郡カズキは英雄である   作:真の柿の種(偽)

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 あと5~6話くらいで大満開の章を終わらそうと。


息できなくても

 千景さんの言が全てとは言わない。けれどあれだ、責任の一端は担っていると自覚はしてもらいたかったカズキ。反りが合わないのも仕方が無いけれど、だからといって火に油を注いでも良い結果には繋がらない。最年長であるのは誤魔化しようがない事実なのだから、自重を憶えて欲しくもあるカズキ。

 

「嫌っている私達に守られるのが、そんなに気に喰わない?」

 

 楠芽吹による実質的な大赦への離反、国土亜耶の救出、それらを為した数日後。

 未だ楠はカズキへ憎悪すら抱き、カズキを擁護する千景を嫌っている。険悪なムードは、今しばらく続くと確信できる今日この頃。

 

「……『怪物』なんかに守られる必要性が無いって言いたいの」

「────────必要性が在るから私達がいるんでしょう。そうでなければ貴女と仲良く暮らそうだなんて思わない」

「っ……このっ……!」

「ま、まあまあ、芽吹さん、喧嘩はやめましょう?」

 

 楠と千景の間で勃発しかける争いも、国土の一言が冷戦へと速やかに持って行く。しかしこのままでは第二次の開戦もそう遠くはないと、たった数日で何度も仲裁した経験のある国土はそれを察したようで、カズキへ向けて助け舟を求める視線を寄こした。その憂慮に、郡カズキは実に賛成だ。この分でなら、数時間後の昼食どころか十分足らずの経過後には、再びの言い争いが引き起るだろう。

 あくまでも理性的に、感情をそよがせないように努めて、カズキは楠へ声を掛ける。

 

「俺達は、その……二人を縛り付けたい訳じゃないんだ。ただ、今の大赦は……なりふり構わない体制になりつつあるから」

「……」

「楠も、それを理解出来るだろ?」

「…………別に、貴方に言われなくても分かっていますけど」

 

 溜め息を吐いて、不貞腐れながらもカズキへ同意を示す。そこそこ共同生活を共にすれば、楠の人となりにも見えてくる物が在る。この嫌々ながらの同意は、観念せざるを得ないと理解を示している反応だと、カズキは学んでいる。

 窮屈にさせているのは事実で、不快感が積もっていく生活なのも確かだ。カズキとて、出来る限りの配慮を当然として、なるだけ心の負担を軽くできるように働きかける努力は惜しまない。

 

「俺達を意識させないようにするから、勘弁してくれると助かる」

「……視界には入らないようにして」

「ああ、分かった」

 

 つかつかと、今では楠芽吹の自室となった客室へと戻っていく。こちらへ目線での会釈を受け取らせてから、国土は慌てて楠を追いかけていった。

 二人を横目で見送りながら、やれやれとでも言いたげな様子をしている千景には、少し棘を含めた言葉を投げ掛ける。

 

「千景さんも、ちょっと大人げないですよ」

「へ? ……私? ……──!?」

 

 意外そうな表情を晒す千景。しかしカズキからすれば意外でも何でもないのだ。

 

「どうしてビックリしてるんですか……。楠達が俺を嫌うのは当然だし、言う権利もある。それを千景さんが煽るのは良くないよ」

「で、でも、カズキが悪く言われるのは許せないから……」

「千景さん」

 

 その先を言わせる前に、ピシャリと名を呼んで止める。

 その想いやりは嬉しい、噓じゃない、強がりもない、千景から受け取れる心はどんな些細なモノでも、日々積み重なる掛け替えのないモノ。そう思える毎日が貴い宝石みたいに、キラキラして、カズキの心を豊かにしてくれる。

 けれど、その優しさばかりは受け取り切れない。

 

「俺が憎しみに負けて、その後始末を拭ったのは国土亜耶。そうして友達を喪いかけたのは楠芽吹。誤魔化すつもりもない事実だよ」

「でもっ、カズキが悪い訳じゃ──」

「少なくとも。……あの二人にとってはそれが真実で、現実だ。騙されたとか唆されただとか、そういった他者が持ち込む問題よりも、大事なのは二人の認識だと俺は思う」

「……」

 

 お茶を啜りながら、ぽつぽつと、カズキは千景を嗜める声色で、彼女らの心情を予想する。

 

「多分、国土は、かなり怖い思いをした。命が消えていくって実感は、冷たくて、昏くなって……すごく怖い。友達がいなくなってしまう恐ろしさも、同じくらいに苦しい。そんな理不尽に対して怒りも抱くだろうし、だからといって自分がどうすればいいのかも分からなくなって、戸惑う。友達や自分が犠牲になるって、そういったモノだから」

 

 自分の死を受け入れたような態度をとったところで、人は、人として生きた過去が幾数日でもあるのなら、どうしてもそれを喪失する悍ましさからは逃れ得ない。積み上げてきた友との信頼、重ねてきた人との営み、明日を見上げて夜明けを想う夜。

 ところが、日々へ当たり前のように用意されていたモノが、その瞬間を境にして、ストンと消え去る。これは寒の深夜のように、静かな真っ暗闇へ真っ逆さまに堕ちていくのと似ている。人の暖かみを知ってしまえば、そんなどうして悍ましさを好くことが出来るのだろうか。

 勇者部のみんなで、絶望を退けたあの日々だってそうだった。

 

「だから、俺には、二人の心を受け止める責任がある。怒りでも哀しみでも、それこそ憎しみだって、俺が受け止めないといけないんだ」

 

 自分がいなくなるのが怖かった。でも、自分以外の誰かがいなくなるのも、同じくらいに怖かった。その二つの不安が己を殺し続けて、生きた心地のさせない毎日を過ごさせる。「こうすれば」「それともああすれば」

