郡カズキは英雄である   作:真の柿の種(偽)

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暑すぎる朝が続いて熱中症にさらわれそう


「どうか目覚めてほしい」と世界は祈って

 キラキラとこの不思議な世界へ降り注いだ、赤く綺羅めく結晶の雪。それら自体が美麗な光を放つ欠片が、砕け飛び散って、バラリバラリと大気に乗って舞い上がる。受けた光を反射して、通った光は紅に煌めいて、それそのものが力強く輝く欠片。ガラスのように鋭質なそれに触れれば、不思議と温もりを感じる優しい欠片。

 

「……綺麗」

「これを、カズキ君が……?」

 

 目を奪われる景色だった。吹く風の行方を探したくなる、幻想的で美麗な景色。

 この景色が何かを、誰かを祝福をしているようで、それでいて血が撒き散って命を噴き出したようにも見える。不吉であり吉兆とも感じる、これまた不思議な感覚もある。

 

「……って! 見とれてる場合じゃないアタシ!!」

 

 その美しさの中心地では、身の丈を優に超えた白槍を携えて、金色の巨大な異形と対峙する背中。巨人と蟻に例えるのが妥当なほど彼我のサイズは違っている。体当たりでもされれば一瞬で決着がつくだろう体格差は、目の前に立っていない私でも震えるほどに恐ろしい。

 目がどこにあるのか、口はどこなのか、そもそも生物なのかどうかさえも分からない巨大な存在は、不明瞭さも相まって根源的な恐怖を見る者に植え付ける。

 そんな恐怖を一瞬忘れさせる幻想が、そこにはあった。

 

「友奈! 東郷を連れて逃げて!」

「で、でも!」

 

 自分がどうしたいのか整理する前に、衝動的な言葉が口から出てくる。

 そんな迷いを乗せた言葉など、覚悟を決めた者に通る訳も無い。

 

「早く!!」

「は、はいっ!」

 

 酷く怯えた様子の東郷さんを連れて、私は駆けだした。

 直後に聞こえた爆音。隕石が地表へ衝突するような衝撃が、余波となって私たちに吹き荒ぶ。

 背を向けて逃げる私達に向けて、剛風が足を取ろうと絡みついて来る。

 

「わっ!?」

「きゃっ!!」

 

 黄金の体とは正反対の、黒紫色をした障壁。純白の大槍を強く拮抗させる、白水色の彗星。

 剛風の発信地へ振り返れば、遠く離れたその二つが、強く私たちの目に焼き付く。

 紫電を撒き散らして、周辺の根を焼き払う。余波と簡単には言い切れない勢いは緩まず、確かな衝撃となって二つの存在から万物を遠ざけていく。根の地表は捲れ上がり、黄金と彗星以外の存在を押し退けて、それら以外が近くへ寄ることを許しはしない。そんな光景をアニメかマンガかで見たことがある。神話の一節のような惨状を容易く作り出す姿は、人に介在できる領域でないとすぐに分かる。

 樹ちゃんと風先輩は、アレと戦おうとしているのか。()()()と同じ戦場に、本気で立とうとしているのか。私にはそれが、到底適うことだとは思えない。

 だから今は逃げなくちゃならない。恐怖で足が竦むのなら、背を向けることがこの場の最善。

 

「……友奈、ちゃん……」

「……うん」

 

 でもそれは、本当に勇者とは程遠い姿。

 そんな葛藤を閉じ込めて、今は親友を連れて逃げるのが最優先だと。

 後ろ髪を引かれる想いを、今は強く閉じ込めた。

 

 

「ぐ、っ」

 

 選んだ。

 違う自分なんて生易しいものではない。違う()()に成り代わる選択をした。その瞬間から、全身の再構築は既に終わっていた。きっとアプリをタップしたときには、もう手遅れだったのだろう。結晶の海での選択は、違うモノに喰われるか抗うかの二択でもあったのだ。

 そうしてその場凌ぎで選んだのは、『ここにいること』でなく、『ここにいないこと』でもない。『いなくなることを嫌がること』を選んだ。

 だから存在するか定かでない『カズキ(モノ)』は、まだここにいる。

 まだここにいるから、カズキは誰かの盾になれる。

 

