郡カズキは英雄である   作:真の柿の種(偽)

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 カズキが追い求めていた前任者。それを物語るのである。


真壁一騎の章
運命の呼び声


 カズキは、力が強すぎた。

 ザインだけ――ニヒトだけ。それが今まで。

 一つだけだから、恐れられてはいても、その恐れは極端なものではなかった。

 だから彼は、郡カズキは。

 強すぎたから、カズキはその多くを取りこぼした。

 メモリージングの応用による事前学習。それにより目を覚ました時から、全てを理解して然るべきだというのに、彼は強烈な偶発で、存在と虚無を手にした。

 手にしたから安定も欠き――――彼の時間は初めから少なかった。

 平均なら――平均を出せる程に積み上げたのは、言うまでも無く――十年。

 下回って八年。上回って十二年前後。それが『パペット:Sal』に与えられた生存限界。

 そして、郡カズキは、ザインとニヒトを手にしたからだろう。

 彼には――――――――――――三年。

 日数にして、1096日間。時間にして、8760時間。

 たったそれだけの日々が、カズキに分けられた時間で――実際に彼が生きた時間は、それよりも短い。

 考える。何が出来たのか。何をしてやれたのか。何をあげられたのか。考え続ける。

 ――英雄から分かたれた少年らは、その命を終える時、魂はザインとニヒトへ還る。二機を覆う結晶体も、あの日に体積を増やしている。

 ゴルディアス結晶に酷似した、されど全く異なり、竜宮島のミールとも独立した情報集積体。

 増えた量はちょうど一人分――には何故か足りておらず、けれどあの日を境として、徐々に、遅々として増え続けている意味は果たして。

 しかし確かなのは、カズキの命はその結晶に――()()ザインとニヒトの中にいる。

 だから私は、ここにいる。次に生まれてくる命は、()()()じゃない。

 でも私は、ここに居続ける。

 夢を求めて。幻想を夢見て。幻に苛まれて。

 

「カズキは……ここにいる」

 

 私はどこにも歩けない。

 前がどこに在るのか分からない。

 

「ここに、いる……のにっ――――!」

 

 希望の光が彼だったなら――――じゃあ、もう、どこにもいけない。

 

 


 

 

 もう、全部を知っていた。

 全部とは、何もかもだ。

 自分の生まれた意味、理由、目的。

 自分以前の末路がどうだったのかを、自分は知っていた。

 望まれた双極が生まれるまで、自分達は積み上げられ続けられる。積み重ねて、身に余るを求め続けて、いつか人類を真の意味で救済する為の足掛かりを作り上げる。

 生きたまま糧へ。もしくは、屍を生み出し続けてその手をより高くへと伸ばす。

 運命の呼び声が――――少年の目を覚ます。

 

「――――、――!」

「……ぅ……」

 

 結晶の欠片が、床へ着いた膝に食い込む。光が眩しくて目を細め、凝らす。

 初めて空気に触れた眼球が、ヒリヒリと乾いてくる。害のある空気ではないだろう。けれど初めて感触に、不快よりも感動が先んじた。

 液に濡らした全身に、ひんやりとした空気が張り付いてくる。外気で乾く肌の産毛が、慌ただしく歩き回る周りに煽られて。

 液体の中でじっとしていたからなのか、髪が濡れていると重たさを感じるらしい。

 前髪から垂れる水滴一粒、たったそれだけが落ちるだけで、涙腺は限りなく緩んでいく。

 白い素肌を晒し切ったその存在に、布一枚を被せてくれた優しさに、少しだけ戸惑う。

 

「……ぁ…………と、に」

「――! ――――?」

 

 声が、聞こえない。

 耳孔に詰まった水が、誰かの声を遮ってしまう。

 でも、誰かが喋りかけている。自分へ向けて、自分の存在を認めて、話しかけてくれている。何も分からない、何も聞こえない、何も感じないまま眠っていた時に比べれば、意味を紡げない空気の震えでも、少年の形をした存在は、胸が暖かくなる。

