郡カズキは英雄である   作:真の柿の種(偽)

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 軽い前哨という訳でね


永い、短い、争い(時間)の果てに

 世界から音が消える。

 無音の衝撃が四国を満たしていく。

 音と呼ばる空気中の波紋は、世界から消えちゃいない。

 そして()()()()()()()()()が、四国の景色を喰い潰し始める。

 そうとしか、世界がひとたび静けさに包まれたと、嵐の前触れのような衝撃がこれよりやってくるとしか感じ取れない者が、9と1人いた。

 

「ッ!? ……なに……? ……何が来たの!?」

「……嗤ってる……気持ち悪い、この感じは……」

 

 時間が止まったと勘違いする、厭な静けさに満ちていく。そうさせたのは停止領域とも言える、現象の抑制力場。

 万物の働きを無に帰す、停滞と霧散の波動。それが四国を浸していく、いや既に敵の術中へと嵌りこんでいるのかもしれない。

 

「ツヴァイのSDPみたいな、どろっとした感覚……」

「アタシでも分かるぞ。……それだけの存在が、ってことか」

「対象も私たちじゃないみたい。……神樹が狙いだったり、とか……?」

 

 神樹による人類守護の線引き、即ち樹海化と呼ばれる四国の保護は成らず。

 今まで隠されていた民間人は、剥き出しのまま、世界の揺らぎへ首を傾げる。そこに含まれた深刻さなど、誰一人も理解しちゃいない。

 自分が生きる限りは、自分の子供が育ち切るまでは、自分の孫が大人になるまでは、()()()()()()()()()()()と盲目的に信じている。

 そう信じ込まさせてきた弊害が目に見えるまで、そう時間は掛からないだろう。

 

「ッッ!? 何なの!?」

「…………ぉ……お姉ちゃん、あっち、の、壁……」

「────はっ、はぁっ!!?? ……──??!!!!?」

 

 平和を隠す暇も与えられはしなかった。平和な日常を背に隠すことすら許されなかった。壁の砕け散る音は、あまりにも強烈な響きを四国中の者達へと届かせる。

 壊れる音は、危機感を例外なく煽る。

 規模が大きければ大きいほど、理由が分からずとも、恐ろしさだけを掻き立てる無色の焦燥は膨らんでいく。

 

「聞かされたのがさっきよ? ……だからもっと早く相談しなさいって何度言われれば気が済むのよ、あのバカズキは」

 

 日常の砕ける音。

 平和が崩れていく音。

 命を蹂躙される、その前段階の音。

 戦えない者達を隔離する祝福は閉ざされた。守る対象を絞る事でやり易くなる、なんて好都合はこの時点では遠い贅沢と成り果てる。吹けば飛ぶ脆い命を、敵は優先的に襲い来たる。

 三百の悠久を経て、人々の前に黄金の絶望群が姿を顕したのはその為だ。

 開戦の火蓋を切ったのは、黄金色の敵意達。

 それへと真っ先に反応することが出来たのは──やはり、場数の違いか。

 千景はすぐさま芽吹と亜耶へと状況を話し、避難を促していた。

 そしてカズキは、アルヴィスへ連絡する前に、大赦へと報せる前に、壁へと走って向かいながらも、何よりも優先させて、銀へと通話を飛ばした。

 

「三ノ輪!」

『カズキ! いったいどうなって──』

「お前の力に頼りたい! 勇者部のみんなを泉に集めてくれ!!」

 

 有無を言わさない語気の荒さ。普段のカズキが中々に見せることの無い険しい剣幕で、一息に捲し立てる。

 

「俺と千景さんはすぐに最前線に出るから! みんなにはアルヴィスから状況を説明してもらって、それで────こんな早くに来るなんて予想外だったんだ……!」

『──楽園で言ってた話だな!?』

「頼む三ノ『任せろ!』輪──」

 

「足りない」とまでカズキが言い切る前に、通話は銀の側から切られる。

 切断を知らせる音が1回鳴った瞬間、四国の内からは勇者の気配が突如として現出し────そしてその気配は、すぐに座標を別の場所へと切り替わった。

 

「──流石、三ノ輪」

 

 カズキの言を何一つ疑わず、迷うこともなく勇者へと変身しなくては、この速度は成り立たない。信頼してくれている事実を噛み締めたいし、嬉しさを抱いて喜びに耽りたいところではあるのだが。

 今のカズキはいかんせん、焦燥だけが、ただ、心へと爪を立てる。

 

「判断が早くて助かる……!!」

 

 次にコールしたのは、アルヴィスの司令官へと直接繋がる番号。

 この緊急事態を把握していない訳もなく、ワンコールも掛からず司令官へは即座に繋がった。

 繋がって────その瞬間、相手の理解力を信じて一気に捲し立てた。

 

「話は通してあります勇者部のみんなとコンタクトを取って、民間人を守って貰ってください!! この状況なら大赦とも協力できる、ヘスターも邪魔はしないハズだ、とにかく何だっていい、民間人の避難を!!」

『君はどうする』

 

 その言葉への答えも、既に喉へと装填してあった。

 

「ファフナー! 機体は……グリムリーパーを地上に!!」

『了解した。ではポイントA4を郡千景との合流地点とする』

「A4……壊れた壁の近くか……!!」

 

