郡カズキは英雄である   作:真の柿の種(偽)

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 他だったらまだよかった。
 でも、それだけは、どうしてもだめだ。
 他の何よりも、ただそれだけは、どうしても。


もう交わらない

『これから私が話す件……わっしーにはある程度分かるよね』

『ええ。……分からない部分もあるけれど』

『ゆーゆーにもいろいろと説明しないと』

『……うん、私も聞きたい』

 

 カズキは聞かせたくない。だがそうはいかないことも、分からない話ではない。

 

『の前に』

「……」

『ずんくんはもう、システムとの接続を切っても大丈夫なんよ』

 

 人の生を謳歌するための機能が剥がされていくごとに、強まる不可解な感覚があった。見えてないのに、聞こえないのに、触らないのに、確かに他の存在を知覚する。システムと繋がった際に備わる、未知の知覚の拡大化。日常をまともに暮らせなくなれば、その報酬として日常でもその感覚はより強まっている。

 光も音も閉じた世界に置いてけぼりにされても、周りの気配は感じ取れる。意識をしなくてはそれすらも感じなくなるが、しかし五体に搭載された五感とはまた別の感覚は、この場にいる四人と、その周りに隠れて控える何十人を捉えていた。

 

『……それだとカズキ君と意思疎通が取れないわ』

『ファフナーの力を使わなくても、今のずんくんならクロッシングが通じるから大丈夫』

 

 乃木の言葉が意味することを噛み砕けた時に受けた衝撃は思いのほか薄く、重たい納得のほうが幾分か多いくらいだ。それほどにこの身体は最適化を遂げている。ともすれば自分のものではない記憶の中で、多々聞いた――――『ファフナーになる』という意味合いはこれも指すのではないか。

 であれば、あと何割だ。

 

「……そう、なのか?」

『そうなんよ~』

「……そうだったのか」

『ニブニブなずんくんは相変わらずだね~』

 

 人の身体の部分は、あとどれほど残っているのだろうか。

 数えるくらいには残っていたら幸運だ。

 数える必要も無いくらいだったら、それもまあ、幸運なのか。

 

「千景さんは、このことを……」

『――――どうかなぁ』

「……――そうか」

 

 追及されたくなさそうだったから、今はやめておいた。

 喋るとも語らずとも、なんにせよカズキに関する話題は後回しにしたいらしい。それにはカズキも同意だ。結城と東郷には聞かせたくない内容になるだろう。二人が帰った後に詰問する機会をくれるのなら、是非もない。

 

「車椅子はどこだ」

『今持って来てくれるからね』

「それは……周りの人達か?」

『…………ああ、やっぱり隠れてたんだ』

 

 勇者でもなく、カズキと同じような気配も感じない、まっとうで普通の大人たち。そんな者達がこの場に居るのは乃木の不本意だと思い、さり気なく言及した。乃木は()()()()()()をされるのを嫌うから、つい聞いてしまっただけ。

 彼女の思念から仄かに滲むのは、怒り、だろうか。

 抜けているような様子で、その実ポーカーフェイス等の腹芸が不得意ではなかった乃木だ。見えやしない表情も、一見すればにこやかに笑顔を含んでいるのだろう。それを感じ取れたのはカズキ達三人だけ。それ以外が対話の蚊帳に居る者達は、きっとこの場で一番怒らせてはならないであろう少女を怒らせていることに気づけていない。

 向けられる敵視の情は病院で嘲る物とは違い、明確な惧れを含んでいる。そしてその憎しみにも似た感情は、何時ぞや受け取った物よりも肥大化していた。

 何かの拍子で、その突き刺すような敵意は、比喩では済まなくなくなりそうな気もする。彼らの手元に用意されている、冷たくて感情の無い鉄の筒はその意志をこれでもかと反映していた。

 

「切っても、大丈夫……なのか?」

『うん。ミノさんがもうすぐ来てくれるし』

『――――…………』

 