「う――おおおおおおおおおお!!!!!!」

『――――』

 

 鍔迫り合いのような状況はさらに激しさを増し、周囲へ余波と称した破壊を撒き散らし、されど槍は前に進ませてはくれない。

 敵のシールドには罅も入らない。けれど槍も押されることなく衝突は維持される。切っ掛けが無ければ、この衝突は何度でも繰り返せるだろう。けれどそれで都合が良いのは、制限時間の無い敵だけだ。

 カズキとは違うモノになる感覚を受け入れれば、この力を扱うための知識が高速で後付けされていく。槍の、ルガーランスの扱い方。強化された身体の操作法。戦闘の形を保てる制限時間。枷が掛かったように塗り潰された情報も多いが、まるで元々体が覚えていたように、迅速かつ滞りなく知識を吸収して、この力の行使を可能とする。

 そんな中には念押しをされるように、とにかくこれだけは肝に銘じておけと言わんばかりに強く刻まれた大前提。この力は行使する者の()()使()()。だから使いどころを考えろと、優しさや思い遣りすら感じるくらい強烈にその事実を押し付けてきた。後押しとして『使い潰されるな』と、『他者の意志に良いように使われては、無駄に命を減らすだけだ』と、忠告のような警告も添えてきた。それが果たして誰から贈られて、何者に対しての警告なのかは不明だが。硬い声色で不器用そうな声だったが、けれども純粋にその力を持つ者を慮った声だった。

 ただ、そんな慮りの意味を考えている余裕なんて無かった。

 

『――――!』

 

 頭部らしき部位から、暗黒の波動が揺らめいて――――

 

「ぐっ、がぁあぁああ!!?!」

 

 敵の攻撃手段の一つ。これも先ほど齎された知識の一つ。

 視界ごと全身を覆う暗黒色の球体の数々。まばたきの刹那に、ワームスフィアの群はカズキを吞み込んだ。

 全身を満遍なく強かに打ち据える衝撃。五体があらぬ方向へシェイクを繰り返す。存在を無に帰す力が、同化現象を誘発させて身体を重くさせる。

 本来なら空間ごと捩じ切るそれを、制服がボロ切れになる程度で済んでいるのは『存在』の力があってこそなのだろう。

 でも。

 

「くっそ、! まだ、足りない……!」

 

 拮抗は敵によって終わらされて、カズキは勢いよく弾き飛ばされる。

 きっと、愚直に飛び込むだけでは届かない。だが諦観は浮かぶことなく思考は回る。

 この力がこの程度で終わる訳が無い。他者救済のために編まれた力が、ここで行き止まりなハズが無い。

 そう意気込んでは中空で体制を整え、手頃な根に着地する。

 

「たしか、――――こうだよな!」

 

 後付けされた知識に従って、槍へと存在の力を籠める。

 骨のさらに内側から咲いた翡翠の結晶が、右手と槍の持ち手を繋いで固定化された。自分とは違う右腕が、尚更に変質する感覚を受け入れる。手首から先は溶けたゴムのように境目が消えて、右腕はルガーランスと完全な一体化を成し遂げる。

 

「それで、こうだろ!!?」

 

 矛先は、こちらへ悠々と進んでくる黄金の巨体。向けた槍は音叉のように二股に割れ、漏れ出るエネルギーは帯電を纏う。

 それは殲滅のための構えなのだと、黄金の敵はそれを察して巨体をよじる。

 しかし狙いをつける必要は無いらしい。これより放つ一撃は、些細な微調整を不要とする巨大な奔流なのだと。

 それをカズキはもう知っている。

 

「食らえええぇぇぇーーーー!!!」

 

 叫びと共に――――水色の光は放たれた。

 左手は右手を支えて、右手は真っすぐに敵を捕らえる。

 一条なんてケチなことにはならない。本来の用途を凌駕したエネルギーの帯は、延長線上の万物を排して敵へと突き進み、防衛の反応を強制的に引き出した。

 シールドを突き抜けてコア諸共消し去ろうと、現時点での全力を込める。

 ――――彗星の閃光が、瞬いた。

 