 歯向かい、抗う事への、愚かさの証明。

 憎しみの螺旋は、そうして廻されていく。

 宣戦布告ですらない不意打ち、一気呵成に絶滅をなさんと侵攻する悪辣達。死を見せ付ける為にも、悪意の提示は止まらないだろう。

 止める者がいなくては、その歯車は永久に。

 いつか、その仕組みの中で生ける者達がいなくなってしまうまで、狂ったように、怒ったように、悲しむようにも続く業。

 

『敵の総数は不明、千を凌駕するのも時間の問題だ。その上、それ以上の脅威が外には────……』

「言わなくても分かります、感じます。……俺に……俺たちにワザと教えてるんだ」

 

 凝り固まった自業を教示するべく、犠牲を渡しに来た。

『元を辿ってみろ』

『始めたのが誰なのかを知れ』

『無知でいるのなら、だからこそ滅ぶ』

『この憎しみを教えたのは誰なのか』

『この悪意を植え付けたのは誰なのか』

『理解できるか? いいや理解など不要。歴史を辿れ、過去を見ろ、所業を振り返ってみればいい────ほら、お前達が悪い』

 それらを叫んでいる。

 それらの叫びを混ぜ込んで、その上で理由の全てを忘却した者達。

 根源となる理由すら忘れて去って、赦しの余地すら廃した、憎しみの煮凝り。

 

「平和を壊して、俺らに無力さを味合わせたいんだ……!!」

『……互いに尽力する事を誓おう』

「お願いします」

 

 空の端からが、金の色で埋め尽くされていく。壁の壊された方角は、間違いなくそっち側だ。

 空模様すら塗り替える群れの数、百など容易く超えた大群だろう。しかも戦場は日常の舞台を据え置いているという、最悪の状況を並べた限りでも、まさしく最悪のど真ん中だった。

 千景はじきにSDPを行使して、カズキを引き寄せるだろう。その負担と手間が少しでも減るように、千景の場所へ目掛けて少年はひた走る。

 ぐんぐんと、少年の風体にしては見合わない身体能力が、平和だった筈の風景を置き去りにしていく。

 

「……今度こそは本気だって、そう言いたいんだろ!?」

 

 街並みを走り抜ける。世界の変容を、普遍の人々でも何かしらを感じざるを得ないのか、すれ違う人々は一様に、壊れた壁の方角を見つめていた。──金色に染まっていく空の彼方を、眺めていた。

 まだその場所は、平和の名残がある。いずれ戦場に飲み込まれる定めでも、ここはまだ、瓦礫に埋もれる命はない。

 でも、壊れた壁際の人たちは────どうしても────────どうにもならない。

 予想は、容易い。後手を取らされたのはこちら、だから、初動を遅れてしまう分がこぼれ落ちる。ほぼほぼ確実に、喪失はどうしても、防ぐには時間と準備が足りな過ぎていた。

 

「…………っっっ」

 

 奥歯が軋む音を、より深く噛み込んで押さえ込む。向かう方角から、視線は逸らさない。感情に任せて、己の中のザインとニヒトを起こす短慮はしない。

 大勢を殺す為に、敵は襲い来る。脅威は数だけではない、質も凶悪そのもの。だからこそ、カズキの命は無駄に使えない。ともすれば、この地でカズキの命を使い尽くす規模の戦いへ、戦況が広がる可能性も否めない。

 なら尚更、()()()()使()()()()

 

「…………ごめんなさい」

 

 救えない人は、どうしても出てくる。その数は、此度の戦いが終わるまで、増え続ける。

 後先を考えずの軽微か、先を見据えての甚大か。

 故に、温存の択をカズキは選び取った。

 

「救えなくて、ごめんなさい……!!」

 

 殺すも同然の選択を、カズキは進む。

 結果的に多くを救えるから、カズキはそうする。命を数として捉えることの罪悪感も、それでもそれが最善と理解できているから、

 無力感が、先んじてカズキの心を満たす。溢れた感情が、目尻から雫となってふるい落とされる。

 息遣いがしゃくり上がって、けれど、足はまったく速度を落とさない。

 

「俺に、もっと、もっと、もっと……!!」

 

 力があれば。時間さえあれば。もっと大きな命さえあったなら。──人である自分を棄てていれば、もっと多くを救えたのではないのか、そんな抱いてはならない疑問を気合で胸中に圧し潰す。

 局面は進み、もはや状況の段階は最終へと至ろうとしている。それが何者にとって都合の良い結末なのかは未だに定まらず、コッチとアッチのどちらが滅びるのか、それとも他に道があるのかさえも不明瞭。

 しかし、確として、数百年と続いた戦争には終わりの兆しは見え始めているのは確かだ。それは世界の真実を知る者ならば、誰しもが共有する所感だろう。

 だが カズキだけは知っている。

 自分の存在を分け与えるには──ザインでは、足りない。

 敵を否定するだけでは──ニヒトの力だろうと、キリがない。

 凝り詰まった選択の道を切り開く為の力は既に奪われている。島の力の根源ではない。そこから発展した、可能性の延長線を成果ごと奪われている。

 

「……せめてっ、()()()()があれば……!」

 

 四国に死蔵された機体の場所に発生した、類似の現象。それは島のモノとよく似た法則を持ち、よく似た恩恵を与え、よく似た在り方をした、英雄達の美しき慰霊碑。

 かつて()()()()()()()()と呼ばれた、今は島には無い、島を支えていた先達からの後押し。

 それを欠いた今でも、まだもう少し先へ、世界は歩みを進める事はできる。でも、すぐに歩みは止まるだろう。

 そうだ、どうしても、どう足掻いても、このままでは致命的に足りていない。

 

