郡カズキは英雄である   作:真の柿の種(偽)

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ただ一言、戦いたくないと聞きたかった。
戦えと促すことしかできない私だけど、きっとその叫びを聞いたなら、選ぶだろう。


存在することに 理由を探して

 平和な街並みを抉ろうと、恐怖を想起させる色をした小さな太陽はじきに落ちる。

 闇の色だ。未来を閉じて、希望を唾棄する絶望の彩り。

 放つ者が抱いた、暗夜の諦念を体現している。

 少なくとも郡千景は、その破滅をその意味で捉えた。

 

「……」

 

 戦力も人員も限られたこの世界で、彼を止められる者などはどこにもいない。

 勇者部の面々――史上最高に適性が飛び抜けた結城友奈でも、対『パペット:Sal』への訓練を習熟した三好夏凜でも、これまでの勇者とは違う方向性を獲得した乃木園子や三ノ輪銀でさえ、今の『郡カズキ』を制止することもままならない。

 降りてくる破滅を防ぐことなら出来るかもしれない。だがそれで全てを使い切り、そしてこの一撃をカズキであれば息をするように放てる。

 ならばやはり、彼を止めるのが誰の役割なのか――――抑えられなければ、どうすることが最善なのか。

 

「カズキ……」

 

 考えたくない。思いつきたくない。もう一度として、そんなことにはさせたくない。そんなことをするために、この手は鎌を握っているわけではない。

『仕方のないこと』は自分以外には出来なくて、『それしかない』と他を選ぶことを諦めた。果たすべき役割とは違い()()()()()()万が一の可能性でしかないと、受け止めた筈だったのに。最悪の万が一を常に要求されてしまうようになったのは、いつからだっただろうか。

 

 ――初めは、どんな決意で刃を握ったのかしら。

「ちーちゃんの言った通りになっちゃうのかな……」

「……そうね」

 

 肩を並べず、向かい合って否定し合うこの光景には幾度も味合わされた既視感が強く残っている。

 死を知覚させる毒を以て、怪物を苦しみの渦の中で消滅させる。絶望に打ちひしがれてた苦悶の表情を誰にも知られず、誰にも覚えられず、誰にも語り継がれず、孤独の暗黒に意識を蝕まれて、命を放散させる。

 ――――()()()。他の誰でもない、郡千景が散らせるのだ。

 

「手筈通り、勇者部には侵入してくる敵に対応してもらいましょう」

「ず……――彼は、本当に壁も壊すのかな」

()()のではなく、()()()わ」

 

 ニヒトとザインの力に加えて、アザゼル型二体分を上乗せした力が撒き散らされるのだ。意識下でも無意識下だろうと、余波だけで結界に穴の一つや二つ程度、いとも簡単に開いてしまうだろう。

 大赦の想定する最悪は真実から世界を守る結界の崩壊だ。それを防ぎながら戦うことは相当に困難なのだから、最悪のラインは再設定し直さなくてはならない。

 本当の最悪は、神樹ごとこの世界が無に帰すこと。

 

「現場を知らない上の人達はいつでも楽観をやめられない生き物。あれだけ恐れて、憎んですらいるニヒトを――ザルヴァートルモデルの力だって、『どう状況が転んでも、()()()()()()()()()()()』って信じてる」

「……無責任だね」

「それが人の、そして世の常よ」

 

 無論だが、大赦の大多数が若者へ負担を押し付ける呵責を抱いているだろう。神樹を信奉する者達もその例には漏れない。彼ら彼女らもまた、どうしようもない現実を目の前にして必死なのだということは、乃木園子とて理解していることだろう。

 ――――納得と理解は別物だろうが。

 

「ねえちーちゃん」

「何かしら」

「ちーちゃんは、本当に……彼を、」

()()()

 

 千景は被せるように、その名を告げた。

 

「あの子の名前は『郡カズキ』。『彼』だなんて、曖昧な呼び方はやめてあげて」

「……そうだよね、ごめんね」

「なんて、私が言えた話ではないけれど」

 

 後悔ごと潰すように、鎌の柄を握り締めて――――虚無の力場を肌で感じた。

 

「――――来た」

「ちーちゃん、ちーちゃんは本当に、カズキくんを――――」

 

