郡カズキは英雄である   作:真の柿の種(偽)

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二次創作ってくっそたのしい


未開の未来

『我らが勇者部に新メンバーよ!!』

 

 他人事のように世界を見ている人。ぼんやりと、そんな第一印象な人。

 

『…………郡カズキ、です』

 

 今日聞くのは二度目になる、彼からの自己紹介。

 気が不味そうで、それでいて未だ自分の名前を言い慣れていないように、恐る恐ると姓名を紡ぐ姿には共感性すら覚える。同じ記憶の無い者同士、話が合う事もあるのかもしれない。

 ただ、白状するならこの時の私の中には、確かな拒絶と敵愾心があった。

 

『今日転入ってことでビビッと来たのよね〜。クラスメイトって話だし、仲良く頼むわよ!』

『いつの間にかこんな……なんか、ごめんな』

 

 彼は申し訳なさそうな顔を隠さず、目を合わさず俯く。

 目を合わそうとしない方角にいる友奈ちゃんは、笑えている。笑ってるだけではある。内がどうなのかは、別の話だ。

 話を聞くに無理やり連れて来られたのだと言う。()()()()()()からずっと友奈ちゃんと話そうともしていなかった彼が、進んで接触を持とうとするとは思えない。風先輩が持つ強引さも説得力の一つではあるが、何より目線を下げたままの顔が、不本意なのだとずっと語っている。

 

『よろしくね、郡くん!』

『ああ、よろしく……結城』

 

 にこやかにそう言ってのける友奈ちゃん。それを客観的に見て、どう反応するのが本来なのかは、したり顔で頷く風先輩が動作で示している。

 けれど朝の件を知ればどう見えるのか。

 周りをよく見ている友奈ちゃんが、周囲に気も留めず、我先にと飛び出すような、そんな深い喜びを体現していた。体現して、突き落とされていた。以前に少し聞かせてくれていた約束を待つこと。あと少しの所で踏みとどまらせていた想いが、いとも容易く崩壊していった。足元が崩落して、暗い底へ墜落するような、そんな現実が信じられない信じたくないと、()()の情を抱いていた。

 深い希望を抱き続けていたからこそ、一転した深い絶望に飲み込まれた。

 そうして彼とはそれっきり、目も合わせることは無く会話も無い。翳る気配の見えない笑顔は取り繕っているモノなのだとすぐさまわかる。そんな彼に対して忌む感情を抱くのに時間は掛からないのは、私にとって自然な話だ。

 

『えっと、……』

『…………東郷美森。東郷って呼んでね』

『よろしく、東郷』

 

 とにかく友奈ちゃんの不穏の種ならば、敵である。虫の気配もするなら、作り出した笑顔の裏で警戒態勢は当然である。

 男はみな獣である。その毒牙が近づこうものなら、脅威から友奈ちゃんを守らねばならない。

 そんな使命感を意気込んで、どれくらい経った頃だろうか。

 

『やっぱり東郷さんの牡丹餅美味しいよ~!』

『ええ、いっぱい作って来たから好きなだけ食べてね。…………郡君も、どうかしら』

『……美味いな、これ』

『そうかしら? ………………ありがとう』

『東郷、こういうの上手なんだな』

 

 感想を言ってくれた手前、謝意は伝えておく。敵と言えども人として大事なことだ。

 しかし牡丹餅くらいでは全然。

 

『これって、東郷が欲しがってた――』

『!? ここっ、こ、これをどこッ……ハッ。……んんっ、……それで、これは一体?』

『知り合いが詳しいらしくて貰った…………えっと、いるか?』

『是が非でも! ……これで我が御国の素晴らしさををより根強く…………!!』

 

 彼は国防への理解を持ち合わせていた。学生の身分では到底手が届きようもない高性能()()()()()()を無償でくれたのだから、最早国防に関しては同好の士ですらある。

 だがその程度の施しでは絆されない。

 

『……結城』

『あ、うん』

 

