郡カズキは英雄である   作:真の柿の種(偽)

22 / 38
 最終話詐欺になるであろうよ。嘘吐いてごめんなさいね!?
 クロッシングに文字色入れるの辞めときゃ良かった……作業量がドンッと増える……。でも今更ネ!


蒼穹

 命の弾ける音。命を使う音。

 命が輝く音が聞こえた。

 命の、咲き誇る音が聞こえた。

 

「このままじゃ……」

「…………、――」

 

 命を終わらせる戦火へ、立ち向かう叫びが聞こえた。

 だから、自分は目を覚まさないといけない。郡()()()は戦いから逃げず、意思を背けず、向き合うことを続ける。

 今も以前も、ともすれば数百年分と変わらないその決断を、カズキは選んだ。

 

「……ち……景……さ、ん……?」

「! ……――――カズキ」

 

 だから何度でも、カズキがまだここにいる限り、何度でも目を覚ます。

 何度でも、その目に世界を映し続ける。双眸が使い物にならないガラス玉になろうと、もう見たくないものから逃げる事はしない。背けたくなる選択へ、目を伏せたりもしない。

 その目は、最期までずっと、閉じる事を知らずに開かれ続ける。

 

「…………その……俺……」

「ごめんなさい」

 

 生まれたのならやがて死にゆく。そこに永遠などはなく、例外もなく、幾多の永きを経ようとも朽ちて果てていくのが理。運命という檻の中でしか生きられないと思い込んでた時期は、如何に無駄だったのだろうか。

 この命が輝くのも、与えられた刹那の内だけ。

 だから輝きが尽き果てるまでの間に、出来うる事の全てを尽くしたい。

 出来る限りの精一杯で、今という刹那を生きたい。

 

「謝るのは俺です。……全部、八つ当たりだったんです」

「…………貴方の、吐き出す全てを、私は癒さなければならなかった。……癒してあげたかったのに、私は…………」

「それは……違います。全部を受け入れたフリをして、必要以上に抱え込んで、勝手に俺が破裂しただけで……だから、ごめんなさい」

「カズ、キ……っっ」

 

 彼女は何も言わなかった。けれどそれは、今までのような『何も言ってくれなかった』のとは違う。

 力強く抱き締めてくれる腕が、彼女の慈愛を物語ってるのだから。

 どこにもいない空の存在ならいざ知らず、()()()()()郡カズキは、それを理解していた。

 

「……あつい、です」

「…………なら、よかった」

 

 暖かい、ハズだ。

 彼女の抱擁に温もりを感じない訳が無いのだから、今カズキの体はその体温を感じている、ハズだ。

 生きている温度を伝えようとしてくれたのだから、この心中は知られないように努力した。

 

「……みんなは?」

「……」

 

 気になっていたことを問うた。

 冷たい体温を維持するままのカズキを、無言で彼女は引き寄せる。

 

「――千景さん、みんなは?」

「…………っ」

 

 もう一度問えば、千景はより強く抱く両腕を寄せて――――まるで怯えたように。

 喪失へ拒絶を示して、縋り付くように。

 

「…………目が見えなくても……聞こえます」

「……いいの」

「みんなの声が、俺には聞こえる」

「その必要はっ……」

 

 決死を振り絞る形相は見えずとも、激化する戦場の声は耳に届く。

 七つの輝く華の声が、カズキへと届く。

 

「戦ってるんですね」

「〜〜っ! ……でっ、でも! 貴方は、もう戦えない……から」

「……」

「…………――そうよね、カズキ?」

 

 それは、その物言いは正確ではない。

 戦えないのではない。戦えば『 () () ()』しまうから――この空白を埋める言葉を、彼女は言いたがらない。

 だけど言わずとも、カズキは選ぶ。

 カズキが自分で選ぶのだ。

 

「俺、行かなくちゃ」

「……もういいのよ」

 

 時は止まらない。止まるはずなんかないからこそ、人は生きられるだけの短い時間を精一杯。これでもかと願いを叫び続けては、無情にも風に飲まれるように生きて、生き続ける。叫び疲れた喉の渇きを癒す術を、納得のいくまで求め続ける旅路が『生きる』ということ。

 いくつもの『痛み』を抱えて、その歩みの中で見つけた『喜び』。そうして生まれる『感謝』。

 

「みんなを守る戦いは、俺が……他ならない郡カズキが選んだ祝福です」

「違う……! 私が選ばせた!!」

「……こんな大事になったのは、俺の責任でしょう?」

「追い詰めたのは……私、で……!」

 

 この先には何があるのかは知っていた。立ち尽くす道は歪み、進むほどにもやはり道は歪んでいく。涙で歪み、心と共に歪み、視界は歪み、自分と共に進み続ける時間は、伴う景色をあっという間に歪ませて――――いつしか、自分の存在全てが朧げに霞んで歪んで、きっと消え去ってしまうのだと知っていた。

 それでも自分の幸せな記憶が、今際の際に胸の中に溢れ出してくれれば、それだけで自分はどれほどに幸せなのだろうか。

 

「ッッ――! 平和な日常をチラつかせて! 戦う選択肢だけを選ぶように仕向けて……っ!! あなっ、貴方がっ、怖がってることも知ってて!! それでも命を使わせるように、背中を押した!!!!」

 

 けれどそのお陰で守れた世界もあった。それが起因して、回り回って自分は自己を得た。だからありがとう――――と伝えたくはあったが、流石にそれはやめておく。

 罪悪感と自責を背負う彼女に、『戦わせてくれてありがとう』などと伝えるのは、些か――否、かなり厭う。よりにもよってカズキから伝えるのは、どこまでも皮肉に程があるだろう。

 ああ、でも、感謝しているのは本当だ。だから、どうしてもその言葉を伝えたくなってしまうけれど、その欲は何とか抑え込む。

 

「……」

「だからっ! カズキはもう、充分なほどに……っ、私が戦わせたから!!!!」

 

 なら逃げるのかと自分に問いかけてみた。

 怖い。恐ろしい。命が剝がれていく喪失感が、どうしてもいつまでも慣れなくて、素肌の下を常に悍ましさが這って廻る。震えが呼び起こりそうになる。自覚できる体温以上に、体はどんどん凍えていく実感と錯覚が入れ替わり続ける。

 命は大事だ。本当の意味でそれを知って、認識はより明克に鮮明に。

 消えたくない想いは強まっていた。いなくなりたくない欲は昂っていた。死にたくないと、ここにいたいと、声に出すことを堪えた叫びが止まらない。

 

「千景さん」

「お願いだからっ……もう、命を使うのは……!」

 

 でもそれは、みんなへとその負担を押し付ける理由にはならない。

 

「……千景さん」

「かっ……彼女達が戦ってくれている! だからっ、貴方は……貴方を、日常へと連れ戻そうと戦っているの!!」

 

 でもそれは、みんなが傷だらけになる姿を見過ごせる理由にならない。

 

「…………千景、さん」

「やめて…………っもう、戦わないで……!」

「………………俺は――――」

 

 泣きじゃくって、涙だらけの顔を押し付けて、カズキは不思議と心が浮き立つような感覚に襲われた。恐れるのはカズキの――人形などではなく、郡カズキという個が喪われる事を酷く恐れていた。それは翻せば、彼女がどれほど自分を強く想ってくれてるのか。それをカズキは、手放しに等身大に、その想いを受け取れるようになっていた。

 不謹慎極まりない話、無思慮すら極まる話、自分はこんなにも大切に思われていたのだと改めて実感できて、死線飛び交う戦場のど真ん中にも関わらず、じんわりとした喜びが滲んでくる。

 でも、それは。

 

「俺は選ぶよ、何度でも」

「嫌っ」

「聞いてくれ千景さん」

「聞きたくない……!」

 

 自分では、彼女の不安を取り除けない。

 カズキが戦う事は、もう彼女にとっての助けにならないのだとすれば、きっともう二度として、彼女の意に沿うことにはならないだろう。

 これが最後だから。

 最期の力だ、使い果たせば消えていく。逃げようがない結末が迫り、同時に自らその結末へと走り向かっている。

 

()()()()()()()…………ここにいるよ、千景さん」

「……」

「俺はここにいるって、胸を張って言えるようになったんだよ……!」

「…………」

「俺の命は、まだ、ここにある。『郡カズキ』という名前をした命がここにいるってっ、教えてくれた人達がいたんだ!! ――――だから!!」

「………………それは――――まさか」

 

 消えかかった命。どこにもいない自分。そんな、あるかどうかも分からない曖昧模糊な存在じゃない。

 確かに郡カズキは、ここにいる。根幹を支えた存在二人と、会ったこともない少女一人から教えて貰ったとても大切なことを手にして、この世界に確かにいる。

 

「……だからお願いします」

 

 無くなる前に遂げたい。だから自分は遂げることを選んだ。

 どうせなら燃えゆきたい。光を放ちながら、光を与えながら。未来へ続く希望を乗せて。

 それがきっと、ここに生きたという証になる。

 

「みんなのところに行かせてください」

 

 クシャクシャになっているであろう顔色を、さらに歪ませる事を知ってこんな事を宣っているのだ。

 やっぱり謝るのは千景ではなく、カズキだ。

 

 

「三十過ぎてからもう数えてないよー!!」

『百なんてとうに超えているでしょうね……しかしキリが、無いッッ!!』

 

 撃破数がお金にでもなるのなら、きっと私たちは億万長者になれていた。

 そんな途方もない回数、拳を奮い続けた。

 

『無さすぎるわよッッ!!』

『全部倒していくのは、流石に私たちが持ちません……!!』

 

 綻びの予兆はすぐさま私たちへ顕れて――

 

『っぐっっ……! 時間切れ……!!』

「夏凜ちゃん!!」

『――――もう一丁、満開だぁぁああああああ!!!!』

 

 ――そのたびに無理無茶無謀を押し通して、絶望へ繋がる要素を排する。

 圧倒的な物量は千にも届きかねず、その中に賢しくも紛れる強大な――星座の個体。状況を好転させるのは難しくも、せめて維持させられるだけの手段は、使うほどにこの後の未来へと瀬戸際の負債を後払いして。旗色が悪いのは明らかだった。

 

『夏凜!!!!』

『何――よッッ!!』

 

 振り向きざまに放つ刃閃が、ディアブロ型を三体纏めて膾切りに仕立て上げた。

 光を失い空虚に彷徨う瞳孔には何も映らない。白い帯のような物が後頭部から伸びて、目尻へ掛かるように喪失を知らせる。

 東郷さんの足に架せられていた物と同じ、捧げた証だ。

 

『……目が見えなくなっただけでしょ』

『だけってアンタ……っ!』

『見えなくても気配が分かるし、次の散華で会話ができなくなったって最悪クロッシングもある。どっちにしろ戦いに支障は出ないわよ』

『ちょっとー? この子ってば覚悟の据わり方がエグイんだけどー!?』

 

 とは言えそれ辺に関しては、誰一人として人のことなど言えない。現時点での最多は東郷さんと夏凜ちゃんだが、私や風先輩と樹ちゃんも、それぞれ最低三回ずつの満開と散華を既に通過している。

