賢者の冒険 作:賢者さん
「よくも…よくも大魔王様より預かった鬼岩城を破壊してくれたな…」
「襲ってきておいてよく言う…貴様がこの国を襲っていたという軍団長だな」
まさかカール城内でフローラ女王とソアラ王女が危機に陥っているとは想像もしていないバランたちは、破壊した鬼岩城から出てきたミストバーンと呼ばれるトンガリローブと相対していました。その声は怒りに震えており、表情は伺えないながらも許せないと思っているのは間違いないでしょう。バランの後ろにはディーノくんとシンシア王女が控えており、顔の見えない薄気味悪い相手を油断する事なく見つめています。
そのミストバーンが手を翳すと、3人は突然見えない力に縛られるように身動きが取れなくなりました。今までに見たこともない攻撃を受けた事で子供たちは戸惑ってしまいますが、竜の騎士であるバランにはそれが何なのかなどすぐに理解できました。
「うぐっ…なに…これ…?」「うごけ…ない…よ」
「小癪な真似を!」
すぐにバランが打ち破ったそれは闘魔傀儡掌という暗黒闘気を用いた技だったのです。ディーノくんもシンシア王女も当然ながら闘気の存在は教えられています。実際に見せてもらった事もありますし、父親2人が使えるわけですから「2人もいずれ使えるようになる」と言われていたのです。
しかし暗黒闘気というものは名前や存在だけは教えられていても実際に見たことがありませんでした。これは身近に暗黒闘気を使用できる者がいなかったため仕方がない事だったのです。アランもこの『闘気』というものについてはアバンから教えられた知識しかなく、またアランの持つゲーム知識にもなかったので説明のしようがなかったのでアバンたちに丸投げしていました。
ディーノくんとシンシア王女はアランと共に多くのモンスターと戦ったりはしてきましたが、それでも暗黒闘気を使って戦うようなモンスターとは出会った事がなかったためまったくの未知の攻撃を受けて戸惑ってしまったのでした。
幸いにもバランが竜闘気を放出し打ち破ることで事なきを得ましたが、やはり大魔王に近づいていくに連れて敵も強力になっているのでしょう。それなりに経験を積んできているとはいえ、やはり百戦錬磨の竜の騎士や魔王を討伐した勇者パーティなどに比べると子供たちはそういった経験面で些か劣ってしまうのは仕方ありません。とはいえバランは「そんな状況でも取り乱したりすることもなかった事は褒められる点だろう」と冷静に評価しているようですが、しかしその内容は少々贔屓目に偏っているのかもしれません。
「ディーノ、シンシア。お前たちは少し下がっていろ」
このミストバーンを相手に子供たちでは荷が重いと判断したバランは、2人を下がらせ自分が戦うという判断を下しました。そこには危険だからという意味と、この戦いをしっかり見ておけという意味が含まれています。
ディーノくんもシンシア王女も戦闘力という意味では既に並の戦士を大きく上回っています。
今はまだディーノくんは竜の紋章の力を発揮したり竜闘気を使用することはできていません。これは竜の騎士も「成人となるまでは普通の人間の子供と変わらない」という事で、バランの見立てではあと数年ほどである程度使えるようになるだろうという事でした。しかし興味から始まった剣術に関しては驚くべき成長を見せており、更に友人の賢者がいるせいもあってか魔法にもそれなりに適性を見せていました。
バランが一度も見せたことなどなかったはずなのに、ある時息子が攻撃呪文を剣に宿して自分に見せてきた時は親子というものを強く実感したという事もあったのです。きっとディーノくんはディーノくんで強くなる方法を常に模索していたのでしょう。何せ彼の隣には常に幼馴染のシンシア王女がおり、そしてその彼女は両親から受け継いだ才能の芽を早くから咲かせていたのです。