 遠目から見ればゆったりとした速度で、その実抵抗を生む空気すら飲み込み加速を続け、町の中心へと迫り来る怨念の太陽。纏う熱気、漏出する冷気、きっと着弾すれば二極化した悪魔の力が、中心地から四国中を殺して回るのだろう。

 乃木園子の問いに答える余裕はない。状況を鑑みても、心の余裕を覗いても、郡千景に返せる言葉は現時点では、どこを探しても見つからない。

 

「貴女の力はまだ安定していない。可能な限りは戦うことを避けなさい」

「ちーちゃんっ……!」

 

 緑のワームスフィア現象が、郡千景をその場から移動させる。『消失』の力が、空へ目掛けてその身を移動させて――目の前は黒紫に支配される。

 喰らえばひとたまりもない力の暴威。躱すことが最善とされる威に対し、郡千景は焦りもせず、ただ手を突き出す。

 口を一文字に結び、手のひらを翳した。

 

「……――――私は」

 

『壁』が阻む。幾何学に連なる強大な翡翠の防壁が、暗黒の太陽の上下左右前後を取り囲み、余波の一つも抑え込んだ。

 樹海の波が世界を塗り替える。敵意を察した神樹が、自発的に『敵』との戦闘に備えたフィールドを組み上げていく。――――そう、敵だ。世界を滅ぼせる力を明確に差し向けて、神樹を脅かした巨悪であると、この世界の神は判じた。

 その敵を前にして、自らの天秤を改めて確かめた。

 

 ――戦友たちや島の人達の希望?

「…………みんなの、犠牲……を」

 ――それとも、郡カズキただ一人?

「ぅ……ぅあっぅぅっ」

 

 自問を解こうと思考を回すたびに、眩暈がとめどなく襲ってきている。

 奥歯を噛み締める音が、うるさいくらいに口内で響き渡る。頭が痛くなるくらいにその選択を選びたがらない自分がいる。嘔吐の気配すらせりあがって、『いやだ』と泣き叫ぶ自分がいて――――けれどそんな自分が、心の奥底へと遠退いていく。

 暖かった。優しかった。寄る辺となってくれた場所。異邦のよそ者なのに、輪の中へ大手を振って迎え入れてくれた。力を託してくれるほど受け入れてくれた、他にはあり得ない、郡千景の帰る場所。自分自身が望んで選んだ、心の故郷。

 もしも、説得で止まらなかったら――――答えなんて決まっていた。

 

「……無駄には、できっ、ない……っ――――!!」

 

 これが郡千景の結論。

 何を選び、何を犠牲にするのか。

 その答えは、それこそ三百年前に決まっていた。

 

 

 見覚えのある色。見覚えのある形。その力の出力点となる存在を、確かに感じとる。

 戦意が高まっているのを感じる。つまり彼女はカズキを阻むべくそこに居る。神樹への手出しを許さず――この地獄の箱庭を維持させようとする意思表示だ。

 勇者部の気配は、   から遠ざかりつつ、壁へと向かう形だろうか。このままでは挟み撃ちにされてしまう可能性も考えられる。彼女らは善性の人たちで、それ故に日常を守るためなら真実を知っていようが知るまいが、『満開』の使用に踏み切るだろう。四人がかりだとしても、アザゼル型の一体を倒し切れる力を持つ者達だ、戦術的にも無視できる者達ではない。ない、のだが。

 

「……」

 

 見つめた先に在る、彼岸の装束を見逃しはしない。

 彼女は――郡千景という戦士の在り方は、常に一貫している。徹頭徹尾、現在を希望ある未来へと進めようと心血を注ぐ。島へ帰ろうと必死になって、行き止まった世界の歩みをどうにか先へと。

 そのための人形を何度も何度も、使って潰して使って捨てて。

 そんな日々も、年月も、積み上げた屍の歴史も、終わらせる。

 

 ――戦いたくない。

「でも……終わらせる」

 

 飛び道具だけではあの壁を超えることは難しい。馬鹿正直に打ち続けて、千景も同じく馬鹿正直に受け続ければいずれ破れるだろうが、素直に千景はそんな易い手は打たないと、理性はそんな判断を下す。

