大樹は枯れ、勇ましき大輪を咲かせる日。
天を穿ち、悪竜と対峙し、過去を取り戻す戦いへ赴く日。
三百年の積み重ねを必要とした決別は、確かな速度で迫りくる。
司令室で向かい合う、アルヴィスの主要の者達。皆が同じ、空模様のようなデザインをした制服に身を包み、これからを話し合う。
その席へ加わったカズキと千景も、同じ制服に身を包む。未成年と成年とを区別する為か、カズキだけが色合いの反転した制服だとはいえ、気分が昂揚へと向かっていく。『真壁一騎』や『皆城総士』達と同じ格好をできる事が、どうにもカズキをわくわくとさせる。
ずらりと同じ服装をした者達が並ぶ中で、三名だけの例外が在るが――タンクトップの筋肉、エプロンの老婆、白衣の女医――これもまた、三百年と続く伝統みたいなものなのだろう。
真面目そうな雰囲気をした金髪の女性が、事細かに解説してくれる。
『一つは、『増幅』のSDP』
存在の力を文字通り増幅させる力。構造の強度、出力の限界、概念の効力なども問わず。
底上げされる力の質は多岐に渡り、既定を超えて増幅されたその存在は、本来の想定とは掛け離れた運用法をされることもあるほどに応用性がある力だ。一例をあげるならルガーランス、アレも今では、さも強力な砲撃兵装のように扱ってはいるが、本来は近接から中距離を想定された武装だ。極限の白光を噴き出す大砲としての使い方など、設計者もビックリな使用方法だ。
己の象徴のように振り回していたカズキの相棒だが、その使い方はやっぱり『ルガーランスの間違った使い方』であり、しかして『
言わずと知れた力であり、カズキにとっても一番に馴染みのある力。そして、戦士達の力を宿している千景も同じくして――西尾暉と西尾里奈、二人のSDPである『増幅』を扱える。
『そしてもう一つは、九月の決戦でカズキ君の手へと渡った――――マークツヴァイのSDP』
『ああ、そういえば……あの時に同化していたな、俺』
『? ……知っている筈よ、SDPとは、個人と機体が結びついてこそ真価を発揮できる。私のような例外なら、人のまま戦いへ用いることが出来るけれど……』
『君の言う通り、人の身で引き起こる超次元現象は、やはり人の範疇でしかない』
『ですのでカズキ君が扱うには、ツヴァイの機体がどうしても不可欠となります。或いは――――
『……話が、違う』
となりに座った千景から、隠しようの無い怒気が漏出する。
その視線の先は、カズキを除いたこの場の全員へと、脇目も降らず向けられた。一人一人を睨む瞳には、敵意へと変わりかねない熱量が籠っている。
『ザインとニヒトの力は使わせないという話だったでしょう……!?』
『えっと、千景さん?』
鈍い疎いが因子へ根付いたカズキと言えども、流石に話の流れというモノくらいは分かる。
この後にハシゴを外される、そんな未来が見えた気がした。
『ああ、カズキ君にはツヴァイの搭乗を期待する』
『…………へ…………?』
中腹まで登っていた怒りのハシゴが、司令界の一言によって大きく揺らされた。
『乗るって……でも、機体は俺が壊しましたけど』
怒り心頭の千景の表情は、一転して困惑へと深まっていく。
それを尻目に、当然のように浮き上がってきた問いを投げかけて、疑問の解氷を願った。
メカニックの男性と司令官が、落ち着いた口調で説明してくれる。
『実は……機体の
『しかし此処は、竜宮島ではない。故に、唯一不足していたコアだけが調達できず、中身の無いファフナーでは戦いの役にも立たない。日の目を浴びる予定すらも無かったのだが……そこで君だ』
『あ……そうか、俺はファフナーのコアでもあるから』
合点がいった心のままに、そんな事を口にしていた。
人の姿に人の心を持ちながらも、フェストゥムの力を奮う存在――――云わば、人とフェストゥムの狭間にある者を、『エレメント』と呼ぶ。そして、エレメントとは往々にして、特異が際立つ存在だ。
例えば皆城総士。例えば皆城乙姫に、皆城織姫。『真壁一騎』はエレメントではなく人として眠りについたが、もう少しだけ状況と瞬間が整っていれば、島のミールから祝福を受けて、生と死の循環を超えた存在へと成り果てていただろう。