「……必要なのは、慈しみの心」

 ──であれば、それを守り抜く全能も当然のように。

 

 足りない、足りない、足りないのだ、不足の反魂が焦燥を尚更に掻き回す。

 理想を手にする為に必要な要因が、明確に不足している事実を自覚するのはカズキだけだ。こればかりは話して分かるモノではない。アルヴィスの者達はおろか、千景ですらイメージも出来まい。

 材料を作る為の土台からして欠いている。このままでは、世界の運命は、遠くない内に。

 

「全てを補えるだけの力が足りない……今はこのまま進むしかないけど……────いや、それよりも」

 

 ──出来る事をやり尽くす。救える限りを救い尽くす。守れるだけを守り尽くす。可能な限りを尽くす意外では、多くを救えないから。

 後悔に足を止めるのは、その後でも遅くない。

 

 

「ちっ、千景さん……! しんっ、神樹、さまがっ……、かっ、べ、が……!!」

「亜耶ちゃん、何が……!?」

「まず貴女は落ち着いて。……楠さん、国土さん、二人に現状を説明するわ」

 

 芽吹からすれば、突如として亜耶が取り乱したように見えただろう。

 無理も無い。四国からすれば、壁という守りの象徴が崩れるなど、言葉に出来ない恐ろしさがあって然るべきだ。

 

「壁が壊れて敵が入り込んでいる」

「は? ──はぁっ!?」

「やはり……そうなのですね……!」

「ええ。これから私はカズキと一緒に……待ちなさい楠さん」

 

 走りださんとする芽吹も止める。……だが、千景の口出しで簡単に止まるような足ではない。勇者達と同じ類の人種である彼女を止めるなら、精神論以上にぐうの音も出ない論理を展開する必要がある。

 幸か不幸か、その理由に足る大きな理屈が今は存在するのは皮肉か。

 

「今の防人は部隊として機能しない」

 

 千景の一言が、玄関へ向かおうとしていた足を止める。

 

「防人の力の供給源でもある神樹は活動を停めている。……でしょう? 国土さん」

「分かりません、け、けれど……っ、声が、神樹様の意思が……少しも感じ取れなくなって……!」

 

 自分だけでなく、芽吹が信頼を置く亜耶からの証言で、ようやく体の向きは千景の方へと向いてくれた。

 

「……樹海化というのが起こらないのも、その影響ってこと?」

「当たり。……でも勇者部は例外。あの力は既にカズキの影響下に在る。神樹に左右されない戦力だけが、現状で抗える唯一の戦力」

 

 勇者、戦士、英雄。要は、ファフナーの力の関与がある存在だけが、この戦場を駆けることが出来る例外だ。

 ────もう一つの例外も、また、目の前にいるが。

 

「…………貴女は、戦いたい?」

「……大事なものを守る為になら、何とだって戦える」

「──嫌いじゃない答え。私はもう出るわ。貴女達はアルヴィスに避難しなさい」

 

 二人だけでなく、彼女達の部隊でもある他3人──訂正、4名にも、アルヴィスへのIDは渡してある。こちらからも連絡を入れておけば、行き違いにもならないだろう。

 彼岸の色彩をした装束を纏い、千景の存在の奥底にあるスイッチを入れた。

 自身の存在が、ほろほろと、静かに、そっと、柔らかく、郡千景の命がほどけていく。──でも、まだ、大丈夫。

 

「これから死者が出るわ」

 

 きっと死者は出る。

 出さないように死力を尽くすだろう。勇者も、千景も、そして言うまでもなくカズキも同様に、命を削り、他の命を生かそうと躍起になる。

 

「それも命を落とすのは、覚悟を決めた防人や勇者だけじゃなく、戦士や英雄だけでもない。────民間人よ」

 

 逃げ遅れた民間人だけでは済まないかもしれない。逃げた先で追い込まれて━━なんて悲劇も、否定できない。

 

「普通の人が死ぬ、これはそんな戦い。……守ろうとした命が簡単に散っていく戦場」

「人が、しっ、…………ぅ」

「……壁の外での戦いとも、全然違うんでしょうね」

「そうね。……楠さん、貴女は────死体の横を走りながら戦える?」

 

 引き攣った顔を隠せず、2人共に口を噤んでしまう。

 それで良い。本当なら、そんな世界を知らずに生きられるのが一番なのだ。平和だけを知っているのが幸せなのは、誰がどう言おうと真実でしかないのだから。

 だが────だが。

 

「それでも戦う意志を示せるのなら……楠芽吹の心が、再び矢面に立つ痛みへ立ち向かおうとするのなら、アルヴィスの司令官に指示を仰ぎなさい」

 

 戦いたい時に力が無い、これは相当を超えて辛く苦しい。

 戦う力が無いばかりに、眼前で大切な存在を取りこぼす。そんな悲劇を千景は幾度と見てきた。

 その無力感を知っているから、そのための手段を千景は示す。

 

「防人たらんとするなら、その意志に()()()は必ず応える」

 

 

「………………銀?」

『みなの現在地。を教えて今ゆすぐに頼!』

 

