――――――――代わりに白光の流星が散るから。
「……っ……――――、」
手を大地へ添えて、力を流し込む。
灼けて広がる根の下には、守る対象となる大きな人の鼓動を感じ取り。停止した平和の中の息吹は、手のひらにじんわりと伝わって。
焼けた地を瘡蓋のように覆うのは、
咲き誇る神々しさで塞がる大地の下、樹海の中に感じる欠けた形の命。目的の対象は無視して、効率よく取捨選択を行わなければ一騎が保たない。だから欠けた者達以外には目を向けず、削れた命だけに向けて、一騎の命は潤いとなって浸透していく。
一騎の力は優しい翡翠の色となって、カラフルモザイクな世界を覆っていく。
「わぁ~、きれい~っ!」
「これ……全部、真壁が……?」
時間は少し必要かもしれないが、その猶予を神樹は待っていてくれるようだ。
鎮花の儀の後だというのに、樹海化は解けていないのがその証拠。
「……何をして――きゃっ!?」
「うおっと、アタシ達までっ!?」
「暖かい……――ずんくんみたい」
傷ついた大地を癒し、傷ついた命を癒し――少女たちも例外ではない。
肌にも――――傷にも咲いていく。暖かな色が、傷ついた体組織を埋めていく。
傷は痛まない。焼けた肌、裂けた皮膚、青く腫れた内出血。怪我を沁みさせる事はなく、生きた身体を腐らせる要因全てへと、限りない癒しを注ぎ込んでいく。
「彼は何をしているのっ!?」
「大丈夫だよ~、鷲尾さん」
「園子は知ってるのか?」
「知らないよ?」
「知らないのに大丈夫って!?」
ほぐすように、しみわたるように。
「知らないけど、分かるんだ~」
「怖くないんですか、こんな、得体のしれない……」
「ずんくんみたいに暖かいし、そんなに悪いものじゃないと思うよ?」
結晶が弾けて砕けて、晒された根の大地は元通りへと。
砕けた際にも強い衝撃は無い。落ちていく結晶の欠片も、はらりはらりと、彼女たちの身体を傷つける前に大気へと溶け消える。
その肌には、血でにじんだ傷など無い。傷の痕も残さず、その傷は全てを癒し尽くした。
「ねっ?」
「……真壁君のこと、よく理解しているんですね」
「一年くらいの付き合いだったかなぁ~」
「しっかし……すごいな真壁は! 樹海まで直しちまった!」
三ノ輪の声は、静寂の樹海にはよく通る。その方へと目を向けようと、立ち上がって――眼が、眩んだ。暗んだ、とも言える。
視界は狭窄する。世界が抉れていく。力強く敵へと膂力を奮っていた手足は、加速度的に力を失っていく。
ザラザラとした砂嵐が脳内で響いては、頭蓋の内を削り続ける。
やすりのように、神経をひどく傷つける。
痛い。傷む。イタイ。柔らかい部分を、冷たく硬質の錆が抉っていく。切れ味悪いカッターが、自分の生きている部分を壊そうとして。張り裂けそうで、砕け散りそうで、灼け付きそうで、赤く白むまで熱した釘を打ち据えれば、きっと、こんな痛みと苦しみが張り付いて来る。じゅうじゅうと肉の焼ける匂いが、脳幹へ食い込んでくる、気がした。
気がして、けれど穿たれたその痛みはもうしようもない事実であり、
「ずんく~ん!」
「カッコよかったぞー!!」
「…………」
全てを、守れたのだ。
そのためにここにいた。自分がここにいる
全てを守るためにここにいた。ここにいたから、自分は彼女らを守り抜けた。世界を、彼女らの日常を、この手で憎悪から守り抜けた。
消耗品。量産品。模造品。複製品。贋作品。そして、次の世代へ繋げるためだけの電池。何度も残酷な事実を反魂しようと、これっぽっちも絶望は生まれない。価値の再確認は回数を重ねるほど、己が戦場に立つ理由を補強するだけだ。
渇望された
――景色は変わり、色彩だらけの世界は、大橋を一望できる祠へと切り替わる。