 原始的な奥底から呼び覚まされた爬虫類の脳はより強い攻撃性を形成し、ニヒトの思念と合致し、全てがどうでも良くなる。何もかも、誰もかも、目に映る全てが()()。世界の全てが憎い。壊したいと願い、実行したくなり、終わらせたくなる。終わって欲しいと、切に願う。

 恩人をこの手で終わらせられるのなら、それも悪くないと。

 美しい黒髪を、鋭くも端正な顔つきを、いたいけな少女の肢体を、覚悟を秘めた光を宿す瞳を――――――――粉々に。

 

 祝  福、  を

 

 もう、憎しみの亡霊の声は敵ではなかった。

 

「受け、取れ――――――!!!!」

 

 目的を同じくしたからこそ、その声は揺るぎない力をくれる。

 残り少ない命を薪に、その獰猛さを燃え上がらせる。

 樹海化が無事に遂げられたのと同時に、その場から飛び発つ。

 真っすぐに、どこまでも、逸れることなく、ただ、()へその歪な凶腕を叩きつけ――――空間が悲鳴を軋ませた。

 

「ッ……カズ、キ……!!」

「この程度、で……!!」

 

 反発し、押し退けようとする壁を、ゆっくりと引き裂いていく。少しづつ押し入れられる紫紺の爪が、紫電を放ち、障壁の傷を加速度的に増やす。

 圧倒的な暴力で、文字通り敵を圧倒して殺す。最適化した使い方など捨て置き、スペックに物を言わせた力業で押し切る。暴力に支配された思考が、思った以上に抵抗をするこの()への怒りで満たされていき、急速に沸騰を始めた。

 

「じゃ、まを……ッ、するなあぁあぁぁーーーーーー!!!!!!!」

「っ!? くっ……!!」

 

 壁は障子のように引き裂かれて、千景の胸元へ伸ばされた腕は過剰に帯電し赤熱化して――咄嗟に間へ入れられた鎌の柄は、鮮血を散らせる未来を防いだ。

 

「どけよ……! こおりちかげぇぇえぇ!!!!」

「こんな……ッ、カズキ!!」

「終わらせる! 俺が、ぜんぶ!!」

 

 柄ごと放り投げ、体制を崩した瞬間を狙って差し込まれる紅のレーザー。

 幾重に分かたれ、死角の様々から襲い来るその致死の数々を、千景は『消失』により空間を跳躍して躱し、   の索敵範囲から抜け出る。

 そして姿を顕した場所は――――   の背後へ、鎌の振り下ろし。

 千景が狙ったのは、機械の腕を繋ぐ肩口。

 

「ッッ!?」

「こんなことが貴方の祝福なの!?」

 

 先ほどとは立場は変わる。今度は   が、ワームを広げた障壁で紅刃を防ぐ。

 

「そう、だッ! これがっ、俺のっっ!! 祝福なんだッッッッ!!!」

「……っ!! お願いっ、止まって――――!?」

 

 千景の背後へ、静かに暗黒の球体が膨張した。

 内から飛び出る同化アンカー。その刃先は敵の後頭部に心臓と、たったの二射のみが狙いを付けて――確実な死を望んだ二刺しだった。

 

「カズキ!! もう――」

 

 再びの『消失』、そしてまた世界に姿を顕した場所は、   の懐へ。

 華奢な手が、   の額へ伸ばされようとしている。過去にも見たその仕草は、   の鎮静化を図ろうとする仕草だと記憶している。

 

「しまッ」

()()()()()――――!」

「!? 離っ、せ――――――――は?」

 

 思考が冷める。攻的衝動に委ねていた自分が、みるみるうちに覚めていく。何もかもを鮮明に見通して、達観した視線が千景の言葉の意味を咀嚼させる。細い体を握り潰そうとした左腕は、だらんと力なく垂れ下がった。

 この冷静さは額に触れた千景の力――心を癒す『薬』の力に依るモノ、ではない。

 怒っている。

 これは、一周回った怒りに他ならない。

 

「――――ら」

「カズキっ! 正気に戻っ」

「いまさら、何を」

 