「あの時自分が何かを出来たなら」と、抱え込んだ内で穢れは掻き回されて尚も淀んでいく。

 自分はその澱みを千景へぶつけたからこそ、その一件で澱みの清算は片付いているが、あくまでも不幸中の幸いと言う話でしかない。

 二人の絶望を、『()()()()()()()()()()()()()』と吐き捨てて片づけるのは、あまりにも尊厳を無視している。

 

「俺は、その……千景さんに()()()()()()()、今はこうしていられる。……あの二人にとって絶望をぶつける相手を探すなら俺か、大赦か……へスターさんくらいだろうけれど」

 

 個の封殺を徹底し、集団としての在り方を是とする者達は、二人の嘆きを顧みてくれるのか、疑問だ。

 

「カズキの責任じゃない……カズキを『怪物』と呼ぶのを、私は許容できない……!」

「でも俺以外だと、二人の鬱憤晴らしもさせてくれない」

 

 世界の維持の為。神樹様の為。四国を守る為。

 大義名分を掲げて、怒りの矛先として向けたところで、胸が透くような心意気を得ることは出来ない。

 

「感情をぶつける先は必要だ」

「……」

 

 ぶつかり、曝け出すことで、相互を理解できる事もある。

 他ならぬ自分達がそうだったのだから。

 

「あの二人は被害者だからこそ、俺は二人の力になりたい」

 

 誰かの心を受け止めて、その人が抱く暗い感情を晴らせるのなら。

 憎しみに一度でも染まった自分が、誰かの荒れた感情をほどけるのなら。

 

「千景さんが、えっと、ぉ……俺のために、怒ってくれるのも嬉しいけど……楠のあの感じを見過ごしてくれれば……」

「……分かった、分かったから……その目をするのはやめてちょうだい」

「目……?」

 

 意味不明なことを言われて、この話題は一先ず落着と相成ったことだろう。

 

「カズキにその目をされると弱いのよ……」

「そ、そうなんだ……?」

 

 穏やかに流れていく時間の中。

 けれど、少年の覚悟は、言葉で聞かせる以上に硬かった。

 きっと、当の二人が少年の心情を知り尽くすこともないだろう。少年が語って聞かせるつもりもまた、あり得ない。

 何も言わず、何も縛らず、何も抗さず、救世主の心持ちが、罪なき少女達をいつの日か癒せるようにと、少年は祈るだけだった。

 

 


 

 

 抉れた地形、散らばる瓦礫、熱を帯びた空気。

 その中心地に立つ、無貌の少年。

 郡カズキと呼ばれた、『怪物』。

 

「カズキ」

 

 平和の対角線上に位置するこの光景が、尋常ではない力によって引き起こされたのは確実。漂う力の残滓からして、人智の外から更に外れた存在が暴れたのであろうことが感じ取れる。

 首から上を、悍ましい程に煌めく翡翠の結晶へと挿げ替えて、その存在が千景を視線も無く睨み付ける。

 暴走、その二文字を認めざるを得ない。

 それなのに、何故か、楠芽吹と国土亜耶が眠りこけた地点だけが綺麗に損なわれる事なく。

 見境なく、あたり一面を乱雑に潰して消して回り始める。()()が我を失った際に見せる行動指針は、無差別な殲滅。救世主の力をふんだんに使い、脆弱な平和をぶち壊して回るのが、今までだったのに。

 誰よりも、何よりも、近くに在る楠芽吹と国土亜耶へ、その暴威が突き出された気配が見受けられなかった。

 

「ねぇ、カズキ」

 

 率直に抱いた疑問へ答える存在はいない。

 気絶が二つ、沈黙が一つ。それが千景の前に在る答え。

 

「何があったの?」

『── ────』

 

 散歩でもしながら話し掛けた、そんな風に、柔らかく、慈愛を込めて言葉は紡がれる。

 心から漏れる情の欠片も、その存在からは見受けるのも困難だとしても。

 

『────』

 

『怪物』が動き出さない一定の距離を保ったまま、千景は静かに辺りを歩き始める。

 言葉は、やはりない。

 

「誰が、貴方にそうさせたの」

『 ── ──』

 

 コツコツと、ローファーの音を瓦礫に響かせて。

 でも、対話ができない。

 

「……優しい子」

 

 まばたきを深く、一度だけ。それから千景は、寝転がる少女二人へと視線を向けた。千景の意識が二人へ移った途端、『怪物』の姿勢が強張ったのを確認して、尚更の確信へ至る。

 無防備な姿を遮る位置から、移動する気配を漂わせもしない、顔の無い少年。

 

「守ろうとしているのね」

『────   ──── 』

 

 心は感じられる、魂はそこにまだある、穢されることなく、憎しみに呑まれることもなく、郡カズキという存在はそこにいる。

 ただ、その機微の一切が感じられないのは。

 

「……眠りの中で、癒している」

 

 言ってしまえば寝ているだけ。寝惚けて、微睡む寸前に抱いた己の意志に、身体が勝手に従っただけの話だ。

 寝返り一つ、それだけでこうも壊滅的な景色を作れるのは、流石に英雄達の奮った力ということか。

 外的要因の気配も、僅かに感じるが、それはそれ。

 

「意識を失う最後まで、2人のことを案じていたのでしょう。……だから、その2人だけは守ろうとして……」

 

 思考の断線、その寸前までの想いに従う。カズキらしくはある。カズキなら、微睡みの中に心を置きながら戦えても不思議じゃない。守る為にが戦う理由の多くな彼ならば、寧ろ、至る帰結としては自然か。

 

「……それ以外を外敵と見做すのは、少し、()()()ないけれど」

 

