郡カズキは英雄である   作:真の柿の種(偽)

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 怪物らしくにゃん。


かいぶつ(人の希望)

 

「会わなくていいのか?」

「──は?」

 

 芽吹が眉を顰めて、更に顰める。

 苛立ちと困惑の情を滲ませ、それをたんと示す為に、尚に深く顔の険を曲げてみせた。

 

「防人隊」

「……」

「友達と会わなくて、いいのか?」

「会いたいです!」

 

 国土は元気よく、朗らかに手を挙げた。

 楠は──目つきに乗せられた色合いが、雲行き怪しく濁っている。「お前がソレを聞くのか」、「お前に留まらせられてるから、私は此処にいるんだが」、どちらかが、口から飛んできそうなものだ。

 

「……お、俺か千景さんのどちらかが一緒にいれば安心できて、だから、閉じ込めたい訳じゃなかったけど……」

「……はあ」

 

 溜め息をこれ見よがしに一つ。

 

「知ってる。貴方を睨みたかっただけ」

「……それで、どうする?」

「決まってるでしょ」

 

 すぐさまゴールドタワーへ、カズキを、そしてアルヴィスを通しての連絡は飛ばされる。

 こうして午後の予定は決まった。

 


 

 一つの景色を見ていた。

 天幕は真っ赤に染まった雲の色。されどその憎しみの色彩に負けじと、金色の軍勢は、憎悪を伴い水平線を埋め尽くす。そして、

 

 ──あなたは そこにいますか──

 

 その声を、少年は確と耳にする。

 全ての始まりとなった呼びかけの始まりは、相互の存在を確かめる為の挨拶だった。人類が太陽系の果てへ向けて投げ掛けた、対話の呼び声。地球という揺り籠の外を覗こうとした人々が、期待と不安を込めて解き放った、存在証明の言葉。

 

 ──あなたは そこにいますか──

 

 わたしたちは、ここにいます。そう伝えて対話を図り、双方から歩み寄る為のコミュニケーション。かつて地球から、天空の遥か宙の彼方へ飛ばされた言葉。

 ゴールデンレコードと呼ばれる、地球上に生きた遍く生物の対話の方法が詰め込まれた一枚のディスク。それだけでなく、電波や光、その他にも試せる全ての手段を用いて、人類は対話を試み続けていた。

 それへの答えが、この────悍ましいほど美しい、黄金の珪素生命体(フェストゥム)

 

 ──あなたは そこにいますか──

 

 今となってはフェストゥムの代名詞ともなった、一つの問い掛け。スフィンクス型はそも、こうして幻想的な存在が問い掛けてくるからこそ、スフィンクス(問い掛ける者)と銘打たれている。

 初めは、本当に、ただ問いかけているだけだった。

 フェストゥムにとって、同化とは本来、攻的手段ではない。「そこにいるのなら共に一つになろう」と、至極好意的とも言える本能からくる、ある種彼らなりの対話の手段だった。問い掛けに否定を示せば、「そこにいないのに何故返答が出来るのか」という彼らなりの矛盾を排するために、いっそ親切心にも近い本能に従い、暗黒の虚無(ワームスフィア)で飲み込み無に帰そうとする。そこには決して、敵愾心の欠片もなかった────そう、()()()()

 

 ──あなたは そこにいますか──

 

 その問いかけは、憎悪の吐き出す先を探し出す為に使われている。

 憎しみに染まった大群が、眩しくなる密度で一つの島を目指して進み迫る。種類はバラバラなようで、それでいて余りの大群の様相は、不統一感を無理矢理に出させない程に、それはもう大量に押し寄せてきた。

 一個体だけでも、人間の命なんか紙細工のように、なぞるだけで潰せてしまう。巨体で押しつぶすなら、人間を何百人と纏めて血の池に変えれるだろう。ワームスフィアで無に帰すなら、痛みを感じる間など一瞬だけで、それだけで何千人もの命を奪えるだろう。同化するのなら、何万もの心を侵し、辱め、絶望すら感じない伽藍洞の恐怖だけを持たせて、この世界から退場させるだろう。

 そんな怪物が、殺意を抱えてやってきている。

 世界の希望を絶やす為、そして飛来する強大な可能性を我が物とするために。

 自分でも、その数を相手取るのは厳しいものがあった。己の力を全開にできる猶予は、あまりにも短い時間切れへの近道だ。寿命(電池)が少ない身の上だ、燃料などすぐに潰える。墜落した後は、敵に力を奪われ、そこが関の山。

 

「……」

 

 ()()はもう、純然たる問い掛けではなくなってしまった。理解を求めていた残り香も感じられなくなってしまった。空を覆い尽くす黄金から伝わるのは問いなどではなく、ただただ、黒くて赤い、黄金の憎しみだけが残るのみ。

 だが、文言を変える気配の無い、いつまでも変わらないその問い掛けの意味を、今の自分は知っている。世界がその問いかけの意味を忘れ去っていようとも、自分はその問いの真意を見誤る事は無い。思い悩み、選ぶことを恐れて、言葉にすることを臆病がる自分は、それこそもういない。

 ()()は、己の命そのものが、誰よりも知っている。

 その答えを掴むことを自分から選んで、ここにいる。

 ここにいると定義できる。自分が自分であると、それを定めたからこそ、帰りたいと願う場所はいつしか生まれる。ここにいたいと願う自分がいたからこそ、自分を自分にする。

 忘れてはならない、見失えば苦しむ、大切なこと。

 

「……足りてない」

 

 島へと黄金の軍勢が追い付かんとする刹那、海中より閃光が煌めいた。

 青白く──紫紺の砲撃が、二色にして相反する対極の閃光が、敵を在るべき居場所へと押し戻し、空間を敷き詰めていたフェストゥムの群れをいとも簡単に引き裂いていく。

 群勢へと開かれた風穴を果敢に広げていく、二つの機体。知っている。この戦いは、英雄二人が目を覚まして世界を見つめていられる最後の時間だと、郡カズキは知っているのだ。