 流し込まれる力が気持ち悪い。安心できるハズの暖かさが、おぞましくて仕方がない。

 気持ち悪い。今にも吐きそうだ。気持ち悪い。最悪が過ぎる。気持ち悪い。あり得ない。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。なんでいまさら。気持ち悪い。吐きそうだ。気持ち悪い。吐き気が止まらない。気持ち悪い。怖くて恐ろしい。気持ち悪い。寒気すら止まらない。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。

 触れられている事実に、肌が粟立ってしょうがない。

 

「ずっと、――――てた、のは」

「カズ――」

「ずっと、戦わせてたのは」

 

 これは、最低最悪な八つ当たりなのかもしれない。

 

「俺に、戦えって、背中を押し続けたのは、誰だよ」

「――」

「戦わせるために、俺を作って、使った」

 

 でも、どうしても、それだけはダメだった。

 その嘘だけは、許してはならなかった。

 

「なのに、いまさら……今更ァッッッ!!!!」

「――――、」

「今になって戦うなって!! 戦うなって、言ったのか!!!!」

 

 額に触れ続ける手を掴み、荒々しく喰い千切るように同化すれば――――刺すような痛みに襲われる表情が見えた。

 

「つぅっ……!?」

「俺に触るな!!」

 

 結晶が弾け、距離を取った千景を   は追い立てる。ワームの砲撃を乱射し、怒りに任せて紫の電撃を四方八方へと撒き散らし、灼けて凍って、根の大地は余波だけで蹂躙されていく。

 頭があつくなる。真っ赤に染まる。血が一気に昇って、その存在が許せなくなる。

 そんな言葉をかけるなら、何故もっと前に。

 この期に及んで、見せかけの優しさをチラつかせようとする姿勢が、何よりも許し難かった。

 嘘をこれ以上、また重ねる気なのかこの人は。

 また   は、この人に裏切られないといけないのか。

 

「俺は俺の過去が欲しかった!! 勇者部のみんなを戦わせたくなかった!! おれはっ、ぁっ、貴女を、信じ、てたんだ!!!!!」

「っそ、れは」

「なのにこれが、こんなっ、嘘を吐いて満足かっ!? 俺は! 何のために戦ったんだよ!!!!」

 

 一つ目の嘘は生まれて間も無い頃に吹き込まれた、虚偽しかない理由。その嘘をそっくりそのまま信じて、信じるがまま彼女の望みに従って戦って、いつしかその理由は生きるための大きな理由になって。怖かったけど、でもそのためなら命が削れても構わないと。そんな覚悟を嘲笑う、悪趣味な嘘だった。

 二つ目の嘘は昨日発覚した。平和を自分も守りたくて、守れる日常があることが嬉しくて。人の機能が剥がれるのは怖かったけど、人じゃない部分が増えていくのは恐ろしかったけど、そうまでしても守る価値のある団欒の為に戦えた。そんなのは真実を知る者からすれば、大層滑稽なおままごとだったろう。

 どちらの嘘も、いったいどんな心を持ち合わせていたなら、貫き通そうという思いつきができる。それともこれが人だとでも言うのか。なら、だったら、やはりこんな世界は必要ではない。悲劇を悪戯に増やして破滅するくらいなら、いっそすぐにでも滅んだほうがマシだ。

 

「貴女を信じられるから戦った!! 貴女を信じたから、迷わなかった!! 信じていたから、逃げずにずっと、命を使って!!!! その結果がこれなのかあぁぁァァ!!!!!!」

「――っっ」

 

 紅の光線と紫電の網、加えて前触れなく発生する多数のワームスフィアの隙間を縫い、千景は『消失』で逃げ惑う。

 電撃は服を掠めるに留め、直撃を確信したワームは斬って捨て、勇者の速力へいとも簡単に追いつく紅の光は『壁』を行使して防ぐ。頬肉を少し削がれても構わず、『多次元視界』が迫る脅威を掻い潜る安全圏を見つけ、『消失』により空間を跳躍して安全圏を移動し続ける。決定的なダメージを最大限避け続けることに徹し続け、攻勢に転じれずに手をこまねく。

 攻めあぐねる理由は、なんだ。

 

「逃がす、か……!!」

「っ、!?」

 