 その『らしくなさ』には、情の介さない冷たさを感じる。

 2人の友であろうと、郡カズキの大切な存在であろうと、例外なく。カズキの意志が介在しているとは思えない敵意が、機械的にぶつけられているのを、千景は感じ取っていた。

 大気へ、紫電が迸る。

 視界に満ちた瓦礫の景色を、暗黒の色素が風穴を開けていく。

 殲滅目的ではない。退路を潰す為に生み出されたワームスフィアーの囲いは、千景と『怪物』の周囲を覆い尽くし、『怪物』の力が満ちるフィールドが敷き詰められた。

 触れれば喰われる、獰猛な球体。喰われれば抉られてしまう、惨虐な凶器。抉られた先に待つのは、比較的に近い死の気配。多少の抵抗を可能とする力が千景にはあるだろう、けれど抗える時間が僅かにあろうと意味などない。ザルヴァートルの力に呑まれ、無事で済める存在など、それこそ神ですら存在しない。

 この包囲網から逃げ出せないこともない。力を阻害する圧力で満たされた空間だとしても、逃げ出せない話も無い、ないのだが、だが。

 無数に浮かぶ球体の内八つから、紫紺の鋭爪が姿を垣間見せようと、退く気概は生まれてこなかった。

 握られた槍は、両方とも既に開かれ、その射線上をいつでも消し炭にしてしまうのだろう。されど、この場から去る訳も無く。

 少年の自我と呼べる揺れは存在しない。向けられるのは、いっそ他人事のように手触りの抜けた敵意だ。だが、どれだけ少年の心が薄まっていようと、行動に意志が伴っていなかろうと、問答無用で胸が抉られる気分になっていくのは変わらない。

 千景にとって、『郡カズキ』から敵意を向けられるのは、いつだって何事にも変えられない痛みに他ならない。

 

「いますぐ、治してあげるから」

 

 大いなる力を感じ取り、おそれを抱く。三百と生きながらえようと、やはり強大にも程がある力が自らへ向けられようものなら、戦慄の一つや二つは仕方ない。

 湧き上がる畏れは、根源的な恐怖を人間である部分が盛り上げていく。

 けれど、出来ないとは微塵も考えない。

 

「私はもう二度と、貴方の全てを諦めない」

 

 独りなら、確かにそのおそれに呑まれ、より簡単な選択肢をいとも容易く選んでしまった。善がりの言い訳を理由にして、間に合わせの平和を選んで、未来へ進むことを佳しとはしなかった。

 孤独ではない今なら、こんなにも、選ぶ道筋に恵まれている。

 

『  ──   』

「……だから、止まっていいのよ」

『────』

 

 ゆらりと、白の矛先が千景へと向けられて。

 

「貴方の時間は、こんなところで使いたい訳じゃないでしょう……────ッ!!」

 

 槍の開口、閃光の噴出、その二つが垣間見えると同時──千景の眼前へ、幾何学の紋様をした翡翠の『壁』が現出する。

 けたたましい掘削が響き渡る。『ドッッ』と、空気が破れる耳障りが世界に連続して鳴いていく。

 されど破れることはなく、白光の通り道を見事に塞ぎ切る、絶対に程近い防壁が聳え立つ。

 

『────   ── ── 』

 

『怪物』には疑問が生まれない。

 万物を焼き払う白光を受け止める戦士を見たところで、感慨はやはり、『怪物』の胸には飛来しない。

 

「……やっぱり、そう簡単にはいかないわよね」

 

 加減無しの火力を、肌先から伝わる熱力が物語った。

 想いの乗らない殺意。

 心に揺らされない殺意。

 機械仕掛けに絡まる殺意。

 きっと目の前の存在は、誰を消し去ろうとしたのかさえ認識していない。差異など無いのだ。蟻を潰すも、ミジンコを磨るも、華を散らすも、羽虫を払うも、人を消し去るのも、さしたる変化など生じない。

『怪物』の後ろの二人を守る理由すら、知りもせず、疑問も覚えず。神のような視観で、淡々と入力された方向性へ向かって進むだけ。為すべき事柄を遂げるため、立ちはだかる凡百を仕留めるだけ。

 感情に支配されて暴れる『怪物』ではない。かと言って、憎しみに侵された嘆きの『怪物』ですらない。

 

「この得体の知れなさは、もっと別の……」

『 ── ────   ──── 』

 

 冷めた戦意が、千景の目の前で急速に凝り固まった。

 依然として情の欠片も見せてはくれない。が、目の前の『怪物』は、本腰を入れて処分しなければならない敵として千景を認識したようだ。

 

「(先に二人を遠ざけて……いや、二人を連れて離脱する隙は晒せない、まずは意識を他に割かせないと)……!」

 

『怪物』としての暴威を翳す少年が、千景への狙いを更に強く定める。

 双槍が、鋭い切先をコチラへ向けている。備わった機構は働かず、純然とした武器として使用する腹積もりか。

 全動作はぎこちなく、されど光が閃く速度で『怪物』が飛び出した。

 両手へ携えた槍による、二色の刺突。()()()()()()()()()()()()()()()()()()、が、それすら引き裂いて進めると『怪物』は判断した。

 華奢な体躯を抉らんと迫る二色の槍。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「アンタにしては」

 

 迫る切っ先を打ち払い、華奢な少女が『怪物』を押し退ける。

 

『    ──  ──── ──  』

「上々な挨拶じゃないの────郡ぃッ!!!!」

 

 好戦的に笑いながら、()()()()は叫んだ。

 突如として現れた()()()()()、膂力では圧倒的に劣る筈の勇者に打ち負かされた事実。それが卓越した技量によって引き起こされたという理解は及ばず、『怪物』を動かす防衛の機構はエラーに埋め尽くされる。

 その夏凜の背後から、もう一つの赤い影と、桜色の影が飛び出した。

 

「お待たせしました先輩っ!!」

「友奈は後ろの二人を!!」

 