 この夢を、何の為に自分は見たのか。

 紫電が大気もろとも敵を焦がし──一条の槍は敵を引き裂きながら、空を悠々と駆ける美しき白。紅透明の光を幾重も振り翳し──救済の輝きが触れる事も許さず敵を無へ帰していく。

 白く、清廉だというのに、不思議な色気を醸す白き流星。

 紫に、それでいて橙と緑を点々と灯し、鋭利な魅力を放つ紫紺の流星。

 ファフナー、ザルヴァートルモデル。マークザイン、それと、マークニヒト。搭乗者など、今更説明するまでもあるまい。

 戦場を共に分かち合い、共に故郷を守り抜くために命を使う最期の時間。

 存在は記憶に焼き付いて、虚無を魂へ引き継いで。この光景の欠片も逃すことなく、郡カズキへと行き着いた今がある。

 

「……戦力は、大きな問題じゃない」

 

 結論が、口からこぼれ落ちる。

 ──英雄へ続くように、海中から飛び立つ複数の機影。

 大きな機翼を携えて、銃剣(ガンドレイク)を両手に一丁ずつ構え、敵への防衛線を作りに向かうホワイトの機体。

 同じ翼を備え、空戦に調整された大型狙撃銃(ドラゴントゥース)を構え、前線へと迷わず、一切ブレを見せない姿勢で飛び込むマゼンタの機体。

 プラズマ長剣(レヴィンソード)機械白槍(ルガーランス)をそれぞれの手に構えて、武者のような佇まいで降り立つブルーの機体。

 意気揚々とした人柄を感じられる様子で、元気よく飛び出したピンクの機体には、仲間を助ける為の光学シールド(イージス)が象徴のように目立つ。

 荒ぶる気勢を上手く飼いならし、頭突き銃剣(ショットガンホーン)という異色の武装をぶら下げて、水面をなだらかに進み、敵へと向かうワインレッドの機体。

 カーキの機体は大型光学火器(メドゥーサ)の砲門を空へ掲げ、出撃早々に、武装の火を昂らせながら海上を進む。

 小型の随伴機を伴わせて、オレンジの機体が後方からの後詰を担い──グリーンの指揮官機が、随伴機と共に、生きて帰る為の戦いへ臨む。

 ダークブラウンの軌道を刻み込み、大型光学火器(メドゥーサ)を二門と銃剣(ガンドレイク)を一つ構えて、その機体は当然のように空へと浮き上がり、ザインとニヒトへ直接加勢へ向かっていく。

 搭乗者の気質をよく表すように、ライトレッドの機体が軽やかに水上を滑って進み、無邪気に楽し気な様子で機械白槍(ルガーランス)を振り翳す。

 島から奪われた二機は当然のように姿は見えず、或いは黄金に隠れて敵の側にいるのか。

 ライトグレーの機体は姿が見えず、欠番となっている理由も、自分は知っている。

 己自身のモノでなくとも、その全ては既知の過去。昔に、確かにそこにいた人たちを、時代を超えた自分は憶えている。

 

「数じゃない、力じゃない」

 

 これだけの戦士が、これだけの力が、命を燃やすと知っても尚守りたいと思える居場所が在る。

 そんな故郷に、カズキは帰りたい。千景と共に、この平和な居場所へ帰りたい。

 ──黄金の群れの奥、二極の力すら凌駕しかねない、一つの大きな憎しみ。

 人類救済が為に製造された、可能性を開く三つの扉。

 痛みを塞いで調和する、存在の一。

 痛みを以て存在を説く、虚無の一。

 痛みの在り処を消した、理由の一。

 人類の矛としてだけでない。兵器としての側面だけじゃない。フェストゥムという外宇宙の祝福に応じて、人の行く末をどう在らせるかという選択肢でもあった。――――そんな可能性の希望も、今となっては、戦うためだけの力へと成り下がった。美しき空の下、美しさとは掛け離れた闘争を激化させることに躊躇をしない。

 それらが激突する余波は、その周囲へ居続ける資格を持たぬ命を霧散させていく。

 憎しみの悪竜とぶつかり合う、存在と虚無の英雄。世界から軋む音など、何度も響く。波風など、枯葉の如く千切れていく。

 衝突を繰り返す三つの軌道は、やがて天へと飛翔し、火花を散らしながら駆け上がる。

 ──これは、過去を下地にしたデモンストレーションのような、記憶に基づいたシミレーションのような。()()の記憶を参考にした、再現した、とある日。

 

「必要なのは、心」

 

 この戦いの結末は、敗走に他ならない。痛み分けとするのなら、敵から奪われたモノは多くて深い。勝利と呼ぶには、得られた成果など未来には残っていない。戦うための武器だけを残すことで精一杯、未来へと種を繋げることしか出来なかったのが、この過去の記憶の顛末となる。

 その先に何を喪い、何を守り、何を得られるのか。その答えは、今を生きるカズキ達が斬り拓いて見つけなければならない。

 犠牲は出させない、そういう意気込みは確かにある。誰一人、己の大切な存在達も、カズキの力に怯える人々も、世界の真実を知らない無辜の人々も、誰も、これ以上の犠牲を嫌うのが郡カズキという存在。自分はそうありたい。誰からも願われずとも、誰からも恐れられようと、ただ、そうなりたいと思えた。

 だから自分は何度でも、命を砕いて戦うのだろう。

 今度こそ、何者の意志に左右されることの無い、自らの意志が見出した祝福に従って。

 

「慈しみを差し伸べる、心」

 

 嘆いた不足を贖う術は、けれど現在に生きる自分では掴めない。

 ──未来へ繋がる兆しは、三百年も遠い日に喪われたまま。

 

 