他にも幾名か確認されているその例外達は、全員が戦う事に秀でていた訳ではない。しかし皆々が世界にとって、陣営にとって、誰しもにとって、大局を左右する大きな存在だったのは間違いない。
その列に並ぶということは、
今代に存在するエレメントは、郡カズキと郡千景の二名。
大きな争乱が近づく今、やはりカズキと千景は、普通の人として暮らす道を選ぶ事は無いのだろう。かつて、自分達よりも前に戦ってきた者達がそうしてきたように、
『それと同じくらい、カズキ君は人間です』
『……ありがとうございます、遠見先生』
そんな認識を既に固め尽くしていたカズキへ、遠見女医が、何とも嬉しい補完をくれた。
それに笑顔で感謝を伝えれば、ふんわりとした空気が司令室へ流れ出した。周りを見れば、うんうんと頷くアルヴィスの面々。
この道を選び取ったのは自らの意志だ、優しい言葉を何度掛けられようとも、カズキはもう迷わずに島へと歩みを進めるのだ――――けれど、優しく見守ってくれるのは、なんとも気恥ずかしくて、それでいて嬉しいモノは嬉しい、これに言は尽きる。
『無論の事ながら、我々は、我々の希望を使い潰すつもりはありません。今後の作戦行動においても『郡カズキはエインヘリアルモデルで出撃する』、この前提を崩す事は滅多にないでしょう』
という話なのだが、さて、そんなこんなを聞かされた千景さんは、平静極まる表情で黙りこくってしまっている。このまま話を続けても良いモノなのだろうか。
『という話なのだが……この先を続けても?』
『…………』
カズキの疑問を代弁するかのように、司令官が千景へと問いた。
呆れ半分の感情を感じてしまったが、もう半分は微笑ましい感情が多かった。そういった趣旨のコントでも見ている気分なのかもしれない。
『ええ……そう、そうね……完全に私の早とちりね、ええ、話を再開しましょうか』
『千景さん』
彼女は、少々カズキに甘すぎるきらいがある。甘すぎるあまり、カズキへのそういった扱いにも一際敏感になってしまっているのだろう。日を追うごとに甘さ加減が増していくのは、ちょっとだけ嬉しい話ではあるが、それはそれ。
勘違いを加速させた先に待ち受けていた羞恥だ、並々ならぬものがあるだろうけれど、認めるべき非は認めなくてはならない。
『流石にダメだろ、それは』
『うっ……ごめんなさい』
『い、いえ、そんな……お気になさらず』
『ガッハッハ! クールが代名詞だった郡千景も、カズキの前じゃ形無しだな』
溝口に笑い飛ばされて、悔しさに歯噛みする千景。だが謝ったばかりな手前、言い返すこともできずに、ぐうの音しか上げられていなかった。
朗らかな空気が流れて、室内の皆が笑っていた。それはすぐさま、堅苦しい空気へと移行していく。やるべき事、そうでない事、分別をつけられない彼等ではないという、細かな証左だ。
閑話休題を終えて、卓上のホログラムに、ファフナーのビジョンが映された。
機体に付けられたタグには、
『カズキ君の駆るグリムリーパーのSDP。千景さんの扱う『増幅』のSDP。二つを掛け合わせて、
金髪の女性オペレーターが、そう言って締め括り――――今に、至る。
水面を震わせながら、海中から波飛沫をあげて水球に包まれた漆黒のファフナーが飛び立った。
海から飛び出した途端に、機体を覆うスーパーキャビテーション状態を表す水泡が弾け飛び、雨のように遥か下へ降り注いだ。空中を飛翔する勢いのままに壁の外へと向かい、その巨大もあって、遠目からでもその光景はよく目立つ。
しかしなんでも、四国の住民に触れては不都合な景色には、神樹が優先的に認識へのフィルターを作用させるのだという。常にそうしてくれるという訳でも無いが、事前に大赦へ知らせていれば、巫女を通した措置を取り計らってくれる。
今現在、大赦の中枢とアルヴィスの仲は最悪の一言に尽きる。だが、壁の外で唸りを上げる火の海は深刻だ。いくら組織が一枚岩では無いとはいえ、早急に対処が必要だというのも、誰しもが納得している共通認識という事だ。
「クロッシング開始。千景さん、不備はありませんか?」
『ええ、ちゃんと聞こえてるわ』
「了解。……じきに壁へ到着します」
