郡カズキは英雄である   作:真の柿の種(偽)

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あいたたた


憎しみは深く刺さって

「十二体の、敵」

「そう、この前カズキが風穴開けたアイツよアイツ。あんなのがあと十一体残って、そいつらの総称を、大赦はバーテックス=フェストゥムと呼んでいるわ」

 

 バーテックスとは頂点を意味し、フェストゥムは祝福を指す。輝かしい栄光の気配のする羅列。間違っても陰りの気配などあってはならない。しかしあの場に居た者なら誰しもが感じていただろう。頂点からの祝福を授けに来たような、友好的とも慈悲深いとも言い難い殺意を感じとっていた。

 アレは敵で、先輩の言い草が真実なら、同じような個体があと十一も残っている。

 

「目的は神樹様の破壊、及び同化……取り込もうとしているのね。以前は頑張って追い返すのが精一杯だったらしいけど……」

「けど、俺は倒せた」

「……本当はアンタだけじゃなくても倒せたのよ。そのための勇者システム……人智を超えた敵に対抗するための、人智を超えた力なんだから」

「勇者……? 勇者システム……??」

 

 少しばかり首を傾げるが、なんにせよ世界を守る為に齎された力であり、そして、その力を授かる者たちもまた、その為に集められた。

 この予想は、きっと事実を捉えている。

 

「その勇者部も、先輩が意図的に集めた面子だったということですよね……」

「……うん、そうだよ。適正値が高い子は、分かってたから……」

 

 騙されていたと、そう断じるのならとても簡単なこと。

 けれども、そうしてキッパリ関係性を切ることが出来ないくらいには、ここにいるみんなは先輩の人となりを知っている。おちゃらけているようで、おおらかな後輩思いの先輩なのだと知っている。

 だからこそ、思うところは誰にもある。

 カズキも勿論。結城だって聞きたいことの一つや二つもあるだろう。犬吠埼は家で聞いたりしたのだろうか。

 そして東郷は、一際戸惑いが大きかった。

 

「こんな大事な事……ずっと黙っていたんですか……」

「ぁっ、東郷さん……!」

 

 事が事だ。それも人命に関わる大事。それを直前まで隠し通されて、知らぬ間に巻き込まれて、苛立ちが募るのも当然だとは思う。カズキとて疑問の方が大きい。大小の違いはあれど、しこりの一つや二つ持ち合わせて然るべきですらある。

 怒りだけではない感情を混ぜ込んだ背中を、追い掛ける結城に任せる。彼女のメンタルケアに適材適所として、東郷の大親友に一任する。

 カズキに今できることは、目の前で百面相を繰り広げる先輩を慰めることぐらいか。

 

「と、とりあえず占います!」

「樹任せた! そしてアタシは……っ! ごめんカズキ!」

「え?」

 

 黄色のつむじが、突然眼前に突き出される。

 

「事前の説明が足りてなかったとか、昨日はアタシが先陣切らないとダメだったのにアンタにばっか任せちゃってとか、色々とほんっとうにゴメン!!」

「俺は……大丈夫です」

「……ホント、情けないワ。あんな怪我までさせて……っ!」

「気づいたら治ってたし、本当に大丈夫ですよ」

 

 堂々巡りになりそうだ。というかなる。どこかで終わらせないと、責任感の強い先輩ならおそらくそうなる。

 

「……本当? 許してくれる?」

「許すも何も、俺は元から怒って無いですよ」

「…………は〜〜っ……よかった……」

「それよりも、東郷のことはどうするんですか?」

 

 目上の人からペコペコされても、気分なんてちっとも良くならない。これ幸いと話を切り替えた。

 むしろこちらの方が本題と言っても過言では無い。怒ったポーズはともかく、あんなに本気で怒った東郷は初めて見た。

 

「……樹ぃ……いい結果出せた〜?」

「今! 結果出るよー!」

 