 カズキさんの配慮に甘えて、歩く道中。道を進むほど、足はどんどんと、軽くなっていました。

 防人の皆さんと会える。楠隊のメンバー達のみならず、他の方々とも会えるとカズキさんは約束してくださいました。

 その場にはカズキさんが同席する、或いは千景さんが。この条件だけはどうしても飲んで欲しいと申し訳なさそうなカズキさんに、芽吹さんはため息を吐きながら、納得したようにその条件を受け入れていました。この平和だけが蔓延る四国の内で、何がそこまでカズキさんと千景さんを警戒させるのかは分かりませんでしたが。

 

「楽しみですね!」

「ええ。……きっと、心配させてるだろうから」

「喜んでくれてよかった」

 

 一歩遅れて歩くカズキさんが、静かに柔らかく笑いながらそう言いました。

 彼の笑顔を見て、面白くない表情をカズキさんへ見せつける芽吹さん。ですが、私には分かるのです。毛嫌いとも言える邪険だった態度も、今では形骸化しつつあり、彼女の吐く悪態には中身が伴わなくなっている事を。

 その理由も、私には分かります。何せ、カズキさんには徹頭徹尾、邪気が無いのです。

 他者への思いやりだけで構成されたような彼と、幾日と共同生活を送っていれば、嫌厭をいくら抱いていようと霧散せざるを得ません。太陽の優しさと、月の美しさで象られたとしか思えない、その純粋な心。

 

「……はぁ」

「ふふっ」

「ん?」

 

 観念する声を漏らして、諦めにも似た息で、彼女は小さく嘆きました。

 絆されている事実を半ば認めてしまうくらい、芽吹さんはもう、カズキさんの事を、口で申するほどに嫌ってはいないと思います。そんな二人を眺めるのが、少しの楽しみになっているここ最近でした。

 出会った当初から変わりつつある芽吹さんの態度へ、困惑とちょっとの嬉しみを滲ませるカズキさん。あたたかい、胸がぽかぽかして、安心する光景を眺めながら、ゴールドタワーへ向けて歩みを進めていた時でした。──ぱちゅんっ。

 弾ける音が、平和な道の途中で鳴りました。

 

「────────?」

 

 ()()()から、水風船の破裂を彷彿とさせる、小気味の良い音が聞こえました。

 ()()()()()()()()()()()()()、葡萄を一粒握り潰したような、そんな音が空気を響かせました。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()、赤と黒の混ざった液体が、ピンクを煌めかせて弾けて飛び散りました。

 

「え、──ぁ……れ、カズっ……き、さん……?」

「なん──ッ?!」

 

 ナニカ、が、おかし────おかしい、の、でした。

 郡カズキさん、私を助け出してくれた、優しい男の子。私より少し年上だけど、私よりも子供のような純粋さに溢れた、静かな優しさを持った人。芽吹さんから敵対心を抱かれようと、己に架した責任感を全うしようとひたむきな、強いひと。

 四国の平和を守ろうと、努めているひと。──己の故郷が為に、血を流さない戦い方を模索できる人。

 優しいのです──とても恐ろしく、粗野で乱暴なのだと聞かされていた人物像とは全く違い、淋しくなるほどの優しさで構成された、尊い御仁でした。

 じんわりとする温もりを届ける、柔らかい笑顔がとても素敵なひと。

 そんな、一見すれば血なまぐさい世界とは無縁に思える人から────何故か、顔が、なくなっていました。

 

「ッ、狙撃──!? どこから────ッ亜耶ちゃん、見ちゃ駄目!!」

「えぁ、、っぅ、え? あ、ゃっ、なん……っっ? ああっっ────」

 

 どしゃりと、膝から崩れ落ちていくカズキさん。

 けれど、どうしてなのでしょうか。ふしぎなことなのです。なぜそうなったのか、わからないのです。彼が屈めば私の顔の位置に、彼の顔も見える、見える、筈なのですが、どうして、どうして? どうしてなのでしょうか。

 数分前まで、ふんわりな雲の色をした優しい笑顔を見せてくれていた、そのお顔が、どこにもなかったのです。

 見つかるのは、お肉の焼け焦げたにおいと、なにか、強すぎる力で吹き飛ばされたような、()()()()()()()()()が、辺りに散らばっていたのでした。

 

「カズキさ、ん……────え?」

 

 猟奇的な衝撃だけでは、終わりませんでした。

 呆気に取られたのは、私だけではありませんでした。芽吹さんも同じく、その、あまりにも見慣れなさすぎる異様な光景に、声を上げられなくなりました。

 四国の外に盛る業炎の海、バーテックスという悍ましき異形、フェストゥムという美しき異形、平穏とは掛け離れた光景も、普通の人たちよりは知っている自覚もありました。少なからずの耐性は得ていたと、自負はありました。でも、それは、何かが違っていました。強い違和感が、動揺を呼び起こすのです。

 異形と戦う非常識とは違った、もっと身近に潜む、人の心の根源から産まれた状況に思えてなりませんでした。

 カズキさんは────膝をすとんと落とし、力なく座り込みます。

 その首から上には、()()()()()()()()()

 

「、郡っ、カズキ……!?」

 

 芽吹さんの声が、上擦っているのも仕方ないことだとは思いました。

 傷口を塞いでいく結晶はまるで花束──不自然を植え付けた生け花。人が、自然界ではありえざる組み合わせを、取って付けて組み合わせた歪で、なのに不気味な均整の良さを感じる不自然さ。

 それらは、翡翠色の無貌を灯していました。

 首から上を挿げ替えて、真っ当な人とは一線を画した、強烈な違和感を感じさせる姿でした。

 

『  ────    ──  ────   』

 

 声なき声を聞き届けられるほど、私には力が足りていませんでした。

 ゆらりと、その身体が宙に浮き上がりました。見えない糸で吊り上げられているような、不自然な動き。彼の意志とは別の意志が働いて、勝手に彼の身体を、慣れない感覚で動かしているような、ぎこちなさを内包してました。