 無茶するなだなんて言ってしまえば、『お前が言うな』と総バッシングは免れないだろう。

 

『……そんでっ、あのモニョモニョ変わるヤツは!?』

『……もにょもにょ?』

『ちょっと可愛いかも……』

 

 緑糸が大群を絡めとり、刻む。

 刻み切れない敵は拘束を続け、青の射線に飲み込まれていく。

 

『彼女が抑えてくれてる! ――……! 追い払ったら手伝ってくれるって〜!』

『えっ? ……なっ、なんて?』

 

 風先輩の疑問に、勇者部一同は同意を示した。

 

『――うんっ! ありがと〜、()()()()!』

『名前まで知り合ってんの!?』

「私には聞こえない……東郷さんは?」

『私も聞こえない』

 

 言葉には言い表せられない不思議な感覚で、濃赤のファフナーと対話をしていた園ちゃん。私以上に鋭い東郷さんすらも聞こえない存在なら、私も感じることはできないだろう。

 

『んっとね、彼女は……もう、人の言葉、は………………――まぁまぁ、通じればだいじょーぶ』

「……園ちゃんはどうして話せるの?」

『実は私ってば、島に関係した特別な感じだったりするので〜』

『生来の素質もあるっぽいぞ』

『敵の動きを先読みできているのは、それと関係が?』

『えへんっ』

 

 と、可愛らしく胸を張りながら敵を滅多刺しに貫いていく。

 幾本もの槍を脚にして、決して俊敏とは言い切れない動きでも、確実に敵からの攻撃を躱しては穴だらけにしていく。確かな致命を与えて倒し切り、確かな予備動作で敵からの影響を回避し尽くす。動きの的確さはこの中で随一だった

 たまに何もない空間へ槍を飛ばしたかと思えば――その空間へ現れた瞬間の敵へ突き刺さる。まるで未来でも見ているかのように、彼女はなんとなしな様子で敵を打倒していくのだ。

 

『んで、いつまでよコレ』

『敵が退くまでに決まってんでしょ』

『退かせるなら頭を潰すのが早いんじゃないのか?』

『頭、ねぇ……明らか飛び抜けてヤベーのなら、後ろに控えてるっぽいけど』

 

 獅子を冠する一際大きな個体。

 

『以前にもカズキ君が討ち倒した敵がまた…………本当に、キリがない』

『こーりゃ骨折れるわねー……物理的に折られるのもやむなし、かぁ……』

 

 あのカズキくんが手こずるどころか、気を抜けば命を奪われかねない力を持った存在。

 いくら防的行動を取ろうと、敵の強大さを思えば命を無防備に曝け出すのと変わりない戦場。当然、決まりきったように恐れは在る。簡単に呑み下せるようなら、私達はそもそも中学生をやっていたことすら怪しい。

 共鳴した感情が伝播する。誰もがもはや隠そうとすらしない恐怖心。

 

『……みんなは、いいんだよ〜? 私なら一人で引き受けられるから。いつでも日常に……』

『言ってる意味分かんないけど、峰でデコぶっ叩くわよ』

『うぇ〜……?』

 

 夏凜ちゃんは分かりやすい態度で、怒った。

 もちろん私たちも、同じくらいに怒っている。

 

「ここまで来てそれは無しだよ!」

『一蓮托生の勇者な関係でしょ? アタシ達』

『っ……私は、隠してた側だよ?』

『……』

 

 仕方がないという一言で片付けるには、事態は混沌としている。それに私達の内にも、やはり消化しきれないしこりはある。

 だとしても、私達は何度だって手を差し出すだろう。

 私達がのほほんと生きていた時間を、命を吐き出して紡いだ平和を、何も知らずにいた私達へ譲り受けてくれていた先輩だ。

 力になりたいと思うのは当然で。

 

『初めから一緒に戦ってたら、みんなに怖い思いをさせずにいられたかも』

『今も肩を並べてますよ』

『……今更、遅いのかなって、思っちゃったのでした』

 

 誰かの力になるのは勇者部としての理念に沿っていて。

 

『カズくんも…………いっぱい、傷つけた』

『それは()()謝んなさいよね』

『なんならこの状況をアイツ無しで片付けたら、ちょうどトントンくらいじゃない?』

 

 だから私達は未来を語る。きどらない自然体で、ありのままの心で明日を呟く。彼が絶望によって拒み、否定を重ねようとした日常を、『当たり前だ』とすら宣言が必要のないくらいの『当たり前』。

 掛け替えのない物は失ってから気づくとか、当たり前の幸せを当たり前と思わずに噛み締めるとか、そんなことすら不要なくらいとびっきりの日常を。

 

『…………謝れるのかなぁ』

「不安なのは私も同じなんだ。……たとえ許されなかったとしても、話そう」

 

 彼女の翳る心がどのようなものか、分からない訳でもない。

 けど話し合うことをやめてしまうのは、対話を諦めてしまうのは、とても悪いことになる。今回のようにたった一言だけ伝えれば起きなかったような、そんな細やかなすれ違いが世界の明暗を不安定にさせる。

 

「じゃなきゃ本当に……今度こそ、誰もいなくなっちゃうよ」

『……ゆーゆー』

「……大切な人が消えようとしているなら、その前に全部を伝えてみよう。何かが変わるまで、何度でも」

 

 噛み合わないものを、納得のいくまで繋ぎ直す。ああでもないと試行を繰り返して、こうでもないと錯誤を巡り回って、そうじゃないと否定しあって、そうだよねと存在を受け入れあって。

 いつかその手は繋がれる。咄嗟に伸ばした手も、救いを贖う手も、仲直りの手だって例外ではない。

 

『難しい話じゃないよ園子。うじうじしてる暇があったら早いとこあのデカブツ倒して、カズキに頭下げれば良いんだ』

『その通りよ銀。そのっち、謝りに行くならみんな一緒よ。もちろん戦う時も、ね?』

『……うん』

 

『ごめんなさい』をする。それも明日に頭を下げる。乃木園子にはその目標が確立された。

 指針だ。そして指針とは、直近であるほどに達するための努力は惜しむことは無い。

 だから、乃木園子は、明日に郡カズキと対話することを望んだ。

 三ノ輪銀は、潔い土下座の角度を模索し始めた。

 東郷美森は、代わりに戦わせ続けたことを謝ろうと決意を新たにした。

 犬吠埼風は、部長として立つ瀬が無いのだからもっと頼れと言い放つつもりだった。

 犬吠埼樹は、勇者部五箇条を音読させて暗記させようとしていた。

 三好夏凜は、死なない程度に小突いて苛立ちを発散しようとしていた。

 そして結城友奈は、謝る。謝って、これからを話して、これまでを話して。話して、話し合って、何度でも話し合って。そうしてようやく誤解を霧散させたのなら、一緒に喫茶店に行こうかとすら。

 全員が明日の予定を考えた。明日の日常を夢想した。

 その望みが今日にも砕け散ると知らず、彼女達は戦火を潜り行く。

 

 

『らっ――『楽園』に、行きたいです』

『へ……――――ぁ、ぇ、ええ』

 

 聞くたびに呆けた顔を見せるから、その顔がずっと怖かった。

 何かしてはならない事を自分はしでかしていると、勝手にずっと思い込んでいて。

 確かな自分を得た今なら何故なのかはすぐ分かる。難しい話ではない。単に彼女は喜んでくれていたのだ。

 自発的に動く事を、心の底から喜んで。なのに唖然とした表情を見せた後は、すぐにキリリと毅然で硬い表情へと戻すものだから、不機嫌なのかと疑うのは無理もないと思う。

 でもきっと、理由はそれだけではない。

 元々感情が顔に出やすい人柄では無いことも関係しているだろうが――――――――謂れのない棘を自らに突き刺していたのは、カズキだけではなかったという話。

 

『……洗い物も掃除も終わりました。昼食は冷蔵庫に作ってあります』

『……そう』

『なので……っ、行ってきても、いいですか……?』

 

 必要のない決意。不要だった懇願。彼女はもっと気安く、柔らかな態度を求めていた。

 自分はそんな間も、ずっと恐ろしかった。

 返事を待つ時間は、振り下ろされる断首を待ち侘びるような心持ちだった。

 

『……行けばいいじゃない』

 

 こんな風に無表情を努めて言い放つ物だから、尚更にカズキは怖かった。

 時に――カズキばかりが悪いようには思えないのはここだけの話。確かに対話を避けていたカズキも悪いが、三百年も生きているのにこんなぶっきらぼうで対応し続けていた千景にも、責は少しくらいある。少し、ほんのちょびっとだけ。カズキが9.999割なら、0.001割は千景さんが悪いのだ。

 大方この時も、『許可なんか取る必要はない。カズキよ行きたい時に好きなだけ行きなさい』――――とか、そんな意味合いを持たせたのだろうが。

 

『……はい…………っご、ごめんなさい、千景さん』

『怒ってはないのよ……?』

『……』

 

 いかんせんこの頃のカズキは『結城友奈』と出会ったばかりで、とにかく余裕が無い時期だった。取り戻す事を優先して気は急いて、過去への手掛かりを手探りでも求めた頃。

 だから塩気の強い態度を取られれば、気分を損なわせたと勘違いして気なんてどこまでも落ちる。

 

『……では、その……』

『……――いってらっしゃい、カズキ』

 

 ニヒトの力の中で渦巻く怨念は、いつだってこと切れる間際の感情を謳う。

 虚無。後悔。懺悔。苦痛。悲観。空虚。懊悩。絶望。憎悪。自棄。重圧。失意。銷魂。破滅。悔恨。慙愧。恐怖。憂慮。怨恨。黯然。苦悶。殺意。喪失。拒絶に否定や、その他にも大多数。細分化すれば多様に枝分かれすれども、共通する方向性は似通っている。

 カズキの力が強まって、より深くマークニヒトと繋がれるようになってくれば、聞こえる声も増えてくるのだ。

 深い底で聞こえた声も、表層で振り回そうとしていた声も、どの声も終焉を望んでいた。

 終わらせてくれと。終われと。終わらせて()()()()()と、身近へ向けた想いすらも見えないくらい、終末を望む声だけがそこにあった。

 負の感情を胸いっぱいに抱いて散っていった者達の声が望むのは、どれほどに憎しみと怨恨に塗りつぶされていても、集約して纏めしまえば『解放』の二文字で済む。

 

『……っ、えっ……と……』

『遅くならないうちに帰りなさい』

『…………分かり、ました』

 

 恐れが先行していたかつてだが、今ならより深く繋がり、怨念たちが遺していったアルバムにも目を通すことができる。

 全ての記憶が目が覚めて初めて見えた不安げな顔は、心配してくれていたのだと心が理解する。学校での出来事を話すたびに、満足げに頷く横顔を見せようとしない彼女の心境を思い、胸の内が暖かくなる。料理や部活動など、虚ろだった自分から日常の一端を踏み出す勇気を見せれば、協力的な姿勢を絶やさずにいてくれていた。

