郡カズキは英雄である   作:真の柿の種(偽)

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もそもそとな


未 おしまい 来

 希望こそが犠牲へもっとも能動的に近づいてしまう、絶滅への足踏み。だったら最初から希望なんて抱かなければ、世界から深い絶望を受け取る未来も存在しないしていなかった。

 絶望とは、いつまでも続く現象ではない。必ずどこかで一度は終わりを告げて、すかさず未知の希望は芽吹いて始まりを告げる。

 逆もまた、然りだ。

 運命に抗うことによって見出される希望は、抗う者たちを犠牲へと駆り立てる。一人二人と増えた犠牲は膨れ上がっていき、やがて消えた者たちは列を成す。

 それを見て立ち上がる希望もあり、その果てに行き着くのが絶望の末路。

 ずっと繰り返されて来た。彼や彼女らが生まれる前から、ずっと、ずっと、ずっとずっと。何十、何百とずっと誰かがいなくなって、何十、何百とずっと誰かが希望を絶やすことなく継続させていく。

 勇者と戦士、そして英雄。力を持つ者が消えては立ち上がってを繰り返して、飽きる暇が生まれないくらいに連鎖は続いてきた。その度に命は消えて、戦いの負債が後ろへ続くほどに消耗させられていく。

 喪われた命が多いほどに、引き返す道は屍で塞がれていく。先の世代は進むほど、死と恐怖が待ち受ける暗夜行路を征く以外の選択肢は潰えては消えていく。箱庭から逃げだす選択肢など、世界の真実を知った頃には手遅れになっているのだから。

 唯一戦える者達へ知らせないままに、戦火へ身を投じる不安と焦燥を押し付けて、人類の時間は続いている。知らぬ間に託されて、先の見えない終着点を目指して、自分達の平和を守ろうと必死に命を使う若者達が繋いでいる。

 犠牲の上に成り立つ箱庭。内で蔓延するのは間に合わせの停滞か、掴み取った平和か。今もこうして血を流す少年。押し殺した恐怖と対峙している少女達。澄んだ無垢な瞳で、自分達の過ごす世界を疑わない純粋な華。彼女らが世界の澱んだ裏側を見つけた時、その心はどう曇る。

 どちらにせよこの戦いが、一つの罅を入れる契機となったのは間違いない。

 

 

 紅の光が左手中で膨らみ、臨界状態を留めて狙いを見定める。

 並列処理を成す思考が、この攻撃は凡百を消し飛ばす露払いの武装だと――――まるで知っていたような結論が出る。

 

「っ、らぁっっ!!!!」

 

 幾重にも分かたれ、逃げようとも躱そうとも、狙いを定めた標的の悉くを穿ち葬っていく、薄紅の光帯。三十はコアを的確に砕き、二十は躱しつつも再び翻った光に貫かれ、四十の小型が呑まれて消えた。

 薄々感づいてはいたが、こと殲滅力に限れば、ザインよりもニヒトの方が使い勝手が良い。きっと力のコンセプトが違うのだろう。

『より多くの敵を倒す』、それがニヒトのコンセプトなのだとしよう。ならザインは何のための力なのだろうか。戦うための力でも、殲滅を成すためのニヒトとは相反したザインは、果たして何を成すための力なのか。

 

 ――――痛みを調和する存在の力……キミなら、きっと正しく扱えるよ~

 

 疑問をよそに置きながら、小魚の群をど真ん中から突き進む。

 小型のワームを生み出す爆撃の群れも、この体にはとんと効果は無い。揺らす衝撃が多々在れど、叫んで微かな怖れを消し飛ばせばなんてことはない。

 湾曲球体の波を超えて眼前に現れるのは、樹海によって変質した大地

 衝突まで一秒と経たない瞬間でも、躊躇うことなく、減速はしない。

 突貫は続く。

 

「姿は見えなくても――――」

 

 地中を穿とうが尚加速して、空気以上の摩擦係数を意味のない物理法則へと貶めて。

 目の前へ突き立てた槍が向かう先は、隠れ潜んでいた獲物。

 

「――存在は感じてる!!!」

 

 ピスケス・バーテックス=フェストム。開戦から間もなくその存在を散らす、最初の獲物。

 はらわたへ突き立てられんとした牙は予想と外れて、防壁を突き抜け、すんなりと思いもがけず肉へ到達する。

 

