 

「この島は、誰も忘れないんだな」

「誰かがいなくなっても、その誰かがそこにいた証は残るの」

「いいな、それ。……ここは……この島は、どこを切り取ってもやさしい気配がする」

 

 少女へそう伝えれば、顔を隠すように顔を背ける。内情を知って彼女の反応を見れば、その毅然とした態度に隠された暖かさが丸分かりだ。

 

「貴方はまだここに来るべきではない。今は貴方の周りを守りなさい」

「そうか」

 

 彼女がそう言うのならきっとそうなのだ。無条件で信じてしまえるのは、カズキの中にある『真壁一騎』と『皆城総士』の因子がそうさせるのだろうか。

 

「この時間よりももっと先に、カズキが島に帰る瞬間がきっと来る」

「…………帰る?」

 

 カズキ――――ああ、真壁一騎のことか。

 

「真壁一騎なら、そうだ…………その内、帰って来る」

「そう。……貴方は、本当の自分を探しているのね」

「……何の、話をしてるんだ?」

「――――大丈夫、帰ってきていいんだよ」

 

 夢で見た少女と瓜二つな彼女は、硬く閉ざされていた表情を柔らかくほどいていく。

 

「一騎だけじゃない」

 

 ただの人間とは違う形の瞳孔は、大きな優しさを含んでいた。

 

「郡カズキも、まだ何者でもないただの『カズキ』も、帰ってきていいんだよ」

「…………」

 

 優しさで紡がれたこの島の神様が、その赦しをくれたのなら。

 

「いつかの未来に、この島へ帰っておいで」

 

 どこにも行き場の無かった自分が、最期に縋れる本当の居場所。

 

 

 起きては少しだけ眠り、眠ったかと思えば少しだけ起きて。虚ろな夢から浮上しきれず、海面に顔だけを出したような中途半端な覚醒を繰り返す。自己消失とも感じられる気絶感へ苦言一つも呈さず、カズキは少しづつ、いなくなっていくようだった。

 アビエイターを撃破してから、もうカズキは日常から切り離された暮らしに慣れたのだろう。二肢を投げ出して、なるべく体力を使わないように心がけているのだ。

 

「…………、」

 

 もはや慣れすら微塵も感じられない段階なのかもしれないが。

 

「……、………………」

「! どうしたのカズキ?」

 

 そんな彼が、うつらうつらと口を動かした。

 身じろぎも取れない彼にとって、喋ることすら不快が纏う動作だ。今まで当たり前に行えていたことの全てがぎこちなくなってしまう嫌悪には、当人しか分からない恐ろしさも含んでいるだろう。

 それを吞み込んででも、彼は何かを伝えようとしてた。

 

「ゆっくりでいいのよ。伝えたいこと、落ち着いて教えて?」

「…………、……、」

「……」

 

 きっと私の声すら届いていない。

 世界の感じられる全てはもう、カズキの傍から遠くへ過ぎ去っているのだ。

 

「……っ……ぅ」

「――え?」

 

 本当に、生者とは思えない弱々しさだった。

 

「……、……たい」

「っ…………カズ、」

「いきて、いたい」

「――――――――」

 

 彼はもう、それが無理なことを知っている。

 夢うつつだから、叶わない望みが口に出た。

 

「――――」

「いきたい」

「――あ、ぁ」

 

 顔の周りを飛び回る精霊へ、まるで通じてるかのように話しかけた。

 

「…………ああ、わかってるよ」

 ――……? ……、……――――!!

「むりなのは、しってるさ」

 ――!! ――――!!!!