 翡翠の無貌を通り過ぎる()()()()

 その背へ目掛け、全ての動作を殺戮に集約させる『怪物』の所作。存在しない視線が紫電となり、友奈の無防備な背中を喰い破ろうと唸り始め。

 

「させるかァッッ!!」

 

 ()()()()の振るった炎斧のヴェールは、『怪物』を包み込み、その狙いを付けさせることはなく。

 害までといかずとも、煩わしきそれを、槍をもって切り払い、『怪物』に相応しき膂力が炎幕を吹き飛ばした。

 嵐の暴風へ目を細めつつも、銀は、『怪物』が友奈へ向かって凶刃を突き立てんと踏み出すのを見逃しはしない。

 戦友へ向けて、援けを叫ぶ。

 

「須美ぃ!!」

 

 叫びと同時か、少しだけ出現が先だったか。千景の眼前へ、その友は超次元の現象によって遠くから引き寄せられる。

 顕れ出でたその御姿は、既に臨戦を意味する装束へと変わっており。

 手に抱く銃身、青の照準器、そしてその銃口も、既に『怪物』の方角へと向けられ────否。()()()()が認識する世界は常人を超え、人智を超え、先に在る()()()の領域へ足を掛けようとしている。

 

「了────解ッ!!」

 

 広がるその視界は、手に取るように美森は把握を済ませる。

 踏み出す脚を撃ち抜くなど、造作もなく。

 引き鉄を強く押し込み、青の弾丸が宙を走る──大地との接続部から鮮血が弾け飛び、前のめりに倒れ込んでいく『怪物』。

 

「ごめんねカズキ君……!」

 

 肉体の主が万全であれば、足首が引き千切れようと、もう片方の脚でも咄嗟に着地するだろう。或いは、ザルヴァートルの暴走に侵されていたとしても、ザインとニヒトならば、無様に転倒するようなことにはならない。

 冷たく機械的な存在感。人体操作の不理解さ加減。そして、バーテックスにも似た、冷たいのに灼熱のように絶対的な敵意。

 薄ぼらけであれど、千景の予測は整合性が取れつつある。

 

「(やはり()()()()()()か)────結城さんっ!」

「オッケーで」

 

 最後まで聞き届けることなく、芽吹と亜耶、加えてその二人の元へ辿り着いていた友奈も纏めて、千景の目の前へと引き寄せられる。

 芽吹と亜耶を取り戻さんと、砕けた片足を散らばせたまま、『怪物』は千景の方角へ飛び出していき。

 

「行きなさいっ、銀ッッ!!」

 

 その直線状で、人の御業を以て人外の力を受け流す、赤色の勇者。

 乱雑な槍撃を、やたらめったと乱舞するだけ。それだけで地は割れ、空気は裂け、目の前の存在は容易く破れていく。常人、あるいは常人を超えた存在であろうと、『怪物』の力の前では紙切れ同然。……普通なら。

 汗一つ掻かずとはいくまい。だが、夏凜には喋りながらでも捌けるだけの実力がある。

 

「すぐ戻る!!」

「お茶飲んでからでもっ、別にいいけどッッ!!」

「結構余裕あるのかよ!」

 

 その突っ込みを最後にして、銀と芽吹と亜耶の姿は、碧の球体に包まれて消え去った。

 芽吹と亜耶の離脱。認識した瞬間、『怪物』の圧が格段に膨らんだ。風船ではない、爆破の波が広がるように、暴威の気脅しが重圧となって撒き散らされる。

 それを間近で受け取ったのは夏凜。彼女が、いの一番に。

 

()()()()()()()

 

 いの一番に、肌を粟立たせた。

 

「ッッ!!?? ()()!!」

 

 理解の外に在る悍ましさを、誰よりも直感した夏凜は勢いよく距離を取る。

 それを追いかけることもなく、『怪物』は直立して敵の数を静かに数えた。

 不気味に、一人ひとり脅威度を、郡カズキの記憶から算出しながら演算内容へと加えていく。

 

「アレ、郡じゃないわよ……! こんな気持ち悪い感覚を郡が出す訳ない!!」

『迪sソr縺g後w?m?k蝟n壹¥縺ェ』

 

 少年の肉体の向こう側へ向けて、その敵意を隠すことなくその確信をがなり立てようと声は届かない。

 

「何なのよアイツは!?」

「カズキの残した()が消えて、よっぽど嬉しそうね」

「やっぱり……あの中にいるのは、カズキくんじゃないんだ。……よかった」

「……敵に、奪われた?」

 

 周囲を憚る要因は、目の前の少女達が連れ去った。

 遮られていた全力が、ここから牙を剥く。

 

「カズキの意識が無い分、加減が存在しない。特に結城さんと三好さんは、接触してからの同化に気を付けて」

「……上等、元より『怪物』を圧し留める為に、私は勇者として選ばれたんだから」

「気を付けて夏凜ちゃん。……以前の暴走した時とは違う。もっと厭な気配がする」

 

 郡千景、結城友奈、東郷美森、三好夏凜。

 どれが一番に厄介なのか、ラベリング付けをしていく『怪物』。

 

「(フェストゥムとも違って、冷たい無慈悲、無機質な灼熱、人とは形が違いすぎる敵意)……カズキ君の中に居るのは、まさか──」

『────荳h榊tアd翫k″h縲k?i荳t肴y噴u縲s?隱r?繧』

 

 情が露骨に、矛先を美森へと掲げた。

 敵意の尖りが、団体へ向けるような曖昧模糊ではなく、明確な個人へと向けられる。赦し無く、格も無く、()()()()()()から認識されるのが許し難い、そんな怒りが煮詰まっていく。

 情に任せた紫電が、チリチリと大気を焼く音を鳴らして耳障りだった。

 