「戻ってきた、――」
「へぇ、学校に戻される訳じゃないんだな」
痛みに満たされた体は、息を吐き出す。
「――……、っ……ぅ……」
「おぉ~! 橋がきれいなんよ~!」
噛み殺して、止める。額から吹き出る汗を、気付かれないように拭って。
「みんな生きてて、良かった」
「そりゃもう! 真壁のお陰で無傷の凱旋だ!!」
「本当に怪我は無いのか? 気が付いてなくてとか……治し切れなかったりとか……大丈夫か?」
「うん、大丈夫だよずんくんっ」
自分の――英雄の力を疑う訳では無いが、それでも物事に絶対など無い。なにしろ自分だけ訓練も無く、ぶっつけ本番で力を使ったのだ。
ここは口うるさかったとしても、何度でも言い含めておこう。
「念のため、メディカルチェックはちゃんと受けておけ」
「は~い」
「了解であります!」
「……」
返事は一人分だけ欠いて、それが妙に気になった。
「……鷲尾は、大丈夫か?」
「……貴方に言われなくても分かっています」
本当に自分は嫌われてしまったのだろうか。
何か自分は、失礼でも働いてしまっていただろうか。人生経験なんて二年にも満たない自分だから、至らない点なんて何個だって見つけられる。自分は『真壁一騎』とは違うが、しかし彼の恐ろしいまでの不器用さを思えば、自分とて失言の一つや二つでは済まないのかもしれない。
しかしその辺りはおいおいとしよう。おっかなびっくり、けれど大切なことを優先させて、再度聞いてみた。
「本当か? どこかおかしい部分は? 肌が突っ張るとか、皮膚に違和感とか、身体が怠かったりとか……他にも――」
「――結構です!」
ぴしゃりと、思わず口に出てきたといった風の印象が見えた。
そうしてすぐに、バツが悪そうに彼女は足早でこの場を後にしようと急いだ。
「……そっか」
「ぁっ…………じっ、自分の事は、自分で把握できています……」
「…………またな、鷲尾」
何かを言いたげだったような気がしたが、それを素直に口に出すには、些かまだまだ彼女には幼さが先んじているのだろう。
不快にさせたのは、申し訳ないと思う。
「……嫌われたか」
「うーん……あれはそういうのとは……どうだろうなー」
「むう~ん……すみすけとずんくん、結構相性良さそうだけど……どうだろうねぇ~」
こうして真壁一騎の初陣は終わった。
それは、つまり、一騎は、少年少女は平和を勝ち取ったということだ。
「――――守るよ」
「?」
「ふぇ?」
平和を勝ち取るために、一騎は未来を棄てた。より深く、より蒼く透明な未来へと今を受け繋ぐために、自分自身の未来を捨て去った。
未来に未知なる希望が生まれることを願い、新たなる戦いは覚悟と共に訪れた――――その日。
「三人は、俺が守るから」
少年の、最後の時間が始まった。
「どうだ一騎?」
渋くて威厳のある声。頼りがいのある大人とは、本人を
本人もそれなりに頼れる人柄でもあるからして、そういった面でも一少年として、僅かながらの憧れはあった。
彼へと返事をする前に、少しだけあたりを見回した。
「いつでもいけます」
「おうそうか。……いつものお嬢ちゃんはいないけど、寂しくないか?」
「……溝口さん」
「仕込み中もそわそわしちゃってなぁ~「溝口さん」あまりにいじらしくって「溝口さんっ」最近じゃオジサン見てられねー「溝口さん……!!」のよ」
ちょっとでも隙を見せればこうだ。この人がこうなのか、それとも歳を食えば大方はこうなるのか。一騎にはその辺りの真相はどうでもいい話ではあるが、事あるごとに揶揄われても疲労が先に勝つ。
「早く開けてきてください。もう時間でしょ」
「へーへー、かしこまりました一騎店長」
