郡カズキは英雄である   作:真の柿の種(偽)

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「ぉ……(俺、じゃなくて、皆城総士は確か……)――――()()は、行かなくちゃいけない」
「――っ、そう、よね……()はもう……」
「(そ、そんなに落ち込まれても……これ、大丈夫なのか? 後で怒られたりしないよな……? 信じるぞ……!?)……司令官に、頼みたいことと、伝えなきゃならないことがあります」


動き出した刻

 壁の内へ戻る。ただ一歩を踏み込むだけの動作が、外と中の環境へ圧倒的な乖離を感じさせて。

 

『みんな揃って戻ってこれたね!』

『欠けること無いのは~、素晴らしきかな~!』

 

 自分の価値観だけが置いてけぼりになってしまうかのような、少しばかりの恐れは、静かにキラキラと揺らぐ水面を眺めれば、自然な速度で落ち着きを見せていく。切迫と焦燥が掻き立てられる炎の地獄はこの世界とは一分とて重なる部分は無いのだから、戦う際に荒れる自己の波は、静謐なものへと。

 大丈夫。平和とは、まだ自分の中の常識である事を、そう信じたい勇者たちは平静を取り戻していく。

 

『……芽吹は早くその娘を休ませてあげなさい』

 

 各々が思い思いの落ち着きを取り戻す中で、いち早く己を律した夏凜が芽吹へと声を掛けた。

 

『……』

『アンタまさか』

『……どこへ連れていけばいいのか』

『最初から考えておきなさいよ……』

 

 国土亜耶の『救出』、それはつまり一度は捧げた巫女を、神から取り上げる行為に値する。

 四国を取り囲む壁とは、単に外敵や炎の世界を防ぐためだけにあるのではない。古くに居場所を追われ、追い込まれ、残された人類が恩赦を(こいねが)い、天の神より『それならば』と赦されて見逃された所以もあって、あの壁は在る。もとより防壁と檻を兼ねて、いずれ死に尽くすまでの猶予期間を生きることが赦された、真の意味で箱庭なのだ。

 これはあくまでも、大赦の曰くが付いた話ではあるが――――その恩赦が台無しになる事態が一つ、引き起こされたらしい。

 

『あ、そっか。芽吹は大赦を裏切った結果になったから……どうすればいいのかしらネ』

『楽園とかはどうだ?』

『あそこはただの喫茶店でしょう? いざという時の防戦には適さないわよ』

『間違ってもあそこを戦場にはさせないけどねぇ~』

 

 ――曰く、どこぞの『怪物』が、壁の外へ出たにも飽き足らず、禁忌とされている領域をくまなく飛び回ったとか。あまつさえ壁を壊し、外の脅威を四国内へと引き入れようと暴れる始末。

 その行動が。その結果は。その『怪物』のせいで。

 それらが天の神の目に留まり、恩赦を受け取っていた人類は天の神の怒りに触れた。だから。そう、だから彼女は選ばれた。

 ()()()怒りを鎮める何かが必要で。

 

『それに、細かい検査も必要なんですよね……?』

『どこか安全に休めて、病院みたいな施設もあるところって……どこだろう?』

 

 その()()に、国土亜耶は最適だった。

 

 ――――郡カズキの失態を埋める為に、国土亜耶はちょうどよかった。

 

 芽吹へそう告げられた記憶が、自分の事のように思い返せる。他人の記憶を盗み見ているようで嫌だったけど、目覚めたばかりでは制御できなくて、偶然、本当に意図は一つも無く、彼女の怒りの根源を見てしまったのだ。

 冷たく、重たく、他者への労わりも優しさも存在し得ない、銃口のように突き放す言葉。

 

 ――――巫女の一人で四国の安寧を守れるのなら、これほど易い事はありませんよ。

 

 その老婆を自分も知っている。自分達は知って()()

 鉄のような女だった、それはどの時代も、どの世代へ移り変わっても変わり無い。自分達のような複写した存在ではないのに、彼女の一族の誰もが鉄のような意志と決意を以て、息詰まった箱庭の現実を切り開こうと、鉄の香りのする色彩を周りに流させる。その視点と判断は、人の心という熱を持つ生き物を無視すれば、酷く悲しいくらい正しい選択ばかりだったけど。