 安全圏だと思わされていた千景の通り道。しかしそれこそ   による罠。

『消失』の跳躍を終えた瞬間、白い首筋を穿つべくアンカーが迫り――辛くも千景は寸での回避を成功させた。   がその回避を成立させてやったのだ。

 アンカーが全身を縫い付ける。計八本の刃先は、勇者の纏う衣服を縫い留め、流し込まれたニヒトの因子が『消失』の力を作用させずにその場で抑えつける。

 宙で磔にされた姿は、隙以外の何もかもが見つからない。

 

「終わりだ……祝福を、受け取れこおりちか」

「カズ、キ……!」

 

 苦し紛れの呟きが、逆鱗を勢いよく弾いた。

 

「――――その名前で、呼ぶなあぁあっぁぁぁあぁぁ!!!!!!!!!」

「ッっ!!!!」

 

 左手から精製した闇色のルガーランスを、格好も気にせず振りかぶり、迷いも見せずに振り下ろした。

 ガラスを引き裂く亀裂の声が響き、槍の先は『壁』に突き刺さりながらも、胸を抉る前に止まる。

 

「戦うこと以外を選ばせなかったのに!!!!」

「――」

「だったら人の名前なんてっ……! 人形の俺に、こんなものが何の役に立つ!!!!!」

 

 フレームの歪む音。ルガーランスの機能――刺し、開き、内側をこじ開け、直接エネルギーを浴びせる兵装。

 槍は二又に分かれ、口を露わにその暴威を吐き出さんと。

 

「でも貴方にはっ! 人として、生きて欲しかった!!」

「意味なんかない!! 裏切られて、こうして絶望するだけなら人の心なんていらなかっっっ、た!!!!」

 

 四枚の四角いワームを『壁』が作り出し、その四枚はルガーランスに重なり、四枚それぞれが捻じれて槍の造形をオシャカにし、解き放たれようとしていた一撃は霧散して。

 それを手放し、紫紺の左腕は柄の先を乱暴に殴りつけて、吹き飛ぶ破片が千景の全身を散弾のように打ち据えた。

 

「どうして最初から最後まで人形として扱ってくれなかったんだ!!!」

「なんで、そんな――!?」

 

 機械の左拳は再び引き絞られ、その一撃を大鎌で受け止めれば、柄は軋みの叫びを上げる。

 

「人か怪物かで苦悩する俺を見て、どん底に落とされる人形を見て、そんなに楽しかったのか!!??」

「そんな訳、ない……じゃない」

「だったらなんで!! ……あんな、惨い嘘をつけるっ……!!?」

 

 二度、三度と殴打をすれば、生気が抜けたように。

 やるせなく、無気力な背中だった。怒りで滾っていた目には虚ろだけが支配して、静かに   は問いた。

 

「…………俺に、帰る場所なんかない」

「……………………」

「それが、どれほど辛いことか知ってますか?」

「……………………っっっ」

 

 泣きそうな顔をした理由が、理解不能だった。

 どこにも居場所がない。足場が穴だらけのような、いつ自分がいなくなっても誰も気に留めない。帰る場所が、居場所が無いということは、いついなくなっても誰一人として、そこに居た存在を忘れ去ってしまう。誰からも覚えてもらえず、寂しさと孤独だけを胸に消えていく覚悟を、ただ一人で抱えて消えてくのだ。

 

「……せめて、暖かさをくれたみんなを、戦わせたくなかったのに――――それも叶わなかった」

「勇者部をまた戦場へ立たせた事なら、言い訳はしない」

「言い訳、だと――?」

「私の不手際が引き起こした事態。……その約束を嘘にしたのは、紛れもなく私」

 

 訳の分からない話をしている。

 

「私は信じなくてもいい、でも自分自身は信じなさい! 貴女は、間違いなく人として――――」

「黙れぇぇええぇぇぇぇぇっぇ!!!!!!!!!」

 

 耳障りを黙らせたくなって、その意志に従い人からは更に外れ――――人以外の要素が、ファフナーの右腕が増えた。歪な巨腕、その紫を基調とした凶悪なカタチを、郡千景は知っていた。頼りになる力だった。でも今、その力の指向は自分へと向かっている。