「っ?! っっ喰らええぇぇぇっっ!!!」

『――――!?』

 

 呆気なさによる戸惑いを捻じ伏せ、怒号と共に解き放たれた白の奔流。

 虎視眈々と不意を狙っていた伏兵は、真正面から不意を打たれて戦場から消えていった。

 

「……一匹!」

『はっ、早っ、もう終わったの!?』

「いいや、まだだ……!!」

 

 盤面にはまだ、とりあえずで叩くべき敵がいる。

 黄金色は例外なく敵で在れども、尽きることのない群を軍として産み出し続ける厄介な塊。

 いつぞやのアルテノヘルス型とも似た力を持つ敵。それだけでも潰しておけば後々楽になると、そんな結論が戦術予測として導き出された。

 再び、魚軍の群れへと飛び立ち突っ込む。

 

「おっ、、オオオオオォォッッッ!!!!」

 

 さぶいぼが掻き立つような、生理的に怖気を感じる集団の波を強引に抜けて、その先に居たのは群れを生み出していた本丸。

 魚のようなフォルムでギョロつく、薄気味悪い瞳。届いたと確信する前に、手首は翻り刃先が突き立つ。

 黄金色をしたシリコンの感触が、白槍を通して結晶まみれの手に伝わってきた。

 すかさず肉を引き千切る音。機械に内蔵されたカラクリが唸る音。そして、用途外の過剰火力に槍が軋む音。三様の不協和音が不快度指数を底上げしても、それは殲滅の準備が整った証。

 

『――――っ』

「消えろッ!!」

 

 プレアデス型消滅。

 断末魔も無く、コアはエネルギー奔流に食われて消えた、だけには留めない。

 虚空を穿つ奔流を維持し、直線上の黄金を無へと片端に帰していき、大きく、巨大な力を持った剣とする。直接触れずとも、掠めただけで消滅の証であるが、暗黒色で以て白光の剣を彩る。

 その美しき剣は、思いのままに振るうのが正しい使い方。

 

「お前らもっ」

 

 目の前に散見する群れ。スフィンクス各種型十数体、シーモータル型三十と数体へ向けて。

 剣を、薙ぐ。

 

「消えろッッッ!!」

 

 一斉に巻き起こるワームスフィアが、有限を実行させた証。

 数百あった群れは未だ圧を減らさず、されど敵の前線には一時の空白が生まれた。ここが好機だ。

 露払いの一番槍をちょっと強引にもぎ取ったのだ、皆が戦いやすい状況を整えるのがカズキの仕事。最前線を整理されて、多少は攻めやすくなった筈だ。

 

「……これで『こらーーーっ!!』…………えっと」

 

 遠回しなら眉をひそめる。直接的なら、ぶっちゃけうるさい。

 まるで耳元で叫ばれたような喧しさ。けれど相手は先輩な訳で、苦言をおいそれと物申す事もできない。

 とはいえ戦果は挙げた訳で、ムッとした声が出てしまうのもしょうがない。

 

『勝手に飛び込むなーーー!!』

「……勝手じゃないです、飛び込むって言いました」

『うんともすんとも言わせず突っ走るなっての!!』

 

 言い争うにはカズキの方が分は悪い。それにそのような時間も有り余っているわけではない。

 よし、流そう。

 

「……結城と先輩と三好は三人で、手前から来る大きいのを二体。東郷と犬吠埼は細かい敵から神樹の防衛、それと三人の援護を」

『絶対に反省してない……帰ったら説教よ! 覚悟しときなさい!』

 

 流す流す。生きて帰れれば御の字の総力戦なら、未来への展望はいくら語らせても悪いことにはならない。カズキが不本意に怒られるのもやむなし。

 

『郡くんは?』

「奥にいる大きい奴を相手する」

『……一人でやるの?』

「人数を考えたらそうなる」

 

 蔓を滑り落ちながら敵陣へ斬り込んでいき、目指すは陣の最深部にて悠々と在る存在。

 天輪と思しき巨大な車輪を背負って、人類の生存権を脅かす巨大な牙。

 口にするのは難しいが、アレは良くない。

 初めてザインの力を行使した日から強まる感覚。敵の気配がふんわりと分かる、語彙にし辛い超感覚。気配でなければ、声と、そう例えるのがしっくりとくる不思議な感覚。

 六感と言えるであろう感覚が、アレに対して漠然とした不安を抱いている。

 