 静かに、無意識に動いていた呼吸は、肺へと冷ややかな空気を送り込んで。

 まばたきよりも小さな音で、その存在は叫んだ。

 

「…………そと――を、み……た……い」

「!! ――、――!」

 

 ぼやけた人影が、ぼやけた声が、その願いを汲み取ってくれた。

 自分へ近づこうとする周囲を、まるで忌々しそうに押し退けて、彼女は自分の肩を抱き締め――――――――景色が、一変した。

 薄暗い地下から、陽の差し込む世界へと。橋の上、瀬戸内海を一望できるこの場所は、確かに少年の願いに沿うなら打ってつけの場所。

 瞬間移動、テレポートとも呼ばれる現象に戸惑いすら覚えず。ただ、ありのままに世界をその目に灼きつけた。

 次の瞬間には尽き果てたとしても、後悔しないように。

 

「……くうき」

 

 不思議な香りが鼻をつく。

 ぬめる匂いだけが詰め込まれた結晶体だけが、自分の全てだった。だからその正体が、潮の香り――海の香りだとは知らなかった。知らなかったから、ただただ、新鮮さだけを受け取っていた。

 

「いのち」

 

 自分を支える手は、自分と同じくらいの大きさ。

 震える膝は、その支えが無ければたちまち崩れ落ちる。何を想ってかは分からない。彼女が誰なのかも、まだ認識は出来ない。でも、その手付きは、壊さないように心掛けているような、気がした。

 真実か偽りか定かでなくとも、胸の内側に広がる光は確かであることを感じた。

 息をすること。息をはくこと。

 心臓が、どくどくと高鳴っている。血液はいのちを運んで、身体を動かす手ごたえを学習していく。

 

「………………――、――――」

 

 涙が、こぼれて――――こぼれて、こぼれおちて、いつまでもとまらない。

 光が、うつくしかった。陽が、うつくしかった。

 雲が、うつくしかった。影が、うつくしかった。

 海が、うつくしかった。水が、うつくしかった。

 目にうつるもの。耳にきこえるもの。肌でかんじるもの。鼻にとどくもの。舌につたわるもの。

 空気が、なにもかもをはこんでくる。命が、なにもかもをかんじとる。

 涙で霞む以上に、視力は鮮明さを宿していく。見える世界が広がるほどに、涙はどんどん世界を歪ませていく。

 誰にも言われない。誰からも示されない。誰からも、強要はされていない。そう感じろと植え付けられていない。だって、製造目的を思い返せば、感傷は無駄だ。景色なんかに想いを馳せてどうする。どうなる。そう長くは無い命が、心遺りを持ったとして―――――。

 ああ―――――やっぱり、意味が無い。

 けど。

 でも。

 それでも、そう思ったんだ。

 自分が――そう思った。

 自分が――自分だけが。

 ――――自分から生まれた意志で、こう思った。

 とうめいなことば。とうめいなおもい。とうめいな、こころ。

 

「きれいな、そら」

 

 そう、感じた。

 蒼く、碧く、青く、どこまでもうつくしくて、やさしい空。

 これから先、どんな運命が訪れても忘れることは無い。

 知れることへの感謝を、触れられることへの感謝を、手を伸ばせることへの感謝を。

 ――生きることへの感謝を、忘れやしない。

 

「俺は、ここにいる」

 

 世界へ産まれる祝福を、自分は――――()()()()は忘れない。

 真壁一騎は最期の時まで、この世界を祝福し続ける。

 

 

 神世紀――――――――298年

 

 青、赤、紫。

 三色の彩りが花咲き、それを見送って端末を指でなぞる。

 神経に、大きな力が繋がっていく。バチリ、ガチリ、脊髄に機械をボルトで埋め込んでいるような、言いようの無い不快感と強烈な激痛。電撃が末端へと巡り、自分の細胞が死んでは生き返って、生き返っては死んで行って、人の細胞は人ではない無機質に置き換わっていく。

 自分が、自分ではなくなる感覚。

 千景に前もって教えられていた、()()()()()()()()()()()。染色体が変質し、行き止まりが近くなる、初めての痛み。

 