 

「────楠さん! 亜耶さん!!」

「み、弥勒さん!? それにみんなも!」

 

 弥勒夕海子さんの声が、空より聞こえました。

 声の主が私達の視界内へ降り立ち、その隣へ、山伏シズクさん、加賀城雀さんの両名も降りてきました。

 芽吹さんが隊長をしていた一番隊のメンバーが、奇なタイミングで再会出来たのです。

 

「助けに来たよ!!」

「助け……?」

「何でハテナマーク付けてんだ亜耶!?」

 

 時間にしてあと十分程度の距離。

 距離にしてあと1000m程度の時間。

 たったそれだけ進めば、もっと感動的で、牧歌的で、ぬめった赤色とは無縁な再会だったのかもしれないのでした。仲間と会えるようにと、カズキさんの優しい祈りが、無為に消えてしまいました。

 彼の優しさを塗り潰す、混迷の色をした悪意は、この箱庭に息をしていたのでした。

 

「大赦からは、『怪物』に捕まったと聞き及びましたが……────」

 

 カズキさんの右の手が、虚空を掴みます。

 虚無だけが其処にある。何も存在しない手中。けれど、目には見えない、私達には感じ取れない力が、其処には集います。

 翡翠の花は咲き、結晶の華は伸びて、咲き割れました。

 

「──成程。確かに、人間ではないようですわね」

「っ──待ってください! カズキさんは──」

「──来るぞ!!」

 

 薄緑に煌めく破片の内から出でしソレ。幻想的な色合いから生まれたにしては、あまりにも不釣り合いな無骨さを内包していた、闘争の為のモノ。

 白き、槍。白い、槍。機械仕掛けの、長槍。

 カズキさんの身の丈も超える刀身。柄の長さと比べれば、あまりにもアンバランスな長さ。馬上槍のような、斬る動作よりも、貫き穿ち刺す動作へ機能を集約させたカタチ。

 ソレを携える姿は、嫌になる程、しっくりくるのです。

 驚く程に自然な動作で、矛先を、防人隊の皆さん方の方角へ向けるのも、静かに見送ってしまうほどに。

 

「っ、やめろッッ!!!!」

 

 槍を持つカズキさんの手元を、咄嗟に横合いから芽吹さんが蹴り上げました。跳ね上がった槍の照準と、砲撃の機構が意味を成すのはほぼ同時でした。

 彼女の判断の正しさは、すぐに成果として現れました。

 カズキさんの手元を────美しい、翡翠の結晶が包み込みます。それが、郡カズキという存在にとって、最大の臨戦態勢の現れです。それを見た瞬間、きっと芽吹さんは、自分の行動が仲間を守る為の最適解であったことを悟った事でしょう。

 防人の皆さんは殆どが知らなかったのでしょう。この場で知るのは、彼の戦闘記録をアルヴィスで映像として見た、私と、芽吹さんの二人だけ。

 天を見上げた槍から、解き放たれる砲撃の閃光──耳へ届く音は焼かれ、瞳へ映る輝きが白く熱を持ち、空へ駆け上り雲を穿つ白光を見れば、嫌でも理解できることでしょう。人など、数百人が横に並んでも、簡単にまとめて灰に出来る強大かつ巨大な、白の砲撃。非常時への対抗であるさしもの防人と言えど、神樹様をも凌駕しかねないその力にかかれば、命を残せる時間など、一秒でも保てればとんだ偉業なのではないかと私は思ったのです。

 

「うぇっ、ヴぇぁああぁァァァァぁぁぁぁぁーーーー!?!?」

「何っ、という……出鱈目────!!」

 

 余波が、熱の波となって空気を暖め、周辺をいっときの猛暑へと変えてしまいます。しかし、防人として『怪物』の討滅を為しに来た彼女らは、暑さによる汗を掻けませんでした。むしろその逆、心胆を寒からしめる、根源的な死への恐怖による、冷え切った脂汗を、額に滲ませていました。

 コレを本当に討ち斃せるのか、そんな疑問が、バイザーの奥から読み取れた気がします。

 芽吹さんがカズキさんの腕を蹴り上げていなければ、どうなっていたのか。その想像が、誰しもの頭を巡っていたのではないでしょうか。

 

「っ──このっ、バカ! なんて物を人に向けている!!」

『──  ────    ──』

「聞いてるの!? ──ああそうだ聞こえる()()()()()()んだっけ……!!」

「……っ!? 芽吹さん! ソイツから離れて!!」

 

 カズキさんの左手の中で、紫の暗闇が光りました。それの輝き方が、あまりにもフェストゥムやバーテックスのそれと酷似していたからでしょう、弥勒さんが、警戒と危機感に迫られた声を張り上げていました。

 けれど、万物を虚無へ送り込む球体はいっこうに現れません。

 手の内からは手品のように、紫紺の矛先が伸びていくのみなのです。

 気が付けば、左手には、右手のものとは正反対の色をした槍が握られていました。濡れた紫の光沢、そして長さは取り回しの易さ得る為に、白槍よりも些か縮まって。

 

『 ──     ──   ────』

「二本目……!」

 

 砲撃ではなく、その槍を以てして。

 大雑把にではなく、確実に、その切れ味を用いて()を、何がどうしたって殲滅する意志。それがそこにはありました。

 二槍流を、けれど構えることなく、だらんと腕をぶら下げる姿が、何故か様になって周囲へ魅せます。──無貌という違和感すら、一瞬だけ気にならなくなる、圧倒的な存在感を感じました。場違いな美しさを、一瞬、その一瞬に色濃く感じてしまいました。

 

「ビリビリきやがる……ッ────来るぞ!!」

「とんだ虎の尾を踏んでしまったようですわね……!!」

「ぴえぇぇェェェェ!!!! 何でこんなバーテックス以上の怪物と戦わされてんのーーーー!!!!」

 