 並べられたタロットの一枚目は、ラバーズ。タロットに明るくないカズキには、これが何を指すのかイマイチ分からない。

 二枚目、三枚目と景気良く捲られていくタロット。そうして捲られた四枚目は、テーブルに不自然な形で自立した。

 同時に生まれる不自然な静寂。空調の音も、廊下の話し声も、外の風の音も、全てが停められた不自然な世界。

 そうした静寂の中で、唯一耳に届いた不快な音。

 

「まさかの連日……?!」

「……?」

 

 犬神の持ってきたスマホには、確かに樹海化警報と表示されている。犬吠埼のを確認しても、全く同じ音と画面。それと自分のを見比べれば、音は同じなのだと気づいた。初日は混乱の最中で気づけるわけもない。

 ならカズキのは表記を間違えたのか、単なるフォーマットの違いか。どちらにせよ変わらないのだろう。何故ならそれらが示す共通は、敵が来訪しているという事実。

 

「そろ……もん。……ソロモン?」

 

 外敵の知らせとなるのなら、表記された文字列の違いなど、気にかける必要はないのだから。

 

 

「三体、か」

「モテすぎでしょ……アタシ」

「モテてるのはお姉ちゃんじゃなくて神樹様だよ……」

 

 カラフルな異界へ引き摺り込まれれば、スマホの画面にはクロッシングの文字だけが点滅して自己主張していた。

 早く押せと、早く戦えと急かすように、血のように赤い文字はその瞬間を待ち侘びている。

 初めて力を手にした瞬間を思えば、少しの逡巡が指を固める。流石にあんなにも大袈裟な変身? 変化? 変質? を毎度行う訳も無いだろうが、初っ端で全てを喰われそうになったのだ。覚えた恐怖は、自然な忌避感から生まれるもの。

 

「…………フゥーっ……」

「……辛いなら」

 

 後方からは桜色の輝きが灯り、結城が変身を終えたのだと知らせる。

 

「いえ、やります」

 

 決された意は、速やかなクロッシングを開始させる。

 すぐさま指先から走る、電撃のような痺れと強烈に突き刺すような痛み。全身の神経を駆け巡って、明らかな許容を超えた合図として、頭の中で火花が鳴って散って響き渡る。

 

「ぁっ、、ずっ、ぐ、っ」

 

 繋がったそばから喰われている。噛みつかれて、崩されて、溶かされて、指先から容赦のない速度で自分がなくなっていく。だから反抗して、自分のカタチを強く思いだせば、消えていった部分は微々たる速度で戻ってくる。

 敵の数は残り八体。今回を退けて、次に他が纏めてやってきても、最低もう一度でもこの感覚を味わうのか。一体ずつなら、あと八度。

 冷や汗と共に手のひらへ浮き出る翡翠を、見ないフリをして握り潰す。

 再び開いた手のひらから、結晶が長く伸ばされた。侵食の証でなく、自らの力の証として、翡翠は武装を形取る。

 

「準備できました」

 

 中心に纏わりついた翡翠を振り解いて、機械槍を携える。

 いつの間にか機種変をされていた白と紫のスマホには、きっと『ザルヴァートル:システム・ザイン』、なんて文字列が浮かんでいる。

 

「よしっ、それじゃ……」

「突っ込みます。援護をお願いします……っっ!!」

「えっ、ちょ」

 

 そう息巻いて誰よりも早く、昨日のように敵を消そうとすれば驚いた。跳躍は想像よりも低く、対空時間も予想以上に短い。そのくせ昨日よりも身体が軽いのはどういうことだ。

 端的に言えば、カズキは飛べなくなっていた。

 戸惑いの渦中にいながらも、危なげなく手頃な根へ着地する。

 

「なんだ、これ……!」

『あー! そう言えば言い忘れてた!!』

「っ!? ……あっ、テレパシーだっけ?」

 

 大きく良く通る声が、脳内でうるさい。ちょっとだけ驚いたのが気恥ずかしい。

 

『アンタのシステム、リミッター入ったから!』

「え? な、何で?!」

『昨日ぶっ倒れたの忘れたの? フィードバック強すぎるから入れてもらったのよ!』

「……これでやるしかないかっ!」

 

 持ち手へ力を込めれば、以前と同じように結晶が手首とを繋ぎ留める。

 それを確認すれば、迷うことなく最大火力のつもりで意気込んだ。

 

