郡カズキは英雄である   作:真の柿の種(偽)

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 断言しておきます、この章では死者が出るぜ。


大満開の章
花降る、寂寞の中


 ――自分が挫けない事が、みんなを励ます事なのだと信じていました。

 

『結局世界は嫌な事だらけだろう! 辛い事だらけだろう! ――この世界はっ、痛いことの方が多いだろう!?』

 

 演じる声には熱が籠り、心なしか、声の端々には震えも生じているように感じるのは気のせいではない。

 その熱は、この一幕をより良きモノにしようという気概の表れだ。

 でも、それだけではないことを、私達は知っている。

 

『お前も見て見ぬフリをして、堕落してしまうがいい!!』

『――嫌だ!』

 

 声を高らかに、目線は真っ直ぐ逸らさずに。

 飾りの剣を正眼に掲げて、叫ぶ意気は真に迫り、劇のフィナーレを見守る観客へと緊張感を伝播させていく。

 

『足掻くな! 現実の冷たさに凍えろ!』

『そんなの気持ちの持ちようだ!!』

 

 けれど彼女を良く知る者達は、その声はまるで、自分へと言い聞かせているかのようで。

 

『大切だと思えば友達になれる! 互いを想えば、何倍にも強くなれる! 無限に根性が湧いてくる!!』

 

 だから、なんだってできる。

 だから、真の勇者だったなら、友達を助けることだって出来たハズだったのに。

 

 ――みんながいるから、みんなを信じているから自分は負けないのだと。

 

『世界には嫌な事も、悲しい事も、自分だけでは――――っ、どうにもならない痛みもっ、たくさん、ある……! ――――だけど!!』

 

 痛みを受け止めて、たった独りで消えていく友達を助けることだって。

 いなくなる恐ろしさを、どうして彼が受け止めなければいけないのか。

 

『大好きな人がいれば、挫ける訳は無い! 諦める訳が無い!!』

 

 諦めなかった。挫けなかった。なのに、それでもどうしようもなくすり抜けていく命は、どうすれば助けられた。

 守るための戦いへと臨み続けて、私達は守られるばかり。

 たった一つの救いも無い――少なくとも私達の目には、彼は奪われて、失って、傷ついて、苦しんで、なのに齎される希望の祝福は何一つもない。彼が得るものは、苦痛と絶望の暗雲だけ。

 ついには全てが結晶となって散っていって、結局、彼の存在は何も残らない。

 

『大好きな人がいるのなら、何度でも立ち上がる!! ……だからっ! 勇者は、ぜったい……!』

 

 なのにどうして、彼は立ち上がれたのだろう。

 何度も、歩けなくなっても、光を失っても、人としての世界を剥がされていながらも。それでも戦う事から逃げず、常に立ち向かい続ける強さはどこからきたのだろう。

 

『絶対、負けないんだ!!』

 

 負ける事なく、戦い続けた。

 敗北とは程遠く、守り抜いた。

 絶滅を払い除けて、平和を譲った。

 

 ――何だって乗り越えられる、大好きなみんなと一緒なら。

 

 ()()()となら、何だって。

 どんな敵でも、どんな絶望でも、何度でも必ず乗り越えられる。

 なら、その()()()が欠けている今は。

 

 ――それをいつまで、信じていられるのでしょうか。

 


 

 人が触れようの無い温度が肌に張り付いて離れない。

 勇者と成るその加護は、それこそ人には計り知れず世界からの極熱を阻み、平時と変わらない状態を彼女達へと与える。

 だが、ただ暑いと表すには、途方もない不吉か、あるいは虚脱しかねない大なる自然の暴威が、止まる事なく人へと降り注ぐ。

 

『このっ!!』

 

 指先から伝わる振動――その刹那の後に、青の弾丸が敵へと風穴を開けて進む。

 夥しい数の敵の群れ。その中心へと無造作に撃とうと、狙いを定めなくても、一発の弾丸は一体以上の敵を撃ち倒していく。

 

『……また、勇者に成る日が来るなんて』

『正真正銘、これが最後だといいよ――っね!!』

 

 青の勇者は憂いを表情に灯し、紫の勇者は苦みの含んだ笑いを浮かべながら、巨槍の穂先が敵を薙ぎ消した。

 只人には触れる資格の無い熱が吹き出し、大地を熔かし続けて止まらない。きっとこうして吹き荒れる神の怒りは、それこそ数百年間と長い間、世界を焼き焦がし続けている。

 大地のみならず、海も、草木も、虫も、魚も、動物悉くも、命と命を育む環境全てを焼き尽くし続ける怒りと憎しみの業火は、命が生まれる仕組みを否定する。微細な余地一つも残さず、須く、焦土を超えて焦がし続ける。

 人への誅、そのただ一つの目的の為に、それ以外すらも含めた丸ごとの絶滅を容認する。

 それはなるほど確かに、神と言える所業だ。大勢の命の行方を、星に芽吹くあまたの命を、匙加減一つでこんがりとさせられるのは、神にしか許されない特権だ。

 

『見るだけで苦しくなる……っ。息が詰まって、相変わらず悪い夢みたいな世界です……!』

『炎が覆ってるのはここら辺だけじゃなくて、地球全体ってんでしょ? ……スケールデカ過ぎて、正直ピンとこないけど、ネッ!!』

 

 緑糸が敵を容赦なく細断していき、黄色の大剣は紫の大船の進むべき道を強引に抉じ開ける。

 ――人の命一つなど、彼等からすれば取るに足らない差でしか無い。1人でも2人でも、数百、数千と差し出されても、そこにはさしたる意味も価値も見出さない。

 重要視するのは、頭を垂れた姿勢を指し示す事。

 叛逆の兆しを赦さず、挑戦の意志を咎める。なんて事はなく、不思議なことでもない。慈悲による恩赦を求める人が、大いなる存在へと平伏する姿を確めたいだけだ。

 

『それで……実際のところはどう見ますか、千景さん』

『予想される敵の殆どはバーテックス。少なくともフェストゥムの群れは、中核を担うアザゼル型が減った影響もあってそう多くはないと思うけれど。……居てもスフィンクス型くらいかしら』

 

 赦しを乞うて、贄が差し出される。この事実こそが神にとっては大切なことなのだ。

 

『加えて()()が施された勇者システム。人を1人連れて帰ってくるだけなら、十二分にお釣りが来るわ。私もいるし』

『おおう、自分の実力への自信が揺るぎない……。……千景は、来てもよかったの?』

 

