郡カズキは英雄である   作:真の柿の種(偽)

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 戦えて、残り一回。
 それも一日なんて長くはできない。半日も保てない。一時間も余裕はない。十分も立っていられない。精々が数分――一分強の稼働限界。
 生きるなら――――残りは無い。
 まっさらなくらいに無い。飲み残し程度も無い。戦場の色が日常へ戻る頃には、きっと尽きている。精々だなんて言葉も相応しくならないほど、何も無い。

 さあ、どちらを選ぼうか。


飛び立つよ、彼方へと

()()が来るわよ!!』

『その前に撃ち落とせば……っ!!!!』

 

 赤透明の波紋が放たれるその間際、八門の砲口に青い熱が込められて。

 彼女の有言実行には一歩遅い。放たれる円形のフィールドと、青色の砲撃が衝突し、掘削されるように青の砲撃は押されては霧散を続けて。

 

『バカ! 撃ち合っても『樹さん! 私と彼女を繋いで!!』

『はいっ!!』

 

 腕に絡みつく緑糸を介して、『増幅』の力が結晶の形として伝わっていく。

 そして、東郷の手繰る戦艦を――その八つ首の砲塔を、翡翠の結晶が覆い。

 

『っ……力が、溢れてくる……!』

『撃ちなさい!!』

『了、解ッ――――!!!!』

 

 要領は同じ。   がルガーランスを使う際と原理を同じくしたその力は、牽牛花の光をより強めて、彼女は戸惑うことなくその力の猛りがままに解き放った。

 青い閃光が、視力を持つ全員の世界を焼いて――――それはもはや、砲撃などと生温い表現は許されない。

 殲滅の青光。その八つの砲は、一つ一つがファフナーを飲み込まんとする極大へと『増幅』される。そして束ねられた八つの破壊の光帯は、一条と成り突き進む。

 

『――――』

「……奴の――二番目(ツヴァイ)のSDPは確かに強力」

『だったらなんで!!』

 

 上空へ逃げ出そうとするアマテラスの形をしたその機体を、執拗に雁字搦めにする樹の緑糸が、更に千を越えてその機械の翼を捕え切った。

 空を駆け上がる勢い。そこには二度として逃がしはしないという鬼気迫る気概を込めて。夏凜と共にその背へ肉薄し、千景は手にした獲物を閃かせ。

 

『捕まえました!!』

『私は右翼!!』

『でも決してっ、無敵なんかじゃっっ――ない!!』

 

 赤刃()刀が、右翼を役に立たないスクラップに。

 紅刃一閃は、背部スラスター諸共左翼部よりも深く背を削ぎ落とす。

 上空への軌道手段を失った白いファフナーは、重力に逆らうことなく堕ちていく。

 その機を逃さない判断をすぐさま下せるくらいには、勇者部の面々は戦いに慣れてしまっている。平時なら千景には戦わせることへの悲しみが先行し、申し訳なさも先立つだろう――けど、この非常時においては。

 

『無に帰せるキャパシティには限界がある!!』

『なるほどっ! だったら東郷、思う存分ぶっぱなしなさーーい!!』

『っ、、この、ままァァァアッッッッ――――――――!!!!』

 

 肥大化した青の閃光が、射出された無のフィールドを貫いていく。

 

『もうお前には何もさせないっ……!!』

 

 友の命を枯らそうとした眼前の漆黒は、まごうことなき死神だ。一度は失ってしまった絆を、友からの祝福で取り戻して。――そんな掛け替えのない存在をもう一度奪おうとしたあの色は、もはや怨敵と言ってもいい。

 一歩違えば憎しみへと偏る激情を、自分の中に在ることを自覚した。

 ――歯軋りの音が、青の轟音に巻かれて消える。

 

『何も奪わせない!!』

 

 千景から送り込まれる力が、もう一つ分増幅し。

 二つの『増幅』の力は過剰な強化を注ぎ込み、戦艦の内部機構すら歪ませて――そんなの気にも止まらない。

 砲に込められた意志が、これ以上なく燃え滾る。

 

『――――』

『このまま消えてしまえ――――!!!!!!』

 

 巨人を飲み込むその光が、通過する先にある存在を纏めて消し飛ばす。

 漆黒の機体は、抵抗することもなく、華の輝きに呑まれて。姿形はその場から消え去った。

 そして東郷が駆る戦艦も同じく、光の粒子へと変えられていき。

 

『嘘――もう、満開が解けて……!?』

 

 神衣も、普段の装束へと変えられていく。

 

『リミットが早まったのは『増幅』の負担……散華の影響もじきに現れる。休んでなさい』

『でも、まだカズキ君は……!!』

『システムを絶てる存在がいなくなったのは僥倖よ、こんなにも気楽なことはない』

 

 千景が誰かを真似たような口調で、淡々とした説得でたしなめようとする。

 

『しかし……!』

『疲労が見えるなら不慮だって起こりやすくなる。無理をしてもみんなへと負担を強いるだけ。……分からない貴女ではないでしょう?』

『きっとこの後に東郷さんの力を借りる時が来るよ! だからそれまで……ねっ?』

『…………っ……分かり、ました』

 

 結局折れたのは友奈の一声が決定的となり、東郷から流れてくる感情の波は徐々に鎮まる。

 戦線離脱への恐れや焦りも和らいでいるようだった。感情論だけではどうにもならないと知っているのだ。友奈の後押し合ってのことだが、それでも指揮を執る千景からすれば素直に従ってもらえるのは大いに助かっていた。

 ――既に下へ控えている友奈も、千景たちよりも先に落下していく風も、東郷への『増幅』の橋渡しとなった樹も、渾身を上空にて溜め込む夏凜も。言われずともどう動くかの戦況予測が出来ている。それに友への散華が始まる事実への精神的備えがしっかりとしていて、揺れの少ない感情値は、各々が抱く覚悟の硬さを表していた。

 

『樹ちゃん! そのまま落として!!』

『お願いします友奈さん!! お姉ちゃん!!』

『もう逃がさないわよ……ッッ!?』

 

 振り下ろされる巨剣は、定められた狙いに従って敵ファフナーを圧し断たんと迫る。

 気迫のすべてを重量へと込めた一撃へ対するべく、白の機体だったそのファフナーは、淡い茶色の機体へと姿を変えて。

 機体コードはマークノイン――Mk.IX。機体に刻まれたSDPは『増幅』。

 機体の肩部にマウントされた大口径のビーム砲――メデューサと呼ばれる大型火器に、同化の証である結晶が纏わりつき内部機構ごとその存在の力を文字通り『増幅』させる。

 それがどれほどの威力を誇れるのかは、ザルヴァートルの力を振るった郡   を思い出せば、至極簡単に理解に早いだろう。

 

