賢者の冒険 作:賢者さん
「よし、これで中級呪文は全部マスターできたぜ」
カール王国でいろいろと噂されているとは思わないアラン。彼はカール王国から少し離れた森の中で今日もレベルアップに勤しんでいます。兵士たちに追われる傍らで城下町では情報を集めたりもしていたのですが、今のところ誰もアッサラームどころかダーマ神殿もルイーダの酒場も知らないという結果しかありません。
中級呪文を使えるようになったのでそろそろレベル30くらいになっていてもおかしくないなぁと思いつつ、カール王には会えないしもうそろそろ別の国に行って違う王様に会ったほうが早いかな…などと考えていました。
「あなたが城で噂になっている凄腕魔法使いで間違いないですか?」
そんなある日、アランのもとに1人の青年がやってきました。特徴的なカールされた髪型、この世界では見かけなかった眼鏡をかけたその人物はアランを目的にやってきた事がわかります。
「あー…できればあまり警戒しないでもらいたいのですが…私、怪しい者ではありません」
その人物は自分で怪しい者ではないと言っており、自身の名前をアバンと名乗りました。そしてカール王国の騎士団に一応所属していて、騎士団すら翻弄する凄腕の魔法使いの噂を聞き会いにやってきたという事でした。
「凄腕の魔法使いっていうのは人違いだと思うけど、ちなみにどんな噂なの?」
「えーとですね…」
そこからアバンが語った噂を聞いたアランの感想は『これは誰の話をしているんだ?』と言いたくなるほどに荒唐無稽な噂たちでした。王様の命を狙ったり王女様を拐って国を乗っ取ろうとしたり、騎士団を少しずつ倒して戦力を削ごうとしている魔族だったりとバラエティに富んだ話がアバンの口から語られました。そしてその人物はいくつもの呪文を使いこなす恐ろしい実力を持った魔法使いであるということも…
そんなアバンの話を聞いたアランは確信しました。
「アバンさんや、どうやらそれは俺の事ではない。絶対に間違いなく人違いだ」
「私の事はアバンと呼んでください。ですがロカ…現在の騎士団長が言っていた風体とあなたの姿は一致するんですよねぇ」
しかしアランの否定とは裏腹に、アバンは城で噂の人物とアランが同一人物である事を疑っていない様子です。アランとしてはなぜ自分がそんな悪者扱いをされているのかまったくわかりません。アランの姿形で間違いないと言うのであれば実は自分には双子の兄弟とかが存在するか、別の誰かがモシャスでも使って化けているんじゃないか?とまで考えていました。
わざわざ探しに来るし噂は意味不明だしで、もう面倒になってきたので別の国にでも行こう…とアランが考えていると、どうやらアバンは自分を捕まえるためにやってきたのではないという事です。
「ふむ、私が見た限りあなたは噂のような人物ではなさそうですね。どうしてこんな噂が立ったのか、良ければ話を聞かせてもらえませんか?もしかしたら力になれる事があるかもしれません」
力になるも何も人違いだというのに…と思いながらアランはカールの城下町やお城へ訪ねた時のことなどをアバンに話して聞かせました。城下町では行きたい場所があるので誰か知らないか聞いて回っていたり、お城では王様に会おうとして断られたので大人しく帰ったり…その後はなぜか兵士と追いかけっこをしたりといった内容です。
アバンは「うんうん」と相づちを打ちながら聞いていたり「なるほどなるほど」などと頷いていたりとアランが話しやすいようにリアクションしながらだったので、アランもとても話しやすいためレベルを上げて魔王を倒すために修行をしているという事まで説明しました。
「…あなたは魔王を倒すつもりなのですか?」
「もちろんさ。今はまだそこまでの力はないけど、いずれ(ぱふぱふで)レベルを上げたら仲間を探して冒険に出るつもりだ」
「そうですか…」
何やら神妙な表情でアランの話を聞くアバン。どうやらアランの話を聞いて何か思うことがあるような様子です。そんな考え事をしているアバンを見つめながら、答えが出るまでアランは大人しく待つことにしました。
ほんの十数秒ほど経ち、アバンは顔を上げたと同時にアランに声をかけます。
「1人では修行をするにも魔王軍と戦うにも効率が悪いでしょう。私のほうから王国騎士団には伝えておきますので、一度城に顔を出してもらえませんか?」
「えー…まぁそのうちね」