 東郷からは絶句したような感情を受け取れた、が。コレは悪いモノではない。むしろその逆だ。

 安堵と嬉喜の、暖かい心を感じた。それとほんのわずかな罪悪。

 

『それに、()()()()は私が許さないから』

「……そうか」

『そうだよ~――――――――絶対、許さない』

「…………そ、そうか」

『……そのっち、カズキ君が怯えているわ』

 

 そんなことはない。そんなことはないのだが。乃木へ何故か少々の震えを抱いたのは、頼むから伝わっていないように祈りたい。

 そうと決まれば早いところカズキがシステム:ザルヴァートルとの接続を切らなければ、この場での話は前に進めないだろう。せめてその前に車椅子だけは欲しいところだが。

 

『わっしー、ゆーゆー、ミノさんが来るまでずんくんを支えてあげられるかな?』

『もちろん』

『ほら郡くん、いつでもいいよ』

 

 近寄る二人の気配がある。しかしその優しさをおいそれと受け取れやしない。なるだけの迷惑はかけたくないのだから。

 

「いや、三ノ輪が来てからでいい」

『立ってるだけでも辛いでしょ~?』

「……何のはな『いいから』…………分かった」

 

 有無を言わさない圧を込められれば、その意志に従ってカズキは意識を胸の奥へと集中させる。

 心臓に何かが有る訳ではない。ただ、自己に没頭すれば、自然と意識は胸の内へと向く――つまり、心へと向かう。

 スマホはもう無い。アビエイターを打ち倒したその日から、手で弄るのが前提である端末は扱いが困難だ。だから樹海が解けた後、自分は無意識に()()()()()()()()()()()()()。手で触れずとも切り替わるために、ザインとニヒトへと成るための機能は肉体に縫い付けるのが効率的だと考え付いた。

 神経とケーブルが繋がるような感覚が、肉を千切る響きと共に端から断線されていく。

 

「――っぅ?」

 

 白く機械的な右腕の重たさは消失して、砕け散る音が鳴った。両の肩袖が中身無く揺れる様子が、見た者の心へ突き刺さる。

 それをカズキは、露も知らない。

 

『郡くっ――――……うそ』

『…………そんな』

『……』

 

 驚愕と悲哀に依った感情を隠すことなく、また、隠す余裕もない。

 成った後の負担が押し寄せるカズキには、何一つの配慮も出来ない。

 

「…、…ッ、…………、、……っ……」

『……ずんくんはいっぱい無茶して、いっぱい頑張ったんだね』

 

 呼吸がつっかえている。意識なんて綿毛のように不安定で、今にも消し飛んでしまいそうな細い糸を、必死で手繰り寄せることだけに全神経は向かっていた。

 これでは話し合いに参加することすら困難を極める。

 

「……、、、…………っッッ……。、っっ。……」

『――死にかけな顔してるぞー?』

「ッ――、、……――――みの、わ……か、?」

『待たせたっぽいか……――――久しぶり、須美」

 

 勇者の気配が一つ増えたことに、接近されてようやく気が付いた。

 礼の一つも言葉にする余裕もなく、カズキは混濁していく自意識に身を任せた。

 

 

 ――――某日、某所。

 議題は、『仮称:郡カズキ』の扱いについて。

 扱いとは言えども、それは体の良い処理の仕方を話し合い、より効率よく使い潰すかを加味する会議。心の在る命を、命と見做さない凄惨な内容。

 基本の預かりは『郡千景』の監察下に置くのが大前提。しかし彼らが危惧するのは、その『郡千景』が英雄を尖兵として育て、その矛を神樹へと向けるか否か。――――過去に、大赦が『郡千景』という個人を歴史から無きものとして扱おうとして、その報復の刃として英雄の写し身を差し向けやしないか。

 排斥を始めたのは大赦だ。そして、その事実を当の本人は微塵も何とも思うところが無い。けれど自らの棚を上げるかのように被害者の意識をいつまでも持ち続け、大きな力を持つ『郡千景』への恐れを忘れず受け継いでいる。

