そのついでにちょっとした旅行も兼ねて、色々。
躊躇いを握り潰し、桜花の拳が捩じ込まれる。
響き渡る衝撃の全てを、しかし軽々と紫紺の槍は受け止めてみせる、だけには留まらない。
渾身の一撃を受け取る『怪物』は、友奈の体勢が前のめりである刹那を見逃さず、槍の角度を少しだけ滑らせただけだ。たったそれだけで、友奈は盛大に転んでしまう。
「へあっ!?」
体制を崩し切った友奈の頭蓋目掛けて、『怪物』の足刀が飛ぶ。
結城友奈の命が飛散するその前に、『怪物』の頭上を巨剣の影が覆った。
『迪ソ縺後?∵蒲縺?↑』
蹴撃の勢いを地の踏ん張りに切り替え、超質量による斬撃と白槍が、轟音を伴ってぶつかり合う。
「何言ってんのか分かんないけど!!」
地に罅を奔らせ、無貌の『怪物』は標的を友奈から風へと移した。
視線も亡く、しかし確かに、風を無感動に睨む結晶の華。
「日本語で答えろっての!!!!」
踏みしめる大地が端から砕けていく。力を籠める地盤は、込めれば込めるほどに喪われていく。握りしめる剣の柄に伝わる重たさが、自分を率先して殺そうとする冷たい意志だけで構成されていると分かってしまう。目の前の存在が、見知った後輩とは何もかも違うと告げてくる。
異様の迫力に圧されず、されど剣圧をより強めようと均衡を動かせない。渾身を絞った一撃すら、脅威を与えられている手応えもなく、風の心境も穏やかにはなれない。
──巨剣に遮られた視界の向こう側から、紫紺の殺意が競り合いを砕いて進む。
「ッッ! 犬っ、神ぃぃ!!!!」
砕かれきる前に、守護を叫べたのは行幸。
『荳埼●縺ェ諢夊?』
呼び出した精霊の防壁は存在していなかった。そう言える威力が、防命が為のバリアを撃ち壊す。
抵抗も許されず、巨剣は二撃目の槍によって砕け飛ぶ。
受けた衝撃に振り回されるまま、後方へと飛び退く風。────槍の穂先が割ける、機構を開口する、その瞬間を一秒後の未来に、この場にいる者達は目撃するだろう。そして砲撃は為される。突き出された姿勢のまま、槍は赤黒い不吉な奔流を眼前にぶちまける。凄惨な死体すら残らない、絶対的な威力が顎を開けて迫っていた。
風は、そんな未来を予感して、青褪め。
その瞬間の未来を、
「ほっ」
軽い声と共に、互いの槍をぶつけ合い、ガチンと小気味の良い音を打ち上げた。
────次いで消し飛ぶ、世界の音。
急ぎ赤熱化を始める紫紺の槍。放散していく常軌を逸した極熱。耳孔を劈くのは大気を丸焼きにする剛砲。天上へ向けて進む、悍ましい色彩。
間近で受け取る全ての情報に、園子は素知らぬ顔をして、次の手に向けて動き始める。
「よいっしょーっっっと!!」
槍に備わった防護壁を展開し、園子の眉間へ吸い込まれていく白槍を的確に阻む。
後ろへ流される衝撃も逆らうことなく、ふわりと綿毛のように飛ばされる園子。
『蟲カ縺ョ讌斐°縲∝ソ後??@縺』
「間借りしててもカズくんの力。個別に動いちゃ、やっぱり難しいね」
「動きも少しづつ巧くなってきてる……きっと、カズキくんの身体に慣れてきてるんだ」
肉体への適応を始めている、コレは事実。
個々でぶつかれば、効率が悪いのも事実。
一撃一撃が必殺となり得る相手を前にして、手をこまねいているのも事実。
彼の肉体を傷つけるのに、忌避感を覚えるのが一番に大きな事実。
「止めます、止めてみせます────満開ッッ!!!!」
状況の打開を求めて、1番の可能性が声を荒げた。
言紡ぐ魂を糧にして、爆発する緑の閃光。
出し惜しむ心を焼き尽くし、吹き荒れる華の嵐。
幼さを残した横顔は精悍な彩をして、決意の樹は、言葉よりも先に意を示す。
「私が先輩の動きを止めます!!」
小さな背より溢れ出す無数の緑糸が、言うが早いか『怪物』の四肢を絡め取っていく。
「ちょっ、樹ぃ!?」
「ッ、……彼女は私が」
白無垢の法衣を霧散させ、堂々と言い放つ千景。その言に偽りはない。
瞬きよりも早く、糸を伝う翡翠の牙が主へと向かう。やがて樹へと辿り着き──しかし千景は『薬』のSDPを用いて、樹へ向かう同化の負担を全て無に帰していく。
放たれた力は撓むことなく、樹は『怪物』の四肢を絡め取った。
「今ですっ!!」
癒されようとも感じる同化の不快感、それを感じてもいないような声量で、樹が、大きく叫ぶ。
ザルヴァートルモデルの動きを停める所業、これは誰にでも出来る行いではない。
大きな偉業を成し遂げた後輩に、背を強く押されないようでは、勇者など名乗れない。
「思いっきり、突っ込みます!!!!」
友奈が先陣を切り、緑糸に巻かれた『怪物』目掛けて駆けていく。
それを見て、他の勇者たちも一歩遅れて駆けていく。
『逾槫ィ√r螂ョ縺??∫諺縺ョ蛻?圀縺ァ縲∝渚蜷舌′蜃コ繧』
「カズキ君の身体を奪っておいて何を……!!」
樹を狙い放たれたアンカーを、全て撃ち落とす青の弾丸。
落とした傍から新たなアンカーを精製し、圧倒する鋭迅の圧は止まらない。
尚も全てを正格無比に撃ち落とす、青の弾道。
「お前が何を宣おうと、道理など通らないッ!!」
『怪物』は決してワームを扱った行動は起こさない。──訂正、起こせないのが正しい。
理解の及ばない現象を、自在に扱うことは出来ない。知己の範疇から外れた力を、ぶっつけ本番で奮える器用さは無い。神すら穿つその力は、神々しい存在だとしても、軽々しく用いることは出来ないのだろう。動きを封じられた今、『怪物』の脅威度は著しく下がっている。
それも恐らくは、そう遠くは無い時間の問題であると、美森は直感を働かせる。
「(四国ごと喰われる可能性だって否定できない)────みんなっ、決めるなら今こそが好機です!!」
「フォローするよゆーゆー!!」
踏み出した桜色の一歩が、瓦礫を砂埃同然に捲り上げ。
『怪物』の全身から発される紫電を掠めながら、友奈は迷わずに進む。髪を少し焦がす脅威を踏み潰し、正拳を構えた友奈の視界には、無防備そのものな『怪物』がいた。
捻じ込む打ち抜く殴る穿つ────────友へ向ける暴の躊躇いを、強く握り締めて。