「――――――――ッ」

 

 きっともう、私が傍に居ることも気になってはいない。ここには自分以外に誰もいないと思っているのだ。

 目も耳も鼻も肌も味も、カズキの世界は全てが遠い。

 ボソリと呟いた独り言だ。だからこそ彼は本心から望んでいたことを、唯一残った心のままに呟いた。

 

「……、…………ッ……カズっ、き……」

「……………………」

 

 穏やかに眠りこける横顔は、死人のように静かだった。

 カーテンから漏れる陽の灯りが、色白い顔色を尚更に白くする。

 目が見えないからテレビは置いてない。耳が聞こえないから音楽も聞けない。腕が無いから手持ち無沙汰を紛らわせもしない。ベッドと車椅子以外が空っぽな病室は、生者など存在していないかのように生活感に欠けていた。

 日を増す毎に、半日と経つ度に、一時間と過ぎていく程、寝息を立てる頻度は酷く増していく。

 眠ったように穏やかな導入で、静かに気絶を繰り返している。

 意識の沈殿深度は、半死や仮死とも変わりない。目を覚ましていたところで、彼の世界は暗闇と静寂に満たされている。そんな非情で冷たい現実だけをぼうっと眺めて、その内に訪れるその時に()()()()()のだ。

 

「あ、ぁぁ、、っっ」

 

 命を使い切る瞬間を、今か今かと待ち侘びる。

 それだけを指針にして、虚ろな亡霊の様相で、虚無が支配する病室で絶えかけた息を続ける。

 流れる状況に身を浸すだけの日々の中、それを良しとして――――ふとこぼした彼の何気ない日常の欲求が、私の心を傷めて抉って穿って、ズタズタに引き裂いた。

 

「っぁああああ、、、ぁぁあ、あぁあ…………」

 

 メディカルチェックの結果は、あと二週間もないと結論が出ている。

 それすらも正確な事実を知らずに、なのにその時は近いのだとカズキは察している。察して、戦う以外の日常を諦めていた。

 戦うことだけが自分の日常だと、それ以外の未来を諦めていた。

 

「ごめん、なさい」

 ――千景さんが俺を希望だと信じてくれるなら、俺もその未来を信じたいです。

「……!! ごめんなさい、ごめんなさい。ごめんなさい……!」

 

 謝罪したって何一つも変わりはしない。私はカズキの代わりに戦えない。カズキに戦わなくてもいいと言いたい、けど言えない。

 

「ごめんなさい。……………………ごめんなさい」

 

 吐いた嘘が信頼を勝ち取り、その事実が時を跨ぎ、巡って廻って私を殺そうとする。吐いた嘘が、彼の背中を押してしまっていた。奈落へ突き落とす。その嘘を彼が知った時、私はきっと許されない。誰かを守り、誰かの平和を守るために命を使える優しい心の持ち主。それが憎しみに染め上がっても、その責任は私に在る。

 彼の心は、運命は、どうすれば救われるのだろうか。

 

「……………………島、は……、…………でも…………!」

 

 島へ辿り着くなら、それまでに残された時間はあまりにも―――――――――――――。

 

 

「……カズキ君は、やっぱりいないんですね」

「アイツと千景は無し。アタシ達だけでどうにかするわよ」

 

 一度でも終わりを告げたと信じていた戦場へ連れ戻された事実。大きな戦力としての心理的安堵感が欠けていること。前者も後者も、日常を謳歌していた私達を揺らすには容易い。

 友奈ちゃんや樹ちゃんに私は当然として、決然の表情を張り付ける風先輩も、戦意を昂らせて気を引き締める夏凜ちゃんも、誰しもが一瞥の不安を隠しきれない。

 

「神樹さまのお告げによれば敵は一体。それもアザゼル型級の特大じゃない」

「ようは残党狩りでしょ? さっさと終わらせて……郡の見舞いに行くわよ」

「あ、郡くんの呼び方がいつの間にか変わってるー!」

「っ……うっさい! ほら変身するわよ!!」

 

 早退の頻度が多くなり、ついには休みがちになってしまったカズキ君の容態は、千景先輩曰くではあるが重いものではないらしい。面会の是非はまだ聞いていないが、健康診断程度の検査入院なのであれば急な面会も問題ないだろう。

 文化祭で彼に担当してもらう役割も決まりつつあるが、勝手に決定させるわけにもいくまい。彼の意見も取り入れてこそ勇者部の出し物として形作られるのだから。

 

「よしっ、行こっか牛鬼!」

 ――!!