 本来なら大赦にとっての不穏であり、戦力としても大きな揺らぎとなる英雄の写し身を管理するのは大赦であるのが望ましい。だが大赦が疎んだ『郡千景』こそが、英雄の器を管理する一番の適任であるのは何とも皮肉だ。

 これまでも――――――――そうだった。

 ニヒトに呑み込まれた『ソウシ』を誅する。ザインの力が制御できずに神樹を喰らおうとした『カズキ』を討つ。死した際に発生したワームスフィアの被害を防ぐ。能動的に大赦と対立しようとした英雄の命を奪う。等々、『郡千景』はその役割を確かに果たしている。大赦が望む役割と『郡千景』の目的は違うとも、結局は大赦の利になればそれでよかった。

 けれどその中にも、一度や二度の失敗に近いことも起こっていた。

 神官を、巫女を、大量に同化して神樹の喉元へと迫った。自棄になり、壁を全て壊して外の滅びを内へと運び入れた。この二度の失敗は、脆弱なままに維持を続ける箱庭にとっては致命だ。もう二度と、同様の規模での失敗は許されない。

 島の力――――ファフナーの力への理解に乏しい大赦からすれば、ザインとニヒトの力は不安定極まりない。故にその兆候が少しでも表れれば、彼等からすれば充分に排斥へと移る理由となる。

 大赦の方針が『傍観』から『処理』へと傾き始めたのは、ニヒトの力が発現したから()()()()。その後に一度、憎しみに呑まれたからだ。

 大赦という組織は、組織であるが故に一枚岩ではない。大きく三つの派閥に分かれ――――その内の一つ、()()()とかつて呼ばれた者達の末裔は失敗も糧に、より完成度の高い英雄の器に着手しようとしている。内一つ、大社と呼ばれた者達の末裔は神樹とは異なる未知を恐れ、盾としてだけに用いることに固執して、それ以外の可能性を拒もうとしている。

 そして、かつて『D()()()()()()()』と呼ばれた者達の末裔は――――――――。

 

 

『『満開』に、『散華』……』

『それが勇者システムの真実。……隠すのは、優しさでもあるんだろうけどね』

 

 神の力を宿す勇者システム。ただでさえ人を超える力を宿すそのシステムをより濃密に、より強力に。武装、耐久と戦いにまつわる殆どを神の領域にまで引き上げる勇者の切り札。

 神に近づくことと同義ですらあり、しかも『満開』を繰り返す毎に勇者の力は底増しされていく。その場限りの限定的なパワーアップだけでなく、その後の戦闘までを見越した恒常的な性能強化。神樹からの力をフルに受け取り振るうことのできる、大いなる決戦機能。

 そこまでだけが、勇者部五人とカズキの知らされていた『満開』。それだけだったなら、なんとも使い勝手の良い力なのだろうか。積極的に戦況へと取り入れたいとすら思える。

 

『私は……教えて貰いたかったから』

『……乃木さん』

『知った上で、戦うことを選びたかったから』

 

 神の力という許容を越えた代物を用いるには、人の器はどこまでも脆く、矮小が過ぎる。当然ながら代償となる現象があって然るべきだろう。『散華』とはそういう意味合い。

 華一つ咲けば、一つ散る。乃木はそう語った。身体の一部を喪失する。五感のどこか。歩行機能。声帯機能。臓器機能。あとは、記憶などもその対象になるのかもしれない。云わば自らの一部を削ぎ、力の代償として神へと捧げる。その『散華』までを含めて、『満開』という力の全て。

『散華』という無情のデメリットを知らされなかったなら、何一つも躊躇なく行使していただろう。――――実際に彼女たちはその力を使った。確とその華を開かせて、神の力を示し、絶対的な悪魔の一柱を打倒することさえ果たしていた。

 