 その問いへ応える前に、嘆息を覚えるのはしかたのないこと。まさかそれをお前が言うのかと、全員からの驚嘆がクロッシングを介して集中した。

 

『無理矢理連れ出したのは貴女でしょう……』

『あー、そうとも言う?』

『そうとしか言わない』

 

 独り、ザインとニヒトの前で、しんしんと佇む千景――――その耳元で、ぎゃいのぎゃいのと騒ぎ立てていた風。その様子を見守っていた勇者部の面々も、観察していた『軍』の偉い老婆すらも、気の毒そうな目を千景へ向けていたのは記憶に新しい。

 結局根負けして、その後に間もなく壁の外まで引っ張られて、今に至る。

 

『まあまあいいじゃないの。どうせ何もする気が起きなかったんでしょうし……社会復帰のきっかけとして人助けをするなら、悪い気分じゃなくない?』

『……』

『千景先輩がいるなら百人――いや、千人力ですもんね!』

 

 樹の発言を証明するように、船から跳び出した紅の軌跡が――大鎌の切っ先が、敵個体それぞれの致命を抉り抜き、会話中も止まることなく敵の命を刈り取ることを止めない。

 

『たしかに閉じ籠もっても意味が無い。あの場所に居たって何も……帰りを待っても、本当に……欲しかったモノは……』

『ちーちゃん……』

『……私は、()に……何も……――何もあげられなかった、のに…………』

 ――なのにどうして、私はここに。

 

『……八つ当たりの相手なら目の前に沢山あるわよ』

『――気遣いはいらない、けど……ありがとう、三好さん』

『べっ、別に、気を遣ってなんか……どういたしましてっ』

『あの三好夏凜が……こんな素直になるだなんて』

 

 蛇腹の剣が、道程を遮る敵の群を粉微塵へと誘い、零れた数体を無視して進んでいく。

 朗らかな雰囲気を絶やさず、大船を駆る園子の意思も止まらず、人知を超えた速力で炎の大地を切り開き、上空へと目指し進みゆく。

 

『亜耶ちゃん……!!』

『行こう、()()()()()!』

 

 目前に近づくのは――――巨大な黒の、球体。

 全てを飲み込まんとする異様を感じ取り、全身へと圧し掛かる重力の渦、その余波を感じて意識が切り替わっていく。

 

『ありがとう、みんな……』

『夏凜ちゃんの友達なら私たちの友達だもんね!』

『友達というか、競い合ってた相手というか……』

『? それって友達だろ?』

 

 炎の世界を引き込む引力の熱嵐が、勇者8人と防人1人、戦士が1人を包み込む。

 

『雑談はそろそろ打ち止め! 勇者部総員っ、()()()()女史を助けに行くわよ!!』

『は~い――みんな~、真っ黒すけに向かって突き進むんよ~!!』

 

 この場における共通認識が、個性豊かな少女達に戦場を共有させて、逃亡の選択肢を選ばせない。

 この場のいる誰もが、この世界の無情さを大なり小なり感じている。感じて、それでも犠牲を否定するために命を輝かせる華。

 もう犠牲は沢山だから、もう二度と、友達を、大切な人を失う痛みを感じたくないから。感じさせたくないから。

 平和のために戦う。奪われないがために、戦いを続ける。

 この矛盾がまかり通る世界に気が付いていながらも、がむしゃらに、少女たちは咲き誇る。

 

 

 泉と呼ばれた、瀬戸大橋の地下深くにて――鼓動が、少しだけ大きく弾んだ。

 不思議なことではない。『真壁一騎』、『皆城総士』、この両名はまだ生きている。消えかけた命を保つため、その時代に用意できるありったけの技術を尽くし、失われる二、三歩手前でその命を繋ぎ留めている。

 血脈の流れも、呼吸も、心臓も、動き続けて生かされているのだから、鼓動の一つや二つ。

 

「いったい何が起こっている!?」

「分かりません! ……ただ、ザインとニヒトのコアに熱源反応が!!」

「ザインと、ニヒトだと……!?」

 

 ただ、その鼓動のパターンは、数百年もの間をずっと、とある前兆として扱われている。

 泉にて引き起こされる反応を観測し、記録していた者達が、蟻の巣穴を突くような慌ただしさに包まれた。

 

「これって……嘘っ、ザルヴァートルモデルを包む結晶の中に、せっ、生体反応が!」

「! 今、この瞬間に産まれるというのか……状況をモニターに出せ!」

 

 司令室と銘打たれた前面のモニターに、薄暗い部屋を照らす翡翠の光が溢れた。

 二人の英雄の狭間の位置に、ちょうど少年一人の背丈ほどはある結晶が、光を含んで聳え立つ。この場にいる誰しもが間違えようの無い、命の生まれる輝きだった。

 

「自らを守る戦士のいないこの時に、何故……」

「遠見センセの予想とは随分と違うなこりゃ。どうする、麻木」

「彼女と共に急ぎ、泉へ向かえ。……()()()()()()はお前に任せる」

「了解、他の連中には指一本触れさせねぇよ」

 

 普段のおちゃらけた態度とは違い、精悍な目付きで司令室を後にするタンクトップの背中が頼もしい。

 ()の目の前で.、あるいは戦士と英雄の墓所で血を流すなど本来はあってはならないだろう。しかしどれだけ尊重すべき尊厳があろうとも、それにかまけて失ってはならないモノを失うなんて事は、それこそあってはならない。

 

 ――郡千景がいない今、『軍』と大赦の手が及ぶ可能性は高い。

「それを承知して目覚めるなど……そうまでする理由、か」

 

 ましてや大赦に至っては、郡カズキが無自覚に刺激し続けた。その上、例の奉火祭の真っ只中とくれば、大赦の抱く怯えは先んじてその対象を排しようと積極的になるだろう。人の憎しみとは、人の恐怖とは、それほどまでに見識を鈍らせる。

『軍』は()()を人形として扱おうとするだろうが、処分へ踏み切るかは定かではない。しかし警戒に越したことはない。なにせ今の『軍』を統括するのは、『鉄の女』の再来とも呼ばれるマリア・H・ギャロップ。一枚岩ではない組織を抱えつつ、大赦すらも丸め込むその手腕は看過できない。

 どちらにせよ人の悪意に塗れた手で、彼の覚醒に触れさせるわけにはいかない。

 

()の目覚めを妨げてはならん。各員、我々がここに存在する意味を、今一度思い出せ」

 

