賢者の冒険   作:賢者さん

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そして伝説へ

 

 

大魔王を倒したという報せがアバンの帰還と共にカール王国に齎され、そしてそれは瞬く間に世界中へと広がっていきました。

 

その朗報に人々は歓喜に湧き上がり、魔王ハドラーを倒した時以上の喜びが世界中で溢れていたのです。これにより勇者たちの名は更に知れ渡るようになりましたが、しかしなぜかそこにアバンの名は連ねていませんでした。

 

アバンは命を賭して大魔王を倒した3人こそが本当の勇者であると考え、その3人を『伝説の勇者』として…決してその名が忘れられることのないように後世まで伝えることにしたのです。これによって賢者でありながら『勇者アラン』とも歴史に刻まれる事になり、当初の考えである「勇者としても賢者としても語呂が良さそう」という理由で付けた名前が真価を発揮することになりました。

 

もしこれをアランが聞けば『そして伝説へってこういうことか…』などと意味のわからない事を言い出したかもしれません。

 

なお本当はバランもそこに名を連ねるはずだったのですが、本人は「最後に少しだけ手を出しただけだ」と固辞したため名前が広まるといったことにはなりませんでした。そこには散っていった者たちこそ称えるべきという考えだったのでしょうが、アバンの頭の中ではバランが名を上げることでアルキードの問題が少しでも良い方向に行けばという考えも少なからず入っていたりします。

 

しかし本人から必要ないと言われてしまえばそれ以上は余計なお世話でしかありません。既に己を貫くための方法は教えてもらっているので、これからバランは1人の人間として持てるその力を振るいながらアランのように説得していくのでしょう。

 

 

 

世界中が再び取り戻した平和によって喜びと共にその大切さを噛み締めていた中…しかしそんな喜びに浸ることのできない人々がいました。それはこの戦いで大切な者を失った者たち…魔王軍の攻撃は世界中に少なくない被害を与えており、そんな人たちにとっては喜ばしいことでありながら素直に良かったと笑えない寂しさも合わせ持っていたのでしょう。

 

それは大魔王との戦いに行く彼らを見送った仲間たちも例外ではありません。アバンを連れてバランが帰還したことで大魔王を倒し目的を果たしたという報告を受けた面々でしたが、それと同時に戻らなかった者の勇敢な最後も聞かされたのでした。そんな話を聞いた仲間たちは命を賭して地上の平和を取り戻してくれた者たちへ冥福と感謝の祈りを捧げつつ、それでもアバンだけでも生きて帰ってきてくれたという事に安堵せずにはいられません。

 

もちろんアバンだけでも帰ってきてくれたのは良い事なのですが…しかし大魔王との戦いに赴き帰らぬ人となった3人と親しかった上に、まだまだ子供のシンシア王女とディーノくんの2人は悲しみを隠すことはできませんでした。アバンからその結末を聞いた2人は最初はもう会えない友人たちを思い大声で泣き出し、そしてそれはどれだけ立ち直ろうとしても王城の至る所に思い出がありすぎて考えようとしなくても自然に思い出してしまうのです。

 

それでも周囲の大人たちの協力もあり段々と立ち直っていき、やがていなくなった友人の意志を継ぐかのように…その言動の節々にかつての賢者の姿が見えるかのようになっていくのでした。

 

 

……

………

 

 

大魔王が倒れアバンが帰還した後…カール王国ではすぐに喜びと共に大規模な復興作業が始まります。これはアバンの作戦によって魔王軍の総攻撃をカール王国のみで迎え撃つという大博打のために、守りの手を分散させないように中心に集めたため周囲の町や村は大きな打撃を受けたためです。ただ人的被害はそこまで大きくなかったので騎士団なども含め復興に努めたのでした。

 

散っていった仲間たちと共に大魔王と戦ったアバンにとって、3人のかけがえのない仲間たちが手に入れてくれた平和を維持することこそ『後を任された』自分の役目であることなのだと考えていました。そのためこの取り戻した平和を維持すると同時に、そしていつまた第2の大魔王がやってこないとも限らないと考え各国との協力体制にも力を入れるようにすぐに行動に移していったのです。

 

特に自分たちが大魔王と戦っている時に暗黒闘気を利用した策略とはいえ人間たちが、アルキード王国とパプニカ王国が攻めてきたというのは看過できないものです。

 