救いへ繋がると信じた拳が、音速を容易く超えて解き放たれた。
「ちょっとだけっっ、痛いかも!!!!」
真正面から飛び込んだ友奈の拳。阻むには相応を要するだけの威迫を伴い、大気を穿ち進む小さな拳。武装も挟み込めないこの刹那では、生身で受ける以外の択は拭われている。
爽快が吹き抜ける、渾身への到達、まさしく会心、そういったドンピシャな手応えをその手に感じ取る。
──確定的な未来を、暗黒色の障壁は即座に閉ざす。
四肢を動かすことが叶わずとも、『怪物』は
揺らぐことの無い絶対。揺らぐ可能性を見いだせない絶対。砕ける余地を想像できない薄い壁が、どこまでも続く無限にも感じられた。
「くっ……! もうそこま────きゃっ!!?」
停まった拳の活路も見つからないまま、膨張する障壁の圧力に友奈は弾き飛ばされる。
狙いやすい得物を狩るのは、戦いの定理。
奪いやすい命を潰すのは、殺し合いの常。
晒された無防備を抉るのが、殺戮の規定。
よって、友奈の命を『怪物』は優先して殺しにかかる。
瞬きの速度で友奈を囲い込む、暗黒の球体群。空気を押し退けて顕現する零次元への出入り口から、紫紺の穂先が幾本も顔を出した。
殺意、それだけが形を成した刃。
「にぼっしー、捌ける?」
「当然!!」
段階を踏み、理を詰め、確実に敵へ当てる使用法。それ投げ捨てた、物量の殺意。
五十を超えた同化アンカーが、少女の柔肌を破らんと殺到し。
赤と紫の残影が、殺意の射程の内へと躍り出る。
「早く! 立ちなさい友奈!!」
鋭く、素早く、無駄なく、それでいて雅。
赤の斬閃が煌めく、華の剣舞。
火花を咲かせる、金属達の鼓動。
対となる一振りを失っても尚、その流麗の刃には、頼りなさが宿らない。
「二秒後に頭上、すぐ次に後ろ注意ね~」
「へ、──!!」
幾度敵の刃を堕とそうとも、尖りを損なわない赤の軌道。仲間の言の全てを信じぬき、死角からの殺意を勢いよく弾いていく。
隙間無く奮われる一刀が、いつぞやのように友奈の身を守り抜く。
洗練された動きは、片割れの刀が欠けた事実も感じさせない一騎当千を知らしめる。
「そういえばっ、未来が見えるんだっけ!」
「これくらい任せて欲しいんよ────先に左を落として」
「まったく頼もしいわね!!」
金音が火花と共に散っていく。
掠めるすらなく、よしんば夏凜が反応しきれない一刺しも、その未来を誰よりも先んじて既知とした園子が、易々と弾く。
命を保つ、仲間を守る、守り合いって戦う。勇者たちが理想とする戦い方が、そこにはある。
紫電は────奮戦の全てを無に帰す。
肉体諸共、四肢の緑糸を焼き焦がす『怪物』。
拘束から解き放たれ、その脅威を十全に振るい始める『怪物』。あまりの行動の速さは、未来が見えようと関係が無かった。時間の軸を多少ずらせる力が備わっていようと、その奔流を目の前にしては無力と相違ない。
『豸医∴縲∝悉縺ュ』
「ッ……! (七人御先の反動で『壁』は間に合わない、なら)──樹さん!!」
千景の意を汲み取る樹、『怪物』の放った双槍の奔流。
砲撃が進む。緑光によって壁は編まれ、千景の力が更にソレを補強し、ぶつかる。
両者共に、ズレなく同時に。
「退避をッッッ、ぃ急い、っっ、でぇぇ!!!!!」
友奈の眼前、夏凜の目の前、園子のすぐ傍で、ザルヴァートルモデルの一撃が瓦礫を焼却して迫っていた。この世ならざる叫びにも似た、破壊を示す絶対の音。
人ならざる存在の冷徹な判断へ、人は何とか喰らい付いてようやく生を拾っていく。超然とした視点からすれば、なんとも愚かしく、醜く映る奮戦の叫びが樹の喉を消耗させていく。
「ッ、ごめん樹ちゃん! 逃げ場が見つからなくて……!」
「……耐える準備、しとこっか」
「冗談でしょ! 郡の砲撃なんて満開があっても無事でいられる!?」
「うんうん、そうだよね〜」
焼ける焦げる千切れる緑糸が、一秒よりも短い間隔で消えていく。密度を深めて編まれた糸の壁は、しかし喰い破られる未来が程近い。
津波が如くの衝撃へ、拮抗の形を成す樹の精一杯。僅かでも力を緩めれば、少なくとも三名の先輩は塵と化すのを理解していた。だからこそ力はより入る。
きっとこのまま耐えていればどうにかなる。砲撃をいなし切ることは不可能に近くとも、次の行動へ移れるだけの時間的猶予は得られるはずだと。そうすれば頼れる先輩達が、どうにか次の一手を捻り出せる。無償と絶大の信頼に予断は要らない、全ては自分が頑張ってからが基点となる。
状況も読めていた、樹はだからこそ、この瞬間が自らが一番に振り絞る時だと確信する。
「────えっ」
圧し留めていられた手応えが消える。凶悪な砲撃を防いでいた実感は消えていく。
砲撃の指向性が、急速に下方へと傾くだけを、樹は最後に感じ取った。
大地が、破裂する。巻き上がり、捲れる土の色。瓦礫は焦げ去り、地表よりも先を抉られた大地が、爆音の悲鳴を奏でていく。
勇者たちの視界を覆う、土混じりの黒い埃。
何も見えず、『怪物』の姿を視界から失う勇者たち。視界に感覚を頼らない者ですら、『怪物』の気配を完全に見失う。殺意も、敵意すら、感覚が尖れた者達も何も拾えない徹底ぶり。
「っ、存在の隠蔽……! どこに!?」
「決まってるさ……!」
確信した銀が、言うが早いか、零次元を跳び超える。
土煙は払われる。あまりに強い膂力で掲げられた槍が、姿を隠した幕を引き裂いていく。
振り下ろされる白槍。斬撃としての扱い。生物を殺す為、単に真っ二つにしようという話。
「────躱せなッッ」
『螟ゥ縺ォ莉?ぜ縺吝測縺?↑縺ゥ縲∵ュサ縺ュ縲∫諺』
怨敵、仇敵、或いは天敵へ向けるような、強烈な、けれど零度に凍えた灼熱の殺意。
──砲撃は、悉くを防がれる。戦局を一瞬でモノとする力への警戒心は、あまりにも強い。闇雲に砲を撃ち放とうと、小賢しくも命を拾うだけの実力がある
