賢者の冒険   作:賢者さん

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アランの冒険9

 

 

モンスターとの戦いなど見た事のない人々だけでなく、王国を守護する騎士団でさえ竜の騎士の戦いは今まで見たことのないほどのものでした。おとぎ話に謳われてもおかしくないようなその光景は、まさに世界の命運を懸けた戦いと言っても誰も疑問に思わないでしょう。

 

巨大な岩の巨人から限りなど無いかのように思えるほど大量に湧き出てくるモンスターたち。そしてそのモンスターの大群など烏合の衆だと言わんばかりに打ち倒していく1人の戦士……剣を振れば敵を斬り裂き、呪文を唱えれば雷の雨で敵を葬っていく様子はまさしく一騎当千と呼ぶに相応しいものでした。

 

「これほどとは…」

 

「オレも負けていられん。アバン、オレは北側のモンスターを蹴散らしてくる!」

 

「ヒュンケル!」

 

鬼岩城から無数に現れる不死のモンスターたちでしたが、バランにとってそんなものは物の数ではありません。神々の造り出したオリハルコンの神剣である真魔剛竜剣を持ち、竜闘気という強力な闘気を纏い戦う今のバランに太刀打ちできる者は地上には数えるほどしかいないでしょう。

 

そんな獅子奮迅の戦いの様子を見てアバンは伝説の騎士の戦いに驚き、ヒュンケルは負けじと剣を片手に飛び出して行ってしまいました。味方に勇気を与え鼓舞するという意味では良かったのですが、少々効果が高かったのかヒュンケルには覿面だったのか…言葉通りであれば負けられない何かがヒュンケルの中にあるのかもしれません。

 

「アバン殿、では南側はこちらで引き受けよう。これでも百獣魔団を率いた元軍団長だ。そう安々と通しはせん」

 

バランの戦いを見てヒュンケルと同じように何か感じるものでもあったのか…次はクロコダインが残った南側を引き受けてくれるとの事です。まるで最初から味方だったかのように、普通に元仲間だったはずの魔王軍と戦いに行くのは良いのでしょうか。

 

アバンたちはシンシア王女とヒュンケルの事を信じているので比較的簡単にクロコダインの事を受け入れることができました。ヒュンケルとは直接言葉を交わし刃を合わせた関係ですし、シンシア王女は誰に似たのかそれとも子供ながらの好奇心からなのか敵意がなく言葉を話せるモンスターを珍しく思ったのか気に入った様子でした。

 

しかしそうではない普通の人間にとって突然「元々魔王軍で軍団長をしていて人間を襲っていたけど、改心して仲間になることになったよ。だから一緒に魔王軍と戦おうね」と言われても信じられないはずです。魔王軍を裏切ったのだから、いつまた人間を裏切るかわからない…そういう心理が働いてしまっても仕方ないというのが人の心というものでしょう。

 

残念ながらそういった人間の心の機微を解決する手段をアランは持ち合わせていません。余計な時には鋭くても大事な時にそういう面ではあまり役に立たないのがこの賢者なのです。そしてアランから言わせれば、こういう事態は基本的に勇者アバンの出番なのです。

 

学者の家系だったということもあり決して昔から勇名として名を馳せていたわけではないので知らない人も多いのですが、アバンは魔王を倒し勇者となる前はカール王国騎士団に所属していました。騎士団に入ったのは、これもまたベタに城を飛び出したお転婆なお姫様がモンスターに襲われ危機に陥った時に助けた事がキッカケという事です。

 

この話を当時のお茶会でフローラ女王から聞き、後にソアラ王女からもバランとの馴れ初めを聞いたアランは本気で森を探そうかと悩みました。何せ森に行けばお姫様と出会う確率が高いのですからその思考になるのも当然でしょう。だからと言ってお姫様と絶対に恋をしたいというわけではありませんが、アランの中でフローラ女王とソアラ王女という2人のお姫様の物語には足りないものがあるのです。

 

それは『囚われのお姫様の救出』です。

 

かつて魔王ハドラーがカール王国にわざわざ出向いてきた時は、てっきりフローラ王女が『囚われのお姫様』になると思っていました。そのために準備をしていたというのに、結果を見ればアバンが追い返したという事だったため違ったのです。そのため現在お姫様部門でアランにとって足りないエピソードは『連れ去られて助け出されるお姫様』なのでした。

