賢者の冒険 作:賢者さん
「よし、これで中級呪文は全部マスターできたぜ」
カール王国の中心部から少し外れにある森の中で1人黙々とモンスターを倒して魔法の習得に勤しんでいたアランはその呟きと共に息を吐き出し、そしていずれ来る戦いに向けて更に精進するのでした。
本来魔法を使える人材というのはただでさえ貴重であり、その中でも攻撃呪文に回復呪文や補助呪文などを使いこなす存在など世界中の国が欲しいと思うのですが、彼…アランに限ってはそういった事にはならず、日々モンスターと戦い経験値を稼ぐ毎日を送っていました。
パプニカ王国には賢者と呼ばれる者たちがおり、それらの存在は多様な呪文を使いこなすエキスパートとして世界中に知られています。アランもまた賢者と呼ばれるだけの力を周囲に示しているのですが、アランがいるカール王国はそのような事をしようとしませんでした。
普通ならば王国に召し抱えられ重用されるなど栄誉な事なのですし、この世界で生きてきた人間ならば国に召し抱えられるとなれば迷わず首を縦に振るでしょう。しかしそういった常識が通じないほどにアランという青年は常識外れ…いえ原作知識に凝り固まっていたのでした。
「今いったい何レベルなんだろ…?」
アランがひたすらモンスターを倒しレベル上げを行うのは魔法が好きだからではありません。そこにはアランなりの魔王を倒すといったしっかりとした理由があったのです。
…
……
………
彼が物心ついた頃には家族などはおらず、なぜか森の中にある小さな小屋にいました。ここがどこなのかも、なぜ1人でいるのかもわかりません。当然子供1人で生活していけるわけもなく、森で生きていける知識もなかった彼は人里を求めて出かけるようになりました。
その結果フラフラになりながらもその少年は小さな村落を発見し、助けを求める事で何とか生き延びるに至ったのです。そこからはその少年はその村でお手伝いをしながら生活していたのですが、そんなある日この世界を知る転機はやってきました。
森の中に山菜を取りに行った際に怪我をしてしまった少年が治療しようと神父さんに薬はないか聞こうとしたところ、思いもかけない言葉と驚きがアランを襲いました。
「怪我をしてしまったんだね。すぐに治るから心配いらないよ…ホイミ」
「えっ…?」
その言葉と共にみるみる傷口がなかったかのように消え去ってしまいました。神父さんは当然といった様子ですが、それを初めて目の前で見た少年は驚き立ちすくんでいました。
ホイミ…この言葉は少年の知識の中にしっかりとあります。とっても有名なファンタジーRPGの中でも代表的な回復呪文の名前です。意味がまったくわかりませんが事実として神父さんがそれを唱えれば小さな光と共に傷が治るのですから疑いようがありません。
そこから少年はいろんな事を神父さんから聞きました。傷を癒やすのにやくそうという物があったり、毒になったらどくけしそうという物があったりと、少年が知っているアイテムたちの名前が出てくるのですから疑いようがありません。
そしてそういった事実を知った少年が思ったのは『勇者は既に決まってるだろうから…せめて僧侶か魔法使い、あわよくば賢者になってみたい』というものでした。今は平和に見えるこの世界だけど、きっと竜王とか魔王とか出てきて世界を征服しようとするはずだ…という何の根拠もない考えだけを根拠にして、少年は当然のように世界を救う一助となるべく修行を始めるのでした。
なお、実は既に魔王はこの世界を侵略しており、世界各国はモンスターと戦っているのです。しかし運良くアランがたどり着いた村はかなり辺境にあるため、そこまでの被害を受けていないだけなのです。
今の自分が何の職業なのかわからないのでまずは魔法使いか僧侶になりたいと思ったのですが、どうやって僧侶や魔法使いになればいいのかわかりません。ダーマの神殿が近くにあれば言う事なしなのですが、神父さんに聞いても「そんな神殿は聞いた事がないね」と期待した答えはもらえませんでした。