「……ッ」

 

 瞳が、薄水の色に浮かされる。

 こみ上げる常識から外れた力が、全能感を叩き起こす。

 

「来たな……!」

「……御役目、必ず果たして見せます!」

 

 色彩の広がる根の森。樹海と呼ばれる世界。守るべき世界を庇護する為、箱庭に敷かれた加護のフィールド。

 これがある理由は、一重に世界が危機に晒されている事と同義だ。

 だから一騎はここにいる。戦うために、そのために一騎はここにいる。

 そこに疑問は挟まず、厭う心はない。

 戦うために生み出されたことを知っているから、『パペット:Sal(自分)』は戦う。それ以上に、自分に出来ることがあるのなら、やり遂げたいから。

 それが、自分が生まれることを許してくれた人へ向けた、自分に出来る恩返し。

 

「がんばろっ、ずんくん~」

「乃木……お前は、いいんじゃないか?」

 

 でもそれは――御役目などと御大層にお題目を掲げてまで、無垢な少女を巻き込むようなものなのだろうか。

 

「? 何が?」

「三ノ輪も、鷲尾も……戦う必要なんかない」

 

 ()()()()()()()()()一騎はともかく、三人はそうではない。

 たまたま戦えるだけの、普通の少女達だった。自分のように造られた運命と必然ではなく、彼女らはまったくの偶然なのだ。『適性があるから』という理由は、大人ではなく子供を戦場へ駆り立てる理由になるのだろうか。

 ――子供は未来だと、この平和の箱庭の中で人は言う。

 未来を矢面に立たせて、未来を使い潰して、彼女らのような小さな背に守らせて――――何か、思うところは無いのだろうか。

 

「俺がやる」

「やる気満々だな! ……って感じでもないか」

「違う。俺がやれるから、俺がやる。……お前らが戦う必要は……きっと、無いんだ」

「だから……あなたが一人で戦うってことですか?」

 

 水瓶が進むごとに、色とりどりな景色は焼けていく。それに伴って下地となる世界も同じく、カラフルモザイクと共に灰となる。

 進ませること自体が、世界へと無視できない圧力をかけていく。のんびりと話している暇も少ないだろう。

 

「ああ……俺は、そのために、ここにいるから」

「ちなみにこれ、ずんくんの口癖で~す」

「……茶化さないでくれ、乃木」

 

 自分が何故ここにいるのか。自分は何を成すためにここにいるのか。そんな存在するための理由(レゾンデートル)は、何度再確認しても不足することは無い。これから先も、何度も何回も、自分はここにいることを選んだ意味を確かめ続けるだろう。それを女々しいと言いたいのなら――そうなのだろう。

 だから自分は、何度でも言い続ける。

 だから自分は、何度でも選び続ける。

 

「とにかく……俺は……――俺がやる」

「へー、そうなのかー……よっ、ほっ」

「~~♪」

「……耳くらいは傾けてくれ」

 

 三ノ輪は生返事で屈伸等の準備運動を。乃木に至っては、一騎の言葉の何一つもがすり抜けて鼻唄を上機嫌に。

 聞くつもりはないと、そういう事でいいのだろう。

 

「私だって御役目に選ばれた――――立派な勇者です」

「鷲尾」

「英雄の力だか何だかは知りませんけど……驕っていれば、足元を掬われますよ」

「……」

 

 そう言って、鷲尾は高所へと移動し始める。

 こちらへ一瞥もくれず、走り去っていってしまう。

 

「……もしかして、嫌われたのか?」

「そんなずんくんにはわたしがいるんだぜぃ? 寂しけりゃわたしの胸へ、れっつかも~ん、えゔぃゔぁ~でぃ~ッ!」

「あはは……ま、これからの付き合いになるんだし、根気よくな」

「だよな……よし、とりあえず――」

 