 人の体現者のように権威を肥し、敵を殺すただ一点を目指す姿勢は、戦う者としては正しいのかもしれないけれど。

 

 ――――運が悪かった。郡カズキを除けば誰一人にも落ち度はありません。それに他でもない当の本人が、きっと光栄な事だと喜ぶことでしょう。

 

 平和を求めて戦う人達とは違う。平和を維持するために戦わせる者達とも違う。

 敵を殺して、排して、殺して、絶滅せしめて、その為になら同族である人すら殺させて――――繰り返した果てに、ようやく自分の選んだ者達だけの価値観で出来上がる赤色の平和を求める人。

 

 ――――ともに喜び、手を振り見送って差し上げなさい。それがただの防人でしかない貴方に出来る、唯一の祝福なのですから。

『…………』

「……っと……」

 

 少し耽っていた思考から抜け出したのは、モニターにこちらを注視する千景の顔がアップで映し出されたからだ。

 アザゼル型ウォーカーを撃退し、それから――――炎の世界へと帰還する勇者たちへ付いて行くように、自分も同じ道をたどって四国へと戻って来ていた。

 壁の上へ直立不動のマークツェン改(アキレス)を、千景がいっそ睨むかのように見つめ続けるのは、『いい加減に顔を見せてくれてもいいじゃないの』と申したいのだろう事は明確だ。ただ、今コックピットを開くのはどうにも憚られる。何かしらのどうしようもない理由があるなんて話ではなく、とにかく心意気の話で。

 ひとえに国土亜耶と楠芽吹の記憶を読み取ってしまった瞬間から抱く、なんてことはない罪悪感が二つ。

 そして、その記憶の中の出来事に関する罪悪感が、もう二つ。

 

『……アルヴィスへ向かいなさい。彼等なら必要な検査も施せるし、大赦の手も届かない』

『私も、それ言おうとしてたんだ~』

 

 外部の音声を拾ってタイミングを伺っていれば、千景の提案を園子が後押ししていた。

 ともあれ。そんなこんなで()()()()()()()不可欠の犠牲を欠けさせた芽吹は、今では立派な反逆者だ。

 

『アルヴィス?』

『芽吹には、島の人たちって言えば伝わるか?』

『! ……郡カズキ(怪物)を生んだ奴等の場所へ?』

『……………………ぃぶつ――――?』

 

 千景の目尻が、こめかみがちょっとこわくないなんでもないきのせいだ。閑話休題――――

 ――楠芽吹の行いは、国土亜耶の犠牲をもって箱庭の存続を望んだ大赦の意向からは完全に離れた行動だ。

 勇者部へ、夏凜との縁を辿り嘆願した彼女は、楠芽吹。勇者とは違うが、防人の一人である部隊長。型落ちとは言えど勇者システムへ似せた防人のシステムを用いて、壁の外への調査、及び反抗作戦――――トヨアシハラ作戦と呼ばれる人類圏拡大のための実行部隊。いわば大赦直属の手となり足となる、秘密のお抱え部隊。

 そんな彼女の後ろに背負われる、誰よりも小柄で、ぶかぶかにも見える大層な巫女服を纏った少女が、楠芽吹の取り戻したかった国土亜耶。

 大赦の幅を利かせる領域では、確かに二人の身柄はすぐさま抑えられて、同様の焼き回しになる可能性は高い。それを思えば、アルヴィスへ向かうのは最適解のように思えた。芽吹本人の意思感情の流れはともかくとして。

 

『あな、たが――――――っ…………カズキへどんな感情を抱いてるのか知らないし興味が無いけど他にあてがあるのなら、どうぞそちらへ向かいなさい、アルヴィスは決して貴方を助ける為に存在している訳では――――』

『ちょっ、千景さん落ち着いてくださいって……!』

『ちょっと千景ー、笑えるくらいに年上のくせに大人げないわよー?』

『…………場所は、どこ?』

 

 険吞とした空気の中だというのに、のほほんと背負われる小さな巫女は、心地よさそうに眠りこけている。それだけ安心できる場所なのだろう。まるっきり気が不味い空気なのに。