喫茶楽園。半年前まで休業していた、近代にはいっそ珍しいハイカラな雰囲気を宿す店。
午後の色をした空は、季節らしい時刻を示している。開店するにも、もうそろ頃合いだ。
なお、厨房に入れる人材は一騎のみに限られるため、必然的に土日以外は放課後の時間にしか営業しない。しかも営業日自体も一騎の予定に合わせて、ライブ感マシマシで変化していく。そんな滅茶苦茶な営業様相でお客さんなど入りやしないと思っていたのだが、これが中々どうして、リピーターに恵まれるのである。
特に土曜のランチタイムは、特に大人たちが多くて――目を掛けてくれている、とも言えるのだろうが。
「そもそもどうして俺が店長に……バイトのつもりだったのに……」
「この店はお前
聞き返されて返答に詰まった。
管理権に所有権も、千景が持っている。だから自分はそのおこぼれに預かって、我儘も通させてもらっている立場に過ぎないのに。
「別に……社会勉強の、一環ですから」
「実は満更でもないって、オジサン千景から聞いちゃった」
「なっ――……み、店っ! ……開けてきてください」
「あいよー」
手をぷらぷらと振って外へと出ていく溝口を見送った一騎。仕方なしに肩をすくめること、これで何度目だろうか。
可愛がってくれているのも分かるが、それにしてもしつこいのだ。
「はぁ……」
「ずんくん、なんだか嬉しそうなんよ~」
寸胴を緩く掻き混ぜていたら、よく聞いた声が耳に届く。
教室を出る前に聞いた声。世界に生まれてこの方、聞かない日の方が珍しい声の色だったから、自然に会話が進んでいく。
「どこがだ……呆れてるだろ」
「でも、笑ってるよ~?」
「そうなのか? …………乃木?」
カウンター越しに、にこにこと鳴りそうな笑顔が厨房へ向けて咲いている。
音も無く忍び込んできたのか、扉の鈴が鳴る隙も無かった。そんなスキルを何故持っているのか、これがてんで分からない。出会ってから今現在まで、至極謎めいた生態の箱入りお嬢様だった。
「……ああ、来たのか」
「うん、みんなで来ました~」
「みんなって……なるほど」
おずおずと、気まずそうに入ってくる二人。
三ノ輪は一騎の顔を見た瞬間に声を上げて、ついでに手も挨拶代わりに上げてくれる。この気さくな態度には、知り合って間もないが不思議と嫌味を感じない。人に好かれて、人を好く。そのような、いわゆる人誑しとされる気質の持ち主。
もう一人は、扉をくぐった瞬間に――――眼を逸らされた。
「……」
「……それで、三人はどうしてここに……夕飯か?」
「んーん。昨日の祝勝会も兼ねて、ここでお茶でもしようって――すみすけが」
「わ、私? というかすみすけって!?」
「……店に来た事、あったか?」
時に一騎が楽園に勤務するまで、この店は準備中のままだったとか。開店してからも決まった顔ぶればかりが顔を出すので、一見さんや珍しい顔が来店したら覚えている。日々の事細かい部分を忘れてしまうのも勿体無いので、なるべく全員を覚えているようにしているのだが。
それでもさっぱり、鷲尾に似た少女が来た覚えはない。何なら、この歳の頃合いの来客は、乃木と後一人に限定されるまである。
「初めてです。……私はただっ、その……親睦を深めたり……できる場所があればと……」
「鷲尾さんから誘ってくれたからさ、どうせなら四人揃ったほうがいいだろ?」
「なので私が連れてきたんよ~」
「……なるほどな」
ようやく諸々に合点がいく。大方この店を提案されなければ、イネス辺りにでも出向いていたのだろう。乃木の柔らかな強引さと、三ノ輪の和気藹々を好む性格が、鷲尾をここに訪れさせた。
祝勝会、それは満更でもない。親睦会、大いに結構。命を預け合う相手だ、相互理解なんていくら深まっても都合は良い。