そこでアバンが考えたのは破邪呪文を各国の王城に施し負の感情を増幅されないように、操られたりしないようにすることでした。しかし友好的な国は問題なくとも、今回攻めてきたアルキード王国とパプニカ王国はそう簡単にはいきません。この2国は大魔王の策略によって誘導されたとはいえ、根底にあるのはアランとカール王国に対する負の感情なのです。

 

 

これを解消しようとするには長い時間を必要とすることになるでしょう。

 

 

大魔王の策略や暗黒闘気の影響がなくなったとはいえど、未だアルキード王国とパプニカ王国との関係は断絶までしていないまでも表面上の関係しかありません。パプニカ王国は王族たち…とりわけ王女がカール王国との積極的な国交を希望していましたが、国を滅ぼされ唯一の王族として王女様が生き残っているわけではなく国王も存命の中では年若い王女様に与えられている権限などそう多くありません。

 

やはりパプニカの権威などというものを気にする連中にとってネックになっているのは、かつてあった自国の賢者たち全員がカールの賢者ことアランに負けているという点でしょう。面子というものを気にする者たちにとって自国の選りすぐった戦力が複数人で戦って、たった1人に負けるなど許せるものではないのです。「それならばもっと修行して今度こそ勝てるようになればいい」という王女様のご尤もな意見などもありましたが、カールに攻め入った時にバランによって更に恐怖を植え付けられている司教たちもおり積極的に国交を開くというのはまだまだ時間がかかりそうなのでした。

 

同じように攻めてきたアルキード王国も同じです。彼らは『奪われたソアラ王女を取り戻す』という大義名分のもと攻めてきており、これは暗黒闘気があってもなくても大きくは変わらないでしょう。次期女王を奪われたということは国家の未来をカール王国が奪ったという事なのですから、国の威信や名誉だけでなく未来をも懸けた戦いだという事で攻めてきていました。

 

こちらもパプニカと合わせてバランが追い払っていますが、国家としては敗走したからといって諦めるというわけにもいきません。穏健派の連中などから「ソアラ王女以外に新しい王族を迎え入れる」という案も出ているのですが、それはつまり『アルキードは、王族を、理不尽に、カールに奪われても、取り返す事すらできずに諦めた』という風聞が付いてきてしまうのです。これを許してしまえば他国に屈したと…すなわち王権の失墜にも繋がってしまうため強硬姿勢を崩せないのでした。

 

この2つの国際問題について最初からアバンが、もしくはフローラ女王が表に出ていればそこまで拗れなかったでしょう。

 

しかしソアラ王女を連れてきたのはアランですし、アルキード王国に直接話をしにいったのもまたアランです。アラン本人からは「ちゃんと話し合い(物理)をしたら納得してくれたよ」と聞いていましたが、攻めてきたところから見てもまったく納得していないのは明白です。

 

パプニカにはマトリフからアランが訳も分からず呼ばれて行っていますし、遠慮せずやれと言ったのはマトリフです。つまり大体の国家間の問題の原因はアランとマトリフの自爆コンビということになります。そしてその2人ともが、やらかすだけやらかしておいて大魔王との戦いでいなくなっているのでした。

 

アバンもこの2人のやらかしを正確に把握しているわけではありませんが、仲間として後を任されている以上やらないわけにはいきません。それに大魔王が世界を侵略すべく人々を危険に陥れていた事を考えれば何と平和な揉め事でしょうか。もちろん各国が仲が良い事に変わりはありませんが、願わくばこんな些事で悩むだけで済んでほしい…と、アバンは解決策を考えながらも未来を憂いていました。

 

何せ魔王を倒し訪れた平和が大魔王によって破られたということは、いつまた新たな脅威によって平和が脅かされるかわからないのですから…しかしもし新たな脅威がこの地上に現れた時は、その時こそ自分がいなくなった仲間たちの代わりにすべてを懸けて戦おうという覚悟も秘めていました。ありがたい事にロモス国王などは協力的で各国を一丸とする一助としてある催しなども提案されており、その計画も「大魔王を倒した今だからこそ早急に」ということで既に形にするべく動き出していました。

 

そんなアバンとはまったく別の方向で、非常に大変な思いをしているのはフローラ女王です。

 