 英雄の遺した意志は、当の本人だけが静かに、周りは途方もなく激しく騒ぎ立てて――――モニター上で観測していた三つのバイタルサインの内、二つに大きな乱れが確認された。

 その情報を確認してこれまで以上に慌てふためく司令室をよそに、永い眠りについていた二人の英雄を――――

 

『――さ、――――ん』

 

 ――――『真壁一騎』と『皆城総士』の肉体を保全する匣を、赤い結晶が覆い尽くし、匣ごと二人を喰らうように()()()()()

 モニターから響き、金属質な結晶の奏でるノイズに紛れて、()()が囁く。

 

 

 両生類のようにヒレの付いた黄金の手のひらが、紅刃の軌跡を阻み。

 

『どうしてお前が、ここにッッ――――!!』

 

 暗黒色の障壁へ、千景の怒号が震えて伝わる。

 スフィンクス型はもちろん、ディアブロ型あるいは星座を冠するバーテックスすら、郡千景という戦士の本領を前には、その斬撃を防ぎきるのは困難だ。手数は当然として、威力とて勇者たちと比べれば異常の領域だった。完全に防ぎきれるのはそれこそ、かつての郡カズキや、その前任者達――――あるいは、ザルヴァートルモデルとも肩を並べる、悪魔たち。

 勇者たちはその醜悪な顔を見て、酷似した悪意を想起した。

 彼女たちの端末に示されるマップには、勇者たちの名前、防人の名前、戦士の名前、星座たちの名前――悪魔の名も、当然のように示される。

 ()()()()A()()()()()()()()()。瘦せ細った直立の老人のような、見るに堪えない醜悪さは悪意の現れか。

 

『確かアザゼル型って、カズキとタメ張れるくらい強くなかったっけ? ……勘弁してよまったく!!』

『郡カズキと同等の怪物ですって……!?』

『でもっ! こっちは前よりも人数も増えてるし! みんなでならどうに――』

『――ゆーゆ! 群れが来るよ!!』

 

 虚空に顕れる暗黒色の球体。その数は百や二百をゆうに超えて。

 元からいた星屑やバーテックスに加わり、フェストゥムがその存在を知らしめるべく、姿を顕わにする。

 

『常に二人以上で動くんだ! 背中を預け合って、絶対に孤立して戦うなよ!!』

『芽吹、アンタは行きなさい!!』

『三好さんっ、でもっ……』

 

 園子の船は、黒球の頭上の位置へと付けられている。ここから飛び込めばそれでよしだ。人間の常識を超えた引力は、一度でもその重力に絡みつかれれば、何事も無く中心へと運んでくれるだろう。

 芽吹に躊躇があるのは――飛び込むのが恐ろしいのではない。内で掻き回される衝撃など耐えて見せる。

 でも、その決意を鈍らせるのは、敵を他者へ任せて逃げることへの――――。

 

『こんなところでモタついてどうするのよ! 戦いに来たっての!?』

『助けるためにアンタは――楠芽吹は、ここにいるはずでしょ!!』

 

 大剣が敵の幕を薙ぎ、その剣の腹の上を桜色の少女が駆け抜けて――――小さな拳が、身の丈を遥かに超える黄金に風穴を開け、次いで迫る敵へと、回し蹴りが胴を穿つ。

 格好の的となった友奈の背へ降り注ぐ、雨のようなワームウェッジ。それを緑糸が一発残さず迎撃する。

 友奈の頭上を暗黒色が支配して、それに見向きもせずに次の敵へと友奈は飛び込んでいく。

 

『はやく行って! お友達を助けてください!!』

『二人の帰り道は私たちが作っておくからね!!』

『――――ありがとう!!』

 

 現状況下では逡巡は命取りになり、その迷いを彼女らは歓迎しない。結論が出れば行動までは早く、船から身を投げ出し、黒球へと飛び込んだ。

 それを見送る余裕も、勇者たちには与えられない。足場なんて安定した上等は無い。飛行を基本のものとして機能に積まれていない勇者たちは、敵を倒した傍から足場にして、中空を駆けていくしかない。

 ないない尽くし、だがこのくらいの修羅場など、死の淵を彷徨った彼女らからすれば何て事は無い――――!!

 

『千景! 大丈夫!?』

『っっ!? ――――私には構わないで!! 貴方達は退路の確保を!!』

 

 周囲の敵とは比べ物にならない、人に向けるには相応しくない密度をしたワームの砲撃を、危うく躱しつつ距離を詰めて大鎌を振り翳す。

 衝突の衝撃はプラズマを漏出させて――ガラスを引き攣らせる音。勇者部の誰もが聞き覚えのある、世界の引き攣るこの音は、ただの勇者の力では通じない領域にある証だ。

 無理に介入を試みれば、返って足手まといになる。その事実が心へ影を落とす者は誰もいない。個人差はあれど、彼女らにはその程度の判断は容易く、それは戦いという非日常へ慣れ始めている証拠でもあるが――――。

 

『そのっちの船はいつまで!』

『まだ保てるけどっ、帰りはわっしーに頼るかも~!!』

『なら須美は最後まで温存だな! ――――満開ッ!!!!』

 

 燃える世界に引けを取らない豪熱が吹き荒び――――燃え盛る意思がそこには在り、戦場へと山吹色の一凛が咲いた。

 四足の獣、その背にある台座へと直立するは神衣を纏う、根性と魂の勇者。

 その爪は全て巨大な戦斧であり、敵対者を圧し潰しては引き裂く破壊そのもの。

 

『一人一回しか使えないんだ、省エネ方針で滅茶苦茶に暴れまわるぞ!!』

『ほどほどにリレー方式だねっ、オッケー!!』

『温存、継戦、時間稼ぎで安全第一ね、了解!!』

『一番無茶する三人が言うのは笑っちゃうんよ~』

 

 銀はギラついた好戦的な笑みを見せつけて、敵の中心へ意気揚々と飛び込んだ。

 

『銀まで乗り物ってぇ! 背負い物とかアタシも欲しいのに羨ましい!! 犬吠埼姉妹を虐めるなー!!』

『私も一応背負い物あるから、一緒にされるのはちょっと……』

『妹からも見捨てられたぁ! うわーん、どうしてアタシはよく分からない輪っかだけなのー!!』

 

 大気に爪を掛け、宙を駆けるように進み、銀の手繰る獣へ触れるだけで、進行上の黄金は面白いくらいにひしゃげていく。

 振り向きざまに引き裂き、前脚を振り降ろせば轢き裂き、肉食獣が如く凄惨さを敵へその爪で知らしめる。

 