 コックピットから顔を出さないのは、もしかすればこれが一番に大きな要因かもしれなかった。

 眉を顰めて捲し立てようとする千景を、銀と風が抑え込む。友奈も樹も東郷も夏凜も参加しかねない勢いがあった。

 その隙に園子がカードキーを、亜耶を背負う手に握らせる。

 

『は~い、これがIDなんよ~』

『……使い方は』

『大橋の所に公衆電話があるからね、そのカードキーを使えば何とビックリな感じになるんよ~』

『? ……?』

「……司令、今は取れますか?」

 

 関係の有る部分以外がまったく要領を得ない園子の説明を他所に、司令官へ直接繋がる通信チャンネルを開いた。

 

『――問題ない。どうかしたのか』

「楠芽吹と国土亜耶が六番ゲートへ向かいます。彼女らの保護を頼めますか」

『了解した、すぐに手配させよう。……他にも何かあれば言ってくれ』

「ありがとうございます」

 

 そんな短いやり取りの間に、入口へのレクチャーを終えたのか、楠芽吹は会釈を一つ残して早々に跳び去っていく。

 去り際に千景と一瞬睨み合いつつ。

 

『大怪我してるんですから、怪我に障る事しちゃダメですよ!』

『友奈の言う通り、骨に罅はいってるんだからジッとしてなさい』

『…………三好さんも、前に『島の怪物』って言ってなかったかしら』

『へぇっ!? ……その、あの時は私、何も知らなくて…………』

『………』

「この人はどうした」

 

 今度は不機嫌の矛先が夏凜へと向き始める。これで三百歳を超えている? 本当に?

 

『アルヴィスに連絡入れとくか』

『いいえ、銀。……彼がやってくれているから必要無いわ』

「えっ」

 

 驚いたのは、彼女に自身の行動を当てられたことではなく、あやふやに言わず、確定的な口調で言い切った事。

 美森の感応がもうそこまで育っていたのならば、()()()()()()()すらも彼女の中では明らかになっていそうで。

 

『やっぱりわっしーは感覚が強いね~』

『きっと島の力に触れると、私も当てられて強まるのね。……彼の力は、いつも強くて、頼もしいから』

『……東郷さん、嬉しそう?』

『そうね、友奈ちゃん。……この感覚が気のせい……でなければ、とても、嬉しい』

 

 少しだけ微笑んで、喜んでいるような表情が、その予想を裏付けているようなもので。

 

『いい加減にしないと、コックピット捥ぎ取って有無を言わさず調べるわよー……樹の満開で』

『いや、そんな事はしないけど……でも私も、貴方の姿が見たいです』

『風の言い分はともかく、実際そろそろ顔が見たいよな』

『風は無視して早く出なさいよ』

『賛同者ゼロ……』

 

 怖い。恐い。

 否定されるのが、怖い。拒絶されるのが、恐い。

 あんな事をしでかしておいて、痛みを、苦しみを、悲しみを、恐怖を与えさせて。

 認めてくれる訳が無い。

 

「……」

『こわいのね。……大丈夫。ここにいるみんなは、貴方を拒むことなんか絶対に無いのだから』

 

 それすら簡単に見透かされ、美森はまたもや断言をしてくれた。

 しかし、逡巡を振り払うのは簡単ではない。

 

『だめ、かな……?』

「…………」

 

 だめではない。ダメなんかじゃない。決して彼女達には不満も無く、不足も無ければ不服何て以ての外。

 ダメダメなのは自分。不満のは自分自身。不足しているのは勇気。不服なのは、度胸の一つも(おこ)せない弱さにだけ。

 

『……大丈夫だよっ! キミはキミ! 今生きているキミ自身が、他ならないキミなんだから! キミはそこにいるんだから、世界に出てきても大丈夫なんだよ!!』

「…………」

 

 励ましてくれて、その言葉の全てが本心から出でたモノで、その言の一字一句たりとて違えないことを知っているのに。

 あらん限りの優しさを広げて包み込もうとしてくれているのに、その優しさに応えたいのに、自分は、自分自身――――は。

 

『教えて欲しい、他の誰でもない……あなた自身の選んだ叫び(こたえ)を』

「………………」

『そこにいるとあなた自身が選んだ、あなたの名前(そんざい)を』

「……………………」

 