 

誰も好き好んで誘拐されたいわけでもありませんし、普通に考えればお城で大事に育てられるのがお姫様というものでしょう。一応シンシア王女もお姫様なのですが、いくらアランでも可愛がっているシンシア王女を誘拐させようとは考えていません。むしろアランがしょっちゅう誘拐まがいの連れ去りをしているくらいです。

 

ディーノくんも血筋としてはアルキード王族の血を引く王子様と言えますし、その彼もしょっちゅうシンシア王女と一緒に連れ去られています。大体2人がいない時は賢者が連れ去っており、アランも気付いていませんが『お姫様の誘拐』というところだけならある意味達成しているのかもしれません。しかし『救出』という部分がなかったので本人も気付いていないところがアランなのでした。

 

姫様がどこにもおりません!という、そんな侍女の慌てようを宥めるのはいつもシンシア王女の父親であるアバンの仕事です。アランについて色々と苦言を言われたと思えば身内に取り込もうとする貴族連中を諌めたりするのもアバンの仕事でした。フローラ女王だけでは目の届かない場所まで見通し折衝するのは基本的にアバンだったので、今回クロコダインを受け入れるに当たり皆がアバンに問うたのは成り行きとして必然だったのでしょう。

 

やはり誰もが国を治める女王陛下に向かって「あのモンスターは信用できない、いつまた裏切るかわかったものではない」などと言えるわけではありません。しかし勇者という肩書はあれど元々騎士団に所属しており旧知のアバンであれば、その人柄も手伝って臣下たちも話をしやすいのです。これもアバンの持つ独特の雰囲気が成せるものなのかもしれません。アバンが言うのなら大丈夫だろう…そう結論付けた大臣たちは何か起こっても対処してくれると考え声を上げるのを収めたのでした。

 

 

これにより東側で鬼岩城をバランが、北側をヒュンケルが、南側をクロコダインが、西側をアランが抑えるという状況となりました。クロコダインの事はあまり知らないため未知数ではありますが、ヒュンケルとアランはきっと問題なく撃退してくれるでしょう。ならば次に打てる手は…と戦いの天秤をこちらに傾けるため思考を巡らせるアバン。

 

「先生、おれも父さんを手伝ってくる!」

 

「お父様、私も露払い程度なら問題ありませんわ」

 

次々と鬼岩城から湧き出てくる不死のモンスターにバランが苦戦していなくてもキリがないと思ったのか、ディーノくんとシンシア王女がその補助を自ら申し出てきました。実際に敵の本命である鬼岩城を狙おうとすると大量に出現しているモンスターたちが王城のほうへ押し寄せる可能性があったためジリ貧になりかねなかったのです。

 

今はまだ竜の騎士としてその紋章の力を使用する事ができないディーノくんですが、その身体能力はバラン譲りなのか目を見張るものがあります。そしてディーノくんがアバンの事を『先生』と呼ぶのは、教養や知識などをシンシア王女と一緒に教えてもらっている様子をソアラ王女が「まるで先生と教え子みたいね」と言い、その呼び方にしっくりきたのか「先生」と呼ぶようになったのでした。

 

アバンはカールの王城の各地に設置したアイテムなどを利用し、破邪呪文であるマホカトールで城を覆うことで守りを固め自分がバランの補助として参戦するつもりでした。しかし子供たちが頼れる戦力であることは間違いなく、バランが先頭に立ち自分が後方で援護できる状況であれば問題ないと判断し任せることにしたのです。

 

何よりアバンは実際に子供たちが戦っているところを見たことがありません。騎士団の訓練場での様子などは見ていますが、この将来有望な2人の子供がどこまで出来るのかもまた未知数だったのです。

 

「ディーノ君、シンシア。私はひとまず王城に結界を張ってから様子を見てバランさんを手伝いに行きます。それまでの間お願いできますか?」

 

「「はいっ!」」

 

元気良く返事をして飛び出していく子供たちに親の立場として少々の心配もありましたが、2人の戦う様子を見てそれは杞憂であったと考えを改めました。暗黒闘気によって操られた『さまようよろい』や『シャドー』など以前カール王国を襲ってきたモンスターたちに加え、何やら不気味な雰囲気を漂わせる気持ち悪い鎧のモンスターなどもいるのですが子供たちは怯む様子すら見せません。