「でやあぁぁーーっ!!」

 

 白く伸びる本流が、五角形の板を浮かせる黄金の巨体へ突き刺さる、ことは無い。

 暗黒の障壁は白光をいとも容易く弾いてしまう。

 

「……当然か」

 

 現時点での本気だった。体力が有り余っている初手のタイミングで解き放ち、その全力には欠損の無い一撃。しかし昨日に比べれば、どこまでいっても小手調べの戯れ程度にすら届かない。

 

「――うおぉぉぉっ!!」

 

 願望を込めた同様の一撃は、初撃の結果を揺るがすことがない。

 あわよくば、なんて楽観は捨てよう。前回はいざ知らず、現時点のカズキではあの黄金一体と同等。ましてやそんな相手が次いで二体。

 一筋の縄では手に有り余る。かと言ってローンドックではこれ以上の火力は期待できない。

 

「せめて直接叩き込めれば……」

『そのために連携! アンタは今後一切単独行動禁止の刑――』

『――郡くん前っっ!!!』

「――――しまっ」

 

 振り向けば的確にその切先は、左まなこ中心目掛けて、空気を裂いて迫っていた。

 正確には、その尾先となる針先は、既に眼球へと触れていた。

 

「ッっ、たガッ――――ッつ? ッ??!」

 

 ゴヅッッッッ、なんて。

 骨を除けば人体からはおおよそ鳴りえない音が、左眼孔を中心に辺りへ響き渡る。

 視界の端で星が点滅したのは一瞬だけ、これはきっと脳を揺らされたから。想定を度外視した衝撃に、設計図には存在しない速度で首が上向きに打ち上げられる。景色が線となって回っているのは、そのままの勢いで空中を回転しているのか。だとすればカズキは相当常識外れな膂力で跳ね飛ばされたことにもなる。車に撥ねられるだとかの次元ではない。

 人智を超えたと称した先輩の言は正しい。だってこんな一撃を食らって、五体どころか左目でさえも無事なのは、確かにただの人間を超えている。

 

『――ズ――』

『――ん――いっ』

 

 仮称テレパシーが何かを伝えようとしてくるが、聞き取るための脳みそは内側で跳ね回って、受信機能を一時的に麻痺させている。

 べちゃべちゃと脳漿が掻き混ぜられた音を、そんな気色悪く怖気の篭った音をしっかりと鼓膜は受け取ってしまって、そんな始末になってもこのすぐ後に自分は()()()()()()()()()()()()()()()()という確信がある。

 自信を改めて俯瞰する余裕もなく、安定した力の運用とは程遠かった初陣。それも二度目ともなれば多少は目が届く。流し込まれるような怒涛の情報も無い。自らを喰らおうと続けるのは相変わらずだが、先程先輩から聞いたリミッターとやらが上手く作用しているのか、根こそぎから削られることに起因した焦燥も生まれない。

 肌に纏う力はとても安定して、敵に焼かれて裂かれ放題だった昨日とは違う。

 飛び跳ばされた体は、重力に引きずられてようやく止まる

 

「……すごい」

 

 確信に間違いはなく、体には瞼を少し切ったくらいの傷一つしか無い。強いて言えば制服がズタボロに破れた点だが。その程度を傷としてカウントするかは明白だ。

 

『郡くん!? 返事して!!』

「……生きてるよ。掠り傷で済んだ」

 

 声と共に送られてくる青褪めるような焦りの数々は、自分のものではないが果たして。

 

『よ! よかった~……って、わぁっ!?』

『焦らせないでよね!! てか大丈夫そうなら手を貸してくれない!?!』

『ひ、ひえぇ〜〜っ!!』

 

 焦ったような声ばかりが聞こえてきて、慌てて視線を戦場へ移した。

 骸骨を象ったような黄金の巨像から開かれた大口から、幾千を超す矢を降らせている。滝のような密度のそれは、五角形の板に反射して結城達を四方へ散らせている。あれでは連携を取ろうにもどうにもなるまい。カズキが吹っ飛ばされていた間に、状況は転がっていたようだ。