彼女は大魔王が倒れたことで国内の復興や他国への支援などを行う事を決めていたのですが、ここで一番に協力を申し出てくれたのはリンガイア王国でした。それは通常であればとてもありがたい事なのですが、フローラ女王が頭を抱えているのはそこではありません。現在リンガイア王国内で吹き荒れている『聖女フローラ旋風』が悩みの原因だったのです。

 

アランが将軍の息子を蘇生し、最強の生物種であるドラゴンを殲滅し、何やら大袈裟に持ち上げられそうになったためその功績のすべてをフローラ女王に擦り付けたのです。それだけでなく魔王ハドラーを倒した冒険なども周囲に面白おかしく語って聞かせ、精霊ルビス様ならぬ聖女フローラ様の加護によって平和が訪れたかのように吹聴していたのでした。

 

普通であれば子供の寝物語に最適な、少々大袈裟な冒険譚というレベルの話だったでしょう。

 

しかし語り手がリンガイア王国の危機を救った賢者であり、魔王を倒した勇者パーティの一員でもある賢者だったのが良くなかったようです。更に言うならば救われたのが猛将として名を馳せるバウスン将軍とその愛息子だったのも問題(?)でした。この大きすぎる恩を、受けた恩は返さずにはいられない武人気質な将軍が受けてしまったのですから事が大きくなるのは仕方ありません。

 

そしてアランが語ったまるで嘘のような冒険譚は、兵士たちの目の前でドラゴンを倒しまくり死者まで蘇らせるという人間離れした行動と現実離れした状況を作り出した本人が語ることで真実味が増してしまっていたのです。更に大魔王をも倒したのですから、そのアランが言っていたとなれば信憑性が上がってしまうのも当然です。

 

その結果リンガイア王国の人たちにとって、アランの語った脚色された内容がすべて真実になってしまったのでした。

 

現在カール王国のフローラ女王はリンガイア王国内で国王よりも敬意を集めており、そしてそこにダメ押しとなったのがバランの行動でした。アルキード・パプニカ両国の軍と相対した時、バランはその力をしっかりと両軍だけでなくバウスン将軍率いるリンガイア軍にも見せつけたのです。

 

結果的にアルキードとパプニカは恐怖が伝染し散り散りとなりましたが、リンガイア軍に齎したのは恐怖ではなく『流石カール王国だ』という尊敬と納得の感情でした。魔王軍の軍団1つをその軍団長ごと1人で殲滅するような賢者がいる国なのですから、他に強力な戦士がいないはずがないという当然の考えだったのです。そのためバランがギガデインを使って強大な力を見せつけても、カール王国なのだからというだけで恐れることもないのでした。

 

しかし残念なことにそれはフローラ女王が求めているものではありません。

 

援軍として来てくれた際に対面した将軍でさえ最上級の敬意を持って接してくるどころか「有事の際はぜひとも我らリンガイアも女王陛下の剣として戦わせて頂きたい」と、いつからリンガイアはカール王国の所属騎士団になったのかと言いたいような姿勢だったのです。更になぜかそこには「アラン殿に授けられた教えをどうかボクにもお授けください」と言って蘇生された当人であり将軍の息子であるノヴァくんまでいたのです。

 

ノヴァくんはアランによって蘇生された後しばらくの間激しく落ち込んでおりました。北の勇者と持ち上げられ、リンガイア王国内ではそれなりに剣も使えて魔法も使えるノヴァくんだったので知らぬ間に周囲を見下し天狗になってしまっていたのだと思い知らされたのです。更には魔王軍の軍団長どころか雑魚ドラゴンに蹴散らされ、挙句の果てに命をも落としてしまったのですから後悔どころではありません。

 

しかしそんなノヴァくんに奇跡の御業を以ってやり直すチャンスが与えられたのです。

 

蘇らせたアランの当時の心境は「イベント戦で死んだから放っておいてもいいけど、一応将軍から息子よろしく的な感じで言われてたしなぁ…」程度の気持ちで生き返らせたのですが、今となってはそんな事は誰にもわかりません。そして生き返ったノヴァくんは父親に泣きながら怒られ、自身も未熟を恥じ涙を流しながら謝りました。

 

そして自分の力が魔王軍に対してまったく役に立っていなかった事や成す術なく蹂躙され殺されたことなどもあってすっかり自信喪失に陥っていたノヴァくんですが、それを見た将軍や周囲の兵士たちから恩人である賢者が言っていたという言葉を聞かされたのです。

 