 一息、一歩、一踏。

 顔の無いカズキさんが、自我も定かではない様子のまま、防人隊の方々の方へ向かい────────踏み出しました。

 

 

 世界がふと、揺れた。そんな気がした。

 ()()()()()()が来たのかと、僅かに肌へ触れた違和感へ向けて、急ピッチで臨戦の心を整える。

 外から壁が破られたのなら、世界はすぐさまケミカルな色合いの戦場へと切り替わるだろう。壁を破らず侵入をされたのだとしても、それでも世界はやはり切り替わる。四国に生きる命を()()()()()()()()、被害を後回して、戦士や勇者の力を心ゆくまで振るえるフィールドへ変える、それが普段通りだ。

 けれど、いくら待っても、その瞬間は現れない。黄金の異形は目に映らない。黄金の憎しみに染まった悪魔達は、四国の命を蝕みに来やしない。

 何か、おかしかった。

 

「私の感覚も、だいぶ鈍ったのかしら……?」

 

 否めない可能性を呟いても、胸の内のしこりは消えない。そうだ、私は確信していた。今しがたの世界の震えは、ザインやニヒト、或いはマークノインのような、SDPによって強化された砲撃に酷似している、と。

 己の衰えは──認めよう。『真壁一騎』のように、ミールと共鳴しやすい体質でもない。『皆城総士』のように、存在と無の地平線を越えられる稀有な存在でもない。島の戦士ですら逃れることなく機体へ喰われたのに、たまたま勇者として選ばれただけの普通の人間が、島の力を何の制約もなく振るえる道理は無い。騙し騙しで使うならまだしも、本格的に使い始めれば、タガはいつの日か外れる。

 己の生存限界という行き止まりとて、最近はよく耳にするようになった。そんな日々を思えばこそ、気の所為だと断じるのは簡単な話。

 でも────。

 

「……」

 

 気の所為なのかもしれないと思いつつ、指先は勝手にスマホに触れて、少年の連絡先を探っている。

 通話をしようと決めるまで、逡巡はさほど感じなかった。

 1コール、2コール、3コール────反応は、無い。

 

「…………」

 

 アルヴィスへ連絡を入れようかと、それもまた、決断までは相当に早かった。

 気の所為であれば、それでいい。笑い話で済めばそれが一番だ。カズキへ対してあまりにも過保護ではないかと、溝口から揶揄われたのも昨日だ。だが、千景は全くもって、甘やかすのを辞める気はないので問題はない。楠芽吹と反りが合わないのも、その弊害と言えるだろうがやはり千景は、カズキをこれからも最期まで甘やかし続けるだろう。

 ────閑話休題。

 司令官への直通のコールは、十秒と待つことなく繋がった。

 

「突然ごめんなさい、少し調べて欲しいことがあるのだけど……」

『──郡カズキの件か』

「……その反応、やっぱり何か?」

 

 電子機器越しに聞こえる声は、たいそう言い辛そうだったのは印象深い。

 

『ああ。…………先ほど、一瞬ではあるが────郡カズキの生命活動が停止した』

「──? …………は?」

 

 疑問符に埋め尽くされ、次いで端から絶望に染まり上がっていく思考領域────それはまあ、言い辛いだろうなとは、思考の端っこで納得出来てしまった。

 

「……………………なっ、ん? どうし、、……へ? え? ……ぁ、ぁあっ……ぃ、ゃ────うそ、うそうそっ、なんでなんっ────────────────

 

 樹海化していない。

 壁内での出来事、四国内での出来事。

 ならバーテックスではない、ならフェストゥムではない、では人か。

 カズキが人との正面戦闘で、敗北する道理は無い、つまり取られた手段は暗殺だと察する。殺し切れるかはともかく、カズキの不意を打つ一撃はいくらでも取れる。それほど無防備に己の腹を曝け出し、安心を与える為のポーズを続け────そんな、彼の優しさと気遣いを裏切った者がいる。

 人、人か? 人がそうしたのか。大赦じゃない、大赦は大事にはしない、血流沙汰は嫌う、あくまでも神樹の力による支配を望んで、人の手で支配をしていこうなどとは考えていない。

 じゃあ、それを実行するような者は、決まってくる。カズキを駒にしたがる者。カズキの力だけを欲する存在。ザルヴァートルモデルの力を、延々と、三百年という月日をずっと欲し続けた組織があるではないか。

 答えは、一つだ。

 

 ────────────────やっぱり死にたいのねあの女(へスター)は……!!!!!」

 

 誰がその末裔────人類軍の血を汲む一族なのか、リストアップは済んでいる。どこに住んでいるのかなんて情報も、()()()()()()()()()()()

 今日、彼等、彼女等を、この時をもって末代にする。残念ながら、刃を赤色に濡らすことを迷いはしないだろう。

 今すぐにこのまま、一人一人の居場所へ出向き、大切なモノを奪われる痛みを教えてやる。私の祝福を、心にのたうつ濁った泥を、全員に、例外なく、受け取らせてやる────憎しみに偏り始めた心を知ってか知らずか、視界が赤黒く染まっていく千景へ、司令官はこう続けた。

 

『────その後、すぐに反応は復活したが……』

「……」

 

 ────すぅーっと、心が落ち着いていく。

 カズキにも言われていたのだ、「俺の事で周りが見えなくなるの、その……多い、ですよね?」とか、困ったように小さく笑いながら、苦言らしきものを呈されてもいるのだ。だから大丈夫。全然、はい、私はとっても冷静でした。憎しみ? 何なのそれは。これから先の未来では際限のない憎しみへ立ち向かおうとしている、そんな私が憎しみに染まる訳が無い。ない、無いのでした。

 

「────ッ、ごほんっ、そっ、それで……いいえ、直接その場に行ってみる」

『こちらからも人員を送ろう』

「……カズキが力を使っているのなら、あまり近づかない方が……」

 

