賢者の冒険 作:賢者さん
オーザム王国は最北にある雪と氷の地です。
国交の一環としてアランは幾度か訪れた事があるため知っているのですが、今そこは魔王軍の侵略によって戦場と化していました。これはカール王国以外のすべての国に言える事なのですが、魔王が討伐され平和が齎された事により危機感が薄れてしまった事が原因でもあります。
そしてカール王国でもアバンやフローラ女王は大魔王の存在を信じていても、当時は影も形もない大魔王の存在を周知しては余計な混乱を生むだけと口外していなかったためでもありました。
しかしそれを教えなかった事を責めることはできません。
魔王軍のモンスターという脅威からやっと解き放たれたと思っていた矢先に、更に強大な脅威の存在など知ってしまっては普通の人間には耐えられなかったでしょう。それに十数年の平和は人々から危機感を薄れさせはしても消し去るわけではなかったのです。
アランがオーザム王国へとやってきた時には魔王軍の影も見当たらない様子でした。ひとまず状況を確認するために王城へと向かい魔王軍の状況などを聞いていったところ、王や大臣たちを含め戸惑いの表情で説明してくれました。
「我々にもどうなっているのか皆目わからないのです。ある日突然魔法生物が群れをなして襲いかかってきたと思ったら…波が引いたようにモンスターたちがいなくなってしまったのです」
「それじゃあここは大丈夫そうだね。俺はリンガイアに行くけどまた出てきたら教えてね。助けに来るから」
オーザム王国では炎や氷の魔法生物たちが襲いかかってきていたようでしたが、襲われていた彼らが言うには突然来なくなったということでした。来ないのは良いことではあるのですが原因がわからず、またいつ襲いかかってくるのかわからないだけに彼らの心配が尽きることはありません。
原因を紐解けばアランにあるのですが、アラン自身も加担した意識が皆無なため誰にも真相のわからない不気味な撤退と見られているのです。もしここでオーザム王国を襲っていたのが魔軍司令ハドラーが生み出した禁呪法による生物だと知っていれば…そして生み出したハドラーがアランによって消滅させられているため生み出された生物も時を同じくして消滅していると知っていれば素直に喜べたのですが、そんな事を知らないアランとオーザム王国は突然来なくなったとしか認識できていないのでした。
これもきっとハドラーが「オーザム王国には自分が生み出した生物が軍団長をしていて、自分を倒せばその軍団長も一緒にいなくなるよ」と伝えなかったせいなのでしょう。きちんと言っていればこのように疑惑だけが残る事もなく喜べたというのに、やはりいなくなっても恐怖の根を残すあたり流石に元とはいえ魔王なだけあります。
今となってはこの連鎖した結末を予想できる者などいないため、アランは今の状況に不安を抱えるオーザム王国を出て次の目的地であるリンガイア王国へと移動することにしました。もちろんアランはリンガイア王国へも行ったことがあり、城塞王国と呼ばれる堅固な守りと何者の侵略であろうと跳ね返してみせるという強い意志を持った兵士たちが多かった記憶があります。
アランがリンガイア王国へとルーラで移動した先にいたのはドラゴンの群れでした。
地を這うドラゴンや空を自在に飛び交うドラゴンなど、ドラゴンの見本市と言っても良いくらいに多様なドラゴンたちが建物を破壊し人を襲い暴れていたのです。とりあえず駆けつけ全滅とばかりにドラゴンたちを葬り去り、顔見知りを求めて王城へ向かった先にちょうど話したことのある将軍に会うことができました。
「おお、アラン殿!」
「お、将軍久しぶりだね。助けに来たんだけど余計なお世話だったかな?」
「いえ、ご助力感謝します。あのドラゴンの群れには我々も手を焼いていたのです」
どうやらオーザム王国とは違いこちらは魔王軍がきちんと攻めてきているようでした。城塞王国と呼ばれるだけあって王城を中心に今のところは抵抗できているようですが、将軍が言うにはこのままだといつまで耐えられるかわからなかったためアランの助勢は非常に助かったとの事です。
リンガイア王国のバウスン将軍の名は他国でも猛将と知られるほどなのですが、それでも終わりの見えないドラゴンの襲撃に対し士気を保つのが精一杯な状況なのでした。ドラゴンという最強の生物を相手に兵士たちを纏め抵抗できている時点で十分な成果と呼べるものなのですが、だからといって勝てなければ待っているのは破滅の未来なのです。
そんな将軍では打破できない状況に光明として現れたのが魔王を倒した賢者なのですから、アランの登場を喜ばないはずがありませんでした。魔王を倒したという肩書を持つ人物の登場は前線で戦う兵士たちに希望を与え、ドラゴンをも倒すその力は噂に偽りなしと問答無用で思わせるのです。
そこに「ドラゴンの群れを倒すほどの力を持っているなんて怖い」などという恐怖を人々に持たれるような事はありません。『魔王を倒した』という肩書は、それくらいできて当然とでもいう風に受け入れられるほど人々にとって大きなものなのでしょう。