 歩道を共に歩く際は常に車道側。敷居が無いような道でも、後ろから車が通るようなら、友奈ちゃんよりも先に気付いて注意を促す。

 数える程しか外を一緒に歩いた経験は無いが、よく物事を見ている人だと思った。私へでなくわざわざ友奈ちゃんへ声を掛けるのは、気を遣っていると気づかれないよう遠回しのつもりだろうか。

 

『貰い手見つかんないわね……』

『なら、うちで引き取ります』

『え、ホントに!?』

 

 何にも問題が無いという風な顔をしているが、実は聞こえてしまった。スマホを持って廊下で申し訳なさそうに懇願するような声を漏らしていたことを。本当に聞くつもりは無かった、かもしれないとは言っておく。

 後々彼の家に引き取られていった犬はショコラと名付けられ、成長の経過を動画等でしばしば見守られている。名付けたのは彼ではなく同居人命名だとか。

 そんなこんなで過ぎ去った半年間。彼は私が勝手に思い込んでいたよりも、優しい人だった。

 寡黙というには少し喋る。陰りのある印象な割に同性の友人を意外と多く見かけるのは、年頃の男子らしい部分だ。真面目正直とも違い、些細な冗談も交わせる。物腰は柔らかく、尖った印象を受け取らせることはなく、教師からも悪印象は無い。勇者部としての活動にも懸命であり、()()頑固な私にさえ否が応にも彼の善性は感じ取れる。

 色んな人に好かれるのが頷けるような、居心地の良さを感じる。そんな不思議な人。

 それを認めた時に気付いたことがある。

 私はまだ、彼の笑った顔を見ていないこと。彼はずっと、誰に対しても線を引いている事。

 

『え~? 打ち上げやってかないの?』

『はい、俺は先に帰ります』

 

 そこに自分はいないように、外側から俯瞰しているような目。

 そこにある日常を慈しんでいるのに、輪には入っていないような在り方。

 

『――東郷は強いな』

 

 ふと、二人きりになった部室で、そんな事を言われた。

 

『……え?』

『記憶を無くして、それでもこうして普通に暮らせてる』

 

 話題の折はなんだったのだろうか。そのころになれば、数少ない記憶喪失仲間として、良き部活仲間として関係は出来ていた。不意の静寂にも気を悪くしないくらいの関係性だった。

 きっと当たり障りのない会話の中で、ポツリと零れた彼の本音。

 

『東郷は、すごく強いよ』

 

 違うのだと言いたかった。

 本当に彼と私は同じなのだろうかと、共感性を感じていた自分へ首を傾げる。

 目が覚めたら何も無かった。両親との記憶も、それまでの自分も、本当になにもかもが存在していなかった。けれど私は運よく友奈ちゃんに救われた。依存と言っても良いくらいに、底なしに救われた。

 けれど――――もしも彼に、私にとっての友奈ちゃんのような存在がいなかったとしたら。

 私が目を覚ました時から救われるまでの間に感じていた、日常(未来)という名の暗闇が、彼の中で未だに続いているのだとしたら。

 

『羨ましいな』

 

 そんな世界で、心の底から笑えるのだろうか。

 

 

 赤熱化した左手は敵の守りを易々と引き裂き、抉り込むように翡翠色のコアを引きずり出し、両の腕で無理矢理に罅を入れる。頭上で掲げられ砕かれた光景は神秘的ながらも、熾烈にして苛烈な攻撃を見せつける。

 音も無く展開された暗黒は敵の内部へ簡単に孔を作り、反撃の一切すらも無に帰す。最後の抵抗として放たれた撃槍も、眼前に広げた黒紫のシールドに弾かれ、動的行動はそれっきりに留められる。その場を動く事なく、手を翻すのみで敵を食い潰し殺すは、冷徹にして静寂な排撃。

