郡カズキは英雄である   作:真の柿の種(偽)

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「お前もそうなるんだぁーーーッッ!!」
 ――――ズドドドドッッッ!!!!
あの全てを出し尽くすような叫びはゾクゾクした。精神的にも戦力的にも半端じゃなく強くなったなぁ……実年齢は年少もいいところなのに……


何処に行けば

『――――寝起きでこれは重たいと思うけど、食べられるのか……?』

 

 香辛料の香りが嗅覚に突き刺さって、一瞬で私の目を覚まさせる。これならばっちり問題無しだ。あまりに良い匂いに、お腹も元気に目を覚ました。

 

『えへへ~、ずんくんのは美味しいからだいじょうぶだよ~』

『……そうか』

『いやー、お腹ペコペコだったんだっ! 助かった~!』

『……私の分まで、本当にいいんですか?』

『作る時は毎回大量に作らされて余るから、消費を手伝ってくれるのは助かる』

 

 それはまだ私達が出会って間もない頃。

 元々の顔見知りだった私や、すぐに仲良くなったみのさん。そんな二人とは裏腹に、真面目でお堅いわっしーがまだまだ打ち解ける前の頃。

 これが切っ掛けで、ガチガチに警戒していた態度も徐々に軟化して行ったんだったっけ。

 

『    』

『ああ、  ―― だ  ――――』

 

 そんな思い出を、虫が食べたような穴が開く。白くぼやけた穴が、浸っていた感傷を引き上げている。

 平和だと信じれていた頃の夢が、遠く、輪郭は更に遠く。

 霞に消えて遠ざかっていく。

 

『――   ――     な』

 

 咄嗟に伸ばした手は遠く、届くことなんて無いのだと分かっているのに。

 

「――ぁ、ふぁ〜…………ふぇ?」

「起きたな?」

 

 ――――そうして私は、日常にて目を覚ます。

 

「ミノさん、きてたんだ〜」

「ああ、おはようさん」

 

 人の気配に目を覚ました。けれど気にはならない。有り余る暇を潰すために眠り尽くして、飽きすら来ている節はある。誰かと話すことが出来る喜びに比べてしまえばどうでもいい。

 

「どうだったかな」

「予想通り、成長してたよ……これまた予想通り、このままじゃ足りなさそうだったけれど」

「……」

 

 皮肉な話だ。

 平和を望むほどに戦いを強いられて、敵なんていない世界を望んで戦えばより強い力を手にして。それでも歯を食い縛って敵を倒すたびに、また平和とは程遠い力が備わっていく。もう充分なほどに強くなったかと思えば、敵はそれを軽く超えるくらい強大で、それらを超える為により強い力へと手を伸ばす。強い力を手にするためにはどうしても外敵が必要で、平和な世界を望むことは糧となる敵を望むことと何ら変わらない。

 昔からの堂々巡り。歴史を俯瞰すれば嫌気がさしてくるけれども、私達を含めた当事者たちにとっては他人事ではない。現在を生きて未来に繋ぐべく、今日もまた力を求める。

 そんな皮肉な世界に生まれたことが、幸か不幸かは判断に難しい。人生の答えをすぐさま捻りだせるほど私達は聡明ではない。聡明ではないから、愚直にも戦い続けてきたのだ。

 

「園子が言ってた……てか見た? くらいまでではなかったから、まだまだ……大きくなってもらわないとな」

「……だよね~」

 

 殆どわかり切っていた予想の再確認に、微々たる頷きを返す。

 寝ているだけなのは、退屈が立て続けにやってきてたまったものじゃない。かといって腕はおろか指も動かないのなら、退屈を消化できずに積み重なっていくだけ。寝ることが好きだったのは幸いだ。身体を動かさないと居ても立っても居られない、なんて性格じゃなくて安堵したことも何度もあった。

 それすら自らを誤魔化す言い訳であることも、知っていたり。

 

「ありがとうね。私じゃ見に行けないからさ~」

「こんくらいどってことないさ。いつでも言ってくれ」

「……彼は、どうかな」

「先輩が言うには『相変わらず自分のルーツを知りたがっているわ』、だってさ」

 

 似ているのかどうか怪しい声真似に、くつくつと笑顔が漏れ出す。部屋に閉塞感のある陰気も、薄らと和らいだ気がする。

 ――彼が己自身を知りたがるのは、大局を思えば悪いことではない。事実に耐え切れるか否かはともかく、希望のある未来へ辿り着くためにはどうしても避けては通れない一つの分岐点だ。