『――――!』

「……っ」

 

 命を吸った一撃。気力は確かに消費させられる。呼吸は乱された。五体の重たさもより増加して、それでもシールドを破るには至らない。弾けて消えて、その防壁を揺るぎはさせたが、罅を入れるには少し足りない。

 真っ向から打ち砕くには、カズキでは火力が不足している。

 

「くそ……硬い」

 

 木っ端程度ならともかく、あれほどの存在であるならば牽制くらいにしかならない。直接突き刺して放たなければ効果は薄いだろう。ルガーランスを本来の用途で使わねば、カズキがコアを消し去るのは至難の業だ。

 

「カズキー!!」

「先輩っ!」

「……二人とも」

 

 肩で息を切らせるカズキの元に、上から跳んでくる黄緑色の姉妹。

 

「どう、して……その姿……」

 

 慌てた様子の後輩とは違って、先輩の方にはこの状況への戸惑いが無い。

 アプリを入れさせた張本人が、カズキを勇者部へ引き入れた先輩がそんな顔をしているのなら、その理由を察するのは簡単だ。

 こんな不可思議な現状になり得ると、ただ一人知っていたのだろうか。

 

「アンタにも色々と話さないといけないことがある……けれど、今は……」

「……分かりました」

「ええ、アイツを、人類の敵を倒さなくちゃ」

 

 聞きたいことがごまんとあっても、今はグッと堪えて前を向く。

 徐々に、確実に迫るその巨体。向かってくる先は――

 

「――神樹が狙い?」

「そう。辿り着かれたら世界が終わる。だから」

「だったら、止めないと」

「当たり前よ! アタシ達の力はそのためのものなんだから!」

「わ、私も頑張りますっ!!」

 

 不敵に笑うように見える先輩と、不安げに力拳を作る後輩。急な援軍に、心の余裕が多少は出てきた。

 けれどもそんな二人に頼りすぎることは出来ない。

 

「俺が飛び込みます。二人は援護を!」

「え、ちょっと!?」

「速い……」

 

 返答を聞く前に強く踏み出せば、流星と化して尾を引き飛び出す。

 音を瞬時に置き去りにした流星は、再びの衝撃と共に二度目の衝突を引き起こした。

 強く圧し込んで壁を砕く。そう考えていたからダメだった。この槍の用途は、真髄はそこには無い。

 こじ開けるための構造をフルに生かせば、この程度の個体防壁は容易いはずだ。こうまで接触を避けるのなら、壁を一度破ればあとは吹き飛ばすだけだ。自分が違うモノ――『ザイン』――に成り代わってから、明確に感じる敵の気配。本来なら目の前の敵とカズキ(ザイン)の間には、圧倒的なまでの格差があるハズなのだ。だというのにここまで手古摺る理由。

 この力はまだ持て余している。全力は出せるが、全霊を振るうまでには至っていない。でなければ先の一撃で全部消し飛んでいたハズだ。

 結論として現在のカズキでは、単騎で打倒しきるのに遠い。

 

「――ぅぉおおぁぁあああああ!!!!!」

 

 ――――だからどうした。

 ズグリ、と。

 少しだけ、けれど確かに刃先が押し入って――此処しかないとの直感。

 ルガーランスの機構をフル稼働させれば、刀身は再び二つに割れて、小さな穴を無理矢理にこじ開ける。

 

「いっけぇぇぇええええ!!!!」

 

 サイズ差からすれば隙間風のような覗き穴から、エネルギーの濁流がなだれ込んでいく。やっとこさ浴びせても、まともな一撃をぶつけるには至れない。こじ開けて放つことに成功はしたが、不完全な結果に終わるだろう。

 強引に解き放たれたエネルギーは、束ねられることなく放散して、敵の表面を焦がすだけに終わった。

 それを見て失敗したのかと思ったが、思惑とは別に敵の巨体は後ろへ下がっている。

 痛覚の有無は不明だが、敵が後退するのはダメージを受けているからだ。だから追撃を恐れるように、反撃の嵐がカズキに襲い来たるのは当然の話。

 