『また変わった!!』

『西尾さんの力を……!』

『こんのっ、形態不安定――――っっヤロウ!!!!』

 

 剣と光学の砲撃が、重圧を撒き散らして鬩ぎあう。

 敵から放たれる白熱の極砲は、   の放つそれと変わりない至高の砲撃。それを、風は――。

 

『あっつっっッぅ……! こなくそーーーー!!!!』

『お姉ちゃん!!』

 

 余波で肌が焼けようと、髪が焦げる臭いが鼻を突こうと。

 剣を握る手を、決して離そうとはしなかった。

 

『いい加減にしなさいよ……!!』

 

 拮抗よりも押され気味。頭上からの強襲は、撃ち落されて失敗に終わると予想できてしまう形。

 そんな決定的な未来を覆すのは、心が吠えた結果の我武者羅加減。

 柄と手のひらが焼けるように張り付いても、吹き飛ばされんと食らいつくその信念の正体。

 

『アンタが左手に握ってんのはね!! ウチの部員なのよッ!!』

『――――』

『よくっ分からんロボなんかにぃ!! アタシの、可愛い後輩を! 渡す訳が、ないでしょうがぁあああああああ!!!!』

 

 吐き出される裂帛は、つまるところ根性と呼ばれる苔の一念だ。理由なき憎しみの傀儡でしかない伽藍洞の器程度に、容易く押し留められるような脆弱さなどはどこにもない。

 必然のように押し込まれていき、順調に地へと落ちていくその背を――強い眼差しで見上げる桜色の勇者。

 彼女の動作は一歩。たったの一歩の跳躍で、カーキ色の背後へと目に入る景色は迫り。

 

『――――返して』

 

 ドッッッッゴッッッッッッッ――――――――!!!!

 鈍いなんてものではない轟音が鳴り響き、敵の装甲には拳の形をした凹みが――すらもない。傷なんて優しい破損ではあのような音は響かない。

 腹部を貫く小さな拳ほどの穴が、敵機の風通りを良くしていた。

 その轟音の凄まじさを物語らせるには、十二分な威力。

 

『郡くんを!!!!』

 

 そして今度は身の丈を超える手甲を纏い、渾身の一撃を振りかぶる――――!!

 

『返してッッッ――――――!!!!!!!』

 

 捻りを加えたその一撃は胴部装甲に留まらず、内側のフレームも滅茶苦茶に軋ませて。

 渾身は、一撃では収まらない。

 ドゴッッ――二撃。

 ドドッゴォォォッッ――四撃。

 ドドゴッッドドドドドドォオオオオッッッッ――八撃。

 十を超えた辺りから、二つの拳と二つの巨拳は音を超えて。

 

『返っっっせぇぇえええええええ!!!!!!』

 

 繰り返されるのは拳撃の連打、それだけに過ぎない。身に備えた技術もかなぐり捨てて、身の内から叫ぶ怒りに任せて、乱雑に拳をぶつけ続ける。

 そんな単純作業の繰り返しが、ついには全長約35mの巨躯を、拳の勢いだけで浮かせるまでに至る超連撃。

 そして敵を打ち上げさせないように挟撃を担う、風は。

 

『ッ゛ぐぅっっ!? ――その調子よ友奈!!』

 

 ザルヴァートルモデルの一撃に比類する砲撃を、その身一つで堪え続ける大偉業。

 されどそれを完膚なきまでの水準で可能とするのは、同規模の存在か同規模の力を擁するものだけ。早いが話、マークザインやマークニヒトの砲撃を無傷で防げる存在がどれほどいるのか。数えれば片手の指でも余ってしまうだらう。

 少なくとも満開を遂げたとして、勇者の身である以上は重い荷が勝つ。肉を焦がし、炭化しかける程度で済んでいるのはご愛敬ですらあった。

 

『お姉ちゃんそのままじゃ!!』

『千景! 風をっ!』

『『壁』なら……!』

『アタシよりもっ、カズキを――――!?』

『――――』

 

 メキリやミシリと、吹き荒れる桜打を一身に受け止めて、分かりやすい崩壊の序曲を聞かせながら、風へ白の熱線を浴びせ続ける敵ファフナー。

 その姿は、再び変わる。

 

『またっ……!』

 

 薄ピンクが可憐な印象を持たせ、各種に備えられたユニットが強く目を引くその機体。

 計四種のユニットは即座に展開され、翡翠色の幾何学図形の壁が、その機体の前後を塞ぎ。

 

『っ、これは千景先輩の!?』

『つまりコイツはコピーロボってことかっっ……だったらァァ!!』

 

 強固上等、堅固上等。『壁』諸共無残なスクラップにしてやらんと、剣と拳を振りかぶる二色の輝き。

 

『ぶっ壊すわァァぁぁすッッッッッ!!!!』

『おォォぉぉおおおッッッ――――りゃぁぁぁぁあああああ!!!!』

 

 両面から叩き込まれ、空間を激しく揺さぶるのは神格を伴った絶撃。

 桜乱は繰り出される全てが芯を捉える嵐の咆哮。

 黄斬は重力を含んでより威力を増大させる断刀。

 衝撃はくまなく伝わり、威力はフルに壁を壊さんと響かせて、美しい二枚の壁に――――傷はおろか汚れ一つ刻めない。

 

『今度はツクヨミ――――だとしても! 闇雲に写したところで!!』

『食らえぇぇえええ!!!!』

 

 風の横合いから降り注ぐ、二色の人影。

 赤刀が、紅鎌が、勢い付けて振り下ろされた。

 

『この機体はどんなッッ力ぁ!!』

『貴女が今感じている通りっ! 強靭な防壁!!』

 

 傷が入らない。差し入れる隙間も見当たらない。叩き割れるビジョンが浮かばない。

 友奈、夏凜、風の三人は、生半可では通らない圧倒的な堅さを、その手で実感した。

 

『加えてもう一つの――』

 

 板のような、ワームで構成された()()が数枚視界に入った。

 大きく展開された防壁に比べれば、耐久値はそれほどでもない。切り裂くことだって可能であり、大きな力を持つものなら纏わり付かれた部位を振りぬけばほどける程度の。

 だがそれが、防勢のためではなく、攻勢のための力であることを。

 ともすれば何よりも凶悪なソレが見えた瞬間、その枚数が何十にも増えた途端――――千景は脇目を無視して叫んだ。

 

