――――ゴッッヅヅッッッッッ
「す゛っっがっぅぐっ?」
鈍く響いたのは中身だけ。臓器だった塊は筋繊維と混ざり、骨も液となって皮膚の内を飛び跳ねるのだ。肉片で残すことも許されない衝撃は、人だった体を、赤い液体の詰まった風船へと成り果てさせる。戦うための力が生かしていても、立ち上がるには相応の時間を欲される損傷。
鋼鉄の壁を抉ることへ全霊を費やし、周りへの警戒を怠り切った結果がこれだ。
「……とめられ、ない……か?」
痛くなる眩さは、殺人のために練られた傑作の輝き。
命を育む灯りは過剰に、自然の暴威そのものである象徴として、生き永らえようと苦心する人々を殺そうとしている。
憎しみと怒りの滾った轟音が、大気を派手に灼き払い進む。
残された者達の希望の結晶。未来へ導く英雄の力を、根から消し去ろうと精一杯の努力で殺意を吐き出した。
「ごめ……ん、みん、な」
形作られた炎球は弾ける。
最初に光。音と灼熱は同時にやって来る。
絶滅が降り注ぐ。カラフルな神域を侵して、生を絶やすために。
執拗なまでに粘り濃く、不可解なまでに沸騰する殺戮の意志。拡張されて新しく得た感応は、敵の最高傑作かつ特別製の獅子から色を見た。
血のように紅い。底を覗くほどに赤く、暗く、黒い憎しみ。
――ずっと、不思議だった。
憎まれる理由。種族丸ごと消し去らんとする憎しみ。毒で苦しませて殺そうとする願い。矢で穴だらけにして殺す意思。溺れて藻掻かせて殺す決意。全部を灰にして、無へ返す行動原理。
どうして、カズキ達は憎まれているのだろう。
物事には必ず根源となる事象がある。憎まれる理由は、過去に必ずある。理由なき憎しみなんて、何処にも無いハズなんだ。
だから、探しに行こう。
――敵にも殺意は在る。殺すという、
ならきっと、少しくらいは聞けるだろうか。
今はまだ話すらできないけど。暴力をぶつけ合うことでしか相対できないけれど。
まだ言葉も交わせない存在同士だけど。
――なんとなく、分かった気がする。
明確な答えじゃなかろうと、切っ掛けとなる答えはきっと外にある。
だったら探しに行こう。だからカズキは、まだいなくなれない。
――俺の、命の使い方を」
命の消える未来から、消える前の自分へ戻ろう。
英雄から継いだ命は、まだ
■から貰った力と命は、きっと、このために。
「貫――――――――けえぇぇぇぇッッッ!!!!!」
突き立つ二色の刃は、説明を省ける速度で切っ先を差し入れてゆく。
あと少し。あとほんの数センチ入り込めれば、存在と虚無の奔流を浴びせる――――前に。
「ッ」
『――?!』
迷いはなかった。
即座に槍を手放し、寸まで迫る鉄の塊を殴りつける――――ッ!!