 自分は。自分は。自分は。自分は――――――――彼女らと、会話がしたいだけ。彼女らと、平和を過ごしたいだけ。彼女といたい、ただそれだけ。

 だから選ぶんだ、何度でも、何度でも選び直せる。だから自分は選び直したから。

 ――千景が、その問いかけを投げかけた。

 この世界に満ちる痛み。刻まれる心。繰り返す戦火。その、始まりの問い掛けを。

 

『あなたは、そこにいるのか、私は知りたい』

「…………………………――――――――」

 

 恐れを飲み込んで、勇気を出させる。

 彼女たちの目の前で、アキレスの腰部から四角く穴が開く。

 その穴にある楕円形のコックピットブロックが、彼女達の方へと差し出されるように置かれた。

 

「……ぁ」

 

 誰が口に出したのかもどうでも良かった。誰もが視線を集中させていた。

 その蓋が、開く。

 

「……」

 

 髪は黒。()()よりも短く、『真壁一騎』の中学生の時代の姿へとより近づいただろう。瞳の色も、その他容姿も子供であった『真壁一騎』の生き写しだ。

 讃州中学の制服とは違う、空を表したような色模様の制服をシャツも無く着て、制服の肩部と臀部は弾けたように破れていた。ファフナーへ搭乗する際には、接続として電極を身体へ繋げる部位の衣服が破れてしまう。シナジェティックスーツを着用しなければこうなるのは仕方ない。

 素肌比率が高いのは自覚している。でも、今は、それよりも。

 

「……ぁ、の、に、似てる! すっごい! 双子かってくらいそっくりさんだよ!!」

「…………だねぇ~……うん、そっか、『真壁一騎』に似たんだね~……」

 

 元が同じ複製なら瓜二つも同然だ。

 でも、その言葉には、温かみを感じた。

 だから、もう、目元を封じていた感情の氷が溶けだすのは時間の問題で。

 

「――さん」

「……?」

 

 震えた喉が声量を細くして、千景への言葉が届かない。東郷は確信をより強くして、口元を手で覆うのが見える。

 喉の震えが止まらない。歯が、舌が、口が上手く動かなくて、伝えたい言葉を伝えさせてくれない。

 開きかけてそのままの唇に、痛いほどに熱の籠ったしずくが落ちてきた。

 

「千景、さん」

 

 その名が、どれほど暖かいのか、目の前で不思議そうにするひとには分からないのか。

 その名が、そのひとが、自分にとってどれほど大切な存在なのかを、知らないのか。

 喜びだけじゃなかった。辛い重荷を託されて、苦しい状況でも頼れなくて、泣きたくなる戦火へと連れていかれて、痛みの棘が何度か胸を穿った。何度も穿った。憎しみすら抱いて、殺意を叩きつけもした。

 でも、痛みだけでは無かった。決して『いたくてくるしい』だけじゃない。

 自分は、自分は――――自分の貰ったモノは、痛みだけが全てじゃない。

 自分を生かす全てをくれた人だから。

 自分を指し示す、他の誰とも違う、唯一の記号をくれた人だから。

 

「遅くなって、ごめん、なさい」

「……ぇ?」

 

 人としての全てを認めてくれた、自分にとって、たった一人の家族だから。痛いのも、楽しいことも、全部が愛おしくて。

 泣いてでも、みっともなくても、()()()()()帰りたいと、願った。

 

「でもっ、帰ってきた……交わした約束を、選ばせてくれた人達がいたから……!」

「ぅ、そ…………ほん、とうなの……?!」

 

 だらしなく、しずくが顔を伝って、足元で跳ねていく。視界が歪んでまともに見えなくて、その顔をよく見たいのに、頬を流れるモノを拭う手間すら気にはならない。

 ずっと、会いたかった。何度でも、巡り合いたかった。再会して、また一緒に、あの家で――――自分の家で、一緒に暮らしたかった。

 だから、自分はそれを選んだ。

 

「――――――――カズキ――――――――?」

 

 絶望を越えて、何度でも繋がり合うために――――――――

 

 

 時間の感覚なんて存在しない世界。

 黒塗りだけが無限にどこまでも続く、不透明で不可視の境界線上。

 その線を超えかけて、底へと沈んでいく少年を引き留め続けるのは、薄くて赤い朧げな少女が一人。

 そして、同じくその結末を引き伸ばしていた英雄が、二人。

 

 ――――二人は、本当にそれでいいんだね?