そんなシンシア王女も本来ならばお城で侍女に世話をされ、そして両親の影響を受けてお淑やかな王女様になっていたでしょう。もしかしたら母親に似てお転婆な部分はあるかもしれませんが、お城の外を見てみたいと言って無下にするような両親ではないため勝手に飛び出すという事もないはずです。
しかしそんな小さな王女様のすぐ近くには行動派の賢者が存在していました。この賢者は王女様を連れて空を散歩したり突然小さな男の子を連れてきたりその子と3人で他国まで散歩したりと、お城の中がすべてだった王女様の世界を次々と広げていったのです。怪我をしたと言えば魔法で傷を治療してくれたり、夜眠れないと言えば魔法で眠らされたり、モンスターって怖いの?と聞けば直接見ればわかるとばかりに連れて行かれたりと普通の王女様では決して味わうことのできないような経験を積んできました。
更に両親譲りの素晴らしい才能を秘めていた王女様は、ある日賢者に連れられて寂れた遺跡で数々の魔法の儀式を行いました。周囲の大人たちを見て育った王女様は、自分もいつかそんな大人たちのようになりたいと語った事があります。するとそれを聞いた賢者が「とりあえず契約だけでも」と悪質なセールスマンのようなことを言いながら魔道図書館に連れてきて契約させたのでした。
とはいえ魔法だけが使えても戦力になるかと言えばアラン的にはそうは思っていません。世間的にはそれで十分でも『勇者の子供』として考えると、やはりそこは近接戦闘もできなければいけないという固定観念があったりもしました。しかしやはり王女様は女の子ですので、いくらなんでも剣を持って戦うというのは難色を示されてしまうのも当たり前です。
しかしなんということでしょう。そんな悩める王女様には心強い味方がいたのです。剣を使うことに良い顔をされないのであれば使わなければいいじゃないかと、賢者は武術の神様から伝授された流派の技を王女様に授けました。魔法の使い方を教えられ、武神流の技術や技を次々と吸収していった王女様は立派(?)な賢者への道を突き進んでいたのです。
そんなディーノくんとシンシア王女でしたが、やはり実戦経験の不足は否めません。しかしそれを責めることもできません。目の前にいる相手は大魔王の側近中の側近である魔影参謀ミストバーンなのです。大魔王バーンの名を冠しているミストバーンを相手に渡り合うなど、たとえカール王国の騎士団が総出であったとしても不可能でしょう。しかしそんな事を知るはずもない子供たちはバランの戦いを自分の糧とするために、目の前で繰り広げられる激闘をしっかりと見つめていました。
初見であるはずなのに敵の暗黒闘気の攻撃も伸びる爪の攻撃もすべて避けていくバランの戦いは今の2人には真似できないものです。まるで過去にも戦った事があるかのようにミストバーンを追い詰めていく様子は未来でも見えているのかと思えるほど的確なものでした。
しかしそんな戦いの様子を見守っていた2人の耳に、どこからか笛の音が聞こえてきます。
その音色を聞いた途端に2人は頭が痛くなり、耳を塞いでも聞こえる音は徐々に考える力すらも奪っていきました。
「うぅ…頭が…」「おじさま…」
「ディーノ!シンシア!」
急いで2人のもとへと駆けつけたいバラン…しかしそんなバランにミストバーンが立ち塞がり行く手を阻んできました。自身の最強の一撃でさっさと倒し子供たちを助けるという決意を固めたバランに対し、どこから現れたのか奇妙な男と1つ目ピエロが子供たちに鎌を翳しそれを制止するように声をかけてきます。
「おおっと…余計な真似はしないほうがいいよ。この子たちが可愛いならね」「このままだと2人とも死んじゃうーキャハハハ!」
「くっ…新手か」
「ボクはキルバーン。口の悪い連中からは『死神』なんて呼ばれたりもしてるけどね」
動けば子供たちを殺す…暗にそう語ったのはキルバーンと名乗る大魔王の側近の1人であり、死神という異名すら持つ魔王軍の中でも異質な存在でした。そんなキルバーンは魔王軍の軍団長として地上を侵略するのではなく、むしろ粛清などの裏側で活動して軍団長にすら恐れられていたという存在だったのです。