 使うなと口酸っぱく強く言い含め、アルヴィスの面々からも使わない方が良いと言われて、本人も緊急時以外では使う気がとんとない様子だった。

 つまり、ザインかニヒトか、ザルヴァートルモデルの力を使ったのは、その緊急の時と対面しているということ。

 

「…………まさかと思うけれど、()()()()()じゃないでしょうね」

『神樹の反応は依然として無い。君自身も、何も感じておらず。東郷美森と乃木園子、両名の()()()()()()にも変わった様子は無いが……』

「こっちの網を簡単に潜り抜けることが出来るほど、小さな存在ではない。……それはそうなのだけど……────場所は?」

 

 通話越しに座標を聞き、胸の内に在る『島の祝福』が熱く起動する。

 ──まだ、その時じゃない。今はまだ、()()()()、らしいのだ。不足しているモノが何なのか、私には分からない。私には、カズキの視点を共有することは出来ない。運命を見据えるその視座は、カズキと、()()()()だけが持つ特別な力だ。

 そんなカズキはこう言った────「足りないままじゃ、憎しみに祝福されて終わる」、「不足を補う術は四国には無い」、「このまま対峙しても負ける」と。

 絶対的に必要なのは、カズキ。カズキの意志と、力があってこその未来。可能性の地平線、その白紙の向こう側へ辿り着くためには、カズキ()必要。──私は、()()()()()()()

 ()を、私はまだ使いこなせていない。『救世主』へ届く毒の刃は、本来の担い手ではない私をも──()()()()()()()

 その時が──あの子が求める時間が──来るまで、私は、今度こそ。

 

「……守る……」

 

 決意を胸に、私は零の次元へと存在を移し、世界を股に掛けた────────

 

 

 ──頭上から、強烈な殺意が現出する。

 それは、牙のように鋭き紫の刃。暗黒の渦から飛び出すケーブルと、その先に備わる鋭刃だ。二つ迫るそれを、銃剣で咄嗟に振り払う。

 先んじて届けられる金切りの音、次いで飛び散る火花が頬に触れ、しかしチクリとした痛みを感じているような暇など無い。

 

「ぐぬっ……!」

「弥勒さん! 貴女狙われてるわよ!!」

 

 弾かれた衝撃に撓んだケーブル。その陰から飛び出てくる、もう二本のケーブルと矛先。

 的確に眉間と心臓部を狙われたその二撃を、後方へ飛翔して躱した。防人システムの飛行能力を十全に扱い、逃げ道を三次元空間へと広げていく。

 その背を狙い、向かい来る別の四本のケーブル。

 

「ああもうっ! しつこい!!」

 

 振り返り様に横へ一閃、銃剣を薙ぐ。

 四つの紫刃を、一斉に受け止める。受け止めて見せる。自分にとっては、それが実現可能であることを疑わず、己を過剰に信じ過ぎず、己の力量を性格に把握している聡明さは存在していた。

 彼女は、次にこう考えていた。

 受け止めたこの四つの刃を、鍔迫る勢いをそのままに背後へ受け流す。そうして、先ほど回避した四つへとぶつける。この間に、背後のアンカーは再び自分へ狙いをつけて迫っているのは理解している。だからこそ、この閃きは間違いではない。

 確実な確率に等しく、現実とするだけの技量も在る。

 全てを御破算にする絶対を含めて考えるのなら、話は別だが。

 

「っっ、同化!?」

 

 直近の記憶で絶命の危機感を抱かされた、嫌な翡翠の結晶。

 紫刃と銃剣の接触部を侵食するように、銃剣の全てを結晶が覆い尽くし、翡翠の伝播が腕までつたう直前に武器を放り投げた。そして呆気なく、己の得物が眼前で砕け散る。

 命を預けられる、そして預けてきた頼もしい一振りが、脆弱なガラスのように砕け散り、無に帰っていく。

 破片を掻き分けて、四つの刃が喉元へ迫る。後ろにはもう四つの牙が、無防備に曝け出された背へと迫った。

 穿たれてしまえば、己はきっと、銃剣と似たり寄ったりな末路となるのだろう。皮肉なほどに美しい結晶に包まれて、砕け、飛び散って消えていく。

 危機苦難が迫る。そんな未来に抱くのは、絶望の一念。

 

「こんっっのぉぉぉぉ!!!!」

 

 それを見据えて、しかし敢えて、前へ進む。

 無我夢中へ陥る己が手にしたのは、意地の念だけだ。下がろうと進もうと絶望に触れてしまうのなら、どうせなら前が良いと、心がそう叫んでいた。

 微かに触れて、砕けたバイザー。切先を避け切れず、頬の肌を超えて骨までを浅く斬られる。

 迷いによる逡巡。恐怖による停止。絶望による退却。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()アンカーの配置は、損傷を前提とした前進への対応を十全とはしなかった。

 眼前の刃を過ぎ去った弥勒の背後で、他の紫刃が伽藍の空中を突き刺す音を聞き届ける。

 

「やった……っ!!」

「まだ!! 逃げて弥勒さん!!」

 

 ほんの少しの達成感に浸らせるいとまも、この『怪物』には与える気が無い。

 計八つの同化ケーブルを操り、再びその矛先が少女の五体を串刺さんと迫るのだ。

 

「どうしろって言うんですの……!!」

「とにかく逃げなさい弥勒さん!!」

 

 空を駆ける鬼ごっこは、続き────地上でも、また、命の追い込みは始まっている。

 槍を一撃、加賀城雀は盾で受けて。衝撃を実感する寸前にはもう、それはもう、強く後悔していた。

 

「ぎゃあッッ!?」

 

 突きを一つ。それだけ、たったそれだけで、人智の超越を纏った強靭な身体は、簡単に宙へ浮いた。浮かされた。

 殺気は薄い。絶対の意思は無い。渾身を込められた気配もまた、欠けている。必殺の心構えからはかけ離れた、手遊びの一撃。

 だというのに盾を構えていた手へ伝わる衝撃は、バーテックスなんて比較対象が矮小になってしまうほど、笑い話のように重い。

 