『園子は見ての通りで、アタシは片耳と匂い、それと暑いだの寒いだのがまったく分からん』

「……」

『ホントにギリギリだったよね~』

 

 しかし、だとすれば結城と東郷には疑問も残る。

 例えば東郷の下半身不随に記憶喪失は――――つまりそういうことなのだろう。だが。

 

『で、でも、私は……東郷さんも、風先輩も、樹ちゃんも、どこも悪くなってなかったよ?』

『私に限っては、むしろ……』

 

 その当然の疑問に答えを出されるのは、カズキにとって酷く都合が悪かった。

 

「……システムが改善されたんだろ。悪いことじゃない」

『……かもね……だったら、いいね――――――――私の知ってる勇者システムの秘密はこれくらい』

『……?』

『…………』

 

 注視の意識を向けられているのは、些か居心地が悪いものだ。

 

『そろそろ場所を変えようか』

「? ……二人はもういいだろ」

『そうかなぁ……二人も知りたいと思うよ?』

 

 三ノ輪が車椅子を押そうと、カズキへ近寄る気配を感じ取る。

 

『真壁一騎』

『……え?』

『……』

「――――」

 

 その名が出るだけで、結城と東郷へカズキの隠し事が知れる恐れをどうでもよくしてしまう。

 

『三人とも彼の話を聞きたいでしょ?』

「……」

『それじゃあ……大橋の下に行こっか』

 

 欲した答えが、理想と同じ形をしているとは限らない。

 求め続ける努力を続けても、準じた結果に繋がるかは別の話だ。

 

 

 ずっと裏切っていたのは、どうしようもないくらいに事実だった。

 たった一つの嘘が、彼へと希望を抱かせ続けた。

 在りもしないモノを追わせたこと。彼にはそれが必要だった。ただ戦うだけの存在にはさせないために、何かしらの大きな目標は不可欠だ。だから嘘でも、在りもしない空虚を追わせるしかなかった。どこにもない存在を、どこかに在るのだという欺瞞の希望を嘯き続けた。それが一つ目の嘘。

 

「大赦ッッ」

 

 走り出す最中、奥歯の欠ける音がした。

 吐いた噓が、いつまでも私の心を引き裂いてしまう。自業が引き起こしただけの心の自傷なのに、分相応にも罪悪感を抱く。でも、だからこそ、もう二度として、彼がこの世界に居る限り、彼へ虚偽を吐かないと誓った。絶対に、できるだけ彼が望むよう環境を整え続けた。

 なのに、なのに――――なのに!

 

「やってくれたわね……!?」

 

 病院という施設内だろうと構わず、走る。場所なんて決まっている。彼の心をこれ以上ないほどに挫くなら、あの場所しかありえない。その場所への最短ルートを頭に叩き出しながら、走る。車を調達しようにも、手回しされている可能性の濃さを考えれば、やはり走るのが最速。だから遮二無二、無我を夢中に走った。

 樹海の内で動いていた存在に、勇者部が含まれていたのを確認した途端確信した。

 欺かれたのだ。残った時間が少ないことを悟り、幾分かの怯えを抱く彼の心を揺らすには、これ以上ないタイミングでしてやられた。大赦内でも当分の間勇者部は戦わないと決定されて、カズキが尽きるまでを単独で戦わせることは決まっていた。それは力を付けて馴染んでいくことを恐れて、彼を使い潰したがる大赦の意向にも沿っていたハズだ。

 私すらも裏切った狙いは――おそらく不和だ。

 私は信じられていた。だからこそ、その信頼に罅を入れるため。

 そして裏切られ、揺れた心を突き刺すような真実を、矢継ぎ早に詰め込まれたとしたら。

 

「カズキ――――!!」

 

 彼の心は強い訳ではない。強いフリをするのが、人よりも得意なだけな優しいひと。

 そんな柔い弱みを容赦なく抉れるのが、彼の守り続けた存在――――人間なのだ。

 

 

『調子はどうだ?』

 