「邪魔だッ!!」
あらぬ方向へ吹き飛ぶ分銅に引っ張られて、飛んでいく敵の姿。損傷した障壁を修復するために後ろへ下がる黄金の獅子。
鉄塊は、横槍を入れた敵の一部である。身体特徴は武器であり、人を殴殺するための拷問道具なのだ。
巨体に見合わぬ速度で吹っ飛ぶ天秤を目視で認識した瞬間、左手から紫電が漏れ出る。
余程慎重に機会を伺ったのか、カズキが気付かないほどに集中していたのか。しかし勇者部の包囲から抜け出し、カズキと獅子座との激突に介入してきたのは真実だ。
そして、少しの介入で
『、――ッ』
「無に」
紫電を纏った橙。一筋の流星が、天秤座へと触れる。
樹木へ墜落する間もない瞬間、カズキは敵を既に捕らえている。
結晶が咲き誇り――敵の中身で華開く。
「……帰りな」
その存在を内から翠の牙が喰い破り、同化の咀嚼は瞬寸で済ませる。
大きく見上げんとする巨体が、砕け飛び散っていく。大気に巻かれて、光を反射する黄金だった翡翠の欠片たち。天秤の印は、不意を当て損ねて崩壊した。
これで雑多を除けば、大きな敵は一つに絞れる。
細かなら、彼女達の敵ではない。彼女達へ向かう危険は、悠々と在り続ける獅子の頂点者だけだ。
「……」
獅子を視界に固定して、敵の標的が彼女らへ移される前に、グングンと飛んで近づいていく。
少し、考えた。
――――背筋を鷲掴まれる衝撃。根源的な終末への恐怖。信じがたい直感が、真実へ現れると確かに信用してしまえる不明瞭な己の感覚。あるいは、一度だけでもソレが確かに引き起こされていた、なんて。
敵による精神操作の一種か、もしくは自らの紫による精神汚染の弊害か疑ったが。前者は白と紫を宿す自分にとって気にすることはない、それほどに敵から受ける同化現象への耐性は高い。そして後者なら、こんなにも冷静でいられている訳は無いのだ。
仮に今しがた見えた結末が、真実になる余地があったとして――未来予知なんて機能は知らない。もしもカズキの扱うシステムにそんな代物が搭載されていたのなら、それこそ乃木から話されていただろう。千景からも一言程度の言及はあっただろう。起こりえる未来が見えるだなんて、それほどに途轍もないのだから。
――さて。
「…………今は後」
有効射程範囲。そう認識した瞬間、左手は紫槍を手放した。
代わりに握りしめるのは、紅の淡い輝き。
まず右手の白槍から、水白色の一撃を吹かせて放ち――暗黒の障壁から発されるのは、白の奔流を弾く音。怒号と変わりない激震が、空気へ金切り声を上げさせる。
込めた拍は、それなりを凌駕した全霊。きっと遠目には、美しい光槍が一直線に伸びているように魅せている。
『――――ッ、――』
「っっこれならっ!!」
衝突、拮抗。それを待っていた。
獅子は前方へ障壁強度を集中して、眼前へと空間を別つ強壁を敷いている。さしもの特別性であろうとも、片手間でいなすには困難な殲滅の輝き。なら、つまり。だとしたら。
現在敵の側面は、通気性が良くなっているのではないか。
握り締められた拳の中で、試す価値はあるのだと紅く唸りをあげて、紫の戦意は敵を殱すためにその説を後押しした。
――――殺せ、消し去れ、と。数多も蠢くその意思に従って、握っていた紅閃を差し出した。
幾重、幾条に広がる光帯。根を潜り抜け、殺到するのは敵の真横。
薄いと睨んだのは、間違いではなかった。
「当たった」
『――――!?』
壁を張る余裕すらもなかったらしく、障害など無いもののように紅光は炸裂する。被弾を確認した瞬間に確かな手応えと敵の緩みを実感し、左手を右手首を覆う結晶へと添え、急速に力の統一化を図った。
光槍は、膨張する。
「このまま……っっ」
『! ――、――――!!』
「押し、切る――――!!!!」
反動で体が後ろへ飛ばされそうになれば、地と足を結晶で縫い留めてその場で止まる。
罅の音は激音に紛れて聴こえず、視界は奔流に塞がれて見えず。
しかし――――
戦況が変わったと、その空気を読み取ることができるくらいには、この非日常にも慣れてきているらしい。
『一体全体どうしたってのよ……』
「退いていく……何故?」
星座の銘を受け持った巨躯たちが、一斉に後方へと移動を開始した。
試しに一射、背後から撃ってみても気にすることなく移動を続ける。
例の強固な防壁も張らずに、差こそあれども残された黄金の巨躯は、統率者もである獅子へと殺到している――――!?