 大赦に隠れた『島』の者達でなく、『軍』の意志でもなければ『社』に託すのも違う。最悪だろうが最善だろうが、その選択を他ならぬ彼に私は託したい。そのためにも――――さて、明かすタイミングはどうしたものか。

 

「ちーちゃんはどうする気なのかな」

「その辺もあの人に任せてるんだろ?」

「うん……でも、ちーちゃんにばかり辛いこと任せるのは、嫌だから……」

 

 もう充分に苦しい思いはしてきた彼女だけに、任せっきりなのは心苦しい。その重荷を背負えるなどと軽く口には出来ないが、せめて苦辛を少しだけでも受け持つことくらいは出来る、と思いたい。

 何よりも彼女が果たすべき一番の大きな役割は、他にあるのだから。

 

「そういえば昨日、大赦の人から聞いたんだけどさ」

「?」

「楽園に行ってたんだと」

「…………通ってたのは知ってるよ」

 

 外の様子を見に行けない私に代わって、状況を伝えてくれているミノさんが教えてくれていることだ。

 過去の自分を求めて入り浸り、けれど一向に光明は見えずに茫然と通っていると。それをミノさんは「迷子みたい」だと言っていた。私達の恩師は「無気力のよう」とも言っていた。

 満足のいく答えは見つかっていない。だって、そこには彼の求める真実は()()。絶対にそこで彼の――『カズキ』の過去なんて見つかる訳が無い。それでも。

 それでも、尚。見つからなくても、探すことが苦痛になりつつも、求めた過去がどんなものかも知らずに、まだ見ぬが故に希望だけを膨らませて求め続けている。

 そんな彼へ憐憫が少しでもないかと言われれば、当然ながら存在する。

 そこに負い目も、確かに存在している。

 

「カレー、作ってたってさ」

「……そっかぁ~」

 

 今では感じ取れない香辛料の香り。調理の段階でコトコトと、音が心地よく搔き立てられる。丁寧に煮込まれた具材の歯応え。湯気を立たせてそそられる見た目。飛び上がるくらいに美味しかったのは、きっと作ってくれた人が大好きだったからで――――ふと、もう二度と叶わない日常へ、届かない思いを馳せた。

 過ぎ去った日々に後悔は無い。あの日選択したことを、『やっぱりするべきではなかった』と嘆くことはありえない。迷いはすれども進んだ果てに、あの日に垣間見えた未来が待ち侘びているのだから。

 託された未来があって、自ら選び取った路がある。受け取ったものを無駄にはしない。前任の犠牲を無駄にすることだけは、どうしてもできない。するつもりもない。前の人達が勝ち取った平和を維持し続けて、その先に見えた兆し。数多の命を糧にして戦い続けた軌跡を無為な物に変えるのは、受け継いだ者の一人として許されることではない。

 でもやはり、自分はまだまだ子供なのだと思い知らされる。

 

「また食べたいなぁ~」

「……」

「ね、みのさん」

「……ああ、そうだよな」

 

 失われたものは戻らない。時を戻せないのなら、糧にして進む。

 それだけをひたむきに行えるほどに、私は勇者にも戦士にもなり切れてはいない。

 見せかけの平和が広がる箱庭の内に、監獄のように狭くて暗い箱庭。それだけが今の私の全て。だけどこの世界にはいつになっても居づらさを感じている。憩いの瞬間はいつになっても訪れない。

 ――――本当は、利用されるのを待つ日々には飽いた。彼女に記憶が無かったとしても、以前の彼とは違うとしても、四人で日常を過ごせたのなら、どんなに幸せだっただろう。

 

「――――でも、やることはやらないとね~」

 

 そんな思いは封殺する。永遠にその機会を喪われたのなら、ただの思い出として浸るだけでいい。それ以上は、望むだけ無駄なのだから。

 でもやっぱり、欲しくなる自分はいる。

 ふとした瞬間に在りし日を望むくらい、私は未だに子供だ。

 

 

「ちょっと」

「……」

 

 次の時間は体育だ。体を動かすのは相当に得意な自信があるが、別段大の運動好きな訳でも無い。勇者部活動の一環で色んな運動部の助っ人へ参じたりもするが、その度に転部を勧めてくれるのには言葉にしがたい申し訳なさが生まれていた。