 その問いには、些かな期待の感情が籠っていた。

 

「……だいぶ、楽にはなってる」

『遠見先生手製の同化拮抗薬だ、そりゃ効くだろ』

「毎日打ってるのが嘘みたいだ」

『千景さんには型落ちしか支給されないからな。理由は……まあ、そういうことだよ』

 

 難しい立場にあるのは、カズキの身柄を擁しているからでもあるのだろう。

 

『ホント苦労人だよ、あの人は』

「……」

『耳が聞こえるくらいには同化現象を抑えられると思うけど……どうかなずんくん』

「……短時間でそんなに?」

『実はそれくらい、同化現象に対しての研究が進んでたりもするのでした~』

 

 もう、行き止まりだと思っていた。しかし注射を一回打つだけでそれほどの快復が見込めるのなら、もしかすれば失った時間も取り戻せるのだとしたら――――?

 

「――――なら、俺の限界点は……?」

『…………ザインとニヒトは、それくらい大きな力だから』

「…………だよな」

 

 知ってたけれど――――淡い期待をすぐにでも捨てた。

 今更期待なんて持ちたくない。裏切られるのなら、初めから希望を抱かせないで欲しかった。残った時間も、それよりもずっと前のことでもそう。心はもう、何一つも未来への期待を持ちたくない。

 裏切られて、騙されて、欺かれた絶望を嚥下するのはもうたくさんだ。

 

「……どれくらい下ってるんだ?」

 

 心を誤魔化すために、乃木へとなんとなしに疑問をぶつけた。

 

『う~んと深く』

「相当な深さだぞ」

『もう五分は降りてるかしらね』

『置いてあるモノがモノだからね~。それなりの広さが無いと』

 

 見せたいモノがあるとのことだが、この言い分では随分と巨大なのだろう。それほどに巨大な施設がある事にも驚くが、それほどの規模の施設を維持できる余裕がある点にも驚いた。

 ――――一定の深度を越えた時からか、この下にある存在がどれほど強大なのかも感じ取れるようになってきた。フィルターのような感知を遮るもの、それこそ結界に則する何かが張られていたのだろう。その力の偉大さをよくもまあ隠せていたものだと感心しつつ、微かな懐かしさを感じた。

 

「…………乃木、これは……()()()()

『見せながら質問に答えたいかな。……わっしーもね』

 

 カズキ程ではないにしろ、この中では恐らくカズキに次いで感覚が鋭い東郷は、その存在感に慄いていた。

 

『東郷さん……?』

『……友奈ちゃんは感じない? ……この下には、こんなに……!』

『んー……細かいことは分からないけど、空気の感じが変わったかなって』

 

 大袈裟とふんわりとした所感の差異は在れど、結城も似たような感覚を感じ取っているらしい。

 カズキはその存在が近づく度に、肌へ突き刺さるような存在感が刺激してくる。同時に隠しきれない昂揚と、言いようの無い緊迫感が思考へと流れ出てしまう。

 

『……やっぱ須美にも素養はあったか』

『うん。多分、私達の世代では一番かもね』

「…………東郷も、この感じが分かるのか」

『怖いくらいに大きな力が二つと、それよりも控えめな……でも充分に大きな力が沢山……! でも……一番大きな二つは…………どこかで……?』

 

 そして、エレベーターは停止の振動を発した。

 高級感のあるステンレスの扉が、重厚な音を鳴らして開いて――――

 

 

 ――――乃木が三ノ輪に車椅子を押されて、少しづつ進み始めた。

 それに続く東郷と、カズキの車椅子を押す結城。だがきっと、三人の表情は似たり寄ったりに違いないだろう。

 

『――――これが、私の見せたかったモノ』

 

 降り注ぐ煌めき。それが雪ではないことを、結城と東郷はすぐに理解した。

 紅と翡翠の結晶が、その世界を色付けて。

 