「――――ここだぁぁああ!!!!」

 

 片手でなく、両腕で握りなおしてさらに押し込もうとする。シールドが薄くなったことを実感して、脇目を振らずに好機へ縋りついた。

 だから死角で産まれた虚無の膨らみに気付かず、更なる追撃を望むカズキの無防備な後頭部を、暗黒の凶球が無慈悲に抉り――――

 

『――――後ろ!!』

「っ!!」

 

 脳裏へ響くその声を聞いて、我先にと従い屈んで避ける。

 ワームスフィアの群が、直線的に飛翔した彗星の軌道を追いかけ始めた。

 

『聞こえるカズキ!?』

「??!?!?」

 

 暗黒の球体から逃げ続けながらも余裕が出てきた頃、ようやく脳裏に響いた先輩の声に驚けた。

 

『理屈は省くけどテレパシーみたいなもん! とにかくアンタはそのまま一撃離脱を繰り返して、敵の気を引いて!!』

「先輩達は!?」

『こっちはこっちで倒す策があんのよ! そのための時間を稼いで!!』

「……了解!」

 

 遮蔽物を用いて索敵範囲から一瞬消えて、次の瞬間には眼前まで一息で迫る。

 暗黒の群れを潜り抜けて、敵の懐へ近づき、三度目の槍を突き立てた。

 

「おおおおっっっっっぐっ! くぅぅぅぅうう!」

 

 弾かれるように距離を離して、一束の輝きを放つもシールドを揺らすだけに終わる。

 焦りが、静かに滲み寄ってきた。

 

「……時間が、無い」

 

 五分は経っただろうが、この力を扱える時間は精々十分が限界だ。それ以上を経過すれば己の耐久を超過して、いなくなるまでの時間が加速する。

 敵の周りで飛び回る犬吠埼姉妹は、動きを止めるような事を、封印の義とやらを試そうとしているらしいが、カズキへ対応できている時点で目論見からは外れているのだろう。

 焦りが、全身を急かす。

 

「まだですか……っ!」

『マジでごめん!! 人数足りなくって!!』

『せめてあと一人いれば、どうにかなったのかな……』

 

 分身のような爆撃を、薙ぎ払って迎撃する。爆風は視界を塞ぎ、数発の爆撃はすぐ隣を通り抜けていく。それにカズキは気づけない。

 

「……俺もそっちを手伝えませんか?」

『アンタが気を引いてくれないと、それこそ無理よ!』

「でも、このままじゃ……!」

 

 追加の人員には期待していない。勇者部の面々だけが存在しているであろうこの世界で、結城と東郷の姿がこの場に無いのはそういうことだ。責めるつもりもない。咎めるなんてこともあり得ない。むしろだからこそ、二人を駆り立てないようにここにいる者達で何とかするしかないのだ。特に結城のような存在が、間違ってもここまで来てしまわないように。そういったリミットも存在している。

 逡巡するのは、あり得なかった。

 

「……俺がやります。渾身のをぶつけます」

『でも、カズキじゃ……――友奈!! 東郷!?』

「――――」

 

 絶叫のような声が、脳内に強く響く。先輩と後輩の目が何処へ向いているのか、不思議と分かる。カズキの遥か後方、おそらくそこには二人がいる。その場所には、立ち込める爆撃の跡。

 姉妹もカズキもそちらを向いて、その隙を敵は見逃さず、その瞬間をカズキ以外は知覚できなかった。

 敵の意識がカズキ以外へ向いたことに、カズキ以外は気づけていない。ましてや研ぎ澄まされた直感を持つ戦士でもないのなら、不意の攻撃に対応などそうは出来ない。

 

「つっっっ、ぐ!!」

『キャ――!!?』

『樹っ、! やっちゃった!!』

 

 三者三様に行動を阻害される。

 爆破によって熱された空気が、肺を焼こうとして酷く熱い。けれど強化された体はその程度では揺らがず、されど直撃すれば多少の怪我は免れない。咄嗟に盾にした左腕は焼かれて、バランスを失ったカズキは地へ向けて落ちていく。