『躱すか斬って!!!!』

『っ――――!!』

『絶対に触れちゃダメ!!』

 

 声にすぐさま従い圏内から逃れたのは、この中で反射神経と俊敏が特に優れている夏凜だけだった。

 逃げ遅れた風と友奈は、近づく板を危なげに避ける。

 

『へ? ぁ――っぶなぁ!!』

『わわっ! 何ですかこれぇ――――あっ』

 

 四枚の板が友奈の左腕に沿って、枷のように重なり連なり。

 まるで雑巾絞りのように――――腕一本を四つの肉片に捻じり切った。

 

『――――――――ぁあぁああああああ!!???!!!?』

 

 吹き出す新鮮な鉄の香りが、神衣をその色へと染めていく。

 ぼとぼと、と落ちていく欠片を、友奈は痛みで呻きながら見送った。

 

『!!??? 友奈ぁ!!!!!』

『友奈さん!!!!』

 

 痛いのに、痛い箇所が見当たらない。

 裂かれる激痛は手首と肘と二の腕の傷口を抑えたいのに、抑えるべき傷がどこにもない。それも当然で、欠片となって地へと落ちて行ったのだから。

 亡くした部分を探そうと必死に、その部分から目を頑張って逸らしても意味がない。肩口を貫くように響く痛みは、悍ましい現実を友奈へと突きつけることをやめない。

 

『バリア無視は今更だけど……っ! こっちだって満開してんのよ!?』

 

 派手にこぼれる赤色の噴出点を抑えて、それすらも意識を揺らがせる痛みに満ちている。

 左腕の欠損は初めてではない。けれど、決して、日常へ生活の比重を置く少女が慣れる事のできる痛みではない。

 やせ我慢を押し通せるような痛みでは、当然ない。

 

『結城さんっ!! 気をしっかり持って!!!!』

『くっ、ううぅぅぅぁ、うっぐっぅうう……っ』

 

 フラフラと、頼りなさげに滞空する友奈は格好の的になりえた。

 狙われない理由を探すほうが困難なほどに。

 

『っ樹さん! 彼女と私を繋いで!!』

『もうやってま――切られたっ!?』

 

 無数の緑糸を断つ、同じ数の四角の平面体。

 数は増殖し、友奈をマネキンのように解体しようと迫った。

 

『っ――結城さん逃げて!!』

『っはぁ、っ゛づぅっっ、、 ぁ――!?』

『友奈ちゃん!!!!』

 

 気がつけば逃げる隙間はどこにも無かった。

 薄い四角が幾個も逃げ遅れた友奈へ殺到する――――直前にその元へと飛び込んだ、赤い影。

 

『全部斬ればっいいんでしょ!!』

『――っ、はっっ、かりっ、ちゃ――?』

『じっとしてなさい友奈!!』

 

 ()()()()()()()()()()()()、右腕と他四本のアームを開くように構えて、領域すべての凶悪を視認する。

 二人へとその捻転の凶器が雨のように降りかかり――

 

『全部見えてんのよ!!!!』

 

 ――右から来る三枚。左から来る五枚。上から来る二枚。下から来る五枚。斜め上から来る三枚と五枚。斜め下から来る六枚と二枚。背後から来る十三枚。

 その全てを、真っ二つに。

 三好夏凛は前言の実行をいとも簡単に為して魅せた。

 

『夏凜ってすげーのねっ!』

『ええそりゃどうも! いい加減に本体を叩くわよ!! 樹、援護!!』

『はいっ!!』

 

 赤刀に、ぎらついた輝きを――神威を乗るだけ乗せて。

『壁』ごと両断する意気を抱き、その息吹は乗せられた刃を軋みを上げる。許容を遥かに超えたその輝きは赤光の尾を引いて、赤の軌道は突っ込んだ。

 それを見たピンクのファフナーは、四角の凶器を更なる量で撒き散らす。

 援護の緑糸、その全てを敵は断ち切って。

 意図することなく、敵の絶対殺戮圏内へと、夏凜は意気揚々に入り込んだ。

 

『っ、届かない!!』

『だめっ、躱して夏凜ちゃん!!?』

 

 東郷が悲痛とともに叫ぶが――時はすでに遅く躱せないと判断し、何よりも夏凜は減速の選択肢を初めから捨てていて、それでいて捨て切る覚悟一つを一瞬で下す。

 差し出されたのは、脱力した左腕。

 夏凜も同じく、左腕を肉片へと変えられて――――呻くことなく吶喊する。

 

『かりっ、ちゃ、んっっ!?』

『夏凜っ!!!!』

『ハッ!!』

 

 滝のように噴き出す赤色にも眉は顰めず、夏凜は好戦的に笑う。『壁』へ輝く赤刀を突き立て――――雷と勘を違えるほどの激震が、『壁』に罅を入れた。

 

『どうせ使()()()()ならこんなもんっ! 幾らでもくれてやるわよ!!』

『――――』

『だからお前はァッ、郡をっ、返せッッッ!!!!!!』

 

 食い込んだ赤刀を更に突き立てて、夏凜が念じた瞬間――『壁』に阻まれた向こう側で、刃はその内に秘めた神威は燦然と音を潰して爆ぜる。

 亀裂という切っ掛けを与えられ、無惨にも砕け散る『壁』。これで敵を、そして   へのルートを遮る存在はなく、爆炎に晒されて視界は不良。

 クロッシングの内で、歓喜と決意の情が氾濫を起こす。

 待っていたその瞬間を、例え疲労していようと、例え痛みに呻こうと、例え至近距離で爆炎が網膜を炙ろうと、狙い続けたその瞬間を逃そうとする者は――――勇者部には一人としていない。

 千景は夏凜が吶喊している隙に、友奈の左腕を『薬』で癒し。

 風は夏凜がやりきると信じて既に振りかぶり。

 樹は周辺へと糸を巡らせ仕込み終わり。

 夏凜は吹き飛ばされ、しかし隙間を埋める誰かの後へ続くのだと意気込み。

 東郷は二回目の瞬間と確信して。

 友奈は、何も考えず心の赴くまま、まっすぐに突っ込んでいた。

 

『満開ッッ!!!!』

 

 青の閃光は叫ぶと同時。頭部を胴体ごと吹き飛ばそうとして、それを遮る『壁』の力。

 その妨害すらも予期して八つを束ねた一撃に、苦し紛れの抵抗などなんのその。罅だらけの壁を障子のように穿ち、首から上を吹き飛ばした。

 