「ハッ……空き巣の癖して、一丁前にキレてくれるわね」

「『長期戦は論外』『私が触れられる隙』、その他は任せるから、っ、……達磨にしてでも、止めて」

「だっ、達磨って……傷つけない選択肢は、ないんですか?」

「……カズキ君を救うのに手間取れば、彼の生存限界は更に減ってしまう、そうですよね」

 

 千景には、焦燥に追い立てられながらも、誰よりも大切と想うが故に最適解を迷わない。美森は一時の罪悪感を割り切れる強さがある。夏凜には『この程度でどうこうなる奴じゃない』という信頼がある。

 そして結城友奈は。

 

「時間を掛けたくない、一分っ一秒が惜しいっ! ……カズキに、痛みを与えてでも、今はいち早くあの子から中に居座る存在を追い出さないと」

「……分かりました」

「相談は終わった? なら構えときなさい。────来るわよ……!!」

 

 友の救済に繋がるのなら、きっと迷わない。

 

 

 楠芽吹、国土亜耶、実力精神面等の中心人物の欠けによって生まれた不安定な行動の果て。

 多感な時期の少女達だ、友がいつの間にか消え、()()()()()()()『怪物』に囚われていると知れば動揺もするだろう。焦燥に襲われ、その『怪物』が無警戒にして、おまけに件の二名も同行していたのなら、本人達の気質とは真逆の、思いもよらない行動に出てしまうのも仕方のない話。

 そんな中で、四国を脅かし、神樹を貶め、敵対する悪魔でさえ喰らう真の『怪物』。

 かの存在を目の当たりにすれば、急所を()()吹き飛ばしてしまうのも、ままあること。

 結果として、巨竜の逆鱗を不躾に触ることになったが、衝動的行動としてはそんなもの。

 要は、子供三人が勝手に引き起こした、独断専行。

 

「シナリオはこんなところかな~?」

 

 園子は、物を言わず、意識を失い寝そべる男たちを冷たく見つめる。黒く物々しい防護服の上からでも、息があるのを伺える。深刻な怪我も無く、せいぜいが打ち身程度。

 この場へ参じた時には、既に制圧されていた彼等。これからとどめを刺そうという話も無い。『島』の人々は、人の命を奪うことへ積極的にはならない。

 だから、この『軍』の人たちが少年へ与えた痛みに比べれば、気絶など負傷にも入らない。

 

「カズキを撃った事実すら防人におっ被せようってのは、聞きしに勝る()()()じゃねぇか」

「自分達へ従うように仕向けるこの人達のやり方、私、嫌いだなぁ」

 

 友達が傷つけられるのなら、尚更にその姿勢が許せない。優しい彼を『怪物』として見做すことだけでない。一生分を傷ついた少年を、これ以上悪意で振り回すことが、どうしても。

 ──硝煙の強い臭みが、厭に鼻を刺激する。

 

「本当に……撃てちゃう、人たちだった。……そんな人がいるなんて、信じたくなかったけど」

 

 誰かを守ることへ躍起になろうとする彼を、本気の殺意で撃ってしまえる。

 その事実に眉を顰める。同じ人間として、悲観すら浮かぶ。

 

「すまん」

「……どうしてぐっさんが謝るの?」

 

 真っすぐな視線で、誤魔化しを入れない心から、溝口は喋っている。それを園子は()()()()わかる。

 

「俺達は、外の脅威に対してはあまりにも無力だ。お前らには頼らざるを得ない……だから、せめて人の相手だけは俺達が……」

 

 溝口が勝手に喋くっている、訳じゃない。語り聞かせる中身は、正真正銘の総意だ。

 贖い、償い、報い、少年たちの屍山へ向けた祝福。ただでさえ短い命を、平和も謳歌させ切らずに使わせ続ける残酷を強いてきたこれまで。必要なら現アルヴィス職員の命すら、少年への糧として皆が差し出すいっその()()

 義務感にもよく似た、使命感がそこにはある。

『そうしなければならない』という強迫観念が、今の『島』の者達を成り立たせている。

 

「人から守るくらいはやらなくちゃならねぇよなって、決めたところでこの体たらくだ」

 

 口調が軽いのは、本人の性格の問題。

 込められた意図は、至極重たい。

 園子の感応へ伝わる熱量は、煉獄のようで火傷しそうだ。

 

「……思ってくれるだけでも、嬉しいよ? カズくんもきっとそう」

「お前たちにそう言わせている時点で、俺達は何も守れちゃいない」

 

 ピクリと、言語化困難な器官が、空間の揺らぎを観測する。零次元を跳躍する、超次元現象の予兆。敵とは違う、頼れる親友の力。

 それを感じ取ったコンマ数秒後、翠の球体が園子の傍で膨張する。

 

「悪いっ、待たせた!」

「ミノさん、どうだった~?」

「良くない状況だけど、暴れ方は前とは違う。世界に失望してとか、そういうんじゃないらしい」

「……そっかそっか」

 

 決して良くない。悪い方に振り切れている。口が裂けても良好とほど近い、などは言えない。

 しかし、人への絶望の極致がそうさせた訳では無い。

 それが知れただけでも、『島』の大人は一つの救いを得れるだろう。

 

「……情けない限りだが、嬢ちゃん達にしか縋れねぇ」

 

 見守っていたのは、郡千景だけではない。

 幸があって欲しいと望んでいたのは、それこそ『島』の末裔の総意。

 厭う事象が一つもなく、健やかに、限られた命を謳歌しきって欲しいといつだって望む。

 

「カズキを、頼む」

「もちろんっ、任せてくれ!! ──んじゃ、ちょっくら犬吠埼姉妹を拾ってくる!」

「いってらっしゃ~い。ぐっさん達は、()()()()をよろしくね」

 