アバンとしては多少の打算もありつつも、噂がまったくのデマだった事でアランの疑いが晴れればという気持ちもありました。それを聞いたアランは『そろそろ鬼ごっこも飽きたし効率悪いのは事実だからいいかな』と、折を見てアバンを訪ねることにします。
実際にアランは兵士たちとそれなりにドンパチやってるため噂は根も葉もないわけではないですが、とはいえ場合によっては回復呪文でちゃんと傷を癒やしてあげたりもしているのでアランとしては問題ないと思っています。もちろん兵士の攻撃がアランに当たることもありますし、それは自分で回復しているのでその分を差し引いてプラスマイナスゼロという勝手な考えです。
最後に「待ってますからねー」というアバンを見送り、アランはとりあえず王城に行く支度をするのでした。
…
……
………
アバンが王城に戻り王女フローラやカールの重臣たちに『噂はただの噂で、本当は魔王を倒すべく修練している1人の青年である』と報告がなされ、周囲は半信半疑ながらも王女であるフローラがそれで納得したためアランに対する誤解が解かれた頃…アランはカール王国の王城に徒歩で向かっていました。
ルーラを使えれば一瞬で移動できるのに…と思うものの、アランがルーラを唱えても何も起こりません。呪文の一覧や向かう先をカーソルで選択するような事ができないので、アランはルーラの使い方がわからないのです。
この世界のルーラは対象地を思い浮かべて発動する移動呪文なので、そのことを知らないアランは『ただ唱える』ことしかしていないので発動しないのでした。
自分が今どの呪文を使えるのかを一覧で見るという事ができないので、唱えてみて発動して初めて使えることを知るという行為を繰り返して自分の成長を実感するしかないのです。思案した結果ルーラを使えないのは『かしこさ』が足りないからまだ使えないのかもしれない…という可能性に至ったので、かしこさを上げるためにもアバンからの誘いは渡りに船といった状況でした。
「あなたがアバンが言っていた魔法使いなのですね」
王城に到着したアランは門兵に追いかけられるという事もなく城に入る事に成功し、あれよあれよという間に謁見の間へと案内されます。そこには誘ってきた本人であるアバンと衛兵や重臣っぽい人たち、そして何やら美人なお姉さんが待っていました。
そしてそのお姉さんがアランに声をかけ、自身はこの国の王女であるフローラであると告げます。アランも自身の名を名乗り、魔王を倒すために修行しているので王様に会って次のレベルに上がるための経験値を聞きたかったと目的を伝えました。
少々意味のわからない部分はありましたが本人から城下で起こした出来事の目的などを聞いたフローラは周囲の者に「この者はアバンの言った通り危害を加えようとした者ではないので警戒は不要」と告げたあたり、フローラのアバンに対する信頼の高さが伺えます。
「ところでお姫様、早速だけどいくつか聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
「何でしょう?」
アランはひとまずダーマ神殿やアッサラームなどの場所を知らないか訪ねますが、当然の事ながらフローラもアバンも重臣たちも誰も知りません。次のレベルまでの必要経験値も訪ねてみますが、返ってきた答えは「あなたが今以上に経験を糧とし、成長する事ができればきっとレベルアップしていますよ」というふわっとした回答でした。
フローラ王女のほうも突然聞いたこともない場所を聞かれた上に、次のレベルになるにはどれくらい経験値が必要かなんて聞かれてもわかりません。それでも取り乱すことなく説いてみせたのは、この魔王軍が侵略してくる世界で一国の先導者として立つ王女の気質や人柄とでもいうべきものなのでしょう。
結局欲しい情報を得る事は叶いませんでしたが、アランは王城内にある書物庫に案内してもらう事ができました。今回王女とアランを引き合わせたアバンが案内人となってくれて、ついでに知りたい事があるなら一緒に探してくれるという事です。
アバン曰く「自分の家は代々学者の家系です」ということで、戦ったりするよりも勉強などのほうが得意ということでした。アランはその話を聞いたので、アバンにルーラが使えなかったという事を相談してみることにしました。