『動くな黒ロボ!!!!』

 

 大剣の躊躇ない一撃が胸元を大きく抉って。

 斬り飛ばそうとするのを良しとしない敵は、身をよじらせて軌道をそらし、しかし風はそのまま胴体を大きく削り抉る。

 

『今ならっっ!!!!』

 

 大きく左腕を切り離そうとする糸の束は『壁』に塞がれ、しかし千を束ねたその全てを偽りとして。

 本命の糸は静かに、   を握る鉄色の五指を切り落とす。

 

『もう詰みぃ!!!!』

 

 取りこぼした   を、敵ファフナーは咄嗟にもう片方の手で再び身柄を手にしようと伸ばし。

 その腕を、赤い斬撃が根元から叩き斬る。

 

『今なら――――っ!??!』

 

 千景は飛び出し、咄嗟の杜撰な『壁』が発現しようと紙のように斬って捨てて、   の元へと飛び込もうとした瞬間。

 ピンクだった敵は、再び姿を変える。

 その色は最初と同じ濃赤の十二番機へと変貌する。

 傷の全てから聞こえる結晶が砕ける音。勇者部総出で作り出した隙は、即座に無へと帰した。

 

『コイツっっ!!??』

『往生際どうなってんのよっっ!!』

 

 しかしこのままいけば彼女らは   を取り返すだろう。アザゼル型を撃破するのに満開四人分。そこに一人分の追加戦力。ついでに島の戦士が総出で出撃しているような、そんな馬鹿げた錯覚すら生ませる存在もここにはいる。

 満開前ならともかく、ツヴァイも戦闘不能へと追い詰められた今では敵戦力の分散も難しく、分が悪いのは明らか。そう判断して、敵ファフナーは躊躇なく、   を掴んだ腕に力を込めた。

 どうせ奪い返されるのなら、使()()()にはさせない。目の前で取り出そうとしていた存在を、トマトよりも赤黒い飛沫にしてやる。と言ったところ。

 最悪が過ぎる、濃密な悪意の籠った発想だった。

 東郷は間に合わない。夏凜も間に合わない。風も間に合わない。樹も間に合わない。千景も――友奈も間に合うことはなく、   は結晶ではなく肉片となって砕け散る。

 せめて後一手だ。取り戻すには、奪い返すには。後一手だけを埋める要素が必要だった。

 例えば、この場にせめてもう一つ、ファフナーに匹敵するほどの戦力があったなら。

 例えば、この場に駆け付けたファフナーが、本当に島の存在だったなら。

 

 ――――。

 

 ――――――――その、()()が背後から勢いづけて勇者たちを過ぎ去る。

 濃く深い色をした赤の塗色。

 透明に輝く各種の、及び頭部のパーツ。

 強く、電光が漏れ出る程に高速で稼働する、赤の回転体。

 

『え――――?』

 

 ファフナーエインヘリアルモデル、マークツヴォルフ。

 偽りとは明確に違う意思を乗せて、ワームに機体を喰い破られようと気に掛けず、()()は進みを続ける。

    を握りつぶそうとしていた腕を掴み、()()の力は敵だけを()()()

 

『立上、さん――――?』

『本物だよちーちゃん!!』

 

 敵の存在全てを喰らい切るには至らず、しかし   が掴まれていた手首より先は砕け散る。

 そして取りこぼされた   の体は宙へと放り投げられた。

 

『カズ――』

『――――』

 

 敵の刃角が展開し、ワームスフィアが乱暴なほどに千景を包みこんだ。

 進むことはままならない。幾重にも塞がる湾曲が、何度も衝撃となって千景を強かに叩く。

 伸ばした手は、未だ遠い。

 

『ぐっ、、カズキ――!?』

『郡……っくん!!』

 

 勇者部の全員が投げ出された少年へ向かい、それを見舞うワームのスフィアの嵐が堰き止めた。

 対象をゼロ次元へと捻じ曲げる法則が、凶器として牙を剥く。神樹からの力を通常時とは比べ物にならない量で受け取れる満開状態でさえ、加護を直接身に纏っていても、乱雑にぶつけるだけの攻撃だろうと、その足を止める障害にはなりえる凶悪さ。防御へ力を使わなければ、見るも無残なミンチにすらなりかねない。

 だから、緩やかに落下していく彼を掴める者は誰も――――。

 

『郡くん!!!!』

 

 空間を抉る暗黒の嵐へと、心が従うままに飛び込んだ勇者がいた。 

 削がれ、割れる額。呑まれ、吹き飛ぶ指が数本。盾代わりに前へ出した巨拳は、即座に使い物にならなくなり。後頭部を頭皮ごと、皮を剥がされる。それでも自身を守るためではなく、何よりも、ただ疾く辿り着くそのためだけに力のすべてを注ぎ込む。

 致命を躱そうなどと、回避なんかは少しだって考えない。

 

 ――痛い。怖い。

『結城さんお願い!』

 

 だって、もう友奈は知ったのだ。

 自分よりも痛い思いをした人を。怖い思いを抱えていた人を。

 誰にも言えず、背負ったものに人知れず独りで静かに潰されようとしていた、その優しい心を。

 何も知らずに日常を謳歌していた自分たちを、守りたいと願ってくれた心。

 叶うかどうかも定かではない約束を、命を懸けて果たそうとしてくれた――――その心を。

 

 ――でも。

『カズキをっっ』

 

 本物のツヴォルフを振り払った偽りの機体が、その魔手を友奈へ向けて振りぬいた。

 敵を喰らうその力を目の前に、友奈は臆病さを見せはしない。

 拳を固く、決意とともに握り締めて。

 

『助けて――――!!!!』

『――大っっ丈夫!!!!』

 

 忌々しいその敵を、思いっきりぶん殴った。

 冗談みたいなサイズ差を笑い飛ばせるくらい、もっと冗談のような勢いで吹き飛んでいく敵ファフナー。衝突する根をへし折り、一直線にその軌道が分かりやすく飛んでいく。

 本物のツヴォルフはその敵へ追撃を仕掛けるべく進み――――友奈は、手を広げて。

 

「っっ――――郡、くん」

 

    を、伸ばした両腕で。

 傷つくことを厭わず伸ばしたその手が、   を優しく受け止めた。

 

「……とどいた、ね」

 

 