「まさか、あの戦いへ加勢に?」
大型はともかく、小型や中型もそちらへ向かうのかと考えたのは一瞬だけ。
波のような密度で、物理的な壁となって阻むように此方へと殺到してくる黄金の群れ。
『そうはさせないって面構えしてるわね』
『顔色分かるの?』
『ん……わっかんない!!』
『と、とにかくカズキさんの邪魔をさせたら……!』
樹ちゃんの言う通り、切羽詰まっているのだとの焦燥はこれ以上なくクロッシングで伝わってくる。少し気を削がれても、少しの横槍を入れられても、些細な要因一つで一巻の終わりへと落とされてしまうような余裕のなさ。
そう易々と加勢に行かせてはならない。
『でもアレに割って入れるとは思えないわよ』
『他のバーテックスも、正直近づけるかと言われれば……うーん』
「けれど私たちが手伝えたなら、勝利は確実なものになるわ」
加勢すれば勝利へ近づくのは、敵に限った話ではない。
そして黄金の獅子とカズキ君との戦いへ介入できる可能性が、私たちにも一つだけあるかもしれないのだ。
『もしかして満開?』
「ええそうよ。……どれほどのものかは分からないけれど……」
『介入するならそれくらいしかない、か』
一番の負担を背負う彼を助けるために。
そのためにも、この場で手札を切り尽くす訳にはいかない。
『切り札を温存しつつ、雑魚はとっとと蹴散らしていくわよ!!』
「憎むことだけ――――それだけが全てになるように造られて」
欠けていく。割れていく。黄金の獅子を堅固たらしめ、貫かれることなど想定すら必要の無かった最強の盾は、敵にとっての想定外が穿ち破りつつある。
その境遇に、憐れんでしまう。
「――消しさることだけに心は染め上げられて」
兵器としてはこれ以上ない。殺意の中には喜悦に寄った心と意志はなくて、無機質な情熱の総量は、憎しみだけに用いるなら勿体無いくらいに計り知れない量。
集約された中心はもう崩壊まで間もなくだ。そして端から散って剝がれていく。
黄金の巨躯は、末端から容赦なく焼き焦がれていく。
「お前は、お前たちは……戦うために産まれたんだな……!」
対話の余地は、存在しない。
隔たりは底なしに深い。ただ生きている人と、生きる人を
まだカズキは何も知らない子供だ。カズキが郡カズキとして生ききることが難しくても、個としての意思を抱き始めたのはここ二年の出来事だ。結城達とも違った意味で、郡カズキは生まれて間もない子供なのだ。
だから、今はまだ倒す術しか持ち合わせていないのなら、探せば見つかるのかもしれない。
「お前らは、自分たちの目指す未来が憎しみしかないって思っているんだろ……!?」
『――ッッ、! 、――――!!!!』
「……俺もまだ、自分の進むべき未来を選びきれていないんだ」
獅子を守らんとして、残された敵が盾になろうと群がり――――傍から搔き消されてゆく。
意味のない行動とは思わない。勝機を少しばかりでも残さんとするなら、一番の戦力を守ろうと足掻く。カズキも同じ立場なら迷わず行う、瀬戸際に於いては比較的に合理的な戦術の一つだ。
その足掻きを凌駕して圧倒できる力を振るい、最後のもがきを無に帰す一撃は止まらない。
「遠くない未来に、俺も
――障壁は、すべてが散っていった。
「だから、その時こそ、今度こそ話し合えたなら」
身じろぎもする余裕のないカズキの背後――――奇人の如きな様相の敵が飛び込んでくる。余波でコアが露出するほどに肉体は剝がれていき、それでも尚、勝機を求めて吶喊の速度は緩まず飛んでくるのは、双子と冠された敵の一つ。
当然気づいてはいたが、その不意打ちへ対応している暇などない。拳で叩けば散らせる存在だが、その余裕すらも在りはしない。無い無い尽くしな今、背後の敵へ意識を向ける必要も、とんとなかった。
一心不乱一直線に飛び込むその背後から――青い牽牛花の弾丸が、翡翠の正八面体に風穴を穿つ。
「助かった」
『カズキ君……頑張って』
「ああ、すぐに終わらせる」
最後の勝機も逸した瞬間、次に敵へと待ち受けるのは敗北の末路。