 槍に結晶を纏わせれば――手首から先が、溶解する痛みに覆われる。

 バーテックス=フェストゥムの背後からは、途方もない悪意を感じた。憶えのある敵意。『真壁一騎』と『皆城総士』から残された記録と照らし合わせて、当て嵌まる感覚もある。

 爛れた火傷痕にも似た、灼熱と醜悪の悪意。

 アレを相手取るのなら、自分以外には荷が重い。

 

「勝とう」

 

 初陣からして、死を決しざるを得ない大敵へ向けて、大気を引き裂き、その身を一条と化す。

 白一色の流星。黄金の悪意。その二つが、敵意を殺意へと変えて突き付け合う。

 こうして戦争は再開された。互いを否定し合う事しか知らず、悲しみの末路を呼び込む戦争。

 終わりも見えず、けれど暗闇の中で路を進んでいく。

 小石に躓いて、木々に肌を裂かれて、段差に転んで、底なし沼に未来を奪われていく路。

 憎しみと戦い、憎しみに殺され、憎しみを癒す方法を見つけることも出来ずに、希望を闇雲に求め続ける愚かな旅路。

 この戦いは、この幕間は、数百年と続く旅路の隙間でしかない。

 間に合わせの戦記に、大きな価値は無い。対局を思えば、どうしても価値は霞んで――――ここだけを切り取れば、悲惨な末路だろう。得るものは無い。繋がるものも無い。大きな一つを喪い、小さな多くを失う。

 それが、四人の戦い。

 未来に持ち越して、未来で癒やす。

 痛みの物語。

 

 

『何も無ければ……十年は、生きていられるでしょう』

『じゅう、ねん』

 

 茫然と、啞然と、呆然と、()()()()()という文字列を口の中でなぞる。

『遠見』と名乗った彼女は、白衣をまくった腕を震わせて、カルテを握り締めている。

 

『……思ったよりも、長いんですね』

『っ――……もっと、延ばす(すべ)はあるの……! 戦わなければっ――一度でも、ザインと繋がらなければ!! 十年よりも長く!』

『そっか……そうなんだ』

 

 延命のために、その手段と理論を模索し続けてくれていたのだ。

 より戦うため、長く戦い続けるため――――もしくは、戦わない選択をしたとしても、日常をより長く謳歌させてくれるため。

 人形としてだけではないことが、とても嬉しかった。

 ――それが、この世界に目が覚めて半年も経たず頃。

 そして――今。

 

「やはり、今回の戦闘を経て……染色体の変化が、見られます……」

「……そう」

「そうですか」

 

 お通夜状態とは、なるほどこの空間だ。

 千景に付き添われて、遠見先生からの診断結果を耳へ入れていく。

 

「遠見先生」

「……何かしら、一騎君」

「率直にお願いします」

「……」

 

 遠回しに話し続けるのもそうだが、一騎がこの場にいるだけでも居たたまれない思いもあるのだろう。彼女も辛いし、千景も苦しいだろうし、何よりカズキもここには何となく居づらい。早めの結論を聞いて、家に帰ろう。

 自分の生存限界は、果たしてどこまで持つのだろうか。

 

「このままなら……二年」

 

 二年。二年、だ。

 二年あれば何でもできる。四国中を一周できる。美味しいモノを何でも食べられる。料理のレパートリーもどんどん増やせる。乃木にも相当な回数、振り回されるだろう。絶望することは無い、知っていたから、()()()通った路だから。

 でも、高校生にはなれない――――どころか、中学生も卒業できない、らしい。

 十年が二年だ。それは、なんというか。

 

「……ってことは、五分の一、か――――意外と……残ってるんだな」

「一騎君……」

「…………っ」

 

 絶望は無い。

 答えを知っていたように、千景は身動ぎ一つ見せない(唇を噛み千切って)

 初めて答えを知った一騎は、まるで知っていたような態度で、けれど少し困ったように頭を掻く。

 

「この先も戦えば、それだけ……一騎君の時間は……」

「それよりも、あと何回戦えますか?」

「――――それよりも……って……! それっ……は…………っ」

 