遮られた視界の外側から、袈裟気味に振り下ろされる一撃。速度、威力、語らずとも通ずる一級品。事前の構えも無しに対応できる暇を、友奈は持ち合わせていなかった。
友奈と無貌の怪物、彼我の距離はやはり近い。回避もままならない。防御など、マトモに受け止めても吹き飛ばされるというのに、呆けた体勢でどうにかできるものではない。
「っ!? だめっ園ちゃっっ」
その未来を見えていた園子が、覆い被さるようにして友奈を庇う。
槍で受ければ砕ける武器よりも、柔らかさが在る肉で受ける方が、まだ
空気を挽き裂く音が、友奈と園子と、
「
友奈を庇った園子を、更に庇う位置に、赤い装束が姿を顕した。
振り下ろされる一閃が、交差させた戦斧を、一息に通り抜ける。
袈裟の通り良く、当然のように、必然とばかりに、障害物を踏破した槍は、銀の身体を瑞々しく斬り裂いた。
「ミノさんどうして!?!?」
するりと、勇者の加護など知ったこと無いような横暴さ。装束も、肌も、肉も、筋も、骨も、鮮血の華を咲かせる土壌へと成り下がる。
致命的な傷を、しかし銀は、いっそ喜びと勇みすら受け止めた。鮮血を撒き散らし、跳び散る飛沫を友へ浴びせたとしても、幸いと言える点を二つ手にしただけで上々だ。
心臓や背骨という、行動を起こすのに不可欠な器官を、絶たれなかったという奇跡。友奈も園子も、赤黒く染まったのは、銀から噴き出した鮮血で留まっているという行幸。
眼前の『怪物』の脅威を思えば、生を拾うだけでなく、次への行動を取れるのは、どれだけ褒め称えられても良いくらいの功績なのか。
「ぃッッッッッ(喚くな次だ備えろ凌げ繋げ三ノ輪銀!!!!!)────────根性ぉぉォォォッッl!!!!」
『怪物』の殺意が、銀へと確かに向かれた。
二の撃として控えていた、左手の紫紺の槍が閃く。
追撃の予想を的中させた銀は、己と『怪物』との立ち位置を強く認識して────彼女の腹肉など、紫の刺突が多くを抉り飛ばしていく。
「グッッッがァァっっっ!!!!??」
「園子! 脚!!」
散布された固形混じりの赤液を浴びながら、『怪物』へ詰め寄る夏凜。呼応して走り出す、園子。
『怪物』の両腿を、槍と一刀が地と縫い留め──纏わりつく三人を、まとめて斬り払おうと、白槍は振り翳された。
「っっのッ────もう止めなさい!!」
素手の風が、飛び込み、右腕を羽交い絞める。
「カズキを使って人を傷つけて!! やり口が陰湿なのよ!!」
『遐エ遐輔?∵脈鬥悶??∈謚槭○繧』
「だから何言ってんのかわっかんないって……ッッ!!??」
『怪物』を抑え込む四名の身体から、結晶の花は咲き始める。
「ぃぎっっゃ、……耐え˝ッッ、ろ、みんなァ˝ァ˝!!!!」
根性論が多分に含まれた、銀の叫び。されど、そこには無謀だけでなく、勇猛となり得る根拠もあった。
度重なる戦い。積み上げた性能。幾度か受けた、
同化対象の分散という更なる幸運を拾っても尚、あくまでも抗えるだけに過ぎないが、それだけでも大したもの。
「やばっ、──私が、消、え、…………────てぇッ、たまるっっっかァァァ!!!!」
「消えちゃ、駄目っ! カズキの力で、殺されちゃ、絶対にッッ、ダメなんだから!!!!」
肉を剥ぎ、内から這い出る結晶の棘が、根源を咀嚼されていく恐怖を加速させる。
自我が目に見える形で、己から這い出ていく痛み。
耐え忍ぶ心を一つに、その努力は次へと結ばれた。
「ッッあァアア!? ────ゆー、ゆー、……!!」
走り出す一人の勇者。
拳を強く握り締め、精神を挽き絞り。
インパクトの瞬間を強く想像する。叩き込む一撃の運びを予測する。
その後の未来を何度でも反魂する。
「アタシ達はっ、ここに、ここにいる! だから、帰って来なさい、っ、何度でも勇者部にッ、帰れぇっ!! カズキ!!!!」
「いつまで寝てんのっ、郡ぃ!!」
命を使い、隙を作り出す。
打倒の為でなく、救い出すために。
救われてばかりの日々へ、少しでも報いることが出来るのなら、この瞬間だ。
この瞬間、この刹那、この一瞬を、出せるだけの全力で、出せるだけを超えた全霊で、未来に届く全開で。
そうして初めて、彼が命を使った日々へ、応えることが出来るのなら。
「友奈ちゃん!
「カズキくんを、
言葉通りに、言葉の奥にある意味すら、脳髄で数千と咀嚼する。
見据える、『怪物』ではない。
見据える、外聞だけではない。
見据える、目の当たる世界の、更に深い領域。
結城友奈は、その存在を知覚する。
その肉体を『怪物』として扱う存在が、確かに見えた。
死の淵へ向かい、それでもようやく蒼空の下に帰ってこられた大切な友達を、その尊厳を、その魂を、その英雄を、気ままに無感動に扱う、無情な天焔。
「────ぁ」
郡カズキの肉体へ、黒く焦げついた刻印。
三ノ輪銀を貫く槍を、強く握る左腕。その肩部。
深くまでを観察した視界が、靄となって揺らめく、その忌々しい色彩を睨みつける。
此度の元凶を見据える────────人の敵を、強く睨みつける。
「見つ────けた!!!!」
同様に、見つかった事に、天焔も気がついた。
殺到するアンカーの全てを、青の弾丸が撃ち落とす。暗黒の球体が機能する前に、緑糸が全てを斬り落とす。友奈の進む道へ塞がる全てを、後方の仲間が討ち祓い。
千景はその先を信じて、『薬』の力を充填させる。
「
桜色の軌道は唸る。
精霊の力も込められた左拳は、だが、『怪物』の胸元から翡翠を砕いて姿を現す
「────はぁッッ!?」
「カズキっ、て、そんなことっっ、できた、のか……!?」
「先輩の形も無視して……っ!!」
義憤の二文字が、一斉に燃え上がって止まない。
その状態が、郡カズキの現在を、どう示すのか────人のカタチすら保てなくなった彼の姿が、記憶の中の悲痛を、何度も繰り返して思い出させるその様相。
見ていられない、痛々しいなんてモノじゃない、救いなど皆無の世界を突き進んだ彼の背中をとにかく思い出す。──彼に人の姿を失わせるなんて非道を、これ以上見過ごして、それで勇者などと名乗れるなどと笑い種────!