 さっぱりとしたクールな顔を保って、けれどその実はとても優しくて、見守ってくれる記憶が沢山あって――――――――闇色をした毒の鎌刃を突き立てて、手に伝わる肉の感触に歪む顔だって刻まれて遺されていた。

 何年も、何十年も、何回も繰り返した命の記憶。人に損なわれるよりも、敵に散らされるよりも、使い果たして尽きるよりも、()()に引き裂かれる場合のほうが多かったらしい。

 刃を握った手からは赤色がつたう。声を押し殺した唇からは赤色がつたう。

 葛藤の証が雫となって、透明な色がほほをつたう。

 痛かった。悲しかった。絶望に落とされた。何で、どうしてと疑問を覚えた者も少なくはない。

 でも不思議なことに、こんなにも憎しみの色で満ちた感情の中なのに、彼女へ向けられた怨念はどこにも無かった。

 百を超えて千へ届きかねない命の数々。けれどたったの一つも、彼女を――郡千景を恨む声は無い。ただただ、この世界へ生まれることを許してくれた彼女へと、彼ら誰しも感謝をしていた。唯一の例外は――――自分くらい。

 

『…………っ……ぃ』

『……?』

『ぃ……って……』

 

 だからどの声も望んでいた。『千景さんの苦しみを終わらせてあげなくてはならない』と、自責に圧し潰されようとしている顔を見て、最期に誰もがそう望んで消えていく。

 煮詰まった意志の数々は混濁と重なり合って、もはや元の形を思い出せないくらいに違う怨念へと成り果ててしまった。けどこの世界の終わりを望むのは、痛みごと消えること。極論ではあるが、それも彼らの選択なのだろう。

 それを尊重するために生きるのか、それとも自分なりに探して選んだ答えを翳すのか。

 

『いって、き…………』

『! …………』

『…………なんでも、ありません』

『……………………そう』

 

 この頃なら前者を選んだ。自分の意志ではない選択に流されるほうが楽だから、迷うことはなかった。

 けど今なら。

 あの日声にならなかった言葉さえ、届かせることを選ぶだろう。

 そう――――今は、自分で選んだ道を進みたい。

 郡カズキが選んだ祝福を、郡カズキは最期まで通したい。

 

 

 異変は乃木園子が発端だった。

 

『っっっ…………ミノさん、来ちゃった』

『そりゃそうだ……むしろよくここまで誤魔化せたもんだ』

 

 息をするように当たり前の顔で、次々と空間を消失しては現れて、敵を死角外から容赦なく掻っ捌いていく三ノ輪銀。

 漆黒の機体――ファフナーマークツヴァイが近くから去ってから、瞬きする毎の頻度で跳び回っていた彼女だが、跳躍に要するインターバルは確実に狭まっていた。

 まるで消耗を抑えるように。

 

『やっぱり、私達じゃ急場凌ぎにしかならないね』

『……事情は読み取れないけれど、自棄になってはダメよそのっち』

『うん、そうだよね。……けど足手纏いにはなりたくないし、潮時は見えてきたかな』

 

 冴え渡る先読みすら意味を介さないほどに動きは鈍化し、目立つ被弾をバリアを使って茶を濁す。機敏とは真反対の戦い方で、加速度的に一角は崩れ始めていた。

 損耗を抑える消極的さを見れば――畳みかけるようにして敵も動く。

 敵は決して好機を伺わないような迂闊ではない。人類を脅かし続けていた存在は、一気呵成の瞬間を見逃しはしない。

 

『敵が集まってる!!』

『突っ込むわよっ、この一網打尽チャンスに!! ……チャンス?』

『……そんな優しそうな圧してないけど、突っ込む?』

 

 蛆のように無数に湧いていた星屑が集う。十二の星座が太陽を囲む。

 薪にならんと、輝きの中へその身を差し出す雑多の群。

 群れの全てを噛み砕いて、養分を蓄えたその存在が更に大きく。

 機を見計らっていたように、情勢は傾き始めていた。

 

『ぅ――――ぐっ、、あっ、がぁぁぁあああああ!!??』

『銀!!』

 

 突如として、当然のように三ノ輪銀を襲ったのは、脳髄を這い回る痺れ。

 

『……っっ!! 未完成じゃっ、ここまでっ、、かぁ……っ!!』

『園ちゃん!?』

 

 唐突に、必然として乃木園子を穿つのは、二の腕を裂いて咲いた翡翠の華。

 

『アンタ達、それって……!』

『……みんなとはちょっとだけ、システムがっ、違くって、ね……っ!? ぁ、っ、ぁあっっ!!?』

 

 前触れはあった。ずっと、その前兆となる現象を引き起こしていた。

 使えば近づく。使えば減っていく。使うほどに人からは離れていく。ファフナーを模した力はフェストゥムを模す事と同義であり、その力を扱う事こそ兆候であり、行使深度の有無で時期も早まる――()()()()とはそういうモノなのだから。

 

『そのっっ、こ……! 最後っのっっ、だッッッ!!!』

『出方を見てくる、っから! みんな、後はっ頼む、ねっっ!!』

 

 明らかな特攻の宣言へ、返答を待っている時間は無い。事細かに詳細を語る余裕とて、当たり前だが無い。だが疑問を与えようとも危惧は与えない。仲間の目の前で命を散らせる光景こそが、この戦線の土台を揺り動かす一番の打撃だ。それを全員が理解しているからこそ、誰一人も『自分諸共』なんて発想には至りようが無かった。

 故に陰り無く、故に心に厭う物も無く。鮮やかな赤と紫は耀ける軌跡を残し、流星の如くひた走る。

 赤い双斧。数十の槍。その穂先が求める命は、豊穣を焼き払い剝奪を求める敵の太陽。

 膨張を続ける獅子、その星を堕とすために。

 平和を求める、その資格を勝ち取り奪うための凶器を振り翳す人間。矛盾しているように見えるその決死の後ろ姿に、同胞である少女たちは心震わす情動を自覚させていた。

 

『――――』

 

 心が熱くなる気迫があった。思わず感情が動かされるような、説明不要の何かは確かにそこにあった。続こうとする意識は高まり、士気も確かに高揚させていた。

 けれどそれは、人という唯一にしか通ずるものはない。

 結局は狭窄した共通見解に過ぎないことを、二人は知る。

 

『かっっっっっっ――――たいなァッッッッ!!!!』

『ッッ――島の、力でもッッ、、――――だけど!!!!』

 

 決意を遮るのは、薄く張られるたった一枚の壁だった。

 汚らわしいと、一切の干渉を許さない。抗う事こそ醜悪の体現と、蔑むように干渉を拒む。

 触れる事は為らず、刃を届かせるに能わず、裂帛を吐き出そうと無駄と一蹴し――――そも、刃を向けるそれ事態が、身に余る無礼だと言わんばかりに敵意が膨れ上がっていく。

 乃木園子にはその憎悪が伝わっている。人を憎むあまりに傲慢な感情を溢れさせる。

 まるで人のように。

 

『グッッ、、、クソッ、飛ばされっっ――――!!?』

 

 反撥の斥力。拒絶によって撓む空間が爆破の予兆を輝かせて、乃木園子と三ノ輪銀の眼前にて膨らみ、悲鳴と同義の軋みを聞かせて。

 

『――――ぁっ』

『園ッッ、、子――――!!??』

 

 パァッ、と、あっけなく。

 命の時間切れ手前の段階。終わりの間際に働いた、本能的なブレーキ。力を扱うために必要な状態が、敵の力に晒される寸前に解かれていく。

 勇者の変身を維持できていなければ耐え切れない。ただの人間の耐久で、バリアで軽減もせずに暴虐を受けてしまえば、肉の欠片とて残るか否か。

 全自動で勇者の命を守るなどと謳われたとて、そのような機能は既に二年前には価値が損なわれて久しい戦場だ。故にバリアを意識して保つ努力が必須となり、そうでなければ木の葉一枚程度の頼り甲斐しか無い。

 神樹の加護による補助は失せ、包帯だらけの姿へと戻り、寸刻経たずに乃木園子の眼前には、空間を歪ませるほどの極熱が渦を巻く。彼女の視界が、あまりに非常識すらを通り越した熱で歪んでいく。黄色の前髪を、チリチリと焦げが蝕む。命に迫る絶対殺意の圧が、前方の空間悉くから発せられていた。

 だが、その全てを乃木園子は緩慢に感じて眺めていた。瞼の先にすぐ見える空間ごと、乃木園子という存在は丸ごと灰と散り、一片の跡すら残さず虚無へと消え去る。先ほど死の淵から戻って来れたというのに、彼女に安らぎが与えられる暇はなく――――瞬間、不自然に乃木園子の全体像がブレる。

 

 ――ずっと、時間がぴょーんって、自由に飛び跳ねたらいいのにって思ってたからかな。

 

 瞬きよりも遥かに短い刹那が過ぎて、乃木園子という存在がその場でズレた。中継ぎの過程を飛ばしたアニメーションのように、動作の全てをすっ飛ばし、遂には防衛行動が間に合う圏内へとその身を捩らせて。

 

 ――このまま私が視れた未来まで飛んでいけたらな〜。

 

 この()は明らかに異質、らしい。未来を見るだけでは無い。現在をより深く知れるとは違う。過去にも類を見なかった、全く新たな力だと、そのくだんの過去を知る者は乃木園子へ教えた。

 特殊、特異、特別、表現に揺れる部分はあれどもいずれにせよ、他とは違う力が与えられたなら、他の者には出来ない役割が在る。

 知らずに自ら望んで得ていたとしても同じこと。自分が望んだ未来を勝ち取るために、無意識でこの力を求めていたのなら、まだまだ自分には為すべき事が多く在る。

 

『だから、まだ……ぁ!』

 

 まるで、時が飛んだかのよう。

 幾ばくかの猶予を距離として得た乃木園子は、眼前で引き起こされた爆破へ抗するべく、この瞬間刹那に注げる全てを判断に尽くす。

 すなわち、防御全開。

 

『消えられない――――ッッ!!!!』

 

 今更ながら、乃木園子の華は散り尽くしている。満足に動かない五体がもはや馴染み深くすら感じてしまえる。

 だが、包帯を血で滲ませながら。動きもしない腕が結晶に包まれ砕けようと。色素が急速に抜け落ち、赤く染まった瞳で迫る絶望を凝らして見つめようと。

 彼女が紫色の装束を再び纏う事は、紛れもない意味があった。

 精霊を全面に構えて、連鎖して爆裂する暴虐を堰き止める。危険信号を示していた不快感は嘘のように軽々しい気分へ変わっていて、それが何よりも震えるべき危機的知らせだと自覚した。したが。

 かといって()()()()残量から削らなければ、現在を凌ぐ事など土台無理。咄嗟の間に合わせで遠回しの自殺戦法が、この局面での最適解とされてしまう残酷、それすら乗り越えるべき壁と思えば笑みの一つも浮かんでくる。