 東郷さんが遠くの方角へ視線を向けたことと、焦燥だらけのメッセージがNARUKOへ送られたこと、これは全く同時に起こっていた。

 私は東郷さんほどに()()()訳では無いが、勇者の力を誰かが使った事はなんとなく分かる。

 方角もふんわりと分かるから、私も東郷さんと同じ方角へと意識を向けながら、端末を操作した。

 

「東郷さん、私達の居場所を送っておくね」

「え、ええ、ありが──

 

 私が目印となるモノを送信したその瞬間、私達の眼前へ、翠の色をした球体が発生する。

 

 ──とっ、っぇ、え!?」

「まず2人だ! 次はどこに!?」

 

 赤色の装束を纏った銀ちゃんが、園ちゃんを担いで顕れた。

 かと思ったら、また跳ぼうとしているようだ。そんな力の予兆を感じた。

 

「次は……ここから西側500mに跳んで〜、上からにぼっしーを探そっか」

「了解ッ!」

「──えっ、園ちゃ

 

 私達の目の前に現れた銀ちゃんと園ちゃんは、有無を言わさない迅速さで、突如として私と東郷さんを攫っていく。

 どうやら勇者部の面子が対象のようで、みんなを各所で拾っては、跳躍を繰り返す。そんな繰り返しでさっき別れたばかりのみんなと再び顔を合わせて。

 そして誰もが、言葉にはし難い深刻さを感じ取っていた。

 理由を問おうとする事も憚られる様子だったのは確か。でもそれ以上に、今、銀ちゃんの邪魔をするのは良くない事だと、ある種の予感を感じていたみんなは口を噤まざるを得なかったんだろう。

 カズキくんと千景先輩を除いた勇者部が揃うまで、そう時間は必要無く。

 5分足らずで解散したメンバーは殆どが揃い踏む。最後に銀ちゃんがみんなを連れてきたのは、以前にも来た覚えのある暗所だった。

 暗くて、涼しくて、厳かで、恐ろしいくらいの力を感じ取れる居場所。

 前に比べて()()と感じ取れるようになっている今の自分なら、最奥に佇む双極の凄まじさを、もっと正しく理解出来る。

 

「相変わらず……怖いくらいに強い力……!」

「いきなり動き出しそうなくらい、大きな力を感じるね」

 

 東郷さんの怯えも、今の自分なら理解出来る。

 ファフナー。ザルヴァートルモデル。ザインとニヒト。

 その存在感は、死した機体として扱われようとも薄れる事はない。

 

「ここはいつ見ても壮観ネー」

 

 英雄の機体だけでなく、立ち並んだ戦士達の機械棺を眺めながら風先輩は言う。

 雪のように降り落ちる紅結晶。放たれる無言の圧力。搭乗者の形が今はもうどこにもあらずとも尚、戦う力をそこに宿し続ける不朽の久遠。

 壮観にして荘厳。静謐にして絢爛。

 暗い部屋を幾本もの翡翠の幹が照らし出し、紅に生い茂った結晶の葉が、ゆらりゆらりと私達へと降り積もる。

 

「……やっぱり、きれい……」

 

 私達を祝福する紅の結晶景色へと、目を奪われる。

 こうして彼女達がこの場へ来やったのは何度目か。真壁一騎の存在説明、郡カズキに関する説明、郡千景の説得など。人によっては4回目、最低でも3回目だろうか、この神域へ足を踏み入れた機会は。

 何度来ても、何度感じても、落着とはかけ離れた圧倒される場所の空気感。

 少なくとも私には、今後とも慣れるような胆力を抱ける自信がない。

 儚く、けれど力強い輝きを最後まで放つその光景は、不思議と私の中の大好きな彼を思い浮かばさせてくれた。

 しばし無言で辺りを見回していると、夏凜ちゃんが口を開いた。

 

「ここ、アルヴィスの地下よね」

「私たちを連れてきたのは…………()()()()()()、ですよね」

 

 幻想へと迷い込んだような空間に当てられたのか、私はどうやら、今が実に焦るべき状況であることが頭から抜けてしまっていたようだった。

 樹ちゃんが現状を端的に、それでいて曖昧に言葉にして、ようやく私は現実味を取り戻した。

 急いた心で、現状を一番に把握しているであろう銀ちゃんへ疑問を投げ掛ける。

 

「郡カズキに代わり、状況を説明する」

 

 その前に、知らない声が、入り口の方から聞こえてきた。

 

「──貴方は」

「東郷さんの知ってる人……?」

「……2年前に、『楽園』で一度だけ」

 

 2年前の『楽園』。それは、私達に共通した大切な人が存在した、大切で大事な時間。

 それが意味するところを、私はすぐに把握できた。

 

「? えっと……どちら様のオジ様でしょうか……?」

「この人はアルヴィスの一番偉い人で……」

 

 風先輩が首を傾げながらも、足腰の無意識な構えを取り始める。仄かな警戒心を滲ませたソレは、()()()()()()へ向けた問答無用の危機感だ。

 だが、銀ちゃんの言葉に続いた彼の発言に、その警戒は無用だとみんなはすぐに悟った。

 

「アルヴィス司令官、麻木フミヒコだ。……そうだな、カズキ君達の味方だと理解していてくれればそれでいい」

 

 精悍で無骨な顔つき。けれど寡黙な繊細さも感じさせる表情線。

 雰囲気は、何故だろう、記憶の中のダレカと似ているような気がする。

 不器用で、内向的で、お話しするのが苦手で、けれど内にある優しさがどうしても表へ出てくるような、そんなひと。

 顔のつくりはそこまでなのに、どうしてか、私は、麻木さんが『真壁一騎』と似ているのだと、そう感じたのだ。

 