 そうして痛みに呻く間にも、爆撃の第二波が後方へ向けて放たれた。墜落していく最中で向かう先に在る者達を、強まった視力が確かに捉える。

 敵の攻的行動こそが二人の生存の証でもあり、そんな希望はすぐにでも焼き払われてしまおうとしている。

 認めない。そんな未来は選べない。まだカズキは、約束を果たしていない。

 

「っ…………結城、東郷……っ!」

 

 的が小さい。狙いを付けられるほどの余裕はない。弾速は緩い。接触と同時に起爆する。二人を狙う数は五つ。羅列した事実全てを並列して認識する。

 これだけの材料があれば、その結論には容易く届く。地へ落ち切るギリギリで、身を翻して一直線に飛ぶ。

 迷うことなく、人の体ほどした大きさのそれに突っ込んだ。

 

「! っ! ッガ、ッッ――――!!」

 

 一つを斬り裂き、二つ目を蹴り割って、三つ目を殴って届かせない。

 どうせ治せる。この程度の負傷で動けなくなるような、柔な力ではない。その爆風をしこたま全身に受け取って、四つ目へと構わず突き進む。

 焦げた血が張り付く右腕を振り下ろし、爆破に備えれば噴き出す――虚空を捩じ切る暗黒。

 

「ぁ――」

 

 抗えるほどの耐久は無かった。弱った体はその暴威を受け入れて、右腕はスクラップのようにひしゃげて砕けた。

 

「――――ッッッ!!???!!」

 

 自分の腕が雑巾をあちこちへ向かって絞ったような、中身も飛び出し見るに堪えないグロテスクが右腕に居着く。後から遅れて伝わってくる激痛が、少女たちへ向けていた凶器の恐ろしさを物語っている。生者の存在を、いとも簡単に死なせる力。

 こんなのがあの子たちに降り注ぐ悲劇を、カズキには許容できない。

 残り一つへ向けて千切れかけた腕を叩きつけるには、充分すぎる理由。おなじくひしゃげて使い物にならなくなった槍を捨てて、躊躇を投げ捨て右手を差し出した。

 

「ぐ、っぁあああぁぁぁぁああああ!!!!」

 

 千切れかけた右腕は、それでようやく千切れ尽くして消滅した。そこに在った血肉は、空間ごと抉れて消え去った。

 

「ぁぁっ、! づぅ、――でも、これで…………なっ、?!」

 

 そう。これで()()邪魔されることは無く、無防備な弱者を狙える。

 真横を通り過ぎる、殺意の凝縮した兵器。人に向けて放つには、あまりに過剰な暴力。

 

「やめ、、ろォォおおお――――!!!!」

 

 咄嗟に伸ばそうとした手は無い。声を涸らしても、何も変えられない。

 向かうは三発。一つずつタイミングをずらして着弾するように、並んだ殺意が二人の無防備な少女へと向かい来る。

 カズキに出来ることは、眺めるだけ。銜える指も無く、生者が虚無に呑み込まれる様を、高い視力はまざまざと映し出す。撃ち落とせる武器は喪われて、再生成は可能でも間に合わせるには到底遠い。

 ――――暗黒が、走り出した結城を包み込んだ。

 

「――ぁ、なん、で」

 

 晴れる暗黒。

 問い掛けるのは誰に対して。

 

「なんで、結城が……っ!」

 

 闇を跳ね除けるように、拳を力強く突き出して、彼女はそこにいた。

 その手に宿る意思は、彼女の姿形を望む者へと変えていく。

 大いなる意思に寄った力が、優しい彼女を戦場へと駆り立ててしまった。

 凛々しく決意した表情に、カッコいいだとか、そんな軽い感情は抱けない。在るのはただ暗く、後悔するような悲痛だけ。

 

「戦わなくちゃいけないんだ……!!」

 

 それを言うのなら犬吠埼姉妹も同じことで、この誰に負けるわけでも無い憤りは、平等な代物ではないのだろう。郡カズキは、結城友奈を特別扱いしている証左であり、それをカズキはこれ以上なく自覚もして、その自覚を浅ましいとも感じ続けている。