ついでに次のレベルに上がるための必要経験値も聞いてみたのですが、そこでも神父さんは「君は一体何を言っているんだい?」と、言葉は通じているのに噛み合っていない様子でした。
しかし少年はそんな事では挫けません。
少年の中では「きっとこの村は小さいから神父さんも知らないんだろうな。それとも神父さんは生き返らせるとかだけで、経験値とかの話は王様なのかな?」と、本人が聞いたら「きみ、頭大丈夫?」と言われそうな事を考えていました。
そうやってしばらくは付近の小さなモンスターを暗殺していた少年ですが、そこそこ倒しているのにレベルが上がった感じがなかったので神父さんに相談してみることにしました。ちなみに暗殺なのは、堂々と正面から戦っても勝てるかわからないのでコソコソ隠れて不意打ちで倒しているからです。
「ねぇ、神父さん。結構モンスターを倒してるんだけど、ホイミすら覚えないんだけど何でかわかる?」
「呪文というのは契約することで使用できるようになるんだよ?どうしてモンスターを倒して呪文が使えるようになるなんて思ったんだい?」
「え…?なにそれ…」
呆れ声の神父さんから聞かされたのは衝撃の事実でした。モンスターと戦って、倒して経験値を得て、そしてレベルアップした事で覚えるのだろうと思っていたのですが、契約することで使えるようになるなんて思いもしなかったのです。
どうやら呪文を使えるようになるには儀式を行う必要があるようで、神父さんから魔法陣の掲載された書籍などをもらった少年は早速儀式を行ってみることにしました。
とにかく片っ端から儀式を行い契約していった結果、少年はホイミとメラ、そしてヒャドを習得し使用することができたのです。少年の頭の中では僧侶の呪文と魔法使いの呪文を両方使えるようになるというのは賢者以外にいないはずなのですが、あと1つだけ攻撃呪文と回復呪文を使える職業がいる事に気づきました。
「もしかして…俺って勇者?」
攻撃呪文と回復呪文を使える者は実はこの世界には結構いるのですが、そんな事を知らない少年は自分が選ばれし者ではないかと期待するのでした。そして日々モンスターを倒して経験値を稼いでいるつもりの少年は、裏技で一気にレベル99まで上げられる方法も知識として知っているのです。
その方法は……『ぱふぱふ』です。
つまり少年は『ぱふぱふ』する事でレベルを99に上げようと考えているのでした。そこに疚しい気持ちや厭らしい気持ちは一切ありません。勇者(仮)や賢者(仮)として魔王と戦うからにはすべてのステータスをカンストさせた上で圧倒したいというガチ勢の考え方が染み付いているだけなのです。
そして最低でも1人でアッサラームに行って周囲のモンスターと戦えるくらい…つまりレベル20前後くらいまでは今のうちに上げておきたいなどと打算的に考えているのでした。この裏技の場合、運が悪いとレベルだけ上がって魔法を覚えないというリスクがあったのですが、呪文が契約制だという事を知ったことでその懸念もなくなります。
つまり何の憂いもなく『ぱふぱふ』することができるのです。
胸に希望と期待を秘めて少年のレベルアップ活動が勢いを増していく中、ふと自分の名前は何だろうと思い出しました。この村に助けを求めて教会に保護された少年ですが、今のところ村の住民からも神父さんからも『坊主』だとか『坊や』としか呼ばれていませんでした。
「どうせだからロト…は駄目だよな。『そんな名前を付けるなんてとんでもない!』とか言われちゃいそうだし…アランでいいか」
少年の頭の中には『ハンソロ』や『キッド』『スミス』『マーリン』などといった候補もあったのですが、連れて行くかどうかもわからない仲間の名前ではなく自分が名乗り魔王討伐の旅に出る事前提だったので、それっぽい名前で勇者にも賢者にも語呂が良さそうな名前にしたのです。
こうして少年はアランという名前が決まり、いつかきっと世界征服に乗り出してくるであろう魔王や大魔王を倒すという目的も決まりました。
自身の名前と目的を神父さんや数少ない村の住民たちに伝え、修行という名のモンスター退治により一層熱を上げる少年アラン…村の住民たちは『そんな危ない事をしなくても…でもまぁおとぎ話に憧れる子供のする事だから』と心配しながらも見守っていました。