『すごく昔。今よりもとっても昔……神世紀と暦が変わる前から、()()()()()()との戦いは続いていた』

 

 渡り廊下が一直線に伸びて、その脇には美しく澄んだ池が張っている。鏡のようにくすみの欠片も許さない、非現実的な鏡面からは、美麗な結晶の樹木が力強く伸びていた。

 ――――樹木の隙間を縫うように、静かに佇む巨人達。マゼンタ。グリーン。オレンジ。カーキ。ライトグレー。ホワイト。ディープブルー。ピンク。

 八つの巨人が泉に膝を付いて、その来訪を待ち侘びていたようだった。

 

『平和を守るには、敵を退ける力が不可欠。だから戦うための力はね、いつの時代も優先して研究を進められて――――通常兵器では太刀打ちできないフェストゥムに対抗するべく、島の人達は、敵の力を用いることにしたんだ』

 

 機械の巨人達は、まるで番人のように、その一本道を見守り静観していた。

 ぞっとするような静寂を保つ巨人すらにも、まるで祝福をするかのように、結晶の雪は降り注ぐ。

 眠る者達を祝福して、この道を通る者を待ち侘びたと言わんばかりに盛大に。命のような色をした結晶が、幻想を彩り続けている。

 

『敵の力を宿して戦う。こうしてファフナーと呼ばれる決戦兵器は造られた』

「ファフナー。……これ全部が、ファフナー?」

『ああ、どの機体もそうだ』

 

 ひしひしと感じ取る力の波動は、涙すら出そうになるくらいに懐かしい。その様子とて穏やかに見守られているような感覚すら。

 

『……これは、まるで』

『――あ、ロボットだ』

『そう、ゆーゆーの言う通り。ファフナーは最初、大きなロボットだったんよ』

 

 ただでさえ御伽話のような大気が満ちて、その先には――――――――神域。

 濃密な力が先ほどから漂ってい、この空間を支配している。その漂う力ですら、大本の一端以下であり、残滓と称することすら大袈裟と言わざるを得ない圧倒的なソレが、道の先で眠りについている。起動していないのに、ただそこにいるだけで、その力の奔流が吹き荒ぶ。

 圧倒的存在が眠っているだけ。ただそれだけで、神の領域と呼ぶに相応しい世界を創り上げていた。

 

『…………ぁ…………ぅぁ、……ひっ』

『東郷さん大丈夫?』

『ぁっゆ、友奈、ちゃん…………?』

 

 紫の巨腕が、力なく泉に浸かる。

 白の美腕が、穏やかに泉へ伏せる。

 されど発する気配には、思わず飲み揉まれてしまいそうな深淵を幻視した。

 

『落ち着け須美、アレに怯える必要は無い……つっても難しいか』

『あっ、れは……ナニ? ……何で、あんな、こんな存在が……っ!?』

『あの機体一つでアザゼル型と同格だけど……わっしーの感覚が鋭くなったのも、その後だもんね』

 

 機械であることを主張するスタビライザーさえも、どうしてか生物的に見えてくる。

 大きく肥大した腕。それに合わないアンバランスな下半身。棘を散りばめたような全体像は、威圧を振り撒く暴虐の竜。

 清く洗練された腕。それに合わせてデザインされた下半身。曲線を意識したような全体像は、美しく魅了する美麗の竜。

 

『ゆーゆーも少しは感じるでしょ? 存在の大きさを』

『……うん。すごい、肌がビリビリする』

 

 でも、明らかな力の塊だというのに、カズキには中身を感じられない。

 中心となる部分が、決定的に欠けている。

 

『――ある時期を境に、ファフナーと勇者は戦場を共にすることになった』

『……え? ……こんな……大きなロボットと?』

『ゆーゆーの指摘通り、そこは大きなネックだったんよ。連携もままならないのに戦況を共有する必要があったからね。それはもう不便だったと思うよ』

 

 棺のようだと――――そんな考えが及んだのは、どうしてだろう。

 