 とはいえ今日は別。

 朝から――昨夜から続く陰鬱は、せめて体を思い切り動かしていれば晴れると思いたい。

 

「ねえ……郡カズキ?」

「……」

 

 夜もあまり眠れず考え尽くしたが、勝手なことをしてやはり怒っているのだろうか。それともそれ以上なのだろうか。

 彼女の入れ込みようは尋常ではない。経年劣化による消耗を除けば、あの店の存在はそこを切り取っても在りし日のままだ。椅子も机も、シンクも立て掛けられた道具の数々も、義務感だけでは説明が出来ないくらい完璧に保たれている。傍から見ても瞭然な熱の入れようで、本人からすればきっとそれ以上。

 

「……追い出されてないだけ、まだマシか」

「郡カズキっ」

「…………」

「聞いてんのっ、郡カズキ!!」

「っ!? ……三好?」

 

 気が付けば教室には三好を含めてカズキだけ。物思いにかまけすぎて、途中の授業は殆ど素通りしてしまっていた。この分では誰かから話しかけられても無視してしまっていたかもしれない。

 

「どうしたんだ」

「……のことなんだけど」

「?」

「その……あ、ありがとう」

「えっと……ゴメン、何が?」

 

 素っ頓狂な顔で聞き返せば、言い辛そうにボソボソと呟いていた三好が、もっと小さくなりながら呟き始める。

 

「だから……昨日の事……っ」

「? ……もしかして、カレー……か?」

「それ以外になにがあんのよ!」

 

 それは確かにそう。

 出会って間もない三好との会話内容なんて限られていて、昨日のような出来事があれば格好の話題に他ならない。

 驚いたのは、今まさに苦悩していたのがその件だったこと。

 

「味は、どうだった」

「……ま、悪くなかったんじゃない?」

「――――……そうか」

 

 そう言ってくれたのなら作った甲斐も少しは生まれて、曇った心も多少は晴れる。

 

「……頼みがあるんだ」

「なによ」

「昨日の事、誰にも言わないで欲しい」

「は? …………分かったわ」

 

 一瞬胡乱な視線を向けて、すぐさま深い承諾の意を示してくれた。そんな彼女がありがたくはあるが、同時に戸惑いもある。

 不可解なことを頼んだ自覚はある。事情も知らない者からすれば、ささやかな好奇くらいは向くとは思ったが、そんな素振りも見せることなく溜め息と共に了承の言葉が吐き出された。

 

「何も、聞かないんだな」

「私だって気遣いは――――とにかくっ! ……勇者部に知られないようにすればいいのね」

「……すごいな、言ってないのになんで分かったんだ」

 

 もう少し限定的な存在に知られたくない、が正確なところだが。

 自分はそんなにも分かりやすいだろうか。もしくは彼女がその辺の機微に敏感なのかもしれないが、性格が大雑把そうなのは見せかけで実は繊細だったりするのだろうか。

 

「なんとなくよ」

「なんとなく、か……三好って、思ったとおり優しいんだな」

「んなっ!?」

 

 小さく、ほんの少しではあるが、心が上向きになってきた気がする。

 開口一番に怪物と言われた際は、彼女と上辺だけでも仲良くなるのは難しいと思っていたが、存外接しやすい子なのかもしれない。

 

「次の授業って……男子は校庭、か?」

「……もしかして私が居なかったら結果的にサボってた?」

「多分」

「ふんっ、感謝しなさいよね」

「ありがとう三好」

 

 声を掛けてくれたことだけでなく、彼女にとっては意味不明であろう頼みを聞いてくれること。

 

「本当に、ありがとう」

「……もういいから、早く行きなさいよ」

「ああ、三好も…………プールの場所、分かるか?」

「分かるわよ!!」

 

 

 勇者システムにおける、最大の決戦機能。

 五つあるゲージを戦闘時の経験として蓄え、開放することで手にする勇者の切り札。

 それを満開と、そう呼ばれているらしい――――らしいのだが。

 

「カズキ君?」

「満開…………やっぱり無い」

 

 けれど不思議なことに、アプリケーションをどれだけ弄ろうとも、そんな説明テキストはおろか、そもそものチュートリアル的文章も無い。他のみんなは懇切丁寧な取扱説明付きなのに、この差は一体何なのだ。

 

「東郷、確認してくれないか? 俺が機械に疎いだけなのかも」

「ええ、借りますね」

 