 暗くて冷たい海の内に、郡   はいた。

 右も左も、上も下も、前も後ろも、もはや   自身さえもあやふやになって、どこにいるのか分からない世界に。

 底は無い、ように思える。水面も無い、ようにも思える。どこまでも広がっているようで、どこへも行き着かない無限の虚だけが在り続ける。在る、などという表現すらも正しいかは分からない。

 ただ一つ理解できるのは、ここはある種の境目だということ。

 どこまでも続く地平線。どこでも終われる地平線。

 このまま在ることも無へ帰ることも、どちらも同じくらいに簡単に選べるところ。

 

『もう一度選べ』

「……もう選んだ」

 

 右から声が、聞こえた気がした。

 若干の中性的な、けれど男性と確かに分かる低い声は、不思議と柔らかい印象を抱かせる。安心が先んじるその声からは、穏やかな時間が似合うのだと予感する。甘い響き、とも言えるその声色から、香辛料の気配を感じたのは何故だろう。

 

「何度も悩んだし、何度だって悔やんだ。何度も何度も迷って、選んだ答えなんだ」

『だが、まだだ』

 

 左からもう一人の声が聞こえて、気のせいではないことを暗闇の地平線で感じとる。

 硬い声色の男性なのだろう。不器用に真っ直ぐとした意志を乗せた声からは、確固たる自分を持ち続けた気概を感じた。しかし硬すぎるこの声色のままでは、他者へ色々な勘違いをさせてしまうのかもしれない、なんて考えた。

 

「まだって、何が」

『お前はまだ選べるんだ、   』

 

 空白に支配されたその名を呼んだのは、誰だったのか。まるで自分自身の声色のような、覚えのあり過ぎる音階が耳へ届く。

 ドッペルゲンガーにでも遭遇したような感覚だった。

 

「だから、何を」

『君はまだ狭間で漂っている。ここに居続けることしかできない僕らとは違って、まだ選び直せるんだ』

「……何、の話を――!」

 

 淡々とした口調が、やけに神経を揺さぶる。まるでこの身体に宿る因子が、細胞がその声にざわついているかのような。

 不思議と心が親しみを得るような感覚だった。

 

「俺はもうっ、選んだんだっ!!」

『確かにお前は一度選んだ』

「これ以上俺に、何を選ばせたいんだっ……!」

『お前は本当にそれでいいのか』

 

 右からの声が、心を突き刺す。

 

『本当に君は、その選択で後悔しないのか』

「そん、なの……」

『君はその未来を選びたくて、戦うことを決めたのか』

「……そんな――――そんな訳がない!!」

 

 左からの声が、心を締め付ける。

 

「積み上げた希望も犠牲も! 何もかもをひっくり返した最低な結末だ!!」

『まだ手遅れにはならない』

「こんなっ、こんな、全部を無駄にした未来が欲しかったんじゃない!!」

『ならもう一度選べ、   』

 

 もういやなんだ。

 

「――――…………なんっ………………なんで、俺なんだ」

 

 選びたくない。傷つける選択も、傷つけられる選択も、どちらも酷く恐ろしい。単に怖いのだ。裏切られる痛みを誰からも味わいたくない。裏切る心痛を誰にも刻みたくない。

 ――あの人に、あんな顔をもうさせたくないから。

 

「なんで俺に選ばせるんだ……!!」

『君は終わりを覆すことのできる可能性だ』

「そんな、のっ、……知るもんか! 俺は真壁一騎じゃない!! 皆城総士でもない!! 俺のっ、代わりなんざいくらでもっ存在する!! 俺はただの人形だ!!!!」

『人形であることを、君が選ぶのか』

「っうるっっ……さいんだ! 黙れ!! ――――人形なんかになんで、なんでっみんなは、俺に背負わせるんだよ!!!!!!」

 

 背負いたくない。背負う重たさを、もう二度と感じたくない。荷を下ろす開放感を一生得ることが出来ないのなら、こんなのは拷問と何が違う。

 誰かの命も、世界の命運も、平和な日常も、その殆どを背負わされる重たさを、どうしてよりにもよって、どこにもいない自分なんかに背負わせるのだろう。

 その期待に、何故応えられないのだろう。

 

「なんで、俺はっ――俺じゃ、なんで千景さんの未来を守れないんだ!!!!!!!」

『――――でもお前は、戦うって決めたんだろ』

 

 聞きたくなかった――のに。

 その声が、ストンと胸の内へと投げ込まれた。

 

『状況に流されるまま戦っても、お前の心が戦うことを決めた』

「……俺が……決め、…………俺、が?」

『誰からの命令がなくても、戦い続けるってお前が自分で選んだんだ』

 

 でも。

 

『選ぶんだ。もう一度、何度でも』

「でも、もう……俺は、選んでしまった……から」

『悲しいからって、苦しいからって諦めないで、そこにいることを選び続けろ』

『君はまだ選び直せる。郡   という存在が、まだそこにいることをやめないのなら、何度でも』

「……………………」

 

 でも、でも。

 もう、どうすればいいのかわからない。

 自分がどこにいるのか、どこにいればいいのか。

 

 ――――   は、そこにいたい?

「わ…………からない」

 ――――それとも、そこにいたくない?

「いつづけるのが、くるしいから、俺は……選んだのに……」

 ――――じゃあ、ここからいなくなりたい?

「……………………」

 

 それを願っていた。どこにも帰る場所がない自分なんて、いなくなって終ればいいと、言葉だけなら力強く千景へと吐き出した。そのハズだけど。

 ()()からの問いには応えたいのに。何もない()()の自分と話すだけで、とても楽しそうな様子をほころんでくれる彼女にはありがたみすら覚える。ただ、それだけは、その問いかけには、どうしても答えられなかった。答えようとした口は開閉を無意味に繰り返して、声という意味を生み出さない。まるで、というかそのまんま、壊れた人形のように、餌を求める魚のように、みっともなく唇は引っ付いて剥がれてだけを繰り返した。

 けれど、無言だけしか返せなかったというのに、何故か()()はとても嬉しそうだった。

 

 ――――そう、いなくなるのはとってもこわいこと。

『だからこそ僕らは、ここにいることに喜びを覚える。生きていることに感謝をする』

 ――――だからわたしたちは、何度でも生まれることを選ぶんだよ。

「……いることの、喜び――――生きることの、感謝」

 

 それがどんなものかは分からないけど、彼女の言うとおり、いなくなる恐怖なら確かに分かる。

 命を使う覚悟を何度重ねても、その虚しさと寒気だけは薄れない。

 それを抱いていた自分は、裏返せば、ここにいることを――――でも、やっぱり、わからなかった。分からないフリを、愚かにも続けることしか。

 

『   、お前の心はどこにある』

『君の心が選んだ未来を導け、   』

 

 心。

 人と思い込まされていた人形にも、心は宿るのだと。

 怪物と憎まれて、その様相を自覚しながらも、それでもその胸には人となんら変わりのない感情が湧く余地があると、彼等は言ってくれているのだろうか。

 

「………………俺に……?」

『他に誰かいるのか?』

『いいや、僕らはたしかに君へ――郡   へ向けて言った』

 ――――……信じられない?