 正面からの不意打ちによって、黄金の蟹は掻き消えた。

 懐の中身を砕かれて、黄金の蠍は悶え死んだ。

 行動の悉くを無為と変えられて、黄金の人馬は一片も残らなかった。

 静かに佇むカズキ君。その顔は俯き、何を考えているのか感じ取らせない。

 

「……」

 

 この戦いは、勝利に終わった。

 栄光へと掲げられるような姿はない。単騎で迅速に敵陣を殲滅せしめた彼は、敵の血に汚れて、悪魔のような風貌を露わにさせる。今もなお、残った敵の血が手から滴り落ちている。

 けれど勝ちだ。どんなに言い淀もうが敵を倒して勝利した。

 私達の平和は勝ち取られて、樹海から日常の風景へと切り替わる。昨日と同じならそうなる。

 

「……やっぱり」

 

 そうなっていないから、そうなったままの理由を探した。

 敵の姿はもうどこにもない。これ以上は私達をこの世界へと置いておく必要はない筈で。

 この世界、即ち樹海化が維持されている理由。

 スマホから急かすようにアラートが鳴りやまない理由。

 コオリカズキの文字が、示されている理由。

 敵と同じ種と目される――――フェストゥムとイコールに括られる、その理由。

 

()()()()()()なの……?」

 

 立ち尽くす背中の周辺には、禍々しい紫電が立ち込めて、根源的な身震いを誘発させた。

 湿った手からは弾けるように、複数の小さな黒紫が縮小を繰り返す。

 昨日も見た暗黒の色。友奈ちゃんも飲み込もうとしていた、恐怖を粟立たせる不吉な色。

 不穏の象徴であり、敵の扱う力の象徴を纏うその意味を、より深く考える。

 変身してから冷静へと成り上がった思考は、沈着な答えを予測させる。

 

「東郷さーーーん!!」

「……友奈ちゃん」

 

 警音をけたたましく鳴り響かせて、桜色の姿が傍へ跳んで来てくれた。

 友奈ちゃんをいたぶっていた敵は瞬きの間に消え去り、呆気に取られていた時間はとうに終わっている。友奈ちゃんだけでなく、風先輩達もこちらへ跳んで来ているのが見える。ただでさえバーテックスの襲撃という異常事態に重ねて、尚更に異常な事態だ。みんなの意見は自然と集結へと統一されていた。

 

「すごいカッコいいね!!」

「あ、ありがとう。……それよりも」

「そうだね…………郡くん、は……――」

 

 依然として、俯き立ち尽くす姿には変わりなし。

 目を離していないのではなく、目を離せない。凍えるような存在感が、それなりの距離を離しても伝わってくる。

 此方へ向かってくる二人も、カズキ君の一挙手一投足から注目を外すことなく間もなく合流できる。それは私や友奈ちゃんのみならず――

 

「――――……っ」

「友奈ちゃん、気を引き締めて」

 

 ――何が起ころうとも対処できるように、警戒しているのだという証左でもある。

 佇むカズキ君の姿に、友奈ちゃんが何を思っているのかは伺えない。それよりも目を離せば明確な危機が迫ると、勇者となって切り替わった思考が告げている。

 知らずの内に、指先が引き金へと力を込めていたのを自覚して、仄かな罪悪感に蓋をする。

 銃口は()()定めない。

 こちらから動くには二人だけでは心もとない。

 

「二人とも無事ですかっ!?」

 

 側へ舞い降りてくる緑黄色の姿。やはり警報は鳴り止まず、合計四つの激音が重なる。

 

「樹ちゃん!」

「もー参ったわよ! クロッシングは切れるわ戦う相手も瞬殺されちゃうわ樹海化も解けないわ……」

「風先輩……無事ですね」

「……ええ、色々と謝りたいけど……今は」

「はい、私からも……それは後ほど」

 

 これで四人。けれども足りない確信しか存在しない。

 人知を超えた力を四つ重ねても、あの存在には届かない。

 それは私だけの確信ではない筈だ。

 