既にアランはリンガイア王国に来てから見える範囲のドラゴンたちを殲滅しており、それを成したのが『魔王を倒した賢者』という事もあって既に人々の顔から不安と緊張を取り払う効果が出ていました。そしてそれは兵士や人々だけでは収まりません。自分では成せないそれだけの影響を与える人物が助けに来てくれた事が、国防のトップを担うバウスン将軍の肩の力を抜き冷静に考えるだけの余裕を与えることにもなったのでした。
「アラン殿、申し訳ないのですが…北側のほうの助力をお願いできないでしょうか。あちらは私の息子が向かっているのですが、どうにも数が多いらしいのです」
「了解。それじゃちょっと行ってくるね」
バウスン将軍は現在攻められている場所を考え、一番敵の多い場所へアランに行ってもらう事にしました。通常であれば政治的な要素も絡んでしまうため、他国の援軍に一番危険な場所へ向かわせる事などしません。そこで万が一の事があった場合に国家間の問題に発展しかねないためです。
しかしそこは魔王を倒した実績を持ち、既にドラゴンたちを容易く打倒した姿を見せているアランだけにいらない心配と言えるでしょう。切羽詰まっているというのもあるのですが…ドラゴンの軍団に攻められている状況だというのに焦る様子すら見せず、この程度簡単に打開できると言わんばかりの余裕の様子を見せられて将軍も余計な考えを捨てたのです。
そこには無謀にも飛び出して行ってしまった自身の息子を案じる気持ちも入っているのかもしれませんが、仮に「私の息子を助けてほしい」と言ったとしてもアランは二つ返事で引き受けて軽く達成してしまうだろうという確信を持っていました。そしてそんな1つの心配事が解決したとばかりに、バウスン将軍は他の場所の指揮を取るべく兵士たちに指示を出すのでした。
…
……
………
「ここが将軍の言ってた場所でいいのかな?」
アランがバウスン将軍に頼まれた場所へ到着した時、そこはまさに戦場と呼ぶに相応しい場所となっていました。倒れ伏す兵士たちや打ち倒されたドラゴンの死体などがそこらに存在しており、今は小康状態なのか無事な兵士たちが治療をしたり忙しく立ち回っている様子が見て取れます。
アランはとりあえずそこらにいる兵士たちに助けに来た事を告げ、それと同時にベホマラーを唱えました。今まであまり使う機会のない呪文だったので、パーティじゃない複数の相手に効果があるのか疑問だったため内心では試すにはちょうど良い場面だったのです。
「おお、傷が回復していく…」「賢者殿が来てくださったのか…」「さすが賢者殿だ」
自分たちの負傷が見るからに回復していく様子に感激しており、それがきちんと効果があった事に満足したアラン。再度バウスン将軍からここに救援に行ってほしいと頼まれた事を伝え、兵士たちに明るい表情が戻ってきた中で焦った表情の伝令がやってきました。
「報告!新たなドラゴンたちがこちらにやってきています!その数…およそ先程の数倍はいるとの事です!」
「なんだとっ!?」「まだいるのか…」「魔王軍め…」
まるで絶望を告げるような伝令の報告に信じられない様子の兵士たち…いくらアランが助けに来てくれたとはいえ、それだけの数が相手では…と、兵士たちの表情は暗いものになっていきます。その様子を見て無理に戦わせても無駄死にするだけだろうと思ったアランは1人で迎撃することを決めます。
しかしそこに1人の青年が現れ、自分が前線に出て撃退してみせると言い出したのでした。
「ボクは…人呼んで『北の勇者』!」
「……え?」
アランは衝撃を受けました。人がそう呼んでるというのは理解できるのですが、それって自分で言ったらダメなやつじゃね?などと考えています。人が言っているって言いながら自分で名乗っているのならそれはもう自称であって、アランが自分で『大賢者』と名乗っているのと何も変わらないのでは…と、ただの自己紹介のはずがあらぬ方向に思考が飛んで行ってしまいました。
ちなみにアランの場合、人呼んでとなると『大賢者』ではなく様々な呼び名になります。この世界にパルプンテが知られていれば『パルプンテ賢者』になるかもしれませんが、現在カール王国の大臣たちなどからはどこで爆発するかわからないという意味でたまに『ばくだんいわ』と呼ばれていたりします。子連れでふよふよしている時は侍従さんたちからは『子守さん』と呼ばれていたりしますし、他国からの場合は『賢者様』になっていたりと色々な呼ばれ方があります。
「あなたは賢者アラン殿とお見受けします。しかしボクが敵を倒してみせるので助けは必要ありません」
「わかった。勇者なんだったらそれくらい朝飯前だもんね」
「ええ!アバン殿にも負けない力をお見せしましょう!」
自ら北の勇者を名乗ったバウスン将軍の息子であるノヴァくんは「助けはいらない」と言うことなので、アランはそれを承諾し激励の言葉を送って戦いを見守ることにしました。自称であれ他称であれ勇者を名乗っているのならドラゴンたちくらいに負けたりしないだろう…という期待と、本人も自信満々で語る様子から大丈夫だろうと判断したのです。