しかしなぜこの場にそんな死神が現れたのか…普通ならば一番最初に魔王軍を裏切ったクロコダインのところへ行ってすぐに粛清するべきでしょう。クロコダインは魔王軍内部の情報や本拠地の場所などを人間側に流しており、まず間違いなく一番粛清しないといけない存在のはずなのです。
もしアランがこの場にいてキルバーンの事を知っていれば迷わずそう言ったでしょう。そしてそれを聞いたクロコダインは驚愕で顎が外れるかもしれません。しかし残念ながらバランはそんな事は知りませんし、キルバーンもわざわざ敵に情報を話すこともありません。そしてもし仮に「先にクロコダインのところへ行け」と言われても人質を取り有利なこの状況下で大人しく引き下がるはずもありません。
何とかこの窮地を打開したいところですがバランの前にはミストバーンが立ち塞がっており、ディーノくんとシンシア王女は膝をつき頭を抑えた状態でキルバーンの持つ鎌を突きつけられているという状況となってしまっています。そのため仮にバランがミストバーンを倒せたとしても、その間にディーノくんとシンシア王女がキルバーンによってやられてしまうのは明白でした。
「フフッ、これで君たちの負けだね」
キルバーンの勝ち誇った態度も当然のものですが、かといってバランにはディーノくんとシンシア王女を見捨てるという選択肢は存在しません。もし『バランの命を差し出せば2人の命は助ける』という取引であれば迷わず己の命を捨てるのですが、今の状況では自分がやられた後に子供たちの命も無事では済まないのは間違いないでしょう。よってバランは何とかミストバーンの隙を付いてキルバーンを退かせるという難しい立ち回りを要求されていたのです。
「おや、勝負は最後までわからないものですよ?」
そんな絶体絶命の状況を覆したのは鋭く飛来した1枚の金に輝く羽根でした。
その羽根は子供たちのすぐ側にいたキルバーンに突き刺さり、驚いたのか飛び退った場所へ更に追撃とばかりに闘気の一撃が次々と襲いかかります。それらを何とか躱しキルバーンが攻撃のあった場所を睨みつけると、そこには攻撃を放った直後のアバンがいました。
アバンが使用した羽根は『ゴールドフェザー』という鉱石を嵌め込んだ黄金の羽根であり、これは己の更なるレベルアップのために利用していた破邪の洞窟で作成したものです。アバンは忙しい日々の傍らで自分にできる事は何かという事をずっと考え挑戦し続けてきました。いくらアランが補助呪文を使えるとはいえ、基礎となる能力が低ければ上昇したところで大きな効果は見込めません。
剣の腕を磨くのであれば竜の騎士であるバランやヒュンケルにホルキンスと相手に事欠かないのですが、それだけで大魔王を倒せると思うほど楽観視もしていません。魔王ハドラーが王城に攻め入って来たときも騎士団が苦戦していたように、魔物と人間の基礎能力に差がある以上は正面から力で戦えばいずれ押し負けるのは自明の理です。
そんなアバンにとって都合の良いことにカール王国の国内には『破邪の洞窟』と呼ばれる、神が作ったと伝えられる古のダンジョンが存在していました。アバンも存在自体は知っていましたし家柄的にある程度の知識は備えていたのですが、魔王討伐の旅の頃は悠長にダンジョンに篭っているような余裕はありませんでした。魔王を討伐してからはフローラ女王との結婚や懐妊がわかったり、それによりフローラ女王の出産までの体調なども考え公務で矢面に立ったりと忙しかったのでこれまた挑戦する機会がなかったのです。
シンシア王女はある程度アランが子守をしてくれたりもしたので助かっていましたが、そこは自分の子供なので放任など考えられません。幼い我が娘に間違ってアランが父親と認識されては困るという気持ちがあったかどうかは定かではありませんが、アバンは時には『女王の伴侶』としてだったり『勇者』としてだったりと肩書を使い分けつつ公私共に慌ただしく過ごしていきました。