「私の友達なんだっ……!!」
掴まれた左腕をびくとも動かせないのは知っている。
対抗できる要素に欠けているのは知っている。
だから友奈は、身じろぎ一つもしない。
「私達のっっ、大切な人なんだッッッッ!!!!」
心で表す覚悟を、
友奈の左腕が、肘から先を弾けさせる。差し込まれた青の弾丸が、痛みなど知ったこっちゃないと幾度も叫ぶ友奈を、更に前へと進ませた。
異形化を深めた無貌の『怪物』は、腕の
「これ以上ッッッッッ!!!!!」
翡翠の結晶は、欠片となって、友奈の顔を叩く。
大気に溶け込んでいく、己の肉片だったモノ。見開いた眼球にも、幾らかの細かい破片は当たっていく────意識の、欠片も向けない。
友奈の右腕は、既に振り抜かれた。
想像の通りに突き進む、天を殺す逆手。
「弄ぶなァァッッッ!!!!!!!!!!!!」」
鈍い音が、耳孔に通り抜ける。
肉を叩いた手応えに、善人である友奈は顔を顰めながら──力は弛めない。
衣服を抜けて、肌を抜けて、血潮を抜けて、肉を抜けて、骨を抜けて、神経を抜けて、深く、深く、魂の置き場へと響き渡り。
『────貊?∋迪ソ蜈ア谿コ縺励※繧?k────』
ばじゅん、と。
『怪物』を『怪物』たらしめていた、外的要因は砕け散る。焼け爛れる痣──カズキに潜むタタリの刻印は、天殺しの拳が潰し消す。
力の一切が抜け出ていく少年の身体。倒れ込む彼を、背後に現れた千景が支えて。
優しく淡い光を最後に、その戦いは幕を下ろした。
鮮血の香りが、ふと鼻をチラついた気がして。
「カズキ!!」
「…………ぁ」
その認識を最後に、意識が急速に遠退いてゆく脱力感に全てを支配されていった。感じるモノの悉くが遠ざかって、光からかけ離れた方角へ突き落とされて、どんどん世界が冷たく暗い場所へ成り代わる、いわゆる
生きていたのは、咄嗟の反応だった。自分じゃない、郡カズキが普段意識しない部分、魂の僅かな箇所に居座っていたファフナーとしての自分が動いてくれた。
それはオートマチックに、機械的に、情の介在しないプログミングされた反射でしかないけれど、そのお陰で、泉に眠るザインへ魂の格納は間に合った。
涙ぐむ千景をよそに、カズキは最後に強く願った2人の姿を、視界に追い求める。
「くすの、き、、こ、くど……は」
「二人は無事! 安全な場所にいるから……っ、だから! まだ動ける状態じゃないでしょう!? ……アルヴィスの人達が来るまで休んでいて」
聞く耳持たずの形になってしまったようで、膝の上へ強く押し戻されるカズキ。だが違うと言いたいカズキ、しかし口も上手く動かなくて、弁解も出来ないカズキ。単に聴力が皆無に近いだけなのだ。
それもこの身体なら、じきに戻る。鮮明さが徐々に広がる聞こえへ引きずられるように、目に映る世界もまた、情報として脳裏へと伝わっていくだろう。
「……千景、さ────────は?」
「ゆう、き」
「お、おは、よう、カズキくんっ」
顔を真っ青に、ボタボタと赤露を垂れ流す。
笑顔を保持して、流血の元を後手に隠そうと無駄を続ける。きっと、隠し通せると信じて疑っていないのだ。だって、カズキの方を向いている筈の顔だけど、瞳の焦点はちっとも落ち着かない。
おはようって何だ。
今にも眠りにつきそうなのは、一体どっちだ。
「おま、え、ぇ、その、腕────ッ!? み、っ、三ノ輪!!??」
「あ、ははー……よぅ か ず 」
強く笑って、笑いながら、口からは柔和とは程遠い、厭な粘ついた赤がとめどない。見てみれば右肩から、左腰までをだ、綺麗に素通りする赤黒の一線。その軌道を凶器が、本当に通ったのだとすれば、生きているのが奇跡だった。
顔色は、やはり悪いなんてものじゃない。例えば、アルヴィスの人達が助けようと、きっと間に合わない深度。
奇跡に近しい反則でもなければ、今にも。
「何ッッ、なんでっっ!? なんっ、誰、っ、……────」
混乱に見舞われる最中で、視界が、確かに捉えた。
銀の脇腹を、大きく抉っていたその凶槍。怪しく鈍った、紫紺の光沢。開口機構の施された、ルガーランスという槍。
辺りに散乱した瓦礫の群れ。その上から丸く、綺麗にくり抜いたような、球体跡。ワームスフィアー現象と呼ばれる、立派な凶器。
それを、扱う『怪物』など。
「────俺、なのか」
「待ってカズキ!!!!」
ダークブラウンの瞳が、まばたき一つで白んだ水色へ成り代わる。
人としての在り方を、英雄としての在り方へと、己の意思で切り替える。形はそのままに、中身が急速に細胞単位で変わっていく。分かる者なら、人の身には収まりきらない存在感が顕れたことを、確かに感じ取ったことだろう。
ザクザクと、ゴリゴリと、根幹を削り、命を払い、身を薪とする行為。
命を削る音と共に、翡翠の輝きが、荒れた周辺ごと、傷ついた少女達も包み込んでいく。
それが、万死へ向かうとしても。
残り少ない命が、尚更に目減りしている自覚すら、実感として理解していても。
少年の心には、躊躇がどこにも無かった。
瞼を開き、世界を見る。
毎朝起きて、これを何度も行う。特別な心意気なんて微塵も無い。普遍が続く毎日に、疑問など抱かない。繰り返す日々の些細な動作へ、感慨など抱かない。自分が生きることも、どうしても、心の底からの感謝が出来ていただろうか。
生きている実感を思い返して、呼吸が出来ていることを奇跡だと感じられたのは、トヨアシハラ作戦から戻った時以来。
「弥勒さん!!」
「……ぇ……ぁ?」
「目を覚ました! 起きたよ!!」
流星の光を浴びた。
神々しいばかりが先行する印象も、本能が即座に破滅じみた未来を認めてしまえば、「ああ、これは生き延びられない、死ぬ」と確信する。アレを喰らって、しない方がどうかしている。
痛みすら超越した恐怖に身構えていれば、その矢先にこれだ。
白磁の天井、白い柔らかな光の間接照明、白く清潔な寝具。間際に網膜へ焼き付いた、圧倒的な暴力の光とは大違い。
首から上を動かして、静かに周りの様子を窺う。
取り戻そうとしていた戦友、怪物に囚われていたと聞かされていた二人の顔。薄らと涙を浮かべて、芽吹さんなんかは、らしくもない表情を剥き出しにして。
「遠見先生を呼んで──」
「……ナースコール、もう押してる」
見知った仲間達は、自分よりも一足先に目を覚ましていたようだった。入院着を着せられていた自分とは違って私服姿なのがその証拠。
気になるのは、初めて目にする女の子たち。
「どうして一番起きるのが遅いの!?」
「……さあ、言われても」
「どこか痛みますか……?」