けれど一つだけ、少しの不安要素もあるのだが。
「俺は邪魔じゃないか?」
「ん?」
「なんで〜?」
「いや……気不味いだろ、色々と」
視線を一騎には向け辛いのか、手持ち無沙汰に店内を見回す鷲尾。きっとお堅いのか、不器用なのか、それともどちらもなのか。
そんな彼女に一騎は、決して好ましくは思われていない訳で。なら一騎と同じ空間に身を置くことも、あまり好ましくないと考えられるが。
「うぅ……」
踏み出そうとして、内にある決意を出し渋っている。気にしいな優しさが前に出ようとして、それを抑えるのは不器用な臆病さ。けれと逃げ出すのは、頑固さの部分が足を縫い止めて。
働かせた言語化不明な領域は、そんな心を一騎に感じさせる。
「……俺も店を見てないとだから」
「あん? なら今日は閉めるか?」
「え」
「いつもの顔ぶれにも貸し切りだって俺が伝えておくぞ?」
話を聞いていた溝口が、何やらよく分からん事を言い出している。
「えっ、いやでも、いきなりそんな……」
「
「……」
大赦の者達ならともかく、ここに足繫く通うのは竜宮島の末裔であり、確かに溝口の言を否定はできない。むしろ一騎と勇者の親交を暖めるのは、推奨までするに違いにない。
『真壁一騎』、もしくは『皆城総士』のどちらかを継いだ者へ全てを背負わせるのが、『島』の方針。この方向性は初めの人形が生まれてから、『大赦』や『軍』に振り回されようとも、彼ら彼女らの祈りの形は、ずっと続いて変わらない。
それは今ですら例外ではない、のだろう。
小学生が喫茶店の店長などやれるのは、その辺りを好き勝手させてくれている彼らの厚意あってのものだ。
「ねぇねぇずんくん、ぐっさんもこう言ってるよ……?」
「……らしいな」
いつの間にか厨房へ入っては、『迷惑だっただろうか』と不安そうにして、袖を引いて来る乃木。
それがオマケの後押しとなった。
「……それでいいか? 鷲尾」
「私は、全然それでっ……!」
「決まりだな!」
「いぇ~い! わたし、一騎カレーセット食べた~い!」
元気よく上げられた手を皮切りに、空気は団欒へと一気に傾いていく。
「なんだ、結局夕飯食べてくのか」
「えへへ……うん、食べてく~」
「二人は何かいるか? 何でもいいぞ今日は溝口さんの奢りだし」
「おおっ、太っ腹! 喉乾いたし、飲み物が先かな~」
「……中々どうして、ハイカラなメニューね」
歓談を始める三人へと混ざる前に、少しだけ礼を。
「俺は先に帰るからな、一騎」
「はい。……ありがとうございます、皆さんにも、伝えてください」
「あいよ」
「あれ?」
普段なら開店時間。今日のおすすめメニューが外看板に書かれていて、ここへ来るお客さんはみんなそれを見てから店へと入る。私に限っての普段は既にカウンター席に座っていたりもするが、ここ最近はどうにも予定が合わずに、土曜日曜ですら来ることが叶わなかった。
なので今日は割と張り切って、ウキウキとも言えるくらいには上機嫌なまま足は動いていた。
動いて、こうして足を止めたのだった。
「かし、きり…………本日、貸し切り?」
「おう、嬢ちゃんか」
「溝口さん、これって……」
「書いてある通りだ。来てくれたところ悪いが、今日の所は……な?」
店の中からこぼれる声。その内の一つである少年の姿は外から見えないが、厨房からカウンター越しに蒼穹色のドリンクを差し出す腕は彼のもの。
距離が離れているからか、店の外から彼女達の顔を鮮明に見ることは出来なかったが、優しい雰囲気に溢れているのは感じられる。穏やかを好む彼の友達だと言われても、すぐさま納得できる心を感じられる。転校先でできた友達だろうか。