「それで、郡くんは一体……」

「ゴメン、それがアタシにも分かんないのよ……。ただ……一つだけ言えるのは……」

 

 視線で促されて、先程から耳に障り続けるすまほを取り出した。

 四つそれぞれの端末には、何度見直しても変わらない液晶。

 

「まだ戦いは終わっていない。……少なくとも、アタシたちのシステム――神樹さまは……っ、そう、判断した」

「で、でもっ、敵なんてどこにもいないよ……!」

「これは、つまり……()()、なんですか?」

「…………」

 

 噛み締めた唇を、破れないように窘める風先輩の精霊。手で慰めるようにその行動を咎めた存在を煩わしそうに払いのければ、言いたくない事柄を避けるように黙り込む風先輩。

 戦場と定義された世界で、似つかわしくない静寂が広がる。

 静寂の支配する、幻想的にして極彩色な世界で、ただ一人日常の制服を纏う少年。

 

「……ああもうっ! どうすりゃいいのよ!!」

「カズキ先輩も黙り込んだままで……どうしちゃったんでしょうか……」

「……」

 

 茫然とではなく、逐一全てをずっと見ていた。つい先ほど目にした圧倒的な力が()()()()へ向くのか、きっとこの中で遠方への先手を打てるのは私だけだ。脚に纏わりつく帯も、みんなに気付かれないよう静かに姿勢を固定して、狙撃の為の体勢へはいつでも移せる。

 

「あ」

 

 そんな声を上げたのは、友奈ちゃん。

 ――――赤い雫に湿った前髪が、風とは違う要因で揺れた。

 

「――動いた」

 

 瞬間流れるような動きで、薄青の照準は彼の後頭部を捉える。

 弾速は不明だが、発射から対象を弾き飛ばすまでそう時間はかかるまい。

 引き金を解放するまでは、一秒も足らずに終わらせられる。

 

「何してんのよ東郷っ?!」

「どうしますか先輩」

「どうって、なんの話をっ!!」

「カズキ君を――――

 

 ――アラートの質が変わる。

 甲高く転がるような音色から、もっと重苦しく武骨な音へ。

 ノイズの混じった音は事態の再急変を知らせた。

 

「……あれも、敵ですか?」

 

 壁の外から姿を露わにした、()()()()()

 ゆっくりと進んでくるのは、さっきまでいた存在達と変わりない。

 

「多分……アプリは、そうだって」

 

 肋骨を剥き出しにしたような胸元からは、人のものに酷似した腕。

 背の天輪に付いた三対の羽は、その美しさを後押しする。

 下半部分は袴のようなものに包まれているのか、そもそも足なんて存在しないのか。

 

『フェストゥム:す負ィ◼️ンクsUA型種』

 

 その表記が正しいのかはともかく、フェストゥムと類されているのなら敵なのだろう。人の形からああも逸脱しているのは、分かりやすくて助かりすらもする。

 かくも輝くその姿は美しく、表情の無さは存在の無機質さを感じさせる。

 銃口をそちらへ向ければ、

 

『――――あなたは、』

 

 ノイズだらけな女性の声で、その存在は問いかけた。

 

『そこにいますか』

 

 その問いかけには抗いがたい魔力を感じて、誰もが目を奪われて――――意識の全ても虜になっていた。

 

「綺、麗……」

「ぁ……心に、入って……くる」

 

 そうして私たちは心を奪われていく。

 闇に希釈されて薄れていく。無にほどかれて消えていく。

 自分という存在は、虚無と一つになる。

 

「これが、同、化……?」

「お姉ちゃん、暗いのに……こわくないよ。すごく、静かで……」

「マズイ……のに…………あれ、アタシって、なんで…………なにをして」

 

 目を背けることすらしない。出来ないのでなく、しない。自己の全てが抜け落とされて、防衛のための行動を取ろうとしない。

 阻む筈だった繋がりは何処にも無く、拒めるだけの耐性はもとより存在しない。

 