『あんた孤立する気?』

「混戦になるならっ……っっ! ……遊撃役は必須だ」

『だからって一人じゃっ』

 

 群がるスフィンクスを引き裂いて、速度を落とさず進みを続ける。

 先輩の話を半分以下で聞き流し、もはや壁と見紛う黄金の集結地帯へ、脇目を捨て去り突っ込んだ。

 心配はありがたい、けれど優しさはこの身には無用の物だ。橙と薄水が混ざった一条の軌道は、触れようとする木端を咎めて無に帰していく。変質の回数を経る毎に強度は増して、資格なき存在は触れることすらたがわない存在規模へと成長しているのだ。使い熟すには未だに底が視えない力の総力だが、現時点でも充分と言えるだけの力は存分に振るえる。

 だからこそ、この身へ危害を加えられるような存在は真っ先に消さなくてはならない。

 それほどの脅威を、野放しにしては他へ被害は及ぶ。

 

「この数に防戦で応じてもジリ貧。だったら攻めの姿勢は崩しちゃダメだ」

 ――特に、オマエ。

 

 目指したのは、この領域において一番の巨大さを持った敵。

 

『……無茶は駄目よ?』

「分かってる」

 

 目的外の存在をかき消し進み、目的のその一体。獅子と表記されたその存在。

 レオ・バーテックス=フェストムへ向かって、左手を無造作に叩きつける――――!!

 

 

「でりゃあああっっ!!」

 

 高速回転するのなら堰き止めてしまえばいいのである。回る横合いから思いっきり全力で殴って止める。これだけで照準を惑わす要素は消える。

 発想を実現させれば、止まった標的を撃ち抜くなんてお茶の子さいさいな親友が遠方にいる。

 

「東郷さんっ!!」

『任せ――――て!!』

 

 桜の軌道を描く拳。蒼の軌道が吹き抜ける銃撃。挟撃の二色が翡翠色の四角推を撃ち砕き、その成果を親友と共に得られたことへの達成感がこみ上げてくる。しかし余韻に浸る時間などない。

 

「よし……!」

 

 美しい彩を散らして消えていく敵のコアを見送ることなく、二体目のバーテックスへと足を進めていく。

 負担にはなりたくない。戦力としては勇者部群を抜いての力があるが、全部を無責任に任せるなんて意志は誰一人も持ち合わせていない。

 敵が敷き詰められた空間のその奥で、余波の衝撃が此方にまで届くような衝撃。激的な鈍い音が鳴り響き、戦場の意識はその都度引っ張られていく。

 吹き荒れる拮抗。紫電は漏れ出し、外からは周囲の空間を軋ませて見える。

 

「郡くん……っ、?!」

 

 ――金色の無貌が、ぬるりと眼前に現れた。

 

「あわわわぁっ!?」

『はぁっ!?』

 

 つい反射で殴りつけてしまえば、手甲の形にボディは凹み、すんごい勢いで吹き飛んでいく敵。

 飛んで行った先は偶然にも夏凜がいたのだった。

 戸惑いながらも見事な剣捌きで、小さな翡翠の御霊ごと真っ二つ。

 

「ちょっと何すんのよ!!」

「ごめんっ! 許して夏凜ちゃーん!」

 

 言ってる間もなかった。

 十、二十と、上空で嘶く紫の波動。何度か見たワームスフィアによる湾曲の前兆。

 

「「――――っ!!」」

 

 見た瞬間、回避を優先した思考が根の大地を跳び出させる。

 勇者バリアは使わない、ではなく使えない。苦痛を防ぐのではなく、受ける筈だった苦痛を明け渡す代物なのだと知った時、控えるどころか金輪際使わないと誓った私達。何故そんな仕組みなのかと先輩へ問うたこともあったが、今問題となるのはそこではない。

 最前線のさらに深層で、力の限り全霊を尽くす彼の重荷にはなるものか。

 しかし今更回避に徹しようと、この数は避け切れない。一つや二つは見舞われてしまうだろう。

 

「夏凜ちゃん!!」

「わかってる!!」

 

 跳び出した勢いのまま、方針をすぐさま切り替える。

 喰らう前に討ち取ればいい――――!!