「え……?」

 ―――― () () () ()の言葉が、   には信じられない?

 

 何と返せれば良かったのだろう。

 正直な話、理解にはまだ遠い。納得だって、一分たりとて出来ていない。でも、とても不思議な話だが。その励ます声が、まだ諦めるなと背中を押す優しさが、『もう一度』と奮起を望んでくれた信頼が。こんな、不出来を煮詰めた自分にも分かるくらいの暖かさを、他でも無い彼等から受け取れている事実を噛み締めて。

 語彙を尽くしても表現に困る、けど。

 何と称するのが良いのかも困る、だけど。

 

「……………………」

 

 何故か――――涙が、止まらない。

 

 ――――   、あなたは、そこにいる?

「っ……キミはっ…………どう、思う……?」

 ――――私も   を信じてる。

「……信じて、くれるのか」

 

 熱いくらいに情の籠った雫が、とめどなく頬をなぞっては顎をつたう。

 自棄の誘惑に負けて、全てを台無しにしようとした。なのに、そんな自分を、名前も知らない少女は。

 

 ――――うん。ずっと、私は   を信じてる。

 

 嗚咽が、少しだけ漏れた。

 痛みから逃げようとした。自分で背負った役割を放り投げて、戦うこと自体も、戦いを続けていた意味も、戦いで積み上がった想いや希望も、全部をご破算に棄て去ろうとして。

 そんな自分を、そんな自分でも、彼女はずっと信じてくれていた。

 迷いなく、会った事もないのに、それでも信じると言ってくれた。

 

「……どうして、君はそこまで……?」

 ――――帰りたいって、   が願ってくれたから、

「……? へ……?」

 ――――そのお陰で私は生まれることができた。

 

 彼女の言葉は抽象的、心象的な表現が多い。

 だがいつかは、その全てを理解できる日が来るのだろうか。

 

 ――――   は私がここにいる証明だから。

「俺、が……?」

 ――――今度は私が、   がここにいる証明になる。私は   の存在を信じている。

 

 そんな日がいつか来て、今度は直接会話を交えられたなら楽しそうだなと。そんなもしもの()()を思い描いたことに   は、遅れてようやく気がついた。

 だというのに凝り固まった頭は、世界の全てを終わらせる選択肢を執拗に心のどこかへ置き続ける。

 でもその選択を、今一度考え直すくらいの余裕は得たのだ。

 彼等二人と、彼女がくれた無二の機会だと心得よう。

 

「……――っ! …………もう一度――」

 ――――ううん、一度で駄目なら、何度でも。

「――……そうだな。選んでみるよ、何度でも」

 ――――頑張ってね、()()()

 

 その答えに満足してくれたのだろうか。笑ってくれたことくらいは、ポンコツな   でも分かるものだ。

 だから何度でも、本当に欲しい未来のために、何度でも選び直す。

 望んだ未来へ行き着くため、きっとそのために、何度でも、幾度でも、選び直し続ける。

 ――実はまだ、望んだ未来なんてものは分からないし、欲しい未来はまだ見えない。真に自分が求める未来が、本当にあるのかも分からない。

 けれど郡   は、まだここにいるんだって、教えてくれた英雄二人がいた。

 ここにいることを信じ続けてくれた、愛らしい神様もいた。

 辛くても、苦しくても、この痛みが生きることへの祝福なんだと教えてくれた。

 

()()()()()

 

 ずっと――――今までずっと、いなくなりたいと願って、だというのにいなくなる恐怖に苦しんだ。ずっと、戦うことが怖かった。でも戦うことからは逃げないと、他でもない自分で決めた。誰に言われずとも自然と、己の心が赴くままに決めていた。

 矛盾に満ちたそのどれもが、自分がそこにいた証だ。

 選ぶことを拒む選択をして、最悪の未来を選んで、選ぶことの苦しさに痛みを憶えて。そのたびに自分なんかどこにもいないと思い込んでいたけれど。きっとそのたびに、何かを選ぶ自分がそこにはいた。

 ここにいる。そうだ、自分はここにいる。

 二年前にいた真壁一騎じゃない。三百年前の真壁一騎でもない。皆城総士とも違う。他の誰でもない自分が、ここにいる。

 

「俺は、まだ、()()()()()

 

 島から届いた声は   をこれ以上無いくらいに優しく激励してくれていた。今はもう途切れて聞こえなくなってきたけれど、聞こえなくても自分はもう大丈夫だ。選び直すことを、選び続けることを迷わないから。

 郡の姓は貰ったもの。   の名は人形に付けられたタグのような、ラベリングのような意味合い。その二つを掛け合わせても、やはりかつての   では借り物の域を出なかった。今までは。

 今は、違う。

 縋るしかなかったその名を、抱え込むことしか知らなかったその想いを。

 真の意味で、確固とした己のものへとする。

 そして、少女から最後の問いかけに、自分は自然な風に、その答えを選んだ。

 

 ――――あなたは、そこにいますか?

()()()()は、まだ――――()()()()()

 

 その名を正しく認識して、自分を確立する。

 ()()()()は、()()()()の名前。

 自分だけの証。自分が存在することを示す、大きな意味を持つ記号。

 暗闇の迷路にもがき、光の差さない底で苦しみ、振り回されていたその名。

 存在と無の地平線を、カズキは進む。

 無の方角には、まだきっと早い。自分が征くべきは、そうしたいと望んだ自分がいる方角は、存在する側の領域だった。

 自分の意思で、郡カズキは進む。

 祝福であり、呪いですらあったその名を、カズキは今本当の意味で胸に刻んだ。

 

 

 勇者部は敵の手の内から、郡   を取り戻した。

 その瞬間を契機として、状況が一転する。

 

『取り戻した!? 取り戻したなよっし!!』

『――――よかった』

 

 壁の外でバーテックス達の群れと相対していた銀と園子から、クロッシングが届けられる。

 