最後の詰めを仲間の手で成した瞬間、次に勇者部へと待ち受けるのは勝利の結末。
勝利を得て、勇者部の日常は平穏を取り戻す。
「また会えたなら、嬉しい」
『――ッッ、、ッ!!!! ――――ッッッッ??!!!!!?!』
「人を憎める心はある。ならきっとお前たちとも――――」
似ている気がした敵を、餞別の白光が祝福する。
空へと消えていく祝砲は、不倶戴天とも言える
「――――――分かり合える日を、待ってる」
再会は、どうも近いように感じた。
「ぅ――――、っ、ぐ、っっ」
上半身を叩いた浮遊感。膝を地へ強く打ち、その程度の衝撃で若干の痛みを得たことで理解は追いついていく
身を包むシステムは半強制的に解かれていた。意識を飛ばす訳でもなく、端末を弄って能動的に解いた訳ではない。そも未だに戦場はサイケデリックな風味が残ったままであり、依然として平和とは程遠く、戦いはまだ続いているという証だ。力を一時的にでも手放す理由は見つからない。確かに今までにないほど、力を引き出して体を酷使した自覚はあるが。ひょっとして知らずの内に安全装置でも働いたのだろうか。
なんにせよ再びシステムを起動しようと、端末を操作しようと制服のポケットをまさぐろうとすれば、恐ろしいまでの風圧だけが手応えとして残り続ける。
「あ、れ、、……、?」
まず足場にしていた根が、どんどん底まで遠ざかっていく。なんだこの現象は。これは実におかしい。
次いでふらつく足元をしゃんとさせようとしたなら、床の感触はどこにもない。
さっきから突風が頭上から降り注いで、出所を探ろうと上を向けば、天井であるはずの空はどこにもなかった。
ようやく気付けた。
「落ちてる、のか」
足を滑らせたのだと、ようやく疑問に合点がいった。
風景が悉くぼやけているのは墜落の速度のせいだ。あるいは疲弊が視力へ一時的に表れているのだろう。
「あ 、死ぬ」
不吉な確信を不吉と気づけないままに、その命を取りこぼしかけている。
緑の美しい光糸が肩へ触れたのは、地上の染みとなる三秒前。
その次一秒で、グルグル巻きの繭にされたのだった。肝心のカズキが鈍りすぎた感覚のおかげで気づけていないが、蛹虫のように宙吊りになってぶらりぶらりと揺られている。
「無事ですか先輩!?」
「……、…………ぅんぅ?」
「本当にお疲れ様でしたー!!」
叫ぶように何事かを言われた気がするが、全然聞こえない。
「ナイスキャッチ樹ちゃん!」
「どんだけ消耗してんのよ……あれだけの戦いの後なら当然か」
――――引き揚げられること二分強。
「やったわねカズキぃ!」
「痛っ……ああ、先輩か」
「大大大金星じゃないのよ!!」
輪郭の朧げな黄色の影が、何度も背中を殴りつける。
カズキは決して先輩の打楽器ではないのだが、多分言っても聞かないテンションなのだ。先輩が背に負っていた責任を思えば、この戦いが終わり、重荷を降ろせることへの解放感なのだろう。しかし痛い。どれほど喜んでいるのだ。
「勝った……んですか、俺た、ち――ほんと、う、に?」
後ろへと無防備に体を投げ出したことすら、認識せずに倒れこむ。
支えるための筋肉が液体化したように、崩れ落ちるカズキの背中を支えた桜色の輪郭。
「わわっ、大丈夫郡くん!?」
「? ……もしかして、結城、か……?」
「そうだよ郡くん! 私たち勝ったんだよっっ!!」
「…………なら、よかっ、た……ょっ、とっ――んぶっ」
「あらっ」
支えられっぱなしも癪だと、萎れた体に鞭を打って体を起こそうとすれば、鼻頭が柔らかくて暖かい感触に包まれた気がした。
「? ……ぁ。……ご、めん……、とうごう」
「いいのよ。お疲れ様、カズキ君」
「…………ちょっ、はなれ、……るから」
「ふふっ、ひょっとして照れてるの?」
「へ……ぁ、、の……」
引き剝がそうとすれば、危ないからと引き寄せられる始末。勇者へ変身していなくても引き剥がせないような体だ、勇者の力で抑え込まれれば成す術など失われてしまう。
「……………………郡くんと東郷さん、とーーーーっても仲良しだねっ!!!!!!!」