 

 目の前が切り替わる──誰もいなかった空間には、突如として千景が現れた。

 いや、これは逆だ、逆の現状だ。

 千景が現れたのではない、自分が千景の元へ引き寄せられたのだ。だから戸惑いは当然のように無い。

 超次元現象によるアポートを即座に受け入れ、宙へと浮かされたカズキの身体を千景が受け止める。ファフナーのコックピットに座っていた千景へと抱きつく形で、カズキは放り出される衝撃を和らげた。

 

「ありがとう千景さん!」

 

 立て掛けてある鎌には、既に返り血が香っている。

 10や20ではきかない数を、もう狩り始めていたのだろう。

 

「……グリムリーパーでよかったの?」

 

 千景の姿を視認しても、神経接続等でファフナーと繋がっているという事はない。自立稼働によってその地点までを移動しているものの、このファフナーは起動している訳ではない。

 引き寄せた際の効率、それを突き詰めた結果、先に千景がコックピットへ入っている方が都合が良かった。

 

「貴方が乗れば、エインヘリアルでもそれ以上の性能を発揮できる。零次元跳躍が可能なスサノオ(機動力を重視した機体)の方が、カズキにも合っていると思うのだけど」

「いや、アイン……えっと、今は……スペクターにSDPを奪われる可能性があるだろ。四国内を跳び回られでもすれば、たまりませんから」

「なら、私の跳躍もこの後は封印ね」

「引き寄せも使わない方がいい。避難誘導も陣形も崩されて、一気に瓦解する」

 

 混戦が予想される中で、戦線を乱されるのは何よりも致命的だ。こちらの敗北条件は全滅ではなく、ある程度までの()を減らされる事にある。未来を紡げない程まで、人としての在り方を見失う数まで、取り返しが付かなくなるほどの数へ追い込まれたなら、人の世界ははそこで終わる。

 そして勝利条件は──ここが、この戦いのミソ。

 群勢による猛攻へ耐え抜き、犠牲を少なく敵の将を討ち、それでいて、とある要素を手にしなければならない。

 

()()。……なら、彼女達に話をしたのね」

「ああ。……でも、念のための最終確認を麻木さんに頼んでもいて……」

 

 苦しく、長い戦いとなるだろう。今回の結末まで、残された命をどう使っていくかの算段を頭で数えながら──コックピット内に、司令官との通信が繋がった。

 

『──こちらでも勇者達の意思は確認できた』

「……どうでしたか」

『君が聞いた返答と変わらないだろう』

「…………そうですか」

 

 麻木の言葉の整合性を示すように、地下に感じていた気配が、各地へと転々としているのを感じた。

 

「……スペクターが何処から現れるか分からない。撃破の確認が出来るまで、三ノ輪のSDPは」

『了解した、配置につき終わった後に、私から伝えよう。……君が神経接続を済ませた後、状況の些細を送る』

 

 通信は切れる。ここから先はファフナーを通じて、効率よく情報を処理し、すぐに理解しろという話だ。切羽詰まった状況だからこそ、それは理に適った正しい判断。

 ただ、この状況だからこそ、情報の都度を共有し続ける必要性はある。だから通信を切るのは、些か不合理にも思えるが──その中に気遣いは、多少、感じた。

 

「……千景さん」

「大丈夫。きっと上手くいく」

 

 安心する抱擁を交わしてくれる千景は、そのまま互いの場所を入れ替える。パイロットの位置はカズキは座りながら、けれど、この抱擁をほどくことがあまりにも難しい。

 既に、郡千景は()()()()を入れている。触れずとも、分かるのだ、千景の存在の奥底にある力の結晶が、もうさっきから起動して、熱く稼働して、冷たくその身を削っているのも。千景の中の命の結び目が、じんわりと、残酷なくらいに優しい速度で、でも確実に目の前へ迫る速さで、ほどかれていくのも。

 不安の表情をカズキは隠さない、隠したくない。家族の寿命(時間)が減るのだ、その事実へ気丈に振る舞うなんて冷徹ではいられない。

 触れているからこそ、手に取るように分かる、分かる、理解できる出来てしまう、カズキには分かってしまうのだ────────今の千景の、命の少なさが。

 

「…………」

 

 彼女の肩へ回した手が震える。それも、止める気はない。

 失う事の怖さを伝えて、伝わって、自分はこれほどに貴女を想っていると知って欲しかった。

 

「この道を選んだことを、後悔させないでくれる。……そうでしょう?」

「………………ああ、そうだ」

 

 貰ってばかりの自分だけど、戦わなくてもいいと言われても戦いを祝福に選んだ自分だけど、相変わらず上手い言葉が思いつかない、口下手で、不器用で、人付き合いが苦手な自分だけど。

 千景を想う心だけは、誰にも負けていないと、この密かな自慢を知って欲しかった。

 

「……これまで、たくさんいなくなったわ」

「……うん」

 

 滲む涙が、千景の纏う装束へと染みていく。

 この涙は、命が消える恐怖からのモノだと、知っておいて欲しかった。

 心の芯から、消えていく自分の命を惜しめるほど、カズキは、怪物からに郡カズキ(人間)になれた。

 ────それはあの日、貴女と同じ名をくれたから、だからここまでこれたということを、知っておいて欲しかった。

 