 後ろへ流れる被害は無視。気に掛ける余裕などどこにもあるまい。余波一つで全身があっという間に蒸発しかねないなら、奔流を間近で受け止め続ける事、それがどれだけの気合いと根性を使うのか。

 しかし現実的に俯瞰すれば、このまま受け止める事はまずもって不可能だ。かと言って生存を優先するのも、乃木園子の中で何かが違うと首を傾げるだろう。

 防ぐ事だけに意識を注げば、確かに命は保てる。だがそれは決死とは言い難く、何よりそれを選ぶ事は、どこか気概に欠けている気がした。

 だから乃木園子は叫んだ。

 

『押しッッッ通す――――ッッッッッッ!!!!』

 

 虚空から呼び出した槍を乱れ穿つ。円形に広がりを続ける極温の斥力へ穴を開けて、その先は穂先を届かせるために。

 撃ち放っては溶かされて。解き放っては爆ぜていき。呼び出すたびに例外なく蒸発していく。肉を穿つ数百手前に、片っ端から無へと帰される。

 それを知らないかのような態度で、機関銃かと勘違う速度で矢継ぎ早に、

 叶うか、敵わないか、そんな事はどうでも良かった。

 ただただ、自分はここにいる。偶像として飾られるだけの存在ではなく、紛れもなく人間として、仲間と共に絶望へと立ち向かい続けている。

 

『私はまだッッ、ここにいるんだから――――!!!!』

 

 今を生きるこの瞬間を、叫びたい気分だったから。

 

『まだッッっまだァァああああ『ッッ――――限界だ跳ぶぞ!!!!』ぁぁあああ!! ――――――――ほえっ?』

 呆気に取られた声が思わず。

 吹き飛ばされんとする位置エネルギーを保持したまま、三ノ輪銀の力で強制的に離脱させられる乃木園子だった。

 跳躍先の座標へ碌に目星も付けないまま跳び、滅茶苦茶な場所へと弾き出されるように連れて行かれた乃木園子。投げ出された彼女はやがて根にぶつかり、跳ね返り、遂には墜落して滑るように着地を決めるだろう。

 そうして使える力を使い切った彼女は、微かに戦う力が残っている彼の元へと、偶然にもやってくるのだ。

 目を覚ました、彼の元へと。

 

 

「私も……! ……決めたのよ」

 

 彼女は島を望んでいた。その一心でここまでその存在を保っていた。人の業が蟲毒のように敷き詰められた箱庭で、世界を見つめ続けていた。

 英雄の忘れ形見に等しい存在達をその手で散らしてでも、求めていた居場所があったのだ。

 もはや島へ帰ることを、本当の意味で望む者が限られていたとしても。その場所で生きた者にとっては、何をしてでも取り戻したい居場所だったのだ。

 

「島へ戻るよりも、私はっ……貴方が――貴方だけが平和の中で生きられるなら!!」

「……」

「っ、のこっ、残りっ少ない時間なのっ、は……分かってる…………でもっ!」

 

 奥歯を鳴らして言葉を凝らす。

 震えて響く底からの叫びに、けれど同意を早々に示す訳にはいかなかった。

 

「戦いから離れましょう!? 楽園にも一緒に行って! それで……!」

「……そうしたら、島は?」

「――――もういいの……! ……それよりも、貴方が日常に身を置いて、穏やかな時間の中で……っ!!」

 

 灼熱の戦火や氷点下の殺伐のこれまでより――――暖かく涼やかな毎日の中で、僅かな時を紡いでいて欲しいと願ってくれている。

 三百年。三百年間も求め続けるような執着は、普通の人間が持ち続けてはならない熱量だ。善人の側である郡千景が、それでもその手を長い期間汚し続けられるような感情。罪悪感に侵食されて、蝕まれて、それでも人間と認識していた命を断ち続けた原動力は、普遍的とは言い難い()()そのものが強く根付いていた。

 全ては島を取り戻すため。彼女はその存在を使っていた。

 島の戦士から引き継いだ力は、もとよりその為だけに用いていたこれまでだったのだろう。

 

「島よりも、カズキが大切なの……っっ!!」

 

 彼女の過去は知らない。けど推し量れるものはある。

 思い出の地を慈しむ目線や所作。斃れていった者達が置き去りにした記憶。彼らや自分の目にした千景の素振りや言動の数々は、只ならぬ島への望みを目にしていた。

 それを、島を選んだ未来を捨てると、そう言ったのだと彼女は理解しているのだろうか。

 

「カズキはっ、本当は、戦いたくっないんでしょう!?」

「それは……」

「だったらもうっ……! 今さら……遅かったとしても! もう貴方が傷つく姿だけは見たくないから!!」

 

 不謹慎だが嬉しい。命が減ってよかったと、考えてはならないことを考えそうになる。

 

「戦わないで!!」

「千景、さん……俺は――」

 

 何はともあれ答えは決まっている。されど簡単に答えてはならないことも分かっている。

 ただ一つの問題として――――押し問答を繰り広げている余裕は、どこにも無かった。

 

「ぁあ〜〜れぇ〜〜ええぇぇぇええええ〜〜〜〜」

「え……?」

「…………」

 

 ギャグのような軌道を描いて、張り詰めた空気を緩和させる存在が降ってきた。

 

「――――へぶぅっっァッ!!」

 

 少女の呻く叫びを伴って、背後から大きな音。壁を跳ね回って、地を引きずるように墜落した音。

 カズキも何度か鳴らした覚えのある音で、往々にしてこの音は敵に吹き飛ばされた際に鳴らされるオノマトペでもあった。

 

「乃木さん……」

「あいたた~……結構飛ばされちゃったかなぁ。……いやー、ちーちゃんのとこまで来ちゃったよ――」

「……大丈夫か?」

 

 暖色の花畑のような、浮世離れした声。

 カズキが動揺に突き動かされて、自らの意志で一度は突き放した存在。

 

「――カズくっ………………郡、カズキ、くん」

「……呼びやすいのでいいぞ」

「…………――――カズくん……良かった……戻ってきたんだ」

 

 クロッシングとは違いつつも、よく似た感応が乃木と交わされる。言葉と共によく伝わるのは、大きな安堵と少しの気不味さ。

 無かったことにして普段のように話すには、カズキの会話力は欠如している。

 しかし精神的負荷が減った(個人差)カズキは、存外フラットな心で喋りかけることができた。

 

「ぇ、とえとっ……その……ぉ、おかえりなさい、カズくん」

「ああ、()()()()

「……! うんっ! ……………………!?」

「グスッ…………私は言われてない」

 

 兎にも角にもだ。

 

「大丈夫なのか?」

「ん~っとね……――――へっちゃら! 心配ご無用なんです~」

「……また嘘か?」

「っ…………わかっちゃうよね」

 

 乃木だって勇者の姿へ変身せずともクロッシング接続が可能なのだ。どうやって推し量ったのか聞くような時間の無駄は行わない。

 彼女の残量が点滅している――その事実に触れられる時間的余裕がないくらい、切羽を極めた現在であるのだ。

 

「……白状すると、ちょっとマズイかな」

「ちょっとなのか」

 

 伝わる焦燥からは、そう言って切り捨てられるような状況なんて思えない。

 目の前の少女はもう限界だ。同化現象の症状が出始めているだろうに、言葉尻には乗せないのは流石だが。

 

「むぅ~……女の子のプライバシーは簡単に覗くのはメっ! ……だよ?」

「それも含めて、謝るのはまた今度だ」

 

 嗚呼――今の瞬間、カズキは明確に嘘を吐いた。

 

「千景さん」

「……」

「もう、俺に嘘をつかないででくれますか?」

「っ……? ――ぁ――――当たり前でしょう……っ!?」

 

 その言葉だけで十分だった。

 

「なら、俺もこれから先、千景さんに嘘はつきません」

「カっ、カズキ……!」

「だから約束します」

 

 拳銃のような形をした注射器は、まだ懐に形を感じる。ラストの一本だろうか。壊れていなければいいのだが。

 あと少しの時間を戦うには、策謀によって持たされたそれが、カズキにはどうしても必要だった。

 

「必ず俺は、千景さんの待つ家に帰ります」

 

 大切な人に嘘を吐く痛み。

 この痛みが自分に存在を確立させている。自分はここにいるのだと、再確認をさせてくれる。

 

「だからお願いします」

 

 無くなっても、砕け散っても、記憶として残る。覚えていてくれる人はいる。それをカズキは知っている。思いを預けられる人がいて、受け継いでくれる人がいる。見えない糸で無限に繋がっていくのだ。

 だから高く、行けるところまで飛び立つ。勇気とゆう言葉を胸の深みから叫ばせて。

 行先が闇でも、未来という光を求める。進むことをやめないと、カズキは選んだ。

 

「千景さんに、してもらいたい事があるんです」

 

 

 太陽から吐き出された火球は肥大化を続けて、道中を灰に帰して突き進む。空気抵抗すら焼き尽くして、その進みは止まることを知らない。

 

『うォ――――ッッラぁァァァああああああッッッ!!!!!!』

 

 フルスイングされた巨剣が、その重量によって真空を発し、火球を殴りつける。

 

『でりゃあぁぁぁぁぁああああああ!!!!』

 

 一刀両断とは程遠く、圧されるその剣を後方から飛び付きぶん殴り、ようやっと小さな太陽は飛散した。

 敵からすれば手慰み程度、しかしその程度の片手間一つ一つへと、勇者部は全霊を注いでは死線を払い除けて、精一杯の道を探っていた。

 

『次が来るわよ!! ……こっちは防ぐだけで掛かり切りだってのにっっ!!』

『それでも……! 勝機を求め続けなければ、何も始まらない!!』

 

 朝顔の輝きが束なり、青の極光が小さな太陽を搔き消さんと突き進み――進行を遅延させるだけに留まる。

 

『このぉっっっ!!』

 

 桜色が火球を殴り上げて、大きな花火が樹海に飾られた。

 懸命に戦う姿は――なんとも、無意味を積み上げる。

 同じことの繰り返しだ。

 大群は一つへと集結し、少しづつ神樹へと進んでいる。牽制に放たれる種火を、勇者と呼ばれる小さな少女たちは必死になってやり過ごす。やり過ごすことで止まり、敵への攻勢には移れる気配がない。彼女たちもそれを感じていながらも、それでも目を凝らして未来への糸口を模索し続けることを辞めることはしない。

 ただし情勢は、確実に明確に、世界の終わりへと傾きかけていた。

 加えたダメ押しに、辛うじて維持していた戦線へ揺らぎを与える――――伏兵の存在。

 殺意と憎悪に満ちた悪魔が、敵意を隠してその肉を得ようと、勇者の命へ群がり迫る。

 

『かりんちゃ――後ろっっ!!』

『っ、、しまっ』

 

 悪魔を四体葬る間断を狙い、黄金の刃腕が三好夏凛の血を求めて迫った。

 穂先は首を柔く貫く――二寸、その前に矛先が止まる。

 目視できない極細の緑糸に雁字搦め取られ、シリコンのような肉体へ食い込み。

 

『おしおきっ!』

 

 コアごと細やかに、石榴と砕けた。

 

『ヒェッ……樹ってば、いつの間にそんなエグイこと出来ちゃう娘に……』

『助かった樹!!』

『サポートは任せてください! 背中は気にせず前だけ――』

 

 妹を気に掛けるが故。戦場へその身を置かせる罪悪感が由。誰よりも速くに知覚したのは最早必然ですら。

 いの一番にソレを知らせる絶叫を、犬吠埼風は啼いた。

 

『――樹ィぃぃぃいいいい!!!!!』

 

 出所は、左腕。ちょうどその肘を。背後から、情など有りもせず。

 ぞぷりゅ、と、当の本人はその音を感じさせられていた。水の音のようで、純然たる液体とするには形容しがたい手応えを思わせる音だった。

 素通りするのを見落とした。警戒圏内をすり抜けた。押し寄せる波が苛烈な余り、網目をひそやかに超えて迫る悪意の刃先。

 姉の決死は犬吠埼樹へと身動ぎを起こさせて、辛うじての致命を逸らさせた。しかし。

 

『あ――――っ』

 

 ぬるり、と、当の本人はその感触に思わず身悶えした。硬いハズの骨をするりと通り抜けるのは、その刃がよく砥がれている事を明らかに知らせてくれて、肌を貫き抉る痛みを刹那だけ忘れさせた。

 ほんの数秒。五秒にも足らずな若干の間断を呆けて、惚けていた。

 次いで襲い来るのは予感だ。

 この敵に触れているのが、何か、途轍もない失敗で、即刻離れるべきであると予感した。言語化至難な領域に在る脳髄の、その更に奥が叫んで、必死になれと戦慄いて――――!