「いや……ちが、っ」
「!? これは違うのよ友奈ちゃん!!」、
笑い声が漏れ出始める。四度に渡る戦いには終結の兆しが見えて、少女たちは各々の緊張を吐き出していく。日常を守り切ったことへの昂揚。使命を果たしたことへの達成感。責務を遂げたことへの感動。思い思いの情動が胸の内で広がっていることだろう。
だが、まだだ。
少女達五人が終わったと考えるこの戦いは、古くから続く螺旋の途中でしかない。
そして、一息つけると勘違いしてしまった少女たちはすぐに気づく。
霞む意識の中で、端末へ触れようと動かない手へ力を籠める少年も、じきに自らの直感が間違いでなかったと気が付く。
大きな憎しみが、また一つ。
「――――――――――来た」
「何の話してんのヨ」
「敵っ、です……!」
「へ?」
アラート音は鳴ることがない。何故なら端末は、常在戦場であることを示し続けていたのだから。
次の敵が現れる瞬間は一瞬でも、日常とは一変した液晶の背景は、今が非常時であると警告を続けていた。
「……一番デカかった、奴と、同じくらい……に、強い」
「ハァ!? どこにそんな奴がいんのよ!」
気配を唯一感じ取れるカズキは、その方を見ずとも醜悪な悪意を汲み取っている。
消したがっている。憎しみが故。
それとも、消すことしか知らないだけなのか。
「…………お姉ちゃん……壁が……」
結界に差し込まれる、黄金に艶やかな指先。
こじ開けるように、その巨腕が壁を引き裂き全貌を晒す。
頭部と思しき位置には老人のような顔。されどその形は歪に作られて、首から上は芋虫の頭に人の顔面へと貼り付けて挿げ替えたよう。
胸部から腹部にかけては、人と似た形を成している。
馬の蹄が四本。尾が一つ。筋肉質な形のそれらは、ケンタウルスと呼ばれる伝説上の存在と同一。
背に円盤を背負ったその名をして。
「――――あれは、『アザゼル型か』」
「あざぜる……って?」
「『…………』……憎しみの塊、らしい」
美しい色に彩られても、滲む悪意は悍ましさをどこまでも発していた。
美しい色の醜悪は、どこまでも平和を脅かそうとする。
嫌悪を抱かせるその蹄が、壁を踏み越えて進み始めた。
標的は神樹――――――――ですらなかった。
「神樹さま目掛けて……って感じじゃないよね」
「どう見ても私達へ一直線。喧嘩売りに来てるわよ、アレ」
「あちゃー、アタシの女子力がそうさせてしまったカナー?」
弛緩し始めた空気を締め付ける圧力が、再びカラフルな戦場へと蔓延していった。
先の獅子を冠した巨躯に負けず劣らず、むしろ勝りかねない熱が大気を温めていく。
人の営みを焦土へ作り替えて、その上を悠々と歩く存在。『アザゼル型B型種・ロードランナー』、そこに在るだけで灼熱を吹き出し続ける悪意の災害。
存在と虚無、救世の力を二つ束ねて互角。もしくは凌駕しかねないほどの力。箱庭の世界なんて、ちっぽけな人類なんて、アレ一体でいとも簡単に崩されるような存在規模。
戦力を鑑みて、相手取るべきは誰なのかを迷わず決断した。
「……あっ」
ポケットに入れていたスマホを、ようやく五指で掴んだ矢先に奪われてしまったのは決断した矢先だった。
下手人である東郷は、端正な眉を顰めて言い含めるようにカズキの行動を封じてしまう。
「そんな体で無茶したらダメよ」
「平気だ。それに、俺が戦わないと」
「ここにいるのはカズキ君だけじゃないのよ」
「……俺じゃないと、戦えないだろ」
勇者を護ってくれるバリアとて、その身を守護しきるには限界がある。敵が許容を遥かに超えた火力を持ち合わせているのなら、いかなる鉄壁の障壁だろうと、万全と謳うには欠けている。
木端は別として。あれほどの存在から受ける同化現象を、モノともせずにいられるのは、この場においてただ一人だけ。
元より前線に身を置き続ければ、日常を過ごすべき少女らを戦いの恐怖から少しでも遠ざけることができる。
力も姓も名も、何もかもが借り物だらけのどこにもいない自分だが、他の誰かの為に明確に成せる事柄がある。優しい人達の世界を守るために、献身できる事実がある――――乃木から聞かされた、英雄たる真壁一騎のように、色んな人を救える。