『ああ、俺は、それがいい』

 

 真壁一騎が、目を閉じて笑う。

 言葉少なく、けれど彼の優しさが良く感じ取れるような、柔和な笑みだった。

 

 ――――二人が人として戻る事は、もう出来なくなる、それでも?

『元より僕らは死人のようなモノだ。道半ばで死んだ僕らが、今を生きようとする意思を助けられるのなら、それは望んだ以上のこと。……ただ、彼にも理由は聞かせてもらいたいな』

 

 皆城総士が、硬い表情を崩さず、真っすぐに見据えて述べる。

 よく喋るのは、自分の意志を余すことなく、誤解を渡さないように伝えようとする優しさからだ。

 真壁一騎も――――皆城総士も、どうしてだろうか。

 自分は、彼等の椅子を不相応にも許可なく扱う存在だ。自分が作られるからこそ、彼等が戻ってくる可能性は狭まっているというのに。彼等の帰るべき道を塞いでいるのは、他ならぬ自分だというのに。

 何故、自分へ。

 

 ――――   は?

「……俺、は……」

 

 どうして自分なのだろう。他にもいた筈だ。例えば自分の一つ前の真壁一騎はどうだろう。彼の帰りを待つ人ならたくさんいる。自分などよりも、世界へ戻る意味はよっぽど大きい気がした。

 そうするのが正解かもしれない。より多くへと祝福を醸すなら、それが賢いのかもしれない。英雄の因子を継ぐのなら、世界へとより良い影響を施せる人材が求められるから、だとしたら自分に相応しいかなんて、「そうです」なんて簡単には頷けない。

 ああ、どうしようもない。ああ、認めるしかない。ああ、諦めるしかない、のに。

 ああ、クソ――――ああ、でも、譲れない。

 

 ――――二人の声を聞いて、二人の答えを聞いて、それで   は、どうしたい?

「…………たい」

 

 涙が滲む。黒一色の境界線なのに、それで景色が涙で濁れば何も見えない。それでも、それでも心から流れる嗚咽が止まることを知らない。

 

 ――――聞かせて、   。

「…………りたい」

 

 今度は誰にでも届くように。

 英雄二人へ、もう自分の居場所を見失いはしないと、宣言するように。

 神様一人へと、もう自分は迷いはしないと、安心を促すために。

 

『俺もお前の選んだ答えなら、聞きたい』

『聞かせてもらおうか、僕らの命を欲する理由を』

 ――――聞かせてあげて、   。

 

 生きる理由。戻る理由。消滅を拒むための答え。

 そんなものは、いつの時代も変わらなかった。島の人たちも、そうだったから。

 世界に平和を――それは手段を求めていった結果として、副次的に求められる結末だ。根源はもっと、ささやかで、簡単に踏みにじられてしまうほど小さくて、ともすれば一番大切な願い。

 静かに、滂沱を瞳から表現する。

 

「俺は、千景さんのいる家に帰りたい」

 

 むず痒かった二人きりの時間。気遣いが痛々しく感じた時間。会話が成立する達成感を得られた時間。拙いコミュニケーションで、不格好ながらも剥き出しで触れ合った時間。

 帰りたい。こんなのは理屈じゃない。ただ、ただ自分は、自分があるべき姿になれる居場所が、彼女の待つあの家だったという事。こんな大切なことに、どうして自分は二年間も気が付けなかったのか。こんな単純なことなのに、どうして気が付くまで時間がかかってしまったのだろうか。

 ただいま、この四文字を言いに戻る。それ比べれば世界の希望だとか、救世の力だとか、自分にとっては些細な事。

 

「だから、生きたい。生きて、千景さんのいる場所に……」

 

 それが、偉大なる二人から命を奪い取る結果へ繋がるとしても。

 

「ただいまって言いに行きたい」

 

 それが、土の下に眠る数多の屍を踏み付けにする事と同義だとしても。

  () () () ()は、郡千景の待つ場所へ帰りたい。勇者部の存在する平和へと加わりたい。

 