 

「俺を攻撃した奴は」

『あれっ? そういえばどっ、こっっ――』

 

 桜色の軌道が飛び跳ねて、勢いよく上空へと打ち上げられる。

 連れて行ったのは、ついさっきもカズキを吹き飛ばした尾を持つ黄金の巨敵。

 その光景が目に入る寸前に――――

 

「ぐっ、ごごぶふッっっ??!??!!」

 

 どてっ腹に突き刺さる、鋭く重たい衝撃。

 喉奥から酸の気配がせり上がって、慌てて呑み込めば呼吸が右往左往と乱れつつ、次弾の衝撃に備えて周囲を警戒する。

 

「な、ん……っ、ゲホッ、……っ! がっ!???」

 

 息つく暇に叩き込まれる衝撃は、背面を満遍なく軋ませる。

 

「あっつっ、ごカっ、ごひゅっ、……げほっ」

 

 胃の中身の代わりに唾液を吐き出して、うずくまりながらも周りを見渡して困惑する。

 次は来ない。それどころかたった今喰らった衝撃の痕跡すら見当たらない。そもそも今のカズキは相当に丈夫なのだと証明したばかりだ。そんな安心を揺さぶった渾身の一撃は、大層にカズキへダメージを与えた。

 考えられるのは不可視不感知の一撃だ。しかし貰えば意識を混濁させかねない一撃、そんな必殺を一体どこから放たれた。

 

『大丈夫カズキ!?』

「せん、ぱい……げホッ、……結城、は、?」

『バリアが機能して無事! それより、もう一つ言い忘れてたことがあって……!!』

「…………」

『「またか」とか考えんな!』

「え、」

『クロッシングしてる間はある程度の思考も伝わってくんのよ!!』

 

 頭の中が筒抜けとは、便利だが余計なこともおちおち考えられない。這いつくばった姿勢のまま、そんな呑気が思考をよぎった。

 ――――ふと、黄金の髑髏がこちらを向く。

 

「……来る」

『――――』

 

 それなりに離れた距離でも、ひしひしと伝わる絶対の殺意が、次の獲物を見定めたと教えてくれる。

 大きく開いた、口の上にもう一つの口。頭部と言える部分に剥き出しで並んだ歯。不気味な構造をしたその口に、一本の槍が装填された。

 槍だ。先まで放っていた矢ではない。あんなモノを矢と呼ぶには過小が過ぎる。サイズ感に関してはカズキ準拠でも、もちろんない。人一人を押し潰すのには過剰な重量感を備えて、標準はカズキを捉えて離さない位置から、少しズレて柔肌を砕かんと狙い済ましている。

 そんな一振りが閃く刹那の寸前に、右腕の白槍を何も無い斜めの空間へ振り下ろす。

 行動が理屈の先を走り抜いた。本能が理論を投げ捨てた。その結果。

 

「――ッッぐぅっ、!!!」

 

 ギャギッッッ!!!!

 そんな金属音が右腕から伝わって――――再びカズキの全身は、弾けるように宙を舞った。

 

「っっ……! お前えぇぇっ!!!」

 

 制服のズボンをボロ布に変えながら体制を立て直せば、悪態が思いがけずに口を突く。

 

『ちょ、ちょっと? なんで突然ブチ切れてんのよ!? そんな喰らった?!!』 

「お前今、東郷を狙ってたな……!?!」

 

 戦えない者から何故狙う。お前の敵はここだ。お前の道を阻む障害はここにいるのに、何故遠くに居る戦えない者から消そうとする。

 ――――そんなにも、人が憎いのか。

 

「ざけ……っ、――ふざけるなあぁぁっっ!!!」

 

 戦えないのなら、触れずにおけば良い。後方の者を狙えば隙になると、それが自らを滅ぼす結果に繋がるとも分からないのか。

 ――――そんなにも、どうして人を憎むのか。

 カズキの叫びに応えるように――――二発目は、黒紫を纏わせて装填が為される。障害物諸共吹き飛ばさんと、その射程はカズキを通り越して、再び車椅子の東郷へと狙いを済ませている。