まさしく英雄願望。
「この中で戦いになるのは……俺だけだ」
「可愛くない後輩ねー。つかアタシらもいるっての!」
「万全だったらともかく、今のあんたはどこから見ても満身創痍。怪物の面影もぜんっぜんないわよ」
「変われば、どうにでも……っ!?」
赤熱した鳴動が遠くから肌を震わせて、言い争うだけの時間がないことを知らせてくる。
人が敵を排するために生まれた闇色の希望は、皮肉なことに人を消し去るための憎しみの絶望となってしまった。
自業を註する、終末の燈火。生み出した者へ与えられる、宿業の叡智。
時を超えて敵から人へ改めて返還されようとしているのは、命を拒絶する憎しみの業火。
「……もう来る。みんなは早く離れろ」
「せ、先輩は休んでてくださいっ……!」
「――東郷」
その力があれば、誰だって救える。命を尽くすその日まで、途方もない数を救っていける。
それは、自己顕示にもよく似た歓喜でもあった。
「…………返してくれ」
「友奈ちゃん言ってあげて」
「カズキくん! 休んでなきゃだめだよ!!」
決意も含んだ強がりの明るい声。
なるほど、察することはできた。彼女らがこれからどうしようとしているのかも、分かり得た。
だったらなおさらに。
「――――東郷、いい加減に怒るぞ」
「カズキくんは十分に戦ってくれたから、今度は私たちの番。……ですよね先輩!」
「あったりまえよ! 疲労困憊な若人は偉大な先輩の背中を見てなさい!!」
「そういう訳だからカズキ君をお願いね、夏凜ちゃん」
「東郷っ!!」
批判の視線を抗議の声と共にいくらぶつけても、どこ吹く風な姿勢は崩れない。
戦うための術を詰め込んだ端末を、三好へと投げ渡されてしまう。
「……私だけ留守番なのは当然か」
「生身でも来ちゃうかもしれないから、しっかりと止めておいてねっ!」
「分かってるわよ。……早いところ済ませてきなさいよね」
「待てっ……!」
声が、届かない。
前に立ちはだかり続けること。立ちはだかって、外敵を排し続けること。誰よりも敵を倒して、何よりも少女達を守る。この戦いに於ける自分の役割は、大きくそれらが占めていると己を定義していた。
「いってきます!!」
「っ……………………」
そんな決意だけが空回る。己の意志を成し遂げる気概は満ちているのに、ここ一番で郡カズキは上手くいっていない。
守ろうとして怖がられて。それでも戦う決意を新たにすれば、自分のものではない憎しみに振り回されて。自分自身がどこにいるのか探そうとしても、見つかるのは郡カズキはとことんまで異物なのだという決定打ばかり。
挙句、守ろうと誓った少女を悍ましい戦火の渦中へと向かわせている現在。
――せめて、戦い続けようと思ったんだ。
命の終わりか戦争の終わり。何一つ明らかにならずとも、自分は状況に振り回されるだけの矮小な存在でも、どちらにせよ、最後あるいは最期まで英雄の真似事を続けると誓った。
他の誰でもない、自分自身へと。
なのに。なのに、なのになのに、なのに。
誓った はずなのに。
「なに、を――――やっているんだ、俺は」
「……」
「なんのための、力だ」
――――四つの華が咲き誇った。
一番最初の輝きよりも深く、強く、美麗に世界を照らしゆく。
憎しみに焦がされず、悪意に灰と化されることもなし。
世界を、人を呪う太陽に負けることはない大輪は、来たる絶望を翻すのだろう。
「なんのために、俺はここにいる……!!」
戦い続けると決めたのなら。
どうして自分は、少女達の背を眺めている。
神々しさで紡がれた大拳を叩きつけ、桜色の波動が吹き荒れて。
神秘を閉じ込めた八つの砲身から、牽牛花の威光が解き放たれて。
神衣の守護を大いに用いた吶喊が、酢漿草の斬光を閃かせて。
神威を纏わせた緑糸は巨躯を縛り付け、鳴子百合の光が微塵へ導こうとする。
群がる雑多など蹴散らし、大禍を祓うに相応な四つの輝き。