「この後も、たくさんいなくなる」

「…………うん」

 

 犠牲は積み上がる。

 救えないから積み上がる。

 力が不足しているから。相互の理解が出来ていないから。味方の内でさえ信頼し切ることができていないから。対話など今はまだ無意味だから。

 血を血で洗う戦いこそが対話とし続けていたツケは、こうして、無力な人々へ降りかかるのだ。

 

「でも、それを無駄にはさせない……誰にも無駄だなんて言わせない」

 

『無駄ではない』という意味を紡ぎ続ける。その中に自分も入る未来は、怖いけれど、恐ろしくて、悲しくて、寒くて冷たくなってくるけれど、でも。

 でも。

 

 ──みんなを守る戦いは、俺が……他ならない郡カズキが選んだ祝福です。

 

 それは、末路を想像した果ての恐怖で慄くのは、守る為の戦いから逃げる事には繋がらない。

 とある少女達に、立ち向かい続ける勇気を貰った。

 彼女達を見て、守る為に命を枯らそうと思えた。

 郡カズキをくれた彼女へ、報いたいと思えた。

 これは、その延長線。

 

「希望を握って『無駄なんかじゃない』と言い続ける、それが私達の戦い」

「────うん」

 

 指輪が浮かぶ赤いジェルの中へ、10の指を差し挿れた。

 瞬間。肩部、腿部、腹部と、機械と肉体とを直接繋ぎ合わせる針が、カズキの神経へと突き刺さる。

 けれど、痛みすら感じない。

 神経接続の痛みすら頭から離せる、それくらいに、勇気を貰った。

 

「私達は勝つ。そして、未来へ彼女達を届ける」

「──────そうだ」

 

 無償の愛に満たされた抱擁は、もう、必要無い。

 カズキの眼を見て、満足そうに頷いた千景は、外へと跳躍した。

 カズキの視界が外気を捉える/機体の視界が広がっていく。ファフナーとの一体化は淀みなく進み、そうして機体はカズキの手足となった。

 そうして機体から矢継ぎ早に送られてくる、現戦況の情報群。それらを高速で処理しつつ、カズキは────グリムリーパーは大地を駆け、海面へと飛び出す。

 

「────」

 

 沿岸から確認できる、()()()()()()()()を一瞥した。

 ファフナーのカメラは人間では到底届かない距離を見通す。故に、その惨状もよく見える────喰い千切られた跡、ワザと一部を残して球体に抉られた肉、崩落する建物による圧死、パニックに陥った市民による事故の轢死、人外の力で振り回されて壁に叩きつけられた肉片模様のポスター。

 悲劇だけをその場所は物語る。嘆きを叫んだとカズキには分かる。憎悪と絶望に振り回された記憶の気配を、カズキは心で感じ取った。

 もうそこには人の命の気配を無い。敵の命の気配も無いのは、千景が掃除を終わらせた後だからだろう。

 これから、これが色んな場所で起こる。

 けれどカズキは前を向いた。

 犠牲を少なく、未来へと希望を受け渡すために。

 その為に命を使う。

 そのために。

 

「そのために、俺は、ここにいる」

 

 抗うための竜人を、カズキは駆る。

 

 

 手にした機械の白槍を振り翳し、向かってくる黄金を両断せしめた。

 だが、数が数。マトモに減らそうとするのは愚の骨頂。集団戦に於いて、数で劣ると言うのに、馬鹿正直に数を減らさんと奮闘してもいずれ潰されるだけだ。

 ましてや、最大の戦力である2人には、致命的なリミットが待っている。

 時間を掛ける策は論外だった。

 

『郡カズキ、郡千景、両名の戦闘区域である瀬戸大橋跡をポイントAとする』

 

 けれど、それは正しく言うが易し。

 大群を叩くには効率が悪い。時間を割くには都合が悪い。そして、敵の頭を討ち果たすのは、この戦闘に於ける最大の困難。

 もしかすれば、郡カズキがザルヴァートルとしての力を限界まで絞れば、最短の決着は相成るのかもしれない。だがそれは実質的な不可能。未来を見てこその戦いであるのなら、未来を捨てた行動は本末転倒だ。

 そうして苦し紛れの路を進んだところで、棘に足を取られて結局は無様な末路となるだろう。

 

『そこから後退した位置3箇所にて、囲うように第一防衛線を展開。左翼のB1へ三ノ輪銀、中心のB2へ東郷美森、右翼のB3には乃木園子を配置』

『一匹だって銀様の後ろにゃ通さんぜ!!』

『そう言って無茶ばかりするんだから不安なのよ』

『……でも、今回ばかりは無茶苦茶を推していかなくっちゃ保てなさそうかも〜?』

 

 だからこそ、この戦いでは、敢えて愚の骨頂を押し倒す必要があった。

 耐えるのは悪手。まともに戦うのは悪手。敵の最大戦力へ、こちらの最大戦力を出し惜しみをするのは、なんというか、自殺行為も同然な論外。

 故にこそ、再度述べよう──()()()()()()()()()()()()

 

『結城友奈、三好夏凜、犬吠埼風の3名は遊撃部隊だ。防衛線の前へ出て、可能な限りの数を叩け』

『ふむふむ……つまり?』

『アタシ達は殴って切って潰せばいい……ってコトよネ?』

『カズキ達に巻き込まれないように、ね。ここ、とても重要よ』

 