 

「牛っ、鬼ぃぃぃぃぃ!!」

「義輝!!」

 

 呼応した拳撃と剣撃が交差し、一振りするごとに敵は無へと消えていく。

 殴り飛ばし無へ帰り、巻き込まれて追加で虚無へと帰る。斬り飛ばした半身はそれぞれ無へ帰り、これまた周囲も巻き込み殲滅効率は上がる。隙間を差し込む援護射撃――紫陽花色の狙撃も、効率上昇への一助となっている。

 撃破数三十六と、それなりの数を減らしたはずなのに前を向けばそれ以上の数が嫌気を刺してくる。

 

「ありがとう東郷さ~ん!!」

 

 居る方向へと手を振れば、クロッシングで微笑まし気な感情が帰ってくる。

 

「この辺のは済んだわね……って気を抜かない!」

「うんっ!」

 

 そうして私達はまた走り出す。

 

「行こっ、夏凜ちゃん!」

「とっととこの辺の奴等程度、全滅させるわよ!!」

「おっけー!!」

 

 ――郡くんなら、これくらいの大軍モノともしないのだろうな。

 

「――……っ」

 

 大きな存在が手を焼くほどの大きな存在。

 少しの気抜きが命の天秤に直結する争い。両者にとっての微風が地表を捲り上げる、神話になぞらえることも容易い戦い。

 重荷になるなどあってはならない。背に背負う重さを――――幾分か背負わせた負い目――――軽くしてあげたい。

 

「よ~っし、頑張るぞー!!」

「次よ次ぃ! 何体でも来なさい!!」

『今度はアタシの女子力で……ッ゛!?』

 

 脳髄をつんざく異音。目の粗いやすりを耳の奥で擦り付けられている。

 大きすぎる鐘の音。内部を揺らし、嫌悪を催す振音。

 

「きもちの、悪い、音を……!!」

「ぁっぐ……ぅううっ、!!」

『――みんな!?』

 

 知れて、しまった。

 この嫌悪が伝わり、彼の焦りも感情として伝わってくる。

 

『すぐにこいつを消して――――ッ、ぐッっ、、おい、速く消えろよっ、お前!!!!!!!』

 

 クロッシングを介して、その咆哮の激情さを伝えてくる。それとほぼ同時に、大気を揺るがす余波が、異音よりも腹の底に響き渡る。

 苦戦している郡くんに、これ以上気を散らせるのは――――。

 それが期せずして、意志の統合を成す結果へと繋がる。

 

「っ、樹っ、止められるっ、、!?」

『止めっ、ます……! こんなっ、音でぇぇぇえ!!!!』

 

 控えめな性格を投げ捨てる迫咆。その意気に答えた精霊は力を授け、巨体を結び留める。

 黄緑の光糸が、耳障りの根元をピタリと止めた期を逃さず跳び出す人影。

 

『ナイス樹そっちは任せた!! ――こいつらは、アタシがぁぁ!!!!』

 

 天秤座と水瓶座を諸共斬り飛ばそうと、敵の身の丈を超える大剣を振るう風先輩。

 二体同時に――! とはいかず、水瓶の張った障壁に阻まれ、弾かれ飛ばされる。

 

「風、先輩……っ!」

『硬ったいわね……! カズキは、これを易々と……』

 

 認識を改め、剣を握る手はより強く。

 

『……――だったら犬神ィッ!!』

 

 体制を整えた風先輩は、持っている力を全て注ぎ込む。

 

『部長であるアタシがやって見せないとっ、示しがつかないでしょーが!!!!』

 

 天秤よりも前に出た水瓶の障壁を、バギリと鈍い音を響かせて食い破り、抵抗むなしく真っ二つに斬り落とされた。

 離された半身が灰燼と散っていく仲間へ意に介していない様子で、天秤は後方へと向かっていく。

 

『……何処へ?』

「っ! よしっ、治った!!」

「樹っ! そのまま逃がすんじゃないわよ!!」

「はっ、はい!!」

 

 とにかく目の前の敵から打倒していく。

 それがきっと、郡くんの負担を減らす結果にも繋がる。

 

 

「ッッ!!」

『――――』

 