無粋を差し込む気を微塵も起こさせない。
「そっか……わかりました! また今度来ますね!」
「おう、そうしてやってくれ」
一瞥の寂しさはあるものの、別に彼は私が独占するなんて決まりも無い。
何より、彼に友達が増えたのなら喜ぶべきことだ。
「何しろ一騎のヤロウ、友奈ちゃんがいなきゃ寂しそうで見てらんないのよ」
「あはは……もしそうなら嬉しいですけど」
実際の所としてどうなのだろう。私は、彼の心の内にいられているのだろうか。
一年前に転校してきて育めた絆。また転校していって、その先で育んだ絆。どちらも彼にとってはとても大切なもので、欠けてはならない証なのだろう。
それを妬むのは、よくないことだ。それを嫉むのは、もっとよくないこと。
あの店で、ああして団欒を過ごす同年代は私だけだったけど、その時間はきっと、これからは私だけの特権ではなくなるのだろうか。
悪いことではない。彼は繋がりをとても大切にしているのだから、繋がりはどんどん広がっていく。
だから彼の話してくれる
きっと私にも、その内新しくできた友達の話を語り聞かせてくれるのだ。それはとっても微笑ましくて、優しい時間に違いない。でも
「ホントに、そうだったらいいのに……」
でも。
『うっ、、ぐッッ――』
『ずんくんっ! 大丈夫!?』
『――まだ……だァ!!』
何度でも飛び込んでいく。
引き裂かれた腕ごと、武装を再び手にして――恐れを見せずに一番の脅威へと飛び込む。
『う、おおおぉォォッッっあああアァァァぁあああ!!!!』
『――――、――!』
歯軋りのような鳴声を上げる世界。大気には極限の圧が掛かり、空気中の水分は乾いていく。
離れた場所から贈られる余波は私達の吸う酸素すらも沸騰させて、一人と一体の激突から肺が痛くて仕方がない。錯覚だと知ってはいても、胸の内側がぼうぼうと燃えて、目の前への集中を不意に逸らしてしまう。
「暑い!! どうなってんだこれ!!?」
「アッチの戦いの余波がっ、風に混ざってる!!」
「ふきとばされる~!!」
橋の向こう――結界の際で行われるのは、極限と極限の個がぶつかり合う戦争。
バーテックスとの生存競争とはまた別に、彼はもう一つの戦争を繰り広げている。こちらの規模が一笑に終わるような、計り知れない力のぶつかり合い。その余波だけで、ただの人なら消し飛ばされてしまうだろう。
そんな壮絶な熱気すら利用して、私達の向かう敵は、暴熱の嵐を吹き荒ばせる。
強度に疑いは無い。しかしそのっちの盾一つで三人を守り切るには、どうしても大きさが欠けているのは事実であり。
「くそっ……!! どうする! 動っ、かないと、ジリ貧だぞ!!」
手をこまねけば状況は転落していくのも、どうしようもない事実。
天秤を振り回して敵は進む。
どこまでも、絶滅を望んで辿り着くため。
何かしらを動かす転機は、どのみち必要だったから。
「上から、ならっ、よわそうだけど――」
「環境利用のハメ技はっ、ずっこいだろ……っ!」
灼け穢れていく樹海が目に入ったのも、焦りを助長させた一因。
「! ――私がっ!!」
「っ待て須美!」
熱風に乗って、身体を安定させる。
狙いは敵の頭頂部。振り子の根元となる部位を崩壊させれば、状況は転がり私達の好機は巡ってくる。
「南八幡――」
『は――? 鷲尾――――!!』
「――大、」
「わっしー避けてぇえええ!!」
らしくもない絶叫が、灼熱の嵐に掻き消されて。
狙いを澄ませた敵の部位が、暗黒色に灯る。
「――――ぁ」
ワームスフィアー現象。ゼロ次元へと空間を捩じ切り、有を無へと返す凶悪な禍。同化と並んで代表的とされる、敵に備わった基本性能。
それを鏃の形にして、それも一や二では足りない数を飛ばされた。