 水上を滑走しながら、白槍の機構をフルに使いこなし、射撃と斬撃の2種を以って、流麗に黄金の群れを引き裂いていくカズキとグリムリーパー。

 だが、金色に輝く群れ天幕には、隙間も見えない。

 焼石に水、そういった表現のなんたる陳腐なことか。成果の見えない消耗など、無駄な徒労でしかない。──実際には無駄ではなかったとしても、人間は、目に見えた成果を段階的に得ることで精神の衛生を保つ。

 カズキはまだ問題ない。千景もこの程度は慣れきっている。だが、背後にて構える少女達はどうか。

 

『犬吠埼樹は──泉にて準備が出来次第、()()へと入る。シェルターへを塞ぐ第二防衛線だ』

『背中はどーんと任せてくださいっ!』

『樹ちゃんにならどーんと任せられちゃうよー!』

『へっ、頼もしいじゃんか!』

 

 ──そういった意味でも、時間制限は存在している。

 疲弊した矢先、一体でも敵を通してしまえば、ソレは人を、それも無辜の民を優先して殺しにくる。

 それを防げればいい。でも、疲弊と消耗が続いた果てで、いつかは人の集中力など尽きてしまう。その時、彼女達の目の前で失われるのは守ろうとした命で、削られるのは彼女達の精神だ。

 今でさえ、クロッシングを通してカズキへ不安が伝わってくる。既に被害は出て、それを勇者達の人智を超えた感覚器官は、確かにその残骸を捉えているのだ。

 そうして目にした初めての遺体。初めての惨たらしさ。今までは棚上げに出来ていた日常が、目に見える速度で、確実に、迅速に、自分達から奪われていく焦燥。

 

『犬吠埼樹以外、各員、満開のタイミングは委ねる』

 

 誰しもが感じていた、これは()()()()()()と。

 どう考えても負け戦だった。世が世なら平伏し、赦しを乞い、無抵抗を違うくらいしか手立てはなかった。──その恩赦すら、もう遠い昔に使い切っている。

 だが、投げ出す事はない、投げ出して逃げる事はない。

 逃げ出すことなど出来ないのだ。逃げる場所など、この世界にはもはやどこにもないのだ。悪意から逃げた先に救いなどは無い。滅び否か、その2択以外の道を許されない。

 ──閉塞の理想郷(シャングリラ)は、こうして崩落する。

 

『勇者は可能な限り群れを叩き、英雄と戦士の時間を稼げ!』

 

 一部だけ開いた壁の外から、膨大なエネルギーが噴射する。

 心の色を表した赤黒さが、異常な熱を伴い、黄金の群れごと蒸発させて、カズキへと一目散に向かってくる。

 それを勇者達は皆感じて、理解した。

 ああ、確かに、アレは自分達ではどうにもならない。何せアレは、郡カズキと同格の大きな力。アレを足止めることすら、勇者の満開をしたところで、討ち果たすのは困難どころの話ではない。

 

「……ッっの!」

 

 グリムリーパーが紅の回転体を露出させ、漏電を気にせず最大回転で稼働させる。

 軋むフレームの音を無視して、カズキは機体の左手を、こちらへ飛来する赤黒い光柱へと向ける。

 憎悪を彩る、破滅の輝き────グリムリーパーの左手から発される、翡翠の色をした円形のフィールド。

 激突の衝撃が、四国中を掻き鳴らす。

 避難していた一般人は、世界の終わりだと予感せざるを得ない悍ましさを感じていた。

 

『……ぁ、あんなの、が……私たちの、敵……?』

『…………ザインとニヒトに似てる、のかな〜』

 

 それよりも近くでそれを目撃した勇者達は、先ほどの理解が、確信へと成り上がるのを感じていた。

 

「ッッう、ぐっ、っぅ!!」

 

 あまりの衝撃に、後方へと押し戻されていく機体。

 万象を無に帰す機体のSDP。超常同士の戦いでなら、無類の強さを発揮するその絶対性すら、命を咄嗟に守る為の盾にしかならない。

 熱量が水分を即座に沸かせ、水蒸気による煙が機体を覆い、正確な位置を悟らさず──けれどもその砲撃は、照準など必要ない。

 躱せば、その脅威は背後へと向かう。であるのならば、このファフナーを駆る者が、その力を以って防ぐ他に手はない。

 

「っ! ぅぁぅぅぅぉぉおおおおおおおおおおあああァァァァァあ!!!!!!!」

 

 その悪意に負けない勇気を振り絞り、遂にグリムリーパーは大勢を立て直してみせた。

 威迫に答えてより大きく展開された翡翠のフィールドが、破滅しか予感しない輝きを徐々に治めていく。

 砲撃がようやく収まり、蒸発した海水が引いて、余波だけで赤熱化した黒の機体が姿を表した。

 

「……っ……いきなり、か……っ!」

『────とうとう、この日が来た』

 

 黄金の群れへ、自ら開けた穴から、その砲撃主が進み出る。

 ベージュを基調とした、明るい色だった。

 肩部に備わったアーマーには、けれど守るだけではない。その機体は、何も守りはしない。守るものなど、守るべき存在など、とうに忘却した憎悪の機械竜。

 肩部のアーマーが開き、レーザーが──紅の光帯が、カズキへ向けて飛ばされた。

 

「! ……対話、は……」

 