『だから小さくしようとした』

「……でも、ファフナーをそのまま小さくは出来なかった。違うか?」

『…………そう。どう頑張ってもファフナーの力を保ったままの小型化は難しくて、失敗ばかりが続いたって話』

 

 もう、分かってしまった。

 薄々分かってはいた。自分がいわゆる『普通の人間』とは違うだなんて、それこそ、最初に戦った頃から。

 

『島の人たちは考えたんだろうね。どうにかファフナーを人の大きさに出来ないのか…………いっぱい考えて、いっぱい悩んで……行き着いたのは――――――――人の姿をしたファフナーを作り出すこと』

 

 でもこうして真実を語られて、実感が湧いてきて、だからどうすればいいのだろう。

 

『人の姿をして、人の言葉を喋って、人の心を持ったファフナーを作り出す。そのためのサンプルとして扱われたのがあの二機と、その器を扱えるだけの資格を持った二人。――――マークザインとマークニヒト、それと、英雄が二人』

 

 自分のルーツが分かった。ああ、嬉しいことだ。きっと。

 自分が何物なのかと答えは出た。多分、これも喜ばしい。きっと。

 ああ、喜ばしい。とても良いことに違いない。だってみんなが求めた英雄が戻る時が近づいている。『郡カズキ』の役割が『真壁一騎』へとその命と存在を返すことに在るのなら、『郡カズキ』が『真壁一騎』を知るのは何よりも喜ぶべき事象だ。

 

『ずんくんが求めて、ゆーゆーが知っていて、わっしーが一緒に戦った存在。そして――』

 

 ――――こんなタイミングで、同化拮抗薬の効果が如実に表れ始める。視界が明るさを取り戻す様子を、久しくも諸手を振って受け止めた。

 薄暗さを照らす幻想の灯りなど気にならなかった。開かれたその両目はぼやけなどすぐさま失せて、その二つの存在をこれでもかと網膜を通して脳へと焼き付ける。

 だから、その()()が目に入るのは、必然だ。

 

『――――英雄とされた二人の因子を継いで生まれた、英雄の器』

『…………()()君……?』

『――――――――()()くん』

『それが三人の知る、『真壁一騎』と名乗った存在』

 

 結晶に閉じ込められて眠る、その顔を知っている。

 林のような結晶に埋もれて、穏やかに眠るその二人を、『郡カズキ』は知っていた。

 言うなれば、細胞が叫んでいるようなその直感。

 

『そしてあの二人の名前は――』

「――『真壁一騎』、『皆城、総士』…………」

『――そう』

 

 英雄二人の傷一つない身体を、その結晶は守り続けていた。

 きっと、三百年もずっと。

 英雄はここで眠り続けていた。

 

『『真壁一騎』は、二人の英雄を模して生み出されたんよ』




 女性物のブーツが、タイルの床を叩き、エレベーターへと乗り込んだ。
 妙齢の女性。赤いレディーススーツに身を包み、しかし年老いたとは思えない力強さを見る者へ与える。
 彼女は手元のタブレットを操作し――何度目かになる『ERROR』の表示を見て、今度こそ遠隔での操作を諦めた。やはりこれまで以上の力を得ているが故に、もはやこちらの操作は受け付けないのだろう。
 機械の操作で思考を抹消できないのなら、処分をするにはもはや二択だ。
『チカゲ・コオリ』の手による処断。もしくは人形の精神を打ちのめし、自発的に自己の抹消を促す。
 前者は何年経とうと甘さが残る彼女には難しいだろう。元より些か強硬な手段を取った点は否めず、であれば後者しかあるまい。
 幸運なことに、今現在の人形は精神的なストレス値も多い。真実を叩きつけ、逃避の先として消えることを勧めれば――――さて、どうか。

「人格だけ消してしまえば話は早いのでしょうが……」

 もしもそうなれば、歴史上類を見ない程に育ったあの力を、我々の旗下に置けたのなら――――。
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