機体に備えられたバーニアを全開で噴かして、着地の手間すら省いて目的地へと滑空しながら一直線に向かっていく。
片手に握る機械の白槍は、普段握っているものよりも軽く感じる。マークザイン専用の槍を基準とした長さとは、圧倒的に違うのだからそれも当然か。
もしも人間の身体なら、相対する敵の大きさは巨大怪獣もかくやだ。しかし、今しがた操縦しているのはファフナーだ。そしてファフナーのサイズは、バーテックスと比べても遜色がない巨大さだ。
極端と言い切れるほどに長すぎる得物よりも、今の身の丈丁度のサイズの方が、取り回しが良さそうだった。
『壁の外へ出てきた人類へ向けられる敵意、加えてカズキ自身に刻まれているタタリ。戦闘は必至……その中で、私達は作戦を遂げないとならない』
「あの時の『変身』の機体――
他者の力を、己へ写し取る力。これは非常に厄介極まりない力だ。混戦になりがちな戦いが多い中、あの機体が敵に回っているだけで、こちら側の力を写させないようにするために、取れる手段のいくつかを潰されてしまう。現に前回四国へその姿を顕した際には、カズキの身を持ち去らせないよう、千景の持つSDP――空間転移を可能とする『消失』――は実質的に封じられていた。
他にも、例えばグリムリーパーの力を写されれば厄介だろうし、千景の持つとっておきの力とて戦況を己へ簡単に傾けることのできる力だ。それでいてスペクター自身の逃げ足も速い。乗っているパイロットも不在だろうというのに、引き際を見極める巧みさは、
何にせよ、討てる時に討つのが推奨される敵なのは確かだ。忘れた頃に再び襲来されて、盤上を引っ繰り返されてもたまらない。千景が討つべきと判じるのなら、英雄の力を用いて一気呵成に叩き潰すつもりだが。
『あの機体は、カズキが心身ともに弱っていたからやってきた。付け込む隙の無い今のカズキの前には、おそらく影も形も、些細な気配すらも見せないでしょうね』
「それは……厄介ですね」
『島の機体が奪われるとはそういう事。……だから、カズキもその機体を勝手に降りないように』
「うぇへ?」
上ずった声が、ついつい出てしまう。
いざとなればコックピットを飛び出して――とか、こっそり考えていたりしたような、そうでもないような。
『どうしたの、そんな間抜けな声を上げて、まさか、まさかと思うけれど、ね――――いざとなればザインかニヒトを使えば良いだなんて、そんなことは、まさか、ね?』
「……」
『カズキ?』
「…………」
『どうしたの? 何故、黙り込むの?』
眼前へと、情の抜けた千景の笑顔が、赤いヴィジョンで映り込んでくる。
『黙らざるを得ない事でも考えていたの?????』
それをそっと、目を逸らしてみた。
理由とかはない。本当だ、ホントに。形勢は悪い色だし、旗色も濁ってる、なんてことはそれこそまさか。
「壁を、こ、越えますので……」
『カズキ?』
「……て、敵にすぐ囲まれます。千景さんも来てくれれば助かります……っ!」
『――――はぁ……帰ったら話があるから、そのつもりで』
実刑宣告も同様であった。
この作戦後は、メディカルチェックを受けてから帰宅だ。戦いの最中に余計な事は考えられない。遠見先生からの診断中が勝負となるだろう。大人の意見も総動員して、どうにか説教の被害を極々へと納めなければなるまい。
荒れ狂う思考の波は、実は千景へとダダ洩れになってしまっている事にカズキは気が付かず。
カズキの視界は――――グリムリーパーの目の前に広がる視界が――――業火が
「――ギガンテス型が二体。取り巻きにディアブロ型が、えっと、三十くらい?」
グリムリーパーの肩へ、空間を跳躍した千景が降り立ち、佇む。
比喩の無い火の海の上に漂っていたその個体群が、カズキ達の気配を感じ取り、敵意の意識を悪意として、こちらへ不躾に向けてくるのをカズキは感じた。
一瞥できる範囲を通り越したカズキの感応が、目を凝らしても見えない距離の存在を知覚させる。それらの材料を元に、グリムリーパーが分かりやすい構図を描き上げ、それを千景の持つ端末へと共有させれば、彼女から伝わる感情は安堵だろうか。
『……スフィンクス、シーモータル、プレアデス、スカラベ……数えるのも億劫だけど、ざっくりと三百弱かしら? ……最後のアザゼル型はいないようね』