 その優しさが、不変として在った。残酷を押し付けても、喪失を植え付けても、それを超える何か一つでも多くの幸福を頬張って欲しいと、願い続ける人は存外多くいた。

 少年が未だに尚この世界を守ろうとする理由として、それが無関係とは、園子には思えない。

 

 

 逆手から振り抜かれる一刃が、袈裟を斬り上げ──耳に障る鳴りが、火花を散らす。

 表面的な傷は、無数の中へまた一つ刻まれる。だが、あくまでも表面。その白槍が綻ぶに相応しい予感は、何合打っても得る事は無い。

 武装を撃ち砕くのは最難関、そもそもその槍は巨大を引き裂く武装だ、生半な強度なハズも無い。なら腕を奪えば、戦力を削ぐのに話は速い。しかし、それだって困難そのもの。

 

「折るのは現実的じゃないか!」

 

 紫紺が返す刃で夏凜の胸元へ刺し込まれる。それを最小限の動きで、刀の峰へとずらすように当てて流せば、金属の引き攣る不愉快が鳴り響く。

 武装を砕かれないだけで上々、受け流すことにすら体力を割合で削られる圧倒的な膂力。

 こちらの動きへ反応、攻撃の認識、そこへ至るまでのレスポンスは至って遅い。ただ、そこから防御を差し込むまでの速度が、中々どうしてオカシかった。防人では防衛行動を引き起こさせることも出来ない、だからといって、()()()()()()()()()()()()なんて楽観は早々に捨て去った。

 フェストゥムをいともたやすく引き裂くその膂力が、速度と重撃の二点を可能としている。

 傷を付けるのは難所。欠損を負わせるのも困難。動きを鈍らせる搦手は持ち合わせない。真っ向から抑え込む無謀は論外。

 では邪魔っかしい障害をまず砕くという発想も、正しくはあるがそれすらどうにも。

 

「障壁を使わないのは救われてるけど……!!」

 

 ──夏凜の耳たぶを掠める一寸下、青の弾丸が通り抜ける。

 ドパンと、巨大な水風船が破裂する音と共に、『怪物』の膝が砕け散る。──真紅の飛沫が吹き飛ぶ中で、翡翠の結晶が空洞を繋ぎ留めてしまう。小さな傷では、幾ら与えても焼け石に水でしかない。

 だが隙は生まれる。それがどれだけ僅かな隙間であろうと、刹那を逃さず、夏凜は迷い無く踏み込める、それだけの鍛錬が結実となる動きへ心を任せる。

 迷いは無い、恨みも無い、怒りなど以ての外。救済へ繋げるための過程、ただそれだけの為に────刀を、淀みなく友の肉体へ突き立てた。

 

「夏凜ちゃん!!??」

 

 友奈の悲痛な声も無視して、刃の鋭さが肉を掻き分けていく。

 心臓の存在する地点をするりと通り抜けて、背の向こうで、白刃が血潮を乾かす。

 

「────────ミスったッッッ!!」

 

 瞬間、咄嗟に悟る。

 横へ振り抜き、上半身を斬り飛ばす。それか、全身を巡る神経の大元である脊髄を引き裂く。止めればいい、深刻な怪我をさせようとも、今現在の状態に比べれば軽傷に収まるという合理的思考に夏凜は従う。

 痛々しく、その肉体を切り刻む心痛を圧殺し、郡カズキを取り戻す最短距離を模索していた。

 その目論見を、即座に御破算とするのは『怪物』が『怪物』とされる由縁。

 押し込むことも出来ず、引き抜くことも出来ず、かといってダメージに狼狽える様子もまた見せず、一本の刀は翡翠の結晶によって肉体に繋ぎ留められてしまった。

 

「離れなさい!!」

「言われずとも!!」

 

 固定された刀から手を離す、命を預ける得物を自ら手放す、その判断は実に速かった。

 ほんのちょっぴりの逡巡はあったが。──その少しを咎める、少年の形をした『怪物』。紫紺のアンカーが、上空から降り注ぐ。数は二。位置はちょうど、夏凜の無防備な背を狙い撃つ。

 的確に人体の中心線目掛けるアンカー、喰らえば死は近いソレを、武者の精霊は当然のように阻む。

 

「ちぃっッッ、、っっ!!!???」

 

 ガギギと雑音をがなり立てて、夏凜はその瞬間を生き延びた。それだけだ。

 穿ちと障壁、斥力を生み出す二つの衝突は、夏凜をその場から離脱させてはくれない。あろうことか、距離をより至近へと近づける形にたたらを踏ませられてしまう。

 

「やば──」

 

 白槍を手放した『怪物』の魔手が、吸い込まれるように夏凜の首を掴む。握り潰しはしない、雑に殺しはしない、『怪物』からすれば、勇者の力は立派な栄養素だ。その肉体をより戦闘へと尖鋭化させるための糧となり得る、良質な素材だ。

 肌に触れた。確と掴んだ。夏凜の抵抗力では塵の足しにもならない。

 翡翠の牙は、三好夏凜を即座に咀嚼するだろう。

 

「──ダメぇっっ!!!!」

 

 桜色の横薙ぎが、『怪物』の腕を弾き飛ばして()()を寸でのところで防ぐ。

 釣られて夏凜も吹き飛んでいくが、それが最善だと結城友奈は知っていた。接触による()からの同化を防ぐには、物理的な距離を離すことが何よりの対抗策。

 桜の蹴撃によって『怪物』の腕はあらぬ方向へ折れ曲がる、それへ顔を顰める友奈だが、視界の端でチカリと紫紺の光沢が翻ったのを見逃さない。

 咄嗟に交差させた手甲を構え、友奈の精霊が衝撃へ備える/音を引き裂き、槍が線となって()()()()()────起こりは、全く同時。

 

「ッ˝ッ˝っっっ、ぐっぅッッ!!??」

 