「鳴っちゃいけない音がしたぁーッ!!??」

 

 飛んでいきながら、己が宙を舞っている事実への戦慄を隠さず叫ぶ。

 命を預けられる信頼を重ねた、頼り甲斐のある大楯から、軋み破れる厭な音が聞こえて。

 

「このッッ!!」

 

 刺突を終えた体勢、それを隙と捉えて山吹シズクは踏み込んだ。──()()()()()()()()()()()()のではない、それを行えるだけ、彼女には相応の実力はあった。見誤ったのは、隙と認識したソレが、その存在からすれば、気まぐれ一つで簡単に埋められる刹那でしかなかったこと。

 彼女が寸前で捉えたのは────視界の横端だ。

 ブレた()()が視界端に映り込んだと判断を終える前に、本能が恐怖のあまりに防衛の効率化を計っていた。全身を勝手に動かしていた。その一手を何がどうしても成立させる為に、本人の意思など無視して身体は動かされた。

 銃剣という攻撃的な物を、守衛的に扱う。槍とも認めることが出来ない輪郭が到達するまでの刹那、間延びした紫色の斬り払いへ、遮二無二に差し込まれる武器。

 間に合ったのは奇跡に程近く。

 

「づッッがッっッッーーーー!!??」

 

 衝撃? そんな生半可なものではなかった。

 こんなものは爆発だ。すぐ傍、顔の横で、爆発物が突如として破裂したのだ。その表現こそが相応しい一撃を、銃剣が粉砕された激音によって報る。全身を揺さぶる振動、骨まで響く衝撃、髄まで軋む苦痛、己へ与えられた痛みには、気がつく暇も与えてはくれなかった。

 銃剣の破片が、方々へと散っていく。それと共に、障害など存在しないかのような膂力によって、華奢な身体は数メートルと吹き飛ばされた。

 防げたのは奇跡に近くとも、同じような交錯を繰り返せない事はない。成功率の上でなら少なかろうと、決して不可能ではなく、可能性を手繰り寄せることの出来る運命力も持ち合わせている。それだけの実力があるのだ。

 ただ、今の一撃を防ぐ事に精一杯なのは事実。そして、今の一撃などは様子見以下で、その存在からすれば、槍を()()振り回しただけで少女の全力を易々と超えていくというのも現実。

 吹き飛ばされて、10メートル近く開いた距離。しかし、その存在は、一息入れられるような暇を与えるつもりはない。

 ()()と言える猶予を知らない。慈悲という希望を授けない。静観という無駄を選ばない。

 心のある慈しみとは遠く、その存在はシズクの方へと跳び出す。

 

「っ……休ませろよ!!」

『   ──  ──── ──』

 

 精彩を欠いた槍のキレ。接続不良を思わせる、ワンテンポ遅れた初動。『怪物』が次の一動作へ移るまでの間断は、その後の対応準備へ切り替えるだけの余裕を得られる────が。

 

「っっ────」

 

 自ら懐へ飛び込み、持ち手の部分が腹を強かに打つのを許容する。刃の部分で受ければ死、その代わりとして受け取ったのは、打撃による相対的な微少ダメージ。

 

 ──ごきべき、と、おとが──

 

 首を跳ねる軌道で、白槍が振るわれていたのは分かる。鮮明に捉え切ることが出来ずとも、対処までの行動を挟み込むことは出来る。

 悲しいかな──どうしても()()()が続かない。

 飛ばされて、体勢を持ち直せば、目下の敵はこちらへ踏み込もうと、些か緩慢な予備動作を終えた直後。

 

「……クソッ……!」

 

 距離を取る意味はない。半端に遠のけば、先の砲撃が己を蒸発せしめる。迫る脅威へ自分から近づく恐怖をねじ伏せて、力強く地面を踏み出す。

 何歩下がろうと、どうせ認識に遅れる速度で迫りくるのだ。故に彼女に取れる選択肢は、いつだって近づき、致命を辛うじてずらすことだけだった。

 ──ジリ貧が迫りつつある。自覚せざるを得ない。このまま続けば、先に音を上げるのはどちらなのか、素人でも理解に速い。糸口を見つけ出すまでにいくつの手立てが必要なのか、見つけ出すまでにどれほどの精神及び肉体疲労を受け止め続けなくてはならないのか────その間に合わせを連続させる延長の結末が、寿命の行き止まりに思えてしかたない。

 人数をもっと掛けていれば、防人隊全員で掛かれば、或いはこの『怪物』を討滅する未来もあったのか。

 

「はっ、勝って生き残れるビジョンが浮かばねぇ……いっっづ、っ!!」

 

 紫紺の切り上げが、危うく顎先を軽く裂き、バイザーを綺麗に真っ二つのガラクタへと変えてしまう。

 そも、頭蓋を弾けさせて、それでも生きてる時点でオカシな話。

 自分達と扱うモノと、さして大きな違いがあるとも思えない槍から放たれる、人智を超えた防人ひいては勇者の力を、さらに超えて外側に位置されるべき、白光。──あれが一発撃てる時点で、確かに『怪物』の評へ違和感など憶えない。生きた心地を剥ぎ取るアレを、事前情報ではまだまだ打ち放てるという知識が、前提とした在ったかどうかも怪しい勝機をより翳らせていく。

 バーテックスをも凌駕する規模の火力、更にはワームも自在に手繰る、防人のスペックを超える勇者でさえ相手にしない、そんな存在をどうやって倒せばいい。というより、本当に倒れるのかこの『怪物』は。

 コレにたった三名で立ち向かえなど、よくも盛大にトチ狂った命令を出せたなと、いっそシズクは笑いがこみ上げそうになった。

 

「まだやれるか雀ッ!?」

「た、盾が! 次で壊れちゃうよこれ!!」

「一回でも防げればいい! それで────どうすりゃいいんだ……!?」

 