『魔王を倒す勇者の奇跡』や『愛に生きる騎士の奇跡』などアランが脚色した以上に尾ひれやら背びれが付着していますが、カール王国という国は世界の危機でなくとも迷人に道を指し示してくれる優しい天女様な女王陛下が治めていることになっていました。精神的に参っていたノヴァくんにとってそれは天啓にも等しく、まさに藁をも縋る思いで無礼と知りながらも父親に懇願し女王陛下に目通りを願ったのでした。

 

それだけでもフローラ女王にとっては頭の痛い内容だというのに、そこに追い打ちをかけたのがバランの戦いだったのです。アランのリンガイアでの戦いは死んでしまっていたため見ることは叶いませんでしたが、父親であるバウスン将軍と共にカール王国へと向かっていたノヴァくんはバランの放ったギガデインを目の前で見てしまったのです。

 

剣と魔法を駆使して戦うノヴァくんにとって、まさに自分の理想とする強さが目の前にありました。

 

豪雷を自在に操り、キラーマシンを一刀で斬り伏せるその強さ…しかもそれだけの強さを持っているにもかかわらずその人物は勇者ではなく騎士だと言うではありませんか。普通ならばバランやアランに「強くなりたい」と師事しようとするのかもしれませんが、すっかり自信喪失状態のノヴァくんが思い至ったのはそんな人物たちを擁する女王陛下に自分も導いて欲しい…というものでした。

 

フローラ女王としては面会したリンガイア王国の将軍が自分に対してやたら尊敬の眼差しで見てくるのも止めてほしいというのに、その息子はなぜか縋るような目で見てくるのです。最初はまったく意味がわからず、そしてリンガイア王国での出来事を聞いたことでフローラ女王はやっと理解しました。

 

『あ、これ全部アランのせいじゃないの』

 

一部バランの行動も入っているのですが、フローラ女王としてはそうとわかれば「アランが言っていたのは大袈裟に言っているだけ」と説明すれば済むと思っていたのです。しかし誤解を解こうにも、人には成し得ないような奇跡を二度も目の当たりにしている将軍たちには謙遜にしか映らないという悪循環に陥ってしまい誤解は一切解けないのでした。

 

そしてこれについて文句を言おうにも誇張して噂を流した賢者の友人は大魔王を倒して伝説の大賢者となってしまっているのです。これにより将軍やノヴァくんたちにとってのアランの言葉への信頼度が爆上がりしているのは言うまでもありません。世界を救ってくれた友人を誇らしく思いたいフローラ女王なのですが、その友人が自身に丸投げして残していった問題が問題なだけに素直に誇れないという気持ちがあったのです。

 

これからもフローラ女王は夫であるアバンと協力して、この友人の丸投げしていった問題を解決しリンガイアを始めとした各国との関係を新しく結び直していくために頭を痛め続けるのではないでしょうか。ものすごく前向きに曲解するのであれば…もしかしたらそれは、きっと自分がいなくなっても悲しまないように寂しくならないようにとの友人の優しい気遣いなのかもしれません。

 

そしてアランの置き土産というわけではないのですが、もう1つカール王国にとって残されている問題…それはなんとシンシア王女に関係する事でした。

 

アバンとフローラ女王の子供はシンシア王女のみであり、つまりシンシア王女が次期女王となるのは間違いありません。そうなると当然の事ではありますが、次期女王の伴侶という点で婚約者の話が出てくるのです。これはシンシア王女が幼少の頃から出ていた話なのですが、それを本人の知らないところで断っていたのは両親ではなくなんと友人であるアランだったのです。

 

アランはアルキードでも同じ事をやっているのですが、それと同じように自分の身内と婚約させようとする大臣たちに向かって「シンシアちゃんと婚約したければこの俺を倒してみせろ!」と言い放つという事を仕出かしていました。本来なら何の権利もない部外者が騒いでいるだけなので無視されるのですが、自分は想い人と一緒になれた事からフローラ女王もそれをわざわざ止めなかった事で黙認されていると思われたのです。

 

その結果アランの実力を風聞で知っている大臣たちの『婚約者売り込み計画』は頓挫することになり、更に代替案として出されようとしていた『年の近い男の子を今のうちに紹介して仲良くさせて将来は…計画』もアランがディーノくんを連れてきたことで台無しにされてしまいました。そんな事もあり実はアランは知らない間にカール王国の権力狙いな大臣たちからは煙たがられていたのです。