 けれど、だとしても、それでも彼女は、結城友奈とは、カズキのよりどころなのだ。

 どこにいるのか分からない自分が、がむしゃらに進むための道標。どこに進むのかも分からない自分が、どう進めばいいのか教えてくれる指針。

 地平線しかないこの世界で、自分の求めるモノの手掛かりとなる存在なのだ。

 

「なんでだよ……っ!!」

 

 彼女を戦いへ駆り出させたのは、一体何者だ。

 カズキが守れなかったのが悪い。それは一つの事実。それを自分はそう簡単に許せない。それと確かな事実。けど。

 ――やっぱり、アイツが悪い。

 

「お前が……」

 

 肩の断面に結晶が華開き、その結晶から更に華は開き。

 

「お前が結城をっ」

 

 怒りに震える激情が、存在の力に呼応する。

 咲き伸びる結晶の蕾が、存在していた腕の長さへ戻った時。

 

「みんなを戦わせたのか――――ッッ!!!!」

 

 怒りに任せて振り翳せば結晶は砕き割れ、その内からは、衣服も含めて傷一つない右腕が露わになる。

 悲しい。情けない。憎い。殺したい。バラバラにしたい。報いを与えたい。引き千切りたい。叩き割りたい。尊厳など砕き尽くして、無惨にその存在を無に返してやりたい。まるで自分だけのモノではないような感情の数々が、自らの内を占めていく。

 懐の携帯が震えてたとて、微塵も気付かない。気付かない程度には、激情に支配されている。

 ――暗黒の波動が左の手の平に宿り、否定のための武器を生み出していく。

 ――右手から伸びるように、結晶が失われたその存在を形作る。

 

「お前はッ、お前だけはァッッッ!!!!」

 

 美しい義憤の中に途方も無い、自分だけでは生まれない憎しみ。ドス黒い憎しみの中に途方も無い、誰かを思う故の激しい怒り。醜く混ざって、見るに絶えない色彩が思考を埋め尽くす。

 白く清廉な長槍。暗さの混在した紫の長槍。似た見た目であり、込めた力は真反対。

 相反する力が、カズキの中で地平線を想起させた。

 

「無に……っ、帰れよ……――――!!」

 

 矛先を巨体へ定め、全身へと力を込めて、槍を強く握れば紅の結晶が手首を包み込む。

 ――――ずっドォッッッッッッ!!!!

 跳んだ結城が敵へと辿り着く寸前に、後から飛び出したカズキが敵に衝突する。否、それは先の拮抗などとは全くの別物。衝突などと、まるで両者が同じ力量のような物言いは間違っている。

 言うなれば着弾。弾丸と化したカズキは、敵へ向かって撃ち放たれた。

 咄嗟の本能で広げられた薄壁などものともせず、二色の力は柔紙のように突き破り、その巨体をあまりに呆気なく貫いた。

 

「…………砕け、散れ」

 

 その言葉に従うように、巨体に大きく開けられた穴から、翡翠が全身へと咲き誇る。

 苦しむかのような素振りは一切無い。ただそれが正しい在り方の如く、黄金は翡翠の結晶に包まれていき――やがて砕け散った。

 それを見届けて、堕ちながらもカズキは眠り始める。

 微睡みに誘われる中で、妙な動悸が確信を促す。

 ――――始まった、と。

 それがどんな意味を持つのか、カズキには知る術がないまま、疲れを癒すためにスイッチを切った。

 

 

「始まったな」

「うん。ここからだね」

 

 そう二人言ちるのは、寝たきりの少女と赤色の少女。

 時の止まったこの箱庭の様子を、直接見ることのできる、この世界で数少ない内の二人。

 二人はずっと待っていた。

 その存在が、どうか目覚めて欲しいと願っていた。

 この世界は、どうしようもなく行き詰まって、大昔から切羽詰まった行く末のままだ。

 その度に絶望を超えて、希望を目指して、その果てに現れる絶望を超えて、その果てに再び見出した希望は、より多くの犠牲を駆り立てる。

 もう少し直接的に言おう、この世界はどうしようもなく終わっている。

 終わり切っていないのは、その時代時代に生きた者達が、辛うじて繋いできた希望によるもの。一か十か、そんな極端な話にするのなら、もう終わっている。私達の世界は敗北して、覆す事など出来ないハズだった。