 有も無も言わさず、幾重の紅の光帯は、パイロットを狙って正確に飛ばされている。防御を取らなくては、コックピットを狙い撃たれて終わりだ。

 その場から1歩分退く、その選択はあり得ない。

 水面を荒々しく滑走し、波によって生まれた隙間へ身を踊らせて全てを避けるカズキ。

 

「……聞いては、くれない、か」

『カズキくん大丈夫!?』

「……いや、なんでもな……っ!」

 

 間断を埋めていく光帯は、着実にカズキを追い詰めていく物量だった。

 けれどカズキは掠らせることもなく、バーニアを限界まで吹かせ続け、三次元的軌道を見せつけてその敵へと迫っていく。

 レーザーの距離には厳しく、近接こそが相応しい距離へと近づいた時、敵の肩部アーマーは閉じる。

 狙い目と判断した──カズキは無駄なく進み、宙に浮かぶ敵へと槍を突き入れ、()()()()()

 

「っっぐ!」

 

 敵が即座に展開したシールド機構、それは本来、竜宮島で産まれた技術、イージスと呼ばれる光学兵装。そしてそこから展開されるのは、四国の端から端までを塞ぐがの如く、巨大な幾何学模様の『壁』。

 

『でっ、デカっっ!?』

『千景と同じ……いやっ、それ以上の力……!!』

 

 バヂリバヂリと、槍の刃先が電磁の壁に阻まれる。

 ルガーランスの真骨頂、刺してこじ開けて撃つという機能も、そも槍が少しでも突き刺さらなくては意味がない。壁に阻まれ、そのベージュ色の装甲へは傷一つも齎さない。

 ──敵は、電磁の壁の裏から、背負った大剣を振り払う。

 ──カズキは、背負ったもう一振りのルガーランスを咄嗟に手にする。

『壁』は霧散し、崩れるであろう体勢を狙い、ベージュの大剣が斬り込まれる。

 それを受け止め、機体各所の出力を際限なく上げ続け、強引にカズキはその敵と鍔迫り合いへと持ち込んだ。

 

 ガッッッッッッッギャッッッッッッ、ギンッッッ。

 

「────()()()()()()()()()()

 

 やはり、音だった。

 開戦の狼煙として、壁が壊れた音がした。

 そして、今度は、両陣営に於ける最大戦力がぶつかり合った音。

 その音は、郡カズキが、本当の意味で憎悪と向き合った音。

 機体を通して、互いの視線が交錯する。それを互いに感じている。

 

「レゾン……ザルヴァートルモデル:マークレゾン!」

 

 叫びへ呼応して振り下ろされる大剣を、槍で受けながらもカズキは水面へと叩き落とされる。

 

「分かってたけれど、強い」

『……やっぱり、エインヘリアルだけでは厳しそうね』

「でも、やるんだ」

 

 群れの大群がグリムリーパーの頭上を素通りしていく。だが、気など配る余裕は無い。この戦場で何よりも注視するべきが何なのかなどと、誰だって一つを指さすことだろう。

 悠々と宙に佇むファフナー。追撃の気配が見えないのは、余裕の現れか、そんな情緒も無いのか。

 冠した名はレゾン。宿された意味は『理由』。

 郡カズキの持つザルヴァートルモデルの力は2つ。ザインとニヒト、対とされた『存在』と『否定』だ。

 そして眼前の存在はそれに続いた、いわゆる兄弟機。第3のザルヴァートルモデル。それは人類にとって、さぞ頼りになる剣となり、世界守護の要の一つとなっていたのかもしれない。世界を守るために相応しい性能を持ち、敵を薙ぎ倒す破壊力を持ち、世界を守るための盾になれたのかもしれない。

 ──全ては、たられば、に過ぎない。

 現実はこれだ────人の業が産み出した憎しみの権化が、この機体を祝福し、そのパイロットをも憎しみに染め上げて、今では何故憎むのかさえも忘れ果てた骸も同然。

 

『これより────()()()()()()()()()()()()!!』

 

 友を取り戻す、空を取り戻す。

 それはいつだって、大切な何かを取り戻す為の決意表明だった。

 生きていくために必要な何か。進むために必要な何か。前を見るために必要な何か。

 そして今度もまた、友達に、家族に、本当の蒼穹を見せてあげたいから、その為に。

 

「苦しくても、辛くても、痛くても、無謀でも、それでも俺は選ぶ。────俺達は」

 

 レゾンから遂に放たれる、紅の光帯の殺意。

 漆黒の機体が、前傾の姿勢を取り────グリムリーパーが通った場所を、光学兵器が穿ち、海水が弾け飛んだ。

 策などない。勝算など少ない。奥の手は、実はある。

 一つは、カズキ自身がザルヴァートルの力を使う事。けれどそれは、今後を諦めるのも同然の選択だ。つまり、実質的に封じている。

 そしてもう一つは────これは、使い所を間違えるわけにはいかない。

 その手段は、短時間だけの奇跡だ。本来の運命から、カズキが生きる運命へ、無理矢理に一時的に引っ張り上げるモノ。そんな外法は長時間と保てる道理がなく、保てる自信もない。

 英雄が引き起こす奇跡ではない。

 戦士が集い、応えてくれるだけの、ほんの小さな奇跡。

 

「本当の蒼穹(そら)を────取り戻す!!!!」

 

 ──カズキは機体を飛び上がらせて、敵へと槍を突き付けた。




 この展開、流れるBGMで最適なんは、やはりマークザイン出撃でしょうかしら。
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