 スクロールせどフリックせども、赤い海のような背景に出てくるのは見事なまでにCROSSINGのアイコンのみ。遊びも何も存在しない無機質な仕様となっている。

 ザインかニヒトか、振るう力を分類する表記さえも、このアイコンに触れなければ出てこない。そんな戦時下の有事でなければ現れない情報も、しかしながら量が少なすぎる。『ザルヴァートル』『ザイン』『ニヒト』の文字列、それと樹海内のマップだけ。

 

「このアイコンは……」

「……今()()するのは嫌だぞ」

「そうよね。……駄目、何も無いわ」

 

 武装の使い方や力の使い方は、使いたいと願えば不思議と脳裏に湧き上がるからか、使用法の『し』の字も見せてはくれない。これも少し考えれば首を傾げる点ではある。説明も無しにいきなり戦場へ放り投げられれば、即座にその場で臨終することなど予想に易い。実際初戦時はそんな状況へ投げ込まれて、けれどあまりに自然に扱えていたから疑問にも感じれなかった。

 戦うために、その他の余分は不要なのだと――――それ以外を徹底して排した、そんな印象。

 

「みんなと違って、NARUKOとも完全に別の扱いだ」

「あらホント」

「なによそれ」

「えっ」

 

 手からずり落ちそうになるスマホ。

 有耶無耶になっていたことをいざ聞けば、当てをどこまでも外される反応が返ってくる。先輩と三好の二人が知らないのなら、誰も知る訳が無いのだから。

 

「ほ、本当だ……わ私達のと全然違いますね」

「俺が大赦に嫌われてるから?」

「さあ? アンタのは他と別って聞いていたけど……」

「……どう別なのかは聞かされてない?」

 

 確かにみんなと違い、カズキには精霊が付いていなかったり、自動で身を護るためのバリアも存在しない。そして力の質も、みんな時とは根本からして違う、ような気もする。感覚的なものだからうまく言語化できないが、神樹から齎された勇者とはまた異質で、だからこその『島の怪物』なのだろうか。

 なんにせよ少量の安堵を覚える。憎しみと虚無の怨念――ニヒトの力に類される代物が、彼女らのシステムからは感じられないなら、()()なることは無い。

 なら、今のところはそれでいい。

 

「……とにかく、夏凜がレベル1なのも分かったし」

「だからっ! 基礎戦闘力が違うってば!!」

「勇者部の活動を始めましょう! カズキ頼んだ!」

「はい。……悪いみんな、端に寄ってくれると助かる」

 

 言われて机を運び、ちょっとした会議の場を作り始める。

 これを行うのはカズキの仕事。身体が人よりも丈夫で、他より力もある自分が率先して行っていて、他のみんなが手伝う前にやっていれば、いつの間にか定着していた役割。

 そうしていつもの通りに机を持ち上げれば、手のひらに喰い込む重量が普段よりも――――。

 

「……? …………あれ……?」

「郡くん、どうかしたの?」

「……いや、別に」

 

 ニヒト――にかき混ぜられて、疲れが抜け切れていないのは確かだ。それに加えて昨夜に負った、精神的なダメージを引き摺っている。

 外内からダメージを負えば不調にもなる。事実、戦いの後の数日間は、倦怠感が抜けきらない日々を過ごした。

 ただ今日はそれに輪が掛かっている。

 

「……郡くん……?」

「――いや、なんでもないよ」

 

 何度も運んだ覚えのある机が、今回は妙に重たく感じた気がした。

 

 

 お遊戯会をサボタージュしたかと思えば、時間を間違えただけ。それも遅れて行くに行けなくなったなどと、どことなく笑える話だ。

 来るのを嫌がった等ではなく、何かしらの事情があったのだといの一番に考えた勇者部は、やはり善良である。

 

「しっかし……夏凜の住所なんてよく知ってたわね」

「まあ、昨日家まで送ってたので」

「!? なになに~? いつの間にそんな仲良くなっちゃったのよ~?」

「ちょっと! 妙な事言わないでよっ!!」

「たまたまです……邪推はやめてやってください」

 

 カズキではなく、三好が可哀想だ。

 

「なーんだ……我が黒一点なカズキ部員にも春が来たのかと思ったのに」

「……カズキ君、そうなの?」

「違う」

「夏凜ちゃん、そうなの?」

「違うわよ!!」

 