『銀! 孤立するなって貴女が言ったのに!』

『だから須美が背中を見てくれてるんだろ!!』

『見てるけどもっ! だからって無茶しない!!』

 

 園子の船の上からスコープを覗き、敵を数十引き裂いた銀の死角を青の銃弾が埋める。かつて戦友として在った実績は仕草一つで息を合わせて、加えて二年前には無かったクロッシングによる相互心象理解。噛み合う動きになるのは当然だった。

 負けじと、赤の剣戟と桜の拳撃が爆裂音をがなり立てた。

 

『負けてられないね夏凜ちゃん!!』

『当然! 私の力はこんなもんじゃないのよ!!』

 

 肉片が散り、死滅を示すワームが辺り一面へと撒き散らされる。

 一振一殺。二振二殺。一体一体を確実に仕留め、されどその行動自体が他の勇者の眼を張る速力で行われる。

 

『私も――いくぞおおぉぉぉぉぉぉ!!!!』

 

 後ろに続く桜の軌跡。彼女の爆発力には何者にも負けない安心感が含まれていて、その威力を、たんと敵へと示し尽くす。

 悲観など一つも無い。絶望的局面にも見えそうだが、嘆きの声は誰も出さない。この程度の局面はいくらでも乗り越えた自負があり、何度の絶望も踏破した実績がある。けれど――――戦況は変わらず維持されて、時間と少女たちの体力は刻々と消費されていくのは一つの現実。時間がかかるほどに不利が押し付けられていくのがどちらなのかを、彼女達は理解していた。

 追い詰められているのは間違いなく自分達だと、分かってはいた。

 芽吹が、もしも――――――――そうなれば、自分達はそれすら知れず、ここで真縄が首を締めていくように、静かに生から死へと進んで終えることになる。

 それも、分かっていた。

 

 

「意識は、どう……かしら」

「……ハッキリとしてます。自分が何をすべきか、何者なのか、全部……ぜんぶ、わかるんです」

 

 髪の色は、黒に寄った茶混じりの色で、亜麻色の入った薄い茶髪とは違う。顔つきもそれに伴って、中性的なつくりになっていて。それだけを見れば、彼に根付いた力はザインの方だ。

 けど、それだけが判断基準ではない。詳しくは調べなければ分からないことも多く、それに根付いた力と本人の選ぶ名は別の方向性、なんて可能性だってある。

 

「……貴方の名前を……聞いても、いいかしら」

「……」

「貴方は『マカベカズキ』か『ミナシロソウシ』か、どっちなの……?」

 

 泉へ駆けつけた遠見と呼ばれる女医も、その助手も、出入り口にて外からの警戒に当たる溝口も、モニター越しの者達も、固唾を飲んで答えを見守る。

 サイズのぴったりな、空の色模様のような制服を着せられた少年は――――答えなかった。

 

「誰よりも最初に、伝えないといけない言葉を、伝えてあげたい人に……」

「……それって」

「すみません遠見先生、その辺りは後で」

 

 気怠そうに、ぼうっと虚空を見つめていた少年は何処へ。

 今では目を真っすぐに、迷いなく少年は世界を見据える。

 

「ぉ……――――()()は、行かなくちゃいけない」

「――っ、そう、よね……()はもう……」

「……司令官に、頼みたいことと、伝えなきゃならないことがあります」

 

 モニターの向こう側から、少年は願いを口にした。

 

『――――ってことだが、どうする』

「……無論、申し出は受けると伝えてくれ」

 

 彼たっての願いならば、拒みはしない。

 もう一つの方も了解した。

 

「――――……いずれは避けられない結末だったのが、今日だっただけだ」

 

 その喪失が何を意味するのか、或いはとうの昔に喪っていた事を、誰もが見て見ぬふりをしていただけなのか。死んだまま生かし続けた結果がこれなのだとすれば。命の在り方としては酷く歪な様相、健全とは言い難い命の巡りを否定するこの行い、これら対する英雄の答えがこの結末なのだとすれば。

 事実が示す意味を我々はまだ知らない、が。

 

『覚悟を決めかねている俺たちの尻を、無理矢理叩いて進ませてくれた、とかな』

「……私も、そう信じたい」

 

 

 漆黒に沈む。

 沈み、沈殿し、黒色よりも濃厚な色に飲み込まれていく。

 自分を追った敵は、どれもがこの黒一色の空間に耐え切れず、ぐしゃぐしゃに潰されていった。

 ゆったりと墜落している感覚は深海の底のようにも思えるし、やはりブラックホールへと吸い込まれている様にも感じる。共通するのは、どちらも全方角から掛かる圧は、人の生命が存在する事を咎めているという事。

 

「グ、ッっ! ァア、ァあぁあ! ……こん、なっ、この程っ、度ぉ……!!」

 

 防人のシステムにテコ入れが入ったのは最近だ。ほんの数日前に、偶然、大赦とは毛色の違う者達から手渡された端末は、以前とは――神樹とは少し違う神秘性を帯びていて、その纏った神秘が、きっと自分を守っている。

 命を守ることに特化させたのだろう。実際、以前なら敵からのワーム攻撃を受ければ罅割れていた装甲は、敵からの攻撃を、身体が大きく揺れるだけまで抑制してくれていた。

 お陰で、生身なら秒と経たずにミンチになってしまうところを、こうして全身を強かに叩かれるくらいまで耐えきれている。

 ――きっと、罅くらいの軋みが入っているだろうけど、それくらいなんてことない。

 

「ッ……どこ、までっ、続、ぃっ、てぇ……!」

 

 中心地までどれほどかは不明だが、このままでは外身が形を保てていても、中身が限界を迎えてしまう。かといって体制を変えて中心まで加速しようにも、全方位から掛かるベクトルにバランスが崩されてしまう。

 結局はこのまま降りていくしかない。

 辿り着くまでに命を保てるかは、それこそ根性の見せどころだ。

 

「亜耶っ、ちゃ――ァッ、がっ……!!」

 

 ぶじゅり、と。

 耳()弾ける音が、鼓膜へと伝わり、その鼓膜すら弾け飛ぶ軽い衝撃が頭蓋に転がっていく。

 ごきゅり、と。

 肩の関節が砕ける音を先んじて五感は拾って、肘が逆方向へ曲がる音と痛みには気が向かなかった。

 バイザーが砕けて潰れて塵になる。銃剣はいつの間にかスクラップになって。お腹は怖くなるくらいの凹みが出来ていて。呼吸がしづらくなって、鼻からも口からも、耳からも目からも、命の糧の色が噴き出していく。

 これは、今すぐにでも死んでしまえるやつだと分かる。血の色をした危険信号が、これ以上ないくらい全身から示されていた。

 

 ――でも、中身が出た分、軽くなった。

「がっ、ごっっぶ……亜耶、ぢゃ、ん……」

 

 精神力だけは保つべく、助け出すための相手を思い出す。

 負けないために、その名を、その顔を、何度でも心の中心へと据える。

 あの優しさを、犠牲にさせてたまるものかと。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、その責をどうして命で贖わなければならない。彼女は、国土亜耶は何一つ、悪いことなどしていない。

 だというのに何故、自分勝手にも憎しみに振り回された者のために。

 守る使命を放棄して、世界を脅かした怪物のために、彼女が贄にされなければならない――――!!!!