 

そんなアランが逝去した事はカール王国全体として見れば大きな痛手でもありますが、しかしシンシア王女の前に立ち塞がっていた厄介な番人がいなくなったという好機でもあります。そのため「アランがいなくなってしまったのは残念だが、次は自分たちがこの世界を守ってみせる。だからシンシア王女の婚約者には自分の用意した強者が相応しい」という完璧な理論によって『婚約者売り込み計画』が復活したのでした。

 

しかしそんな大臣たちの計画は、なんとシンシア王女本人によって打ち砕かれたのです。

 

年齢的にも国民を安心させるためにも婚約者を…という申し出に対して「私よりも弱い相手と結婚する気などありませんわ」と言い放ち、それでも挑戦してきた身の程知らずなある意味猛者と呼べる者たちを一蹴してしまったのでした。そんなシンシア王女の言動は確実にアランの影響を受けている事は間違いなく、つまり本人の言葉通りならば最低でもシンシア王女よりも強くないと候補にすらなれないのです。

 

そんな報告を聞いたアバンとフローラ女王ですが、どこかの友人に似た我が子の奔放な言動を咎めることはありませんでした。今の年齢から無理強いする必要もありませんでしたし、もし仮にシンシア王女がそれを絶対条件にしたとしても相手がいないというわけではなく…そのうちディーノくんが強くなってくれるだろうという打算的な考えもほんの少しくらいないわけではありません。現在この地上でシンシア王女に純粋な戦闘力という意味で勝っていると言えるのは竜の騎士であるバランくらいなので、その息子のディーノくんなら同じくらい強くなれるかもしれないのです。

 

まさかシンシア王女の婚約者になってくれるかもしれないという若干の期待をされているなどとは思ってもいないディーノくんはというと、友人がいなくなった事に悲しみながらもこれからは自分がアランたちの代わりに平和を守るんだと考えていました。物心付いた頃からずっと一緒にいる友人が魔王を倒していただけでなく更に強大な大魔王まで倒したのです。その事実は男の子の心に火を付けるのに十分なものであり、自分もそうなりたいと思ってしまうのは止められない事だったのでしょう。とはいえ後数年もすれば竜の紋章の力を操れるようになるだろうとはバランの言であり、そうなれば十分な強さを手に入れてついでとばかりにシンシア王女の問題も解決するかもしれません。

 

もしシンシア王女とディーノくんが結ばれたとしたら、母親であるソアラ王女としても喜ばしいことです。ソアラ王女当人が愛に生きるために王族という責務を放り出し国を飛び出している人物ですので、政略結婚などを理解はすれど良く思ってはいません。もちろん最後は本人たちの気持ち次第ではありますが、元々家族同然に過ごしてきた2人が真に家族となるのであれば嬉しいことでしかないのです。まだまだ先の事とはいえ、ソアラ王女は夫であるバランと共に子供たちを見守りつつ気が早いと理解していながらも平和な未来に期待しているのでした。

 

そのバランもまた妻であるソアラ王女と同じく共に子供たちの行く末を見守りつつ、しかし次また地上の危機が訪れた際には今度こそ自分が戦うというアバンと同じ覚悟を既に決めていました。人間という存在と大きく関わったのは幼少期の頃を除けばソアラ王女が最初であり、そこからアルキード王国の面々やアランに誘われカール王国の人間たちと関わってきましたが鬼岩城の時のように戦いとなれば自分がという思いは持っていたのです。

 

それは冥竜王ヴェルザー率いる魔界の凶悪な軍勢と戦っていたという経験がある以上、そんな魔物たちにか弱い人間が太刀打ちできるとは思えないという根拠からの考えでした。もちろんその考えは正しく、地上に生きる人間たちの大多数は地上のモンスターと戦うのだって命懸けになってしまいます。そんな人間が大魔王率いる魔王軍ならばともかく、大魔王自身と戦えるとは思ってもいませんでした。

 

ただの竜の騎士であれば大魔王が地上へ進出してきた時点で単独で戦っていたでしょう。

 

世界のバランスを崩す者を倒すために生み出された種族なわけですから、魔界の者が地上を手に入れようとしている段階でその使命に従い行動すべきなのです。しかしバランは地上で妻と子を得て友人や仲間を得ました。すべてが順風満帆なわけではありませんでしたが、共に地上の平和を守るという意志を共有し一緒に平和を謳歌できる者たちを得たのです。