 ――――   ……そっか。

『だったら、ちゃんと帰ってやれよ』

『僕らに遺された時も多い訳では無い。君が帰れたとしても、大人まで生きるには時間が足りないが……』

 

 構わない。たった四文字だけで良いのだ。

 それを言えるようになったのだと、伝えてあげられるのなら、何年だろうと、何日でも、何時間何分何秒でも。

 大丈夫だと、必ずそこへ帰ると約束したから。

 

『……どうやら、余計な世話だったようだ』

『なら、もう大丈夫そうだな』

 ――――……そしたら、二人は時間だね。

 

 皆城総士の人影が、闇の底へと沈んでいく。

 

『僕は先に行く』

 

 反比例するように、その命を受けて浮上するように――――いいや、これは確かに、昇っているのだ。

    の存在が、存在と無の地平線から離れて、彼等の命を受け取って、存在の側へと押しやられていく。

 

『君の信じる未来があるのなら、君の手で導いてみせろ、()()()

 

 より良い未来を導けるかは分からない。でも彼は、自分らしく進めと、そう言ってくれた。

 そうして皆城総士は、その意識を溶かしていき――――

 

『――――なあ、 () () ()

 

 残った彼も、ゆっくりと沈んでいく。

 真壁一騎は、少し悩む素振りをした後に、こんな事を言った。

 

『えっと……飯は、ちゃんと食べろよ』

「――――」

 ――――あはは、もうちょっとカッコいいこと言えなかったの?

『そう言われても……ああ、あれだ、授業はちゃんと受けろよ』

 

 小言のように、けれどそのどれもは、言葉を向けた相手を心配するからこそ出てくる言葉で。

 まるで、言葉に形作るのも苦しいが、自分なんかが烏滸がましいかもしれないが、まるで。

 

『郡には、あまり心配をさせてやるなよ』

「はい」

『自分を大切にしろよ。雑に扱ったら、色んな人を悲しませて、お前が辛くなるから』

「っ……は、はいっ……」

 

 年の離れた兄がいたらなんて、思ってしまって。

 

『それから、生きろ』

 

 きっと、励まされ続ける。

 これから先に何があっても、挫けても、折れても、倒れても、死んでも、この時間は最大の激励なのだから、自分を絶えず鼓舞し続けるだろう。

 

『俺と総士なんか気にせず、最期まで、お前の人生を生きろ――――――――()()()

 

 笑って、送り出してくれた気がした。

 その言葉を最期に、真壁一騎は、皆城総士は、境界の向こう側へと完全にその存在を置いた。もう彼等の声は聞こえない。彼等の命は向こうには感じられない。

 彼等の命は、英雄二人の命は、ここにある。郡カズキのいる場所に、受け継いだ命はある。

 そうして、 () () () ()は帰るべき場所へと。

 

 ――――選び直してくれてありがとう。わたしは、本当は……   に生きて欲しかったから、とっても嬉しい。

 

 カズキの命を繋ぎ止めて、存在と無の境界線を超えないよう手を握っていてくれた少女。

 最後の分岐路をどう選ぶかを、今日この日まで待っていてくれた、島の神様。

 

 ――――……痛みを負ってでも、生きて欲しかった。

「なんで、そこまで望んでくれるんだ……?」

 ――――前にも言った、忘れちゃった? ……会いたかったんだ、いつか、   と。

「……会いに行くよ」

 

 きっともう、自分はその未来へ向かう事を迷わない。

 命を使う未来じゃない。自分が自分として生きる未来。

 消えたいとは願わない。ここにいる事を選び続けて、その為の未来を求め続ける。

 そしてその先で、自分は彼女と島での邂逅を果たす。

 

「必ずキミに会いに…………そうだ、名前」

 ――――……。

「ずっと知らなかった……知ろうとする余裕もなかったけど、今は知りたい」

 ――――無いよ。

 

 そんな悲しい事を、当たり前のように彼女は言ってのけて。

 

 ――――だから、   がつけて。

「え?」

 ――――   のくれる名前がいい。

「……え、っと、俺で、いいのか?」

 ――――   がいい。……ダメ、かな。

 

 自分にそれが出来るのかは分からない。

 けれど彼女は、もう   の中では掛け替えのない存在だから、信じてくれる心を無碍にはしたくない。もう () () () ()は、 () () () ()へ向けられる優しさと信頼を、踏み躙る事だけはしたくない。