 

『――ッッ!!??』

『ダメっ! そいつから離れて樹ちゃ――――このっ!!』

 

 救助の手を阻むべく群れはざわめき、颯爽と色めき立ち。

 

『誰かっっ、樹を助けに、、っっ!?』

 

 誰の手も届かず、犬吠埼樹が単独で翻す以外に未来は無かった。

 結晶が湧き出て、敵との接合部は固着される。それは逃げ惑う選択肢を塞がれたことを示してもいて。

 抜けないのだ。前にも動けず後ろとて進めず、敵の力は待つことなく徐々に浸食を続けている。刹那の間にでも、確かな速度で犬吠埼樹の内側を焼却して、『犬吠埼樹という勇者』は、『ディアブロ型』へと存在を代える。この個体はそういった存在。

 命を奪い取り、その命を玩具のように振るっては愚弄して、かつての仲間や友と戦わせて、苦しみ悩み絶望に嘆くサマを楽しむ悪魔。

 その爪が今、柔き少女の肉を食い破っている。けれど引き剥がして事なきを得るには、その選択を奪われた。個体だけを倒して事なきを得るには、既に時遅く犬吠埼樹の肉体と同調しきっていた。

 選択肢は一つだった。それを、その覚悟の報せは、他の者達にも電流の如く伝わり。

 

『――――――』

 

 でも、けれど、その自傷による間に合わせを、闘争の極まった戦士でもない彼女が容易く行うには、覚悟と決意の総量は不足していて。

 

 ――じくじくと、いたむ。

 ――じゅわじゅわと、ただれていく。

 ――ぞりぞりと、むさぼられてきもちがわるくて。

 

 その逡巡はより深い浸食を促し、その浸食がより強い嫌悪を呼び出し、迷いの無い決断を呼び起こした。

 

『いつ――』

『――――ッッッッぁぁああああああ!!!!!!』

 

 くるりと、肩に巻かれる一本の細い糸。

 目を凝らしても見えないくらい細い――それよりも遥かに細く、原子の領域にまで達する細さ。

 すとん、と。

 あるいは、すぱっ、と。

 

『ダメぇえええ!!!!!!』

 

 及んでいない部分の方が多かった。けど、喪われた部分は確かにあった。

 空へ放り投げられた、細い腕がその証。

 痛かっただろうに、泣きたいだろうに、なのに彼女は歯を食い縛って、未だ分かたれた腕を離そうとしないディアブロ型を、まばたきの間にサイコロ状へと変えてしまう。

 滴る赤い雫を見ないように努めて、ぐらつく身体を浮遊させ続ける。次に打倒すべき敵個体を探し求めて、自らの状況へ意識が向かないように、今はただ戦うことだけを考え続けた。痛みへの耐性が強いなどとは言い切れない、が、それでも自分に在る精一杯を振り絞る姿は、()()()小さな体をして、まさしく『勇者』と呼ぶに相応しい気概だ。

 でも、そもそも、周りはとんでもなく優しい者達の集まりで。

 実の妹が血を流して。学校の後輩が痛みに堪えて。恐ろしい戦場を分かち合った仲間が苦しんでいて。

 動揺しないような冷血漢は、どこにもいないのだ。

 

『いつきっ、いつっき、! 樹ーーーー!!!!!!』

『お姉、ちゃっ……っ! 来ちゃ――後ろにっっ!!!!』

 

 だから一斉に崩れ始めた。

 

『な――――あぁッッ!???!!』

 

 揺らいだ精神は張りつめた警戒をほどかせて、妹へ寄りゆく姉の背を追い立て、凶刃を浴びせるに容易かった。

 頬骨を軽く削ぐ程度の()()だが、避け損ねた刃は片側の光をいとも簡単に奪っていく。

 

『――先輩!! ぃ――きちゃん!!』

『助けに――――邪魔立てをっ!!』

 

 戦艦へわらわらと集る群れは、肉へたかる蟲のよう。

 一撃の砲は十数を吹き飛ばす。二つ束ねれば二十と数体。三つ束ねれば三十強。

 火力は圧倒的。ともすれば過剰とも見て取れる威力は、肉片一つの存在すら残留を許しはしない。

 ただし、細かな制動が利かせづらいのは、威力を取った故の弊害であり――――艦砲をくぐり抜けて懐へ入られるのは、是非もなく。

 

『くッッ、、!! どきなさい!!!』

 

 咄嗟に手に取る散弾銃が、近接の距離まで迫る個体を穴だらけに。

 二体三体、急場の対応をこなせたのはそこまで。近づかれることを前提としない東郷美森は、どう取り繕っても刃を躱して交わす戦闘論理など根底には在らず。

 悪意の凶刃が水っぽく。

 ぐじゅり、と、伸ばされた鋭迅は弾丸を潜り抜け、両の太腿へと食い込んだ。

 

『――――っ』

 

 弾幕の隙間を強引に通してきた、苦し紛れにも感じられる特攻とも。精霊による加護が功を奏したのか、サイズ差を思えば形も残らない刺突も、その矛先が少しの棘として喰い込んだと、その表現で留まるくらいの程度。肉を、骨を、筋繊維を、透過するように貫かれたのだから当然のように激痛だ。しかしこれっぽっちの痛みなど、極限を魅せるこの戦場に於いては、なんら問題一つもあるモノか。これ以上の極熱に焼かれた経験を携えた記憶が、これは序の口にもならないと宣うのだ。

 ――だから、その必要は無いのではないかと、頭をよぎる弱さはあって然るべき情動。年の頃を思い返せば、恐れを抱かない方がどうかしている。楽観して目を背けることが自然ですらある。

 なのに、喪失への逡巡は刹那に満たない。一度失い、そして取り戻した象徴。日常へと大手を振って戻ることが出来たという、一つの救いを示した己の自身。だというのに、彼女は()()判断を決するまでに要した間断は、途轍もなく速い。

 この瞬間も、犬吠埼樹の瞬間も、精霊はその動作を止めない。――否、精霊へと入力された使命と役割の内に、勇者の()()守ることが高い優先度を占めているのだとすれば。

 止める事こそが救命から遠ざかる何よりなのだと、言葉を持たない精霊は動くことなく語っているのではないだろうか。

 

『――――――――』

 

 手に持った散弾銃は、フェストゥムへ向けて放てば穴が開く。

 ボディを弾丸の形に押し退けて、結果的に風穴が出来るのではない。東郷美森の銃弾は実弾ではなく、弾丸状のエネルギーを浴びせている。つまり、触れた部分が蒸発していく――結果的に弾丸の形に蒸発して、風穴を形作る。

 そんな、人知を超えた兵器をクルリと、軽やかに下方へと向けた。

 

『――うさん!! 駄――』

『ッッッッ!!!!!!!!!!』

 

 ――ボッ。

 人を構成する物質が、散弾の高熱に蒸発した。

 次いで身体が崩れ落ちる前に、もう一本へと向けて――――肉が、灼ける臭いが広がった。

 

『っっ――とうごうさん!!!!!』

 

 奇しくもそれは、ある意味で()()()。心を亡くした言い方なら、これが相応しく、正しい。

 離した先側は一瞬で結晶に食い荒らされて、砕け散る。腿の根元は能動的に吹き飛ばして、戦艦の中央で零れる色がどうしても赤い。彼女の青色とは、似合うことがない。黒に寄った赤色。

 それでも夥しくこぼれて、すぐにでも水たまりが創られる。

 戦った末に。友を守る末に。勝利の末に。どれとも違う。

 焦がれていた普通の生活。普通に歩くこと。普通に、友と肩を並べて歩くこと。その普通は在るだけでよかった。その普通が在るからこそ、大多数から得られる優しさに、心を傷める余分も生まれなくなる。

 それを、もう一度。それを、今度は自分自身の手で使えなくする無情。

 一度取り戻した希望を、もう一度あらぬ方へと投げ捨てる絶望。そんなものは、当の本人以外に推し量れる尺度などあるモノか。

 

『ふぅ――――ッッ、っっ!! ハァ…………ハッ――――っっっ』

 

 涙を食い縛る。慟哭を雁字搦める。決壊を圧し留める。

 見せてはならない汚濁が湧き上がる自覚が彼女の内を満たして、それを塞ぎ続けようと懸命なのは、誰よりも戦況を理解しているからこそ。

 ただまあ、ひどい話ではある。酷く、酷なまでに陳腐な言葉なら――――かけがえのないモノを喪ったのだろう。

 

『――――~~~~ッッッッ!!!!!!!!!!!』

 

 瞳孔が赤走るような怒りに支配される。ふさぎ込む衝撃ではなく、理不尽への怒号が発露するのなら、この場においてはまだまだ救いがあったと言える。

 怒りだけでひっくり返すには、あまりにも差が大きすぎたとしても。

 

 

 手が震えている事実が、何度も何度も伝わってしまう。

 今更何をと、知っている人は言うかもしれない。こんな時に無駄な感傷をと、知らぬ人は言うかもしれない。

 でも、けれど、よりにもよって。

 自分の世界が、ぐらりぐらりと揺らいでいる。だからシリンダーの中身が揺れる。もう二度と見たくなかったソレがちゃぷちゃぷと音を立てて、この手に握られている現実を嫌というほど鼓膜へ押し込んでくる。