 

その戦いの様子から心配は無用と判断し、アバンはマホカトールを王城に施して自身もまたモンスターを撃退する一助となるべく城を飛び出していくのでした。

 

そんな中シンシア王女は武神流の技と呪文で、ディーノくんはバランに鍛えられた剣腕とアバンに教えられた武技を用いて敵を蹴散らしていきます。アバンはその戦いを感心していましたが、最前線で戦うバランがチラッとその様子を見た時に最初に出てきたのは感心や心配ではなく疑問でした。

 

ディーノはあそこまで戦えたか…?

 

普段ディーノくんに剣を教え手合わせしているバランは息子の腕前をよく理解しています。しかし現在戦っているディーノくんはバランが知っているよりも明らかに強く速くなっているのです。竜の紋章が力を発揮しているわけではない事は自身の感覚でわかっているので、その戦いの様子に疑問が先に湧いたのでした。

 

そしてその答えはシンシア王女にあります。

 

シンシア王女は戦う前に自分とディーノくんに『バイキルト』『スクルト』『ピオリム』をかけており、攻撃力と防御力と素早さを底上げした状態で戦いに挑んでいたのです。ここにその犯人であるアランがいれば答えはすぐに出たのですが、2人の父親はそんな事ができることすら知らないためそれぞれが違った感想になってしまったのでした。

 

しかしそんな2人の子供の参戦は形勢を大いに傾けることとなります。後顧の憂いがなくなったバラン…今までの戦いでは守勢に重きを置いていましたが、子供たちに負けていられないとばかりにその本領を発揮し王城へと迫る勢いだった巨大なゴーレムを必殺剣の一太刀で沈めてみせます。

 

子供たちの戦いに触発されたわけではないでしょうが、子供たちがこれで増長しないよう『上には上がある』という戒めの意味や『そろそろ守ってばかりではなく格好良いところを見せておくか』という意味などいろんな思考が重なった事がバランに最強の一撃という選択を取らせたのでしょう。

 

豪雷と表現するに相応しい…それだけでも数多の敵を屠れるであろう稲妻を自身の剣に落とし、更に竜の紋章の力を存分に開放し放たれた一撃は見ている者すべてが言葉を失うほどに凄まじい威力を誇っていました。

 

 

……

………

 

 

「キィーヒッヒッヒッヒッヒ。人間どもめ、すっかり騙されてしまっておるわい」

 

アバンは破邪呪文であるマホカトールで王城を覆い、邪悪なモンスターなら入ることすらできないため大丈夫だと城を出てしまっています。しかしその心の隙を突くように、魔王軍の妖魔師団長である妖魔司教ザボエラがカール王城内に入り込んでいました。

 

ザボエラの目的は人間たちの戦意を無くさせる事であり、わざわざ自らが戦って功績を得ようとは考えていません。それらはすべて鬼岩城を動かしているミストバーンにでもやらせておいて、自分は裏から手を引いて勝利のお膳立てをしてやろうというつもりです。現在魔王軍の地上侵略を妨げているのはこのカール王国の勇者たちであることは言うまでもなく、更に次々と軍団長も討ち取られクロコダインにおいては魔王軍を裏切って人間側につくという有様でした。

 

残っているのは自分とミストバーンのみという状況は魔王軍としては決して芳しくないものではありますが、しかしザボエラにとってこの状況は逆に自身の有能さを大魔王へと示すチャンスでもあったのです。数々の奸計をめぐらす事を得意とし、自身の息子すら道具として見ているザボエラにとって人間というのは自分に都合良く動いてくれる駒でしかありません。だからと言って甘く見ることもないところがザボエラのザボエラたる所以なのでしょう。悪魔の目玉などを通じてこの国の状況なども把握しているザボエラは、現在戦っている連中にとっての急所となり得る人物を既に特定しています。

 

 

手強いであろう勇者アバン、竜の騎士バラン、そしてその2人の子供、賢者アラン、剣士ヒュンケル、これらの戦意を失わせるに足る人物……ザボエラが目をつけたのはフローラ女王とソアラ王女の2人でした。

 