 

そんな仲間たちが地上の平和を守るために大魔王に立ち向かい、そして見事その目的を果たしたのですからもう『人間はか弱い種族だ』などと思えません。実際には地上でも片手で数えられるくらいしか存在しないほどに稀な人間たちなのですが、きっと他の国の人間たちもバランの期待に応えて成長してくれることでしょう。

 

そんな成長した人間の1人にはカール王国で留守番をしていたヒュンケルもいます。大魔王と戦うための武器がなくアランによって半ば強引にメンバーから外されてしまったヒュンケルですが、大魔王が倒れた事によって人生の目標を失ってしまいました。養父であった地獄の騎士バルトスを殺した大魔王…この大魔王を倒すために剣の腕を磨いてきたのにもかかわらず大魔王と顔を合わせることすらなかったのです。

 

もちろんヒュンケルにだって理解できています。どれだけ腕を磨いてきたとしても自分は魔王とも戦っておらず、強力な魔物と戦った経験すらほとんどないのです。そんな腕前だけが一丁前の箱入り剣士に大魔王との戦いなど務まるわけがない…だからアランは武器がない事などを理由にして自分に戦わせないようにしたのだろうと、今はいなくなってしまった賢者の友人の事を考えそう思うようになっていました。

 

このヒュンケルの考えは全面的に勘違いなのですが、それを正せるのはいなくなった賢者のみであり当人は正す気がありません。それどころか自分が言った嘘がバレないように、闇に葬るために大魔王を倒したなどと知ったらどう思うのでしょうか。もはや答えの出ない仮定に意味はありませんが、命を懸けて大魔王を倒したという行動によって美談としてヒュンケルの中に残っていくのでしょう。

 

 

……

………

 

 

「アバン、まだ起きていたのですね」

 

「ええ、彼らの戦いの様子などを今のうちに記しておこうと思いまして…」

 

大魔王との戦いから帰還して落ち着きを取り戻し始めたある日の夜…

 

フローラ女王に声をかけられるまで、アバンは寝室にある机に向かって何かを書いていました。それは大魔王との戦いで命を散らした仲間たちとの冒険の記録なのでしょう。当然ですがアランの書いた脚色入りの冒険譚や恋物語などではなく、事実として彼らが辿った魔王討伐の旅の軌跡や大魔王と戦った一大決戦などを忘れないように残そうとしていたのです。

 

魔王ハドラーとの戦いの時代からアバンたちは走り続けてきました。しかし運にも恵まれたのか今まで共に戦った仲間を失うことは無かったのです。ロカとレイラはネイル村で今も元気に娘と過ごしていますし、大魔王との決戦に挑むまではマトリフもブロキーナもアランも何も変わらずまさにいつも通りでした。

 

しかし大魔王との戦いによってアバンは仲間を3人も同時に失うことになったのです。

 

その事実は周囲が思った以上にアバンの心を蝕んでいました。「もっとやれる事があったのではないか」「自分にもっと力があれば」と考えればキリがありません。もちろん全員ができる事を精一杯やった結果、なんとか大魔王を倒すことができたのは理解しています。誰もそれを責めたりしないでしょうが、共に決戦の地にいたからこそ1人生き残ったアバンには思うところがあるのでしょう。

 

ブロキーナとは大地斬を会得するためにロモスの山奥で出会ってロカとレイラが離脱した後から魔王ハドラーを倒すまで付き合ってくれましたし、マトリフはヨミカイン遺跡で出会ってアランと交代するようにパーティに加入し魔王討伐の旅の最後まで付き合ってくれました。一緒に旅をしていた頃から考えれば顔を合わせる機会は減ってしまいましたが、それでもアランがたまに娘を連れて行ったりしていたので元気にしているという報告は受けていたのです。

 

そしてアランとはまだ魔王討伐の旅に出る前に出会っています。当時から魔王を倒すために1人で修行をしており、魔王ハドラーの来襲をキッカケに共に旅に出ることになりました。ヨミカイン遺跡では力を高めるために一時的にパーティを抜けましたが、レイラの懐妊によってロカとレイラが抜けてアランが戻ってきたのです。

 