 バヂリバヂリと、途切れない不協和音が戦場に奏でられていく。

 即興で生まれた結果は拮抗――紫電を向こう側へ潜り込ませようと目論んだところで、敵のシールドは僅かな侵入も阻む剛健なる城壁。せめぎ合う熾烈の波動を直に被せようとも、ニヒトの糧となる憎しみを激らせようと、此方側の暴力は弾かれ消えて、揺らぐことのない鉄の行き止まり。

 ついさっきの魚座は容易く仕留めたのに、同系列だと思い込んでいたコイツとの明らかな格差が、左手に伝わってくる。

 指先爪先も通してはくれない防壁に触れて、その堅剛さを、その脅威を嫌なくらい理解した。

 他ならまだ任せられる。けどコイツだけは、自分が止めないとダメなヤツ。

 

「やっぱりお前が、、大当たりかッッ!!」

『――――』

 

 力押しでは不足している訳がないのに、継続される衝突は大気を無駄に湧いて撓ませるだけで、一欠片の綻びも生み出せはしない。

 ひとえにカズキが力を引き出し切れていないから――それもある。未熟なカズキでは、前任者程に力を効率よく震えないのかもしれない。戦うたびに自覚させられて、そんなことは重々承知だけどもそれだけではない。

 単純明快、この個体は一際強い。

 敵を沢山殺す為に、強くあれかしと丹精込めての設計となっている。

 でなければ否定の暴威へ抗うだけに留まらず、押し返さんとする現状を何と説明できる。

 だからこそ――この個体は見逃せない。みんなに任せる選択肢は徹底してナシだ。

 一人で倒し切る決意を秘めて、刹那の間ひとりごちる。

『呑み込まれては駄目』と、千景からの優しい助言を敢えて忘れれば、思考は闇色の渦へと絡め取られてしまう。

 でも、問題は無い。

 

 倒――さなくちゃ――守らなきゃ――救え――消さなくちゃ――――果たせ――――――――ろ、せ――殺せ、殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺殺殺殺せせせせせせせ殺せ殺せ殺せせせ殺殺せせせせせせせせせせ――――その、かいぶつを、けしされ

 

 発散相手が目の前にいれば、他にぶつける心配は無いのだから。

 

「っっぁ゛っ――消えッッッろぉぉぉぉぉ!!!!!」

『――――!』

 

 過剰な敵意。有り余る憎しみ。膨れ上がる怒り。想像した未来への悲観。数千数百万から連なり結晶化した殺意。敵への憎しみ。怒れる憎しみ。慟哭の憎しみ。バーテックスも、フェストムも、四国も、神樹も、タイシャも、人も、ぜんぶがぜんぶを消し去りたいほど、万象への憎しみは止まらない。元の感情がどれだったのかを忘れるくらいミックスされて、衝動のままにぶち撒けられた、ドス黒い感情の色。

 紫の力を後押しするのに、何よりも打って付けな悪感情(ガソリン)

 乃木の少女に、自分は希望なのだと語り聞かされたのは大きな間違いだと、誰しもが即座に断言するような、悍ましく穢らわしい感情の津波。

 上等だ、使い尽くしてみせる。虚無の力に支配されるのでなく、支配しきってみせると、知らない自分が獰猛に笑った。

 

 バヂ――ヂヂヂヂヂヂヂヂッッッッッ――――!!!!!!!!

「うおおおおおおおォォォォォォォォ!!!!!」

 

 物理を歪まんとする力へと変換されていく感情の暴威を向けられて、眉を顰めるとまで感情的でなくとも、不可解だといったニュアンスの反応が壁の向こうから受け取れた。

 理解するような情緒など、在るかも不明だが。

 

『飛ばし過ぎよカズキ君!!』

『またぶっ倒れるわよ!? 落ち着きなさいカズキ!!』

「ダメ、だ――――!!」

 

 声は聞かない。耳を大人しく傾けていられるほどに甘い敵ではない。

 今すぐにでも、この個体は消し去らなくちゃならないのに――――!!