 

「亜、や――――ちゃん――――!!!!」

 

 黒の世界のその先を――――怒りのままに睨みつけた。

 

 

 引き上げられない。

 何度伸ばしても、何度叫んでも、何度進もうとしても、その手は掴むだけで、目の前で炎に焼かれる姿を見ているだけ。

 

「ここまで、来て……!!」

 

 身体から抜け出した精神体となったのは、あの壊れかけた入れ物のままよりは断然良かった。怪我を気にせずいられるのは、動きやすい事この上ない。替わりとばかりに火の矢が視界を埋め尽くさんとばかりに飛んできたりもしたが、それがどうした。成すべきことは変わらない。耐えて、進んで、そして――――。

 

「亜耶ちゃんっ、目を覚まして!!」

 

 まさかを考えてしまう。まさか、まさか――――――――足りない、のだろうか。

 自分では、助けられないのか。

 自分は、この手は、大切な人を助けられないのか。

 取り零すのか。失うのか。犠牲をこの目で見せつけられるのか。

 

「なんで――っぁ、い!?」

 

 亜耶の精神体へ触れる手が、じくじくと焼けていく。皮膚も、血管も、肉も、骨も、神経も、神への捧げを簒奪戦とする者へ与える、焼焦の咎を受け取らされた。

 あたまにくる。どうして、なのだろう。

 理不尽へ抱く自分の怒りでは、助けられないのだろうか。不条理へ立ち向かうには、自分の怒りでは足りないのだろうか。

 なら、もっと怒れば、どれだけ怒れば、人の怒りは神に届くのか。

 

「ふざっ、けるなぁ……!!」

 

 こうまで使い潰されて、怒るなだなんて無理だ。責任を転嫁されて、挙句その末路を尊いものだとふざけた事を抜かして、憎まずにはいられない。

 神にそうまでする権利があるのか。

 同じ人が、なぜこんな仕打ちを同じ人に向けられる。

 優しく、朗らかで、平和のそのものである国土亜耶がいなくなろうとしているのは、その真反対の存在にある『島の怪物』のせいなのに。大赦の連中が御することもできない怪物を野放しにしたせいで。郡千景がその責任を忘れて、その危険を生かし続けたから。

 生きてはならない怪物なのに、壁を壊して外へ出たから――――!!!!!!!

 

「私はっ、わたしは――――!! 神を許さない! 大赦を許さない!! ッッッ許さない!!!」

 

 白かった空間が、()()()()()()()()()()

 

「郡カズキを、絶対に許さない――――!!!!」

 

 怒りに呼応するように、結晶が、黒の世界を丸ごと喰らい尽くす。

 白い世界も砕け散り、それに伴い精神体が肉体へと戻る浮遊感に満たされていく――――瞬間に、肉体を満たしていた損傷の痛みが帰ってくる。先の翡翠色が何なのか思考を回そうとして、あちこちが弾けて、潰れて、湾曲する不快感が、回転しようとする思考を遮断した。

 半分の潰れた視界の端で、大切な友人が墜落していくのが見える。

 

「亜、耶……ちゃん……っ!」

 

 赤色に塗れた両腕で、共に落ちながらその小さな体を抱き留めた。

 防人の空中を飛ぶ力は、もう機能が潰れてしまっている。このままでは仲良く墜落して、炎の海に包まれて灰になるだろう。その前に叩きつけられて終わるのか、どちらにせよ悲惨な末路に変わりはない。

 しかし、もはやそれに抗う力は残されていなかったから。

 救おうとも晴らし切れない怒り。救い出せたことによるぬるま湯の安堵。生存する未来が見えない絶望の虚無感。大きく占めるのはこの三つ。

 

「……っ…………く、そっ……」

 

 それだけを胸に、二人は真っすぐ墜落していく。

 緊張の糸もほどけて、もう意識も保てない。暗闇が、雲のように意識へと掛かっていく。

 世界との接続を途絶される瞬間、ほんの少しだけ、もう殆どが朽ちかけている身体でも僅かになら感じられる、大きな気配があった。

 

「、……――――」

 

 その気配は機械質で、敵とも肩を並べる程巨大な造りをしている。

 なのに、途方もないほど優しい愁いを称えた光を感じたようで。

 黒い硬質の指先が、落下の速度に合わせて二人を受け止めた。

 

 ――ごめん。

「…………」

 

 声は聞こえない。声として認識ができない。

 傷の全てに、結晶の花が咲いていく。外側だけではなく、内側も鋭利な翡翠が埋め尽くす。刺々しいその外見とは裏腹に、肌に触れるそれらは不思議と柔らかく、暖かかった。

 

 ――……のせいだ、ごめん。

「……、っ…………?」

 

 声が少しずつ聞こえた。けどまだ、ハッキリとした輪郭までは掴めない。

 結晶が痛みを吸い取り切る。目に見えない命の奥底までも、消耗した部分を覆って塞いでいく。

 瞳、鼻の奥の血管、両耳、手足と、和らぎが痛みの全てを覆い尽くし――――全身の結晶が砕け散った。

 芽吹の全身を支配していた痛みは、どこにも無かった。朦朧としていた意識も、今では溌溂として明活そのものだ。

 

「傷が、治って……いや、むしろ……」

 

 傷を負う前に戻ったどころではない。壁の外へ出る前よりも、身体の調子が頗る好調で、降って湧いた幸運のような感覚には、喜びよりも戸惑いが勝っていた。

 そして――

 

「……、……め、ぶき……さん……?」

「ぁ――――亜耶ちゃん!!」

 

 その顔色は血色も良く、素人目に見ても健康体そのものだ。炎に焚べられていたとはとても思えないくらい、その五体からは命をギラギラと感じられた。

 この不思議な()()が、誰から齎されたモノなのか――察せないほどに耄碌もしていなければ、朴念仁のつもりもなかった。

 感謝すべき、なのだろう。

 

 ――上に行けばみんながいる。自分で行けるか?