『あなたは そこにいますか』

 

 問いかけに答えられる者はいない。

 成す術もなく、黄金に輝く美しさは抵抗することなく心へと入り込んで――――

 

「――――ええ、私はここにいるわ」

 

 同時に私達へ問いかけていた敵は、粉微塵に刻まれる。

 正気を取り戻した私達の前に、()()は確かにそこにいた。

 

 

 紫電が、黄金の体表を焦がして内部を引き裂いていく。

 

「この程度……」

 

 体内のコアを焼き焦がせば、自爆のつもりか、暗黒に包まれて敵は消え去る。

 敵の増加。増援ではない。援助のつもりなら然るべきタイミングがあったはずなのに、こうして無軌道にやって来るのは策とは言えない。

 フラフラと誘われてやってきているような、誘蛾灯を思わせる現れ方だった。

 そんな敵の名は、『スフィンクスA型種』と、スマホにはそう記載されている。

 数は一体を皮切りに、ザッとした目視でおおよそ()()

 存在規模が先ほどのバーテックス=フェストゥムと同等で、ようはあれらが二百体。

 

「――で、それだけか?」

 

 犬歯を剝き出しにして、その浅ましさに嗤う。嘲嗤う片手間に、手頃な敵を一体引き千切る。

 何処の誰が送り込んできたのかは知らないが、数で押そうとするのは理に適っている。物量とは確かな力であり、相対する勢力が少数なのだとすれば、数の暴力とは尚更に有用だ。

 しかし雑兵をいくら送り込んだところで、英雄が如き一騎当千の力に適う道理など存在しない。

 この力の前では、お遊びの範疇でしかない。

 

「たったの百や二百ぽっちで、落としたつもりか……!!」

 

 余裕はある。敵からの攻撃は意味を成さず、カズキからの攻撃は悉くが命を奪う一方的な関係性だ。そして、えも知れぬ怒りと憎悪に突き動かされながらも、遠くの状況までを整理しているこの力は、戦場の全てを把握している。

 かと言ってのんびりしていられる時間は無い。精神攻撃の類か、敵からの問いかけを聞いてから勇者部のみんなの様子がおかしい。幸い彼女が来てくれたから安心はできるが憎しみに圧されて一体一体を丹念に殺している時間は無い。体液を沸騰させて茹で殺したことを確認して、赤熱化させた腕を引き抜けば墜落していく黄金の残骸。

 少し考えて。群れの中心へ敢えて飛び込んだ。

 瞬間に殺到するワームホール。暗黒に呑み込まれ視界を埋め尽くされて、それでも意に介さず敵の座標を正確に読み取っていく。

 目視は早々に放棄して、言葉にしようの無い感知に身を委ねる。

 五、十、二十一、五十五、と射程距離の敵を捉えていく。

 そうして二百と十三体目、一番遠い敵を補足し終われば、この戦いはもう終わった。

 

「消えろ――――ッッッ!!!!」

 

 両腕を広げれば、その動作を遥かに凌駕する規模で広がる死滅の紫電。紫の通った空間を後追いする暗黒の球体は、敵の死滅の証。

 確かに触れずとも、掠るだけでその破滅は伝播していき、隣の黄金を焼き殺し、更に伝わり紫電の網は広がり続ける。

 殲滅は為された。急な敵の襲来は悉くが無に帰した。壁の向こうから送り込まれてくる気配もない。

 ――今回の戦いは本当に終わったのだ。

 少女たちへの害意は消え失せたことに安堵して――――これで心置きなく思念の望みに沿うことが出来る。

 世界を恨み、怒り、怨んでいる声の通りに、全てを虚無へ誘うことのできる力が此処にはある。

 

「は、ははっ」

 

 自分にもできることは有る。顔も知らない誰かのために、為せる事象がある。

 それがなんだか、嬉しかった。

 さあ、後は唸りの止まる気配が見えない、底なしの憎しみに従って、

 