 共に否定の意を示せば、わちゃわちゃと混ぜっ返されていく本日の主役。

 テレビの下には開封済みの折り紙と、拙い出来の折り鶴が一羽と折り兜が一つ。周りにはクシャクシャの色紙が散らばっていて、練習した跡を感じ取らせる。

 練習した成果をお披露目させてあげられなかったのは心苦しいが、練習してくれていたのは勇者部としても嬉しいことこの上ない。

 

「あれ……これって」

「へ? ……あっ! 折り紙!」

「あっ! み、見るな!」

「あら? あらあらあらら~? か・り・ん・ちゃ~ん?」

「その顔やめろぉっっ!!」

 

 それを皮切りに、弄られ始める三好を遠目に眺める。

 誕生日は、きっと記念すべき日。この世に生を受けた人を祝福する、輝かしい記念日なのだ。

 

「……結城、その次の週はうどんの日だったんじゃないのか」

「あ、そうだった! ここも、ここも……」

「勝手に予定を書き込まないでちょうだい!!」

 

 赤丸が次々と付け加えられていく三好のカレンダー。ギャースカ叫びながらも、心なしか嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか。

 

「忙しくなりそうだな」

「ど、どんどん巻き込まれていく……っ!」

「良いじゃん……暇だったんでしょ……?」

「暇じゃないわよ!!」

 

 ともあれ、三好は徐々に勇者部の日常へと組み込まれていくのだろう。

 騒がしくも柔らかい雰囲気に絆されるのも、時間の問題だろう。それだけの善良さが、彼女らには存在しているのだから。

 

「……三好」

「アンタまで何よ」

「楽しいか?」

「……知らないわよっ!!」

「あー! 夏凜ちゃんが照れてる~!!」

「照れてないっ!!」

 

 勇者部は、きっと夏凜の居場所になるのだろう。それを眺めているのは、中々に悪くない気分。

 この小さくて深い幸せを、守り抜くために戦うこと。

 それがカイトの戦う理由だから。

 

 

「後片づけ、手伝おうか?」

「いいから早く帰りなさいよ!」

「ほらカズキ~、こんな暗いのにか弱い女子だけで帰らすつもり~?」

「……またな、三好」

「はいはい」

 

 せめてと散らかったゴミの一部を預かって、マンションのごみ捨て場に放り込んでおく。

 

「それじゃあまた明日! 風先輩! 樹ちゃん! 郡くん!」

「おやすみなさい、三人とも」

「お疲れさまでしたっ!」

「気を付けて帰りなさいよ~」

 

 車で帰る二人を見送れば、後は犬吠埼姉妹を送り届けるだけ、なのだが。

 

「……」

「……」

「……」

 

 会話が死んでいる。発展が見えず、会話が途絶える以前に始まりもしていない。

 姉の方はともかく、前々から妹の方とは距離を置かれていた。自分から遠ざかるまでも無く、あちらから距離を離してくれるのは気が楽なくらいだった。

 今では――――バーテックスとの戦いが始まってからは、距離を離すどころか怯えてさえもいる。

 

「……」

「……ぁぅぅ……」

「…………かったい! 空気が硬すぎて蕁麻疹出てくるわよっ!」

「……すみません、俺のせいで」

 

 せめて空気のようにでも扱ってくれればマシなのだが、如何せん善人である犬吠埼にはそれが出来ない。なまじ優しいからこそ、自らの首を絞める結果になってしまっているのだ。

 

「アンタも根暗すぎんのよ! ……まったく、樹もそろそろ慣れなさいよね」

「ごっ、ごめんんなさい……っ! そのっ」

「いや、いいよ。そりゃ怖いよな」

「そんなっ……ことは……」

 

 言い淀みつつ、否定しきれていないのは、きっとそういうこと。

 

「ごめん犬吠埼。せめて戦いが終わるまでは……辛抱してくれたら嬉しい」

「……それって」

「何、言ってんのよアンタ」

 

 不思議なことなど一つも無い。

 勇者部が集められたのは戦いの為。それでもそこで培われた絆は確かなものだ。彼女らの間に繋がる絆は固く、間違えようも無くこれからも続いていく。

 けどやはり、そこにカズキの居場所は存在しない。

 過ごせる居場所を持たず、帰るべき場所が見つからないカズキでは、勇者部という場所は不相応なのだ。

 