 言い淀んで、カズキの後ろの千景を見た。

 痛々しく、悲観の眼差しは、優しさを自罰に満ちて――――。

 

「お願い……一騎には、全部を教えてあげて」

「っ…………私見ではありますが、よくて四度……消耗によっては三度が限界と、考えます。……そこから先は……」

「そうですか」

 

 絶望は無い。

 そもそもとして、扱う力が上等にも程がある力だ。ザインをファフナーとして駆っていた()()の真壁一騎も、常にその命を蝕まれながら戦い続けていた。その記憶を記録として持ち合わせている自分は、その程度は予測していた。これもまた、知っていたのだ。

 戦えば刻限が近づく運命。だから必然だ。

 必然として戦場に立ち、運命として戦うことを選んだ。其処に後悔は無い。

 絶望なんて、する訳が無い。

 

「……聞けて良かった」

「一騎君っ……」

「ありがとうございます、遠見先生」

 

 聞けば彼女は、『島』の末裔だという。

 遠見家。かつての想いを、理想を、信念を継ぐことを一心に続く家名。

 遠見真矢、遠見千鶴、遠見――日野弓子。

 戦士として、そして戦士を支えるため、島に力を尽くし続けた名の筆頭。『島』で唯一の診療所であり、島民の命を保つことに力を尽くした優しいひとたち。時には銃を、時には薬を、その時に見合った手段で、島を守るために不可欠だったひとたち。

 そして、今一騎の前で涙を堪える彼女は、確かに――その姓と共に、その心も受け継いでいるのだろう。

 

「遠見先生がいなかったら、きっと俺は、そんなに戦えなかった」

 

 戦うために生まれたのに、その理由を果たせずに絶えていただろう。

 だから。

 

「せっかく生まれたのに戦えなかったら、俺にはそっちの方が苦しかったんだ」

「――――、っ――、――――」

「俺を戦わせてくれて、ありがとう、遠見先生」

 

 記録や記憶が多くあったとしても、やはりまだまだ、自分は生まれて間もない子供でしかない。

 なるべく心を痛ませないように、心の限りお礼を言ったつもりだった。

 なるほど、こうしたら、優しい人を泣かせてしまうらしい。それを一騎は、今知った。

 

 

『真壁一騎だ』

『……すー……すぴぃ~……』

『? …………あれ……この子、二秒前まで起きてたよな……?』

『私は彼女の両親と話してくるから……えっと…………』

 

 熟睡の気配がする。自己紹介の流れだったような気がしたが、乃木家の箱入り娘にかかれば、そのような常識的な流れはぶん投げるものらしい。

 肩透かし、というやつだろう。女子の心は気まぐれだと聞きはするが、こうまで予測不能のデタラメさは、きっと彼女自身の持ち味なのだろう。よくよく見れば、なるほど確かに、無邪気な寝顔は育ちの良さを感じさせて、愛らしいという表現がぴったりだった。

 初対面の異性の目の前で、こうも無防備でいられるのは、ちょっと問題視するべきなのかもしれない。

 

『……仲良く、ね』

『は、はい……』

 

 助けを求めた視線を、すり抜けるように千景はその場を後にする。千景もまあ――『真壁一騎』や『皆城総士』と似て、人間関係は得意としていない。ましてや一般の内に入る存在ならともかく、この少女は、その、ちょっと別格だ。出会って十分も経過せずだが、その結論はすぐに出る。それくらい強烈な存在感だった。

 少し――少しだけ、自分の中の『真壁一騎』と『皆城総士』が、彼女に不思議な懐かしさを感じるのも、気になる一因なのだろう。

 

『……』

『……ぷぅ~……くかぁ~~…………えへへ…………もうかくごぉ……しろぉ……いぃ…………』

『ベタな……いやベタより全然違うな』

 

 デフォルメが尽くされた人形に抱き着いて、頬擦りが止まらない。摩擦係数はドンドン高まっていく。火傷しないのかなこれ。

 

『……』

『でゅう…………でゅん……まけへんでぇ…………くふぅ……すんやぁ~……』

 