報いを受けろ」

 

 ――――あの忌々しい樹木を枯らすだけ――――

 左の掌を向ける。この力はザインの時と違って、左腕の方が行使しやすいことには蹂躙中に気付いた。

 ああも大きければ一々手作業で枯らせるのも一苦労だ。故に全て虚無の彼方へ飛ばしてしまえばすぐに終わる。渦巻く思念にも決着がつく。溶けた鉛のように張り付く執着も、爽快に晴らすことが出来る。

 世界が終わるらしいがこの際仕方ない。無念や遺恨を鎮めるために、世界が終わるも仕方がない。

 それに言うのだ、『もう終わりにしてくれ』と。

 自分以前の人々がそう言うのなら、きっとこの世界にはそう言わせるだけの裏側がある。それを平和の存在しているうちに諸共全てを消してほしいと、そんな願いも籠った怨念だった。

 応えられるのなら、その声に応えたい。

 それが多分、いるかどうかも分からない自分がこの力を宿している理由だから。

 ――翳した手の中で、害意が球体となって形を成す。

 使いこなすことに戸惑いも生まれないほど良く馴染む力。ワームスフィア。有を無に帰す虚無の象徴。

 神樹を飲み込めるほどに巨大なソレを作り上げても尚、当然だという確証以外は生まれない。

 大気は際限なく飲み込まれていき、漏れだす力が紫電と共に空気を焼く。

 

「――――に、帰れ」

 

 一つの感慨も生まれず、呆気に取られるくらい自然に、全てを受け入れる暗黒は放たれた。

 遮蔽となる存在は着弾まで何処にも無い。気が付いた勇者部のみんなも阻止などできない。

 着弾する()()、否定の暴威の進行を阻むものは存在しない。

 

『ダメよ』

 

 神樹の根元で、薄緑の輝きが見えた。

 そして巨大なワームスフィアは、突如として現れる巨大な()に着弾し拮抗する。

 

「――」

『力に吞み込まれては駄目』

「――――誰、だ」

 

 思考に割り込む声は、どこかで聞き覚えの在るような気がした。

 自分の記憶が始まって初めて聞いた時の声に似た、カズキを慮って心に染み入る声。

 

『使われるのではなく、使いこなしなさい』

 

 命令口調で強く言われても、反発心が生まれない。最初の変質の際に聞こえた、選択を委ねる声の主ではない。

 もっと身近にいるような声だった。

 

『貴方ならそれができるんだから』

「ち、――――さん?」

 

 そして人知を超えた視力の先に、信じ難いものを見た。

 翡翠に色を放つ幾何学の壁は、神樹を容易く取り込むワームの圧をものともせず、罅の気配も漂わせずに圧し留めている。

 薄かれど堅固な壁の向こうに、凛と涼し気に立つ彼岸花が見えた。

 

「どうし、て――――ァ、ガッ

 

 ――――消せ。潰せ。消えろ。殺せ。みんな、いなくなってしまえばいい。憎い憎い死ね。消えてしまえ。いなくなれ。お前が全部死ね消せ。僕の遺志を継いで殺せくれ。俺の意志を果たせ報い報いを報報憎報いを受けろ。私の声を叶えてなにもかもなくなりますように。どうせみんないなくなるなら、世界なんて消えてしまえ――――

 目の前の障害を否定せよ(殺せ)と、噛み砕いて要約すればそうなる。

 悲願を阻むのなら、例え()()であろうと敵なのだと、我が物でない怒りで搔き混ぜられる。

 

『そんな声は聞かなくていいのよ』

――、ぐッ、あああっっ!!」

 

 ワームスフィアの維持が困難なほどに激しい頭痛に晒されて、拮抗と共に轟音を響かせていた暗黒は霧散する。

 それを見てもう必要がないかのように、翡翠の壁は消え去った。

 

「あづっ、ぐっ、ぉアああ!!?」

 