されども相対しているのは、一息で討ち斃せるほど脆弱な敵ではない。そんなにも弱いのなら、先代の時点でこの戦いは終わりと相なっていた。
そうはならなかったからこそ、無垢な少女達がこうして命を吐き出しているのだ。
勇者を護る防壁は機能していない。身を守るバリアこそ健在だが、精神を侵す同化現象へ対するには、どうしてもジークフリートシステムが不可欠となる。システムの中心となるカズキとクロッシングしない限りは精神防壁も造られず、敵に思考を読まれ、なす術もなく同化されてお終いだ。ジークフリートシステム――を含んだカズキの用いるザルヴァートル:システムとは、本来なら神樹とは別種の力であった。
それを郡カズキは、どうしてか知っていた。だからこそ、彼女達だけで戦うことを恐れたのだ。
――――さあ、戦場を俯瞰してみよ。
金躯を縛る光糸は、一瞬の抵抗こそ見せつつすぐさま切れ端へと力づくで替わる。
太々しく晒された首を斬り落とさんと、死角から突っ込む巨剣は絶対と相違ない防壁が阻む。
戦艦の如き巨船が黄金を穿ち、その価値を貶めてやろうと目論んでも、アザゼル型の手の内から広がるワームウェッジが、少女へ回避を優先させる。
真正面から馬鹿正直に、醜悪な面を殴りつけようと迫る拳は、まともに当たれど当たれど決定を与える一手には遠そうだ。
戦いの体を成せるのは、四人という人数差が多かった。例えば一人欠けていたとして、その時点で総崩れまで分と保てなかっただろう。敵が人数差をモノともしない絶対の敵だとしても、対象を分散できる利点こそが敵には待ち合わせのない特権。
うまく釣り合いの取れた均衡だった。勇者達は個々の力をぶつけるだけでは届かないと理解していた。先とは比較にならない絢爛を纏ったとて、その認識を揺るがすことは油断であり、敗北へすぐさま繋がると確信していた。
故に攻守どちらの行動も、すぐさま常に他の誰かが隙を埋める動きを欠かさなかった、が。そのような小細工を覆すのは、圧倒的な個の力。
桜の連打、青の激砲、黄の大斬、緑の鋭刺。渾身の一撃が十や二十と炸裂しても、敵の身じろぎ一つで容易に弾かれてしまう。片方の手管が通用しないのなら、不利有利の均衡は少しづつ少女たちへと負担を押し付けられていく。
勇者を守護するバリアはあまりの放熱に溶かされて、無用以上の意味をなさない。身を守るものが無いのなら、負傷だって当然のように負わされる。
最初に血を流したのは、一番に被弾の多くなる位置にいる者。巨躯に比べれば頼りないくらいにか細い腕が、目障りなハエを叩き落す動作で、無遠慮にぶつけられる。常に敵の眼前で拳を振るい続ける結城が、最初の負傷を受け取るのは当然でしかない。
咄嗟のガードごと吹き飛ばされて、地と衝突した全身に痺れるような打撲の痛みが這い回る。額が割れて、流れる赤色が片目を濁らせる。踏み出した勇み足が、血という分かりやすい死への示唆によって鈍りそうになる。それを強引に拭き取り、裂帛を吐き出して、突撃は再開される。
劣勢。しかしこの劣勢を維持すれば、勝機は必ず訪れる。敵からの同化は神樹によって防ぎきれている。神樹による加護を十全に供給できる満開の形態であるのなら、短期で勝敗が決まることもない。元よりこれはそういった戦い。
数で押して、時間をかけて少しづつ削る。痛みに耐えて、己の身を削り、敵の命を削り続ける。このままいけば、少女たちが尽きる頃合いに、敵も同様に斃れる。
ある種の消耗戦のような、結末がほとんど決められた戦いだった。
最後の――――拳が、敵の翡翠へ致命を与えて、それを決定的な機として戦いは終わりを告げる。
粒子となって風に運ばれる、醜悪で美しい黄金の人馬。
寄り添って倒れ込んだ可憐な四つの華は、宿した力を散らせていく。
「……三好」
「舌噛むんじゃないわよっ!」
決着を確信した二人は早かった。俵を抱えるようにカズキを掴んで、二の句を告げる前には渦中だった跡地へと跳んで行く三好。意を汲み取ることすら必要としない。二人の心は同様の方向性へと向いていた。