 案内された部屋模様は、明らかに彼女の私室だ。通された以上は他の部屋へ移るのもどうかと思うし、されど暇を潰そうにも、部屋の娯楽物を勝手知ったる感覚で触れる気にはならない。

 仕方なしに、部屋の隅へと座り込む。

 

『待つか』

『……』

 

 幸い、開いた窓から差し込む風は心地が良い。

 なにより、空が見れるのがとてもいい。示し合ったように快晴なのも、とても素晴らしい。

 

『……』

『……』

 

 十五分ほど。

 

『…………』

『…………』

 

 三十分ほど。

 

『………………』

『………………』

 

 そして、一時間。

 

『……………………綺麗な、空』

『……………………だよねぇ』

『分かるのか?』

『うん……ずっと、みてられるんよ…………あっ』

『……――――おい』

 

 初会話の成立は、空が切っ掛けだった。

 

『…………いつから起きてたんだ』

『……えへへ……ついさっきね――あっ』

 

 二回目のその声は、腹部から鳴る催促と共に。

 

『眠るのにも体力使うもんな』

『てへへ、おはずかしいお話でぇ……』

『そういえば……もう昼か』

『うんうん、よく寝た後にはよく食べないと――なので、一緒にどーお?』

『ああ、俺、も……――――お腹、減ったからな』

 

 目を、少しだけ逸らして彼女に同意した。

 のしのしと音を鳴らして、彼女は意気揚々と部屋の障子を大袈裟に開く。

 廊下へ出る、その少し前に。

 クルリと振り向いて、彼女はこう言った。

 

『私はね、乃木園子っていうんだ』

『のぎ、そのこ……乃木、園子、か。憶えた』

『あなたは? あなたの名前は~?』

 

 にこにこと、陽射しのような――おひさまのような、やさしい黄色の笑顔。

 陽気な風のそよぐ、暖色の花畑。

 

『わたしね、あなたのことがすっごく知りたくなっちゃった!』

『……知っても、良いことなんて無いかもな』

 

 だから、怖くなった。

 寒気が一瞬だけ、背筋を通り抜けた。

 誰かを愛すれば、誰かを愛しても、遠くない未来に失くす。

 失くなることを知っているから、途方もなく、身体が震えるような気がして。

 でも、未来よりも、いま、この瞬間に、願わずにいられなくて。

 

『そう?』

『……ああ』

『でも、空がきれいだって、思うんでしょ~?』

『――――ああ、思う』

 

 それを言った途端、その笑顔はより明るくなって。

 

『ならわたしたちは、もう友達だよ』

『……』

『ねっ? ……それとも……()()()()わたしと、友達には、なれないかな……?』

『そんな、ことは……………………マカベカズキ』

 

 光が曇るのは、いやだった。

 

『ふぇ?』

『自己紹介。……俺の名前は、真壁一騎だ』

『……!』

『好きなことは料理。嫌いなことはまだない。最近陶芸を始めたけど……中々難しくて、失敗ばかりだ』

『うんうんっ! それでそれでっ!?』

『歳は……同い年くらいだ。それで……最近は、楽園って喫茶店でバイトしようかと悩んでる』

『おおーっ! 同い年より一足早く社会デビュー!? かっこいいー!!』

 

 二人並んで歩く。

 飛び跳ねる箱入り娘と、自分の語れる部分を必死に探す少年。周りを気にかけず、空かせた腹を満たしに歩く。

 周りから向けられる視線には――不穏は無い。大赦から向けられる視線には、少なくはない嫌悪が含有していたが、この家に来てからその手の重たい視線はめっきり減ったと感じる。

 

『それで……それで――――俺は、乃木の友達だ』

『……うん――――――ずんくんっ!』

 

 真壁一騎の初めての友達。

 文字通り、一生涯の共になる。それを一騎は、無意識のうちに確信していた。

 

『じゃあずんくん、何か……得意料理を作ってほしいです!』

『……カレーの材料あるかな』




 てなわけで、『真壁()()』の章、始まる。
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