 千切れる火花。弾ける火花。閃光が視界の内で何百と飛び跳ねる。マトモに受けていい衝撃ではなかった。腕に受けて、脳震盪を起こしかける道理が分からない。精霊による保護さえなかったかのように、『怪物』の衝撃が全身へと叩きつけられる。

 友奈は確かに、軋む音を肉の内から聞いた。

 骨の悲鳴、肉体の木霊、苦痛の残響、踏ん張りを効かせる軸足さえにも罅の苦痛が伝播している。

 だが友奈には、彼女の脳内には、その一撃から身を引く気が一切無い。手甲の耐久の限り、その鍔迫り合いから逃げ出す臆病を、心の底でねじ伏せる。

 裂帛の踏ん張りを、もう一歩、大地へと叩きつけた。

 

「東郷さん!!」

 

 地へ走る亀裂の轟音に紛れることなく、歴戦の戦士は掛け声を正しく認識する。

 突き出される紫紺の槍、それを呻きながらも受け止める桜の息吹。二か三秒の硬直、一発の弾丸が隙間を埋めるなど造作もなく。────一発どころではない。

 手始めの二発が、槍とを繋ぐ腕を吹き飛ばす。

 

「離れて友奈ちゃん!!」

 

 結晶によって繋ぎ直される────その結晶すら、次いだ三発の銃弾が欠片へと貶めた。

 ぼとりと、完全に()()()()()『怪物』の左腕。傷口に灯る結晶は、すぐさま修復させてしまうだろう。

 その背へと、赤の一刀は迫る。

 

「郡ならもっと手強い……!!」

 

 翡翠の輝きが腕を象る前に、夏凜は根元から斬り落とす。

 接近した敵に対して、反射的に折れた右腕を振り回し、膂力でもって叩き潰そうとする『怪物』、だが。

 

「郡カズキはもっと速かった!!!!」

 

 駄々っ子のように振り回される腕など、夏凜の視界には、止まって見えた。

 煌めく刃閃、骨を断つ感触。腕と共に跳ね跳んでいく、赤き飛沫。

 状況を危険と冷たく判じる『怪物』は、夏凜から距離を取るべく後ろへ下がる。一歩、弾けるように跳んで離れたその着地点に、()()()()()が発生した。

 

「その子はお前の道具じゃないっっっ────!!!!」

 

 失われた頭脳体の代わりに置かれた、結晶の無貌。

 それへ、優しく千景の手は触れる。

 

「カズキを返せ……!!」

 

 千景による『薬』の力が無貌を包み込み────────紫紺のアンカーが、千景の背を貫いた。

 

「千景先輩!!?」

「捨て身が過ぎるわよ……!!」

 

 胸元から浮き出る、紫の翼爪。それは悪辣に肉を穿つだけでは飽き足らず、中身を混沌と掻き混ぜるという殺意が伴っていた。

 混ぜっ返され、逆流する体液。口元からは、固形の血塊が零れ落ちていく。ぼたぼたと、地面はいやにダマになった赤黒いモノが堕ちていく。

 顔色が真っ青へと急降下。死へ突き落される痛みの連続性。

 表情は、けれど、露と変わらず。

 

「私の弟を返せ!!!!!!!」

 

 込めていく『薬』のSDPも、途切れることなく。

『怪物』の首の上に咲いた翡翠の無貌、その色彩が、紅の結晶に包み込まれていく。

 千景の力が浸透していく。郡カズキを取り戻す為の癒しが、順調にその身を満たしていく。

 この行動はそれへの抵抗。なんてことは無い、さして特別な一撃でもない、ただの蹴りが『怪物』から飛び出した。

 その前蹴り、何も飾らない蹴り一つが、元より躱すこともしない覚悟を決めていた千景を、()()()()()()()

 

「ぁあっ!? ──千景先輩!!!!」

 

 飛び退く意識がそもそも抜けていた。回避の暇も捨て去っていた。防御へ移るなら少年の奪還を優先させていた。仮に何を喰らおうと、絶対にその手を離すことはしないと、千景は心に決めていた。

 その結果として。

 

「東郷、急いで!!!!」

「だめっ、先輩が影になって……!!」

 

 後ろから前へ、アンカーが既に。

 前から後ろへ、()()たった今。

 千景の肉体に、二つの風穴を開ける。

 

「づッッ……ぃ、、返せ……っっ、カズキ を──   ッ!!!!??」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 喉骨すら粉々にして、凶刃が柔肌ごと髄を散らしていく。

 

「ごっ、ぁ、……ふっっ、、。……か……ひゅ、き……」

 

 郡カズキは、何も答えない。

『怪物』は、冷たい殺意だけで返答するのみだ。

 左手が修復を終える、そして赤熱化現象が引き起こる。紫電が漏れ出しながら、今度は頭蓋へと狙いを付けて。

 

「千景せ」

 ──ばじゅん。

 

 少女たちが見たのは、赤を噴出させる()()

 

「……………………え」

 

 強い熱が、液体を勢いよく蒸発させて、まるでスイカが爆発したように。けれど甘い香りとは程遠く、吐き気を催す鉄の香りが辺りへ充満していく。

 赤の噴水を浴びる『怪物』が、感慨も無く貫いた腕のまま、その死肉を()()()()()()()()()()()()()とでも言いたげに、千景だったモノへは目もくれない。

 ビクンビクンと、数回脈打つようにのたうち回り、一際大きく跳ねてからすぐに動かなくなった、肉。

 ()()が翡翠に包まれる。郡カズキだったモノが、郡千景だったモノを奪っていく。

 そして、美しい響きと共に、砕け散った。

 

「……うそ、でしょ……────そんな……!!?」

 