カラフルな戦場は少しづつ形を歪ませていく。戦いの終わりを告げる一つの判断指針は、これでもかと終局を示唆している。
少女達の傍へ降り立ち、肉の焼けるにおいと
「こんな……っ! これじゃ、もう……!?」
「…………」
――――血臭漂うその場に、骸の廃棄場を想起する。
右腕部の喪失に左拳がひしゃげた無残。右足は膝から下がミンチ。これは結城友奈。
両目の焼却。長かった黒髪を短く焼き焦がされて、耳辺りは炭化しかけているのが、東郷三森。
腹部からの出血が止まらず、背中の大きな亀裂からも血はこぼれ出ていくのが、犬吠埼風。
胸元を深く抉られて、掠れ錆びれた呼吸を繰り返そうとしているのは、犬吠埼樹。
皆一堂に血の臭いにこびりつかれて、同時に焼けた死臭からも絡みつかれている。
絶句――――は、しなかった。
こうなることを知っていた。死と隣り合わせに立ち、生が無情にも遠ざかっていく。そのような激戦になると、カズキの戦術予測は図りを付けていた。
命は、まだ微かに残っている。しかし虫の息と何も違わない。ピクリとしか脈打てず、適切な処置をとらずに数分放置していれば、あっけないくらいに最後の熱は失われていくだろう。
そしてその適切な処置を行える専門は、この場にはいない。世界が見覚えのある風景へ戻るまでは、まだまだ時間がかかる。はてさて、失われる速度と、治療が間に合うまでの時間は釣り合うのかどうか。
そしてカズキは。
「……スマホをくれ」
「…………どうする、つもり……?」
諦観の声には、一握りの期待する声。
重くはない。何故ならきっと、カズキがこの力を授かった理由の一つは、ここにあるのだから。
その期待に応えることこそ――――。
「戦いは終わった。危険もない。……ただ、一つだけやっておきたいことがあるんだ」
「…………ほら、」
「ありがとう、三好」
逡巡は思いの外少なかった。なにせ存亡を賭した戦争は、たった今目の前で終わりを告げた瞬間を見たのだ。
仲良くなった級友が、目の前で死に体であるという事実も、細かなことを有耶無耶にできる材料の一つ。
「東郷」
――意識はない。命が失われていく冷たさを、僅かでも感じられずにいるのなら、せめてもの救いであってほしいと願った。
「先輩」
――芯がまだぬくもりを宿して、けれどもそれすらじきに消え去ってしまう。
「犬吠埼」
――残酷ばかりが横行する世界がこの箱庭だ。最後の戦いとされていたこの戦いだって、まだまだ続くことをカズキは知り得ている。
「…………結城」
――これ以上傷つく前に、静かに眠れるのなら、それもいいのかもしれない。
そんなことを考えながら、システムを起動させた。
「『より多くの味方を助ける』」
「……郡カズキ?」
「……やっぱり、このための力なんだな」
右手から翡翠の結晶が伸びていき、内から白槍を顕現させる。
それを地へと、突き刺した。
憎しみにまみれた怪物だけじゃない。それが不思議とうれしかった。
「戻ってこい……!」
まだまだ、彼女らには未来がある。守りたがっていた日常が残っている。なにもない自分とは、明確に違った、戻るべき理由がある。
たとえ暗雲がどこまでも伸びては続いている世界だとしても、取り戻したがっていた世界を謳歌すらできないのは、あまりにも惨い。そしてなにより、不穏だらけの世界だとすれば、暗闇を取り払い、穏やかを取り戻すために戦うのが、郡カズキのやるべきこと。
彼女らの時間は、まだ終わりを告げていない。なら。
「そっちにいくな――――みんな!!!!」
世界の切り替わる波へ飲まれる寸前に、無垢な者たちを翡翠の華が包み込む。
暖かな熱を感じさせる、命の結晶。
担い手の願った通りに、味方への救済は施される。
誰も死なず、誰も消えず、平々凡々な日常を、勇者部はその手に取り戻せたのだ。
そして、戦いの幕は閉じた――――ことはない。
ずっと、昔からずっと、人は戦い続けた。傷つけて、傷つけあって、痛みを与えて与えられて。繰り返しを飽きる暇もなく続けている。
戦いの幕は、それからもずっと上がったままだ。
これからも、きっと。
こつこつがんばるぞい