 覆せるだけの存在が、希望の器が現れた。

 適正は初代に匹敵し、始まりの二人を足したような彼は、実質的に先代達を過去にしたと言える。それほどまでに弩級の存在が、箱庭の内で産声を上げた。

 

「本当に、これで良かったのかな」

「わかんないよ〜……でもね、私はこの世界を、まだ諦めたくない」

 

 そんな、小娘のほざく夢物語が、緩やかに終わりゆくこの箱庭でどれほどの価値があるのだろうか。

 けれど共に笑い、共に嘆いて、共に笑った。そんな日々が重なったこの世界を、諦めるのだけはどうにも出来ない。私よりも世界をよく知る大人達が諦めても、蒼穹のように澄んだ思い出を手放すのだけは、出来そうになかった。

 

「ずんくん――――彼は、そのための希望」

 

 希望へ辿り着くには、一つの力だけでは足りなかった事を私は知っている。だから一つ前の存在では、どう足掻いてもそうなる運命だったのだ。……次へ繋げるのが、彼の使命だったのだろう。

 だから、彼は無事に生まれた。

 

「彼なら……()()()の祝福を授かった彼なら、希望に満ちた未来へ辿り着ける」

「未来……か。それも神樹サマの教えってか?」

「ううん、神樹じゃない」

 

 その未来が見えたのは本当だ。けれどその確信は私から生まれたもの。

 不安だらけの「今」を蹴散らして、終焉を切り裂く希望。

 救世主の力を得る事を、彼は結果的にでも選び、二つの力からも彼は選ばれた。そして島の意思も、彼を選んで選択肢を与えた。

 ならば過去の英雄の如く、その手は世界を救える。

 他ならぬ彼は、『カズキ』は、そのために生まれたのだから。

 

「……私が、なんとなくそう思っただけなんよ〜」

 

 人知れず唇を噛み締めて、けれど痛みさえも感じれない事に苛立ちを感じる。

 自罰の痛みを得る事すら、私には叶わない。

 せめて彼が自らの居場所を見つけて、自らの存在を確立できるように祈るだけ。

 彼のために出来ることなど、きっとその程度しか存在しない。

 

 

「……んぅ」

 

 記憶の混濁。寝覚めにはよくあることだが、今回のはやたらと思考が鈍っている。だって、家にいるハズなのに、天井や布団やら壁やらがやたらと真っ白だ。色さえ見間違えるくらいには、深く寝込んでいたようだ。

 

「……起きたのね、カズキ」

「ぁ、千景さん……え?」

 

 絶対に眠りすぎた。じゃないと説明がつかない。

 

「……っ……あれ、今って何時ですか?」

「一日と三十分よ。よく寝てたわね……よっぽど――……ええ、とても、疲れていたのね」

「…………」

 

 やはり納得だ。そんなに眠っていれば、五感の一つや二つ、おかしな挙動もする。睡眠時間が明らかに非常識なのだから、色彩全てが真っ白になっても、そこまで不思議なことではない。

 ピシャリとした衝撃と共に、千景の深塗りしたような黒髪。布団の色味。天井の茶色。障子の輪郭。ここ一年でよく知るものとなった世界が戻ってくる。

 こうして頬を叩けば元通り。だから、何も不安がる必要は無い。

 おそれは、表には出さない。

 

「おはよう、ございます」

「おはよう。朝ごはん……もうお昼ね。お昼ご飯作ったけれど、食べるかしら?」

「……はい、いただきます」

 

 ――――きっと誰しもそうだ。

 戦う時には胸に平和を抱いて、その眩しい平和で暖かい世界を夢見て戦う。有限だと知っても、どれだけ短くとも、自分たちの平和だけが全てだったのだ。

 だから、カズキは選んだのだ。

 先の見えない道の先にはまだ見ぬ希望があると信じて、命を使い続けた。




ルガーランスを正しく扱わせたかったのに、あんまり正しく使ってない……突撃して同化して終わってる……ラスボス級の力はこれだから困る
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