 

「ニヒトっ、だけじゃ! 突破、できないっっ、ならっっっ!!」

 

 右手で、ザインで。

 存在と虚無の力なら、ザインとニヒトなら、どんな困難障害も切り開けない道理など無に帰る。戦闘における解の一つ。極地で見出した結論の一つ。単にそうすれば敵を倒しやすいと、本能が掴み取り、理性が編み上げた予測。

 けれど二つを揃って極限値を以て行使しようとすれば、何とも不思議な感覚が胸にふと飛来する。

 

 ――――――やれるさ、俺とお前なら。

「――っっ? ァあああッッッ、らあああぁぁああああッッッ!!!!」

 

 二つ――――二人――――の力なら、どうしたことか、負ける気がこれっぽっちもしない。どこへだって、どこまでだって、この手は届く万能感。二つを共に振るえる高揚感。感情が右往左往と縦横無尽に暴れ回り、それを敢えて許容すれば充足が右手に収束する。

 叩き込まれるのを今かと待ちぼうけを食らっていた白槍を、斬り伏せるように振り抜き叩き落とす――――!!

 

「ぐっっっくううぅぅぅおおォォォォォォッ!!!!!!!」

 

 波長を合わせて全開を込める。後先など考えることなく、全てを振り絞る全力で。

 様子見なんて余裕は冗談でも得られない。背後では勇者部が総出で戦っている。

 たった一体の敵の足止めで手一杯など、英雄の力を宿すカズキには許されない。

 そうしてカズキが求めた揺らぎは、全霊を込めた故に発生する。

 波紋のように、防壁へと不恰好な紋様を作り出した。

 

「――! いまっ、!!!!」

 

 小さな綻びを見逃さず、弾かれるように距離を取れば、そのままの体制で生まれる黒白の煌めき。

 左右のタイミングは、重なる。

 間髪入れずに放たれた暗黒と白光の弾丸は、回避を許さず防衛を強制させた。

 

『――――!?』

 

 狙い通りに、小さく微かに揺らいでいた綻びは、大きく分かりやすい亀裂へと発展する。

 再び激突すれば、十中八九でブチ抜ける確信が有るほどに脆弱で、いくつのリスクを呑んだとしても、狙わない理由など無いほどに明け透けとされた腹の真中。

 弾丸が手を離れた瞬間、左手にも白槍と同じ槍を。されど外装は紫紺と色塗られ。

 ――一も二もなく、相反二色の流星は飛び付いた。

 

「貫――――――――けえぇぇぇぇッッッ!!!!!」

 

 突き立つ二色の刃は、説明を省ける速度で切っ先を差し入れてゆく。

 あと少し。あとほんの数センチ入り込めれば、存在と虚無の奔流を浴びせる――――前に。

 

 ――――ゴッッヅヅッッッッッ

「す゛っっがっぅぐっ?」

 

 横槍を入れる、常識を超越した重力感。

 重く苦い、苦渾の一撃。

 

『カズキ先輩っ!?』

 

 言葉にもならない苦悶。丈夫なのだからと過信した矢先のこの不意打ち。

 嘯いたこともなく、真実として変質したカズキの身体は常道の代物ではない。力を防御に使えば、耐えれない攻撃などまず早々には存在し得ない。

 そんな耐久を崩すには、さて、どうするのが最適なのかと。明快な答えはすぐに思い当たる。子供でも分かるシンプルな理論。

 単に想定を超えた一撃が、これ以上ないタイミングを見越して見舞ってきただけのこと。

 

『……っ、今の、モロに入ったわよ!??』

『郡くんっっ!!!!』

「――――ごっ゛ぼぉ、っ」

 

 半身を満遍なく叩いた鉄の手応え。意図しない方向とタイミングでの急激な加速は、外側だけでなく内側を揺さぶり尽くして、三半規管を乱れさせて嘔吐の切っ掛けを植え付ける。

 テニスボールを殴りつけたみたいに、木の根を反射して飛ばされていくカズキ。敵の巨大さを思えば、人っ子一人のサイズなどその程度の差でしかない。

 打ちどころは実に運が悪かった。シェイクされた脳が動作を止めようとするのは自然なほど、意識を司る部分は揺さぶられていた。

 地べたへ墜落していたことも気づかないくらい朦朧として――――悪い事は、畳み掛けるように滲み寄る。

 

『――――!!』

「ぁ――」

 

 斃れずとも倒れたのなら、隙を晒したと何よりも周囲へ知らせるサイン。

 それを受諾可能なのは、何も人だけに限った話ではない。

 機械のような冷徹にも判別が可能だと。ましてや敵は此方側の命を奪おうと狙いを定め続けている。

 引き起こされた追撃は、最早必然。

 

「……とめられ、ない……か?」

 