 

 その声を、確かに芽吹は聞こえた。自分と亜耶を救済した声の主は、伺うように有無を問いてきた。

 

「……貴方は、いったい……」

 ――……、もう行くから。

 

 この不思議な機械は、何故か気が不味そうな声を外部スピーカーから出して。

 返答も待たずに、機械仕掛けの竜人は上空へと飛んでいく。

 行き先など一つしかない。

 帰る場所へ歩き出すように、彼は空中の戦場へと自然な身振りで向かっていった。

 

 

『何が起こってんのよ……!』

『う~ん……わっしーなら分かる~?』

『鮮明には掴めないけど……似たような、感じは、どこかで……』

 

 千景からクロッシングを通して伝わる感情は、みんなと同じ動揺――――を越えた驚愕。

 

『西尾君――――?』

『にしおく……西尾くんって誰!? あっ、アタシよりも先に千景に男の影がー!!?』

『――……貴女は何を言っているの』

 

 怪訝な呆れが、見る見るうちに強まっていく。

 

『ブラックホールを、同化したってこと……?』

『そんなことできるんだ……』

『……カズキ先輩みたいにはちゃめちゃですね』

 

 その既視にも似た感覚を口に出したのは樹だが、皆が一様に感じている事の代弁でもあった。

 

『ツェンにそんな力が……っ――――ッ!?』

『千景さん!!』

『っ、楠さんと国土さんを連れてっ、貴女達は戻りなさい!!』

 

 国土亜耶を贄とする祭壇の黒点は、理由はどうあれ結晶に呑まれて消え去った。共に結晶に喰われたならともかく、アプリの地図には楠芽吹と国土亜耶の名は記されたままで、存命であるのは間違いない。

 それはつまり、この場に長居する用事はどこにも無いということだ。

 

『――うん、もう限界だ。てな訳なんでわっしーにバトンタッチ〜!』

『ええ、満開っ――――!!』

 

 濃く澄んだ青の耀きが、炎に支配された世界に負けじと咲き誇り。

 誰一人としてこの領域に居続けるのがごめんなのは共通している。その方針に抗う者はどこにもいなかった。

 

『みんなっ、須美の船に乗って先に行け!!』

『銀はどうする気よ!?』

『千景さんを残して行けない! まともにやれるだけの時間はまだ残ってるんだ……加勢するくらいは!!』

『私も残るよ!!』

 

『みんなで帰る』方針は同一だとしても、誰か一人だけを残していくことは出来ない。誰か一人を犠牲にしていくことを許容できないだけの経験を知っているから。

 ――その痛みは、もう二度と。

 

『帰る途中に何が起こるか分からない! 友奈はみんなと一緒に行け!!』

『置いて行かないよ!!』

『……そうね友奈ちゃん。いっそここで、あのアザゼル型を倒してしまえば……!!』

『黙って早く行きなさい!!』

 

 その叱責に耳を貸す者はどこにもいない。

 

『どんな奴でも全員で掛かればいける!!』

『みんなで帰るんです! それ以外の意見は聞きませんから!!』

『魚人モドキは三枚下ろしにしてやるわよ!!』

 

 意気揚々と戦意を示す勇者たち。

 その意志を挫くには、それこそ実力を行使して気絶でもさせるしかない。それが出来ない郡千景には、苦言を呈することしかできず。

 

『勇者はいっつも分からず屋ばっかり……っ――――!!』

 

 大鎌と敵の障壁とで、波長が軋むくらいぶつけ合う。離れては再び近づき、実力行使で歩く者(ウォーカー)の障壁を引き裂きその先にある喉元を狙い続ける。

 繰り返すほどに単調になり、ついにそのタイミングを外されたのは、そのぶつかり合いが十を超えて二十へ近づく頃だった。

 

『ぅッ!?』

『――、――、――っ――!!』

 

 大鎌の一撃を透かされ、体制を崩した千景の全身をウォーカーの両腕が掴み取る。

 全身の骨へ罅が入り始める。内側の臓腑が圧迫されて、潰れた一部が口端から零れだす。

 血を流して苦しむ姿が何よりの栄養とでも言わんとして、醜い顔を歪ませて、口は引き千切れるように裂けて、醜悪な嘲笑を露呈させる。

 

『ぁ、ぁああ、う、あああああああ!!!』

 

 千景の全身から同化現象の証左となる色が――――翡翠の耀きが、命の残量を示す。

 

『千景!!』

『その手を――――っ、卑劣な……!!』

 

 肩元から吹き飛ばそうと、八門の砲は狙いを定め、その射線上へと千景を盾に。

 逡巡に唇を噛む顔を見て、ウォーカーから送られる愉悦の情は更に増えて膨らんでいくのを、東郷は確かに感じた。

 

『離せぇぇぇぇぇええええええ!!!!』

『満開ッ――――っっのぉぉおお!!!!』

『満っ開――――!! 千景先輩!!!!』

 

 温存様子見時間稼ぎ安全策生命線――――日和った択の全てを、彼女らは感情に任せて一斉に破却した。

 山吹、黄、桜、三つの華が、友の窮地を覆すべく煌めき、破裂する。

 

『硬――っくたってっっ!!!!』

『女の子に気安く触れてんじゃないわよ!!!!』

 

 有り得ないほどに強固な防壁――――そんなことは知っている。同じ分類に充てられるのは確かで、友奈と風の交戦した経験のあるもう一体のアザゼル型とも勝るに劣らない、絶対とも断言出来てしまう防壁。これを破るのに、自分達はどれほど命を尽くしたのかを思い出しそうになる。

 その困難を今すぐ乗り越える。以前ほどに時間を掛けては郡千景の命が保てない事を、友奈たちは理解している。

 

『樹、船を――』

『任せてください!!』

『……いい返事ね。――――満開!!』

 

 船から跳び出し、赤色の華の耀きが爆裂する。

 一凛が咲き誇る、命の煌めき。

 

『オラァァァァッッ!!!!』

 

 狙うべきは一点――――ただ一点を目指し、その絢爛な色は友奈たちと並ぶ。

 