狙いは、孤立した私。浮遊して右にも左にも回避行動が取れず、盾を持たずさりとて他にも防衛手段を持たず、撃ち落とそうにも数十と殺到されれば成す術はなく、そんな、不用意に動いた私を狙い撃つようにして、虚空の鏃は放たれる。
その威力を知っている。前回の戦いでだって、一騎君はその身を暗黒色に蝕まれていたが。でも彼には、耐えきれるだけの肉体があった。
私はどうなのかなんて、考える必要は無い。
考えるべきは、苦悩するべきは、頭を抱えるべき愚行は、一人突出したからだと気が付く前に――――愚を無に帰す白光が、背後から届いた。
「!! 真壁く――――え?」
『ずんくんッッッ!!!???』
『一騎!!!!』
振り返れば半身を焼かれて、二股に割けた槍と繋がった槍だけを突き出す少年の顔が――焔に喰われて見えない。
その光景が致命なことくらい、戦いに不慣れでもすぐに分かる。
『、って』
「――」
『鷲、お』
傷付き、肌を焼かれながらも決定打となる負傷を徹底的に避け続けるのは、その間断を埋めるように敵への必殺を求めつつも継戦を続けるのは、ひとえにその敵を押し留める為。
けれど、足手纏いがいたのなら、敵は優先してソレを叩く。
逆になれば私達だって同じ事をするだろう。突出したのなら集中して狙われるし、浮いた駒は、簡単に敵に奪われる。
理解がまだ足りていなかった。私達がいるのは人の物差しでは測れない戦争の中心地。たった一人が足並みを乱せば、その他へと不利は巡る。
戦犯、その二文字がカラダとココロを震わせて――ここまできて、まだ自分の事ばかり考えている自分が嫌になって、その事実がより強く自分を縛り付ける。
『撃、、、てっ――!!』
「――ッッッ!!!!」
失敗の自責が身体を突き動かす。疾くその声へと、私は速やかに機械的に従う。
天秤の振り子は無い。錘を吊り下げていた根元から、先の白光が既に大きく吹き飛ばして。
剥き出しとなった本体には、守りと言えるものは無く全てが届く。
数秒空中にて呆然としていたのは怪我の功名も連れてくる。その間にも充填を続けていた鉉は、いつでも解き放たれる瞬間を待ち侘びて――――その開かれた道を違えず、迷いを秘めたままに私は狙い撃った。
同時にそのっちと銀も動き、天秤と冠された一体は打ち斃される。
ほどなくして、二度目の戦いは終わる。一騎君とぶつかり合っていた大きな悪意は、バーテックスの撤退を見てから、暗黒を纏ってこの場を去っていく。
醜い球体の身体を震わせて、せせら嗤うように私を見た気がした。
残された私達の傷。引き裂かれた樹海の傷。欠けた全ては、彼が癒して終わるのだ。
彼も自らを癒せる。これで失われたものは、何一つない。
「――怪我なく、終われて……よかった」
「ずんくんはっ!?」
「うおっ」
「どこか痛くない!? 気分悪くなってたりとか!! 身体重かったりは大丈夫!!?? 火傷したとこヒリヒリしてない!?!?」
肩を掴まれて、残像すら目に映る速度で振り回される一騎君。
「……大丈夫だよ乃木。俺は大丈夫」
「うぅ……ほんとにほんと? 右手とか、顔とか……ほんとうに大丈夫なの……?」
「ああ、ほら……俺は、傷を……治せる――――から」
「――――なら……よかったんよ~~……!」
「おおう……相変わらず奇跡みたいな力だよなぁ、一騎の力って」
無限に思える。無制限に見える。代償など無く、私達を溢れんばかりの奇跡が守り抜いてくれる。優しくて暖かいだけ守護が隣にいてくれる。だから大丈夫だって、この救済の奇跡は無償なのだと信じ込んで――――――――そんなわけがあるのだろうか。
「真壁君……私のせいで……っ」