「だとしても、千景さんと俺なら大丈夫だと思いますけど」
『戦力的な話ではなくて、あのストー……ウォーカーが単に嫌いなだけ。……それよりも、乗り心地はどうかしら』
カズキという特大のエレメントを載せたファフナーが、想定された規格に収まらない異能を発している。
「アキレスの時もそうでしたけど、やっぱりこうなるんですね」
『便利そうね。……多分、ザインかニヒトが影響して……』
力を大きければ大きいほど良い、などという単純な話ではないが、特別なユニットも必要とせずに空中機動を駆けることが出来るのは、戦闘に於いては特段の利便性だ。
フェストゥムに混じる星屑のバーテックスが群がり始める前に、一番に手間のかかる敵の方へと進む――その前に再度、己の中で休止状態にあるコアの状態を確かめた。
「大丈夫。無意識に使ってた、なんて間抜けでもないようです」
『……なら、いいの』
胸の奥に感じるソレは、炉を灯していないにも関わらず、過剰にエネルギーを吐き出し続けては主の肉体を侵食していく。毎日、毎夜、毎昼、毎朝、時を重ねればその分だけ、人間の部分を細胞単位で貪り続け、最後には――――とにかく。
この力が起動していないのは確認できた。だとすれば、機体の機能に無い浮遊能力は、あくまでも休眠状態中に垂れ流される余熱によって後天的に付随した力なのだろう。
「突っ込みます」
『無理はしないこと』
「千景さんも」
だというのに、気に掛ける言葉はそれでおしまい。
まるで心配など不要とでもいうかのように、カズキも千景も、気を逸らす事は無かった。
互いへの掛け合いは、それだけで充分。グリムリーパーのスラスターから、推力が限界まで吐き出されて、黄金の亀の怪物へと弾けるように向かっていく。同時に、肩へに立っていた千景は存在を消失させて、まばたき程の隙間の後に、雑多の群れの前へと躍り出る。
開戦は、千景が敵の数を十単位で減らし始めた瞬間からだった。
敵の飛沫を舞わせて、敵の部品を散らして。それらが火の海へと着水する前にワームスフィアに包まれて消えていく。地獄に相応しい空模様のように、敵だった軌跡は暗黒色の球体群で描かれていく。
鎌へ付着した血を払い、再びその刃を敵の中身の色で染め上げる。
その色が乾く暇なく、刃の軌道に淀みなく、敵の殲滅速度に鈍りなく。
金色の命が、彼岸の色に散らされていく。
『相変わらず、凄まじい数の命が――――死にたがるのね』
カズキは、それを尻目にすらしない。
雨あられと向かってくるワームウェッジが、グリムリーパーを穴だらけにしようと壁の如き密度で迫った。
輪の形状を象り、空気から音を鳴らすほどに高速回転をさせたワームが、避けようの無い角度から迫った。
ギガンテス型の口から、終末を予期させる火炎が放たれた。放散が収束していくそれは一条の光線となり、カズキの命を焼き払わんと迫りくる。
致死圏内にして補足圏内、マトモに喰らえば欠片も残りはしないだろう。加減も何もない、遊びの気配が感じられない本気の殺意がそこには迫っていた。
射線から離脱する選択肢は、グリムリーパーでは選ぶに困難。一つ一つを馬鹿真面目に回避する選択肢は、ザルヴァートルモデルモデルですら躱し切れないであろう密度を思えば、現実味を欠いている。自然、残された選択肢は二つであり、選び抜くものは一つ。
迎撃か、防御か。
機体の胸部下から、両腿から、計三つの紅い回転体が露出する。
この機体の力を、今一度思い返し――――そのための機構が、全開で作動した。
「どんな力も、いつか」
左手のマニュピレーターが、金色の輝きを灯す。
円形の緑色をした鏡面が、金色を翳した先に作り出された。
――ファフナーという兵器には、各機体それぞれに特色がある。
元々は搭乗者個々の個性に合わせたチューニング、そして大きく四つに分かれた機体の種別でしかない。それらを指して、ノートゥング・モデルと呼ばれていた。
他にも、全てのファフナーの原型となった、第一世代のエーギル。開発を進めた、第二世代のティターン。それらを踏まえた、第三世代のノートゥング。これらのモデルとは違ったファフナーも存在したが、やはり本質は兵器であり、機体それぞれは汎用性を求められるのは、あまりにも自然だった。――――あまりにも規格と常識と想定から外れ尽くし、産まれてしまった