この2人を手中に収める事ができれば下手な抵抗はできなくなる……そう結論付けたザボエラは目的の人物がいるカール城に潜入し、そして厄介な勇者たちが出払うのを待っていたのです。しかし思慮深いザボエラはこの場で2人を殺して終わりなどとは考えていません。拐ってしまい、魔王軍の手の中にあるという事実を作り出すだけでいいのです。

 

「誰だ!?」

 

「ほう…人間のくせによく見つけたと褒めてやろう…ワシは大魔王様の片腕、妖魔司教ザボエラ様である!」

 

アバンに頼まれた事で王城の守護を固め、自身はフローラ女王とソアラ王女の近くにいた騎士団長ホルキンスが怪しげな気配に気付いた時にはザボエラは既にすぐそこにいました。そして堂々と大魔王の側近を名乗っていますが、本物の側近であるミストバーンがこれを聞いたら怒られるでは済まないかもしれません。

 

しかしそんな魔王軍側の事情などまったく知らないフローラ女王たちは、これを大魔王の策略だと判断してしまいます。王城の中枢までやってきている相手の目的などそう多くありません。かつて魔王ハドラーも同じ事を考えて直接このカール王国までやってきていたのですから、今回も同じ事を考えていると思うのは自然な流れです。

 

「なるほど…大魔王もかつてのハドラーと同じく私を連れ去ることで士気を下げたいのですね。しかしたとえ私がいなくとも何も変わらないと言っておきましょう」

 

「随分と豪胆な事じゃが、このワシがハドラーごときと同じとは思わんことじゃ…デルパ!」

 

ザボエラのその言葉を合図に魔法の筒から飛び出すモンスターたち。マホカトールの効果によってモンスターたちは力を落としているものもいるようですが危険な相手には変わりありません。かつての城内での戦いでもアバンが来てくれなかったら、今のフローラ女王はここにいたかもわからないのです。

 

フローラ女王の中では仮に自分が連れ去られたとしても、今は夫となった勇者アバンや頼もしい仲間たちがおり皆の士気に影響は少ないと考えていました。しかし「ハドラーと同じと思うな」というザボエラの言葉の通り、今の状況はかつての状況と似ていながらもこちらが不利だったのです。

 

当時のフローラ王女を助けてくれたのはアバンであり、しかしそのアバンは強大な敵を倒すため城を出てしまっています。バランや子供たちも、そしてアランやヒュンケルも城の外で戦っているため助けが来る可能性は低いと考えるしかありません。もちろんここには騎士団長のホルキンスがいてくれていますが、相手が大魔王の側近ともなればその力は決して甘く見ることのできないものなのでしょう。

 

「さて…無駄な抵抗は止めて諦める気になったかの?ワシも余計な手間はかけたくないのでな、大人しくそこの2人の身を差し出せば帰ってやっても良いぞ?」

 

「冗談ではありませんね。ソアラ姫を渡すなど有り得ませんし、大人しく捕まるくらいであれば私は死を選びます」

 

「キィーヒッヒ…ワシお前たちを拐ったという『結果』さえあれば良いのじゃよ。それがたとえ…死んでいようとな」

 

ここにいる者は諦める事なく抗い、その結果命を落としたとしても後悔などありません。しかしザボエラにとってはそんな抵抗など余計な手間をかけさせてくれるだけの行為でしかなかったのです。大人しく2人を渡せば『連れ去られた』という結果をアバンたちが知ることになり、ここで皆殺しにしてから死体を2つ持って帰っても同じ結果を齎すことができるのです。

 

そしてハドラーと違いザボエラは生体研究や人体実験なども平気で行う残虐な性格をしている事もフローラ女王たちの不利に働いていました。死んで終わりではなく、その死を穢して利用するのが妖魔司教ザボエラの真骨頂なのです。既にザボエラの頭の中では『連れ去った2人を取り戻そうと必死に探し、見つけた時には腐った死体として再会する』という筋書きができており、来るべきその時の事を考えると期待で笑みが止まりません。

 

この2人の女が変わり果てた姿で目の前に現れたら、人間どもはどんな絶望の顔をするのか見ものだのう…そんな嗜虐心を刺激されながら、ザボエラはこの場にいる全員の息の根を止めるために魔法力を高めるのでした。

 

 

 

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