『すっごい喜ばしいしアタシらもめっちゃ嬉しいけど! そんな感動的なタイミングで悪いんだけど!!』

『ごめんねみんな、こっちにも人手プリーズ~!!』

 

 ――一緒に喜びたいのは山々だが、ちょっとそれはそれとして。

 二人から流れてくるのは、そう言いたげな感情の色。思わずみんなで顔を見合わせて笑いそうになるが、ピシリと全員同時に引き締める。

 そう、まだ戦いが終わったとは言い切れない。

 

「強い存在が、外に――」

「私はうっすらとだけど……東郷さんはもっとハッキリ感じる?」

「ええ、白と紫のファフナーと同じくらい大きな力を持って……強い敵意があります」

「獅子座か、それとも立上さんがここにいるなら、アイツが……――――どちらにせよ強敵」

 

 樹海が解けるまで、油断をしている暇と余裕には恵まれていないのだから。

 

「ありがとう、結城さん」

「ふぇ……千景先輩?」

「みんなも、ありがとう。……カズキを、任せるわ」

 

 彼女は――――誰よりも、彼へと近づきたかった人だった。

 そのための攻防だ。救いたいと、この世界の誰よりも願って。必死に手を伸ばして。

 なのに彼女は、ようやくの思いで取り戻し、眠っている   へと近づこうとする仕草一つ見せないで。

 それどころか   へ背を向けて、敵のほうを向くものだから。

 

「ちょっと千景」

「まだ敵は残っている。だから貴女達にはカズキを」

「聞きませんよ、先輩」

 

 勇者部の皆は、見てもいられないその背中へサラリと言ってのけた。

 

「バーテックスは私たちが行くに決まってんでしょ」

「そーそー、千景は大人しくこのバカを寝かしつけときなさい」

「……いいえ、貴女達の満開はもうじき終わる。だから私が――――」

「あと一回くらいならいけるでしょ」

 

 何を言ったのか分からなかった。

 それ以上に分からない発言が、理解が追いつく前に飛び出した。

 

「あ、夏凜ちゃんもそう思う? だよね、それくらいならいけちゃうかも」

「は…………?」

 

 ポカンと、彼女は大口を広げて唖然としていた。

 

「そんな感じですから千景先輩はカズキ先輩をお願いします」

「な、な……何を、言って……?!」

「いやーそりゃアタシも反対したいんだけどさ、みんな同じ気持ちだし? 止める立場のアタシもその気だし? こりゃアタシからじゃ何言っても説得力ねーや、って悟っちゃってねー」

「貴女がそんなのでどうするのよ……!」

「あっははー、いやはや面目ない」

 

 危機感を排してとぼけた笑顔は、むしろ千景からすれば危機感を煽るだけだ。

 彼や彼女たちが瀬戸際で笑うときは、いつだってその心には尋常では測れない覚悟を秘めていると。千景は知っていたのに、何年間も実際に見てきたのに、そんな勇者や戦士たちと肩だって並べたのに。

 世紀が変わるにつれて、千景はいつの間にか失念していたのかもしれない。

 

「人としての、機能がっ消えていくのよ……!?」

「アタシはもう丸ごと腕一本無いけどね」

「私は……あっ、右の肺が動かなくなっていますね」

「五感は勘弁。生活に支障は出ない範囲で願いたいわネ」

 

 クロッシングは繋がったままだ。それはつまり、圧して隠そうとした心だって伝わってくる。『システムで繋げば全てが見れるし理解できる』だなんて思い上がりはしない。けれど事実として、浮き上がる色合いは感じ取れてしまうのだ。

 あるいはその恐怖を、『でも大丈夫』と言ってしまえる心こそが、勇気とでも。

 

「思い出が消えることだって!」

「忘れません」

「何を根拠に……っ!」

「忘れたくないから、絶対に忘れません!!!!」

 

 虚勢だ。平々凡々とした口調で、軽口のようにふざけた話をしていたのも、全部が飾り付けられた虚な勢。

 本当はみんな怖がっているのに。次の満開どころか、この後に起こる散華にすら、心の奥底から表面ギリギリまでを恐怖で浸している。

 この戦いが終わった後、自分は日常を平和に過ごせるのかと疑問に思って、そんな疑問に心底怯えて。そんな心を押し殺そうと努める。

 冗談ではなかった。   の守ろうとした居場所とは、彼女達が無事にその場所で過ごしていてこそだ。だからもう戦う必要なんかない。その役割はもう、郡千景という戦士だけが背負うものなのだ。

 ただ――――そんな感情論ではどうにもならない現実が、身体の内から姿を現して。

 

「っ! ……っ」

 

 翡翠の色をした結晶が、皮膚から咲いたように浮き出てくる。電撃が奔るような頭痛もふとした先ほどから、鈍く酷く響いて止まらない。目だってきっと、周りからは赤く染まって見えているのだろう。

 同化現象。ファフナー由来――フェストゥム由来の力を使い続ける限りは、逃れようのない祝福。

 

「ほらみなさい、アンタだって限界なんでしょ」

 

 託された力を奮う時には、実はまだ早い。こうして千景が戦場に立つ事自体が、本来の予定調和とはかけ離れている証拠でもあった。

 千景の命が消えるには、まだ、その時じゃない。

 戦う運命を二度と彼には背負わせたくないと決めたからこそ、千景の命を無駄に使う事は出来ないのは確かだ。

 

「カズキ先輩が目を覚ました時、一番に傍に居てあげるべきなのは千景先輩です」

 

 それを聞いて、彼女は俯いた。

 他の誰かに言ってもらえて、それが嬉しいのは間違えようがない。でも自分が誰よりも自覚しているのだ。命を使うことを選ばさせた自分では、彼の未来を諦めた自分では。

 

「でも、私は……カズキの命、を――――カズキを、一度でも諦めかけた、私なんかじゃ」

「今度は千景が逃げてどうすんのよ」

「それに……カズキ君が最後に手を伸ばしていたのは、先輩ですからね」

 

『…………ち■げ、さん』

『たす、 け』

 

 二年間で一度でも助けを欲したことなどない。救いを求めてもくれない。

 常に遠慮をしてばかりの彼しか知らなかったのに、初めての歩み寄りは鉄火場の中心地だった。本音を言えばもっと穏やかな日々の中で、そういった面を知っていきたかった――――閑話休題――――にしたくはない、けど、今はそれどころではない。

 

「なのに先輩からも逃げ出してたら、もう二度とカズキ君とは、何も喋れなくなっちゃいますよ」

「――――」

「ま、弟の反抗期なんでしょ? 根気強く向き合ってあげなさいな」

 