そこには決して「そういうイベントなのね」という思考があったわけではないはずです。堅牢な城塞王国の将軍の息子だし、ここまで自身に満ちあふれているのであれば強キャラ登場イベントなんだろうな…などと思っていたのかは定かではありません。
その結果ノヴァくんは残念ながらドラゴンたちにやられてしまいました。
最初は威勢よく飛び出して獅子奮迅の戦いを見せてくれていたのですが、耐久力で勝るドラゴンを前に徐々に失速していき……集中力を欠いてしまいドラゴンたちの攻撃を避けることができなかったのです。もしドラゴンの数が5匹や10匹くらいならきっと勝てたでしょうけれど、数十数百にもなるドラゴンの軍団の前にノヴァくんは力及ばずやられてしまったのです。
巨大な質量でぶつかってこられ吹き飛ぶノヴァくん…炎のブレスで焼かれていくノヴァくん…
ピクリとも身動きせずなすがままとなっているその様子は、兵士たちにまるでこの後の自分の未来を想像させるのに十分だったのかもしれません。もはや恐慌状態となってしまっている兵士たちを見ながら「思っていた展開と違うなぁ」と首を傾げているアラン。
アランの予想ではノヴァくんが1人でドラゴンたちをなぎ倒して「この世界はボクが守ってみせる!」といった内容だと思っていたのです。自分で「手出し無用」とか「アバンに負けない力を見せてやる」と大言を吐いておいて中ボスでもない雑魚ドラゴンに負けるなど誰が考えるでしょう。
それもそのはず…ノヴァくんはリンガイア王国内であればそれなりの強さを持っていますが、しかしそれは国内での話でしかなかったのです。勿論本人は努力し剣技を磨き呪文も操れるのですが、如何せん実戦経験というものも不足していました。もしノヴァくんがオーザム王国に遠征に行って戦ったりしていればまた違ったのかもしれませんが、今のノヴァくんは『将軍の息子』ということもありお世辞と将来への期待が合わさったことで『北の勇者』と呼ばれていただけだったのです。
やっぱり勇者じゃなかっただけか…と1人納得したアランはアワアワしている兵士の1人にノヴァくんを回収しておくように伝え、襲いかかってきているドラゴンの軍団を相手にすることにしました。考えてみれば将軍の息子という強キャラっぽい人物が勇んで挑み、そして返り討ちに遭った敵を倒すというのは王道かもしれません。つまりノヴァくんは敵の強さを引き立たせるための役割だったと考えれば辻褄が合うのです。
そんなノヴァくんが聞いたら心が折れそうな事を考えながら、アランは1人でドラゴンの軍団を相手にしていきます。武神流の師匠であるブロキーナは高齢となった為あまり奥義や技を多用することはなくなっていますが、アランは全盛期とも言える力に補助呪文まで駆使しているためある意味打ち放題です。
いかにドラゴンといえど生命を宿す生物である事には変わりありません。そして生きているのであれば武神流最強の奥義はまさしく最強の力を発揮するのです。ブロキーナより伝授された閃華裂光拳はホイミを使用する技であり、同じ効果を齎すマホイミと比べると消費する魔法力も微々たるものです。
飛んでいるドラゴンにはトベルーラを使って空中戦闘をしたり、大魔道士マトリフから教えられたベタンという重力呪文を使って地面に叩き落とした後に止めを刺したりとバリエーションに富んだ戦い方で次々とドラゴンを屠っていくアラン。ドラゴンという最強の生物の軍団を相手に一歩も引くことなく戦うその様子はまさしく人々の希望として映っており、兵士たちの恐怖や怯えを取り払ってくれたのです。
「賢者殿に続けぇ!」「今こそリンガイアの底力を見せる時だ!」「うおおおおお!」
アランが1人で戦う姿は兵士たちに勇気を与え、遅ればせながら参戦するリンガイアの兵士たち…ここらでもうひと押ししてあげようかと両手に炎と氷のエネルギーを溜め撃とうとした時にソレはやってきました。
「グルルル…人間共が生意気にも抵抗しよる…だがこの超竜軍団長であ」
「あっ……見よ!これが人の持つ可能性というものだァ!」
見た目から他のドラゴンよりも更に大きなドラゴンが羽ばたきながらやってきて、口上を述べている途中でドラゴンの頭が光に飲まれて消え去ってしまいました。ハドラーの時と同じような展開になってしまいましたが、アランとしても今回は仕方がない事だったのです。
襲い来る数多のドラゴンと戦う兵士たちを鼓舞するためにメドローアの準備をしていたのに、そこでやってきた中ボスっぽいドラゴンによってまた兵士たちの戦う気力を削がれては迷惑でしかありません。そのためさっさと中ボスを消し飛ばして後は有象無象だと思わせることで士気を高めるしかなかったのです。
そして人間の可能性というふわっとした口上が兵士たちに勝鬨の声を上げさせ、文字通り頭を失ったドラゴンたちは散り散りに逃げていったり討ち取られたりしていきました。
進捗報告:最終話まで予約投稿完了しました。