 直視すれば目を傷める光量。産毛をチリチリと焦がす温度。恒星とみまごう球体。まさしく太陽と称せるような暴力。

 炎輪を纏う黄金から吐き出されたあまねく全ては、殺人へ直結する為に注がれる。

 霊長の種を根絶やしへ導かんために、殺すための熱は解き放たれた。

 

「……く…………そ、っ……」

 ――なんてマヌケなヘマ。

 

 厭な気配をこれでもかと感じようが、全身を動かすための器官は絶賛修復中。知覚できるのは、半身から生える結晶と、うつ伏せの上から降りてくる焦滅の輝きだけ。

 触れる前に自己修復が間に合う――ような都合は無く、頭上から迫る太陽へアッサリと呑まれる。

 痛みも熱も感じる暇なんてくれてはやらない。ただ、迫る殺意の燦然へは無抵抗を強いられて、疾く塵と散らさんと迫る殺意を待つだけの五体。

 一足早くに爆煌、次いで爆炎と爆轟。最後に辺りへ敷き詰められていく、刺さるような超高熱。

 

「ごめ……ん、みん、な」

 

 樹の海を鏖殺す為の太陽が、嬉々として破滅を振り撒いた。

 

 

 強く、ただ強く、神々しい迄に、いっそ美しいと心は思い浮かぶ。

 人生で一番との確信を刺し植える強靭な輝きに、ついつい目を奪われてしまう光景。

 

「っ?    ――――………………へ?」

「……………………なによ、これ」

 

 焼け放たれた? 灼き消された? 焼却? 燃焼? 熱で爛れ崩れたカラフルな根は、作り出されたクレーターから大きく離れて、余波の悍ましさを物語る。しかし、その中心で発生した真の威力と比較すれば、炭へとすげ替えられるなど小さな話。

 自分達の足場は脆く消し飛び、灼けて焼けた大地へ降り立たされた勇者部の五人。星が墜落した爆心地で伏していた者以外の五人。それだけが、敵以外に視認のできる全てであり――――後方を見る余裕など無い。正確には、行う必要が無い。

 だって、きっと、未だかつて見た事などない新鮮な眼前と、なんら変わらない景色が広がっているだけだから。

 ――ああでも、神樹様くらいは残っているのかな。

 

「ぇぅ、……あ、、っ、こお、り、、……くん……?」

 

 中身の伴わない疑問符が、意味ある言葉でなく、音の連続として溢れ落ちていく。

 暖かいなど生温い。暑いと称するには格が劣る。高熱などでは言い表し様に困り果てる。熱波、白熱、火熱、やはりしっくりとこない。これはそう、まるで――――焦土と、そんな起こり得た後の結果でさえ、味方ごと焼き払った先の閃光を語る説得力には欠けている。

 人の語句の範疇、人の認識で説明を尽くそうとしても、淡々と残された煤の残骸以外の彩りのない、閑散とした黒と赤熱色の地獄を数える事しかできないのだ。

 強いて言うなら、失われた部分を数えるより、残されたちっぽけを数える方が断然早い。受け取った被害が一目で分かりやすいなと、そんな呑気を思ってしまえる私。

 次に考えたのは中心地。あの恐怖すら覚えるのを忘れるチカラを、此れ真っ先に振るわれた人がいた。生の一切を破却して、死を悼む余地すらも奪い去る、大いなる自然の暴力。圧倒されるだけのチカラに、抵抗の気配無く襲われたその人。

 

「…………ぉり、く…………ッ郡くん」

 

 誰を呼んでいるのか不明瞭な認識は、徐々に輪郭のボヤけが剥がれていく。

 

「こおりくん、こおり――――こおりくん!!!!」

 

 灯火の滾る薪の大地を、警戒を放り投げて突き進む。

 其処へ進むこと。黒く炭化したクレーターへ向かうことは、この惨状を編み出した存在へと走り出すも同じ。

 一歩進む毎に恐れることは無く、二歩進んでも怖れることは無く、三歩四歩と進んでも畏れることは無く、十歩走ろうが惧れることは無く、どれだけ近づいても怯れることは無い。

 生まれるのは、虚空のように透明な無力感。自分には何も出来ないと、不純物の失せた敗北の確信。

 だから皮肉にも、彼の元へと我武者羅に駆け出すことが出来る。

 