 ()()()――――そんな、いいのだろうか。

 まるで、そんな表現はまるで――――家族のような。

 決定的に掛け違えて、どこまでも決裂してしまった千景と   が、本当に今更そこまで、暖かい関係を形作れるのだろうか。

 逡巡している暇など無いと分かってはいても、千景はどうしても躊躇が止められない。

 青白い顔色で力なく眠る   。その方へと恐る恐る振り返り、その寝顔を見るや否や咄嗟に手を伸ばして――――

 

「――っ――…………」

「じれったいわね」

「へ?」

 

 ――――手が引っ込むのを横合いから夏凜が掴んで止めて、放り投げた。

 

「ちょっとっ?!」

「きっと喜んでくれます、よっ!」

 

 目の前に同じく投げ出される   を見て、千景の体は爪先からつむじまでが反射を起こす。

 反射的に、まるでそうすることを自分は今まで望んでいたように。

 

「……………………ぁ……」

「だって郡くんは」

 

 その欠けた三体を、この世の何よりも慈しむ。戦って傷ついて、命を吐き出し尽くして今にも絶えようとする彼を、ふわりと抱き留める。裏切られて、偽りに翻弄されて、運命に引き裂かれても、優しく実直に戦い続ける心を癒したくて……ああ――――その手はいつの間にか、『そうしたい』と常日頃から願い続けていたからその手は。

 彼を、柔らかく抱いていた。

 

「誰よりも千景先輩のことが大好きなんですから!!」

 

 彼を引き寄せた立役者は、桜色の笑顔と共に飛び立ち、それに続く五色の輝き。

 そうして、残された千景は――――

 

 

 ――――空白の両腕は歴戦の証。海のように青い表情は摩耗した証。呼吸の音が不規則で、それでいて聞こえないのは頑張った証。

 頑張った。彼はとっても頑張った。これ以上ないくらい、不要なものを背負いきって、頑張ったのだ。

 だから、彼が目覚めたら()()()()()()()伝えてあげよう。

『今更なにを』と言われるのかもしれない――いいや言われるのだろう。怒って然るべきだ。憎しみだって湧き上がるのが必然かもしれない。それでも、何度でも言い続けよう。彼の奮う激情のすべてを受け止めて、しつこくなるくらいに、伝えてあげられなかった分だけ、この優しい少年に伝えてあげよう。

 

「カズ――――、キ」

 

『戦わないで』と、私は言い続けよう。

 消えかける温もりを手にして、私はようやく選んだ。()()()

    の命を奪う最悪ではない。島を求める未来でもない。

 私の希望は、彼だ。彼の生きる平和こそが、私にとっての希望だ。

 

「いままで……ごめんね」

 

 そうして初めて、郡千景は彼の家族に――――――――なれたらいいな。

 強く願って、深い眠りの中にいる   を抱きしめた。

 

 

 ――――それじゃあ行こっか、カズキくん。

 

 進んで少しした頃。

 暗闇の地平線は晴れて、寒気すら感じた世界は光で満たされる。

 すると特等席のように我が物顔、重さすら感じさせない妙技で、頭頂部にポスンと座る謎生物がいた。白いフワモチ感に、謎の妖精さん味を感じさせる謎の羽が、尚更に謎生物感を増させていくそのフォルム。

 日常を戦いまでの繋ぎとして暮らしていた間も、懸命に励まそうとしてくれていたマスコットだ。他の精霊よりも感情豊かに思えるのはこの牛もどきがそういった性格をしているのか、そもそもこの個体が一際特別なのか。

 

「どこにでもいるんだな、お前は」

 ――――迷惑だったかな。

「いいや。むしろ……ずっと、元気を貰ってた」

 ――――……よかった。

 

 声の主――というか思念の主は、そいつだった。

 

 ――――さてさて、憎しみなんて面倒なものは投げ捨てて、頭空っぽで一緒にがんばろーっ!!

「……不思議だったけど」

 ――――んー?

「なんでそんな、良くしてくれるんだ?」

 

 やたらと気さくなのは、この謎生物本来の持ち味だろうか。

 

 ――――そりゃそうだよ! だってぐんちゃんの弟みたいなものでしょ?

「ぐ、ぐんちゃん……?」

 ――――そんな子は私からすれば弟も同然なのでした! カズキくんもとってもいい子だし、可愛がらない理由が見つからないよ!

「いやだから、ぐんちゃんって誰?」

 

 小さな動物そのまんまの風貌で甘えてきていたものだから、立ち位置で言うならてっきり年下が相応かと思いきや、実はこの謎生物はカズキよりも年上だったらしい。

 性別は依然として不明だが――親戚にでもいそうな()のようだと、親戚も姉という存在も知らないのに、そう感じた。

 

 ――――ぐんちゃんの弟だからぐーくんとかどう? ねねっ、気に入ってくれたかなっ?

「……テクニカルなあだ名だと思う」

 

 詰め寄る牛のナマモノを適当に流して、空を見上げた。

 こんなにも真っ白い世界だ。空も海も大地も、何一つも存在しないのだろう。何となしに味気が無いと残念がっていれば、上を眺める視界を横切る小さなソレ。

 白一色を背景にして、彼方へと飛び立とうとする青の羽根が見えた。

 

「……蒼い(おおぞら)なら、きっと、もっと綺麗なんだろうな」

 ――――連れて行ってくれるって!

 

 青い鳥が、翼を広げて先導する。

 きっとその先へ進むだけで、みんなの元へと向かう。

 痛みと悲しみが跋扈して、犠牲を押し付け合って、命を削って使って、止まらない憎しみを産み出して、そんな苦節が存続する事を美徳と捉える。そんなこわい世界がこの先に在る。

 でもそれだけじゃない。

 誰しもが諦めることを嫌う、強い世界。そんな一面も、確かにあるのだ。

 

「また蒼穹(そら)が見たい」

 ――――きっと見れるよ。

 

 ふとした思い付きを呟いた。

 叶ったらちょこっとだけ嬉しい願いだけど、そんな些細な願いを出せるくらいには、気分は文字通り上を向こうとしているのだ。

 

 ――――とっておきの蒼い空を!

「ああ、見に行こう」

 

 そんな世界を、そんな――――綺麗な世界をカズキは守るために。

 道標のような羽が示す方へ、走り出した。

 

「きっと、みんなで」




各話タイトルを変更。これで統一感が出たぞな。


次回、最終話。
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