 

「やらせるか!!」

 

 切先を敵へと向けて、音叉の形に割れた槍が、淡く空色に帯電する。

 迎え撃つのでは遅い。何が効率的なのかを考える前に、右腕はその力を解き放つ。

 どんな行動さえも取られる前に、先んじて妨害する。

 

「このっ、、」

『そっちに行ったわよ!!』

「――――!?」

 

 横に薙がれる黄金。真珠の連なった尾。

 カズキを潰そうとする圧力が、壁となって迫りくる。

 

「っ、!? こ、のっっ!!」

 

 壁を跳び越し、躱した瞬間に遠くから放たれる槍。

 その瞬間を見て確信して、激情が込み上がる。

 全部殺すためだ。殺しやすいから、消しやすいから、抵抗の無い簡単な方から済ませようとしている。忍び寄って来たのもそう。機を見計らったようなタイミングの射出もそう。カズキの足を止めれば、後ろのを確かに消せるから。

 機械的で、それでいて一人でも多く消そうと、できる限りの命を奪おうとしている。

 その後の尊厳など赦さず、その後の日常を剥奪しようとしている。

 そこまでされる意味が、心底から分からなかった。

 

「だから」

 

 狙うのは本体でなく、殺意の切先が進む進路上。

 当たりが付いているのなら、細かな調整は要らない。横殴りに掠りでもすれば、妨害としては十二分だ。

 

「やらせないって――――!!」

 

 白光の滝が、白電を纏って突き進む。

 

「――言ったぞ!!」

 

 振り注ぐその輝きは、暗黒の槍を呑み込み無へ帰させる。

 着地の無防備を狙い澄まして、尾の剣先が迫っていた。

 

「守る。必ず、まもっ、っっる!!」

 

 白槍を横にして身を守り、その五体は勢い良くカッ飛ばされる。

 いくつかの根を突き破り、ようやく地に足つければ――――すぐ近くには見知った顔が。

 

「か、カズキくん!?」

「なっ、東郷!? ……こんなところまで飛ばされた、ッガッッッ??!!」

 

 コレはサインだ。

 全身には打ち上げられる浮遊感。前面を満遍なく塗りたくる、硬物の衝撃。

 少し離れたところに墜落した結城を見て、この正体不明の痛みに合点が付いた。

 

「っぐっ、ゆう、き……! ?! あがぁぁあああああ?!!」

 

 押し潰されている。硬く鋭利な矛先で、穴を穿つように突き立てられて。肉をほじくり返されている。より痛みを刻みつけるように、抉るように穿り返されて。

 結城に凶器が突き立てられる度に、はらわたがちらされる。何度もまぼろしの痛みにおそわれる。

 けれど、痛みに呻く暇なんて、どこにもなくて。

 

「はなっ、れろ……っっ!!」

 

 せめて押し返せればと放った白光では、やはり敵の防壁に軽々と防がれる。

 なら近づけばどうだ。

 

「――ぐっっッっ!!!」

 

 側面を叩く。横殴りの衝撃。

 距離を縮めようと走り出せば、鬱陶しそうに払い除けられて、敵の攻的行動を阻害することは出来なかったと、腹部の激痛が物語る。

 

「つっ、結城、とう、ごう……! ぁっ――――」

 

 ――――遠く離れた黄金が、今度こそカズキを標的にしていた。

 その事実に気づいたのは、深々と突き刺さる槍の感触を、止まった思考の中でゆっくりと実感したから。

 ワームスフィアは発散しない。つまりこれは、純粋な質量による刺突。

 吹き飛び、吹き飛び、根の壁に強く縫いとめられる。けれど磔なんて上等なものじゃない。その一本で宙ぶらりんにされる、杜撰な見せ物。

 たった一本の、されど縫い付ける者より数十倍の大きさの槍に、胸の中心を貫かれて、そのまま。

 腹が痛い。今も痛い。アイスピックで肉片を丹念に抉り出せば、こんな痛みにでもなるのかもしれない。そんな結城が受けるはずだった痛みが、全てこちらへ回ってカズキを情緒をのたうち回す筈だった。