 

 ――――次に逢う時、聴かせてほしくて。

「……良い名前になるか、分からないけど…………それでも、いいなら」

 ――――……ありがとう。

 

 何とも、とんだ大役を任されてしまったようで、自分自身の命を軽んじる事の出来ない理由がまた一つ増えてしまった。

 これは重荷だ。背負い込むには不足している自分には、そのの重たさで苦悩を迫る。しかし悪い気は一向に起きない。どんよりと、失意へ落ち込むような気質は起こり得ない。

 湧き上がる使命感が熱を抱いて、胸に広がる温度は過度には高まらず、身を焦がさず、暖め癒すように、柔らかく広がっていく。

 これから自分が目覚める世界では、この暖かさが凍えるくらいに厳しい現実が満ちている。嵐のように荒れる未来が待っている。のどかで居心地の良い箱庭を揺るがし、見せ掛けの天は変わり、炎の大地は異なる地へと変貌する事だろう。

 それでも、自分は迷わずその道を選ぶ。

 一度は朽ちて果てる運命にあった命だけど、自分はその場所へ帰る未来をもう一度選び取る。

 

 ――――壁の外に出るまでは、自分の事は総士みたいに呼んで。きっと必要の無い争いを回避できるから。

「分かった」

 ――――……自分を偽らせることになって、ごめんね。

「気にしないで。キミがそう言うなら、多分、それが正しいんだ」

 

 理由の如何を問うなど無駄だ、彼女の言を疑う事などそれこそあり得ない。

 初めてから今の今まで、彼女は () () () ()への献身を尽くしてくれている。それを思えば、一度や二度くらい己を偽る事など苦痛にも入らない。

 

 ――――またね、()()()

 

 その声を次に聴く、直接出逢うその日まで。そしてその先の未来へと進む為に、少年は再び世界へと戻っていった。

 痛みを刻み、痛みを調和する――――相剋する双極を携え、英雄の遺志は泉にて目を覚まし。

 同時に二人の英雄を秘した二つの結晶の棺は、中身ごと砕け散った。

 

 

 絶望を越えて、何度でも繋がり合うために――――()()()()が信じたそこへ、()()()()は帰ってきた。

 

()()()()()()()()

 

 ()()()()()()()()()()()

 繰り返される同じ問い掛け。世界から押し付けられる痛み、その度に強く苦悩する己の存在。

 どこに居れば良いのか分からない時もあった。どこへ向かえばいいのかも分からない時だってあった。どうすれば答えが見つかるのかさえ、理解が及ばず我武者羅に走り出した日々の方が多かった。

 でも、これが郡カズキの辿り着いた、一つの答え。

 

「ただいま、みんな」

 

 命を尽くし、命を吐き出し、命を使う。その覚悟は本物で、翳りの無い輝きを放ち、朽ちたとて後悔は無かった。

 けれど郡カズキは、何度でも選び直す。

 その余地が少しでも残されているのなら、何度でも、その場所へ向かう。

 家族の待つ場所。仲間のいる場所。友達と過ごす平和の只中。

 自分の帰るべき場所へ――――彼女らの存在する場所へ、何度でも。




 柿の種(偽)の思う英雄二人のイメージ

・一騎は何かを改まった場で言おうとすると上手く言えなくなって、端的に直接的な表現を多用するイメージ。
 大人になれば距離の測り方が上手くなって、のほほんとした顔で的確にズバリと言い出すイメージ。
 運動完璧な少年なのに、口下手で心開かない系コミュ障の主人公って一騎以外に思い当たらん。言語化がむずい色気のある男よ。

・総士は自分の一見したイメージを客観視できてるから、それに沿った物言いをしようとして、でも自覚できてない不器用な部分混ざってテクニカルな表現が増える。
 あと間違いなく少年期の中二病が変なカタチで定着して大人になってる。アルヴィスとかいう秘密基地で生活してりゃ、そりゃああなる。
 クールで静か~と思いきや、案外めっちゃ早口で喋る印象ある。

 二人の性格を、というか各キャラの性格捉えられてんのかねこの柿の種は。
 異論は認めます。認めまくります。
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