『――ッ! いつぞやのっっ、『壁』もっ、思い出すわね!!』

 

 大刀四刃、黒刀二振。鋭く迅い斬撃が積み重なり、その全ては一点へと集約する。

 

『四人が満開してんのよ!? なのに破れないってのは……!!』

 

 力任せで大振り、大質量を限界まで振り絞る。原子すら粉砕する一撃を、一点へと目掛けて振り回す。

 

『敵の力だって無限じゃない……!! このまま行けば必ず!!!!』

 

 野性的に、人には出来ない挙動が戦斧を振り下ろす。効率を捨てて求めるのは、ただ一点へ与える裂傷。

 

『先輩を!! 離して!!!!』

 

 隕石のように加速し、触れた傍から稲妻のように弾ける。激情を乗せて、逸りを込めて、ただ一点を穿つべく。

 ――しかし届かず、千景の命は確実な速度で、彼女らの目の前で蝕まれていく。

 砕け散るまでそう遠くはない。同化耐久力がどれほどあろうと、アザゼル型に捕まっても素知らぬ顔をできる程に隔絶した存在ではないから。勇者たちの前で、郡千景の命は砕け散る。

 そんな姿を彼女たちの目の前で晒すことは、どれほどの苦痛を与えることになるのか。

 だから千景は、この場から立ち去れと再三告げたにも関わらず。

 

『……行き、なさい……』

『断ります!!』

『『友奈に同じく!!』』

 

 聞く耳を持たず、助けることを諦めない。

 

『ほんっ、とに、もう……ゆう、者、ってのは……!』

 

 けれど敵の障壁へ罅を入れるには、時間があまりにも足りない。

 

『やはりっ……私の位置からでは狙えない……!!』

『いっつん、わっしー、私も行ってくる――――――――ほぇ?』

 

 乃木園子を通り過ぎる――――ライトグレーの()()

 紅の残光が、その軌跡を鮮やかに網膜へと映し出す。

 

『……ファフナー、だ』

 

 妨害のワームスフィアが雪崩のように――その身を挺した星屑が群がり――フェストゥムはその機体を喰おうと――バーテックスは怨敵を見つけたとばかりに――差し向けられるその全てを回避し、差し向けられる全てを槍は引き裂き、差し向けられる悪意の全てを青みがかった白光がたいらげる。

 その機動力、その旋回力、その四肢の可動範囲、その滑らかな全身の動き。どれもがその巨体と見合わない、されど思わず目を奪われる存在感。

 敵として相対したのは二機。味方だったのは一機。記憶に強烈な印象を残したその名を、勇者部は誰もが知っている。たった一機で戦況を変えかねない力を持つその存在を知っている。

 単に頼もしい記憶よりも、苦渋を飲まされる経験の方が多かったから。勇者部はそのスタビライザーに、その紅のクリアパーツに、()とは違うサイズ感の槍に、不吉を予感した。

 

「……ぁ」

 

 機影が頭上を飛び越えて――――小さな声が、千景の喉から漏れる。

 上から振るった、白槍一閃。

 何一つの工夫もない一撃は、華の咲いた勇者三人掛かりでも罅が限界だった障壁を。

 

『――!? ――ッ、――!?!?』

 

 敵の腕ごと、いとも簡単に引き裂いた。

 呻き、振り回される右腕の先からは赤い血が噴き出し、与えた痛みが確かなものなのだと周囲へと理解させた。

 

『うえっ!?』

『突然現れてつっよーい!!』

『……? ……この、感じは……?』

 

 次いで振るわれた槍は、千景を握り潰しかける手をいとも簡単に斬り落とし。

 悪魔の苦痛が、炎獄の世界に響く。

 

『っ、ツェン……なの……?』

『――』

 

 その問いへ、ライトグレーをした機体は答えない。

 墜落していく千景を勇者たちへと任せ、Ⅹのナンバリングを与えられた竜の戦士は、悪魔を圧し留めるために睨み合う。

 

『先輩は私が!!』

『任せたわよ樹! ……さて』

 

 状況がどうなろうと動けるよう、前衛となる友奈、風、夏凜、銀の四人は油断なく武装を構える。

 かつてその白槍が自分達へ向かった経験が、急な戦況の変化への楽観をさせない。ましてや此処は壁の外であり――カズキの喰らったマークツヴァイはともかく――存在を写し取るというマークアインに関しては、消滅を確認できていない。

 アザゼル型へいとも簡単に傷を与えたこの機体が、自分達の味方とは限らない。

 

『泉にもあった機体……アキレス』

 

 足繁く泉と呼ばれるその場所へ通った園子は、その色をしっかりと覚えている。

 その機体に振られた製造番号も――――()()()()()()()()()()()も、何度口の中で、何度心の中で諳んじたのかも数え切れない。

 

『千景先輩を、助けてくれた……けど』

『……どっちにしても、警戒は切らさないに越したこと無いわよ』

『みんな、目を離すなよ』

 

 言われずとも油断一つ持ち得ない。白槍を携えるその巨体を、勇者たちは一挙手一投足を視界に捉え続けた。

 

『マークっ、ツェン……誰、が…………、……ぅ――――――――――――――――そ……うそ……』

 

 少なくとも千景は、その瞬間に警戒の心は即座に捨て去った。

 

『ぁっ、貴方は誰っ! 誰なの!? どうして、どうやってその機体に――――』

『せっ、先輩! 無理に動いたら……!』

 

 その身体の深刻さを、瞳は赤く染まって尋常ではないことを示す。肉を掻き分けた結晶の痛みが、神経をズタズタにしているようで。自分の大切な部分が希釈されかける喪失感を、痛みがどうにか繋ぎ留めているような、綱渡りの状態。

 脳幹を抉る衝撃に意識を揺らされながら、千景は叫ぶことをやめない。

 

『どうして貴方から、()()と同じ気配が――――!!!!』

 

 

『――――お願い応えて! こっ、こえ、声を聞かせて!! お願いっ、貴方の存在を確かめたいの!!』

「……白状するなら今の内だろうか――――来る」

 

 後からよりも、先に白状した方がいいのかと悩んだ矢先だった。

 ウォーカーの胸部は開き、巨大な眼球が露悪的に露出する。

 それを見た瞬間には、機体の胸部から一つと両腿部から一つずつ。

 赤色に発光する回転体が、鈍い音を立てて高速で回る。それは、エインヘリアルモデルに、島のファフナーに備わったSDP――超次元現象を発現させるための合図でもあり。

 マークツェンのSDPは、『増幅』。

 ザインやニヒトといったザルヴァートルモデルも同様に扱う、存在の効力を想定以上に引き上げる力。

 