「戦いが終われば、俺と関わる理由は……無いでしょう?」

「……カズキ」

「だから、それまでの辛抱だから……本当に、ごめんな犬吠埼」

 

 彼女らの日常は続かせるため、守るために彼女らは戦う。戦って、その先を求める。

 けれどカズキには、戦った後の先が無い。

 続かせたい自分の日常は無い。守りたい自分の日常はどこにもない。

 どこにいるかも定かじゃないカズキでは、それを見つけるまで彼女らと相容れることは出来ない。

 

「戦うことが、多分、俺が一番やるべきことだから」

 

 記憶の道導は未だ見つからず、郡カズキはまだどこにもいない。

 

 

 玄関から扉を開く音がする。顔を見ずとも気配が近づいてきていたことは分かっていたが、やはり出迎えるなら直接顔を合わせて、それでいてしっかりと言葉で話すのが良い。

 年季の入った趣のある襖を開いて、愁いの帯びたその表情を出迎える。

 

『おかえりなさい』

『……戻りました』

 

 心なしか恐れているような雰囲気を感じるが、不思議に思いながら話でも聞いてあげようかとお茶の支度をする。

 茶の間で正座した彼は、まるで怒られることを待つ子供のようだった。

 

『外で作ってきてくれたって話だったけれど、何を作ったの?』

『その……()()、です』

 

 差し出されたタッパーからは、香辛料の香りが鼻をくすぐる。色とりどりの野菜がふんだんに振るわれた()()は、とても見覚えがあり、その食欲誘う香りにも、古い記憶に焼き付いている。

 カレーなんて、どこでも食べられるありふれた料理。家庭で作られる品の中では、比較的ポピュラーな代物だ。

 でも、彼が――――マカベカズキと同じ顔をした彼が、それを作ること。

 それは私の想像よりも、大きな意味を持っていた。

 

『……』

『それで、その……これは……楽園で、作って……』

『楽園…………で?』

 

 唖然としていた自覚がある。きっと、それが間違いだった。

 彼の行動が大きな意味を持っていて、それが顕著に顔へ出た。

 それを彼がどう受け取るのか、分からない訳ではなかっただろうに。

 

『ぁ――――ごめん、なさい』

『……カズ、キ?』

『勝手にこんな……やっぱり、駄目だった……!』

『待って……』

 

 違うのだと、貴方のそれは杞憂なのだと言ってあげられたのならそれでよかった。

 たった一言でも言ってあげられたのなら、彼を追い詰めることなどなかった。

 

『ごめんなさい……っ、これもっ! 捨てますから……っ!』

 

 止める間もなく、彼の手にあるものはゴミ箱へ投げ込まれる。

 その光景が、強く目に刻み込まれて、咄嗟に反応できなかった。

 

『待ちなさいカズキ……!』

『勝手なことして本当にごめんなさい、ごめん、なさいっ……』

 

 泣きそうな顔で怯えて怯えきって、自分の行いが絶対的な悪なのだと勘違いしている。

 自由に使ってよかったのだ。あの店は、彼のために存在しているのだから、むしろ喜ばしくもあった。自欲の薄かった彼が自ら行動を起こしたのだから、喜びこそすれど、何を怒ることがあろうか。諫めることも咎めることもあり得ない。

 どうして私はこの時、是が非でもその手を取ってあげられなかったのだろうか。

 

『ごめんなさい……もう、二度と使いませんから、本当に……ごめんなさい』

『違っ』

 

 謝ってほしくなんかなかったのに。

 泣きそうな顔で、醜く笑おうとする顔があまりに痛々しくて、投げかけ掛けた言葉はどこかへ消える。

 寝所へ向かう背中へ、とうとう私は何も言えずにいた。

 

『違うのよ……カズキ……っ』

 

 棄てられたソレを手に持てば、自分のしでかしてしまったことの大きさを知る。

 そういえば――――いってきますともただいまとも、彼の口からはまだ一言も聞いたことが無い。

 此処は彼の帰る場所ではないことを、私は失意の底で思い出した。

 彼の帰る場所ではいれていないことを、私はどこまでも思い知らされた。




ちゃんと主人公してたのは最高でしたが、一騎が完全に前作主人公でしかなかったのには一瞥の寂しさを感じました。そんなノスタルジックも含めて神作品だったと、迷いなく言い切れる。

願わくばもっと活躍の場をな? 強化したなら濃厚かつ大量の無双シーンがな?
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