 起点は、   の胸の中心から始まった。

 虚無の証である暗黒のドームが広がっていく。紫紺の両手に込めた力場が、物質の悉くを吞み込んでは無へ返していく。

 さながらブラックホールのように、膨張は止まらず。

 

「――――――――もう――――いやだ――――」

「カズ――」

「きえてくれ」

 

 聞きたくないし聞こえない声を、虚無に消した。

 根も、大地も、壁も、結界も、神樹も、当然勇者たちも。

 全部、全部、全部が無に帰る。

 樹海はもう溶けた。そして解けてもいる。そのフィールドを保つ大本が消えているのだから、それによる力も勿論消え去る。そして、四国があった場所は大きく抉られて、尚もワームスフィアは広がり続け――――――――四国だった全てを吞み込み、破裂した。

 全部を無に帰す、終焉と諦観の祝福。

 

 

「……結局、こう……なる…………のか」

 

 見渡せる限りに何もない。上は暗い空で、青い空などちっとも見当たらない。抉れたというには憚られる規模のクレーターの中心で、   は座り込んだ。

 身体の節々から肉を引き裂かれる感触がする。でも痛みは感じない。もう見えないけど、どうせ結晶が身体の節々から咲いているのだ。同化現象の末期症状。全身が結晶となり、砕け散ってどこにもいなくなる。ファフナーの力を扱った者達へ、例外なく受け取らせる祝福。

 世界が終わった、この表現には何一つの比喩も無く――――なら終わらせた自分もいなくなってしまえば、綺麗な締めとなるのではないか。だなんて。

 そんな折に、近づいて来る気配が一つあった。

 

「……島の、存在か?」

『――――』

「それとも……いや、どうでもいいのか、もう」

『――――』

 

 だんだんと意識が遠のいていく。四国中の命を奪った咎も、恩人をこの手で散らした意味も、全てを忘却していく。

 せめて――――なんだったか、なにか、言っておきたいことがあった、はずだ。

 ええと、たいせつなひとの、ことで、いわなくちゃ、きがすまなくて。

 ああ、そうだ、、たしか。

 

「くるのが、おそすぎだ」

『――――』

「あのひとが、どれだけかえりたがって、、た、、、、のか」

 

 ? ―――――――?

 あのひとって、だれだ。

 

「あのひと……えっと? あの、ちか、ち、。、ちか……さん? は、すごくなや……んで、、た。ま、よって、も、、、ひっし、でがん  ばってた、のに」

『――――』

 

 ちか――さん?

 ――げさん?

 ち――――さん?

 ――――さん?

 だれなのか、どんなひとなのか、もうわすれてしまった、のかもしれない。ぼうきゃくしたかくしんさえも、ぜんぶとけてきえてしまった、のかもしれない。

 でも、たいせつなひとだったんだ。

 でも、たいせつなひとだった。

 でも、たいせつなひとだった?

 でも、たいせつなひとだったのか?

 でも、たいせつなひとが、いたのか?

 でも、たいせつじゃないから、わすれたのか?

 でも、たいせつじゃないからどうでもいいのかも。

 

「なんで、もっ、とはやく、きて、くれなかったんだ」

『――――。』

「あのひ、とを……もっと、、はやっ  く、かえらせて、あげた かった、、――――――――? ―――? 、? ――――あの  ひ、  と     ?     」

 

 なきながらいったような、そうでもないような、わからない、きがした。

 霞む視界の中で、振り下ろされる刃が見えたような気がした。

 そのファフナーに誰が乗っていたのか、そもそも誰も乗っていなかったのか、それを思考しようとした途端にレヴィンソードは頭蓋を叩き潰した。当然だろう。コレが島の存在だとしたら、   は未来を閉ざした大戦犯に他ならない。

 それが島の存在だろうと、仮に敵の存在だろうと、名の無い人形などはもう必要のない存在だ。

 もうこの世界で生きる人はどこにもいない。平和を勝ち取ろうとも謳歌する者が居ない。侵略を達しようと栄華を味わう者が居ない。

 世界は、無に帰した。




ただ一言、戦わなくていいと言って欲しかった。
戦うことだけが役割の人形だったけど、その優しさを貰えたなら、素直に選べただろう。
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