 視界は鈍く、目に映る色彩は希薄へと急速に染まっていく。

 背中に急激な浮遊感を受け止めても、自分が今どうなっているのか、何も分からない。

 けれど目に映る景色が曇っても、急に目の前にワインレッドが現れて、抱き留められたことには気づけた。

 

「剣司さん、使わせてもらいます」

 

 呟くと共に細い指が顔へ触れて、淡い翡翠の光が優しく灯る。

 暖かい光が強くなるほどに、カズキの中で騒ぎ立てる声は鎮静化されていく。

 

「ぁ、ち……げ、さん」

「眠りなさい……亡霊の声に耳を傾けちゃダメ……っ!」

 

 意識が遠のいてゆく。世界が暗闇へ沈んでいく感覚に身を委ねても、恐怖は不思議と何処にもない。

 

「よく戦ったわね。今は休んで、おやすみなさい……」

 

 何故かなんて意味の無い話。

 信頼できる人の近くで眠る事に、恐れる必要などありはしない。意外なことに自分は彼女へそこまで心開いていたこと、驚きはすれど戸惑いは生まれない。

 そうしてカズキは言われるがままに、眠りへと吸い込まれていく。

 

 

「…………さて」

 

 彼が眠りについたことを確認すれば、緩やかにクロッシングは途絶する。それが契機として彼の力が治まるのを最後に、神樹が敵と定めるモノはようやく姿を消した。

 これで樹海化は解かれて、再び平和な箱庭が姿を現すだろう。

 

「このまま置いておく訳には……ダメね」

 

 彼等にとっては望ましくないほうの力が完全に目覚めた今、下手に意識の無いカズキを渡すわけにはいかない。せめて自意識を保っていなければ、自衛本能も働くことなく人形として使い潰されてしまう。それを二重の意味で嫌がる私達からすれば、今日の所はこのまま連れて帰るのが賢明だろう。少なくとも私の元に居れば彼自身の選択に委ねることは出来る。それもまた、私の役割。

 彼女らへ私の存在の説明を避けたいというのも、大いにある。タイミングとしてはまだ早い。顔を見られたかもしれないが、敵に同化されかけて惚けていたのだから記憶も曖昧だろう。だから問題無し、だと思いたい。

 

「――軍……今は大赦か」

 

 彼等からすればこうして樹海へと出張るのは好ましい行動なのだろう。戦力自体がカツカツな今、私という戦力は是が非でも欲しがっているであろうことは状況から見て取れる。樹海化するたびに私までその波の中に入れられているのはそういう理由だろう。

 出来ることなら私だって共に戦いたい。彼や彼女らに任せるだけの日々は酷く苦痛で、犠牲になっていく姿を指を咥えて見ていくことしかできない。力になれるだけの力はあるのに戦うことは許されない縛めが、積み重なった孤独を刺激して、形成された罪悪感は胸を張り裂かんと暴れているのだ。

 本当なら微々たる量、微々たる回数でもこの力を使うのは良いことではない。来るべき時を思えばまだ私が戦うのには早すぎるのだから。

 本当は、こうやって介入するのは良くないことだったけれど、感情に任せて彼を癒したのはあまり良くないことだったけれど。

 

「……これでは怒られてしまうわね」

 

 それでも、私はここにいる。

 歴史から『いないもの』として扱われて、過去に迫害の限りを受けさせられて、それでも私がここにいる理由。

 

「――希望の日は近い。そうよね、■■さん」

 

 その日に向けて、ひとまずは彼を家で休ませよう。

 まだ彼には、戦ってもらう必要があるのだから。

 

「…………彼等と、何が違うのかしら」

 

 そんな自嘲を聞く者は誰もいない。

 そんな嫌悪を共有できる者も、今は誰もいない。

 誰もいないからこそ、その呟きを誰も聞いていないのは幸いだった。




かのじょはいったいどこのCシャドウなんだ……

スフィンクスの群れ程度は瞬殺しとかないとね
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