されど、いつしか本当の意味で、機体それぞれに個性が飾られる事となった。
その個性こそが、
敵の力を宿し、敵と戦うというファフナー開発のコンセプトは、きっと、その力へ辿り着くための指針だったのではないか。
「無に、還る」
緑の鏡面が、攻撃の一切を塵へ返す。
眩いほどの熱線が、恐ろしい速度で空気を焼いて迫る。しかし緑の鏡面――グリムリーパーの生み出したフィールドへ触れた途端、まるでそこへ吸い込まれるような景色をして、殺意の攻撃は無へと散っていった。その他の攻撃の結果も、全てが無を帰す。
――カズキの駆るファフナー。モデル名は、エインヘリアル・モデル。
ノートゥング・モデルのままでは力を引き出し切れず、或るいは負荷に耐えられなくなり、その後に待つのは破滅の未来だった。
それを翻すために、一人の戦士が未来から設計を引き寄せ、その時代の島の意志が組み上げた、第四世代のファフナー。
その特徴は二つ。一つファフナーへ搭乗する際に、逃れらない同化現象の負荷を、従来以上に軽減させること。そして、もう一つこそが。
カノン式アクセラレーターと呼ばれる、紅赤の回転体。これは、アザゼル型の持つ強固な個体防壁だろうと、致命的なダメージを与えることが出来る程に機体の出力を増幅させる
「……帰りな」
二撃目を用意するギガンテス型を、内側から翡翠の牙が食い破る。取り巻きのディアブロ型も同じように、臓腑から突き出た結晶に呻き、動きを止めた。
亀の怪物が口内へ溜め込んだ高熱は、疾く意味を成さず、周囲の空気と混ざりあうだけに留まる。
射程範囲を広げるように、強く意識すれば、赤の回転体は雷を発するほどに存在意義を加速させる。後方へ控えていた二体目のギガンテス型すら、一体目と同じように、翡翠の牙に蝕まれていく。それだけでなく、フェストゥムと比べれば貧弱が過ぎる星屑バーテックスへも力を向ければ、この領域に存在する個体全てが翡翠の輝きに包まれていく。
――その主要機能は、機体ごとに存在するSDP能力の強化。
機体毎に備わった力は、それぞれがフェストゥムの力をフォーカスし、より特化させたようなものばかりだ。
九月の決戦時に、単騎で四国へと救援に駆けつけたマークツヴォルフ。パイロットの名は立上芹であり、そして、その力は『
国土亜耶救出の折、カズキが搭乗したマークツェン改――アキレス。本来のパイロットの名は西尾暉と呼び、その力は、『増幅』。接触した対象の強化し、その証明として、対象には翡翠の結晶が咲く。これもまたフェストゥムには見られる機能であり、フェストゥムの力に浸かり切ったザルヴァートル・モデルが多用する印象が強いだろう。
「お前たちのいるべき、無に」
静かに、語り掛けるように、穏やかで安心させる声色で――――『お前らは死ね』と、言い放つ。
ファフナーを遥かに超える巨躯が、一斉に弾けていく。コバンザメのようにいたディアブロ型も、悉くが小気味良い破砕の音と共に、美しく砕け散っていった。
地獄の外界。目を痛める業火の色彩。希望の芽吹く余地を赦さず、絶望だけが渦を巻く世界。
そんな世界で、その光景だけが美しさを主張していた。
「ふぅ……こっちは片付きました」
『速い、流石ね。こっちは――――もう終わる』
ここいら一帯の敵は、今しがた七枚におろしたスフィンクス型で最後だったようだ。
一応、作戦概要ではツインドッグという扱いだったが、連携などした覚えが無いのはどういうことか。実質的にはローンドッグが二人いただけなのではないか。もしかして、こんなことを汗もかかずにすんなりと達成できてしまうから、自分達は他者との交流が下手なのではないか。――なんて、無駄な思考は一度置いていく。
本番はこれから。自分達が何をしようと目論んでいたのか。
これからそれを終えて、それをもう三度繰り返すそこそこの労働だ。
「じゃあ、はじめます」
『ええ、私も――』
再びグリムリーパーの肩へと転移してきた千景が、優しく装甲へとその手を触れさせる。