「結城友奈! 一番槍で」

「……――待って友奈ちゃん」

 

 ――――大気を貫く、一条の流星。

 清廉な白色は、見覚えのある力強い美しさ。槍を持つ手元には、翡翠の優しい命の色。

 槍を握る腕は曲線淑やかな白い装甲に包まれて、それでいて機械のような冷たさを内包して――――否、()()()()()()()()()()()

 

「! っと……東郷さん?」

「どうしたんですか先輩?」

 

 迫りくる大きな存在。その存在を感じ取れば圧倒され、気配を感じれば圧迫を背負わせる。

 以前よりも存在感は二回り以上に膨らんでいるが、吹き荒れるこの強大さを忘れたりなどしない。

 

「――――カズキ、君」

「…………何ですって?」

「どこに――」

 

 友奈ちゃんの言葉を遮って、上空を引き裂く白色の一閃が通り過ぎる。

 その光を忘れることは難しい。

 

「えっ、ちょ、いたんかい!?」

「遅れてらんないわよ!!」

「うん! 私達も急ごう!!」

 

 姿を勇者の装束へと変えて、敵がいる方向――カズキ君が飛んでいた方角へ足を向けた途端に、敵を討ったことを知らせる結晶が散っていた。

 上からの強襲、と同時に同化。たった二回の行動を取るだけで、不安を抱いた戦場はその意味を終わらせた。何度か行われた敵との戦いの中で最速の決着だ。

 敵の姿を確認すらせず、この戦いは終わりを告げたのだ。

 

「郡くーん!!」

「カズキ! アンタ来るなら最初からそう言いなさいよ!!」

「……」

 

 勇者の足なら樹海化が解ける前に、少しくらいなら顔色も確認できる。

 飛び跳ねて近づいた私達は、足早に彼へと近づいていく。

 背中を向けて、制服の袖を何故か()()()()()()、こちらを一瞥もせずに景色を見つめている。

 ――本当に、景色を見ているのだろうか?

 

「カズキ君?」

「……」

「郡! 何を無視してんのよ!!」

「…………」

「ちょっと……カズ――――キ、アンタ……!?」

「――――うそ」

 

 一言もしゃべらないのは――喋れないのか。

 酷く違和感が強い。何か、致命的な部分から目を背けている自分に嫌な予感が止まらない。

 揺れる袖、その意味を理解するまで時間はそういらない。ここにいるみんなは、それくらいを汲み取れるくらいには敏い。

 あるハズの厚みが、どこにもない。

 

「……せんぱい、左腕、が……!?」

「……」

「いつから……ううん、どうしてっ! 何があったの郡くん!!?」

「……」

「答えなさいカズキ!!」

 

 友奈ちゃんの問いに、風先輩の動揺にも、反応を一つと示さない。

 業を煮やした夏凜ちゃんは有無も言わず、詰め寄って肩を――掴もうとして、中身の無い袖にクシャリと皺を作った。

 

「ッ、……聞いてんの!?」

「……? ……だれ、だ……?」

「は? ……私は三好夏凜! 忘れたの!?」

「…………? ……ごめん、わからない」

 

 彼は、おかしなことを言っていた。

 眼前に、耳元で。大きな声でこれでもかと叫んでいるのに、まるで聞こえないような反応だった。唾がかかるほどに近い距離だったのに、まるで見えないような反応だった。

 まるで、まるで。

 ――――まるで?