そうして少し余裕ができた段階で破邪の洞窟について事前に古文書などを調べ、ある程度情報を得てから1人で挑戦することにしたのです。未知のダンジョンということで幾人かは興味を示していましたが、得られるものがあるかどうかもまったくわからない場所に大勢で詰めかけるわけにもいかないため自身の修行を兼ねてアバンが潜るということで収まりました。
とはいえずっと潜り続けるような事が許されるわけではないため何度も往復していくことになります。しかしその甲斐あってか地下15階では破邪呪文であるマホカトールを習得することができ、魔王軍が襲いかかってきたこのタイミングで破邪呪文を使用することで王城に邪悪な魔物が入れない結界を張ることができたのです。
残念ながら破邪の洞窟の地下25階にあったミナカトールという破邪呪文は習得することはできませんでしたが、それでも破邪呪文を使えるようになったのは大きな事でした。地下15階でマホカトールがあり地下25階にはミナカトールがあった事で、更に地下深くにはもっと強力なものがあるのでは…と期待して潜り続けたアバンでしたが、進むごとに複雑さを増していく迷宮に時間だけが過ぎていってしまったのです。しかしそれでも破邪呪文と破邪の秘法を身につける事ができたのはアバンにとってとても大きな戦力アップでした。
そしてそんなアバンは王城でマホカトールを使用した後にクロコダインのところへと向かっていました。アランとヒュンケルという2人の事は信頼していますし、仮にアバンが援護に行ったとしても「ここは大丈夫だから他へ行け」と言われるのがオチだと考えたのです。そこで実力の未知数だったクロコダインのいる王城南側へ行き様子を見て必要なら助力してからバランの援護を行おうと判断したのでした。
トベルーラで急ぎ南へと飛んだ先ではクロコダインが多数のモンスターたちと戦っており、しかしアバンが慌てて加勢しようとするも「ここは大丈夫だ」と断られてしまいました。大丈夫だと言うのであればそれを信じるだけですし、そのためいくつかのアイテムを渡すだけに留めアバンは本命の戦いを行っているバランや子供たちのところへと急いだのです。
もしここでクロコダインが共闘を承諾していれば間に合わなかったかもしれません。もし南側を抑えているのが騎士団だったら、アバンはすぐに引き返す事なく少なくとも共に戦おうとしたでしょう。まさに綱渡りのような、か細い糸を手繰り寄せるように様々な要因が重なった結果アバンは仲間の絶体絶命の危機に間に合うことができたのでした。
「2人とも、大丈夫ですか?」
「もう大丈夫…かな?」「なんだったのよアレ…」
アランがこれらの展開を見ていたら「さすが勇者だね!」と褒め称えていたかもしれません。きっとそういう事ができるからこそ勇者なのでしょう。そんなアバンが人質となっていたディーノくんとシンシア王女を救い出した事で絶体絶命の窮地を逃れ、そしてそれは同時に身動きの取れなかったバランの枷が無くなったということでもあります。
「おっと、こわーい騎士さまが怒ってるみたいだし、ボクらもそろそろお暇しようかな」「こわいこわーい」
「逃がすと思うか」
「おや…ボクたちの相手をしていてもいいのかい?手遅れになっても知らないよ」
怒れる竜の騎士に対して余裕綽々の態度を崩さない死神…その言葉の意味など知る由もないバランは逃さないとばかりに追撃の構えを見せますが、そこで王城の方向で爆発が起こりました。アバンもバランもここで魔王軍が何かの裏工作を行っていた事を悟ります。
そんな中キルバーンは……
「それではまた会うその時を楽しみにしているよ…フフッ、この後の君たちの表情を見られないのが残念だけどね」
という不吉な言葉を言い残し、ミストバーンと共に去っていくのでした。