ひんやりとして、芯に温もりを感じる小さな感触が、肩付近をくすぐった気がした。
「……今さらですけど、四国だけ避けるって、本当に出来るのか?」
『私も手伝うから、大丈夫よ』
「……はい、お願いします」
千景の手に宿る結晶が、カズキと繋いでくれる。
『クロッシングをより深く、意識を合わせて……私の心と、カズキの心を重ねるの』
「……意識、を」
『私の見ているモノ、聞いているモノ、私の感じる全ては――――カズキが感じているモノ』
「……」
『カズキの見ているモノ、聞こえるモノ、カズキの感じる全ては――――私が感じているモノ』
「…………」
機体を抜け出た己の五感が、千景の心と重なり合う。
カズキには、その言葉は、戦うための手段だった。
相手と己を一つに溶け合わせて、存在の綱引きをして、一つの命を奪い合う力。
痛みを溶かし、存在を調和する救済の力。最後の手段としか認識していなかった、その力には、こんな使い方が在るだなんて思いもよらなかった。
『わたしは、あなたに』
「…………」
ああ、でも、たしか、これは。
これを始めに言葉にしたのは、皆城乙姫だった。
『あなたは、わたしに』
「……………………」
心を理解し合い、心に寄り添う。心の痛みも、心の喜びも、心の悲しみも、全てを共に委ね合う。
分かり合うために語り掛ける、これは、そういう力だ。
『――――カズキは、力を広げることに専念して。制御は私が受け持つから』
「……はい……」
緑のフィールドが火の海を塗りつぶして、片端から鎮火が広がっていく。
細かな部分は考えない。制御を任せろと言ってくれたのなら、自分はその言を全面的に信じ尽くして、持てる限りの力を使い尽くすことへ注力すればそれでいい。
――
かつて、勇者部の前にも死神然としてその力を奮った存在の力。
停滞、停止、消滅。マイナスの概念で手を招き、世界のあらゆる存在へと働き掛ける力。
その力を用いることで、四国の外にある火の海の勢いを抑制する。
寿命の短い箱庭を、対外的な要素への対症療法によって結果的に延命させる。それが、この作戦の目的だった。
千景からの言い付けだから、それも理由の一つだ。健康へ気を遣うようになったと称するべきか、こうして自分の体の状態について、遠見先生と長く話し込むようになったのは、これも成長と言い換えられるだろうか。
自動ドアの駆動音を頼りに、ロクに目の前も見ず、タブレットの中の検査結果を、穴が開くほど眺めながら室外へ歩き出る。
それが良くなかった。廊下を走るような急かしい者はアルヴィスには数少ない。だとしても、しっかりと前を見ずによそ見をしながら歩くなど、褒められる話ではない。
「きゃっ!」
「おわっ」
こうして人とぶつかるのも、他に気を取られていなければ、カズキの運動神経なら避けられたハズなのだ。
ぶつかった非礼を詫びる訳でもないが、倒れていきそうになる小柄な人影を転ばせないために、腕を掴んだ。
そのまま引き寄せようとして、思考に仄かな危機感が挟まる。
――細い腕、引っ張れば抜けそうだ――
「っと」
カズキの責で怪我をさせるのも忍びない。引き寄せるのではなく、抱きかかえる方向へと方針を急転換させる。
右腕を背中へ回し、相手の重心ごとこちら側へと寄せた。
その小さな体躯を認識して、大人にしてはあまり幼げな体格に一瞬だけ戸惑い、腕の中に納まった顔を見てすぐに納得する。
「国土か」
「、ぅ」
「国土?」
齢十二の、身体が出来上がってすらいない未成熟の少女だ、カズキの身体能力で腕を引っ張りでもすれば、筋の一つや二つは傷めることになっていただろう。咄嗟の判断を間違えていなかったようで安心する。
そんな彼女は、腕の中で縮こまってしまって、ピクリとも動かなくなってしまった。
すわ、抱き留め方を見違えてしまったのかと、少し焦る。
「だ、大丈夫か? 怪我させないようにしたつもりだけど、どっか痛いか……?」
「あぅっ」
「国土……?」
「……カっ、ズキ、さん……その……」
語気は弱々しく、瞳孔は置き場が目まぐるしくて、おまけに頬はリンゴみたいに真っ赤だ。
普段の白磁のような肌を知っているからこそ、そういった変化は見逃し難かった。