 活動の停止を認めて、醜い屍を結晶の牙が覆い尽くし、焦げた肉の匂いだけを残して、郡千景だったものが砕けて消える。

 

「…………ッ! 駄目っ、今は集中し────」

 

 殺戮の熱手を掲げて、無貌の『怪物』は勇者の方へと飛び出す。

 少年を取り戻す術は、勇者には存在しない。救済のめどが喪われたならば、打倒以外の選択肢は潰える。けれど、止められる小さな可能性を持った勇者ですら、じきに『怪物』は喰らい尽くす。人類救済の力を、人類絶滅の為に振るわれ尽くして、そこでおしまい。

 最悪な未来。その先が何もなくなる未来。

 ──仲間の喪失に広がる動揺は、少女たちの脚を地面に張り付ける。

 回避も防御も、間に合わせることが出来ない。

 

『豸医∴繧』

 

 魔手が、前衛の夏凜と友奈の頭を乱雑に掴む。────その腕を、()()がするりと通り抜けていく。

 ぼとりと、両腕の肘から先を取りこぼした『怪物』が、咄嗟の防衛を見せつける。プラズマの予兆もほどほどに、全身から紫電を辺りへ、勢いよく振り撒いた。

 ()()()によく似た包囲を被った()()は、予期していたかのように、夏凜と友奈を連れて零次元を跳躍する。

 

「……千景!?」

「あ、あれ、おお!! 先輩っ、無事だったんですね!!?」

 

 後方の美森の位置へ空間跳躍をした後に、三人から()()()()幽霊を見たような態度を取られる千景。

 不躾とも取れるそれらを、しかし千景は一顧だにしない。

 視線は、ずっとそうだ。ただ一人の方だけを向いたままだ。

 

「先ほどの先輩は……?」

「切り札、とは最早言えない、か。……身代わりに使える分身。そう理解してくれればいい」

「初めに教えておきなさいよ……!」

「驚かせてごめんなさい」

 

 言いながらも悪びれる気配を見せず、やはり視線は『怪物』の方へ向いたまま。

 すると千景のすぐ隣へ、背格好、服装、武装、全てを複製したような、もう一人の千景が静かに顕れる。

 無言でその場に立つ分身だが、細部をよくよく見れば、所々にノイズが奔って今にも消えそうだった。

 

「見て分かりやすいけれど、この分身はとても脆い。本当ならあと五人は増やせるはずなのだけど、今はどうにか一人増やせて精一杯。陽動に使うくらいしかできない」

「その力は、精霊ですか? それにしては……その、安定していないような……」

「本当に鋭いのね……ええ、勇者の扱う精霊と同じようなもの。東郷さんの言う通り、使用時に運が絡んでしまう欠陥品よ」

「勇者の力と『島』の力ってこと? ……園子たちと同じって訳か」

 

 オマケに維持できるだけの時間もそう長くない。千景の持つその()()の力と、『島』の力は、一つの身で内包しようにも喰い合わせが悪い。同時の行使など、力による代償を加速させるための促進剤と同義。それは乃木園子と三ノ輪銀も同様。

 二人と千景との差異は、()()()()()によっての最適化が為されているか否かに在る。

 

「乃木さんと三ノ輪さんの二人は……いいえ、説明はまた今度」

 

 風切りの響きが、殺意を伴って飛来する。

 アンカーが8本と、斃したはずの千景を狙って向かい来る。

 

「──堕とします」

 

 その全てが、青の閃光に砕かれた。

 破片が地へと、砂利の音を立てながら散っていく。だが成果とは言えない、どうせそんな損壊程度は、ザルヴァートルの力の前では擦り傷にも劣る。

 

「! ……結城友奈、前に出ます!!」

「待って友奈ちゃん」

 

 美森の精霊が、小さく可愛らしい手で友奈の肩を引き留める。

 

「一人だけじゃ……ううん、そもそも私達だけじゃ、どうしても人手が足りていない」

「アレからの攻撃を受けない状況を作って、千景に触らせる。……()()()()勢いで掛かっても、厳しそうね」

「東郷さんの言う通り、他の人が来るまでどうにか──」

 

 空間の撓む予感──移動手段としてのワームスフィアが、翡翠の色と共に4人の傍へと降り立った。

 

「銀ちゃん! ナイスタイミングだよ!」

「千景さんは無事か!?」

「バ景がまた無茶したって聞いたけど!!」

「……()()()?」

 

 視線が自然と鋭く、風の方向をじっと見てしまう千景。言われる覚えのない中傷に、頬が若干引き攣る千景でもあった。

 

「ちーちゃんが、その、カズくんに…………ぶしゃーって、しょっきんぐな未来が見えちゃって」

「ああ、その未来はとっくに過ぎ去ったわよ」

「いやー、びっくりしちゃったよね東郷さん」

「本当に……世界の終わりかと思ったわ」

「そうか、精霊で……そういうことか」

「!? てか何その白無垢ー! っ!? 待って千景と? あの引き篭もりと!? 千景が!!?? 誰と!!!???」

「お姉ちゃん空気読もう」

 

 ともあれ、勇者部は全員が此の場所に揃った。立つ場所の違いはあれどもだ。

 ネックだった人員数も、これで足りる。

 

「時間を掛けたくない。掛けられない。カズキの命をこれ以上減らしたくない。だから、みんな、カズキの為に命を懸けて」

 

 迅速に、端的に、絶対的な理由が宣言される。

 

「私の弟を助ける」

 

 異論は無く、また、カズキを思うが故の独善的な物言いにも今更だと、少女たちの理解は速く。

 助けられる側ではなく、助ける側へ回れたことにすら、不謹慎にもいっその感謝を抱く者も居た。

 言葉を出すことなく、勇者たちは走り出した。




 こいつ、荒ぶるとすーぐにモツ抉りたがるヤベーやつじゃん。
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