 その存在をより人から遠ざけて、戦うための電池としての出力を無理矢理に引き上げて。

 嫌だ。嫌だ。こんなことは、一度だってしたくはない。ずっと嫌だった。この手で『お前は人として生きるな』と示しているようで――――実際に宣言しているのも同じ行為。誰しもが必ず心の奥底では『人として生きる』ことを望んでいたハズなのに、自分以外に縋る場所が無い彼へ、他でもない自分が施す非情さはどうだ。

 

「……だめ……できない…………!」

「千景さんだから、頼めるんです」

「何で、そんなこと、言うのよ……っ!」

 ――なんて醜いマッチポンプ。

 

 自虐自嘲をいくら内底で木霊させたとして、赦しが得られるなど思い上がりはしない。

 でも、だからといって、もう自分は『仕方ないから』と言い訳をしたくはない。

 世界なんてどうでもいいモノのために、『これしかないから』と絶望を押し付けたくはない。

 諦めた声で、なのに穏やかな声で、彼は誰よりも叫んでいたのに。

 

『……、……たい』

 

 羽虫の生きる音より、矮小な叫びがあった。

 

『いきて、いたい』

 

 涙を流さず泣くような、叫びがあった。

 

『いきたい』

 

 叶わないと確信した望みを、心のままに叫んでいた。

 

『…………ああ、わかってるよ』

 

 命を薪にして、命を土壌にして繋ぐこの世界で。

 誰よりも命を使った彼が、誰よりも透明な願いを叫んでいた。

 

『むりなのは、しってるさ』

 

 誰よりも頑張っていたのに、一つも報いを与えられず、朽ちていく命。

 ぼうぼうと残された灯りは、マッチよりもか弱い命の燈火。

 其れを全て燃やし尽くそうと、あってはならない量の油を注ぎ込んで、刹那間際の絢爛として消費しようと世界は動いて。

 

「ぅ、ぅぅう゛う゛……!!」

「大丈夫です、千景さん」

「――――ぅぁあ゛あ゛あ゛ああっっっ……!!!!」

 

 歯が震える。目頭が震える。

 心は喪失の恐怖で染め上がり、骨の髄が拒絶を示す。

 

「きっと大丈夫」

 

 安心させるため、慈しむ声が彼女を包み込んだ。

 それが何よりも苦しいと、そう感じることは、なんて裏切りなのだろうか。

 

「成せば大抵、なんとかなるんです」

「ぃや、……嫌――――っっっ、、わたっっ、わた、し、は…………私、はァ……っっ!!」

「必ず帰ります」

「ぅくっっ、ぃゃ、いや……!」

 

 困った顔で、けれど決意の瞳は梃子でも鈍りそうもない。

 下手をしなくても、戦う術すら持たずに戦場へと歩き出してもおかしくはない。

 

「戦う力を、俺にください」

「なん――――――カズキ……っ、どうして……!!!!!! ………………――――――」

 

 彼女の哀しみのまま、無理にでも止めるには、余りにも彼に残された時間が少なすぎた。かといって無抵抗の自殺を許せる訳も無い。

 結局は既定路線の運命でしかない。他の救いを見いだせない自分が、これ以上なく恨めしい。

 

「――ぁ、ァ゛ァ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あああああああああ――――――――!!!!!!!!!」

 

 こうして彼女は再び、彼から人の部分を削ぎ落とす。

 戦うために生まれた存在は、戦う力を選び続けた。

 誰に望まれなくとも、そう仕向けられていても、きっと、選び続ける。

 

 

『とうごうさっ―――――――あっ……』

 

 時間が切れる。十に届きかねない数を咲き誇り、同じだけ散っていく。強大なガントレットも、赤化粧に染まりつつある美麗な神衣とて、溶けて消えていく。

 結城友奈は、これにて触感を喪った。

 脚は二か三度目あるいは両方で一本ずつ。片眼は五度目。一度目にはもう胸の鼓動が聞こえなかった。四度目には痛みが感じられなくなって、六の頃には『    (真壁一騎)』の顔が思い出せない。七回目の捧げものが思いつかないのは、その時には右腕が使い物にならなくなっていたから。八回目には昨日に至るまで進んできた、結城友奈のアルバムその一切が捧げられている。

 九回目に、自分が何のために戦っているのか分からなくて――何度咲き誇ったのかすら、数えていた事実も破却されて。

 ああ、でも――――――――動かない胸の奥、感じない温度の先、暗闇が聳え立つ記憶の方角には、確かに自分を動かすナニカがあったから。

 友達らしいひとの名前を呼ぶ。ふとした懐かしさが、熱を喪おうとしている胸に到来して――――その度に疑問が先に来るとしても。

 立ち上がる――ことすらしない。

 

『ぅ――――――――ぉおおおおおおおおおおおお!!!!!!!』

 

 地へ墜落する前に、その力を振り絞る。使ってはダメだと、見えない記憶の自分が語り掛けるような気がしても、『それしかない』のだと発破で誤魔化す。

 だから彼女は、立ち上がる事すらしない。

 戦場に絶えず花は咲く。燦然の桜は、敵へと立ち向かうことを諦めはしない。

 それを見やって、その咆哮を受け取って、勇者たちは勇気を共有して、また、供給し合う。

 勇者たちは狂人かと。恐れを知らない怪物なのかと。首を傾げるくらいにしぶとかった。

 

『――――』

 

 だから業を煮やした様子で、敵からの威圧が膨らんでいく。

 敵愾と排斥の憎悪が濃密に、機械的とは言い難い性急さで如何を決めにかかる。

 

『敵っが、退いて、いく……?』

『大きく、なって…………っ!』

 

 悪意の権化(ディアブロ型)も、星屑も、その他全てを真の意味で集結させていく。

 

『……同化して喰ってるわよ、アイツ』

『――終わらせる、つもりのっ、、よう、ですね』

 

 敵意。敵意。敵意、敵意、敵意、敵意。殺すと叫ぶ。死ねと望む。虐殺を愉しむ。惨たらしい死を求める。平和を殺害したがる。穏やかを否定し、殺戮を浴びたがる。暮らしを貪り、町並みの蹂躙を欲する。日々を蝕み、絶滅を願う。人よ死ね。人を殺したい。人を解体したい。人に穴を開けたい。人で殺したい。人で壊したい。人を磨り潰したい。人を千切りたい。人を砕きたい。人を焼きたい。人を嘲りたい。人を踏み潰したい。人を、人を、人を、人を、人を人を人を、人を人を人を、人を。

 人を――――――――――――――――――――憎みたい。

 そこに理由などない。

 理由の抜け落ちた憎しみが、少女達へと浴びせられた。

 

『もう恐いとか超えて気持ち悪いけど……なんだって、こんな……殺したがりなのやら』

『っ……でもっ、だからって……っ、こっちだって、退けない……っ!!』

 

 憎しみが滾り、異常な滾りが際限なく昂る。いくら巨大な器でも、いくら強靭な器でも、溢れて零れる憎しみの重たさ。

 抱くに至った理由は、もう何処にもない。

 それを知る者は此処にはいない。ともすれば郡千景であれば知り得たろうが、この場で踏み留まり続ける五人に走る由も無い。

 底知れず湧き上がることが止まらない憎しみ。永劫と思しきほど輝く様を見せつける激情。機械的に淡々と殺す最適解を行おうとしていたのは何処へやら、フェストゥムを取り込むたび、獅子の光耀は絶滅を大きく肥大化させて、動的な憎しみを溜め込み続けている。

 その巨体を――――太陽そのものへと変えて。

 

『今更デカくなったって……!!』

『一つに纏まった、のならっ! こっちにとっても好都合――――!!』

 

 憎しみの太陽が、世界を黒く焦がすために進む。

 脅威を理屈を飛ばして感じ取るや否や、放たれる青の閃光に赤の刃閃。

 手慰めの様子見では済まない一撃が二つ――――強く白く輝く光に溶けて。

 憎しみに焦がれた太陽は、人の抗いなど意に介さずに侵攻を続ける。

 ――敵は決死を確定させに来た。成りや振りを構わず、疾く速くその命を剥奪せんと身の形を捨てて。

 

『最後のっっ、もう一踏ん張りと見た!!』

 

 今以上に、戦意をその為に尖らせ特化させる面々。

 全てを決するべく、いの一番に光の尾を引いたのは桜の淡色。

 

『ここで、全部っっ、終わらせる――――!!!!』

 

 誰一人、命を捨てる気はない。それと同じくらい、戦いをこれ以上先伸ばす気もなく、後方にて身を休める()()へ戦火を降らせるなどと微塵も在りはしない。

 命を掃き捨てて戦い、傷つく姿を見せまいと強がり、恐がられても守ることを辞めず、自分だけでも重たい荷を他人の分も背負い尽くす。引き裂かれる痛みに歯を軋ませて、疲弊した毎日をいつも通りの当たり前と信じ切って。

 ――――挙句、どれだけボロ雑巾のようになっても、きっと彼は立ち上がる。

 使い潰される末路に嘆き、虚偽に踊らされて悲観を啼いて、それでも彼はきっと、最後の一線で踏みとどまって戦う。

 後ろへ通せば、否応なく押し付ける結果に。

 戦いを厭い続けた彼。優しい心を武器に摩耗させて、恐怖と共に死線を越え続けた彼。

 もういい。もうじゅうぶんだ。たった一人に押し付けて、奮戦を知るとこにもならず孤独を飲み下して、一つも報われない結末など許していいのだろうか。これ以上彼を戦わせて、彼の心象に相応しい安寧から遠ざけ続けて。

 それを、たった一度でも許してしまうことは、本当に勇者部として相応しく在れるのか。

 だからもう、二度として――――ッッ!!!!