「……具合が悪いなら遠見先生もいるし、すぐそこで診てもらおう」
「ぃ……いえっ、あの……あのぅ……!!」
「……!」
何かを言おうとして、口が上手く動かせていない。痙攣しているのか、言葉一つも満足に紡げていないのは重症と見るべきだ。ましてや彼女は、天の神からの贄に供えられ掛けた経緯もある。カズキが癒したところで絶対ではない。予後不良の一つや二つがあってもおかしくないのだ。
何かを選ぶという行為は、遅らせるほに致命的な事態へ発展しやすくなる。これはカズキの経験論。
だから迷わず、国土の膝下へ手を回し、横抱きにその華奢な体をかかえこんだ。
「何も言わなくていい」
「へっ?」
「遠見先生のとこに連れていくから、安心しろ」
「ふぇっ? ………………えぇっ!?」
あたふたと身をよじる国土。取り落とさないように、より強く抱き寄せる。そうすればまた国土が暴れると思っていたが、今度は真っ赤な顔を伏せて、静まり返ってしまった。
それを見て、察せないほどにカズキは鈍くなどない。国土の心中がどうなっているのか、何を想っているのか――――そう、彼女はおそらく、天の神からの火に晒されたことの、後遺症が残ってしまっているのだ。
もはや一刻の猶予も許されない。急いで連れていくと決心して――――背後の扉が開かれる音がした。
「あら、カズキ君。……カズキ君、何をしているのかしら?」
「遠見先生……! ……国土の様子が変なんだ」
「! ――すぐに室内へ運んでください」
開口一番に何故か呆れた視線を向けてくる。しかし状況を大まかに把握すれば、一転して硬く簡潔な指示を飛ばせるのは、流石はアルヴィスの一員だ。
診察室のベッドへ横たわらせても、国土は一向にまともな反応を寄こしてはくれない。吐息混じりの小さな声を上げて、どこを見ているかも定かではない。明らかな異常が彼女の中で渦巻いているであろうことは、誰がどう見ても一目瞭然だった。
「それで、どんな症状が……」
「顔が赤くて、体温も上がってきて、しかも上手く喋れてないんです……!」
「きゅぅ……」
「……」
遠見先生は突然い沈黙した。釣られてカズキも押し黙ってしまった。静謐の刹那が、診察室に木魂した。
齧歯類のような声だけが、国土の喉から漏れ出している。
「……そうなの? 国土亜耶さん」
「ひゃっ……は、はひ……あうぅ……」
「ほら、おかしいです、普段の国土じゃない……!」
「…………そうなのかしら」
様子がおかしいのは一目で分かり切った話だろうに、遠見先生にしてはやけに悠長だ。躊躇う必要などどこにある。幼い少女を救うために、全力を賭すのは何も間違った行為ではない。煩わしさの全てを投げ捨てて、全開で救命へ前のめりになる事は、何よりも正しいことのハズだ。
もしも、カズキには思いもよらない大人の事情とやらが枷となるのなら、だとすれば組織の意向を振り切れるカズキが動くだけだ。
最後の手段への決意はそうそうに固まる。
国土の小さな手を、カズキは優しく、強く握り締めた。
「ふぇっっ!? ……ふきゅぅ~……」
「必要なら、ザインの力を使ってでも……!!」
「とても平和ね」
「言ってる場合ですか!」
「言える場合なのよ」
カズキの焦りの欠片すら、遠見先生は取り合ってはくれない。
何故だ。
「カズキ君、国土さんは何処も悪くないの」
「!? こんなに、苦しんでいるのに……?」
「これは苦しんでいるのとは違って……心の問題というか……カズキ君が問題というか……」
「? ま、まさか……俺の力が、何かしらの影響を……!?」
「千景さんの教育不足かしら」
「すいません、亜耶ちゃんを探して…………?」
室内へ誰かが入り込むが、それにかまけている暇は無いのだ。
天の神の影響、もしくカズキの力による影響。どちらも緊急性を擁する可能性は高いだろう。今すぐにでも苦しみから解放を願っている。
「教育って何の話を……それに、俺は、千景さんから……その……勉強を教わったりも、無かったから……」
「そういう話でもないのだけど」
「なにこれ」
そうして遠見先生から、些か納得に難しい男女の機微を説明されて、一先ずは国土の身には何も危険が宿っていないことだけは理解したのだった。
次はくめゆに触れるつもり