 一撃、見事に防いだとしよう。快挙だ、僥倖だ、敵の強大さを思えばとんだもない成果となるだろう。──さて、其処からの展開に行き止まる。

 さりとて徒手空拳を投げやりに駆使したところで、どうにか打倒できる存在にも到底思えない。殴って蹴って、それで終われると考える幸せ回路は頭に有していない。

 とんでもない貧乏くじを引かされたのだろう。当て馬にでも使われたのだろう。分かりやすい、自分達に期待された役割は、これ以上ない威力偵察だ。捨てても問題の無い人材として、『怪物』の機嫌を見て来いと、自分達には無視できない理由までをご丁寧に添えて、自分達には拒否できない大きな理由を充てて、それでいて、さも自分達で選んだかのような実質的な一択を選ばせて。

 

「ふざけるな……タダの潰れ役なんざゴメン────だ!」

 

 ブレる翡翠の残影、結晶化した白槍の持ち柄部を蹴り飛ばし、胸元を抉り去る軌道を無理矢理に逸らした。

 ────仲間だ。取り戻すべき、絆へ辿り着けた。

 恣意を含む謀略の使いパシリでも構わない。捨て駒としての扱いでも構う事は無い。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 仲間を、友を取り戻せるのなら、世界を閉ざす強大な『怪物』と対峙出来る。──穢れ無き純真な魂は、勇気溢れる決断へと踏み切らせた。

 

「──決めた! 耐える!」

「ちょっと何言ってるか分かんないよ!?」

 

 無謀を口にすれば、何ともまあ、ふざけた難題を掲げたのか。自分で自分に笑いがこみ上げてきそうになる。

 ──『怪物』は、白槍を、上へ掲げた。

 

「コイツには勝てない! 絶対に、たぶん勝てない!!」

「やっぱそうだよね!? 人間じゃ勝てな「だからって諦めてたまるか!!」

 

 けれど生きる事を諦めず、抗う心を強く保ち続けた。血を流し、汗を流し、戦場にてそれらを絡めた無二の仲間を救うために。

 ──『怪物』の白槍が、二又に開かれた。

 

「活路が見えるまで、此処でずっと! いつまでも! 粘り続けてやる!!」

「びえぇぇぇぇえええ!! 死にたくないよおおぉぉぉぉ!!!!」

 

 明らかなナニカの行動を潰すべく、シズクは走り出した。別の角度から雀が、その宣言へ泣きじゃくりながら、同意の行動を示す。

 決死の行動を空から目撃した夕海子は、疑問を胸の裡で噛み砕く。

 

「何をするつもりですの……!?」

「いい加減に止まりなさい郡カズキ!!」

『 ──── ──  』

 

 夕海子を追い回していたアンカーは、いつの間にか消え去っていた。破壊した覚えはなく、援護を受けられる余裕もなく、であればその凶刃を手繰る主が自主的に退けたと思い至るのは自然。

 肝心の疑念は、何故そうする必要があったのか。

 そうさせたのは、シズクと雀の存在か。あの二人へ集中するために、夕海子へ割いていた演算を集約させた? しかし、それにしては『怪物』には手傷の一つも見受けられない。

 何よりも、誰もいない真上へと槍を掲げた『怪物』の姿を見て、焦燥に酷似する予感が奔った。

 少女達の視線が集う先────────────────『怪物』の槍から、閃光が迸る。

 いっそ神々しき、その眩しさ。

 

「うそ────」

 

 放散する光。

 

「────畜生!!」

 

 星が如き躍動。

 

「あ、死んだ」

 

 それを見て、不出来な辞世の句が、三者三様にまろみ出る。

 光源から飛び出た流星の弾丸を、四方八方へと撒き散らす。

 着弾を避けるべき対象だけ──楠芽吹と、国土亜耶の二名──徹底したのは、その配慮が一つだけ。あとはもう、やたらめったら、周囲へとまばらに、適当に、全体的に、殲滅を願い狙って放たれた。

 

「止まれっ────!」

「カズキ、さ────」

 

 金色に輝く流星花火が、周辺の景色を穴だらけの瓦礫へと変貌させていく。物質が消し炭となる焼却の音は、耳を劈く閃光の音で塞がれて。

 ──『怪物』にぎこちない動きが多かったのは、楠と国土から狙いを逸らすために要した演算が為。少女たちがまだ人の形をして蒸発していなかったのは、タスクを分割していたからこそ生じた遅延。

 加えて、()()()()の慣熟に欠けた肉体操作。

 人間の決意など、吹けば飛ぶ塵と変わらない。絆の為の奮戦を、測ることもバカバカしい大いなる力が、上から抑えつけて圧し潰してしまう。結局、ただ防人では足りないのだ。空を逃げ回る弥勒夕海子、生への活路を求めて飛び出した山伏シズク、喚きながら突撃する加賀城雀、外の世界から生きて帰った精鋭だろうと。仮に数が揃っていても、無情なまで、戦力比は絶望的だった。

 

『── ──  ────  』

 

『怪物』は声もなく、感嘆もなく、感慨とは正反対な無機物じみた思考ルーチンで、冷たい勝利を確信した。

 ──少女達へ、光の弾丸が迫る。だが回避のいとまは、真の意味で存在しない。一時の奇跡によって避けられたとして、その次をすかさず埋めるのは閃光の絶望群。耐え忍ぶなど、土台、可能な領域に彼女らはいない。

 この瞬間の数秒後の未来で広がるのは、防人が三名戦死する()()()予定調和。

 一方的な理不尽が、女の子を無惨に消し炭と変える。

 理不尽、あまりにも不条理。────それを覆すべく挑む為に立ち上がり続ける者こそ、きっと、勇者と呼ばれるのだろうが。

 残念なことに彼女らは、勇者にはなれなかった防人でしかないのだ。




 難産丸。
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