その4人で魔王を討伐し世界が平和になったからこそ、当時まだ十代だったフローラ女王に余計な負担をかけないように再度旅に出ようと思っていたところを止めてくれたのもアランでした。今考えればアランの書いた『勇者とお姫様の恋物語』という本も、国民から支持を得るために必要なものだったのでしょう。いくら魔王を倒したと言ってもそれと王配の問題はまったく別物です。だからこそ国民たちからの支持を得て勇者の人気と存在を確かなものにするという隠れた意図があったのかもしれません。

 

更にお見合いが嫌だと言いながら各国を回っていたのも、魔王を倒した一員として自分の代わりに動いてくれていたと考えることもできました。各国で色々と勇者や女王の話をしていたのだって、聞きやすく理解しやすい言葉と表現で自分たちの為人を教えて回ってくれていたと思えば腑に落ちることも多々あります。いろいろと問題を丸投げされた事もありましたが、それらも決して解決不可能なものではないのでもっと頼ることを覚えろと行動で示されていたのかもしれません。

 

アランがいなくなった事で今までの奇行に意味があったのではと考えるアバン…命を燃やして大魔王と戦ったという強烈な行動と思い出補正によってヒュンケルと同じく少々美化されすぎていました。そのすべてが勘違いでアバンの思うような意図は決してなく、本当にただの奇行だったとは今となっては誰にもわからないことです。

 

そして大魔王との戦いから戻ってきた事でアバンが改めて知った事もありました。

 

それは『アランがリンガイア王国で将軍の息子を蘇生していた』ということです。これはリンガイア王国からの援軍がカール王国にやってきて、その際にバウスン将軍から直接フローラ女王が大袈裟なお礼と共に聞いた話のため間違いない情報でした。つまりアランはいつからなのかわからないまでも蘇生呪文を使用することができていたのです。アバンも今まで何度も「死んでも大丈夫」と言われ続けてきましたが、まさか本当だったとは思いもしませんでした。

 

これはアランの言葉を額面通りに受け取らなかったため起こってしまったすれ違いだったのですが、モンスターの被害で死亡した人たちがいてもアランが今まで一度も蘇生呪文を使っている場面を見たことがなかった事や性格的に覚えていないだろうという認識が災いしてしまったのです。

 

しかしそうなるとアバンとしてもどうしても言いたいことがあります。

 

それは「蘇生呪文が使えるならアランが一番死んではいけないでしょう!」ということでした。蘇生ありきでゾンビアタック戦術を考えるなんてことはしませんが、力及ばず倒れてしまった時に蘇生できるのであればアランの存在はとても大きいということです。それなのに当のアランが後を任せて特攻するのはどうなのか…と、その部分だけはそう思わずにはいられないアバンでした。

 

何せアランとマトリフは自爆し、ブロキーナはオリハルコン軍団の爆発に巻き込まれているため全員の死因が(自)爆死なのです。亡骸すら残すことなく散っていったことで、まさに突然いなくなってしまったという現実にさすがのアバンとしても色々と心の整理ができていないのかもしれません。

 

「アバン、あなたは2度も世界を救ってくれました。逝った彼らも後悔していないはずよ。だからどうか今は自分を労ってあげて」

 

「ええ…しかし問題はまだ残されているので、そう簡単に休むこともできないのですよ」

 

そんなアバンの内心を正確に知ることはできないまでも目に見えて心配しているフローラ女王からの包むような言葉と優しさを感じ、アバンは今は少しだけ後悔に浸ることを止めその優しさに感謝するのでした。だからといって何も考えず頭を空っぽにして休めるほどアバンは単純ではありません。

 

アバンが言ったように大魔王が倒れてもまだ心配の種は残されています。

 

かつて魔王ハドラーは地上を征服しようとしていました。それはそれで許せることではないのですが、なんと大魔王バーンは地上を消し去ろうとしていたのです。大魔王との戦いによってアバンたちは魔界の成り立ちを知ることになり、そして魔界と地上の関係が決して相容れないものだと知ることにもなりました。

 

地底深くに存在し太陽の光が届かない魔界…そんな魔界に太陽を齎そうとするならば地上は邪魔な存在でしかありません。だからといってこの大地が消えることを黙って認めるわけにはいきませんし、魔界の住人がやってきて地上で共存するというのも非常に難しいでしょう。

 

大魔王の神々への憎悪や地上を消し去るという目的からもそれはわかってしまいます。いくら人間としては博識なアバンといえども、魔界が抱えている問題を解決できるような知識があるわけではありません。大魔王ほどの存在でも太陽を作り出すことはできず地上を消し去ることで魔界に太陽の恩恵を齎そうとしていたのですから、考えようによっては大魔王バーンは魔界にとっての勇者とも言えるのではないでしょうか。