 心臓を貫かれた。そんな新鮮な衝撃に比べれば、どうってことがないが。他に気を回す優先事項へと顔を向ける。

 

「結城……っ!! ――――なっ」

 

 自由な右手で貫かれた姿勢のまま、サソリのようなバーテックス=フェストゥムに向けて白光を放とうとして、唖然とした。

 深い青。アサガオの花弁。

 青の障壁の先を睨みつける、東郷の姿。

 あれは、障壁を出しているのは精霊だ。そして精霊とは、勇者の、勇者となった者をサポートする存在。

 

「やめ――――」

 

 声なんて届かない。距離がどうこうなんて問題ではない。根本的に、カズキには何も出来ないから。

 そうして、彼女は勇者になった。

 きっと弱かったから、彼女達は勇者に成らざるを得なかった。

 きっと強かったなら、彼女達は勇者に成らずに済んだ。

 仲間が増えて心強いなんて思えない。力不足を悔いることならいくらでもできる。

 多分、カズキのシステムにリミットが掛けられてなかったのなら、こんなことならならなかった。カズキが昨日のような力を常に出せるのなら、少なくとも勇者部のみんなは戦う必要なんか無かった。

 その起因となったのは、昨日カズキが倒れたからで、カズキが使いこなしていればこうはならなかった。

 これが結果。これが現実。

 

「あ ぁ、あ――――あああぁぁあぁあああ!!!!!!」

 

 思い込みだろうがなんだろうが、カズキの力不足は、みんなを戦いへと駆り立てた。

 それが、それだけがカズキにとっての真実なのだから。

 そんな真実は、激情と共に敵への憎しみを、強く引き寄せる。

 赤熱する怒り。冷却され加速する思考。二つをフルスロットルで回して、憎しみを更に尖らせて、研ぎ澄ますことを止めはしない。歯止めとなる自分は、片っ端から否定されていった。

 獰猛な意識が、紫の力に無理矢理に引き摺り出される。

 自分のモノでないような、強烈な否定の意志が灯る。

 瞳が、橙に煌めいた気がした。

 

 

「あっぶなっ! 樹! 無事!?」

『な、なんとか!!』

「さっきも言った通り、バリア使うなら意識的に使うのよ! じゃないと……っ、ぶな……。とにかくどう、にかっ!!! 友奈達の救援に……っっ!!」

 

 矢の豪雨を掻い潜りつつも、どうにか有言を成し遂げる隙を伺う。

 吹き飛ばされた友奈もそうだが、さっきから呼び掛けに応じない勇者部の黒一点が気に掛かる。友奈に浴びせられた数々の攻撃を思えば、その影響をモロに受ける彼が心配になる。つい説明を忘れていたから、その焦りは尚更大きい。

 

「クロッシングが生きてるならっ! 無事なんだろうけど……!!」

『――――お、お姉ちゃん! あれっ!!!』

「なに――――あれって」

 

 青い輝き。友奈の桜色でなく、カズキの空色でもない。深い海のような美しい青。

 自分らの知らない新顔でないのなら、その輝きを放つ人物なら限られている。

 

「東郷――――」

『それと、アレ! あのブラックホールみたいなのって……!』

「……新しい敵とか、勘弁してよね」

 

 引き攣った笑みが溢れ、呼応したようにスマホが急に強く振動する。

 

「今度は何……はぁ!?」

 

 犬神に見せられた画面には、樹海のマップ。そして勇者と敵の現在地が記されている。

 無論と言うのか、敵と勇者部のメンバーはアイコンからして違う。敵のアイコンは、大きめに色のついた丸点だ。これはいい。

 そしてその数が四つなこと。これもまだいい。新しく現れた点は、あのワームスフィアーの発生地点と被る。大きさも、敵を包み込めるくらいに大きい。

 けれどそこに記された名称、これが分からない。

 何故なら彼は自分達と戦ってくれている味方で、世界を守る戦士の筈だ。

 だというのに、何故。

 

「カズキ……?!」

 