 

『戦わせない――――!!!!』

 

 かりに――たとえば――――ほんとうは、たった今も自分の口からこぼれる叫びが、誰のためなのかが分からない。

 親友のために。友達のために。仲間のために。友達のために。世界のために。友達のために。

 ああ、でも、どうして、どうしても、どうやっても。

 心をどれだけ燃やしても、心をどれだけ涸らしても、大切なハズの欠片はすり抜けるように。

 (むな)しく、(むな)しく、(むな)しく、(むな)しく。強くて際限ないハズの想いが、なのに絶対であるべきピースは欠けていて。中心を占める核が砕けて。思い出のアルバムの中は、まばらにばらばらに、不規則に乱雑と、千切れて焦がされて虫に喰われて。

 何度反魂しただろう。何度自分に問いかけただろう。大切なモノたちの名前だけには留まらず、大切だと言い切れる存在が身近に居たのか否かすら、記憶の滓にも当て嵌まる要素が見当たらない。

 自分が誰なのか。自分の大好きだったような気のする、多分親友である存在の顔も。『    (まかべかずき)』がどんな音の響きで、どんな声で喋って、どんな人だったのかも。空白の方が多い今の自分には、楽しげに諳んじられる色彩など在りはしない。

 ならここまで気張る理由は何処にあるのか、なんて――――――――問うまでも無く。

 

『守るため!!!!!!』

 

 考えるまでも無く。

 

『勇者部っ、ファイッッットォォォーーーーー!!!!!!』

 

 語ることすら(いき)ではない。

 

『絶対止めてやる――――!!!!』

『っっ、ァッッッ!!? ぃ――――痛い、だけならっっ、これぐらいだけッッ、ならぁ!!!!』

()()は、もっと頑張れたん、だから――――!!!!!!』

 

 まだ幼いと判ずることのできる少女たち。

 太陽にその手で触れて、身の程を越えた熱量に真っ向から立ち向かう高潔なる決死。

 熱線が瞳孔をジリジリと焦がす。弾ける熱風は御髪を黒く無価値へ貶める。戦の土煙で汚れようと、少女たちの白さは穢されず――そしてシミのように、悉くから皮の焼ける臭いが鼻をつく。

 焼ける、焼ける。やけていくのだ。灼けていく。抗するための両腕――あるいは隻腕が焼けて。敵を見据えるまなこはぶくぶくと泡を立て。憎しみの太陽から恩赦など感じ取れず、触れる端側から崩れる実感を受け取らされているのなら、柔らかな恩情など一考の余地も勿体無い。

 だが栓を抜かれたように流れ出る水分が、噴出口を火に炙られ塞がったこと。塞いでくれた偶然にして必然。これだけが死地の中で得られた幸いだと、彼女等は例外なく天啓として受け取った。

 命が垂れ流されるよりもマシだと判ずる。命を捨てる気はとんと無い筈なのに、命を削って前を向き続ける。

 誰であろうと気付くに容易い矛盾を、矛盾のまま薪として心は吠え滾った。

 

『だか、らっ、どうっした――――!!!!!!!!!』

 

 噴き荒ぶ地の欠片。蒸発する世界の破片。冗談みたいな速度で消費されていく、生きるための動力。

 その甲斐が――――少女たちへ受け渡される手応えとして、苛烈の嵐は抑制の兆しを見せて。

 

『ッッ!? ――いける!!!!』

『押しっっっ通っ――――せぇぇえええええええ』

 

 半分以上も削れた砲身が、中半からへし折れた大剣が、片腕で手繰る鋭糸が、ただ一本残された一刀が、確かに揺らす。

 黒く、炭のように穢らしく、崩壊の止まらない――形崩れの拳が、揺らがせる。

 太陽と化した敵の根底を、微々たる速度で揺さぶっていく。灼熱を体現する怨敵を、遅々たる速度で揺らして綻ばせる。

 揺れている。揺らいでいく。勇者たちの零した血の飛沫、激情を込めた奮戦、決意を番えた猛りの絶叫――――――――自分達が在るという存在全てを吐き出し、五体全てを万遍と使い込み、億通りの手立てを試しに尽くした。

 ――成果は、着実と、光に満ちた結末へ、その傷だらけの手を届かせんと。

 

『と、、――っっけ』

 

 届く。願い焦がれて、求めたその先の道程に華は散り。

 

『!? ッッッ――――まんっ、かい!!!!』

 

 何度でも、華は咲き誇る。

 

『もっと、もっと――まだっ、私は、まだここに――――!!!!』

 

 届く。希望的観測に留まらず、届かせるという意志の元にその描かれた空論は未来となる。

 咲かせて、散らせた花弁さえも薪にして。裂けて、散っていく自分のドコカすらもしるべにして。

 その手はじきに、星を掴み取る。

 

『――――――――、、――――、――』

『――――――――――――あっ』

 

 気が付いたのは、五人の中で一番に感応が強い東郷美森だった。

 討ち果たしたはずの障害。踏破した筈の試練。そこにいる訳が――存在すること自体が、ここまで踏み留まり続けた全てを御破算にしてしまう、特異なマイナス要素。

 だって、確かに彼女は、その存在の消滅を感じていた。残骸の一つや二つは消し飛ばした、その手ごたえもあった。

 まさか、蛆のように集う星屑の木っ端が、消し飛んだ部位を補修するなど。

 

『うそ――――――っ』

『どうしッ、てッッ!?』

 

 死神を想起させる漆黒。視界に目立つ紅に透いた光。下半身は創り切るには至らず、腰部からは剥き出しのパーツが投げ出されて、地べたへ這い蹲る。

 だがその存在からすれば、それでも構うことはない。()()()()()のSDPとは、()()()()()()()()()()()()()の真髄は、近接仕様に設計された機動性――――ではない。

 一つ、その機体だけに宿る無二の力があった。その脅威を彼女らは一度、それ以上は無いほどに手痛く味わっていた。

 

『くっ、、――そ!!!!』

『そんな余裕っ、どこにも……!!』

 

 黒色機体の胸部からせり出た回転体が、漏電するほどに加速する。力の行使、それを示唆する事前の予兆。

 力を無に帰す絶対の波動が、黒鉄の手から放たれようとしていた。

 少女たちに今度こそ、走馬灯が浮かんでいく。

 一度だろうが明確な『死』を与えられたその機体は、忘れる事すら難しい。――何らかの理由で忘却していたとして、その色にはどこまでも形容しがたい不吉が纏わり憑く。もはや勇者たちにとっては、そういった存在だ。不益、不吉、不穏、忌避――抱くのは恐ろしさと悍ましさを濃縮した印象だけだ。相対することだって躊躇われる。

 だからこそ、その機体に何かしらの事を引き起こさせるのは、全霊を賭して阻止させる。優先と脅威の度合は大いに高い。

 そうだ、行動を起こさせるのは良くない結果を引き寄せてしまう。

 ああ、そうか――――だからこそだ。

 

『!! く……ッ! アタシ、が止めにっっっ――いけねぇええええッッ!! ああっ、もうっっ!!』

『一人でも欠ければっ、その時は――――だから今かッッ!!!!』

 

 切羽詰まったどころではない。末路の決まった袋小路だ。崩壊へ向かうだけの未来。

 前門の灼獄を抑えて、後門から無へ帰す波洵。天秤がどちらへ傾くかなど、元より形勢が悪くとも決死で誤魔化していられたが、大きな要素がどちらかへ加勢するだけで針はとっても簡単に振れてしまう。

 いっそ制止しに跳び出せれば――切っ掛け一つで瓦解する今に、その択など許されない。ならば目の前の太陽を即座に討ち祓って――言うほど実現が容易いなら苦戦は味わうことはない。霧散と停止の波動を耐える――満開すら砂埃のように剥がす力に、気合などの曖昧な根拠でやり過ごすことは出来ない。

 

『……っ、こんなっ、ここまで来て!!!??』

『――、――――めない』

 

 まごうことなき詰みだ。彼女らの時間は閉じたも同然だった。

 勇者ではこの局面を返せない。戦士はこの局面に居合わせていない。

 

『諦――――っっ、、――諦めない……!!』

 

 なら、だったら――――――――英雄なら。

 

『わたっ、私は、ゆぅ、――――ゆ――――……私は!!』

 

 諦めない命の声が、()には聞こえていたから。

 

『私は、諦めない!!!!』

 

 キラリと、遠方から煌めく景色が声に呼応して――――極閃を纏った耀きが、漆黒の機体を穿った。

 ふと、勇者たちは疑問に思った。勇者たちを殺さんと滾る太陽も、疑問を抱いた。いつになればツヴァイは、その絶対なる性能を奮うのか――どうして、手に宿した波動を解き放たないのだろうかと、戦場の中心で鎬を削る者達は考えて。

 

「どんな力も、いつかは無に還る……らしい」

 

 一条の白星は、前を向ける強い声が好きだったから。

 紫電の虚星は、優しくて暖かい心が好きだったから。

 双極双彩の希望の星(英雄)は、華の耀きを翳らせる闇を許しはしない。

 

「でも、今じゃない――――今だけは、許さない」

 

 二番機(ツヴァイ)を内から食い破る。翡翠の牙が軋みを上げる。

 そして漆黒は砕け散った。

 幻想的な色と輝きが、雪となって降り注ぐ。

 

『ぇ、ぁ―――――、――――――――なん、で、――』

「戦うことから逃げないって、決めてたんだ」

 

 結晶の欠片が前髪を揺らす。

 白い機械の右腕を、コツンコツンと欠片が揺らす。

 紫紺の歪な左腕に、カンカンと欠片が落ちてくる。

 されど水色と橙の双眸に、一片の揺らぎは無い。

 

郡カズキ()が自分で決めたことなら、最期までやり抜かなくちゃって、思ったから」

 

 

『どうしてっっ、来たのッッ!!??』

 

 砕け散るマークツヴァイ。漆黒の存在がそこにあった証は、砕いた張本人たるカズキへと流れていく。万象万物の力を無に帰す凶悪な力。中身の無い伽藍堂な死神が奮った力は、意図せずしてカズキのモノに。

 けど、先が伸びる事は無いのだろう。

 延長させる事もままならない。体内にある因子を増幅させ、加速したその身は、生物としての身体には在って然るべき制限を喰い破り、とうとう最後の一線すらも踏み荒らしていたのだから。

 

「勇者部五箇条、だ」

『はっ、はぁ!?』

 

『悩んだら相談』。言わずもがな、全然ダメだった。

『挨拶はきちんと』家を出る時にも家に帰る時にも、結局口にした覚えがない。

『よく寝てよく食べる』先月くらいから食事はともかく、散々っぱら寝尽くしたから良しとする。

『なるべく諦めない』今からいざ実行しようと心掛ければ、余計な緊張は消えていく。

 

「成せば大抵、なんとかなる」

『でもっ、アンタの身体は、げん、っ――――限界でしょう!?』

 

 悲観だけでは何も進まないと知った。絶望だけでも何一つ生まれないと理解した。

 戦う唯一だけが希望であるのはとても悲しい事なのだと分かって、それでも自分が自分で自分自身に課した祝福を、成し遂げようとしている。やってみれば大抵はどうにでもなる。そんな一見投げやりにも見える姿勢でも、この一瞬を生き抜く決意が胸に溢れ出していく。それは幸せなのだと、郡カズキはそう感じている。

 決して、死へ進むのではない。生きることに全力と全霊を捧げれば、それこそ迫る死すら目に入らないほど必死に生きた証が。

 

「……なんとかしてみせます」

 

 白く清廉な機械。丸みを帯びたソレは、無機物の質感だというのにどこか生物的にも見れて、けれど人とは確かに違うモノ。

 そんな右腕で、カズキは槍を水平に構えた。

 

「そのために俺は」

 

 不吉な紫紺の中にエメラルドの装甲。歪んで肥大化した印象を受けて、刺々しい爬虫類の如き実感は、されど人とは絶対に違うモノ。

 そんな左腕は虚空を掴み、静かに佇んだ。

 

「ここにいる」

 

 空虚な義務感などは何処にもない。晴れ晴れとした、心安らぐ心持ち。戦うことは痛くて、苦しくて、恐ろしくてたまらなかったのに。

 不思議だ、と。

 なんて穏やかなのだ、と。

 取り乱し、自暴自棄を振り回していたさっきまでとは違い、あまりの温和で柔和な心だったから。

 越えてはならない線引きを踏み越え切った達成感は、まるで翳り混じりも一つも無い蒼穹の如き精彩を放って、美しさすらクロッシングからは感じられる。それが勇者たちにとっては、いっそ恐ろしく感じた。