 

「…………そこに、だれかいるのか……?」

「……変な冗談やめてよ。……アタシよ! 犬吠埼風!!」

「カズキ先輩……!」

「……もしかして、ゆうしゃぶ……?」

 

 そう言って、見当違いの方角へ向けてその言葉を放っていた。

 誰もいない空間へ話しかける姿は、空虚だけが鳴り響いているようで。

 痛々しさすら感じる彼の状態を、私達が察するのは簡単だった。

 

「…………――――まさか、ほんとうに」

「……みんな、いるのか……?」

「……………………郡、くん…………?」

 

 クロッシングを通して伝える、等の解決方法にも手がつかない。

 光も音も、人としての腕もいつの間にか失っていた姿を見て、何をどうすれば正解なのだとは誰も知らない。

 

「…………どうして……」

「どうしてはこっちの……!」

「なんで、みんながここに!?」

「……カズキ先輩?」

 

 まるで、私達がここにいることに驚愕しているような言い草だった。

 追及の声を上げようと口を開きかけた時、遮るかのように景色は大きくぶれていく。

 

「な、んで…………」

「郡、いい加減にしなさいよあんた!!」

「なんで、だよ――――千景さん!!!!」

 

 夏凛ちゃんの怒声もものとも聞こえない。それを遮る弾劾と怒りを込めた叫びは、悲痛と困惑で彩られていた。

 裏切りを咎める叫びと重なって、世界のヴェールは拭い攫われていった。

 

「――――――――――――え?」

「……ここ、は」

 

 樹海化は明けた。でも戻ってきた場所はいつも通りに学校の屋上ではなく、世界を隔てる壁へと向いた見晴らし台のような場所。

 瀬戸大橋を一望できる位置に、友奈ちゃんと私と。

 憔悴した顔色のカズキ君も連れて来られていた。

 

「カズキ君、もう樹海化は解けたのだから、クロッシングはもういいのよ」

「……微かに聞こえるけど、何を言ってるかは分からない」

「…………やっぱり、聞こえないのね」

「聞きたいことも、クロッシングでなら伝わる」

 

 目の前に居るのに心で会話をするのは、なんとも不思議な感覚だ。だが目も見えないのなら筆談も出来ない。クロッシングだけで全てが伝わる訳ではないだろうが、この時に限ってはありがたさしかない。

 友奈ちゃんと私は変身を解かずに、カズキ君へと問うた。

 

『……腕は、どうしたの?』

「右と左、どっちの話だ」

『両方よ』

「力を使い過ぎて、人の形を保てなくなった」

 

 あっけらかんと、自然体に言い放った。

 

「目も耳も、同じ理由だ」

『……最後に戦ってからはそんなじゃなかったよ』

『ええ。車椅子で暮らしてはいたけど、それでもそんな…………ことには、なっていなかったはずよ』

「……それは……」

 

 言い淀む不安と、隠そうとする罪悪の感情は感じられる。でも、その先を探ろうとすれば、ガラスの壁のような手応えに阻まれて、彼の心をより深く考察することがままならない。

 言いたがらない何かがある。それをどうにか聞き出せれば、彼の今の状態はもちろんのこと、彼が日々衰弱していた件についても知れるということだ。

 彼の身に何が起こっていたのか。私達に隠れて何をしていたのか。その二つを明らかにしなければならない。

 

「……ところで、ここはどこなんだ。どうして屋上じゃなくて……」

『誤魔化そうとしているのも伝わってるのだけど』

『……でも、どうして私達だけ……?』

『私が三人を呼んだんだ~』

 

 友奈ちゃんの疑問に、聞き覚えのある声が差し込んだ。

 

『ふぇっ!?』

『どもども~、横からお邪魔してますね~』

『――――――――』

 

 記憶にある声。死闘という極地の時間を共有して、忘れることなどできようか。

 一時忘却していたとしても、何度でも私はその時間を取り戻す。だって、こうして思い出しているのが何よりの証拠だ。

 四人で戦い、暮らし、過ごした時間は亡くさない。

 

『三人とはどうしても話したくて、私が連れてきちゃいました~』

 

 花のような笑顔を台無しにする、白く夥しい包帯。纏わり憑かれて、屍のようだと、酷い想起をしてしまった。

 クロッシングへ割り込んできた、その声は。

 

「……乃木」

『イエーイ! そうです、元勇者で乃木さんちの園子さんだぜぇーぃ!』

「元気だな」

『ずんくんは……うん、相変わらずダウナーなイケメンだね』

 