 

その大魔王は動き出すための力を蓄えるのに数千年もの時を費やしたと言っていました。それほどの時間をかけて力を溜め入念に準備していたのですから、アバンたち人間とは視点も感覚も違いすぎるのでしょう。此度の戦いは犠牲はあったものの大魔王が倒れることで地上の平和は守られましたが、それはつまり魔界の希望が消えたということでもあります。

 

魔界の現状に同情したというわけではありませんが、大魔王が語った内容はアバンにとって考えさせられるものでした。アバンはアランのような『モンスターは倒すもの』という考えを持っているわけではなく、地獄の騎士バルトスのように優しさを持った存在やクロコダインのように友誼を結ぶことのできる存在がいることだって知っているのです。

 

もしかしたらアランたちが言っていた「後は任せた」というのは大魔王が倒れた後の地上をという意味ではなく、魔界の抱える問題を解決し魔界と地上に恒久的な平和をよろしくという意味だったようにも思えてきました。大魔王と戦うというのに最大戦力であるはずのバランを外していたのも、当時はそこまで考えていなかったにしても魔界との折衝などを考えると妙手だったと思わざるを得ません。

 

竜の騎士が大魔王を倒してしまえば魔界側にとって竜の騎士は邪魔なだけの敵となるでしょうが、大魔王を人間が倒したことで調停役として竜の騎士が間に入ってくれるのであれば簡単には行かずとも話を聞いてくれるかもしれません。思いっきりバランがトドメの一撃を加えているのですが、そんなものは言わなければ誰にもわからないことです。魔王ハドラーが地上を征服しようとしていた時代から大魔王討伐を視野に入れていたアランですので、もしかしたら言葉には出さないまでもそんな考えもあったのではないでしょうか。

 

大魔王との会話からの考察や状況などをフローラ女王に話しながら纏めていくアバン…フローラ女王のほうもそんな壮大な話を聞き、アバンを休ませるつもりが2人して頭を悩ませることとなってしまいました。

 

もちろんすぐに答えが出せるような簡単な問題ではありませんし、今やるべきは魔界の問題を解決することでもありません。地上だけですら人々が手を取り合って協力することに難儀しているのですから、まずは各国との協力体制を確固たるものにしてもしまた地上の平和が脅かされた時に立ち向かえるようにしなければなりません。

 

大魔王がいなくなったからといって魔界側が太陽を諦めたのかと言えば、それだってアバンにはわからない事です。もしかしたら魔界に第2の大魔王のような、バーンの意思を継ぎ地上消滅を目論む存在がいても不思議ではありません。数千年という尺度で考えていた大魔王のような存在が他にもおり、数百年数千年後に同じような事が起こるかもしれないのです。

 

その時にはせめて人間たちが、地上全体が手を取り合って戦えるように…結局休むことなくカール王国の勇者と女王は遅くまで話し合ってしまうのでした。幸いにもロモス王国から各国との関係を刷新するための提案は受けていますので、まずは目先の問題をどうにかしなくてはならないのです。

 

 

 

 

国家間…人間同士でも問題は数多く残っていますが、まだまだ真の平和とは呼べないかもしれません。

 

 

 

 

それでもきっとアバンたちならば、この地上の人間たちを良い方向へと向かわせてくれるでしょう。

 

 

 

 

 

こうして大魔王による地上を消滅させる計画は人間の勇者たちの尊い犠牲によって阻止され、地上は平和を取り戻し魔界からの侵略者たちは倒されました

 

 

 

 

しかし魔界という地底深くにある世界には、大魔王バーンのようにまだまだ人々が考えられないような強大な者たちがいるかもしれません

 

 

 

 

そんな脅威が襲いかかってきても、その時には地上の人々が団結して戦えるように…

 

 

 

 

賢者アラン

 

 

 

 

大魔道士マトリフ

 

 

 

 

拳聖ブロキーナ

 

 

 

 

大魔王を倒した語り継がれるべき伝説の勇者たちに『今日も世界は平和だ』と胸を張れるように…

 

 

 

 

人々は今日も平穏な日常を過ごしていくことでしょう

 

 

 

 

ありがとう勇者たち…

 

 

 

 

 


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