 

「みんな、ちょっとだけくすぐったいかも」

『へ――ひゃっ!?』

『っ――――これ、は』

 

 彼女たちの背へと、紫紺のアンカーが突き刺さる。けれど痛みは感じさせず、むしろじんわりと柔らかな温もりさえ――――。

 

「ついここまで来たけど、実は俺自身割と限界で」

『これなら――力が――――!!』

「怪我まで回すには、少しばかり足りなくて……ごめんなさい」

 

 砲門を翡翠が染め上げて、罅割れを補修し威力を膨らませ。

 一刀を握り締めた手首を、結晶が包み込み鋭さは更に砥がれ。

 手繰る掌を同化すれば、糸の数は増して緑の光は尚も眩しく。

 へし折れていた大剣は巻き戻り、重量と破壊力は以前以上に爆増する。

 

「せめて……――――武器の修復と強化ぐらいしか」

『いやすっごい助かります!!!!』

『痒いところに手が届く後輩かーーーっっ!!!!』

 

 一つの要素で天秤は変わるのだから、だからこそ、形勢は決定的に裏返る。

 先までとは逆方向の未来へと向かって、少年少女は走り出す。

 太陽は少しずつ軋んで、少しづつ亀裂を入れていく。

 

「結城、約束を守れなくてごめん」

『……』

「……結城は俺を、俺として見ていてくれた」

 

『郡くん』と呼んでいた。友人へはフレンドリーに接する彼女にしては珍しく、カズキへは徹底して名字での呼称だった。

 初めは差別化のためだと考えていた。彼女にとって『かずき』という音の響きは大切な宝物だから、別人へ使うことに対する抵抗もあったのだろう。だが理由はそれだけではない。カズキはそれだけだと思い込んでいたが、それだけではないのだと気づける余裕が今は在る。

 進む先を分からない少年が。迷うことが無いように――――『君と真壁一騎は別人で、郡カズキは郡カズキという()()()()()なんだよ』と、優しく諭すように。

 

「俺が俺を得る切っ掛けになってくれて、ありがとう、結城」

『…………――――――――っとっ、私のこと、かっ……』

「……結城、お前っ――――ああ、そうだ。ありがとうな」

 

 触れることは無い。今は――今より先はともかく――――時間がもったいない。

 ただ一つの決意を刻み込む。忘れることはしないと、心に宿す。今はそれだけで。

 

「決めよう」

『ええ……ッ! ここが、真の正念場――――!!!!』

 

 勇者部六人目の部員が、肩を並べて太陽へと衝突する。

 数なら槍が一本。人数ならたった一人。たったそれだけの衝突で、あり得ないほどの音が空間を抉り、あり得ないほどに太陽の威光は大きく抉られた。

 そして、結城友奈の隣で槍を突き立てるカズキは、左腕を彼女の肩へと置く。

 

『! ……――えっ、と……っ! ――そのっ――」

「大丈夫だ」

「……」

()()()俺が何とかするから」

 

 力は伝い、流れて、結城友奈の拳には結晶が華咲く。

 

「みんなの日常(いつも)を取り戻そう」

「――――うん!!」

 

 押し出すだけに使われていた腕は、輪郭をぼやかせて風を切る。片腕だけの連打は、されど両腕が揃う以上の破壊を繰り広げて。

 閉幕へと状況は辿る。

 

『もうっ、限界……!!』

『余裕なんて誰も無いわよ……! だからっ――――郡に合わせる!!』

『異論なし! 頼んだわよカズキ!!』

『先輩っ、思いっきり!!!!』

 

 後輩から思いっきりときたのなら、期待以上に応えてみたい。

 

「分かった」

 

 嬉しい、頼られていることが。安堵した、怖がられていないことが。

 世界を壊しかねない暴虐は、さも足元を揺らがせる不安を与えただろう。憎しみを叫んで、振り回して、あまつさえこの手が近しい者を貫き抉る瞬間だって見せつけてしまって。

 それでも、信じてくれていたから。

 だから結晶は灯る。故に命は輝く。

 命の色は轟々と槍へ宿り、仄かにフレームを軋ませて。

 

「……――――」

 

 この()()、少し、想いを馳せる。

 敵を討ち倒し、日常へと舞い戻る後を考える。

 怪我も無く、予後不良も無く、ただ一つの厭う重荷も無く。ただあるがままに日常を謳い、ただ思い思いのままに日々を歌う。

 平和を守り、平和を抱き、平和の心を保ち、まっさらな平和の只中で、うつらうつらと、寝惚けるような陽気に晒されて。眠りこけてしまう暖かさの中で、本当に居眠りをしてしまうくらいの優しさに触れて、蒼い穹の元で生きて()()

 ――授業中に上の空。窓の外を見上げて、教師に注意されるカズキを、仕方なさそうに笑う結城と東郷。呆れてため息を吐く三好。きっと授業が終われば、厳しい小言とチクリとする苦言を一つづつと、桜色の共感を一つ得るのだ。

 ――部活中には先輩には事あるごとに女子力で競わされて、後ろには苦笑いで姉の非を謝る犬吠埼。別段、勝ってもいいし負けてもいい。どちらにせよ、笑顔で終われる未来なのだから、カズキはそれが一番良い。

 ――乃木はきっと転校でもしてくるのではないのだろうか。三ノ輪も伴って、勇者部のメンバーは二人増えて、きっと歓迎会でも開かれる。カラオケに行って、乃木の破天荒さをみんなで知ってしまうのだ。三ノ輪は三好と波長が合うような気もする。男勝りな気の強さは、両者共にベクトルが違うモノだが、通じるモノもきっとある。

 

「――――――――」

 

 ――そうして、自分は家に帰って、()()に、『ただいま』を言って。

 

「――――――――――――――――っっ」

 

 たまには刹那を全力でもいいし、しょっちゅう安穏をゆっくりとでもいい。隔絶した空白の無い、緩慢とした連続性の中で目を覚ます朝――――明日の平和を保証しなくても、安寧が続いていく未来を漠然と信じられる夜。一日の始まりと一日の終わりが、決して脅かされることのない不可侵の繰り返しであること。それが一番いい。

 脅かされる怯えの気配を感じない世界――それが真の平和。

 だから、思い描くだけでもしあわせになる光景が広がって。

 だから、心に翳すだけでもあたたかくなる風景は胸いっぱいに。

 けれど、馳せる想いを――――そこまでに停めた。

 ()()()を想起しないよう、自分の心を嗜める。

 

『――カズくん!!』

「大丈夫だ」

 

 優しい少女を一言で止める。

 泣きそうで――訂正、泣きべそをかいてくれた、その優しさは――ああ、確かに一人の人間だった。

 熱くて暖かい雫が、ほほをつたっている事がよく分かる。そんな震えた声は、淋しく祀られる神輿の道具ではなく、おひさまの雰囲気を八方へ振り撒く一人の少女のモノ。

 けど。

 

「たくさん優しかった」

『カズキ君――?』

 

 その優しさは、自分にはもう充分なのだから。

,

「たくさん嬉しかった」

「……ぁ、あのっ、……アナタっ、は」

 

 この嬉しさは、自分にはもうお腹いっぱいだから。

 

「たくさん……幸せだった」

「アナタのっ! ――キミの、名前……なま、え……――っっ!?」

 

 ここまでの幸福は、自分にはあまりにも身に余る。ついつい溢してしまいそうになるくらい。

 持て余すのは、あまりにも、もったいない。

 せめて自分以外の誰かへ齎してあげてほしい。そうすればきっと、幸せな世界は巡っていくのだから。

 

「だから、いいんだ」

「――ず、き……か、 き……、……かず ……ぁ、――――あぁ!?」

 

 だから、それでいい。

 ()()()()()()のではなく、それがいい。

 そう言える自分を得られたのだから、それでいい。

 

「俺が、それを選んだから」

 

 引き摺りそうになる心を振り払う。

 槍が二つに割れた瞬間、五色の輝きが伴って。

 憎しみの太陽の光量を通り越し、やがて地獄を撒き散らす超熱は放散していく。

 

「俺は――――ここにいた」

 

 命を殺す光は収まっていく。

 日常の光が、戦場を押し退けて戻っていくのには不要な敵対者を塗り潰して、領域から消滅しては去っていく。

 

「たしかに、ここにいたんだ」

 ――また、泣かせちゃうのか。

 

 きっと、その未来に()()以外の欠けは無く、平和の悉くも守り通す。

 白くぼやけた光が強く、視界を眩しく少女たちを遮り――――――――――――昨日の、そしてこれまでの日々が、何も知らない普通の男子中学生でいられた頃の光景が目に浮かぶ。

 眩しくなるような憧憬が捨てがたくて、手を伸ばそうとして瞬時に気づく。

 それがいわゆる幻覚の類なのだと。

 不思議と底から自然とカズキは笑って(雫がこぼれて)、幸せなアルバムを閉じた。

 

「カズキ――――――くん!!!!」

 

 手遅れと知って、手を伸ばした者もいたかもしれないが。

 その行為に、意味の欠片すら灯せない。

 

 

 そうして、日常は再びやってくる。

 世界をその場凌ぎでも救った。その代償に、少女達は少年を待ち続ける。

 それがどうした。

 だって重要度が違う。世界という大きな枠組みなんかより、少女達を犠牲にする方が安上がりだ。しかも少女達には何の危害も無い。ただ待ち続けるだけだ。雨の日も風の日も雪の日も、春も夏も秋も冬も、ずっと英雄を待ち続けるだけだ。

 それだけで済むなら、こんなにも正解な選択肢はあるまい。

 疎外と孤独を振り払えた、優しい英雄が欠けていようと、偽りの天蓋は例外なく。非情なまでに平等を気取って、狭く苦しい世界を照らし出す。

 本物のソラは――――蒼穹(蒼い空)は、未だ人類からは遠かった。
























 世界にとって、民衆にとって、何よりも正しい選択肢。その果ての結果。
 けど、それは、報酬とは違う。
 命を削り、涙を凝らし、運命を涸らし、永く続いた螺旋の只中で戦い尽くしたが故のご褒美などではない。このままで残ってしまうのは、ただの無情無味の無機質な結果だけ。
 このまま行けば、空虚が残るような結果だ。少なくとも私はこの先の未来をそう考える。
 だから。
 苦労をしたのなら、見合った報酬がなくては――報われなくては、何のために。
 だからここで、私は考える。
 彼は選択した。けれども、その選び取った結末には、何一つのわだかまりも無いのだろうか。
 もし、もしも彼が本当に後悔が無いのだと言えたなら――――悲しいけど、とってもとっても悲しいけれど、彼が尽き果ててまで求めようとした平和を尊重しよう。
 私は彼のお陰で生まれることが出来たから、彼の為に出来ることは何でもしてあげたいから。
 でも――――もしも。
 ここまでは私の答えであり――違って欲しい願望。
 でも、もしも――――だが。
 彼がもう一度、()()()のなら。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。