アランの予想が正しければ、現在中級呪文は使用できるようになっているためレベル30くらいにはなっているはずなのです。もちろん呪文を習得するには儀式だけでなく色々な要素があるのですが、アランの場合は覚えられないわけがないと思い込んでいるためある意味良い方向に転がっているだけなのでした。
「ねぇアバン、ルーラが使えないんだけど何でだろ?レベル的には問題ないと思うんだけどさ」
「そうですねぇ…私も使えるわけではないのですが、ルーラとは目的地を思い浮かべて使用するものだったはずです。きちんと行きたい場所のイメージができていないのかもしれませんねぇ」
「…イメージ?」
「ええ、ルーラもトベルーラも明確なイメージを頭の中に描かないとうまくいかないとも聞きますし、まずは自分の周囲などをしっかり観察する癖をつければうまくいくかもしれませんよ?」
「トベルーラ?そんなのあったっけ?」
何気なしにアバンに質問してみただけだったはずが、思わぬところから答えがやってきました。何度唱えても使えなかったのは、ルーラを使用するには目的地をイメージする必要があったという事だったのです。言われてみればアランはルーラを唱えた時には明確なイメージなどしていませんでした。「カール城に行きたいな、ルーラ」くらいでは発動しないのは当然だったのです。
そして更にアバンの口から出てきたのはトベルーラという名前の呪文です。詳しく聞いてみるとルーラは遠方の目的地に移動する呪文ですが、トベルーラは空中を飛翔する呪文ということでした。更に術者のレベルが高ければ速度も上がるという呪文らしく、レベルカンストを目指すアランにとっては自身のレベルを計るのに適した呪文と言えます。
アバンも普段は騎士団の特訓などをするわけではないということで、侍女たちへのお料理教室などの合間にアランはいろいろと教えてもらったりしていました。途中なんとなく見覚えのある騎士団長とかいう男が乱入してきたり、アバンにいろいろと小言を言ったりしていましたがアランにとっては些細な事です。
ついでにアランも騎士団長であるロカに絡まれたりもしましたが、ルーラを覚えトベルーラも使えるようになったアランの敵ではありませんでした。元々敵ではないのですが、たまに挑まれることがあるので学んだ事を実践するにはちょうど良い相手だったのです。
こうしてアバンの協力もありかしこさも上がっていったと思われるアランは、上級呪文を使えるようになるべく次の修行に移ろうとしていました。しかしそんなアランのカール修行ライフは終わりを迎えることとなります。
いつも通り書物庫と鍛錬場を行き来していたある日、突如として城内が騒がしくなり兵士たちが慌ただしく動き回っていたのです。理由を聞いてみると、王女の姿見に魔族からのメッセージが書かれており簡単に言えば『今夜お姫様をもらいに行くね 魔王』という内容だったという事でした。
アランは遂にこの日が来たかとまさに一日千秋の思いです。魔王が姫を拐うというのは一種の様式美のようなものと考えているので、アランの中ではフローラ王女が今夜魔王によって連れ去られるのは確定事項のようなものです。
つまりここからアランの冒険が始まると言っても過言ではありません。
今の自分が何の職業なのか、レベルはいくつなのか、誰も教えてくれないのでわからない事はたくさんあります。しかし冒険者である事には間違いないので、アランは装備や道具を揃えるために駆け回るの事にしたのでした。
本当は出発前に王様からわずかばかりのお金と装備をもらいたいところではありますが、カール王国の王様は病気で寝込んでいるらしく会えないという事でした。そのためフローラ王女が国の先頭に立っているという事もアランは聞かされています。
つまりアランの知っているストーリー的にはフローラ王女が魔王に拐われてしまい、助け出す旅に出発するのに餞別を渡す役目もフローラ王女になってしまうのです。そんなバグみたいな事にはなるはずもないため、せめて装備くらいは良い物を持っていこうと考えたのです。
魔王を見てみたいという気持ちもないではありませんが、やはり初対面は玉座の間で座して待つ魔王と対峙するという構図と「配下になるなら世界の半分をやろう」というセリフが欲しかったため断腸の思いで見物欲を抑え込んだアラン。
そのためアランにも魔王襲来に対する召集がかかっていましたが、後ろ髪を引かれる思いで城下町へアイテムなどを買い揃えるために繰り出すのでした。