 見間違いかと五、六度見直すが、そこに記された文字に変化は無い。アプリは彼を敵だと見做している。

 ――――コオリカズキ=フェストゥム

 このアプリは神樹から齎された力であり、神樹の意志が乗っている。だから戦う意志を示せないのなら変身は出来ないし、戦うための力もまだ分けてはくれない。そして神樹は神様だ。神様が、些細な誤表記などする訳もない。

 つまり神樹は、その力を敵と判断した。

 

「なんの冗談よ!?!」

 

 東郷の参戦に喜ぶ暇も無く、今すぐにでも真実を疑いたかった。

 けれども、少なくとも扱う力は敵と同質なのだと、暗黒の球体が何よりも指し示す。

 ワームスフィアー現象。球体の形に空間の捩れを発生させて、その内に在る物体を空間丸ごとゼロ次元方向へ向かって、捩じり切る。黒い力場が内部に存在するモノを、消失させて無に帰す。バーテックス=フェストゥムらは共通して、凶悪過ぎるこの現象を様々な用途に応用して扱う。

 そしてそれを使えるのは敵だけ。自分達勇者には使えるものはいない。その強力な性質を求めて再現させようとした過去もあったらしいが、結局は頓挫したとも聞かされた、敵だけの強力無比な特権。

 だから今それを使えるのは、敵だけ。敵に類する、バーテックス=フェストゥムと定義される存在だけが、それを自在に操ることを許されている。

 いつしか矢の雨は止んで、元々いた敵達は、カズキの方を見ている。

 なんて隙を晒している。今なら封印の儀も易く行える。この合間を迅速に動けたなら、呆気ないほどに戦いは終わる。そうするべきなのだと、冷静な一部分が自意識へと語り掛けている。

 けれどもそんな意識すら、あの存在へと注目せざるを得ない何かがあった。

 

 

 生まれて吐き出す。ドス黒くも、様々な色彩混ざり合う波が寄せてはのたうつ。捻れ、千切れ、荒れ狂う禍渦の暴威。厭な色が止めどなく溢れて溢れて自中を満たして、汚して浸す。

 全ての矛先はフェストムという外来の存在であり、その感情は自分の物じゃない。

 発露のきっかけとなった憎しみこそ己自身。しかし漏出し続けるこれは、暗い紫紺の感情の数々は、郡カズキが持ち得なかった鉛の液体。それに比べれば、カズキ自身の憎しみなどちっぽけなものだ。

 長い年月を押し込められて澱みきった無念が、カズキの体の主導権を奪い去ることなど、そう難しい話ではない。だというのに、意識はその全能感に酔いしれて、他者の意思に振り回されるのを良しとする。

 右腕に握る白槍が、紫紺に染め上がる。目に見えてるそれが、切り替わる合図なのだ。

 清廉さから遠ざかるほどに、忌避されるべき心持ちへ作り替えられる。

 

「ここ、から」

 

 獰猛さが前傾出た。殺意は装填されて、壊したいという意識がより強く前に出る。

 秒を読むまでもなく、そこには橙の軌跡だけを残して、カズキは飛び出した。

 

「――――」

 

 それだけを願って、自分じゃない意思に身を委ねた。

 許すことの出来ない怒り。独りでは消化しきれない憎しみ。

 抑えきれないのでなく、押さえ込むことを最初からしなかったのは、多少なりともこの暴情に同意する部分があるからだ。

 一体でも多くの敵を倒す。そのためには、いるのかどうかわからない自分は邪魔だ。

 呟き切るまでの片手間で、堅牢だと思っていた個体へと槍は突き刺さる。防壁などなんのその。それを可能とさせる全能間に酔いしれつつも、一刻も早くこの存在に消えて欲しいという願望が、トリガーを即座に引かせた。

 

「いなくなれ」

 

 コアと称される部分諸共、蒸発する敵の存在。

 残された黄金の残骸が結晶に染まり、幻想的な光景に悦びが生まれる。

 ――――さあ、つぎだ。




ブラックな組織はますますブラックにしてもよい。そんなコンセプトで走ろうと思います
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