調子に乗って手痛い反撃を食らったり、時には瀕死になりながらも回復呪文を駆使し何度もモンスターと戦うアラン。村人たちからは「危険な真似はするな」と言われたりもしますが、本人が望んでいて、それで村の周囲のモンスターも減っているので村としてはあまり強く止める事もできません。
そんな日々から数年の月日が過ぎ去り、もうすぐ青年と呼べるくらいには成長したアランは遂に村を出て本格的に旅をすることを決意します。
この村はカール王国という国の中でもかなり外れのほうにあるらしく、アランはひとまずカール王国の中心部を目指すことにしました。この小さな村では情報という情報は滅多に入ってこないため、ルイーダの酒場やダーマ神殿などといった施設がどこにあるのかなどがまったくわからないのです。
そのためアランはひとまずカール王国の中心であるお城を目指し、王様に会えるなら次のレベルまでの必要経験値などを聞きたいと思っていました。
「アラン、身体には気をつけないといけないよ」
「いつでもこの村に戻っておいで」
「手紙待っとるからな」
神父さんや村人たちに見送られ、アランは村を出発します。人数が少ないからか、村1つが家族のような暖かさがあり、世界を救ったらこの村でのんびり過ごすのも悪くないな…などと考えながらカールのお城を目指すアラン。
道中のモンスターたちを呪文で倒したり、立ち寄った村でお手伝いをしたりしながら順調に旅路を進んでいました。これぞ勇者の旅って感じだな…などと考えていたのですが、障害はこの後やってきます。
「ここがカール王国ってところかぁ…」
ついにカール王国の城下町までやってきたアラン。さっそく王様に会うためにお城を目指し、城門を通ろうとしたところ衛兵に声をかけられたのですがここで問題が発生しました。
「待て、この先は王城だ。一般人は立ち入ることはできない」
「いや、王様に会いたいんだけど」
「王に会いたいだと?何の用で王に会いたいんだ?」
「いや、次のレベルに上がるための経験値とか聞きたいんだよ」
「こいつは何を言ってるんだ…?」
結局アランと衛兵は話が噛み合わず、アランは王様に会うどころかお城に入ることもできませんでした。それどころか「怪しいやつ…ちょっとこっちまで来てもらおうか」などと連れて行かれかけたため思わず呪文で反撃してしまい、衛兵たちが驚いているうちに逃げ出したのです。
そこからはなぜかお尋ね者のような扱いになってしまい、巡回している兵士に見つかってはあまり怪我をさせない程度に返り討ちにしたり、たまに回復呪文で癒やしてあげたりしながらアランと兵士たちは日々を過ごしていたのでした。
実はカール王国の国王は病床に伏しており、現在は王女であるフローラが国を纏め上げているのです。それを知らずに王に会いたいと突然やってきたので、アランは怪しまれて当然なのでした。
それでも図太く城下町をウロウロと情報収集したりしているアランですが、もちろんそんなアランを捕まえようと兵士たちはやってきます。たまに兵士だけでなく騎士団とか名乗る者がいたり、更にその中には騎士団長とかいう人物もいたりするのですが、今のところアランは捕まることなくその全てを切り抜けていました。
そんなカール兵たちとの追いかけっこはアランの敏捷性を鍛えたり動きを洗練させる役目は果たしてくれていたのです。しかし相手を倒したわけでもないので経験値にはならないため、アランはカールの城下町を離れて再度モンスターたちを倒すことにしました。
その頃にはカール城内でもアランの話は周知されており、様々な憶測と共に『王の命を狙っている』という突飛なものから『武者修行のために兵士と戦っている』『実は魔族だった』『騎士団長が負けた』『国を落とすか乗っ取るのが目的では』といった噂が尾ひれを付けて更に噂を呼んでいる状況だったのです。
そのため全部の噂が根も葉もないのですが、否定する本人が捕まらないため言いたい放題に言われているのでした。