「……鷲尾は、行き詰った状況をどうにかしようとしたんだろ?」
「でも……っ! 結局、足を引っ張って……!!」
奇跡とは、平穏の中からは発さない。窮地を巻き返して、瀬戸際から脱して、絶望から希望を引っ張り上げる。常識から外れに外れた確率現実のものとする行為と御業を指して、奇跡と総称しているのだ。
すなわち、何一つも曇らずに引き起こされる奇跡などあり得ない。ではこの奇跡の力の裏には、果たしてどんなカラクリが潜んでいるのか。
人智を超えて、ただの人よりも強くなれた、それが勇者。そこには一つも違えた意味などない。正しい意味で、人の常識から逸脱した力を私達
「俺はこうして無傷だ。樹海も大して壊れてないし、何よりみんな無傷で勝てたんだ」
「……で、でも……!」
「『でも』とか言われても、もう聞かないからな、俺」
「えっ、ぁ、いや、けど……!」
「『けど』も聞かないぞ」
なら私達すら超越した彼は。勇者すら歯牙に掛けない悪意の怪物と相対して命を保てるどころか、あまつさえ真正面から打ち合える彼は何者なのか。
彼の扱う力――英雄の力。それが何故あの大きな敵意と悪意の塊と、どことなく似ていて、同質の重たい雰囲気を感じられるのか。
――もし、もしも私のこの、言葉では言い表せない感覚に間違いが無いのなら。この時に感じていた些細な疑問を、彼にぶつけていれば何かが変わったのだろうか。失う痛みだけの運命が、一つでも歯車を変えていただろうか。
勇者の力は纏う力だ。神樹様の加護を受け取って、その身に宿して纏う。けれど神樹そのものにはならない。あくまでも人のまま、神の力の一端を行使して。
でも英雄の力は違う。
「須美はなんていうか、真面目過ぎるんだよな。みんな無事だったんだし、肝心の一騎もこう言ってるんだ」
「うんうん。ずんくんはこういうの気にしないからね~」
「ああ、合ってる……けど」
「むしろ落ち込み続けてると、ずんくんの方が落ち込んじゃうんよ~」
「合ってるけど、なんで乃木が答えて……まあいいか」
彼がその槍から白光を解き放つ、その前に。彼が槍に結晶を纏わせる、その前に。彼が槍を精製する、その前に。彼が、端末を操作したその瞬間――――人から成り変わる気配を感じた。人以上の存在に、人である部分が喰い散らかされるように、人ではないナニカへと作り替えられていく瞬間を感じた。
成り変わったような存在の気配。その根底とでも言える部分が、あの怪物と同様の気配を醸し出していた。だからだ。不吉にも感じたから、私はきっと、彼を心の底からは信じぬくことができない。
あの怪物と似た力を使って戦って、そのに頼った先に待つ結末が、どうしても心から喜ばしいものとは思えないのだ。
だから、どうしたのだろうか。
たらればを求め続けても過去など変わらない。『救えなかった私』はどこまでも、いつまでも、どんな時でも、私の過去に刻まれたままだ。
「メディカルチェック受けてくるけど……三人とも、お腹減らないか?」
「! うん! お腹ペコペコ!!」
「よっし! 診断受けた後はどこか食べに行こう! 須美も行くだろ?」
「私は……――行きます」
近くに在ったその兆しを知らずに、私は――――。
「カッレ~、カッレ~、かっずきカレ~! かっずきカレ~、カレーうっどぉぉ~~ん♪」
「……乃木は楽園行く気になってるけど、いいのか?」
「いやー、この様子見て他行こうとは言えないっしょ」
「……乃木さんは、本当にあの店が好きなのね」
けれど、この記憶が美しいものであるのは間違いない。
何気ない日々、何時までも続くと信じて。
その実、日常が続くなどという保障は誰もしない、掛け替えのない日々であること。
それに気が付ける、大切な記憶なのだから。