「亜弥さん……いえ、調子は悪くない、どころか……」
優しい方々、それを断言できる。自分達を見守る視線が、問答無用で慈しみに溢れている。心の澄んだ人の多い四国と言えども、こうまで人へ優しさを向けられるのか、それも初対面だ、つい疑問に思うほどに情の深い人達。
──半身を起き上がらせながら、覚醒しつつある身体を、強張りから徐々にほぐしていく。
「……頗る、絶好調のようですわ」
些細な不調、砂利程度の軋み、日常で積み重なる微少の疲れ、そういった疲労の備蓄が、今では自分からすっからかんになってしまっていた。まるで細胞単位、原子単位からして、新品に取り換えられたような、そんな不思議な好調加減。
深い睡眠へ陥った後には避けられない、人体に特有の、一匙の疲労感すら感じられなかった。
「良すぎて、自分の身体に思えないくらい。……あの時、死んでしまったと確信したのですが」
「郡千景って人がね、助けてくれたんだよ」
「郡千景? …………郡?」
聞き覚えのある響きに、首を傾げる。記憶を探ろうとも、ちかげといった音の響きは拾えない。
苗字と思しき音の連なりが、つい最近、耳にしたような。
「……その」
「っ! 貴方は……!」
顔を見て、その名を思い出す。
自分達から大切な者を奪い去っていた、
あれだけ凄惨な脅威を間近で目にして、「誰だったかしら?」なんておとぼけは許されない。四国を滅びへ誘う絶望の因子、排除以外の選択肢は無い、対話の余地もない、殺されるか殺すかの、殺伐とした未来以外には見出せない最凶の敵。
「郡カズキ……ッ!!!! 『怪物』が何故ここに!?」
「……」
「っ! 皆さん早く、この場から逃げ────」
「ごめん」
「────へ?」
遮二無二に1人でも多く、犠牲を出させない為の判断はすっぽ抜けていく。
臨戦へ切り替わる思考回路が、その中途で歯止めが掛かるのを自覚する。そうさせたのは、暴を奮わず、警戒の頂点にある自分へこうべを垂れる、少年の姿をした何者かだった。
「俺のせいで、怪我を、させた」
声には、罪悪感しか無い。
下げられた頭は、じっと床を見つめて、短い黒髪と綺麗なつむじを此方へ向けている。表情なんて、読み取れる道理もない。
だというのに、涙を溢さずとも泣いていると、そんな風に強く感じた。
「……」
「楠や国土……お前……えっと、弥勒も、その友達も、危ない目に合わせた。……苦しい思いを、させた」
今にも、本当に泣き出しかねない情緒の脆さを湛えて。
冷徹に、機械的に、人を殺す為の一挙手一投足を厭わない『怪物』が、まるで、ただの人のように。
「俺が、俺、、が……全部っ……俺の、せいで……!」
悲痛さを堪え切れず、己を責める。
手を緩めず、ただひたすら、非も責も罪も、全ての諸悪は自分で在ると。
「少し落ち着いて、カズキ君」
「お話がしたいんでしょ? 自分を責めてるだけじゃ、先に進まないんよ」
「…………俺を撃ったのは、お前達じゃない。それも知ってるけど……────人の形をしたイキモノを、撃つ決心をさせた」
あまつさえ、心の尊厳を慮る言葉を、本心から静かに嗄らす。
「負う必要のなかった痛みを背負わせて、ごめん」
「……貴方は……」
「……俺が、謝ったからって、簡単には許せないのも分かる。だから、俺にできることなら何でもする」
これもきっと、本心だ。偽りで謀ろうとする気など、微塵も感じられなかった。
器用じゃないのだろう、人との対話が得意としていないのは、堂々としきれない言葉尻からもすぐに分かる。だから必死に、懸命に、それでいて柔らかく、相手へ届かせる為の言葉を何度も吟味していた。──言葉として発されるモノは全て自分自身が悪いという前提を、当然の顔で敷いて。
不器用でも、咎に苦しみながらも、相手への理解を求め、同時に相手を理解しようとする姿勢は、不思議と眩しく見えた。
「俺の力を、渡してもいい」
「カズキ……?」
室内の一番端で、壁にもたれかかって静聴していた少女が、その言葉を聞いて胡乱な顔つきを見せ始める。
それを無視して、少年の形をした者は言葉を紡ぐ。
「痛みを与えたいなら、抵抗しない。……それでも気が済まないなら、俺の命を、お前たちにやる」
「っ、カズキ!! 貴方、何を言ってるの!!」
抑える気のない怒気が、横合いから発せられる。
見ているこちらが同様の感情に支配されかねない程、本気の怒気で溢れていた。
「貴方がそこまでする事じゃ無い! どうしてカズキの未来を棄てなくちゃならないの!?」
「捨てるつもりはない。……でも、ケジメは、付けないと、だから──」
「貴方の命は! 此処で捨てる為に授かったモノなの!? っ、違う! 絶対に違う!! カズキの命はもう、カズキだけのモノじゃない!! 色んな人から祝福を受けて! それで此処に立っているって!! 知っていて貴方は────」
「ちょっと止まって千景さん、防人組がおいてけぼりになっちゃってるってば」
勝気な顔つきをした少女が、少年へ詰め寄る少女を止めた。きっとそれが無ければ、少年の頬には、張り手の一つくらいが見舞われていたかもしれない。
「カズキくん、話を飛躍させすぎだよ。……命をどうこうするのは、やり過ぎだと思う」
「けど、俺のせいで……国土も、楠も、弥勒達も、痛みを負った」
「カズキ君に非があるのが……事実でも、命のやり取りに繋がる程ではない、そうでしょう?」
「……元凶は俺だ、俺が暴れなければ。……あの時、壁の外に出なきゃ……」
『郡カズキが壁外へ出たことにより、炎の勢いが増してしまいました』とか、大赦の大人達から聞かされた話はこれだ。自分達の既知と概ねは合致する証言を、当の本人は否定することなく肯定する。
次いで彼等は、『郡カズキが齎した影響を鎮める為に、贄が必要です』とも。
郡カズキという名を、事あるごとに用いては、その者こそが巨悪であると最後には締めくくる。防人としての役割でもある
「数年前の戦いの時点で、カズキの力も勇者の力も、天の神の目には触れていた……! カズキがどう動いていたとしても、敵は攻めてくる未来は避けられなかった! 外の炎の勢いだって、どうしても激しくなっていた!!!!」
蟠りに近い敵意が、すっぱりと消えていた。ただ唯一へ向ける為に尖れていた敵愾心、それは防人としての訓練を積み上げるごとに研摩されて。
誰に対しても抱かない、抱くことが出来ない程に指向性の固定された、いっその────
自分とは切り離されて結晶化していた、もう一人の自分が、綺麗サッパリと、どこにもいない。
以前には抱いていた、『怪物』への憎悪に近しい義憤は、一体どこへ?