「郡くん……! 郡くん! 郡くんっ!! 郡くん!! ッッッ、()()()()()!!!!!」

 

 勇者の視力は、求めれば遠方を鮮明に映し出す。映し出して、求めた姿を見てしまう。

 死滅の爆心地に、俯き斃れ伏す少年。勇者部最大の戦力へ、興味が失せたように素通りする黄金。小さいのも、大きいのも、脅威が存在しないかのように、まるでそこにはだれもいないように、機械的に神樹へ侵攻を続ける金色の異形達。

 言葉にならない予感がざわめいている。言葉にしたくない不穏が認め難い。

 拳を今よりも強く握り締めて、脚はより早く駆けて、とっておきの虎の子――満開という決戦機能を全開に用いたところで、敵う道理が見つかる相手ではないと理解させられた。だって無理だ。神樹様の結界すらも児戯のように引き裂く力。出し惜しんだ理由が意味不明で、悪意を以て弄ぶ為にわざわざ時間をかけていたのではないかと疑う程、隔絶と遠い無情な格差。

 人で在る限り勝機を見出せない。手の届かない金色を見せつける憎しみの太陽。

 ――クロッシングは、消えている。

 その意味を一番に知る風先輩は茫然と立ち尽くして、同じくらい知っているであろう夏凜ちゃんは信じ難い事実を嚥下し切れずに唖然と斃れた者を見据えている。

 樹ちゃんは何が起こったのか理解出来ていない。東郷さんは察したのだろう、武器を取り落として敵を呆然と見ているだけ。

 

『――――』

「カズキくん……っ!! カズキくん!!!!

 

 樹海がダメージを受けたら、どうなるのか。知らない者はこの場に存在しない。戦場でもあり、尊き日常の詰まった世界。それが私達の守ろうとしていた世界。足場でも在ったその真下に、私達の日常は埋まっていたのだ。

 もはや守るべき世界は、どこにもない。帰るべき日常は、そこにない。

 何もかもは、刹那に焼かれて燃えて、灼かれ尽くして、無に帰った。

 ――私も、今からそうなってしまうのだ。

 

「カズキく――

 ――――あな た  は

 

 問い掛けから耳を塞ぐ術は、もうどこにも無い。

 生来からの耐久を持ち得ない私達では、なす術が存在しない。

 

 そこ に  います   か――――

 ――っ、ぁ…………カズ、き………………ん」

 

 喪失した壁の外からなだれ込み、樹海の在った場所を塗りつぶしていく炎の大海。

 感情の根本を奪われていく私達を尻目に飛び出した黒髪の背中。獅子の黄金と激突したのは、何処か遣る瀬なく刃を振るい、光る雫を反射させた彼岸花の横顔。

 歯を食いしばって、五分と経たずに獅子以外を殲滅し、獅子すら即座に斬り殺さんとする気迫。けれども中身が少しばかり伴わない気迫。気概の元となる中身が少ないように、口から漏れ出る唸り声に振り回されて、予想に反して獅子の討伐に手こずる後ろ姿。

 その上空から前触れなく飛来し、一息も付かない間に彼岸花を結晶と散らしていく、――――の悪竜。

 

「…………か……ずき、…………くん……?」

 

 終幕を畳むまでの一連を見せつけられて、けれど付随する意味を理解できる心は剥がされて。

 

「…………かずきくんって…………だれ、だっけ…………」

 ――たいせつだったはずなのに、とても たいせつなや くそく をしていたはず

 もう    、      なに も

 

 竜はふわりと空へ消えて、残された黄金の獅子は、阻まれることなく狙いを定め――――先ほどと同規模の炎球を解き放つ。

 狙う標的はそれ以外存在せず、守護者達を素通りして神樹へと。

 勇者が――最後の人類が見たのはそれまで。

 見える世界が終わりを告げるその一足前に、少女達の視界は翡翠で包まれる。

 生存圏の根本が打ち砕かれる音。自分自身が砕かれる音。全部が聞こえない。耳が砕ければ、鼓膜が、脳が、存在が砕ければ飛び散るだけ。破片となって、虚空へ漂うのが彼女らの末路。

 神世紀三百年――――西暦から続く戦いは終わった。

 英雄も、勇者も、戦士も、人も、歴史も、遺された者も残った物も存在しない。

 全ては無へ帰った。




アアッ、オワッタ...
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