「暉さん」

 

 右手に持つ機械の白槍、その手元を結晶が覆って槍は二又に割ける。

 それを目にした勇者部は、次に何が起こるのかを即座に理解した。

 何故ならその現象は、少女たちの良く知る少年が、当たり前のように扱っていた超次元の域にある現象そのものだったから。

 ウォーカーの胸部で蠢く瞳へと、ワームが収束し――――

 

「使うよ、貴方の器」

 

 ――――解き放たれたワーム。同じくツェンも、槍の白光を解き放つ。

 同じタイミングに放たれるエネルギーの奔流は、両者の距離のちょうど境目でぶつかり合い。

 

『――ッ、ッッ、、ッッッ――――!?』

 

 拮抗、ですらない。

 

「彼女達に手を出すのなら――――」

 

 力を発する器は救世の逸品ではない。しかし、戦士としての力をふんだんに使う分には不足は無く。

 

『――ッッ!??!』

「ああ、そうだ――――消えろ」

 赤の回転体は異常な回転数を叩き出し、機体状況を知らせるアラートがコックピット内にこだまする。

 より長くを戦い続ける機体、エインヘリアルモデルに施された制限をいっぱいに、パイロットはその力を吐き出した。

 

『――――――――』

 

 敵のワームを撃ち破り、胸部を穿ち貫く。

 ぐらつき、倒れ込むように落ちていくその肉体からは、無数のワームが発生していき、全身を覆い込む巨大なワームがその身を包み込む。

 

「逃げたか」

『……逃げたみたい』

 

 フェストゥムは絶命の際、敵ごと消し去らんとその身をワームで包んで自滅する。アザゼル型はそんな特性を利用して、あたかも倒されたかのように消え去って、暫くすれば何てことの無い様子で再び姿を顕す。

 この逃げ足の速さと小賢しさは、確かに他の悪魔達と共通していた。

 

『んで……どうすんのよ』

『いっぺん叩きのめしてみる?』

『流石にそれは人としてどうだろう……』

『アザゼル型を叩きのめした相手をか?』

『今の意見無しで。やっぱり平和的解決が一番よね、うん』

『……似てる、のかなぁ~……わっしーは?』

『私の感じる限りは…………ううん、言い切れるだけの自信が無いわ』

「……全部が聞こえてるんだけどな」

 

 音声だけを繋げて盗聴していればあちらの声がダダ洩れだ。盗み聞きの趣味などは無いが、クロッシングシステムという島を由来とした特異な通信法を使っていること、それとこの機体が島のものだという要素も相まって、システム自体への介入は存外に易かった。息絶え絶えな千景以外では、会話内容が筒抜けなどは頭にもないだろう。

 かといってその繋がりに入るのを拒まれているのかと言われればそうではなく、クロッシングの要請自体は再三以上に届いてくる。マークツェン――アキレスの姿を見てからひっきりなしだ。

 千景からのそれに、応じるべき否か――ちょっとした悩みどころだった。

 

『そうでなくても助けてくれたし、攻撃したくないなぁ……あっ』

 

 友奈の横から、ふよふよと近づいてくるマスコットの存在感を視界が捉えた。

 

『牛鬼?』

 ――!! ――っ!!

「精霊? ……牛鬼か」

 

 こちらの存在を正しく認識しているのだろう、マスコットはコックピットの方へと真っすぐに向かってくる。精霊、だったか。接近してくる牛鬼は、何というか、謎の生き物というか、謎のナマモノだった。有機物であるのは確かだろうが、物質的か精神的かは酷く曖昧な存在だ。装甲もすり抜けてやってくるだろう。

 あのナマモノと面識があるのはたった一人。その際にそこまでかまっていた記憶も見当たらないが、似た気配を感じ取るや否や一直線になるくらいには、その人物を気に入っていたのだろう。

 まったくもって、郡カズキは好かれていたようだ。

 

「……」

 

 何も言いたくないのではない。何も伝えたくないのではない。

 ただ恐いのだ。恐ろしい。自分の存在を明かして、どんな顔をされるのかを想うだけで、途方もない恐怖に蝕まれる。

 この事実は伝えるべきだ。自分は――――他ならぬ■■■■は、他の誰でもない■■■■だからこそ、伝えなくてはならない。そうすべきだというのに、自分はとても臆病だから。

 

 ――!!!! ――っ、っ!!!!!!

「うわっぷ……」

 

 一目散に顔へ張り付いて、そのモフモフ腹を押し付けてくる牛のもののけ女郎。

 軽く引っ張って剥がそうとすれば、もぎゅりと頭皮へ噛みついて剥がれようとしない。頭に付けているユニットがズレなければ、まあいいかとくっついたままなのを容認した。

 

「……ああ、戻る……いや、帰るんだった」

 ――!

「分かってる……帰るよ」

 

 全ては壁の内へ戻ってからでいいだろう。戦いの気配が残るこの場では、ゆっくりと話をとはいかないだろうから。

 謝ることもあるし、それと、あれだ、謝ることがある。それくらいしか思い浮かばないのはどうかと思うけど、とにかく謝りたいことが沢山あるのだ。

 そのために、自分は。

 

「■■■■がそう定めた居場所に……――――帰る」

 

 交わした約束を、守りたい。




 首が、腕が、脚が、腹が、罅割れていく。
 額が、耳が、指が、膝が、罅割れ、亀裂が差し込まれる。
 髪が、口が、腿が、踵が、罅割れ、亀裂が差し、行き着いた先の結末が広がっていく。
 こうなることを知っていた訳では無ければ、ここまで永らえるつもりも無かった。
 だから、これでいいと言えた。
 自分達は過去の存在だからこそ、今を生きる命とは決定的に違う。()()のように痛みに堪えて空を見据え続けることを選んだのと、細い生命を保つために久遠を眠り続ける自分達とは、決定的に違う。少なくとも自分達からすれば、今を生きる者達とは、彼女だって――郡千景だって例外ではないから。
 せめて、尽きる間際の、この命は、今を生きる為に、奔放を続けようとする者達のため。
 未来さえも諦めない強さは、いつの間にか生まれていたから。
 選び直す強さがあるのなら、この命の残り香はきっと、過去と未来を繋ぐ今になる。
 今を生きる為に、叫び続ける命があるのだから。
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