「……勇者システムを改良している時点で、敵からの恩赦は終わる。反抗の兆しを見せた時点で、敵は人間を許そうとはしない! その結果があのバーテックスの侵攻! ……それを全てカズキに押し付けておいてっ、組織内のヘイトもカズキ
その感情すらが悪性物質のように。
「……何度でも、私は言うわ。カズキ、貴方は悪くない」
「俺のせいで、
「それだって、あの老婆が勝手に貴方を利用していただけ! カズキの責任じゃ、絶対に──」
「じゃ、その本人達に聞いてみよっか~」
同い年か、言っても少し上の少女。だというのにこの剣幕はどうだ。
数百年と積み重ねた仙人が怒り尽くすような、ただの人では間に入れない威圧感があった。
それを見知らぬかの顔をして、黄色の少女は、飄々と話題の方向性をわたくし達の方角へと投げつけてきた。正直ふざけるなと思った。だって視線が、人すら殺せる尖り尽くした視線が、敵意を伴ってこちらへと刺し尽くすのだ。ぶるりと、命を危機感を憶える脅威に襲われたのだ。
「防人のみんなは、カズくんにどう思うのか。……みんな、ちーちゃんを連れてお暇するから、手伝って~」
「乃木さんッ!! 貴女は!!!!!」
「はいはい、
「後は若い人たちでごゆっくり~」
静寂だけを残して、勇者部一行はぞろぞろと消えていった。そして病室に滞在したのは、『怪物』であることを否定しない少年だけだった。
気不味げ、尚且つ申し訳なさそうに頭を掻く少年の動作が、やけに印象深く脳裏に刻まれる。
誰も、何も喋り出さない。オロオロと亜耶さんの困り果てた視線が、あちらこちらへ置き場を彷徨わせたのを見やってからだ、彼女が語り出したのは。
「私は、郡カズキの力なんかいらない。当然だけど、命も要らない」
「……気が、済むのか? お前の友達を、俺は……」
「もう充分虐めたでしょう。……それともなに、まさか足りない? もっと虐められたいの?」
「い、いや、そんなことは……」
首をブンブンと、急いで右へ左へと忙しない。その所作は、どうしてか、自分よりもはるかに年下のように見せる。
不可思議な見解を受け取っていれば、この場で少年をよく知るもう1人が言葉を続けた。
「私も、カズキさんを恨んでいませんよ?」
「……いい、いいんだよ国土、言いたいことがあるなら、何でも言って良い。気遣いなんて……」
「いいえ、カズキさんは、悪くないのでしょう?」
首を頑なに横へ振り回して、自罰を望む姿勢を、これっぽっちも崩さない。
いっそ、彼を保身へ至らせるのも難しそうだと、そんな頑固さが分かる。
「きっと何か、間が悪かったのだと、私は信じてます」
「お前の友達を……傷つけたのは、事実だ。お前の仲間を……巫女が死んだ理由を作ったのも、っ俺、だぞ」
「……それでも、です」
彼に負けない頑固さを込めて、一人の巫女は、少年の意見の全てを笑顔で黙らせてしまう。
楠さんの方へ助けを求める視線を送っても、まともに取り合うつもりがない表情を見せつけられて、少年はますます困り果てた顔をしていた。
どうにかして罰を貰いたいらしい彼は、その矛先を今度は二人以外へ向けてきた。
「山伏はっ、どう思う……?」
「……二人が許すなら……それが良いと思う」
「なっ……!? ……お前に酷い怪我をさせた、命を喪わせそうに、なって……!」
「……しつこい」
「えっ」
悲痛に染まっていた筈の顔が、一瞬だけ素っ頓狂な感情に支配されていた。
そこへしずくさんは畳み掛けるように、誤魔化すような声色もありつつ、言葉をつのらせる。
「…………とりあえず、先に襲ったのは私達の方だから、喧嘩両成敗? ……みたいなもの。それに……貴方が想像とはかなり違うのも、分かった。……どうしても罰が欲しいなら、これから見極めて、それからでも遅くはない……でしょ?」
「でっ、でも……!」
「それ以上私に何か言うなら……怒る」
そう言われ、これまた再び、少年は押し黙ってしまった。
「っ、……ぐっ……っっ、っ、加賀城!」
「ひぅっ、私にもきたっっ!?」
「俺「メブとあややが許してるなら許ゆるしししますというか先に撃ったのはこっちですからごめんなさいごめんなさい殺さないで食べないでぇぇ!!」っ? ……?? ……今、俺が謝られたのか……?」
「安心してください、カズキさんはそんな人じゃありませんから」
「う、うん、何となく、私の思ってた人物像じゃないのは分かるけど……でもちょっと怖い!!」
戦慄の表情を呆けさせ、我を取り戻した少年は、今度はこちらへと向き直り。
何かを言い出す前に、こっちが先手を取ってみた。
「言わずもがな、わたくしも皆さんと同意見ですわ」
「!?」
「本気で驚かれても……流れで分かりそうなものですが、『郡カズキ』とは鈍感な方なのですね」
「で、でも」
「さっきからその過剰な自責思考、そろそろ鬱陶しいわよ」
「っ、そ、そうか……ごめん」
しゅんと、顔を項垂れさせる少年。いっそのあざとさすら感じ入る横顔に、わたくしと雀さんとしずくさんは、呆気に取られた。
それにすら慣れ切った様子で、淡々とした様子を見せつけながら、芽吹さんは、彼女の中の事実を語って聞かせる。
間違いでなければ、その声には、言葉には、慈愛に近しい情を添えていたような。
「貴方が動かなければ、今頃亜耶ちゃんは火の海に消えていた。……私だって、あの場で命を落としていた」
「それはない、とは……もう口が裂けても言えませんわね」
「……実際にあやや達を捧げてるもんね……」
「誰が発端かという話は、水掛け論にしかならないって、ここ最近に知った。……だから、貴方は命を救って、私と亜耶ちゃんは貴方に救われた、これが事実でいいでしょう」
矢継ぎ早に、口を早く動かす芽吹さん。もうこれ以上、彼に喋らせず、黙らせる心づもりなのだろう。いたく納得した。彼はとにかく責任感が重たいということなど、この数分の会話で把握が容易い。
それでいて、押しに弱そうというのも、何となく察した。
援護射撃に一つ、力強く彼に何も言わせない空気にしてしまえば。
「──ただし!!」
だからこの宣言で、この場は締めとしよう。
「次に暴走したなら、その時は容赦しません! 覚えておく事です!!」
「あ、ああ。……────その時は、頼む」
「……その時になってもなぁ……私達じゃ絶対に止められないでしょ」
「雀、静かに……いい感じに纏まってるから」
「これにて大団円ね」
病室の中から、穏やかな感情が流れ始めていた。
それを感じ取った独り言を零せば、勇者部の皆からも、弛緩した空気が流れ始める。
「いや、まだよ。郡の裁判が残ってるわ」
「ね~。…………タタリの件、洗いざらい全部、本人に話してもらおっか~」
カズキ君と彼女達との蟠りも溶ける日は近い。そう思わせる対話だったようだ。証拠のように、私が感じ取れる色彩は、穏やかも和やかを両立した、非常に心地良いモノだった。