 彼女の天真爛漫かつ突発的なノリにも、カズキ君は戸惑わず受け答えている。知己、だったのだろう。

 

『そのっち――――』

『……やっぱり、記憶が戻ってたんだね』

『…………夏休みの頃から、眠ってる間に少しづつ』

 

 足が快復した時を機に、夢という形で思い出してはいた。

 自分が鷲尾須美だった過去も、朧気ながらに取り戻していたのだ。

 

『そうだったの東郷さん!?』

『黙っててごめんなさい友奈ちゃん。……でも、あまりにもそのっち達がいた痕跡が薄くて、本当は現実なんかじゃなくって……』

『――サッパリ全部が夢だと疑ってた?』

 

 仕方なさそうに、包帯に殆ど隠れた表情は儚く笑った。

 

「乃木と東郷は、知り合いだったのか」

『うん。……それを思い出せたのも、ずんくんのお陰』

「――――おい、乃木」

『ダメだよ。もう全部説明しなくちゃいけないの。ゆーゆーにも、わっしーにも。…………ずんくんにも』

『……? カズキ君にも?』

「…………」

 

 何を離されるのかすら当たりが付いている反応なのだろう。無言の中には、そういった感情が蠢いている。

 

『さて~……なにはともあれ』

 

 ベッドの上から――――寝たきりの体勢に慣れた雰囲気を放って、心からの言葉で彼女はこういった。

 

「――久しぶり、わっしー」

「ぁ――――…………そのっち……」

「また会えて嬉しいんよ~」

 

 いつの間にか私の指先は、リボンを優しく撫でている。

 その肉声を直接聞いた時、もう、感情は抑えきれなかった。




 ()()には過去があるのだと教えられた時、怖かった。
 今、何かくだらないことを考えている自分が否定された気がした。
 自分にも過去があるのだと教わった日は、嬉しかった。
 優しい貴女とは、以前からの暖かな縁があると知って、それが誇らしかった。
 過去を見つけるのは、怖くて楽しみだった。今こんなに必死な自分が消えてしまうのではないかと怖くて、それと同じくらいに戻ってくることを期待されている自分――――真壁一騎が嬉しかった。
 命だって、惜しくはない。本当は怖いけど、かまうことはない。
 心だって、砕けてもいい。本当は泣きたくなるけど、厭うことではない。
 世界の光だ。その在り方で平和を守り抜く輝き。
 誰もが待ち焦がれ、帰還を望んだ存在が、戻ってくるのだ。
 取るに取らない抜け殻のような存在に奪われていたその椅子を、望まれたように、在るべき存在へと返還させられる。
 英雄の帰りを望んだ一人として、それはどれほどの栄光なのだろうか。
 世界のためを思うなら、それが一番いい。
 それ以外の選択は、どこにもない。























 本当はこわい。こわいよ。平和を守るために戦った日々がなくなる。頑張って痛みを抑えて戦った証もなかったことになる。悔しいよ。勇者部と過ぎ去った季節の一つ一つも消えていく。人形劇での柔らかな記憶も、散って消えてどこにもなくなる。悲しい。泣きたいし叫びたい。千景さんと暮らした静かで堅苦しくとも優しいその場所も。最後まで彼女と仲良くなれなかったしこりも残る。後悔だけをのこしたまま、他に意味あるモノを何も残せずに全部が無に帰る。全部が無くなってしまう。なんで俺だったんだ。なんで、どうして、俺が消えるんだろう。ここまで怖い思いをして、自分がいた事を覚える人もいなくなる。だって全部を真壁一騎に奪われてしまう。そうまでして戦って、戦って、痛くて辛くて悔しくて悲しくて、知らない人から、守っていた人から憎しみの視線だってぶつけられて。そこまでする価値が、この世界にハ本当にあッたのカ?
 どうして自分には帰る場所がない?
 どうしてみんなには帰る場所がある?
















































 どうして、自分は消えなくちゃならないのだろう。
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