一時はどうなる事かとも思ったが、理想とされる結末には届かせられたんじゃないかと思う。詰めるべき話題もあるが、それはそれ、タジタジとするカズキ君を見物しながら、ちょこちょことした平和なお説教をして、そうして締めくくれるならそれが一番。
「それにしても、千景さんの力ってやっぱり凄いっすね。カズキにも引けを取らない治癒力? 防人の人たち全員、後遺症一つ無さそうだ」
「……私は治していない」
「あれっ、千景じゃなかったの?」
「治したのはカズキよ。……私がやるって言ったのに」
困り果てた弟を思うような表情で────ああいや、実際に、弟の行動に困っているのか。命を削る行為だ、今以上に力を使ってほしくないと願うのは、家族として当たり前。
ましてや今回の一件が、彼の制限時間へどのように響くのかも不明瞭な中でこの騒動。口を尖らせるのも仕方ないし、けれど、それだけ他者を想える心を持つのが嬉しいような、千景先輩の心中は複雑だとみた。
「応急処置と延命だけをアルヴィスに頼んで、後で治すつもりだったから」
「……ほえ?」
「……あれっ?」
ほんの少しだけ、私の感応とも呼べる架空の感覚器が、千景先輩の心から、澱みとも言える部分を拾った。
ほんの少しだけだ、本当にちょっとだけだったが、彼女の言に違和感を覚えたのは私だけではなかったようで。
「えっと、つかぬことをお聞きしますが千景さん……三人とも、かなり傷が深かったような……?」
恐る恐る、銀が、溜息を吐く千景先輩へ聞いた。
なんでも『怪物』の砲撃に命が掻き消される
引き寄せる力で以って、その寸前で救ったとは聞いた。けれどそれは、砲撃を受ける寸前という話ではないらしい。砲撃を
それを放ってでも優先させるのは、まあ、その時のカズキ君の状態を鑑みれば分からない話でもないが。
「ええ、遠見さん達による適切な処置が無ければ今頃は……でもほら、カズキへの対処の前に消耗したくなかったから」
取って付けた様子はない。その言に違いは無いのだろう。本心なのだろう、だが。
少し、『ふと』が脳裏を穿った。
「先輩……私怨は、入ってない、ですよね……?」
「────さぁ、どうだったかしら」
「……千景さん、そこで笑顔は、ちょっと恐ろしさが勝ちます」
後で治すつもりとは言うが、はてさて、この分では
「待ちなさい、ちゃんと後で治すつもりはあったわ。後でだけれど」
「ちーちゃん……」
「だって治し切らないと、カズキが力を使うでしょう?」
「……まあ、そうだろうけどさ」
「それに、間に合わなければカズキが不要な痛みを背負うもの。業腹だけど」
「何とも……言えませんけれど……その……」
あっけらかんと言い放つこの先輩、御年300超え。本当に? とか疑ってならない。肉体に精神が引っ張られすぎなのでは? とかも言ってはならない。
逆鱗に触れないようにしよう。こと特定個人に関しては、絶対に。
私はそう誓った。
「身を切ってどうにかしようとする癖は、どうにか直していかないとね~」
園子からの笑顔のお言葉、だが何故なのか、うすら寒さを感じずにはいられない。
何なら、ちょっと怒ってもいる気がして。
「う、うん……色々とありがとうな、乃木」
「タタリの件、ちゃんと全部────ぜんぶ、聞かせてもらうからね~」
念を入れた『全部』が、殊更に恐ろしい。なるほど彼女は、カズキが話していなかった、天の神からの呪いに関して物申したい気分ですごいらしい。
というかあれだった、園子だけでなく、千景を除いた勇者部の全員が、似たり寄ったりな怒り値を抱いているような、気のせいであって欲しいような、そんなカズキの心中だった。
「ねぇカズキ君」
「はい」
「どうして隠していたの?」
「い、いや、だって」
言い訳がましい第一声が、導火線に火をつけてしまったのだろう。
もっと殊勝にしていれば、未来はきっともっと良かった。
「
「ひっ」
三森は怖い。それはもう、怒らせたらきっと、園子に並んですごく怖い。二人共に、ニコニコとした笑顔なのに、一ミリも表情筋を動かさないからすっごくとっても怖い。尚且つ、理路整然と追い詰めてくるから、やっぱり途轍もなく怖い。
そして成長を続けるの感応は、そんな怯えの境地にあるカズキの心を拾ったようで、笑顔がこう、さらに深まって。
笑顔は威嚇が本来の用途であると、自分はどこで知ったのだったか────なるほど納得の威迫。
「……がっ、……害は、無かった、から……いい、かな……って」
「『害は無かった』、ねぇ~……そっかぁ~、へぇ~、ふ~ん…………ふふっ」
「あ、はは……はは、はー……」
「ふふっ、カズくんってば……────────本気で言ってるの?」
「ごめん、本当にごめん」
大きな瞳を見開いて、一気に無表情、加えて首を少し歪に傾げて見せる、これが一番きつかった。心臓がきゅっと、強く握り締められた。比喩に聞こえるか、この本能が恐れる感覚が、本当に比喩だと疑うか。
園子のそんなホラーな姿は見たくなかった。逃げるように視線を逸らせば、呆れ一割心配九割の顔つきな部長が、カズキをジッと睨みつけていた。
「ったく……害、思いっきりあったわよネ」
「……で……でも、本当に影響はゼロに抑えていたんです……」
「だとしても! ……一言でも、相談くらいしなさいっての」
「……はい、ごめんなさい」
「そうですよ先輩っ! 少なくともみんなが知っていれば、もっと迅速に対応できてたハズです!」
「……はい、ごめんなさい」
後輩にまで苦言を呈される姿は、凄まじく情けないの一言に尽きるのだろう。先輩と呼んで慕ってくれる身であるこそ、不甲斐ない先輩で本当に申し訳なかった。
「…………違う」
ふと、怒気の籠らない声が耳に届く。
一縷の希望を感じたその声へと、カズキは全神経を向け尽くす。
「っ、あ、えっと、なにが、ちがうって……?」
「ところで貴方が聞いていた話とは果たして違い過ぎますわ……!」
静かに衝撃を受ける表情で、唖然とカズキを見つめ続けていた弥勒少女が、ちょっと文法のオカシナ日本語を喋り出す。
受け取る視線には、艶やかしい雰囲気は一切なく、ある種カルチャーショックのような色彩を、彼女の心からは感じていた。
「話に聞いた郡カズキは、もっとこう、粗野で暴力的で、人なんて頭から咀嚼しながら高笑いして、人体パーツでジグゾーパズルを始める最悪の怪物なのに!」
「!? しっ、しないっ、そんなことは一度もしてない! ……でも、暴れたりは……ある、かも……」
「よしよし、大丈夫だよー、カズキくん」
不特定多数から嫌悪に近い情を抱かれているのは知っていたが、改めてまざまざと実情を聞かせられれば、落ち込む心もあるようで。加えて過去や今回に引き起こした一件もある、考えれば考えるほど、自念の責が積み上がっていく気がした。
元気づけてくれる友奈の存在が、かなり嬉しい今日この頃だった。
「こんなっ! こ、このっ! 雨の中で捨てられた子犬が! この弱々しい濡れた瞳が!!
怒涛の犬扱いときた。風からも似た評価をもらっていたが、怪物と呼ばれないだけマシだと、そう考えることにする。
「確かに今のカズキは犬系よネ」
「分かります! 大型犬の子犬みたいな、カズキさんはふわふわな優しさで満ちているんです!」
「まったく、何を言っているのか……カズキはずっと前から子犬そのものよ」
「これじゃあ出回っていた噂の全て、とんだデマだらけではありませんか!!」
「分かるわ弥勒さん、この人、前評判とあまりに乖離しているのよ」
したり顔で頷く楠を、ついしげしげと眺めてしまう。一度は彼女の内を覗いてしまった手前、一分たりとて、感情のさざ波すらも覗かないように気を付けていた故か、こうして彼女からの見解を聴く機会はそうそうに無かった。
髄までを嫌われていると思いこんでいたばかりに、それだけではないと言ってくれたも同然なこの言葉は、中々どうして嬉しいものだ。
「ちなみに夏凜、具体的にはどう伝わってたの?」
「朝に人を攫い、昼に人を殺し、夜に人を喰べるケダモノ。日課は散歩ついでの殺戮。平和と人間の心を壊すのが唯一の快楽らしいわよ」
とてつもない悪魔だった。いやしかし、ニヒトの有する凶暴性と憎しみの亡霊を鑑みれば、独り歩きする噂がどれだけ過剰でも仕方ないのか。実際に四国へ被害を出した前例もある、であればこういった扱いも、まあ、仕方ないことだ。
いや、本当にしょうがないことです。
「カズキくんじゃない人のことだよね、それ」
「先輩とは掠りもしない要素だらけですね……」
「……待って郡、あんたはそんな事しないって知ってるから、分かってるから、その顔やめなさい」
その顔とはどんな顔か。
「大赦…………好き勝手にさせていれば…………」
「あらやだこわい、ちょっとそこのブラコンー? あんまり目を血走らせないよーに」
「シスコンが何か言っているわね」
────何にせよ、だ。
カズキの怒られる姿一つで、穏やかが広がるなら、それもいいのかと思った。
世界が、ひっくり返った事にすら気が付かない。
強烈な頭痛一つが、けれどするりと霧散する。
唐突な切っ掛けの痛みから、己を活かす全感覚の閉鎖は始まった。
「…………?」
まばたきを一つ、する。その際に人は、嫌でも暗闇を一瞬だけ垣間見る。生理現象、まなこの潤いを保つ為の機能。
人から離れた己の身といえども、かつての名残りはいつまでも健在で。人の力を超えながらも、人の姿でいることを
「……っ、……」
遠見女医の元に用事があって、その道すがらだ。数分前までは、勇者部や防人の者達と共に談笑を囲っていたというのに。
とうとうその猶予さえも失われたのかと、観念の声をあげようともした。諦観の混じった、それでいて踏ん切りを決め切る独り言で、愛する家族の願いの為に、これ以上の奔放をと────いつまで経っても、喉が動く気配もなく、それで異常にようやく気が付けた。
「っ……、っ…………」
自分は今、直立が出来ているのか、単純な疑問が脳裏をよぎる。
自分は今、本当に瞼を閉じているのか、見開いたままに闇を直視しているのではないか。
自分は今、この場にて、ひっそりと限界点に追いつかれたのではないか。
「(半ぱに、人の部分を残しているから、外傷で、終わりって、滑稽、ね……)…………」
壁には飛び立った血潮、これはきっと、強く強打した影響だろう。
流れ出る赤い溜まりが、漆色をした黒髪を、より濃く染め上げていく。
地べたに張り付く頬からは温度がしない。とくとくと溢れる液の冷たさもない。まつ毛が濡れる服が染みていく肌着まで浸透する、赤くて粘ついたモノが千景の外側を濡らしても、やっぱり当の本人は気が付かない。
消えていく灯火に、東郷美森が察するまであと少し遅かったなら。
駆け付けた郡カズキが、あと3歩分の数秒、遅れていたなら。
「(はやく、どうせ限界なら、カズキが来る前に)…………」
きっと唐突に、郡千景の命はそこで。
「(むだに、わた、し、へ力を、つかわせる、前に、……、)………………」
────300年分の負債が、深刻な棘へと昇華した瞬間はここだった。
今を生きようとした途端に、現実は鋭く牙を剥き始める。
今から飛び立ち、明日へと順調に向かっている自覚を抱いた途端に、その前向きさをいつだって叩き壊す。そうして誰しもが、一様に、砕け散っていった。
言うなれば、導火線にも似ていた。いずれ爆発するまでの道を、激しく、火花を散らしながらも、燦然と生きていた。最後には皆、風に欠片も溶けていって、消えていく。
同化現象────この四文字が、意気揚々と未来へ進む足に、絡みついて離れてくれない。
次は日常回かなぁ(白目)